それでも私は──   作:次作エヴァはきっと鬱エンド

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毎回匿名変えてるけど別に深い意味はないです
もっと文章力を上げたいなあ

前回のあらすじ
アスカがカノンに興味を持ち始めました!


猫とお誘い

 好奇心は猫をも殺すという。

 一般的にこの言葉は、過度な好奇心は身を滅ぼす要因になるから必要以上に首を突っ込むなという戒めの意味である。

 しかしこれだけでは真に理解できたとは思えない。

 この猫を殺すものがいったい何かを理解しない限り。

 好奇心のままに動くことで、それらを秘匿しようとする何かに殺されるか。

 もしくは、好奇心の果て……追い求める真実に殺されるかのどちらかかと思われる。

 もしかするとその両方だということだってありえる。

 

「俺は猫であって、猫ではない」

 

 記者である【矢矧ユウジ】は、これまで収集した情報を一旦整理することにした。

 薄暗い部屋、自室でクリップボードに大量に挟まれた紙を卓上に広げる。それらすべてにはびっしりと文字や表などで埋め尽くされ、矢矧がどれほど真面目な人物なのかが伺い知れる。

 第三新東京市は日本の首都だ。

 人口が集中するのは当然だが、世界の首都と比べるとその集まりはずいぶんと少ない。

 その理由は、ここで戦いが行われるからだ。数年前まではこんなことは一度たりともなかった。

 初めて避難を強制される数日前、ここら一帯に対し、突然『特務機関ネルフによる避難指示が出された場合、これに速やかに従うこと』と通達された。

 思えばこの都市は疑問点が多すぎる。

 まずひとつは、地中深くまで沈み込むことのできるビル群。単にビルと言っても、その中には兵装ビルもある。

 地下には超巨大な空洞があり、そこにネルフが本部を構えているという。

 矢矧はそこへどうしても入館したいが、ただの弱小記者にはインタビューのアポを取ることすら許されない。当然侵入なんてできるはずもない。それほどの技術を残念ながら矢矧は持ち合わせていない。

 ふたつは、決してどんな脅威が来て、ネルフがそれをどのように退けているのかを一切公開しないことだ。

 ネットにその戦闘の様子を一般人がアップしている動画などはよく見る。しかしこのご時世だ、クオリティの高いCGを使えば、色々ごまかしながらでも本物に近い映像を作れてしまう。

 だからどれも信憑性に乏しい。

 そして三つ。これが一番矢矧にとって疑問点だ。

 なぜ、こうも脅威はここに集中する?

 第三新東京市が兵装都市であることは疑いようもない。そのための設備や一般人たちのためのシェルターなどの建設費用は決して安くはないはずだ。

 だがこうして上から承認が降り、設備を整えたということは。

 これらが(・・・・)必要になる(・・・・・)日が来ることを(・・・・・・・)わかっていた(・・・・・・)としか思えない。それは脅威がここに攻め入る理由にも繋がっているはずだ。

 つまり、ネルフ本部には何かがある。

 矢矧はそれがどうしても知りたい。

 もちろんそこに行き着くための手がかりがないわけではない。

 ネルフ側が対抗するのに使うのは、兵装ビルだけではなく、なんと巨大ロボットもいるらしい。

 特撮かと最初は鼻で笑ったものだ。

 そしてそれは有人による操作で、そのパイロットが子供であるところまで。

 結構危ない橋渡りをしたが、それ以上のリターンはあった。

 ならばあとの絞り込みは簡単だ。

 ネルフ本部へと通じるルートは基本的に警備員が巡回している。ただそこにいるだけならまだ問題はないだろうが、長時間張り込むとなると話は別だ。

 不審者認定をされて捕縛される可能性は十分にある。だからその少し手前で張り込みをする。

 地道な作業かもしれないが、好奇心のためならばその努力は惜しまない。

 秘密を暴く。知る。理解する。これらは人間にとって最高の娯楽のひとつである。

 ……ネルフの秘密を知ったとき、俺はどれほどの悦びを感じるのだろう。

 想像するだけで、脳から快楽物質がどばどば溢れてくるのをはっきりと知覚した。

 猫のように細い目をさらに細めた矢矧は、

 

「ちょっと、外回り行ってますね」

 

 と部長に伝え、事務所を出た。

 

 ◆

 

 私はいつも六時に起床する。

 私の朝ははやい。

 もともと早起きな性分だから別に苦ではない。

 スマホのアラームとして設定しているラッパの音が鳴り始めた瞬間には目は完全に見開かれ、意識は覚醒する。

 アラームを停止させ、さっさと布団から起き上がった私はきちんとそれを畳んでからキッチンへ向かう。

 朝の支度は基本的にすべて私が行っている。

 この家に来てからしばらくの間はミサトさんと家事を日ごとに割り当てていたのだが、今やその原型はない。せいぜいゴミ出しに行ってもらったり、掃除機をかけてもらったりしているだけだ。

 アスカには時々であるが干してある洗濯物を取り込んで畳んでもらっている。あと食器洗いも。

 食事に関しては完全に私の支配下である。元より料理センスが地獄のミサトさんに加え、つい先日アスカまで残念とわかってしまった結果、なおさらふたりに料理は任せられないと判断した。

 頼むのは電子レンジでチンするだけで食べられるものに限る。

 この家での朝食は和風と定めている。少し手間がかかるのは事実だが、それでも朝からきちんと食べて、英気を養ってほしいという願いがある。

 アスカは慣れないかな? とは思ったが、そんなことはなく、案外すんなり慣れたようだ。

 それと同時進行で弁当の用意もする。アスカは当然として、ミサトさんは放っておけば、食堂で偏った食事をすること間違いなしだ。だから矯正という意味でも私の作った弁当を食べてもらう。

 もう第八の使徒との戦闘によるフィードバックも回復し、普段通りの生活ができるようになった。

 その間はずっと冷凍食品で耐え忍んでいたし、ほとんどの家事をふたりに任せてしまっていたから、すごく迷惑をかけてしまった。でもこれで少しでも家事スキルが上がってくれれば、とも思う。

 

「おはよ〜」

 

 と、アスカが眠そうに目元を擦りながら自室から出てきた。

 

「うん、おはようアスカ。そのままミサトさん起こしてきてくれる?」

 

「え〜」

 

 面倒くさそうにするが、そのままの足でミサトさんの部屋に向かっていく。

 いい具合に味噌を溶かし、味見をする。

 

「うん、良し」

 

 焼魚もいい匂いだ。焼き加減も文句なし。

 アスカがミサトさんを蹴ったであろう音が聞こえ、その後まもなく涙目のミサトさんが鼻をひくつかせ、ぼさぼさの髪のまま姿を現した。

 アスカはそのまま洗面所へと直行する。

 

「おはよ~」

 

 そして大きな大きなあくびをひとつ。

 

「おはようございます、ミサトさん。もうできるのでお箸とか並べておいてください」

 

「はいはーい」

 

 幽霊のようにゆらりゆらりと歩くミサトさんが、テーブルの用意を始める。

 お米も炊けたし味噌汁もOK。魚はすでに。

 手際よくそれぞれを皿に盛り付けた私は、寝ぼけたミサトさんにぶつからないように注意しながら皿を運ぶ。

 洗面所から戻ってきたアスカはまだパジャマ姿だったが、眠そうだった顔はいつものツンツンしたものへと変わっていた。

 

「そういえば向こうで日本食なんて、なんちゃって寿司くらいしか食べなかったわ」

 

 そう言いながらアスカが椅子に座る。

 

「なんちゃって寿司?」

 

 エプロンを脱ぎ、ハンガーにかけた私もアスカに続いて座る。

 

「言葉通りの意味よ。ピザの形のやつとか、分厚いステーキをネタにしたやつとか。まああれはあれで何周か回って面白かったからいいけど」

 

「ふーん、そうなんだ。ちょっと興味あるなぁ」

 

「でも私、日本の寿司は食べてないのよね。……ということで、ミサト」

 

 後ろを振り向いたアスカは、目覚ましとばかりにビール缶を三本ほど冷蔵庫から取り出そうとするミサトさんを見た。

 

「んぇ?」

 

 まだちゃんと頭が起きていないようで、「ああ〜、アスカも飲む? カノンちゃんも意外といけたりするかも?」とほわんほわんしながら言った。

 アスカは椅子から立ち上がってミサトさんに近づくと、スパン! といっそ気持ちの良い音を鳴らしてその頭を叩いた。

 

「いい加減にしてよミサト! 朝っぱらからビール飲むな! 仕事でしょうに!!」

 

「……あい」

 

 年下に朝から怒られるというなんとも言えぬ恥ずかしい経験は結構ミサトさんに堪えるらしく、今の一撃で完全に目が覚めたようだった。

 その後なんのトラブルもなく朝食を済ませると、私が作っておいた弁当をアスカに渡す。

 

「ん。ありがと。これは匂いからすると……ハンバーグ?」

 

「冷凍食品だけどね。よくわかったね」

 

「ふふん、どうよ」

 

 とサムズアップするアスカになんて反応すればわからない私はとりあえず「すごいすごい」と褒めておく。

 気分を良くしたアスカは丁寧に私から受け取った弁当をカバンの中に入れた。

 時間を確認すると、そろそろ家を出る時間が迫っていている。やや急ぎ足で自室に向かい、パジャマ姿から制服に着替える。

 次に洗面所で顔を洗い、髪を櫛で梳く。

 ぺちん、と両頬を叩いて完了だ。

 

「行くわよ、もやし!」

 

 アスカはすでに玄関で準備万端のようだ。

「すぐ行くー!」と返してから、ミサトさんの部屋に向けて言った。

 

「ミサトさん、ごみ捨てお願いしますねー!」

 

 ミサトさんにできる数あるうちの家事はこれだけだ。いったいこの人をもらってくれる人は現れるのかと結構本気で心配しながら私は弁当を入れたカバンを持った。

 

「りょうかーい。いってらっしゃい」

 

 襖を少しだけ開けてそこから伸びた手が振られる。

 

「行ってきまーす!」

 

 靴を履き替えて、家を出る。

 エレベーターで一階まで降りたところで、いつもの三人がちょうどやって来た。

 ヒカリ、鈴原くん、相田くんのいつものメンバーだ。

 

「おはよう、ふたりとも」

 

 ヒカリが元気よく挨拶をしてくる。

 

「うん、おはよう。ほら、アスカも」

 

 そう言いながら肘先でアスカの脇を小突く。

 

「おはよう、あんたたち。出迎えご苦労さま!」

 

「もう。アスカがごめんね」

 

「ええんやで、センセ。それよりもミサトさんはまだいるんか?」

 

「あーダメダメ。着替えてるから。それにそもそも、朝のミサトさんは誰にも会わせたくないの」

 

 隙あらばだらけようとするものの、基本的に仕事をするときは凛々しいのに、それ以外はてんでダメダメな人だ、とても人前には出せない。

 もうここまでくれば、アスカだけでなく、ミサトさんの保護者にもなってしまいそうな勢いになってきていることは否定できない。

 ついこの間だって、家の前まで来た三人がインターホンを鳴らして、それに反応したミサトさんがドアを開けたことがある。

 寝起きのままのラフな格好で。

 あの時ほど恥ずかしい思いをしたことはそうないだろう。

 ミサトさんはさほど気にしていなかったようだが、一緒に暮らしている私がすごく気にする。

 

「そいつは残念やなぁ」

 

「ああ。残念だ。本当に残念だよ」

 

 煩悩だだ漏れのふたりはがっくりと肩を落とした。

 確かにミサトさんはとても美人だが、プライベートではなるべく会ってほしくない。

 

「はあ……これだからあなたたちは」

 

 ヒカリが長いため息を吐くのも無理ないと内心で気の毒に思う。

 アスカもこの三人には随分馴染んできたようで、特にヒカリとは軽口を叩き合えるほどの仲になっている。

 しかも普通に『ヒカリ』と呼んでいるし、私と比べると雲泥の差だ。

 全然気にしていないが、すごく気にしている。

 学校での授業はいつも通りで、ヒカリと私が真面目に先生の話を聞いているのに対し、アスカは何かPCで遊んでいるし、綾波さんは肘をついてぼんやりと窓の外を眺めている。鈴原くんは睡眠魔法をかけられたようにすやすや眠り、相田くんは隠れてカメラをいじっている。

 もう慣れた光景だから驚くことはない。

 昼になると生徒たちは活気づく。私達もおもむろに弁当を机の上に出す。

 おかずがハンバーグだからなのか、アスカの機嫌は良さそうだ。

 いつものメンバーで席をくっつけようとしている中、私はある人のもとへと向かう。

 授業中からずっと姿勢をキープし続けるその人は――。

 

「綾波さん、これ」

 

 そう言いながら私は手に持っていた弁当箱を綾波さんに差し出した。

 こっちを向いた綾波さんはまず、弁当箱に視線を落とし、その次に少し驚いたように私を見上げた。

 昼は薬しか飲んでいないことは知っているし、半ば強引であったことは否定できないが、昼食をともにしている。

 本当に薬しか受け付けないかどうかをよく知るのが目的の一つだが、単純に綾波さんと一緒に食事がしたい、という理由もあった。

 いける、と確証を得たのは社会科見学の時だ。

 

「いつも食べてないから。大丈夫、お肉は入ってないよ。ほら、こっちで食べよう」

 

「え、ええ……」

 

「大丈夫大丈夫。もし多くても鈴原くんがなんとかしてくれるよ」

 

「わしは残飯処理か!」と、しっかり突っ込んでくる声が聞こえてきて、私はくすりと笑った。

 

「……ありがとう」

 

 綾波さんは少し照れ恥ずかしそうにしながら感謝を口にした。

 たぶん、初めて聞いた言葉だ。綾波さんも自分の言葉に気づいたのか、微かに目を見開く。

 ……思ったのだが、綾波さんは可愛いがすぎると思うことがよくある。

 前まではお人形さんみたいにきれいな人だなあと思っていたが、最近はそんなことはないと思い始めている。第六の使徒を倒したときは必死の形相で私のエントリープラグに入り込んできたし、味噌汁を飲んだときは驚くような反応を見せた。

 私が抱いた第一印象の悉くを砕いた綾波レイという人間に対する興味は、日を重ねるごとに肥大化していく。

 レイ、という名前だから気になったのが始まり。

 私も昔は同じ名前だった。

 もしカノンに改名していなければ、もう少し違った見え方だったのかもしれない。

 いや、それはifの話でしかない。

 頭を振った私は綾波さんを改めて招く。

 計六人で食べるとなると、まあまあの広さとなる。三対三で机を向かい合わせて皆で食を囲む。このうち半分が私のつくった弁当と思うとなかなか面白いなものだ。

 そのおかず美味しそうだね、とか、それとこれ交換しようぜ、のような盛り上がりを見せる。

 

「ちょっともやし」

 

 真っ先にハンバーグを口に運んだアスカが器用に箸で空に円を描きながら不満げに私を呼んだ。

 

「どうしたのアスカ? あ、お箸で遊んだらダメだよ」

 

 アスカは私の指摘に大人しく箸を置く。

 

「ハンバーグがあるからって楽しみにしてたのに、たった一個ってこれどういうことよ」

 

「ええ……。だって大きいから他のおかず入れられなくなるじゃん」

 

「足りないわ!」

 

 ドン! と胸を張って駄々をこね始める。

 この前「私は大人よ」と言っていたとはとても思えない子供らしさに私は苦笑いしつつ、アスカの尊厳のために突っ込んでおかないことにした。

 私は仕方ないな、とため息をついた。

 

「もう、わかったよアスカ。私のあげるから」

 

「……センセ、式波を甘やかしすぎちゃうか? このままやと絶対ろくな大人ならんで」

 

 鈴原くんの冷静なツッコミが入る。

 確かにアスカは我儘なところがあるし、私は姫! のような主義主張が多々ある。

 

「っさいわね! 私はすでに立派な大人よ!」

 

「そうは見えへんで……? なあケンスケ」

 

 思わぬ流れ弾に、相田くんが身を強張らせた。

 

「……いやぁ、俺にはよくわからないなぁ」

 

 絶妙な間を置いて、相田くんは上手く流れ弾を回避したようだ。

 しかしながらアスカを突っぱねてしまうのはかわいそうだと思うし……みたいな思考が何度も何度も循環するせいで、結局は我儘をはいはいと許している節があることを否定できない。

 そんなことを考えている間にもアスカが「もーらいっ」と上機嫌に見事な箸さばきで私のハンバーグをかっさらっていった。

 そして私はすかさずアスカの弁当から鶏皮をふんだくった。

 

「はい、これで交換だね」

 

 ハンバーグと鶏皮は釣り合わないのではと考えたのか、アスカは小さく首を傾げた。しかしすぐに「まあいいわ」と前置きしてから、

 

「あんた、ほんっとそれ好きよね。そんな脂っこいものばっか食べてたら……太るわよ」

 

「うぐ……っ! で、でもちゃんとその辺考えてるし、運動もちゃんとしてるもん」

 

 苦し紛れの言い訳に、アスカは懐疑的な目を私に向ける。

 アスカのようなスタイル抜群な人に言われてしまえばぐうの音も出ない。まだ現在進行形で成長途中とはいえ、成長速度の差はあまりに歴然としている。

 日本人だからか、それとも単に私が幼児体型から抜け出せていないのかわからないが、とにかく私はアスカに遠く及びそうにない。

 

「大丈夫よカノン。BMIさえ高くなければいいから!」

 

 私をフォローしようとしたのか、ヒカリが懸命に私とアスカの間に割って入った。

 その気遣いはとても嬉しいのだが、違うのだ。

 数値的なものではなく、外見の問題である。

 それはフォローじゃないよ、と血の涙を流しながら私は心の中で泣いた。

 

「おいしい」

 

 と言いながら一定のタイミングで同じ感想をつぶやき、黙々と弁当を食べてくれる綾波さんだけが、私の精神衛生を保つ唯一の癒やしだった。

 

 ◆

 

「ん~! んまい! ごちそうさまでしたっ!」

 

 遅い昼食となったミサトは食堂ではなく、場所の開けたインナーテラスでカノンのつくった弁当をぺろりと平らげた両手を合わせた。

 ここのテラスは特に天井までが高く、青々と広がる空が見えている。この空はジオフロント内に人が作った偽物だが、それでも本物に引けを劣らない。昼食休憩をするには絶好の場所だ。

 

「よっ。遅い昼飯だな」

 

 そう聞き慣れた声でミサトの脇からぬっと現れたのは加持だった。

 片手に持ったブラックのコーヒー缶をミサトの横に置き、ぐるりと回りこんで隣の席に座った。

 

「あ、ありがと」

 

「カノンちゃんにつくってもらってるんだって? ま、君は手料理ってガラじゃないしなあ」

 

 流れるように毒を吐いた加持にミサトはむすっとなった。

 

「そうね、暇なあんたとは違って現場の管理職はたんまり仕事があんのよ」

 

 ぶっきらぼうに言ったミサトはふん、と鼻を鳴らしてノートPCに向きなおって立ち上げる。

 

「相変わらず真面目だなあ。まあそこが葛城の良いところだが、弱点でもある。この前だってリっちゃんとやり合ったって聞いたぞ? もうちょっと余裕持てよ」

 

 加持の言っているのは、おそらく第八の使徒の対抗策について資料室で口論になったことだろう。

 ……痛いところを突かれる。

 ミサトは眉を微かにひそめた。

 結果的に殲滅できたからいいものの、リツコの言い分も最もであったことは否定できない。ミサトの提示したものはきちんとした根拠や確証のない、悪い言い方をすれば行き当たりばったりな作戦だった。

 理論や数値に拘るリツコには受け入れがたい作戦であったことも理解している。

 だからこそ衝突したのだ。

 承認してくれたリツコには頭が上がらない。

 

「あいにく私の器は責務でいっぱいなのよ」

 

 トラックパッドの上で指で円をなぞるように描く。

 

「緊張感ありすぎると男にモテないぞ?」

 

 ぶちん、と堪忍袋の緒が切れた。

 

「余計なお世話――」

 

 睨みつけようとして加持のほうを見たミサトはそれ以上の言葉を発することができなかった。

 昔……大学生時代に付き合っていたころ、同じ布団の中で寝る時に見せる色気のある顔だった。

 今になって、別れたはずの男とこんなにも違和感なくに会話が弾んでいることに気づいてしまう。

 離れようと思っていたのに、いつの間にか心の距離が接近している。その事実に気づいてしまう。

 気恥ずかしさや自罰に、ミサトは頬を赤らめながら顔をそむけた。

 

 ◆

 

 ゆらゆらと。

 ゆらゆらと。

 L.C.Lに満たされた水槽の中で、レイは空色の髪をゆらゆらと揺らしながら浮かんでいる。

 レイは最近の出来事を思い出しながら目を瞑る。

 まるで無色だった日常に色彩が与えられ、目まぐるしく変化していっているのを漠然と認識している。

 これは怖い変化ではない。

 そもそもの発端は、碇カノンという少女だ。

 ヤシマ作戦の決行前に、カノンがレイに言った言葉が今も脳裏に深く刻まれている。

 ふたりで美しい夜空を見上げながらのことだった。

 

『生きているふりをするの、やめない?』

 

 その瞬間だった。

 レイが明確に世界を知覚したのは。

 遥か天蓋から神の雷を落とされるほどの衝撃だった。

 カノンは自分もかつてはそうだったと言った。そして今、そんな自分を変えるために頑張るのだと。

 だからこそ、健気に頑張るカノンの姿がレイの目には眩しく映った。

 この輝きを少しでも長く見ていたいとも思った。

 美しくて、それでいて弱々しい輝き。儚くて、ちょっとした突風が吹くだけで飛ばされそうな。

 ……守りたいと思った。

 だからあの時、初めて誰かのために必死になって、カノンのエントリープラグのハッチを開けたのだ。

 

「……レイ」

 

 聞き慣れた男の声が聞こえる。

 レイがゆっくり目を開くと、水槽の前のゲンドウがこちらを見ていた。

 ここはネルフの地下実験室。 一般職員は存在すら知らない場所。

 

「食事にしよう」

 

 はい、とレイが返すと、ゲンドウが水槽横のデバイスを操作する。

 すると水槽を満たしていたL.C.Lが排出され、水槽のガラスケースが上につながっている巨大な柱へと持ち上げられる。

 ぺたぺたと冷たい通路をゲンドウとともに裸のまま歩き、シャワールームで別れる。

 L.C.Lを完全に洗い流し、いつもの制服に着替えたレイはゲンドウの待つ部屋へと向かう。

 そこは司令室に似た、無機質な場所。

 食事用のテーブルと椅子しか置かれていない、とても寂しい場所。

 すでにゲンドウは席に座っていて、レイを待っていたようだ。

 長テーブルの両端にそれぞれの食事が用意されている。レイはゲンドウから離れた席に腰を下ろした。

 

「「いただきます」」

 

 落ち着いた曲調の音楽が流れ始め、ふたりは静かに食事を始めた。

 ゲンドウはこんがりと焼いた肉に、香りのひきたつソースをかけたフランス料理。

 対してレイは、いつもの錠剤のみ。少し違うのはゼリー飲料があることだけ。

 ゲンドウとふたりきりの食事はこれが初めてではない。比べるならば、カノンたちと一緒に学校で昼食を食べた回数よりずっと多い。

 ……何かが違う。

 そうレイは感じ取った。

 今までなら絶対に気づかない違和感。

 無意識にレイは尋ねていた。

 

「碇司令」

 

 透明な声で言う。

 

「なんだ」

 

「食事って、楽しいですか?」

 

 ゲンドウはちらりとレイを見て答えた。

 

「ああ」

 

 なんだか、レイの知った『楽しい』とは違う気がした。

 

「誰かと一緒に食べるって、楽しいですか?」

 

「ああ」

 

 ではなぜ、これほど互いに離れて食事をとっているのだろう。

 学校ではカノンがすぐ隣に座ってくれていた。

 不意にレイは首を横に振るが、もちろんそこにカノンはいない。

 

「料理ってつくると喜ぶ……ですか?」

 

「ああ」

 

 カノンは毎日、アスカとミサトの食事を作っているのだという。

 先日学校でカノンの弁当を食べて、おいしいと言ったらカノンはとても喜んでくれた。

 きっと、食べた人がそう言ってくれたのが何よりも嬉しかったのだと思う。

 だから――。

 

「碇司令。今度……碇さんや皆と一緒に食事……どうですか?」

 

 勇気を精一杯に振り絞り、自分の口で誘った。

 きっとこの食事は楽しくない。相対的に理解した。

 だから、ゲンドウにも食事を楽しんでほしい。学校でレイが感じた、食事の楽しさを共有したい。

 カノンに日頃の感謝を込めて。

 父と仲良くなってほしい。

 そうすればカノンは喜んでくれるだろう。

 ゲンドウがゆっくりと顔を上げる。

 互いの視線が交差する。

 ゲンドウは相変わらずのレイ以上の仏頂面で言った。

 

「いや、その時間は――」

 

 しかしそこでゲンドウは手の動きを止めた。

 口を開いたままレイを数秒ほど見つめる。

 ゲンドウの瞳に何が映ったのかは、レイにはおおよそ見当がついていた。

 意図したわけではないが、それは極めて効果的だったようだ。

 

「……わかった。行こう」

 

 その言葉を聞いたレイは、肩の力を抜いて、安堵とともに小さく微笑むのだった。




誰かに歩み寄ろうとする誰かは、ここに

それではまた次回!
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