それでも私は── 作:次作エヴァはきっと鬱エンド
目覚めは最悪だった。
どこへ行っても、正体のわからない巨人に追われる悪夢を見た。おかげで汗びっしょりだ。
「私、は……」
死んだ……はずだ。だが今はベッドに寝かされていて、開いた窓から一定間隔で聞こえるセミの鳴き声が、そうではないと否定している。
あの戦いは、夢だったのだろうか……?
ベッドから立ち上がり、部屋を出る。ここはたぶん病院かな? メインホールに取り付けられたテレビから、ニュースが流れている。
『先日の第三新東京市爆発事故についてですが、政府の見解では――』
その内容には、エヴァや使徒のことなどは一言も出てこなかった。それがなんだかしっくりくる。私の都合のいいように解釈しているのかもしれない。
つまり、お父さんに呼ばれて、エヴァに乗って、使徒と戦う……。私と同じ年頃の男の子が発症するらしい中二病が、末期まできたらこんな感じになるのかな。そんな馬鹿げた夢。
記憶はないが、なんとかして使徒を倒せたのだろう。今はそれ以上のことを考えたくない。
通路を歩く。誰もいない、私だけの通路。しかし、ガラガラと後ろから何かが近づいてきていることに気づいた私は後ろを振り向いた。
あの時に見た少女が、車輪付きベッドに乗って運ばれてきた。
「…………」
私はそれを無言で見届ける。向こうも私の存在に気づき、目が合う。ただそれだけだった。そのまま通り過ぎるかと思いきや、さらに現れたお父さんの前で止まった。
「あ……」
声をかけようとしたが、お父さんは少女になにか声をかけた。きっと心配とかそんなことだろう。
でも、私がいることに気づいても、向こうから視線を外されてどこかへ行ってしまった。その行為がとても悲しくて、同時に少女に少なからず嫉妬を覚えてしまう。
「…………はあ」
「酷いわねえ。あれが実の娘にする態度かしら」
「ミサトさん……」
後ろを振り返ると、「迎えに来たわ」と陽気に手を振る。
「外傷は大したことなくて良かったわ。あなたの家まで送るわ。本部があなた専用の個室を用意したそうだから」
「はい」
一人暮らしは初めてだ……。これから実質的にネルフの職員になるわけだし、お給料も入る。中学生が働くなんて常識的にはあり得ないけどネルフは超法規組織だからとかなんとか……よくわからないけどどうにかなるらしい。
「いいの? ひとりで。申請すればお父さんと住むことだってできるのよ」
「――いいです。ひとりのほうが気が楽ですし。それにお父さんだって、私なんていないほうがいいに決まってますよ」
久しぶりに会ったのに、あんな扱いを受けて……親子ってなんだろう? 一緒に住むのはきっと、どっちにとっても苦痛でしかないと思う。だからひとりがいい。呼び出された時だけ顔を出して、事務的な会話をする。それ以上は望まない。そんな当たり障りのない関係がベストなのだろう。
「やーねーもー! 親子なんだから一緒に住むのが自然じゃないの! 我慢せずに言いたいことは無理せずに――」
「これは私とお父さんの問題です。ミサトさんには……関係ないでしょう」
私の明確な拒絶にミサトさんが顔色を変える。私も少し言いすぎてしまったかもと恐る恐る顔色を窺うと、やはり漫画表現にありそうな怒りマークを額に浮かべていた。あ、やっぱり言い過ぎたのだと思って口を開こうとしたが、ミサトさんの大音量に吹き飛ばされた。
「暗い! 暗すぎるっ! ……その性格、私が治したる」
「え……?」
ミサトさんは不機嫌そうな表情を浮かべると、おもむろに携帯電話を取り出して通話を始めた。
「あ、もしもしリツコ? うん私。カノンちゃんねえ、私のマンションで一緒に住むことになったから」
「ちょっと……!」
「ああん?」
ヤクザも顔負けの睨みをされたらさすがに黙りこくる。さすがネルフの職員。こういうところもミサトさんが採用された理由の一つに違いない。あっという間に話をつけられ、同居することが決まってしまった。お父さんとは悪い予感しかしないが、ミサトさんならまあ……でもやっぱり。
「私はそれでもひとりで暮らしたいですよ……他人がいるのは……」
「つべこべ言わない! まだ中学生の子供が、しかも女の子が一人暮らしするのは危険すぎるわ!」
「そもそもなんで私がミサトさんと一緒に住まないといけないんですか」
「上司の命令が聞けないっていうの?」
「うっ」
痛いところを突かれた。上司の命令には基本絶対。私生活に口出しされるのは嫌だけど、目が座っているし、たかが中学生の私にはその固められた意思を砕けそうにない。
そのままズルズルと連れられ、車に詰め込まれてしまった。
「オーホッホッホ! 今日はパーッとやらなきゃね!」
荒い運転だ。
混雑しているわけではないから交通事故に遭わないものの、一秒ごとに寿命が削られる。いつか車の免許を取るときは良い反面教師になってくれるだろう。
私は顔を腕に乗せ、外を眺める。
「何をパーッとするんですか?」
「それはもちろん同居人の歓迎会よ」
「私は……そんな気分じゃないです」
「もお、何ふてくされてるのよ」
「別に……。ミサトさん、こっち見ないで運転に集中してくださいね」
「そんなこと言われなくても……おっと危ない」
対向車線に少しはみ出してしまっている。慌てて戻ろうとしたところ、勢い余ってポールに衝突しそうになる。
心の中で、私は二度とミサトさんの運転にお世話になるないと誓う。
「…………」
「やぁねえそんな目で見ないでよ。……ちょっち、寄り道するわよ」
連れてこられた場所は、街を一望できるスポットだった。ピクニックとかにここは絶好のポイント。でも私は何も感じることはなかった。
ほんのりとオレンジかかった空。水色の風が少しだけ涼しい。
「……いい景色ですね」
「ええ。でもそれだけじゃないわ。……そろそろ時間ね」
ミサトさんが腕時計で時間を確認する。何が始まるのかと思いきや、突然大音量のサイレンがなり始めた。何か異常事態が起こったのではと無意識に身構えてしまったが、そういうわけではなさそうだった。
ズオッ! と地面のゲートが開き、次々とビルが出現する。たった数十秒で全く別の街に変わったのを見て、私は目を丸くする。
「すごい……ビルが地面から生えてくる……⁉」
夕日の日差しがビル群に反射し、ひときわ眩しく輝いて見える。
「――――」
「対使徒迎撃要塞都市、第三新東京市。これが私達の街よ。そしてあなたが守った街」
目に焼き付く戦闘の記憶。
……そうだ。結局あれは私が倒したのではなくて、エヴァが勝手に動いて倒した、が正しい。つまり、この街を守ったのは私なんかではない。
「私は何もしてませんよ。私はミサトさんたちが思っているような、すごい人ではありません。エヴァに乗ったのだって、大層な理由もない、お父さんへの反抗からでしたし」
「わかってるわ」
私が守った。そんな実感がわかない。
これほど巨大な街を見せつけられても、理解するのが難しかった。
ミサトさんが私の頭に触れる。私は抵抗しなかった。
「理由はどうあれ、あなたは立派だった。自信を持ちなさい。それと、ありがとう」
「――――――」
わからなかった。わからなかった。でも、ありがとうの感謝の言葉が私の心に届いた。胸が熱くなり、目頭も熱くなる。しだいに街の様子が滲んで見えるようになってしまう。
雨なんて降ってないのに。目元を拭えばなぜか濡れている。
きっと私は嬉しいのだ。私のしたことが誰かに認められたことにこの上ない喜びを感じた。
「カノンちゃん? ちょっと……私、何か悪いこと言ったかしら」
「いえ……なんでもないです」
恥ずかしい。ミサトさんに見られないように顔を背けて必死に涙を拭う。
「ミサトさん、私は……私は……」
嬉しいのと同等に、私は悲しかった。
――その言葉を、あの時、あの場所で、あの人に言ってほしかった。
シリアスは息を潜めている。まだログインする様子はない。