それでも私は── 作:次作エヴァはきっと鬱エンド
頭にカチューシャのようなものをつけられ、エントリープラグと呼ばれるカプセルに乗り込む。
操縦席は想像より簡素なもので、両側にレバーがあるのみだ。足で踏んで操作したりということはない。窪みに脚を嵌めるような感じで、違和感がない。長時間でも疲労は溜まりにくそうだ。
「大丈夫かしら、カノンちゃん」
「はい」
赤木さんの顔がディスプレイに表示される。返事を返し、私はレバーを握った。
「乗ってくれてありがとう。私達ネルフスタッフ全員があなたを全力で支援します」
「よ、よろしくお願いします」
「よろしい。では、次にL.C.Lを注入するから飲み込んでね」
「へ?」
すると下から段々とオレンジ色の液体が溢れ出しているあっという間に腰までつかり、胸のあたりまで水位が上昇する。
これ、溺れちゃうよ⁉
「赤木さん、私これ、溺れちゃう!!」
「大丈夫よ。酸素を直接肺に送ってくれるから」
「そんなこ、わ! ぶぶぶぶ……!」
ついに頭のてっぺんまでL.C.Lにつかり、反射的に私は息を止めてしまう。目も閉じ、一切を拒絶する。しかし、やがて酸素を求めてL.C.Lを飲み込んでしまう。不快感に襲われるが、すぐに慣れた。
でもやっぱり目は開けられない。
「目を開けなさい」
「えっ、そんな……水の中だったら何も見えないです! せめて水中ゴーグルが欲しいです!」
「……ぷふっ。あ、いえ、ごめんなさい。視界は問題ないから目を開けなさい」
プールの時にゴーグルをしないまま目を開けるとボヤボヤして結局全然見えなくなるのと同じことを危惧したんだけど。勇気を出して、私!
カッ! と目を見開く。
広がるのは遥か下にある床。ジェットコースターで頂上まで登った気分だ。視界の端に紫色の腕が見える。巨大なリフトに乗せられ、壁まで移動しているようだ。
「はい、目、開けました!……って、スカートが!」
あくまで液体であり、無重力状態だとスカートの裾がひらひらと踊ってしまう。これじゃあ下着が見えちゃう! 大急ぎで裾の端を持ち、股に挟んでしまう。
「何かと忙しい子ね」
「ご、ごめんなさい」
「初めてだから仕方ないわ。シンクロも……完了したわ。シンクロ誤差は極小。素晴らしいわ。ミサト、いけるわよ」
ミサトさんが今度はディスプレイに映された。初対面で車に乗せてもらったとき、この人は朗らかな感じで、私とはベクトルの違った人間なのだと思っていた。しかし、打って変わって真剣な眼差しで私を見ている。不思議と背筋が伸び、言葉を待った。
「いい、カノンちゃん。リツコも言ったけど、エヴァに乗ってくれたこと、私達は本当に感謝しています。人類の命運、あなたに託すわ」
「そんな大層なこと言われてもわかりませんが……頑張ります」
「少し上昇の圧がかかるけど我慢してね。――エヴァンゲリオン初号機、発進!」
急に上から押さえつけられるような圧に私は呻く。これじゃあジェットコースターの逆バージョンだ。
地上に射出されると、すでに夜の帳は降りていた。兵装ビル群が照らす光が、使徒と呼ばれる敵のシルエットをはっきりと映し出す。正面、約数百メートルに使徒はいた。目が合い、動きが止まる。数歩歩けば衝突するほどの距離だ。
今から、戦う。
誰かを殴ったことなんて一度もない。ましてや戦うなんてとても。使徒が見える位置よりも遠くにいる感覚。非現実に、私の意識は私を客観的に捉えようとしている。
「エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ」
ミサトさんの命令でカタパルトの拘束が外れ、エヴァが自立する。
「カノンちゃん、まずは歩くことを考えて」
「どうすれば……」
レバーを適当に動かしてみるが、これといった反応はない。これ、もしかしてまずいではないだろうか。
「考えるだけでいいのよ」
そんなことを言われてもよくわからない。一般に、車が意思で動くわけないし、ガンダムだっていろいろ操作して動くことくらい知っている。考えたらその通りになるって言われても、その概要がいまいちわからない。
しかし敵は目の前。チュートリアルをいちいち理解しようとするのは時間の無駄であり、命の危機に直結する。
歩くことをイメージする。左足を前に。前に。前に突き出す。するとエヴァも意思を汲み取ってくれたのか、グググ、と一歩を踏み出した。
「う、動いた……」
ゆっくりではあるものの、続いてニ歩、三歩と歩行を続ける。安堵したものの、今度はどうやって止まればいいかわからない。
一瞬でパニックになり、闇雲にレバーを動かすと、今度はエヴァが走り出してしまった。
使徒とぶつかる! 小さな悲鳴を上げて腕を前に交差させると、エヴァも同じように腕を動かした。
しかし使徒は一歩横に避けるだけでなんなく躱される。そのままビルに激しく衝突。私は腕にじんじんと痛みを覚える。
「カノンちゃん、立ち上がって!!」
ハッとして顔を上げると、使徒がこちらを覗き込んでいた。敵の目の前で無防備な状態を晒している。
立たないと! でもわからない! 意識するなんてわからない! 使徒はのんびりしている私を放ってなどくれなかった。
手を広げて、頭を鷲掴みにされる。抵抗することもできず、そのまま持ち上げられる。何をされるのかわからず、怖くて私はその場にうずくまってしまった。
「お願い、逃げて!」
「怖いよ……!」
ミサトさんの悲鳴にも似た声が聞こえる。でもなぜか私の身体が掴まれているわけでもないのに、頭を直接触れられているような感覚に恐怖が増幅する。
使徒のもう一方の腕がエヴァの腕を掴んだ。筋肉が盛り上がり、腕を粉砕しようと力を込め始めた。するとどういうわけか、私の左腕に何かに握りつぶされるような痛みが襲った。
「痛、い……! なにこれ!!」
「カノンちゃん落ち着いて! 掴まれたのはあなたの腕じゃないわ!」
「ならどうし、て……⁉ 助けて……!!」
ミシミシと嫌な音とともに、ついにエヴァの腕が粉砕されてしまう。その激痛は、私の腕に直結する。
――絶叫。
何も考えられなくなってしまう。壊された腕を確認するが、外見に異常はなさそうだ。でも、痛い。こんなに痛い思いのするのなら、エヴァになんて乗るんじゃなかった!
「カノンちゃん、避けて!」
「ぇ?」
気づくと、頭を掴む手が輝き始めていた。何かをする前兆なのだとはわかるが、拒絶するために目を背けるのが精一杯だった。
しかし、そんなことはお構いなしにゼロ距離で光線がエヴァの頭蓋に放った!
「ぅ、アッ!!」
右目が痛い! ドリルで掘られているようだ。目の奥が熱くなり、脳が溶けてしまいそう。
装甲を貫くために何度も放たれる光線が、うずくまる私の頭を執拗に抉る。
何発目かわからない光線がついに頭蓋を貫通した時、私は痛みに耐えきれなくなり、意識を手放してしまう。
……ああ、死んでしまうんだな。
すごくあっけなかったな。私という存在は結局ちっぽけなもの。死ぬときは死ぬ。そんなよく聞く言葉を再現しているようだ。
……でも。それでも。
何もできずに死ぬのは悔しかった。せめて何かを残したかった。
だからこそ。
――死にたくない!
と願った。
そりゃあいきなり実戦だなんて無理にきまってるじゃん?