それでも私は──   作:次作エヴァはきっと鬱エンド

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前回のあらすじ
凶星、打ち破ったり


よくやった!

 私が回収班の人たちによって回収された後、真っ先に送られたのは診療所だった。

 プラグ内のL.C.Lを排出した後、とりあえずスーツを脱がなければ、と思いながら立ち上がろうとして腕に力を入れた瞬間、擬似的な痛みが一気に呼び起こされる。

 私は苦痛に顔を歪ませ、そのままバランスを崩してコックピットに座り込んでしまった。そのせいで尻もちをついてしまい、さらに脚に微電流が走る。

 すぐさまスタッフたちが腕を刺激しないように私の身体を抱きかかえ、ストレッチャーに乗せて連れて行く。

 速やかに精密検査が行われた結果、腕は数日すれば完治すると診断された。もちろんその間、激しい運動、あるいは腕に負荷をかけるような作業はなるべく控えることが前提であるが。

 ギプスするのかな? と内心身構えていたけど、どうやらその心配は必要ないようだ。

 とはいえ手から肘まで結構きつくテーピングが巻かれてしまい、しばらくの間は不自由になってしまうだろう。

 だがそんなことはあまり気にしていなかった。お父さんに褒められたことがあまりに嬉しくて有頂天になった私は終始にやけ顔を止めることができなかった。

 

「……だ、大丈夫かい?」

 

 担当医のおじさんにとても心配されるほど、戦闘後の興奮というのも相まって、私のにやけ顔は相当なものだった。

 さすがに一時間が経過した頃には顔は普段通りに戻り、また自力で歩けるまでになったので、制服に着替えた私は、ミサトさんに挨拶するためにそのまま発令所へ向かう。

 痛む手でスマホの時計を確認すれば、すでに七時を回っていた。通知欄にはヒカリたちからメッセージが何通も届いている。

 昼過ぎのだいたい一時前くらいに招集がかかったはずだから、たった六時間の間にあれほど濃密な作戦が行われたのかと他人事のように振り返る。

 発令所に着いた私にいちはやく気づいたのは、コーヒーを啜りながらオペレーターたちと事後処理をしているリツコさんだった。

 どうやら式波さんと綾波さんはもう帰ったようだ。さすがに時間も遅いし、仕方ない。

 

「すみません、すごく遅くなっちゃいました」

 

「来たわね、今日のMVPさん」

 

 マヤさんに一言断って席を離れたリツコさんは、かっこよく着込んでいる白衣のポケットに手を突っ込んだままつかつかとヒールの音を鳴らしながら私に近づいた。

 そのままそっと私の肩に触れる。

 

「肩は大丈夫なの?」

 

「肩……はい、ちょっと痛むくらいで動かすのには特に問題ないです」

 

「そう。腕の方が痛むのね?」

 

「そうですね……ジジジッ! って感じです」

 

 頑張ってこの痛み方を伝えようとしたが、感覚派ではないリツコさんには少し難しかったようだ。

 

「そういうのはミサトがよくわかってくれると思うわ。とにかく、入院の必要性はないのね?」

 

「んー、大事をとって入院してもいいって言われましたけど、私から断りました」

 

「あら、それはどうして?」

 

 私は苦々しい記憶を思い出しながら答えた。

 

「入院したら学校に行けなくなるからです。行けなくなったら当然授業が遅れてしまって、またひーひー言いながらヒカリにおんぶにだっこを……ああああ……」

 

 勉強漬けで逆に頭がどうにかなってしまいそうになったのは拭いきれない今は昔。

 とはいっても、警報音に驚いて変な声を出し、かつ椅子から転げ落ちるという恥ずかしいのコンボを決めたからクラスメイトに顔を合わせたくないという気持ちも否定はできない。

 

「なるほどね。でもあなたの学力ならそこまで問題はないでしょう? テストだって別に悪くないじゃない。全科目の平均、八十点ほどだったし」

 

「それはそうですけど……って、なんで私のテストの点数を知ってるんですか⁉」

 

 ミサトさんならいざ知らず、リツコさんにバレているのは全く理解できない。

 テストは毎回ちゃんとファイルに挟んでいるし、点数をちゃんと細かく報告しているのはミサトさんにだけだ。

 ヒカリたちにはふわっとしか伝えていない。

 私はどちらかというと自分のテストの点数をおおっぴらに公開する人間ではない。

 もしかしてミサトさんが教えた?

 椅子にぐったり座っているミサトさんを一瞥する。

 私の考えを見透かしたようにリツコさんが言った。

 

「ミサトは関係ないわ。チルドレンたちのすべてをネルフが監視しているから、これくらいはね」

 

 ということはつまりこの程度はほんの氷山の一角に過ぎず、他にも私の情報はネルフに把握されているということか。

 ならばきっと、ネルフから支給されたスマホなんてそれの代表だ。特に変なことはしていない……いや、ネットサーフィンをしているときにいやらしい位置に配置されたHな広告をタップして飛んでしまったくらいだ。これは一週間ほど前の出来事だった。

 あの時の焦りは半端なかった。

 これからは細心の注意を払おうと強く誓ってから私はミサトさんに声をかけた。

 

「じゃあミサトさん、私帰りますね。夜ご飯はどうしますか?」

 

「なーに言ってんの。そんな腕でできるわけないでしょ。アスカに頼んどいたから、カノンちゃんはゆっくりしなさい。送迎の車も手配するわ」

 

 車を用意してくれるのはとてもありがたい。

 さすがにテーピングでぐるぐる状態のまま帰るとなると、周りの人に痛い子認定されてもおかしくないからだ。

 それはできれば避けたい。

 とは思いつつも、聞き捨てならぬセリフが混じっていた。

 

「式波さんが夜ご飯作るんですか……?」

 

 そう、家事は基本的に私に丸投げ、時々外に干している洗濯物を入れてくれるくらいしかしてくれない式波さんが料理を。

 にわかに信じがたいことだが、たいへんありがたい。しかしながら疑問はある。

 

「その……式波さんは料理できるんですか?」

 

「さあ? でもレトルトカレーあったでしょ? あれするって言ってたからまあ大丈夫でしょ」

 

 確かにあれは温めたご飯にルーをかけて、もう一回電子レンジでチンしたら終わりだ。

 小学生低学年でもできる。

 いやさすがに式波さんを下に見すぎていた。少し反省。

 

「そうですね。あ、ミサトさんのぶんは……」

 

「ワタシ、徹夜」

 

「あ、はい」

 

 私の仕事は使徒を倒すことだが、ミサトさんの仕事はなにも作戦立案だけではない。作戦後の責任者としての事後処理が溜まっている。

 使徒迎撃戦ではある程度の範囲――ネルフの防衛施設などがある土地で作戦が行われるが、今回はそれを度外視した超広範囲での作戦。私達がエヴァで踏みつけた跡が悲惨になっているのは言うまでもない。

 

「が、頑張ってくださいね……」

 

 一緒にリツコさんたちにも挨拶をしようとすると、ミサトさんから待ったがかかった。

 

「なんですか?」

 

「これだけは伝えておかないとね」

 

 そう言うとミサトさんはつかつかと私に歩み寄って後ろに回ったかと思うと、バシン! と力のこもった一発を背中に頂戴した。

 予想外の強烈な一発に、私は思わずよろめいてしまった。

 怪我人を叩くとは何事⁉

 と抗議するべく顔を上げようとした私を抑え込むように、さらにミサトさんは私の頭をやや乱暴にガシガシと撫でてきた。

 

「ミ、ミサトさん……!」

 

 十秒ほどたっぷりしごかれた私は、くしゃくしゃになった髪を手櫛で整えながらようやく抗議の意を示した。

 だがそれに謝罪するわけでもなく、またもう一度私の頭に手を乗せたミサトさんは、

 

「よくやった!」

 

 と私を労った。

 

「ぁ――――」

 

 三秒もないミサトさんの言葉はしかし、私の胸を熱でいっぱいにするには十分すぎた。

 

「ミサト、さん……」

 

「カノンちゃんがあそこで踏ん張ってくれたから、アスカとレイは使徒を倒すことができた。もちろんふたりともすごく頑張ったけど、一番頑張ったのは、あなたよ」

 

 ……周りを見れば、リツコさん、オペレーターたち、その他のスタッフも私を見ている。

 誰も私を憐れむような目で見ていない。

 感謝。あるいは応援、はたまた尊敬。

 こんな経験は初めてのことで。

 私はつい、鼻の先が熱くなるのを感じた。

 視界が七色に煌めく。頬を伝う熱い何かが、過去の私という偶像の汚れを洗い、それだけでなく清めてもくれた気がした。

 ……嬉しい。

 そう、嬉しいのだ。

 皆に褒めてもらえて、私はこの上ない幸せを感じている。

 ここに来なければ経験しなかっただろう幸せ。

 この感情を深く胸と記憶に刻み、雫に濡れた目元を指で拭った私は満面の笑みを皆に返した。

 

「ありがとう……ございます……!」

 

 ぺこりと丁寧に頭を下げ、私は発令所を後にする。

 ここで溜まっていたメッセージを確認しようと再びスマホの通知欄だけざっと眺める。

 緊急に返さなければならないものがあるかもしれない。

 そして式波さんからのメッセージが目に止まった。

 つい数分前に送られたものだ。

 

『これでいいわよね!』

 

 と画像つきのメッセージ。

 炊飯器に研いだであろう白米が張られている。どうやら四合ほどなのはわかるが、水が少ない。これではバリカタな仕上がりになってしまう。

 もう少し水を足して、と返信しようとしたが、それまでに追加のメッセージで、

 

『返事遅いから炊き始めた!』

 

 と送られてくる。

 今返事しようとしてたのに!!

 正面ゲートを抜けるとすでに待機していた黒服の人に誘導されて車に乗り込んだ私は運転手に――。

 

「ぶっ飛ばして」

 

 と手短に伝える。

 助手席に座っていたもうひとりの黒服に私の代わりにメッセージを打ってもらっても、その後式波さんがそれに反応することはなかった。違反速度ギリギリで飛ばして家に着いたがすでに遅く、もうやり直せないところまで進んでいた。

 式波さんは少しだけ申し訳なさそうにしつつも素直になれずに食い下がるが、いざ炊きあがった米を試食すると、くるりと手のひらを返して「……ごめん」と言った。

 どうやら私は式波さんの家事スキルを見直さければならないようだ。

 結局は胡麻のように硬いこれにルーをかけて食べた。戦闘後だというのになんとも気が落ち込む食事だった。

 余った米はタッパに入れて冷凍庫へ。

 もちろんこれは捨てるわけにはいかないので、明日のお弁当に使われてもらう。連帯責任ということにしておく。

 食器洗いは無理だから式波さんに指示してやってもらい、L.C.Lを流すときに軽くシャワーは浴びたから、早々パジャマに着替えて寝ることにする。

 私の部屋は、式波さんが来たことによって悪い意味で劇的ビフォーアフターとなっている。

 結局式波さんの部屋に収まりきらなかった荷物が私の部屋に流入している。しかしミサトさんの部屋には一切置かれていない。その理由はミサトさんの寝相の悪さ以外にないと思われる。

 ともあれ私の部屋が物置部屋化しているのは間違いなく、敷地の半分ほどをダンボールに占領されたままだ。

 ヒカリから送られた明日の時間割についての情報をもとに教科書などをかばんに突っ込み、倒れ込むようにして布団に身を預ける。

 ゴソゴソと机の上を弄って目当てのものを下ろす。

 それは、ちょうどスマホくらいの手に収まるサイズで、しかしながらやや厚い。端に挿入する穴があり、既にそれに合致するものはこの手にある。

 電気を消しているせいで暗いが、それでも感覚的にこの辺、というのが私にはわかる。

 きちんと穴に刺さったのを手触りで確認すると、スイッチを押し、その機械――S-DATに入れられているカセットの音楽をイヤホンをしながら聞く。

 なぜ今どきわざわざ音楽プレイヤーで音楽を聞こうとするのか不思議に思われるかもしれない。

 スマホに音楽を入れればそれで終わりなのに、と。

 しかし私はそうしない。非合理的なのは私でもわかっているし、わかっていながらなお私はこのS-DATで音楽を聴くのだ。

 これは、私にとってとても大事な宝物。お父さんが私にくれた、愛の代替品。

 これをお父さんとの残されたただひとつの繫がりだとも思っている。

 初めから入っていたカセットは一度も入れ替えていない。

 二十五曲目と二十六曲目を何度も何度もリピートする。いつしかその曲がただのBGMなどではなくなって、私の頭でコピーされ、イヤホンをしていない時でも任意に脳内で再現できるほど聴いている。

 もちろん収録されているのはこのニ曲だけではない。お父さんが最後に聴いていたのがこれで、もう一曲はその次の曲だから聴くというなんとも適当な理由。

 繰り返すことに深い意味はない。なぜ二十七曲目に移らないのかと問われても、私にもわからない。

 らしい答えを無理やり出すとすれば、それは恐らくこの二曲で満足しているからだと思う。

 そう考えているうちにも眠気がだんだんと深くなっていく。イヤホンをしながら寝落ちしてしまえば翌朝に耳が痛くなることは間違いない。

 徐々に薄れゆく意識の中、なんとかイヤホンを外した私は、疲労のせいか、あっさりと深い眠りの渦に呑まれてしまった。

 

 ◆

 

 なんとか食器洗いを済ませたアスカは、以前カノンが買い足していたアイスを手にリビングに向かった。

 テレビをつけ、ソファーにくつろぐ。

 あぐらをかき、舌先で器用に溶けないよう均一にアイスを舐める。

 時刻は九時を回り、ニュース番組などが多く目立ち始める。その内容はもちろん今回の使徒戦についてだ。しかし基本的に使徒やエヴァについて一般人には伏せられているため、ネルフによる情報規制がされてニュースになっている。

 男性ニュースキャスターが流暢に歪曲された内容を読み上げるのを聞いて、アスカは心底不快になった。

 

「……チッ」

 

 テレビを切る。

 不快だ。

 ガリッ、と荒々しくアイスを齧り、さっさと寝ることにした。学校の宿題は、途中で抜け出したから知らない。都合がいい。

 ミサトは今も事後処理に追われているのだろうか、と心の中で思いながら歯磨きをしてベッドに潜り込む。

 お気に入りのぬいぐるみを片手にして。

 その手を上げながら猫なで声で呟く。

 

「あいつらとは違ーう。私は特別ー。だから、これからも……」

 

 しかしすぐさま表情を改める。

 

「……ひとりでやるしかないのよ、アスカ」

 

 でも、できなかった。

 認めざるを得ない。

 アスカひとりでは使徒は倒せなかった。受け止めながらナイフでコアを砕く?

 どう頑張っても無理だった。

 しかも一番おいしいところだけかっさらうという、ハイエナのような戦績だった。

 ……悔しい。

 天才は事実を捻じ曲げたりしない。真摯に受け入れて、考察する。

 アスカは天才だからその力がある。だから自己を正しく認識し、振り返ることができる。

 ミサトの言う通り、三人でなければなし得なかったのは受け止めなければならない。

 仲間……そんなものはずっと昔から一人たりともいない。仲間、友達……あるいは家族と呼べるのはこの無機質な女の子の人形だけだ。

 月光に照らされるラフなパンツ姿になっているアスカの身体はまるで芸術品のようで、肌は陶器のように滑らかで美しい。

 目を見張るブロンズヘアが、淡くも儚い光沢を放っているようにも見える。

 ごろりと、ニ、三度寝返りをうったアスカはぽつりと呟いた。

 

「ずっと、独りが当たり前なのに。ずっと、孤独が気にならないはずなのに」

 

 のっそりとベッドから下りたアスカは、同居人、カノンの部屋へと向かう。

 鍵もないとか前時代的、なんて思いながら襖を開けると、すやすやと気持ち良さそうに吐息を立ててカノンが寝ている。

 その愛らしい姿に、アスカの中で庇護欲が刺激される。そして次に、疑問と怒りに打ち震える。

 なぜ、と。

 なぜこんなにも弱っちいもやしが、あの戦闘で大活躍したのだ。

 ゲーセンで絡まれた不良ごときに殴られそうになるし、そもそも普段から根暗なところがあるし、そして何より弱いし、弱い。

 それなのに、なぜ……。

 ……なぜあの時、一条の光となって疾走するカノンがとてつもなく頼もしく見えたのか。

 疑問は尽きないし、考えれば考えるほど怒りがこみ上げる。

 カノンはあれだ。本質は異なるだろうが、温厚な人が車に乗ったら性格が変わるやつの亜種だと思われる。

 エヴァに乗ったら、カノンは人が変わる。

 きっとおそらく、『なんであんたそんなに強いのよ』と聞いても曖昧な返事しか返ってこないだろう。

 だからちょっぴり、この弱っちい少女のことを知っておいたほうがいいと思った。別に寂しいからではない。

 ごそごそとアスカはカノンの横に寝転んだ。

 

「狭いわね……」

 

 その理由は自分の荷物を詰め込んだダンボールが原因なのだが。

 

「ん……」

 

 ……起こしてしまったようだ。

 少し寝ぼけているようで、こちらに寝返りを打ったあと。ぼんやりと目を開き、カノンは瑞々しい桜色の唇を微かに震わせた。

 

「式波、さん……?」

 

 ――なんという、破壊力。

 精神の成熟していない男ならば、カノンの放つ神々しい月光に当てられ、即座に狼男になっていたことだろう。

 とはいえ、同じ女といえどもこれは相当きつい。なんとか必死の意志力で理性を維持する。

 そして遅れて意識を覚醒させたカノンがくわっ! と目を見開いた。

 

「ししし、式波さん⁉」

 

「うるさいわね、静かにしなさい」

 

「う、うん……」

 

「ちょっとだけ、ここにいさせて……」

 

 何かの機械がカチッと小さく音を鳴らした。

 音のした方に見れば、カセットプレイヤーが見えた。

 なんであんな古臭いもの、とは思いつつも今はそれについて触れないでおいてやることにした。

 

「あ、あの……式波、さん……?」

 

 声に反応してアスカが身動ぎすると、カノンはくっ、と身を固めた。

 

「今日、どさくさに紛れて私の名前呼んだでしょ」

 

「え、あ、そうだったっけ? ごめんね、必死だったから覚えてないや」

 

「……特別にアスカでいいわよ。私もバカカノンって……ちょっと言いにくいわね……バカノン? これもなんか微妙? あ、やっぱりもやしで」

 

「ええ……」

 

 しばし釈然としない顔をしたカノンはアスカを見つめておずおずと問うた。

 

「じゃあ、その……アスカはどうしてエヴァに乗るの?」

 

「愚問ね。だからあんたはバカなのよ」

 

「……バカって言うほうがバカなんだよ?」

 

「じゃああんたもバカね」

 

 バカが移る。

 不毛な争いだとばかりにアスカはカノンに背を向けた。

 カノンはそれが会話の打ち切りだと判断し、再び眠るべく目を閉じる。

 

「自分のためよ、エヴァに乗るのは。あんたは?」

 

「皆を守るために」

 

「――――」

 

 躊躇いすらなかった。

 さっきまで寝ぼけていたことなんて幻のような、毅然とした口調だった。

 背を向けているからわからないが、カノンは今、どんな顔をしているのだろう。

 ……いや、わかる。

 でも。

 

「ありきたりすぎて、つまんない」

 

 と、子供っぽく反抗してしまう。

 再びアスカが向き直ると、カノンはびくりと身体を震わせた。

 そして声のトーンを下げ、やや気恥ずかしく言った。

 

「じゃあ……皆に褒めてもらいたいから、じゃだめかな?」

 

「子供ね」

 

「むう」

 

 カノンはテーピングでガチガチに固められた自身の手を見る。

 初号機と同じぐちゃぐちゃな肉塊ではなく、きれいな白い手。

 

「今日、初めてお父さんに褒められたんだ。それがすごく嬉しかったの。表に出さないだけで、お父さん、私を認めてくれたのかな? 皆は私を認めてくれたのかな?」

 

「知らないわよそんなこと。あんたってほんっとバカで、弱くて、ちみっちゃくて、子供ね」

 

 言い返してくるかと思っていたが、あはは、と苦笑いを浮かべるだけだった。

 気持ち悪、と言ってやろうと口を開きかけた、その時。

 

「うん、アスカは私なんかよりずっと賢くて強いし、堂々としてて頼もしいよ。……でも、アスカも子供だよ」

 

 不快感は強まるだけだった。

 カノンという人間は、意外なことに、骨の髄まで弱いわけではなかったようだ。

 アスカに言い返せるだけの胆力がある。その辺りがエヴァに乗ったときに豹変する要素の一つなのかもしれない。

 しかしキッ、と睨みつけるとすっかりカノンは萎縮してしまった。

 自分は血反吐を吐くほど厳しい訓練を耐え抜き、エヴァパイロットに選出された誇りある人間。

 

「私は大人よ、もやし」

 

 するとカノンは優しく微笑み、夜明けとともに暗い地上を徐々に照らしゆく太陽のように囁いた。

 

「……そっか。すごいね、アスカは」

 

 ……これだからぽっと出の、そのくせ活躍するカノンのことが嫌いだ。

 屈託のない笑みを向けられるといらつく。

 ドジってるところを見ると、バカね、と思う。

 見る度見る度、本当にこのもやしはエヴァのパイロットなのかと疑ってしまう。

 ああ、でも。

 こいつといることは嫌ではない。

 もちろん好きなどではない。別に嫌でもないというだけ。

 

「……おやすみ、カノン」

 

 そう一方的かつぶっきらぼうに告げたアスカは、瞼を閉じて視覚情報を完全にシャットアウトした。




その喜びは承認欲求
そのプライドは呪い

それではまた次回!
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