それでも私は── 作:次作エヴァはきっと鬱エンド
アスカが引っ越してきました☆
久しぶりに投稿したら結構伸びてて驚きました
やっぱ今、エヴァssはすごく需要があるんだな~
あと、シンエヴァ二回目観に行きました笑
なぜここに式波さんがいるのだろう?
いっそ笑ってしまうほど大量のダンボールの中にはいったい何が入っているのか気になって仕方ないが、好奇心を我慢しながらもう一度私は尋ねた。
「その……なんでここにいるんですか……?」
「なに他人行儀になってんのよ。見ればわかるでしょ。引っ越しよ! 引っ越し!」
「でも、この荷物はあんまりだよ……」
悲痛さを滲ませながら訴えると、式波さんは涼しい顔でこれを一蹴する。
「あら。そんなの簡単じゃない。もやしの部屋を私の物置にすればいいのよ。そうすれば万事解決!」
「じゃ、じゃあ私の部屋はどうなるの!」
ただでさえ足の踏み場もないほどダンボールでいっぱいなのに、この上中身を広げられたら溜まったものじゃない。
布団を広げるスペースすらなくなり、私は一体どこで寝ればいいのか。
廊下なの⁉ 私に廊下で布団を広げて寝ろって言ってるんだね⁉
あまりにみじめな扱いだと私は泣いてしまうかもしれない。
「察しが悪いわねぇ。あんたはお払い箱ってことよ」
「おはらい、ばこ……?」
聞き慣れない単語に、つい私はオウム返しをする。
「そうよ。だって私が来たんだから。私の弐号機は本物のエヴァンゲリオンなんだから! 当然、それに乗る私も本物のエヴァパイロット。えこひいきのファーストや、ぽっと出のもやしとは全っ然違うのよ」
「本物? 本物って何? 私の初号機は偽物だったの……?」
「あんたバカぁ?」
呆れ返った顔で、式波さんは私を見下しつつ「仕方ないわね」と前置きをした。
「所詮、零号機と初号機は開発過程のプロトタイプとテストタイプ。だから弐号機に敵うことはないわ! 世界を守るのは私ひとりで十分なのよ!」
「でも、じゃあなんで式波さんは初めからネルフにいてくれなかったの? いてくれたらすごく楽に使徒を倒せたのに」
私と綾波さんが目まぐるしい死闘を繰り広げた結果、今の地球が守られているのだ。
それを、遅れてやって来た人が無粋な発言をして私たちをのけ者にしようとするのは少し受け入れ難かった。
どれだけ私が傷つき、何を失ったのか知らないくせに。
俯き、下腹部を擦る。
だからつい反抗的な口答えをしまう。
「……一体しか倒してないくせに」
ぎりぎりまで声量を落とした呟きはどうやら式波さんの耳には届かなかったようだ。
腕を組む式波さんは少し考えてから言った。
「……上の事情が絡んでるのよ。契約とか引き継ぎとか諸々。使徒の襲来だって、完全に予期できるものでもないし」
そんなことを持ち出されてしまうと、私は何も口出しできない。
そもそも私はエヴァやネルフ、それらを取り巻く環境について何ひとつ知らない、式波さんの言う通りのぽっと出サードチルドレンだ。
確かミサトさんが注釈でユーロ空軍エースパイロットとかなんとか言っていたような気がするし、そういった分野は私なんかより遥かに明るいはずだ。
「そんなこと言われたら正直強く出れないわ……でも、私が来た! ならもう使徒なんて余裕も余裕! 『お茶の子よいよい』よ!」
「……それを言うなら『お茶の子さいさい』だよ」
「そ、それくらいわかってるわよ!」
と、照れ隠しなのか、式波さんは肘で私の脇腹を小突いた。
とにかく引っ越してきたのはいいとして、私がお払い箱というのは流石に嘘だろう。
もし事実だとしたら初号機はどうなる? 私が乗らないのなら放置ということになる。使わないのに笑えないほどの維持費だけが飛んでいくし、それはお父さんもあまりいい顔をしないだろう。
……もしかして私の代わりが新しく現れた?
それはあり得るかもしれない。私より知識もあって運動能力の高い適合者はきっといるはずだ。
ミサトさんたちも私にクビだと言い難くてここまで先延ばしにしていた……?
いや、ミサトさんはずぼらだけど、そうした真面目なことはきちんと扱う人だ。
でも『もしかしたら』があるかもしれない。
スマホで今帰宅中であろうミサトさんに電話をかける。
しかしかけるボタンをタップするちょうどその瞬間に当の本人が帰ってきた。
「ただいま〜」
と玄関の方から疲れの溜まった声が聞こえてくる。
「ミサトさん! 私が、お払い箱ってホントですか⁉」
どたどたと弾かれたようにはしり出した私は屈んで靴を脱いでいるミサトさんに詰め寄った。
「お払い箱? なんでそんなことしなきゃいけないのよ。これからもカノンちゃんには頑張ってもらわないといけないからエヴァを降ろすわけないでしょうに。あ、それよりアスカのこと――」
裏付けをとった私はミサトさんの続きを聞かず、再びどたどたと走って今度は式波さんの前に止まる。
「私お払い箱じゃないじゃん! びっくりさせないでよ!」
と不満を露わにした。
すると式波さんはやや驚いたような顔をして、
「騒がしいもやしね……」
とだけ呟く。
「ちょ! なによこれアスカ! 荷物がいっぱいあるとは聞いてたけど、これは多すぎだわ!」
そう私と同じ感想を述べながらも、ミサトさんは畏まった制服を脱ぎながらシャツ一枚になる。
その間僅か五秒ほど。先週よりほんの少しタイムが縮んでいるような気がする。
「日本の部屋が狭すぎるからいけないのよ」
「郷に入っては郷に従え、よ」
おそらく式波さんに与えられる部屋は私とミサトさんのものの間にある空き部屋だろう。広さは私と全く同じくらいになっていて、だからこそ、この荷物をどうやって積み込むのだろうとわりと真剣に気になる。
どれくらいかというと、今日の確か八時から始まるワイドショーよりも気になる。
「アスカとカノンちゃんに必要なのは適切なコミュニケーション。それを育むために、ひとつ屋根の下で同じ釜の飯を食べるのよ。あ、ちなみにこれは命令だから」
命令と言われると、軍人だからか式波さんはぶつぶつ文句を言いながらも素直(?)にダンボールを片付け始める。
一応私も手伝いとして私の部屋に積まれたダンボールだけを廊下に出しておく。
これで帰宅してからようやく一息ついた私はミサトさんにベランダに干していた洗濯物を入れるように指示し、その間に私は学校の制服からエプロン姿に着替えてキッチンに立つ。
長髪は料理の邪魔になるからゴムを口に咥え、しっかり後ろでひとつにまとめてから結ぶ。
冷蔵庫の中を確認すると、昨日の夕飯の残り物がタッパに入っているが、とても三人では少ないだろう。
数秒考え込んだ私は、追加でオムライスを作ることに決める。
冷凍してあるご飯は十二分にあるから、それを電子レンジで温めている間にフライパンを用意する。
その後も手際よくテキパキと手をせわしなく動かして十五分足らずで三つのキレイな三日月オムライスが出来上がる。
漂うケチャップの美味しそうな香りに引き寄せられたのか、釣り餌を前にした魚のようにじわじわとふたりが私のもとへと接近してくる。
「はいはい、テーブルの上のものどけてねー」
と私がやんわりお願いすると式波さんが掃除機の如くものを片付け、ミサトさんが電光石火の如く高速でスプーンやらを並べる。それに混じって紛らわしくビールも。
薄く湯気が立ち上るのを見て、ごくりと生唾を飲んだのは誰だろう。ともかく全員が行儀良く椅子に座ったのを確認した私が「いただきます」と言うと、ふたりがこれを唱和する。
「もやし、あんた料理めちゃくちゃ上手いじゃない!」と目をキラキラさせながら私を褒め殺しする式波さんを、単純な人だなぁと思いながらビールをラッパする勢いで飲むミサトさんを一瞥する。
本当に味わって食べたのかわからないほど早食いした式波さんは「お風呂ある?」と聞き、すでにミサトさんが焚いていたらしい風呂へと導かれる。
最後に食べ終えた私は食器を流し台に運んで黙々と皿洗いを始める。
「……どう? アスカとは馴染めそう?」
四本目のビールのフタをプシュッ! と良い音をたててミサトさんが頭だけをこちらに向けて訊いてきた。
「そうですね……なんだかプライドが高い感じで、私とはそこまで馬が合わないような気がする、っていうのが私の今の感想です」
「ま、概ね予想通りね。わかったとは思うけど、アスカは結構一匹狼みたいなところがあるからうまく寄り添ってやってほしい」
「一匹狼、ですか……」
言われてみれば、確かに大勢の人前に出れば社交的になるが、気を張り詰めないでいい時は、他人と必要以上に関係を持たないようにしている節がある。
会話をしていて、ある一定の領域からは絶対に踏み込むことを許さないオーラ……みたいなものご存在している。
「私は一匹兎ってところですね」
式波さんのように自分に高い自信を持っているわけではない。
「食べられないように気をつけなさいよ〜」
とだいぶビールに酔っているのか、ふらりと立ち上がると私の元へと千鳥足で近寄ってくると、「がおー!」なんて両手をかざして私の背中に抱きついてきた。
「ひゃっ⁉ ななな、何するんですかミサトさん⁉」
両肩を大きく震わせた私の反応が面白かったのか、お酒臭い息を吐きながら甘い声で囁いた。
「こーんな風に食べられないようにするんダゾ〜。あとカノンちゃんは可愛いんだから、雄の狼に『あっちの意味』で食べられないようにね〜」
「もう、からかわないでくださいよ!」
そう言って私に抱きつくミサトさんの頭に軽いげんこつを落とすと、楽しそうに笑いながらテーブル椅子へと戻っていく。
そして四本目のビールがミサトさんの胃の中に消えた頃、風呂場から乙女らしい甲高い悲鳴が響いたと思えば、裸姿のまま式波さんがリビングに飛び込んできた。
「ななな、なんか変なのがお風呂に浸かってるんだけど!!」
おそらく私も経験したペンペンとの遭遇だろう
お風呂に行ってから少し時間が経ってるから、身体を洗って、いざというところでようやく気づいたのか。
「白黒みたいな変な鳥が……!」
そう慌てふためいている間にも、済ました顔をしたペンペンが浴室からタオルを首にかけた姿で出てきて、器用に爪先でボタンをタップして冷蔵庫横の自室の扉を開けて入っていく。
「あれはペンペンだよ。ペンギンっていう生き物なんだって」
スポンジに洗剤を染み込ませながら頭を後ろに振った私は、その後に「裸だよ」と付け加えておく。
「……あ」
私がもし男だったら、拳、あるいは飛び蹴りが飛んできていたと確信した。
出会ってまったく日が経っていないのに、行動が予測できてしまう。それも式波さんの性格だからこそといったところか。
やや頬を赤らめながら風呂場へと消えていくのを、私とミサトさんは微笑ましく見守るのだった。
◆
式波さんは大学に飛び級で入っていたと聞いたが、なにやら難しい顔をして学校配布のパソコンとにらめっこをしている。
休憩時間にそんな様子を見た私はふと疑問になって、うんうん唸るところに近づいて尋ねてみた。
「どうしたの?」
「……ああ、なんだもやしか。あんた、これなんて書いてるかわかる?」
投げやりな質問なのはなんとなく感じる。
私に見せてきたのは理科の問題だった。内容はフェノールフタレイン溶液の反応についての問題だ。
「ここ」
式波さんが指でなぞった箇所を音読してやると、
「なんだ、そんなことか」
と呟いた。
「もしかして……日本語読めないの?」
「そうよ。ある程度は読めるけど、ローマ字や漢字も混じってきたらもうほとんど無理、お手上げよ。もやしだって英語完璧に読めるわけじゃないでしょ? それと同じよ」
「なるほどね……」
たまにドイツの訛りみたいなのが交じることはあるが、それでも式波さんは流暢に日本語を話すし、コミュニケーションになんの問題もない。
「すごいね、式波さんはこんなに日本語をぺらぺら話せて。私だったら英語になるのかな。読み書きは少しだけできるけど、会話は全然できないよ」
「いくら読み書きができても、人と話せないんじゃ意味ないわよ。顔を合わせて言葉のキャッチボールを交わす。これこそ、ずっと大昔から人がやってきた当たり前のことなんだから」
「それを言われたら頭が上がらないよ」
言うことが達観した大人のようだ。
子供っぽい反応を見せたと思えば一転、思わず言葉を失うほど大人びた考え。
さすがエヴァパイロットは一癖もふた癖もあるなぁとブーメランを投げる。
式波さんの裏の顔はクラスメイトにも段々バレてきたと言える。
教室に古そうな小型ゲーム機を持ってきて遊ぶわ、下心を隠しつつ近づこうとした男子の顔面を蹴り上げて丸眼鏡を粉々に砕くわで、その獰猛さは下手な不良よりもよっぽどである。
しかしながらこれによる被害がそれほど大きくなっていないのはヒカリのおかげと言える。ヒカリは良きストッパー。そして私は良き八つ当たり対象。
基本的に私、鈴原くんと相田くん、そしてヒカリの四人で登校していたところに式波さんが加わったことが大きいだろう。
委員長というただの肩書ではない見事な手綱の握り方だ。
「なんや式波、お前日本語読めへんのか? そいつ災難やのう。それやったら今度のテストの点数、わしの方が高くなるな!」
そう言いながら面白そうに笑い、話に混じってきたのは鈴原くんだ。
「うっさいわねぇ!」
一気に目に見えて不機嫌になった式波さんがドロップキックをくらわせようと構えると、「それは勘弁してくれぇ!」と大人しく引き下がった。キックなんてすれば鍛えられた軍人のものは強烈なはずだし、なによりスカートが見えてしまうかもしれない。
沸点が常温より一度か二度くらいしか上なのでは? と疑ってしまうほどよく怒る式波さんは『触らぬ神に祟りなし』をまさに具現化したような存在だ。
私は急いで鈴原くんの元へ走って耳打ちする。
「……鈴原くん、式波さんはドイツ人なんだからその辺り考えてあげたほうがいいよ」
すると後悔か緊張かわからないが、鈴原くんは身体を僅かにぶるりと震わせた。
すっかり大人しくなったところで素直に謝罪を口にする。
「そっかそっか。すまんな式波。だってお前、こんなにも普通に日本語を話すから全然ガイジンって感じせえへんくてつい、な」
「ふん!」
今はヒカリがここにいないから、変に話がややこしくなる前に収められて良かった。
遠巻きに見ていたクラスメイトたちもほっと胸を撫で下ろした。
「えこひいき! もやし! ネルフに行くわよ!」
しかしまだ収まっていない式波さんの怒りの矛先は綾波さんと私に向く。
ひとりで読書にふけっていた綾波さんは素知らぬ顔でこれを続けている。
反応してもらえなかったことがさらに拍車をかけることとなり、どすどすと綾波さんの机の前に立った式波さんは本を勢いよく取り上げてもう一度言った。
「ファースト! あんたのこと言ってんのよ!」
ようやく顔を上げた綾波さんは目をぱちくりさせながら透明な声で言った。
「……私? えこひいき?」
「あんた、碇司令のお気に入りなんでしょ。だからえこひいきよ」
「……そう。行くから、本、返して」
「なんかあんたと話してたら色々調子狂うわね……」
教科書やらをかばんに詰め込んだ綾波さんに本を返す。
淡々とした言葉しか返ってこないことに毒気を抜かれたのか、怒りのゲージが消えたようだ。
私はそれを見て安心したところで式波さんに声をかけた。
「ごめん式波さん。今日は私、ネルフに行けない」
「え、なんでよ。今日は模擬訓練があるはずでしょ」
「そうなんだけど……どうしても用事があって」
「エヴァよりも大事な用事なんてあるわけ無いでしょ」
そう疑いのない眼差しで私を見る。
しかし私も冗談で言っているわけではない。
「……いや、これは本当に大事な用事なの。リツコさんには事前に伝えて許可ももらってるから……ごめんね」
「あっそ」
案外あっさりと引き下がることに違和感を覚えつつも、「今日はとんかつにでもするよ」と言うとあからさまに気分を回復させた。
「ならよし」
と深く頷いて去っていくふたりを見送った私はいつもとは違う電車に乗って目的地を目指す。
近くの駅に降りると、からからに乾燥した風が身体に吹き付けてきた。それは決して強いわけでもないのに、どこか寂しさを感じさせる、虚しい風だった。
黙々と歩くこと数分、私の視界に広大な丘が飛び込んでくる。
雑草などといった植物は一切なく、死んだ地面がずっとずっと、それこそ地平線の彼方まで続いているのではと錯覚してしまうほど広がっている。
さらにこの丘には黒く細長い直方体が、少なくとも数千はくだらないほど整然と屹立している。
「久しぶりだな……」
何年ぶりだろう、ここに来るのは。
具体的にどれくらい前に来たのが最後なのか記憶が曖昧なほど。たぶん三年前後。
ここは、私のお母さんが埋葬されている集団墓地だ。
この黒い直方体は申し訳程度の墓石である。
確か並びは名前順になっているはずだから、碇という名前は随分便利だ。とはいえそれでも結構歩かないといけない。
それから三分ほどだろうか。ようやく『いか』の辺りまでの名前まで辿り着いたところで、遠くに黒服の男がある墓石の前で立ち尽くしているのが見えた。
私は口を閉ざしたままゆっくりと近づき、背後に立ってようやくその人を呼んだ。
「……お父さん」
「……カノンか」
抑揚のない沈んだ声。
ゆっくりとこちらを振り向いたお父さんの腕には、それはキレイな白百合の花束が抱かれていた。
私もなにか持ってこれば良かった、と思いながら視線をお父さんから墓石へと移す。
『IKARI YUI』
と刻まれた簡素なものは私の知っているようなお墓とは違っていて、少し現実味がない。
「ちょっと、信じられないな。お父さんがお墓参りをするなんて。ひょっとして毎年来てるの?」
「ああ」
「そう、なんだ……」
私とは違って、お父さんは欠かさずここに来ていた。
間違いなく私なんかよりお父さんのほうが忙しいはずなのに。
私の場合は、命日だと知っていてもどうも足が動かなかった。面倒だったからだとか、そういったレベルの低い理由ではない。
お母さんを意識してしまうと、どうしても続いてお父さんがセットでついてきてしまう。お父さんは私のことが嫌いなんだ。
だから親戚に私を預けている。
その事実を再確認してしまうのが苦しかった。
だから行かなかった。
「……お父さんは、お母さんが大好きなんだね」
「ああ。愛していた」
即答だった。
私は小さく笑う。
「お母さんって、どんな人だったの? 写真とかないの?」
「ない。この墓もただの飾りだ。遺体はない」
これもまた即答だった。
「どうして?」
「人は思い出を忘れることで生きていける。だが、決して忘れてはならないこともある。ユイはそのかけがえのないものを教えてくれた。私はその確認をするためにここに来ている」
「私にはお母さんとの『思い出』なんてないし、お母さんに教えてもらった『かけがえのないもの』もないんだよ、お父さん」
「…………」
お父さんには何年もの間育んだ愛があるのだろう、でも私にそんなものはない。
ふたりから愛を受けていたのだろうが、物心のついていない私の記憶には残っていない。
少し、お父さんがずるいと思った。
腰をかがめて、花束を墓石の前に備えたお父さんは沈黙を貫いたまま刻まれた名前を見つめる。
その動じない瞳の奥でどんな感情が揺れているのかは私には全くわからない。
あれだけ他人を寄せつけないオーラを常時放っているお父さんが唯一大切にしていたという、碇ユイという女性。
私が気になるのは無理もない。
「……全ては心の中にある。今はそれでいい」
「今は……?」
「……カノン。私とわかり合おうと努力するな」
そう口を開いたお父さんは遥か遠くを見つめている。
「え?」
「人は
「確かに私はもう赤ちゃんではないけど――」
「自分の脚で立って、歩くのだ。私もそうしてきた。もう一度言うが、私とわかり合おうと努力するな。人と人とが完全に理解し合うことは決してできぬ」
明確な拒絶の言葉だった。
まるでお父さんから発せられるA.Tフィールドが、私のこれ以上の踏み込みを一切受け付けないと言わんばかりの強烈な拒絶。
私は胸がきゅうう、と締め付けられる想いをした。気道が僅かに狭まって、呼吸が少し乱れる。
それでいながら、このままでは一方的にお父さんのペースに呑まれて終わるような気がしてならなかった。
だから、続きを話そうとするのを遮ってまで私は鋭く返した。
「じゃあ、なんでお父さんはお母さんと結婚したの? 私っていう愛の形を生み出したの? わかり合ってるじゃん。碇ユイっていう人とわかり合ってるじゃん」
これはどちらかというとわがまま……いや、口答えに近いセリフだと思う。
「――――」
ここで、お父さんが明らかな反応を示した。
ピクリと肩を震わせ、ゆっくりと私に向き直る。
その顔はいつもより彫りの深い――怖い顔になっていた。
お父さんは、怒っているのだ。
これまでお父さんが私を見る時は、無感情か、腫れ物を見るような目のどちらかだった。
私の身体は、恐怖に怯えている。
眼鏡の奥の瞳いっぱいに、私の姿を捉えている。
しかし私は負けじとお父さんを懸命に見上げながら言葉を紡いだ。
「私は……お父さんが嫌いだよ。お父さんも私のことが嫌いなんでしょ? だから親戚に家に預けたんだ。きっとお父さんは知らないだろうけど、私ね、向こうではすごく苦しい思いをしたんだよ。いつしか誰とも会いたくなくなって、心の奥に閉じこもるようになってしまったの」
「そうか」
「いきなり呼ばれたと思えば突然エヴァに乗せられて、ほぼ毎日シンクロテストとか模擬戦闘訓練とかばっかり。こんなんじゃ、まともに学校の勉強なんてできない。それに使徒との戦いはいつもすごく辛いし、すごく怖いし、すごく痛い。知ってる? この前の戦闘で私、もう子供の作れない身体になっちゃったんだよ? ここに来なければこんなことにはならなかったはずなのに。だから私はお父さんのことが嫌い」
下腹部にそっと手を添えつつ、お父さんにありったけを吐き出す。
こんなに人と――お父さんと会話をするのが初めてなくらい、たくさん喋る。
本当は何もかも投げ出して、逃げたい。
子供にこんな過酷な役目を押し付けるのは間違っている。
そう、声を大にして上げたい。
でもそんなことをしたからといって使徒は侵攻をやめてくれないし、私はエヴァに乗れる数少ないパイロットなのだ。
これがどう足掻いても覆らない事実。
「そうか」
……でも。
……それでも。
「――でも、感謝してることもあるんだよ、お父さん」
そう、私は微笑みかけた。
「――――」
お父さんが目を見開き、僅かに口を開く。
「ここに呼ばれなかったら、私は隔離された庭の小屋でひとり寂しく腐り果ててた。だからここに来る時、『変わろう』って決意したの。それでミサトさんたちに出会って、人の心の暖かさに触れ合った。それがすごく嬉しかった」
だらしないミサトさんに加え、つい先日暴れん坊式波さんまでもが乱入した。
ふと私が目を離すと家は地獄と化しそうな勢いがあるが、それを私は本気で嫌っているわけではない。
なぜなら、彼女たちと一緒に過ごすのは楽しいからだ。
式波さんとはまだしばらく硬直状態が続くだろうが、いつかは互いに背中を任せ合える確かな仲間になりたいと思っている。これこそがまさにお父さんの言う、『わかり合おうとする』ことなのだろう。
その過程ですれ違って、傷つけ、あるいは傷つけられることがあるかもしれない。
でも、それから逃げていたのが過去の私なのだ。
「私は今までずっと、逃げてた。色んなことから逃げてた。だから、こんな私を変えるチャンスをくれたお父さんに本当に感謝してるんだよ? ……好きになるのは難しいかもしれないけど、私はお父さんのこと、嫌いではなくなるように頑張りたいと思ってる」
両手を胸の前でぎゅっと固く握りしめたまま私は必死に訴えた。
お父さんはすぐには何も言わなかった。
ひときわ強い風が私たちを吹き付けた。
「きゃっ⁉」
長い黒髪が激しく靡き、スカートが捲れ上がる。
それぞれ片手でなんとか抑えながら後ろを振り向くと、特徴的な無骨なフォルムの飛行機――VTOL機がゆっくりとホバリングし、着地するところだった。
「……時間だ。私は先に帰るぞ」
私の長セリフに何のコメントもしなかったお父さんが、そうぶっきらぼうに私に言った。
私の目の前を横切り、VTOL機に近寄っていく碇司令の背中に私は叫んだ。
「お父さん!」
エンジンの唸り音が私の声をかき消したのか、お父さんは止まらなかった。しかしもう一度大声で呼ぶと、今度は振り返った。
私は右腕を目一杯振りながら言った。
「今日はありがとう! たくさんお話できて、嬉しかった!」
「……そうか」
お父さんが乗り込んだのを確認したパイロットがVTOL機を上昇させる。
再び髪とスカートを両手で抑えなければならず、砂煙もたくさん浴びてしまう。
もう少し穏やかに操縦できないのかな、なんて不満を内心で吐露しながら今一度お母さんのお墓に身体を向き直る。
さっきの風のせいで、花束に少し被ってしまった砂を丁寧に払いながらここにいるはずもない、顔も知らないお母さんにごねた。
「お父さん、最後らへんはずっと『そうか』しか言わなかったよ。あの人のどこが良かったの? お母さん」
もちろん、この質問に対する答えは返ってこない。
私だってこれに答えなんて特に求めていない。あれほど怖いお父さんと愛し合うことができていたお母さんの器の大きさには、尊敬の念が耐えない。
娘の私にも、お父さんを理解してあげられる日が来るのかな? とぼんやり考えていると。
再び風が吹いてきた。
だがこれは乾燥しきった死の風でも、VTOL機の激しい風でもなかった。
やや温いが、穏やかであって滑らか。
どこか懐かしい香りがする……ような気がした。
なんだか不思議な気分だった。
気づけば夕日が沈みかけている。赤く照らされた雲底はどこまでも広がっていて、それを見た私はなぜか式波さんのことを考えてしまった。
おそらくイメージカラーと無意識に結びついてしまったからなのだろう。そして連鎖的に夕食をとんかつにすることを約束していたのを思い出す。
さすがに冷蔵庫にそれ用の肉はなかったはずだから、買い物をしなければならない。
大急ぎでポケットからスマホを取り出し、電車の時間を調べながら私は駆け出した。
その頃にはとうに、吹いた風のことなんて私の頭からきれいさっぱり消えてしまっていた。
わかり合いたくないと突っぱねるのは自由
しかし、わかり合おうと歩み寄るのも自由
それではまた次回!