それでも私は──   作:次作エヴァはきっと鬱エンド

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シンエヴァ観ました
エタってたなあと思い、久々に更新を!

前回のあらすじ
セカンドチルドレンと邂逅


難しいな、この人

 ネルフ関係者しか所持を許されないカードを見て私は激しく狼狽した。さらに注目すべき点は、その名が先日聞いたセカンドチルドレンのものと合致していることだ。

 

「あなたが……式波、さん……?」

 

「そうだけど? 何よあんた。さっさと帰ってお勉強でもしてなさいよ」

 

 ふんぞり返ってあからさまに私を見下した物言いは、威圧的というより高圧的だ。

 だが言われたからといってはいそうですかと大人しく帰るわけにはいかない。私もネルフの関係者だ、そこはしっかり示さないといけない。カバンから同じカードを取り出して目の前にかざした。

 それを見るや否や、顔を驚愕の色に染め、

 

「はあ⁉ こんなもやしがサードチルドレン⁉」

 

 と叫び声を上げた。

 たぶん……いや、間違いなくその時私の顔はムスッとしていたに違いなかった。

 

 ◆

 

「紹介するわ。彼女が今日からネルフ本部に配属されるセカンドチルドレン、式波・アスカ・ラングレーよ」

 

 顔合わせは発令所のオペレーター座席の背後で行われた。ミサトさんが陽気に式波さんを紹介すると、まるで別人格が現れたかのように丁寧な口調で自己紹介をした。

 

「初めまして! 式波・アスカ・ラングレーです! 至らないところがあるかもしれませんが、よろしくお願いします」

 

 誰だこの人は、と驚愕する。そんな私の様子を機敏に感じ取ったのか、上手い具合に皆に見えない角度で背中に手を回し、握り拳を作った。

 意味は考えるまでもなくわかった。やはり別人格などではないようだ。もし私の疑惑が間違いなければ、後で速やかに病院に行くことを勧めていたところだ。

 綾波さんは相変わらずの仏頂面で「よろしく」とだけ言った。私もとりあえず当たり障りのない挨拶をしてその場を凌ぐことにする。

 

「よ、よろしくお願いします。式波……さん?」

 

「ええ、これから頑張りましょう!」

 

『にっこり』の笑顔に圧がかかっている。もしかして皆はこれに気づいていない? そんな馬鹿な。顔にははっきりと『仲良く(上下関係)しましょうね』としか書かれていないというのに。

 すると私の勘ぐるような態度に気づいたミサトさんが、「あっらーん?」とわざとらしく手を口に当てる近隣の奥様っぽい仕草をしてみせた。

 

「どうしたのかしらカノンちゃん〜? あらあらぁ? もしかしてアスカのあまりの美少女っぷりに惚れたのかしら」

 

「い、いや! 違いますよ⁉」

 

「えー? でも今かんっぜんに熱い眼差し向けてたわヨン」

 

 ぶんぶんと音が鳴るほど激しく首を振って私は全力で否定した。確かに式波さんは百人が見て千人が美少女と脊髄反射で答えるほど可愛らしい子だ。しかしそれは外見だけで、中身はなかなかの脳筋で言葉遣いも荒い。

 

「まあいいわ。せっかくだし懇親会っぽいことでもしますか! 一緒に夕食食べるだけだけど! いいわよねカノンちゃん」

 

 瞬時に冷蔵庫の中身を脳内検索する。ミサトさんはビールとおつまみしか手を出さないから、それ以外はすべて把握できている。余り物だったり、賞味期限が近いものを列挙し、今日明日にでも処理しなければならないものがあるかを査定する。

 時間にして僅か四秒。小さく頷いた私は口を開いた。

 

「はい、大丈夫ですよ」

 

「え、何? どういうこと?」

 

 今の私とミサトさんのやりとりが理解できなかったようだ。式波さんが首を傾げて訊いた。

 

「いつもカノンちゃんに夕食任せてるのよ。だからほら、色々あるじゃない? その確認よ」

 

「まさかも……ゴホン、碇さんと同棲してるんですか⁉ しかも夕食を任せっきりって!」

 

「痛いとこ突くわね……」

 

 それだけでも中破並みの傷を負わせるには十分だった。女子力という涙を拭い捨ててミサトさんが食堂に足を進める。

 ガラスケースに陳列されたレプリカ商品を見てセレクト。私が選んだのはエビフライの乗ったカレーだ。偶然人の入りが少ないためスムーズにカレーを受け取って適当なテーブルについた。ちなみにそれぞれ綾波さんはサンドイッチ、式波さんはうどん、ミサトさんは唐揚げにビールだ。

 

「……ミサトさん、なにちゃっかりビール飲もうとしてるんですか……」

 

「一本くらい問題ないわよ。誤差よ誤差」

 

 一口でも飲んだら飲酒運転が駄目な理由を知らないのだろうか? ましてやネルフの作戦部長サマ。先が思いやられる。

 栓をプシュ! と開けるだけで恍惚の表情を浮かべる様はどう頑張って言い訳してもアル中だ。

 ポイポイと唐揚げを掃除機のように吸い込み、爪楊枝で空を描きながら言った。

 

「そうそう。先日のアスカの戦闘、録画で見せてもらったわ。さすが噂に聞くセカンドチルドレンね。実力が桁違いね」

 

 ミサトさんのストレートな褒め言葉に式波さんはあざとく照れる素振りを見せた。

 

「そんなそんな。私なんてまだまだ勉強しないといけないことばかりで……」

 

 ――猫だ!

 ミサトさん! この人、猫被ってますよ!! と必死に視線を送るがまるで効果がない。それどころか「なあに? もしかしてビール欲しいの? まだ二十歳になってないんだから駄目よ〜」と上機嫌に笑う。

 気づいてもらおうとした私が馬鹿だった。この人は大雑把で雑な性格だから、こういった女の人特有の表裏を理解できるはずなどないのだ。

 綾波さんはずっとこちらに目もくれず黙々と卵サンドを食べている。何か助け舟を出してほしいが、期待できそうにない。

 

「なーんか辛気臭いわね。せっかく仲間が増えたっていうのに」

 

 このどよーんとした空気を読むことのできないミサトさんに問題がある。

 ミサトさんがふと席を離れるが最後、式波さんが私にどんなことをしてくるのか想像もしたくない。というより、果たしてこの人とやっていけるのだろうか。

 不安だ。

 不安で押しつぶされそうだ。

 と、その時。

 ミサトさんの後ろに少し顎ひげを剃り残している男が立ち止まった。

 少し長い髪を後ろで止めていて、男の色気と言えばいいのか、それらしきものがどこからか滲み出ている。

 そしてくわっと両腕を広げると、躊躇いなくミサトさんの首に回した。

 

「や! ちょっと、何!」

 

 身体を捻って抜け出そうとするが、ビールを飲んだせいで少し酔っているのか抜け出せない。

 そのまま男はぐいっと、ミサトさんの頭を上に向かせ、互いに顔を見合わせる。

 

「あいもかわらず昼間っからビールとは……いやはや」

 

 どうやら男と面識があるらしく、ギョッと目を剥いたミサトさんがパイプ椅子を倒しながら慌ただしく立ち上がった。

 

「な、ななな、なんであんたがここにいるのよ!!」

 

 私も式波さんもキョトンとした顔でふたりのやり取りを眺める。綾波さんは動じずにサンドイッチをぱくぱく口に運んでいる。

 

「アスカの異動ついでだよ。ロシアから遥々な」

 

「はあ⁉ ロシアぁ⁉ そんなとこでなにやってたのよ?」

 

「ま、それは秘密ということで」

 

 と茶を濁した男はぐるりと私たちを見渡した。そしてふと私と目が合う。

 男はにこやかな笑みを浮かべると、礼儀正しくこちらに挨拶をしてきた。

 

「初めまして。俺は加持リョウジ。君が碇レ……カノンちゃんだね」

 

「あ、はい」

 

 第一印象。

 少し汚い顎ひげ。

 でも人となりは良さそうに見える。

 

「あの、どうして私の名前を?」

 

「そりゃそうさ。碇カノン、式波・アスカ・ラングレー、綾波レイの名前はこの世界じゃ有名だよ。特に君は何の訓練もなしの実戦でエヴァを動かしたサードチルドレン。しかもすでに三体の使徒を倒したらしいじゃないか」

 

「そんなにすごいことではないですよ。だって――」

 

 一体目は知らない内に倒していた。

 二体目は同級生たちを守るためにミサトさんの命令を無視して突貫した。

 三体目なんて、ほとんどが綾波さんの戦果だ。ポジトロン・ライフルの狙撃によって大破したコアをナイフで突いただけ。

 だから、私が倒したと胸を張って言える戦果はなにひとつ残していないのだ。

 

「私ひとりじゃ、使徒なんて一体も倒せませんよ」

 

 伏せ目に、低く呟く。

 

「そう謙遜する必要はないさ。どんな過程や状況だろうと、倒したという事実があるんだ。それが世界を救った。君には才能がある。もっと自信を持つべきだよ」

 

 突然ミサトさんに抱きつくというセクハラもいいところな男だったけど、この加持という人は決して悪い人ではなさそうだ。

 

「ありがとう……ございます」

 

「すごいわね〜。でも四体目は私が倒したんだから」

 

 私に対抗するように言った式波さんの瞳には焦りのような色が見える。

 

「ところで……カノンちゃんは葛城と一緒に暮らしてるんだよな?」

 

「そうですよ?」

 

 すると加持さんはいたずらっ子のように楽しそうに笑いながらミサトさんを指差し、

 

「――こいつ、寝相悪いだろ?」

 

 と爆弾と投下した。

 

 食堂に衝撃が走る――!

 

 まるで流しそうめんを投入するが如く。

 それを食堂という公共の場で。

 私は平然。

 式波さんは驚愕。

 綾波さんは素知らぬ顔で最後の一口を頬張る。

 

「ななな、ぬぁんてこと言うのよ子供の前で⁉」

 

 確かにミサトさんの寝相は悪い。

 毎朝起こす時、実は今日はどんな寝相をしているのかな、なんて密かに楽しみにしていたりしている。

 写真に撮って記録を残すのも面白い案かもしれないが、それは流石に良心が引き止めた。

 顔を真っ赤にして叫ぶミサトさんは、また一味違った面白さがある。

 

「もう! あっちへ行け! シッシッ!」

 

 手の甲でひらひらと仰がれた加持さんはははは、と笑いながら食堂から姿を消したのだった。

 その後はつつがなくなんちゃって親睦会は続き、特に加持さんの乱入のような事件は起こらないまま無事終了した。

 式波さんは人の前では猫を被った、ツンけんした人だとだいたいわかった。

 恐らく打ち解けるのはそう簡単ではないな、と考えながら自室のベッドに身を預けた。

 

 ◆

 

 司令室に、男が三人。

 ゲンドウは机の上で腕を組み、手に顎を押し付ける。

 幾何学的な模様の刻まれた床と天井。この場にいるだけで異質な空気に呑み込まれそうだ。

 ゲンドウの眼下には横六十センチ、縦五十センチほどの比較的大きなアタッシュケース。施されている厳重なロックは、その中にどれほど重大なものが保管されているのかを示す証明。

 加持は陽気に「いやはや、大変な仕事でしたよ」と前置きをして報告を始める。

 

「……仮設5号機と第3使徒は予定通り処理しました。あくまで原因は事故という形で。あなたのシナリオ通りです」

 

 冬月はふたりに背を向けたままま、ガラス張りの壁から外を眺めている。

 

「それと、ゼーレの最新資料はさきほど――」

 

「拝見させてもらった。Mark.6建造の確証は役に立ったよ」

 

 すでに目を通したらしい冬月の淡々とした感想が入る。

 

「……結構です」

 

 冬月から視線を外した加持は次いでゲンドウと向き直った。そして丁寧にアタッシュケースのロックを解除する。

 

「これがお約束の代物です。予備として保管されていたロストナンバー」 

 

 中にはティッシュ箱ほどのサイズの平べったい黄色の台が固定されている。さらに台の中には人間の首から下の骨を模したような印刷がされていて、首から上には注射器に似た用具が埋め込まれている。

 

「神と魂を紡ぐ、道標です」

 

 ゲンドウの首が持ち上がる。

 その口元には喜びの笑みが薄く浮かび上がっている。

 数秒ほどその注射器を凝視し。

 

「ああ。人類補完の扉を開く――ネブカドネザルの鍵だ」

 

 と満足げに言った。

 仕事を終えたとばかりに硬い表情を崩した加持は口を開く。

 

「では私はこれで。しばらく好きにさせてもらいますよ」

 

 そうして踵を返し、颯爽と司令室を去っていった。

 残された二人は数分の沈黙のあと会話を再開する。

 

「これで、計画に一歩近づいたな」

 

「まだ土台にすら立っていない。まずはあと五体の使徒を、我々はいかなる手段を用いてでも倒さなければならない。すべてはそれからだ」

 

「ダミープラグはもうすぐで完成だそうだ。いつテストするつもりだ?」

 

「今のパイロットの精神状態であれば今すぐである必要はない。しかし近々負荷実験も兼ねてテストしなければならない」

 

 不穏な計画は、水面下で着実に進む。

 誰にも知られず。

 ゼーレにも知られず。

 ネルフの誰も知られず。

 悲願の為に。

 

 ◆

 

 学校の勉強の遅れはなんとか取り戻すことができた。わからない部分をミサトさんに何度か訊こうとしたが、数学ならだいたいは教えてくれるものの、それ以外はてんでだめだった。

 頭は悪くないし(そうでなかったら作戦部長になってない)、教え方も学校の先生と同じくらい分かりやすい。

 ただひとつ悪い点があるとすれば、常に酔っ払っていることだ。

 ビールを片手に、ラフなシャツを着た完全に脱力しきった態度というのはいかがなものだろうか。

 顔を隣に近づけられるだけで強いアルコール臭がつーんと鼻の奥を満たす。

 これでは入るものも入ってこない。

 その点ヒカリは素晴らしい先生となってくれた。わからない部分を写真に撮ってメッセージを送れば、ほんの数分で解説付きで解き方を教えてくれる。

 私はきっと、これからも何度もヒカリにお世話になるだろう。

 

「ええ⁉ あいつもエヴァパイロットっちゅうんか⁉」

 

 そう驚愕の声を上げたのは鈴原くんだ。学校にて、私の席を取り囲むように鈴原くん、相田くん、そしてヒカリが立ち、親睦会の感想を語り聞かせる。

 

「やっぱ、エヴァのパイロットって変わりモンが選ばれる法則でもあるのかな?」

 

「それ、どういう意味?」

 

 ジト目で見ると、「ああいやごめん」と返ってくる。

 しかし言われてみればこの法則は全く当てはまらないわけでもないような気がする。

 綾波さんはミステリアスな感じで普段は何しているのか全く知らないし、式波さんはあれ。

 私はというと、お父さんがネルフの総司令。明らかにコネで入ったと思われても仕方がないとは思う。ふたりは自身が。私は周りが、といったところだろうか。

 

  「でも、私たちがその人に会うことはもうないでしょうね」

 

「せやな。碇は仕事やからしゃーないな。まあ頑張れや」

 

 と少し憐れみの含んだ眼差しを向けながら鈴原くんが肩に手を置いてきた。

 

「頑張れる……かなあ……」

 

 そう自信なく呟いた、ちょうどその時。

 ガララ、と勢いよく木造のスライドドアが開かれ、見知った顔の少女が入ってきた。

 百人がいれば千人が美少女だと評するであろう少女。

 ふと周囲を見渡し、私たちと目が合う。

 

「「ああ――!」」

 

 そう叫んで男衆ふたりが指をさすと、美少女――式波さんが済まし顔で口を開いた。

 

「あら、あなたたち四人ともこのクラスなんだ」

 

 と言ってから小声で「サイアク」と続ける。

 それから遅れて先生がやって来て、転校生ということで式波さんが教壇に立って紹介された。

 やはり人前に立つと八方美人。愛嬌を振りまくその姿はいっそ計算され尽くしたかのようにも思える。

 その後はつつがなく授業が進み、先生のいつものセカンドインパクトのループに入ると、生徒たちのひそひそ話が始まる。

 話題はもちろん式波さんで持ち切りだ。

 私は頬杖をつきながらぼんやり窓の外を眺め、耳を傾ける。

 視界にどうしても式波さんが写り込んできてしまうが、それを無視して虚空を見詰める。

 あのスタイルは半端ないよな、とかすごいキレイなブロンズヘアだとか式波さんを褒め称える囁きがよく聞こえる。

 クラスメイトたちの言う通り、式波さんはまるでモデルのような身体の人だ。まさに絵に描いた存在が三次元に現れたみたいだ。

 綾波さんも純白の陶器のような美しさがあり、対して私はとなると、どうも気後れしてしまう。

 これまで私という人間を客観的に見たことがなかった。だから私の容姿、それにスタイルがどうとかを気にすることがなかった。

 人との関わりを極力避け、孤独に生きようとしていた。

 まだ孤独を求める心は強いが、以前に比べるとちょっぴり変わってきている……とは思う。

 式波さんはパソコンを開いて熱心に先生の話を聞いているようだ。手元はペン回しをして遊んでいるが。

 クラスメイトたちの囁きなんて素知らぬ顔で。

 そうこうしているうちに軽快なチャイムが鳴り、話に夢中になっていた先生が我に返る。

「じゃ、今日はこの辺にしようかね」と言い残すと軽く下校の挨拶をして教室を出ていった。

 すでにチャイムが鳴る数分前から心の中でカウントダウンをしていた人たちはすでに下校の準備を済ませていて、先生の後を追うように弾丸めいた速度で教室を飛び出した。

 鈴原くんと相田くんもその中のひとりで、「ほんならまた明日な〜!」と陽気に私とヒカリに手を振って帰っていった。

 どうやら式波さんにはそれほど興味はないそうだ。もしくは転校生恒例の質問祭りでもみくちゃにされているところに突撃するべきではないと判断したのか。外面はいいものの、後でどうなるかは恐ろしくて想像できない。

 今日は三人でシンクロテストの予定が入っているため、このままネルフに直接向かうつもりだ。

 とりあえず綾波さんを呼ぶが、質問攻めにあって身動きが取れなさそうな式波さんに一言断っておくことにした。

 

「忙しそうだから、私たち先に行ってるよ。また向こうで会おうね」

 

 私の声は他のクラスメイトたちにかき消されるほどだったが、なんとか聞こえたらしい式波さんはこくりと頷いた。

 

「じゃあ、行こっか」

 

「ええ」

 

 ヒカリに別れを告げ、綾波さんと一緒にネルフに向かう。

 正面ゲートをカードキーでパスして、長ーいエレベーターを降りる。

 通路を歩き、更衣室に入る。

 綾波さんは着替えるのは驚くほど早いのだが、脱いだ服を乱雑にロッカーに突っ込む癖がある。

 そんなことしたら皺になっちゃうよ! と注意してきちんと制服を畳ませてからロッカーに入れる。

 壁にかけられた時計を確認すると、開始時刻より三十分も余裕がある。

 五分前行動とはよくいわれているが、流石に些かこれは早すぎたか。

 だからといっても、もう着替えてしまったわけだし、この姿でネルフの中をうろうろするのは抵抗がある。

 綾波さんは全くないように見えるが。もしかすると裸になっても羞恥を感じたりしないのでは? などと失礼なことを考えてしまい、頭を振って邪念を捨て去る。

 それにしてもこのプラグスーツというものは、やはり何度着ても恥ずかしい。もう少し……こう、マシな……恥ずかしくないデザインはないのだろうか。

 今度必ず直談判しようとn回目の決意を胸に、リツコさんたちがいる部屋に行くことにした。

 スライドドアを開いて中に入ると、すでにリツコさんを始めとしたオペレーターたちが慌ただしくディスプレイに向き直って作業をしていた。

 

「あらふたりとも、はやいわね」

 

 私たちに気づいたリツコさんがコーヒーカップを片手にこちらに歩いて来る。

 

「はい。特にやることもないので」

 

「そう。アスカは?」

 

「転校生なので、質問攻めに……」

 

 するとリツコさんは小さく笑った。

 

「なるほどね。それで先にふたりで来たのね。どうする? 別に今からでもできるけど、待つかしら?」

 

 私は隣に目配せをする。

 綾波さんは考え素振りを見せることなく、即座に、

 

「どっちでも」

 

 と答える。

 ならば決定権はほぼ私にあると言っていい。

 

「じゃあ待ちます。その方が手間も省けるでしょうし」

 

「わかったわ。じゃあアスカが来るまで適当にくつろいでいて頂戴」

 

 式波さんはプライドがエベレストほど高そうな人だから、遅刻なんてことはしないと思われる。

 そこまで考えて、そもそも質問攻めが終わるまで待ってあげておいたほうが良かったかもしれないと今更後悔し始める。

 オペーレーターのマヤさんと三人で談笑している内に時間は早馬のように過ぎ去り、時間まであと五分となったところで、式波さんがミサトさんと一緒に部屋に入ってきた。

 

「ミサト! パイロットたちはいいけど、あなたがこんなギリギリに来てどうするの?」

 

 リツコさんの叱責に、「ごみんごみん」と手で謝る仕草をしたミサトさんがそそくさと椅子に座る。

 式波さんのプラグスーツはやや明るい紅色で、彼女の性格を的確に表現しているカラーと言えるだろう。

 

「待たせて悪かったわね。ほら、さっさと始めましょ。で? どこ行ったらいいのミサト?」

 

 もしかしてすでに面識があるのか、それともついさっきここに来るまでに打ち解けたのかわからないが、呼び捨てで式波さんが尋ねるが、特に気にする様子もなく気楽に答える。

 

「ふたりについていけばいいワ。それじゃ、アスカをよろしくね」

 

 窓際から見える、三本の擬似エントリープラグ。先端は何本ものケーブルに繋がれていて、その反対側はL.C.Lに浸かっている。

 この部屋を出てぐるりと回ればすぐに着く。

 移動する距離は二十メートルもない。

 

「ほんとに退屈なところね。日本の学校は」

 

 両腕を上げ、手を頭の後ろに回してトウトツニつまらなさそうに話し始めたのは式波さんだ。

 

「退屈? クラスメイトの人たちと話してたからそんなことはなかったと思うけど?」

 

「はん! あんな子供たちの相手、退屈で仕方ないわよ。それにあの先生馬鹿丸出し。政府の流したウソに騙されてあんなに長々喋っちゃってさ」

 

「え? 嘘?」

 

 式波さんも子供じゃない、という言葉の代わりの言葉が私の喉から押し出される。

 キョトンとした私と数秒ほど見つめ合い、式波さんは呆れた顔で指差してきた。

 

「やだ、あんた知らないの? セカンドインパクトのこと」

 

「知らないもなにも、巨大隕石の落下で南極大陸が蒸発したって……」

 

 そう先生も言ってるし、教科書にも書いてある。

 私の言ったことがよほど面白かったらしい。くすくすと可愛らしく笑いながらバカにするような口ぶりで言った。

 

「もやしってば、なーんにも知らないのね! サードチルドレンのくせに!」

 

「じゃあ、本当はなんなの?」

 

「十五年前、南極で発見した人型の物体……最初の『使徒』を調査中に原因不明の大爆発が起きたの。これがセカンドインパクトの真相」

 

 すらすらと秘匿されている情報を開示してしまっていいのだろうかと疑問に思ったが、ここはネルフだから大丈夫と考えていいのだろうか。

 

「予想されているサードインパクトを防ぐ。それが私たちエヴァのパイロットの使命なのよ!」

 

 自信満々に語るその様は、最後が言いたいだけなような気がする。

 

「綾波さんは知ってたの?」

 

「ええ」

 

「え、もしかして知らないの私だけ……?」

 

「そうね」

 

 私だけ知らなかったという事実は想像以上に恥ずかしい。

 これは間違いなく私が知らないほうが悪い空気になっている。

 

「えこひいきですら知ってるのに、あんただけそんなことも知らないでエヴァに乗ってたなんて信じらんなーい!」

 

「むぅ」

 

 返す言葉がない。

 というより、どうやってそんなことを知ったのかぜひ聞きたいところだが、そうこうしている間に移動が終わり、擬似エントリープラグの中に入った。

 オペーレーターたちが私には理解できない専門用語で色々とアナウンスをしているのをぼんやりと聞き流し、最後にリツコさんの「始めるわよ」の言葉で身を引き締める。

 L.C.Lが足元から内部をゆっくり送り込まれる。

 そしてこの液体を飲むのではなく、吸い込むようにして体内に送り込む。

 肺が満たされたところで、「ではスタート」と宣言と同時に、胸のあたりが仄かに熱くなる。瞬時にその熱は全身へと伝播し、浸透する。

 私は熱い息を吐き、ゆっくりと瞼を下ろす。

 不定形の人影と私の影が、微修正を繰り返しながら徐々に重なろうとする。

 やがてそれは成功し、シンクロ成功のログが簡易出力される。

 左右に首を降ると、右に綾波さん、左に式波さんの内部映像がディスプレイ表示されている。

 すでにふたりともシンクロを済ませ、データの採取に入っているようだ。

 

『なによ、もやし』

 

 私の視線に気づいたらしい式波さんがじっとこちらを睨む。

 

「いや、別に……」

 

『まさか私の心配でもしていたのかしら? あんたに心配されるまでもなく、私は完璧にできるのよ!』

 

「そうなんだ」

 

『そうなの!』

 

 ツンけんしないでいてくれれば、私ももう少し接しやすくなるんだけどな、と思いつつ数分ほど集中していると、テスト終了を告げられた。

 

『終わりよ。この後ミーティングをするから、着替えてミーティングルームに集合よ』

 

 リツコさんの指示で擬似エントリープラグのフタが開き、肺の中に残ったL.C.Lを吐き出して大急ぎでミーティングルームに移動、リツコさんからのいつもの講評を頂戴する。

 シンクロ率は式波さん、綾波さん、私の順で高かったようだ。

 ドヤ顔をしてチラチラとこちらを見る式波さんには少しばかりイラッとしたが、それはそれで式波さんの子供っぽいところなんだな、と心を落ち着かせた。

 ミサトさんからは『まあ普通ね』を頂いた。

 私には競争心というものはあまりない。人生においてライバルといえる人に出会ったことはない。

 だからふたりのシンクロ率が低くても不機嫌になったりすることはない。

 しかし、それが良いことではないことはわかっているつもりでいる。

 シンクロ率はエヴァの操縦における反応速度に直結する。

 高ければ高いほど戦闘に貢献し、皆を守ることができる。

 だから、このままでは良くないのだ。

 綾波さんはエヴァを上手く操縦するにはエヴァに心を開くのだと言っていた。その意味は頭の足りない私には理解が難しい。

 改めてアドバイスをもらおうとしても、申し訳ないが、口下手な綾波さんだ、恐らく有意義なことは聞き出せない。逆に式波さんだと馬鹿にされる未来が目に見えている。

 

「あ。ミサトさん、夕食どうします?」

 

 ミーティングルームを出る直前、足を止めた私が尋ねる。

 ふたりはすでに出ていってしまった。

 

「そうねぇ……特に希望はないわ。おまかせで!」

 

「わかりました」

 

 冷蔵庫の残り物でいいだろう、と考えて脳内で何があったのかをリスト化しようと始めた途端、

 

「あ、そうそう。量はいつもより多めに頼むわよ」

 

「わかり……ました……?」

 

 そんなにミサトさんはお腹が空いたのかな?

 と思いつつ今度こそ部屋をあとにする。

 シャワールームでシャワーを浴びて、制服に着替える。着ていたプラグスーツはそのままロッカーにハンガーでかけていれば回収してくれる。

 時刻はすでに夕方を回っていて、帰ったらすぐに夕食の支度をしなければならない。干している洗濯物も取り入れないといけないし、忙しい。食後の皿洗いだけはミサトさんに丸投げしよう。学校の宿題がしたいし。

 唯一楽なのは、帰りにスーパーに寄る必要がないことだ。

 家の前に立ち、かばんから鍵を取り出して鍵穴に差し込む。

 

「ふぃ〜、っと。ただいま〜」

 

 完全に脱力した調子で息をついた私は玄関に上がる。

 ただいまと言うことで、ここが私の家であると再認識ができる。

 靴を脱ぎ、まずは自分の部屋にかばんを置きに行こう。通路の明かりをつけて、部屋の引き戸を開けたところで、妙な違和感を覚える。

 というより、違和感しかない。

 私の部屋に知らない段ボール箱が山ほど積み上げられているのだ。私の部屋の領域なんてもう、一平方メートルもない。さらにそれだけでは飽き足らず、一旦リビングの方を凝視すればそっちにも荷物がこれでもかと言わんばかりに積まれている。

 

「えええ⁉ なんでえ⁉ ミサトさん何か買ったの⁉」

 

 通販した⁉ ビール大好き人間でもこんなに大量のビールは買わないだろう困惑しつつ、慌ててスマホの連絡ツールでミサトさんに電話をしようとしたところで、私以外の声がリビングの方から響いてきた。

 

「失礼ね。私の荷物なんだけど」

 

 胸の赤いリボンが可愛らしい白ワンピースを来た式波さんがミルク瓶を片手に我が物顔でぬっと現れた。

 呆れた顔で私を見据えながらミルクをごくごくと飲む。さながらここは私の家だという風に。

 

「な、なんで式波さんがここにいるの⁉」

 

 ミルクを飲み干した式波さんは片手を腰に押し当てる。

 ……また、この家の面倒が増える。

 私は無言で頭を抱えたのだった。




エヴァが終わってしまうのは悲しいな~
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