それでも私は──   作:次作エヴァはきっと鬱エンド

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ゆゆゆの執筆に浮気してまちた。


絶叫

 大急ぎでプラグスーツに着替え、私はダッシュで通路を走り抜けた。

 綾波さんの零号機はまだ起動実験に成功したばかりで実戦には投入できない。残念に思いつつも、よかったとも思った。今やってきている使徒を倒せば次の使徒まで一定期間空くはずだ。その間に零号機の調整などを万全にしてもらえるからだ。そうしたら安心して共闘することができる。

 ……そのためにもまずは、私が使徒を倒さないと。

 エヴァの格納庫に入り、作業員の誘導に従ってエントリープラグに入り込む。するとすぐさま内部がL.C.Lに満たされた。落ち着いてこれを肺の中に染み込ませ、ゆっくりと呼吸を整えた。この前のようにがぶ飲みして変に嘔吐したりはしない。そのあたり私は成長した。褒めてくれてもいいんだけど。

 

『いいカノンちゃん。使徒は現在も侵攻中。正八面体の青いやつで、攻撃パターンはまだ不明よ』

 

 突然ミサトさんの声が聞こえ、次に使徒の外見がホログラム出力される。説明通り、幾何学的な美しい見た目だ。表面は光沢のある青い鏡のよう。

 固定ボルトが外され、エヴァの肩の拘束がなくなる。目の前の巨大なケイジのドアが開かれ、台車ごと発射口へと移動する。

 私は左右の操作レバーを掴み、基本的な動作確認をする。同時にシートの深さは大丈夫か。レバーを押し込んだとき、限界まで押し込めるかなど入念に確認する。

 そして「問題ありません。いけます」と報告するとマヤさんの事務的な返事が返ってくる。

 ガコン、と発射口まで移動が完了し、頭上のシャッターがすべて開く。

 ……これから戦闘だ。やはりどれだけ意識から除外しようとしても恐怖や不安は不可能だった。呼吸は若干震え、指先の感覚が希薄になる。ちょっとした脱力感に襲われそうになり、私は両頬をバチンと力強く叩いて「よし!」と喝を入れた。

 ケイジ内のスタッフ用通路に制服姿の綾波さんがいるのを見つけ、私は手を振って声をかけた。

 

「綾波さん! 行ってくるよ!」

 

 ミサトさんの発進の号令がかかり、勢いよくエヴァが射出された。上からのしかかる圧にはいつまで経っても慣れそうにない。

 射出スピードをもっと下げるように終わったら言ってやろうと心に決めた。

 するとこれまで一度も聞いたことのない音が聞こえた。甲高い音が急速に収束するような音だ。その音の正体は先程から表示している使徒のホログラム、その隣のエネルギー反応グラフだ。二重三重と逆回転を重ね、その中央にエネルギーが集中しているのがわかる。

 ……なんだか、嫌な予感がした。

 

『避けてッ!!』

 

 ミサトさんの悲痛な叫びと、エヴァが地上に現れたのはほぼ同時だった。

 

「――えっ」

 

 遠い位置に浮遊する使徒が変形を始める。不規則な動きを繰り返し、あっという間に銃口のような形に変化した。上下左右の隅にあるコアらしき物体から中心部へエネルギーが集約し、カッ! と光線が発射された。

 ここまでほんの数秒の出来事。攻撃までの時間が圧倒的に短いせいでまだカタパルトの拘束すら外せていない。

 ――今の私は、動かぬ巨大な的だった。

 圧倒的な熱量の光線が丁度胸の中央に命中する。

 瞬間、私の胸の奥が灼けた。

 全面に大きく機体の急激な温度上昇を警告するパネルが表示される。

 そんなことッ、言われなくてもわかってるッ……!

 頭蓋が割れ、脳汁が泡のように弾け飛びそうだ。私自身の胸を掻き毟っても意味などなく、身体の水分がすべて一瞬にして蒸発させられる灼熱地獄に絶叫する。

 息ができない。目の奥が灼ける。耳の奥が灼ける。喉の奥が灼ける。うずくまって、身体をひねってこの苦しみから逃れようとするも、エヴァと繋がっているから不可能だ。一方的に灼かれる続けるのみ。

 涙を流すことすらできない。ただ声無き声で泣き叫ぶしかできなかった。

 突然、目の前に大きな遮断壁がせり上がる。ミサトさんが起こしてくれたのだろう。地獄から解放された私はぐったりと力無くシートに倒れた。視界が上手く定まらない。プラグスーツのセンサーが生命の危険を察知してブザーで絶え間なく知らせてくれる。その音ですら苦痛に感じるほど私の身体は弱ってしまった。

 心音図なんて見なくても心臓の鼓動が恐ろしい速度で弱まっていることなんて感じている。

 一刻も早くエヴァを降りたい。情けないがもう戦える状態ではない。

 しかしそうはさせないとばかりに使徒が再び光線を発射した。その熱量はさっきのものより段違いで、離れていても火傷しそうなほど熱かった。

 それでも遮断壁が受け止めてくれる。そう思っていた私の甘い考えはすぐに打ち砕かれた。

 ほんの数秒で容易く壁を氷のように溶かして防御を突破してきたのだ。そして今度はより強力な光線が胸を直撃した。

 ……死を確信した。

 背骨が折れるほど限界まで身体を仰け反らせ、私は叫んだ。

 

「いア゛ア゛アあ゛あ゛あ!!! アヅいッ! あヅい゛よお、おオおオおお゛お゛おオ!!!」

 

 心臓を直接バーナーで炙られているようだ。

 口の端から泡を噴き出し、なおも逃れられないフィードバックに喘ぐ。

 

「ヒゃあアアア゛あああ゛あ゛っっ!!! ごろ゛してっっ!! だれっ、か、コロじてえぇェェっっっ!!!!」

 

 必死に懇願する。これほどの痛みが続くのなら、今すぐにでも殺してほしかった。そっちのほうが私にとって救いになるからだ。

 殺して!! 殺してよ!! 助けてッ!!

 今なら胸の肉を抉り、心臓を取り出して握り潰せるほど死の躊躇いはない。でもそれを実行に移せないほど私の運動機能は極限まで低下している。

 だから誰か、なんでもいいから私を助けて! と必死に叫んだ。それが日本語ですらないのはどうだっていい。じわりと口内に鉄の味が広がる。

 ……そして、ついに喉も潰れて声すら出せなくなった私は、ぷつりと電源を抜かれたように崩れ落ちた。

 

 

 嫌な思い出だ。

 親戚の家でのことだ。私は邪険に扱われていた。向こうからすれば突然転がり込んできた碇の娘で、あの厳格なお父さんの遺伝子を引き継いでいるせいか、不気味に思われていたのだろう。

 

『レイ、そろそろ中学生になるから勉強部屋を作ったんだ。ほら、あそこの庭にあるだろう?』

 

 叔父さんの指差す先には、かつて庭の端にぽつんと建てられた物置部屋、これを少し改装しただけの部屋と呼べるかどうかも怪しいものだった。

 叔父さんはにこにこと張りぼての笑顔を私に向ける。叔母さんも「自分の部屋が欲しいと思ってたからね」と擬似的な家族愛を向けてくれる。影に隠れて男の子がクスクスと私を笑っている。

 小学生の私でもなんとなく察することができた。……ああ、私は遠ざけられているのだと。でも私はこの人たちの庇護なくしては生きていくことができない。たかが小学生がどうやって独りで生きていくのだろう?

 だからこの人たちの言うとおりにしよう。そうすれば摩擦を起こすことなく平穏に生きることができるのだから。

 

「ありがとう、叔父さん、叔母さん。私、勉強頑張るよ」

 

 そう、私も張りぼての笑顔で返した。

 

 ……嫌な思い出だ。

 バケツをひっくり返したような土砂降りの雨の日のことだ。天気予報に騙された私はびしょ濡れになりながら学校から下校していた。

 少し雨宿りしようとして潜り込んだ橋の下に自転車が捨てられていた。大きさは私にもちょうど良かった。これで帰ろうと思い、べちゃりと濡れたお尻をスタンドに乗せてペダルを漕いだ。

 しかしそこを警察の人に目撃され、盗んだものと勘違いされて署まで連れて行かれてしまった。基本的に小学生が自転車を使っての登下校は禁止されていたから、もしかすると私が悪い人に見えたのかもしれない。

 執拗に住所を問い詰められても私は答えられなかった。そもそもあの家の住所がわからないからだ。それにあの人たちの名前も姓しか知らない。

 だから保護者の名前を聞かれた時。

 

「……碇ゲンドウ」

 

 と答えた。

 それから程なくして迎えにやって来たのは叔母さんだった。

 それからのことはよく覚えていない。どうしてこんなことをしたの、とか。自転車を買うお金ならもらってるのに、とか言われたけど、私にはそんなことはどうでも良かった。

 こんなことになっても迎えに来てくれないお父さんと、もしお母さんがいたら迎えに来てくれたのかな、なんて考えていた。

 

 目が覚めるとそこは見慣れた天井だった。

 大きく息を吸おうとしたが、それを阻害するかのように喉奥に何かがつっかえていた。激しく咳き込み、口元を抑えてついにそれを吐き出すことに成功した。

 手を開いてみると、消しゴムサイズの血の塊だった。何も考えられないまま、とにかくこれをなんとかしなくては、とパニックになっていると、ふと誰かが布巾で塊を拭き取ってくれた。

 綾波さんだ。

 そのまま顔色ひとつ変えずに布巾を丸めてゴミ箱に捨てる。

 

「ありが、とう……」

 

 喉がいがいがして私の声は張りがない。

 

「……これ、食事」

 

 綾波さんが荷台のお盆を私の隣まで運び、コップに牛乳を注ぐ。

 バランスの良い和食だったが、私はどうしてもそれを食べる気分にはなれなかった。むしろ食事を見ると……吐き気を催す。まだ胸のあたりがじんじんと痛む……む……?

 患部に触れてみると、生身の肌の感触があった。不思議に思って自分の身体を見下ろすと、上半身が生まれたままの姿になっていた。咄嗟に布団で覆い隠すが綾波さんは一切無反応だった。

 

「一時間後に出発だから食べといたほうがいいと思うわ」

 

「出発……? え?」

 

 すると綾波さんはスカートのポケットからメモ帳を取り出し、その中身を読み上げ始める。

 

「碇、綾波両パイロットは本日1730にケイジ集合。1800にエヴァンゲリオン初号機及び零号機起動、1805に出動。同30に仮設基地に到着、以降は別命あるまで待機。明朝日付変更と同時に作戦行動開始」

 

 ただスケジュールを読み上げただけだったが、ここまで長く綾波さんが話したのは初めて聞いた。

 

「――怖い」

 

 そして、ぽつりと私は本音を漏らした。

 あの攻撃をあと数秒でも受け続けていたら間違いなく死んでいた。あの熱さはまだ身体に鮮明に刻み込まれた。思い出すだけで本当に身体を灼かれる錯覚すら起こしてしまうほどだ。きっとこれはトラウマなのだろう。

 正直なところ、はいそうですかとまたエヴァには乗れそうにない。

 

「……そう。なら初号機には私が乗る。パーソナルデータの書き換えなんてすぐだもの。あなたはそこで休んで――」

 

「でも、私は乗るよ」

 

「…………」

 

 ミサトさんと約束した。みんなを守るためにエヴァに乗ると。確かに生死の境目を彷徨った。トラウマを植え付けられた。でもだからといってエヴァから逃げるのは違う。

 私はただの子供に過ぎないが、きちんと役割を受けいれた人間なのだ。望んで大人の世界に足を踏み入れた。決して半端な覚悟ではない。

 常に使徒を楽に倒せるわけがないことはわかっている。それも覚悟済みだ。だから私は立ち上がる。

 箸を手に取り、食事を口に放り込む。今は英気を養わなければならない。私の健康は世界の健康と思うべし。

 

「じゃ、一時間後にはまた。食事……ちゃんと食べてね」

 

 私はハムスターのように頬いっぱいに頬張りながら大きく頷いた。

 

 

 スケジュール通りエヴァ二機は基地に運ばれ、片膝をついた状態で鎮座している。すでに日は沈み、夜は暗闇に覆われている。その中でもひときわ存在感を放つのは、たくさんのスポットライトに照らされたサファイア色のボディ。

 聞くところによると、虹色のエフェクトを輝かせながら底頂点からドリルのようなもので地面を穿っているらしい。

 遠く離れたここでもラ――――と高いソプラノ音が聞こえてくる。

 再びプラグスーツに身を包んだ私と綾波さんはミサトさんとリツコの前に立つ。

 この仮設基地は山が幾重にも連なっているおかげで見つかりにくい構造になっている。はるか向こうの道路まで蛇のように圧巻されるほどの数の車両が並び、そのすべてに『高電圧注意』と貼り紙がされている。

 

「いい? よく聞いて。私達の隣にあるこのデカイのがポジトロン・ライフル。戦自研で開発途中だったものをネルフが徴発して組み合わせたものよ」

 

 私はすぐ隣の超長いだけの鉄の塊を見上げる。人間サイズで見れば全体像を把握することすらできない。

 

「計算上ではこの超長距離からでも敵のA.T.フィールドを貫通させることができるわ。それで今度はあっちの盾。こっちも急造仕様だけど敵の攻撃を十七秒は耐えられる」

 

 スペースシャトルの底面をそのまま盾にしたようなものが初号機のすぐ横に立て掛けられている。背面のグリップには後から溶接したような跡がある。

 

「砲手はレイ、防御をカノンちゃんにお願いするわ。これはより精度の高いオペレーションを求められるため、シンクロ率の高いレイに担当させます」

 

 私のシンクロ率は三十と少し。対して綾波さんはそのもう少し上だ。私は特に不満もなく説明に耳を傾ける。

 作戦は以上で、順番がリツコにまわってきた。

 

「レイ、射撃時、地球の自転、磁場、重力の影響を受けて直進しないわ。その誤差を修正することを忘れないように。最後に真ん中にマークが揃ったら撃つのよ。後は機械がやってくれるから」

 

「わかりました。もし一発目が外れたら?」

 

「再装填から冷却などを含めて二十秒はかかるわ。その間に予想される敵の反撃を躱さなければ……アウトよ。最終的にはカノンちゃんの盾に守ってもらうしかない」

 

 ……つまり一発目が外れた場合、盾の耐久性を考慮して三秒の誤差がある。その誤差の間は敵の攻撃を文字通り身体を張って受け止めるのだ。リツコさんは暗に綾波さんに二発目は考えるなと言っているのだ。

 しかしもし最悪の事態になっても私なら耐えられる。具体的な時間はわからないが、長時間耐えてみせたのだ。どちらかというと慣れている私のほうが盾役に向いている。

 それでも同時に私の命を綾波さんに預けるのと同じ意味を持つのだ。過度なプレッシャーになるだろうが、そこは頑張ってと言う他ない。

 時間を告げるサイレンが木霊し、ミサトが凛々しく言った。

 

「時間よ。ふたりとも準備して」

 

 私と綾波さんはエヴァの待機する場所へ移動する。カツン、カツン、と高い階段を登り、ようやくエヴァのうなじの高さまでになった。別々の艦橋の先で体育座りをして、段々照らされていた街の明かりが消えていくのをぼんやりと眺めた。

 今この時間、日本で人工的な明かりが灯っているのは遥か先で使徒を照らすスポットライトと、私たちのいるこの場所しかないらしい。

 ……夜空を見上げる。いつもならぼんやりと星が光るのを見るだけだったが、今日の夜空は感動するほど美しかった。

 地表からの光がないおかげで普段なら見えない星までくっきり形が見えるのだ。その輝きも神々しく、今から大規模作戦が開始されることを忘れてしまいそうになるほどだ。

 

「私たち、死ぬかもしれないね」

 

 そう、陽気に私は空を仰ぎながら話しかけた。

 ぴくりと眉が動き、綾波さんが私を見る。

 

「どうして、そんなに楽観的なの?」

 

「空、見てよ。すごく綺麗じゃない?」

 

「どうでもいいわ」

 

「いいからいいから」

 

 私は催促する。少し嫌そうな顔をしたが、綾波さんは渋々と顔を上げた。一分ほどだろうか。綾波さんは口を小さく開いたまま動きそうになかった。

 

「どう? 綺麗でしょ?」

 

「……ええ。そうね」

 

「星を見てたらね、今から私達がやることなんてちっぽけなものだって思い知らされちゃった」

 

 数えられないほど無数に宇宙に生きる星、その中のたったひとつの星。その中のさらにほんのひとつまみ分の時間軸に生きる私達のすることだ。客観的に見ると大したことなどないのだ。

 

「綾波さんはどうしてエヴァに乗るの?」

 

 別の話題を投げかけてみる。作戦時間まで心を落ち着かせて集中するべきなのだろうけど、私はその逆だった。

 

「絆……」

 

「お父さんとの?」

 

「私には他に何もないもの。もしエヴァのパイロットをやめてしまったら、私には何もなくなってしまう……それは死んでいるのと同じだわ」

 

 最後の一言が、引っかかった。

 それは、私と同じ在り方だからだ。その結果中身のない人間になってしまい、主観的にも自分が生きているのかすらわからなくなってしまった。

 うじうじ悩むのはなるべくやめよう。そして過去の私に別れを告げるのだ。だから私はここで生きる。

 

「……綾波さん。生きているふりをするの、もうやめない?」

 

「…………え?」

 

 それは、初めて見た動揺だった。大きく目を見開き、私の横顔を覗く。明確な感情の表現はこれで初めてだった。

 

「私はね、細かいところはもちろん違うけど、綾波さんと同じ人間だった。でも、それじゃいけないと思った。何か変われるかもって考えたからあの時私は綾波さんの代わりに初号機に乗ったの」

 

「……そう。あなたは意外にしっかりしてるのね」

 

「えへへ。ありがとう」

 

 そして綾波さんが立ち上がる。

 月光に受けるその姿に私は夜空と同じくらい見惚れてしまう。純白のプラグスーツが陶器のようにスラッとしたボディーを美しく見せつけるのだ。

 

「時間よ。行きましょう」

 

「あ、うん」

 

「……碇さん、私たちは死なないわ」

 

「――――。そうだね」

 

 初めて名前を呼ばれた気がした。いつもは私のことを『あなた』としか呼んでくれなかったのに。少し嬉しかった。私の言葉で、綾波さんの心を僅かながら動かすことができたのだ。

 エントリープラグのハッチを開け、中に乗り込もうとする綾波さんの背中に私は叫んだ。

 

「――私は! 綾波さんのことを絶対に守るから!」

 

 すると、こっち振り向いて。

 

「――ええ」

 

 とだけ相変わらず無愛想だが、心地の良い返事が返ってきた。

 

 

 秒読みのカウントはもう終わりそうだ。画面は『23:59:43』を表示し、作戦開始まであと二十秒もない。

 呼吸を整えろ。トラウマを抑え込め。向こうの――距離にしておよそ二、三キロほどだろうか――使徒を見据えろ。そして綾波さんを守ることに全神経を集中させろ。砲手担当の零号機はその場から動けない。外してしまえば私と同じように格好の標的に早変わりだ。あの苦しみを味あわせてはならない。

 そしてついに『00:00:00』になり、日付が変わった。ポーン、と軽快な音が鳴り、次にミサトさんが『では、ヤシマ作戦開始』とだけ告げた。

 まず動いたのは山々に隠れていたミサイル発射台が顔を出し、一斉に攻撃を開始する。数十発ものミサイルが飛翔するが、咄嗟に使徒は姿を変えて迎撃体制をとる。光線を発射しながら薙ぎ払いをしてその悉くを撃ち落とした。爆風がエヴァの機体を叩きつける。そして同時に攻撃元となる発射台にヘイトが向き、文字通りやまを抉り取りながらも蒸発させられる。

 様々な方位に設置された砲台の砲撃もあっさりとA.T.フィールドに弾かれて瞬く間に蒸発する。

 一見ただやられているだけのように見えるが、使徒の注意をうまく分散させ、エヴァの存在を隠し通すことに成功している。

 ポジトロン・ライフルの砲身から煙が発生する。日本中の電気をすべて集約した超大電力がそのひとつのフューズに送られるのだ。

 北海道から沖縄まで。すべては使徒を倒すため、綾波さんの手元に送られる。

 銃身に何本ものケーブルが繋がれ、その後方にはさらに多くの極太のケーブルが幾重にも分岐している。伝導率が一ではないため、じゅうううう!! と熱や音として発散される。それでも肌で感じる圧倒的な電力に私はごくりとつばを飲んだ。

 陽動は完璧。フューズへと超大電力が送られる最終回路の解除を知らせる通知が届く。その瞬間、フューズが激しく発光した。

 あとはフォーカスが揃い、綾波さんが引き金を引くだけだ。私は息を殺してその時を待つ。

 そして遂に訪れる。

 零号機が引き金を引く。

 背後の配電盤が青白く発光し、ポジトロン・ライフルに繋がった。

 刹那、夜を明かす太陽のような閃光が爆発し、一条の光線が放たれた。それは使徒のA.T.フィールドを貫き、迎撃のために剥き出しにしていたコアを正確に撃ち抜く。

 一拍おいて、女性の叫び声に似た轟音を響かせてウニのように全身を尖らせた。さらに色がドス黒く変色し、中から体液が勢いよく噴き出しながら後ろに倒れる。

 

『やったか⁉』

 

 しかし、一瞬でひび割れたボディーは修復され、何事もなかったかのように元の正八面体の形状に戻った。

 ……奇襲の失敗。同時にここの位置がバレた。

 

「――綾波さん!」

 

 使徒が変形する。一段、二段、三段と外皮を割るように外部に広がり、コアを露出させる。

 

 ――閃光!!

 

 それは私達の潜伏する山のすぐ目の前の山に命中し、その半分を抉り取った。爆風と爆音がエヴァを叩きつけ、一瞬だけ平衡感覚を失う。次に目を開けると、仮設基地のほぼが崩壊していた。もしこれが直撃していたらと思うと背筋が凍る。だが次は今のように運良く回避できない。カモフラージュになっていた山が消えたのだ。零号機と使徒を隔てるものはもう、何もない。

 

『レイ! 今すぐ再装填するわ! 集中して!!』

 

 ミサトさんの鋭い指示に、仰向けに倒れていた零号機が起き上がる。狙撃台は破壊され、もうここで安定した姿勢は取れない。急いでライフルを手にし、最適な狙撃ポイントへとケーブルごと引っ張って移動する。

 この瞬間、どちらが先に撃つかという極限の緊張に突入した。手際よくポイントを確保した零号機が腰を下ろし、うつ伏せになってライフルを構えた。

 ガコンッ! とフューズを吐き出し、リロード。

 一発目はオートで狙撃の誤差修正をしていたが、そのツールは今の衝撃で破壊され、二発目は完全に綾波さんの手動になる。精度はもちろん格段に落ち、使徒の撃破率はがくんと下がる。

 

「……綾波さん、落ち着いて」

 

 回線を開き、それだけ伝えた。しかし返事はなかった。それほど追い込まれているのだから仕方ないと私は盾を構える。

 先に撃ったのは使徒のほうだった。遠くても弾ける閃光をしっかりと肉眼で捉える。

 

『きゃっ⁉』

 

 綾波さんの短い悲鳴。

 前に出ろ! 碇カノン!

 私は綾波さんの前に躍り出た。盾の底の楔を地面に深く突き立て、上半身すべてを使って支える。

 私を殺しかけた光線が盾に押し寄せる。それに負けてたまるかと私は吼える。

 

「うおおおおオオオオオオ――……!!!!」

 

 バギ! と嫌な音とともに盾の端が融解し、弾け飛ぶ。

 なんてっ! 理不尽な力なの……!!

 押し負けてしまいそうだ。だがここで負けるわけにはいかない。私の役割は綾波さんが二発目を撃つまで時間を稼ぐことだ。ここで負けたら、あの約束は嘘になってしまう!!

 上半身だけじゃ足りない? なら頭を盾に押し当てろ! 貪欲に食らいつけ! コンマの世界でもいい! とにかく綾波さんのために、時間を!!

 盾が剥がれる。すでに半分以上が無くなり、脚が光線に晒される。楔はとうになくなり、少しでも気を抜けば紙のように吹き飛ばされるだろう。両膝をつき、つま先を楔代わりに地面に付き立てる。

 再びあの地獄のような時間を思い出す。

 トラウマを消し去れ! 二度も直撃を受けて生還した女だ! 三回でも四回でも生き残ってみせる!

 そして、ついに盾がすべて溶ける。どろどろこになった鉄が手に滴って火傷を負う。

 

「ま、だまだああアアアッッ!!」

 

 両腕を広げる。全身を使って光線を受け止める。私のシンクロ率は低い。だからこの程度のフィードバックはむしろ軽い! 目が開けられない。眩い光量に目が灼かれそうだ。皮膚がぼろぼろと炭化して崩れ落ちるかのような錯覚。

 私の意識が霧散しかけた、まさにその時。

 私の脇横から二発目が放たれた。それは使徒の光線をも打ち破り、一発目と同じように直進して再び使徒のコアを貫いた。

 

『よし!』

 

 ミサトさんが歓喜の声を漏らす。おそらくガッツポーズを決めているのだろう。使徒はひときわ大きな悲鳴を上げ、さらに無数の棘を突き出す。夥しい量の体液が噴き出し、街を染め上げた。

 そして私はうつ伏せに倒れる。まだ警告アラームは鳴り止まないが、その中に生命活動低下の警告はないからひとまずは安心だ。

 初号機の背中を零号機が抱えあげる。そして目の前の湖まで運ぶと、そこに優しく入れてくれた。エントリープラグ内の温度が下がるのを体感し、脱力する。

 

『碇さん、大丈夫?』

 

 綾波から心配の声がかけられ、私は手を振る気力もなく、弱々しく微笑んだ。

 

「ああ……うん……。なんとか、生きてる……よ」

 

『私たち、生きているのね』

 

「そうだよ。でもっ、さすがに……疲れた、な……」

 

 緊張から解放されたからか、急に眠気が襲ってきた。大丈夫、これは寝たら駄目なやつではない。シンプルに疲れ切っているだけだ。それに実際には火傷はしていないが、全身の痛みも全く引く気配がない。

 そろそろ回収班が来てくれるかな、とミサトさんに催促の連絡でも入れようかと思ったその時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そんなッ⁉ 使徒の活動が停止してない⁉ ふたりとも、まだ終わってないわ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミサトさんの悲痛な叫び声が割り込んできた。

 私と綾波さんは湖の向こう、倒したはずの使徒の姿を視認する。

 ひとつだけ残ったスポットライトが、その姿を映し出す。滑らかなサファイアのボディは大きくひび割れ、自己修復すら間に合っていないようだ。さらにコアも何本も亀裂が走っているがそれだけで、完全な破壊には至っていない。

 使徒が弱っているのは明らかだ。これならもう一度ライフルで狙撃すればいい。

 

「ミサト、さん……もう一度ライフルを……」

 

『もう電力がないの……!』

 

 たった二発で日本の電気をすべて消費してしまったというのか。もうライフルは使用不可能。つまり遠距離攻撃ができなくなったのだ。

 ラ――――というオーケストラを想起させる声はキリキリと嫌な不協和音になり、ふわふわと浮遊する挙動もぎこちない。

 

「そんな……」

 

『一度撤退……いや、もうそんな時間もない!! 敵はもうネルフ本部の直上に侵入している!!』

 

 ミサトさんもパニックを隠せないようだ。今から作戦を立てて……などといった時間はない。

 ヤシマ作戦は失敗。

 これ以上打つ手はなし、だ。

 

『碇さん、やっぱり私たちは死ぬようね。これもちっぽけな出来事……』

 

 ……しかし、死ぬと諦めるのはまだはやい。諦めるのは、本当にすべてを出し尽くして、それでもどうにもできなかった時だけだ。死んだら死んだであの世で皆に謝ればいいだけ。

 ……そう、まだ私にやれることは残っているのだ。

 

「ミサトさん、使徒のコアの状態はどうですか?」

 

 冷静に状況を把握する。初号機の冷却は十分済んだ。零号機の手から離れ、自分の脚で立つ。が、うまく力が入らずに倒れてしまう。

 咄嗟に手を差し伸ばしてくれるが、私はそれを拒否して自分の力のみで立ち上がる。

 

『損傷率は91.18%。軽く叩くだけで崩壊するわ』

 

「……そうですか。なら、いけます」

 

『いけますって、カノンちゃん何を……! まさかッ!』

 

「はい、初号機単騎で接近戦を仕掛けます。零号機は無理して実戦に投入させているんですよね? もう狙撃以外の運用は不可能なはずです」

 

 零号機は起動実験が成功したばかりだ。本来ならば、これから様々な調整をして実戦投入されるはずなのに、その過程をすべて飛ばしてこの作戦に参加させたのだ。当然防御役もできたかもしれないが、狙撃以外で走り回ったり、さらに使徒を殲滅するなどもってのほかのはずだ。

 

『何言ってんの! そんなの接近する前に撃たれて終わるわよ!』

 

 危険は百も承知。しかし戦いに危険はつきもので、生命の危険など当たり前だ。私はそれを数時間前に身をもって経験した。

 エヴァに乗るからには覚悟は決めている。誰もが死と隣り合わせなのだ。なよなよした私とは違うのだ。

 腹の底から声を絞り出す。

 

「――私は!!」

 

 しん、と通信が静まり返る。私は使徒を見据え、内部電源がマックスになっているのを確認する。接近して撃破までの時間はあるはずだ。できなければ死、あるのみ。

 

「私は……うまく操縦できる自信が、あります。それとも、ミサトさん、にはこの限られた時間で他……の作戦を提示できますか?」

 

『――――わかったわ。ごめんなさい。そして、ありがとう』

 

 今度は命令違反ではない。きちんとミサトさんの許可を得た。

 正直すべての攻撃を回避して接近できるだなんてことは一切考えていない。間違いなく一発はもらうだろう。でもそこは根性で耐え抜くしかない。

 

『碇さん、私も』

 

 零号機が後ろに立つ。しかし私は首を横に振った。代わりに振り向いてサムズアップをキメる。

 使徒の動きはまだない。しかしこちらにはすでに気づいているから、いつ攻撃してきてもおかしくない。事実、出鱈目な変形を繰り返して発射体制になろうとしている。

 もう時間がない。不安定な動きだからこそ予測することすら困難だ。今すぐにでも動き出さなければ。

 

「まだ零号機に無理はさせられない。それに、私は綾波さんを守るって約束したからね」

 

 そう言って、私はアンビリカルケーブルを切り離した。

 同時に、内部電源のカウントダウンが始まった。




シリアスがログインしました。

いったいいつから、ラミエルは二発で終わると錯覚していた?
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