それでも私は── 作:次作エヴァはきっと鬱エンド
前回のあらすじ
ラミエル撃破。代償は子宮機能の不能。
セカンドチルドレン
中学生の仕事は何かと訊かれると、私は光の速さで勉強だと答える。私は部活に入っていないからそういった青春を経験したりはできない。別にしたいと切望しているわけではないし、エヴァパイロットとしての役割だってある。そういったでこぼこのピースが上手くハマったのが『私』なのだろう。
つまり何が言いたいのかというと。
「勉強もうやらあああああぁぁぁぁぁ!!」
入院していた間に遅れてしまった学校の授業の取り戻しだ。
あんまりだ。横暴だ。今度ネルフにそういった教育関連の補助をしてくれる福利厚生的なのを付け加えるよう訴えなければならない。
そんな決意を硬めながらヒカリ……現在別名赤ペン先生による見るも残酷な丸付けから目を背けた。
「はい、目を逸らさない。これが今のカノンの学力よ」
「うっうっ……」
「一週間も学校来なかったんだから、ちゃんと遅れを取り戻さなきゃ。その調子だとテストで……」
「いーやー」
使徒の光線に腹を貫かれて入院を余儀なくされた私がベッドの上で無味な生活を送り、ようやく退院したと思えばこれだ。
ふたりきりの教室に軽快なチャイムが鳴り響き、私はバネに弾かれたように重い頭を上げた。すでに窓から夕焼けの淡い光が差し込んでいて、ヒカリの顔が眩しく見えた。
今日はこれからシンクロテストがある。私がまだ本調子ではないから頻度は減らしてくれている。激しい運動はまだできないから模擬戦闘はもちろん無理だ。
「ごめんヒカリ。そろそろネルフに行かなきゃ」
「ああ……もうそんな時間なのね。ちゃんと勉強頑張るのよ? 世界を守ることはもちろん大切だけど、勉強も同じくらい大切なんだから!」
「……あい」
そそくさと荷物をまとめてカバンを背負って「じゃあばいばい!」と元気に手を振って小走りで教室から飛び出して校門へ出た。
そこにはすでに黒服が私を待っていて、速やかに高そうな黒塗りの車へと乗せてくれた。ネルフのこういった配慮にはとても感謝している。
あっという間に目的地に到着し、私は門前のセキュリティーバーにIDカードをかざして中に入った。
ミサトさんに連れられて初めて来た時は右も左もわからなかったが、よく向かう場所ならば今ではもう完璧に覚えられた。
リツコさんの研究室に足を運んで指示を受けた後、更衣室でプラグスーツに着替える。そして手首のスイッチを押してキュッと身体との隙間が引き締まった瞬間、違和感を覚えた。
「……うん⁉」
なんだか少しだけ、お腹がへこんでいる気がしたのだ! 今までなら側面から見るとちょこっとだけぽっこりと丸みのある膨らみがあったのだが、今確認してみるとそれがない。
……太っていたわけではないからそこは今違いしないように。
そう、鏡の前に映る私は少しだけせくしーになったのだ! 普段から太らないようにと細心の注意を払いながら食事には目を光らせていたが、やはり入院生活の中での食生活が物を言ったのだろう。所詮私はなんとなくでやっているだけで、その道のエキスパートには敵わない。
素晴らしき私のぼでー。愛おしげにお腹を擦っていると、幽霊の如き透明な囁き声が聞こえた。
「何をしているの、碇さん」
「うわあぁあ⁉」
猫も顔負けするほど高く飛び上がると、私は速やかに後ずさった。
すぐ後ろに立っていたのは綾波さんで、相変わらずの仏頂面でこちらの様子を窺っている。前世はくノ一だったのではとわりと真面目に考えながらロッカーに荷物を詰め込み、ロックをかけた。
「ちょっとお腹が痩せたからそれが嬉しくて」
「そう。でも前とあまり変わってないように見えるけど」
そう言ってちらりと私のお腹に視線を向ける。
「変わってるもん!」
「誤差では?」
「誤差じゃない……はず……だよね?」
後半部分は曖昧になってしまった。綾波さんの淡々として指摘にボロボロと自信が崩れていく。
女性の二キロ体重が減った……とかは誤差だとか言われる風潮があるのは知っている。まさかそれと同類だったりはしないと思いたい。
更衣室を出て通路を進み、シンクロテスト用の部屋に入り、擬似エントリープラグに乗り込んだ。
すると音声デバイスからリツコさんの落ち着いた声が流れてきた。
『ふたりとも、今からシンクロテストを始めるわよ。カノンちゃんは少し日が空いたけどいけるかしら』
「いけます」
『よろしい。では、シンクロテスト開始』
同時にL.C.Lが閉鎖空間内を満たし始めた。
これを肺に取り込む方法は、飲み物を飲むようなものではなく、呼吸をしながら自然に飲み込むのが一番違和感がないと学習した。
液体を見ると無意識に飲もうとするスイッチが入ってしまうため、目を閉じて私は肺に送り込んだ。
よくわからない用語をオペレーターが滝のように次々と並べる。
まず初めに離人感が私を襲った。次に生温い感覚が身を包み、暗い海にゆっくりと沈んでいくよう。
その果てにカチリ、と私の身体が何かと合致した。急激に意識が収束し、視界が明瞭になって開ける。
シンクロ……できたようだ。
接続確認の声が聞こえると、そのまま次へ移行する。とはいっても私がすることは特にないのでそのままぼんやりたゆたうだけでいい。しかしながら本当にぼんやりしているとシンクロ率が減少してしまうからちゃんと集中しないといけないらしい。
途端に、ガクンと身体が重くなるのを感じた。重量的なものではなく、私を構成する……なんて言えばいいかわからないが、概念? 精神? に重みが加えられたのだ。
少し息苦しくなり、顔を顰める。
『深度を少し下げてみたのだけれどどうかしら? 苦しくない?』
なるほど、向こうに操作されたのか。それにしても、できれば事前通告とかあるとこちらも心構えができるのだが。
「ちょっとだけ……でも慣れたら大丈夫かもです」
『了解。一旦戻すわ』
すると重みが消え、身体が楽になった。
その後、特にこれといった問題はなくシンクロテストは終了した。L.C.Lを排出し、着替えるかぁー、と大きく深呼吸をしたところにミサトさんから『ちょっちミーティングするからあとで来てネ』と通信が入った。
まあシンクロテストの後はいつも、こんな結果で――前回と比べたら――といった風に正直私には全くわからないから、申し訳ないがリツコさんの話は真面目に聞くふりをしている。最後につまりどういうことかをミサトさんが非常にわかりやすく教えてくれるのだ。そのパターンは三つあり、「よかったってことよん」「まあ普通ね」「ガンバリマショウ」のいずれかだ。
私と違って綾波さんは烏の行水で、適当にL.C.Lをシャワーで洗い流して「じゃあ先行くわ」とだけ言い残して早々と着替えに向かった。ぺたぺたと足音が遠のく。
恐らく以前の綾波さんなら絶対に言わないだろう言葉に私はふと動きを止める。この前の私の言動に、少しは認めてくれたのかな、と嬉しく思った。
追いかけるように私もシャワーから上がるがにその姿はすでになく、丁寧にドライヤーで髪を乾かした――なるべく急いで――後にミーティングルームへ向かった。
どうやら私が最後らしく、プロジェクターやら諸々がすでに用意されていて準備万端だった。そこからは恒例のリツコさんの講評。そしてミサトさんから「まあ普通ね」を頂戴した。少し間が空いたからできが悪くなってしまっているのではと危惧していたがどうやら杞憂に過ぎなかったようだ。
「あとひとつ話しておくことがあるわ。レイ、席に戻って」
ミーティングが終わり、さっさと退室しようとした綾波さんの背中にリツコさんが声をかけた。
席に戻ったのを確認すると、シンクロテストの結果グラフが映されていた場面から切り替わり、広い赤い海を多数の軍艦が見事な陣形を維持して直進する映像が流れ始める。
何がしたいのかわからず、リツコさんに問い質そうと開いた口は、次の瞬間驚愕のものとなった。
なんと、海面から巨大生物がギラついた歯を見せつけながら飛び上がり、画面左前方の軍艦を噛み砕いたのだ。
私が驚いたのは巨大生物であることではない。生物が海に存在しているという事実にである。セカンドインパクト後、地球上の海はすべて赤く染まり、生物はほぼ死滅したと聞いている。なのに映像ではこんなにも力強く泳いでいるのだ。
それだけではない。撮影艦の甲板で異様な存在感を放っていた布に覆い隠された何かが動き出した。勢いよく布に包まれたものが飛んだ。
それは、真紅のボディだった。布を外套のように靡かせ、空を舞う。
スリムな体型で、四つ目が特徴的なロボットだ。……いや、これはもしかしなくてもエヴァだ。
すると突然エヴァが高く跳躍し、遠く離れた別の軍艦の甲板に跳び移った。ぐらりと大きくバランスを崩すこともなく直立の姿勢を保ち、プログナイフを装備した。直後、軍艦を噛み砕かんと身を乗り出してきた巨大生物の腹に正確にナイフを捩じ込んだ。
これだけでも並外れた身体能力が備わっていることがわかる。一連の完成された動き。桁外れの体幹。どれをとっても私より上であることは明らかだ。
……と、ここで映像が途切れる。
「この後、太平洋艦隊の助けを借りたとはいえ出撃より約三十秒で使徒殲滅。危機回避能力。操縦テクニック。どれをとっても完璧よ」
「あれ使徒なんですか? 私が入院している間にそんなことが……」
「見たことない変なヤツはだいたい使徒って思えばいいのよ」
ミサトさんの作戦部長とはまるで思えないふわっとした判断基準に私はなるほどと相槌を打つ。
「それにしても輸送中に災難だったわね。何が狙いだったのかしら?」
「弐号機ではというのが我々の予想よ。それにしてもセカンドチルドレンの実力は噂以上ね」
「弐号機? あんましっくりこないわねぇ」
腑に落ちないといった様子で首を傾げるミサトさんを尻目に、私は気になった疑問を口にする。
「ってことは、新しいパイロットさんはもうネルフにいるってことですか?」
「いえ、まだ正式な手順を踏んでいないからアスカはホテルで休ませているわ。気になる?」
セカンドチルドレンはアスカというらしい。名前からして……女の人だろう。
「それはまあ……これから一緒に戦うわけですし」
するとリツコさんは口の端を僅かに上げた。
「聡明な子よ。十四歳でもうドイツの大学出てるし」
「だ、大学⁉」
つまり飛び級ということだ。
そんなの見た目は子供、頭脳は大人を忠実に再現しているではないか。もうコ○ンに追いつく時代になったのかとひしひしと感じていると、
「まだ正式な手続きが終わってないから、でき次第紹介するわ。とはいっても明日にはできるから楽しみにしててね」
可愛らしくウインクを決めるミサトさんに思わずどきっと胸を打たれた。もしこれが男の人に向けられたら間違いなく脈アリと勘違いして自滅の道に進むことになるだろう。
ミサトさん恐ろしいと思いながら私と綾波さんはそれぞれ帰路についた。
◆
わくわくしていないと言ったら嘘で、少なくとも私はどんな人が来るのか気になって堪らなかった。そのせいで授業中も意識がそちらにばかり傾いてしまい、ただでさえ遅れているのにまるで話が頭に入ってこなかった。声が耳に届くとそのまま反対の耳からすり抜ける感じた。
「なあ碇、ゲーセン行かへんか?」
そう言ったのは鈴原君だった。カバンにしまおうとしていた筆箱を机に戻して私は顔を上げる。
「げーせん?」
聞き慣れない単語を、まるで言葉を初めて覚えた宇宙人のようにオウム返しした。
「まさか知らんのか? ゲームセンターやゲームセンター」
「ああ、なるほどね。うんうん。それならわかるよ」
ゲームセンターには……行ったことがない。そもそもゲームをしたことすらないかもしれない。
興味はあまりないが……こうしてお誘いしてくれたのはとても嬉しいが、勉強が……。
「碇、最近ずっと委員長と勉強漬けだろ? だからたまには息抜きも必要なんじゃないか? 説得は任せてくれ」
ひょこっと横から現れた相田君までわりと真面目に私を誘おうとしている。ここまでされたら逆に何か別の目的があるのではないかと疑いを抱きそうになるが、正直私も脳のキャパシティをオーバーしそうなところだ。
「じゃ、じゃあ……お願いしようかな?」
「よし!」
やけに派手にガッツポーズをキメた相田君がバレリーナ選手にも劣らない滑らかな動きで委員長に近づいた。
「――委員長。碇、借りていくゼ」
「はあ? 駄目に決まってるでしょ」
その答えは想定済みだ、と言わんばかりに相田君は「チッチッチ」と人差し指を振った。
「いいや、これは譲れない。碇には休みが必要だ。だから俺たちがゲーセンに連れて行って、日頃の疲れをふっ飛ばしてやるのサ」
「…………」
「異論はないだろう?」
「カノンは良いって言ってるの?」
「言ってるからこうしているんだ」
ヒカリは訝しむように睨みつけるが、やがて「まあそれもそうね」とぽっきり折れた。しかしふたりがガッツポーズを決めようとしたその瞬間。
「ただし私も行くわ」
と予想外の発言をしてみせた。
するとふたりはフリーズしたかのように動きが止まり、動いたかと思うと小さく固まって何やら話し込み始めた。「これじゃあ計画からずれてしまう!」とか「わしがなんとか隙を作らせるから」とか聞こえなくもない。ほんの数秒で会議のようなものが終わり、いっそ気持ち悪いほどの微笑みを浮かべて「ほなら行くか!」と意気揚々と教室を出ていった。
その後を追うように私とヒカリも教室を出た。
……と、廊下に出ると綾波さんがじっと立っていた。まるで気配を感じさせない佇まいに驚きそうになったが、なんとか持ちこらえた。
そして。
「……じゃあ碇さん、また後で」
とだけ言い残すとスタスタ歩き去っていった。もしかして、それを言うためにわざわざ私を待ってくれていたのだろうか。だとしたら純粋に嬉しい。
綾波さんとの距離が縮まった、明確な変化だ。これからもっともっと近づきたい。
校門を出て、やや興奮気味に足早になっているふたりを追いかける。じーわじーわと夕方前になっても元気に鳴き続ける蝉の声が暑さを助長させる。
知らない道。知らない場所。迷ったりしないか不安になるが、きちんとふたりは私たちがついてこれているのかなかなかの頻度で振り返ってくれている。
それほどの距離を歩いてはいないと思われる。しだいにゲーセンならではの軽快なピコピコ音が近づいてきた。
ふたりにようやく追いつくと、何やら神妙な顔で前方を見据えていた。
「どうしたの? 入ろうよ。きっとクーラー効いてるだろうし」
そう尋ねると相田君が顎をさすりながら私を見もせずにただ一点だけ見ている。
「いや……あの娘、すごく可愛いな……」
鈴原君も首が取れるほど首肯している。いったい誰のことを言っているのかと気になって、私もその人物を探し始めた。
そして、いた。
ひと目でこの人を見ているのだとわかってしまうほど可愛らしい人だった。白のワンピースに身を包み、さらさらなブロンズのロングヘアが靡く。横顔しか見えないが、陶器のような白い肌に、くっきりとした顔立ち。海外のアイドルですと言われたら私は一切の疑いなしに納得する。
前のめりになって必死にプレイしているのはUFOキャッチャーだ。
男ふたりは完全に鼻の下を伸ばし、理由もなくその場にしゃがみこんだ。目はハートマークで、その意図は私にもすぐわかった。
「や・め・な・さ・い!」
すぐに行動に出たのはヒカリだった。大股でふたりの後ろに立つと、耳を摘んで立ち上がらせる。
「いでででで! イインチョ、痛いわ!」
そしてUFOキャッチャーに勤しむ美少女がレバーを操作して猿のぬいぐるみを掴んだ。しかし既のところでアームから落ちてしまった。
惜しいところだったね、とヒカリに話しかけようとした時。
「なによこの機械! 壊れてんじゃないの!」
苛立ちを隠すこともなく美少女はUFOキャッチャーの台を蹴ってみせたのだ。
そして英語ではない言葉で一言罵る。
私の中であの人の株が下がった。鈴原君も「あかん、あれはごっつ性格悪いやつや」と独り言を言っている。
そして美少女はくるりとこちらを向いた。
「ちょっとあんたたち。さっきから何じろじろ見てんのよ!」
明らかに怒りを露わにしながらこちらに高圧的に話しかけてきた。
「いやわしは別に……」
すると向こうからずんずんと近づいてきて、目の前で腕組みをして立ちはだかった。不機嫌そうに私達全員を見回した後、どういうわけかこちらに手を差し出した。
「百円ちょーだい。ゲーム代なくなったから。ひとり百円ずつ」
「へ? 百円? なんでわしらが」
「美少女である私を見た見物料。あとパンツも含む」
「アホかっ。なんで払わないかんねん」
「ひょっとしてお金持ってないの〜? そんなダサダサなカッコして百円も持ってないなんてサイテ〜」
鈴原君のジャージ姿を見下ろして蔑むようにそう言った。確かに正直私もカッコいいかどうかと言われるとカッコよくないと答えてしまうかもしれない。
それでも、この人の態度はなんだかいけ好かなかった。
わかりきってはいたが、みるみるうちに鈴原君も不機嫌になる。
「ちょっとカワイイからって調子乗るんちゃうぞ!」
前に一歩出ると、美少女の手首を掴んだ。
「何すんのよアンタ! エッチ! バカ! ヘンタイ!」
ブンブンと手を振り払おうと暴れていると、ふとすぐ後ろで違うゲームをプレイしていた入れ墨の入った男の背中に肘が当たってしまった。
そのせいで手元が狂い、自機が敵に墜とされてゲームオーバーの画面が表示された。
「マジかよおおおぉぉぉ!!」
「あ、ゴメン」
男は席から立ち上がり、少女にきつく詰め寄った。ツバを吐き散らしながら喚く様はただ事ではなさそうだ。
「ゴメンで済むかい! こちとら最終ステージまで行ってたんやぞッ! どうしてくれるんや!」
それだけでは怒りが収まらず、「泣かしたろうか⁉」と少女の顎をグイッと持ち上げた瞬間、スイッチが入った顔になった。
男の手をパッと振り払うと、なんの躊躇いもなく強烈な蹴りを食らわせた。まさか攻撃されるとは思っていなかったのか、男の虚を完全に突く形になり、クリティカルヒットをもらった。しかしまだ倒れたわけではなく、むくりと躰を起こし、「キレたわ……」と口元を拭って立ち上がった。
「おいお前ら。たーっぷり可愛がってやれ」
男の声に、奥の方からぞろぞろと仲間が三人ほど集まってきた。流石にこれは警察沙汰になるのでは、と不安に思っていると、案外そうでもなく武道をやっているとしか思えない洗練された動きで男たちを圧倒している。
「……今のうちに逃げよう」
ヒカリに耳打ちされ、私は我に返った。
そして次に呆気にとられている鈴原君と相田君を連れてそっと現場から消えようとした。とっかかろうとした男たちをまるで未来予知の如く華麗に避け、曝け出した隙を突いて蹴りを入れる。
どうやらこの場は任せっきりにしても大丈夫なようだ。
そして誰にも気づかれないように四人でフェードアウトしようとしたその時、私の襟首が誰かに掴まれた。強引に後ろに引っ張られ、息苦しさに呻いた。
「おうお前ら。なにこそこそしてるんだぁ?」
仲間の一人に私たちが気づかれてしまったようだ。
「あ、あ……」
頑張って逃れようと足掻くもまるで意味がなく、そのまま上に持ち上げられた。身長差が激しいから爪先立ちになってしまう。それに首元がしまって苦しい。
三人は緊急事態に足が震えてその場から動けない。助けて、と言いたいが私も恐怖のあまり掠れ声しか出せない。
禿頭の男が拳に力を入れ、私に狙いを定めた。
――やられる!
そう思った瞬間、素早く危機を察知した少女がバク宙を決めながら一瞬で禿男に肉迫し、ガニ股に開かれた股を渾身の力で蹴り上げた。
大切なムスコにオーバーキルをくらい、私はなんとかギリギリのところで解放された。尻もちを付き、大きく深呼吸を繰り返す。
それと同時に遠くからパトカーのサイレン音が聞こえてくる。恐らくゲームセンターの店員が隠れて通報したのだろう。
いち早く反応したのは私たちではなく少女の方で、光の速さでどこかへ走り去ってしまった。
「大丈夫カノン⁉ 逃げるわよ!」
「う、うん」
ヒカリに手を捕まれ、私たち四人もその場から離脱する。
必死に走って、サイレン音が聞こえなくなったところで足を止めた。ゲームセンターで遊んで疲れを癒すという目的だったのに、なんだか逆に疲れてしまった気がする。
「すまんな碇……こんなことになってしもうて」
肩で息をしながら鈴原君がばつの悪そうな顔をして言ってきた。確かに……あまり楽しくはなかった。それにただ遊ぶだけではなく、何か裏で考えていたのは見え見えだった。でもその根底にあった『楽しんでほしい』という願いは嘘偽りのないものだとわかった。
だからこそ私は、ここで不満を漏らすのは違うと思った。
「ううん、気にしないで。また今度来たらいいだけだし。それに……ありがとう。こうやってこれからも色んなところに連れて行ってほしいな」
そう言って柔らかい微笑みを向けると、「お、う……せやな」とやや顔を赤くしながら歯切れの悪い返事が返す。
「碇の言うとおりだよトウジ。チャンスは……こほん、また来ればいいんだよ」
携帯の時計を確認したら、すでに夕方前なのに気づいた。
「あ、ごめん。そろそろネルフに行かなきゃだから……行くね」
今日はこれからセカンドチルドレンの顔合わせがあるから、それに遅れるわけにはいかない。
「じゃあ三人とも、また明日!」
手を振り、三人に背を向けて私は歩き出した。すぐ左手に駅があるからそこからネルフ直通の電車があるはずだ。改札を通って電車に乗り込み、揺れに身を任せてぼんやりしているといつの間にか終点――ネルフに着いていた。
ここまで電車を降りなかった人はほぼ全員ネルフ職員というわけだ。ということは言うまでもなくその人たちは私のことを知っている。
「こんにちは」とか「頑張ってね」や「可愛いね」なんて色々話しかけてくれる。
なんだか私が中心にいるという雰囲気は居心地が良かった。今までは私はどのグループでも蚊帳の外だったから、耐性がないのだ。
皆がそれぞれを言って歩いていった。私はその背中を見届けた後、近くの自動販売機でりんごジュースを買った。今日はずっと外で歩きっぱなしだったから喉が乾いて舌が貼りつきそうだ。
蓋を開ける前にひんやりとした冷たさを感じようと頬に擦りながら正面ゲートに向かうと、ふと機械を蹴りつける音が聞こえてきた。何事⁉ と思いながらはや歩きで近づくと、ひとりの少女が苛立ちを隠す素振りもなく喚いていた。
「なによこの機械! 壊れてんじゃないの! このカード作ったばっかなのになんで受け付けないワケ?」
その声は、つい先程聞いたものとまったく同じだった。
そして私の気配を感じ取ったのか、少女はこちらを振り向いた。
「ん? アンタ……さっきのもやしね」
「も、もやし⁉」
「そりゃそうよ。あんな雑魚相手に抵抗すらできないから当然。それにもやしみたいな細っちい身体だし。……そんなことより。なんでもやしがこんなとこにいるのよ」
そう言ってシッシッ、と追い払う仕草をする少女が持つカードには、【式波・アスカ・ラングレー】と名前が刻まれていた。
第二の少女との出会いは最悪だ。
カノンのアスカへの第一印象はあまり良くないです。
それではまた次回!