それでも私は──   作:次作エヴァはきっと鬱エンド

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前回のあらすじ
二手先で君の詰みだ


挫けないで

「綾波さんは知ってたの? 私が碇レイじゃなくて、人ですらなかったって」

 

 ぼんやりと。

 部屋の隅で体育座りをして小さくなっている私は床の大きな埃を見下ろしながら口にした。

 どうやってここにやってきたかわからない。気づいたら綾波さんによってプレハブハウスに連れ込まれていた。副司令からあの話を聞いたあと、何をしていたのだろう。

 思い出せない。思い出せないほど衝撃が強すぎて、しばらく脳が自己を放棄して放浪していた……のだと思う。

 

「もう何もわからないよ。お父さんは私たちで何がしたいの……?」

 

 いつもの黒プラグスーツの彼女は直立不動で私を見る。部屋の中はキャンプ用の寝袋とランプ、そして少し大きめの医療用センサー機材のみ。らしいと言えばらしい。

 

「エヴァに乗って戦わせる。それだけよ」

 

「そんなの、間違ってるよ……絶対おかしい……」

 

 私たちは何のために生きているのか。お父さんによって意味を見出され、生きる権利を与えられ、何も教えてもらえずにここまで大きくなった。

 ただでさえ私が人類をほぼ絶滅させたという事実だけでも押し潰されそうなのに、その上私がお父さんの娘ではなかったことがなによりも辛くて苦しかった。「お父さん」とこれまで呼んでいたのが馬鹿みたいだ。お父さんはそんな私をきっと、憐憫かそれ以下の感情を抱いていたのだろう。忌避、が近いのか。

 碇ゲンドウという人が私にとっての父だと当然のように思っていた。今さら他人のふりなんてできない。

 

「……なんで、何も言ってくれなかったの?」

 

「何も……って?」

 

「14年。14年も経ったんだよ? 私に会えて嬉しい……はないかも知れないけど、何か話したいこととかないの?」

 

「ないわ」

 

「あの時のことも?」

 

「あの時って、何?」

 

「私が綾波さんを助けた時」

 

「知らない」

 

「────」

 

 ……わかっていたはず。記憶を取り戻したときから。

 綾波さんは綾波ユイのクローンで、綾波シリーズのうちの一人。たとえ性格は一緒でも、記憶や体験したものは異なる。そしてそれらによる人格形成にも差異は出る。

 

「そっか。そういうことなんだね」

 

 当然ありえる可能性だった。

 馬鹿みたいに交流を図った自分が馬鹿だった。

 

「ごめん、やっぱり帰る」

 

 頭の中がぐちゃぐちゃになって、どうしようもなくなった。考えることを完全に諦めた。もう考えることに苦痛が伴う。痛い。何もかもが嫌になって、何もしたくなくなった。この苦しみから解放される方法を誰か教えてほしい。

 ゆっくりと立ち上がり、ドアカーテンに手をかける。

 

「碇さん」

 

「なに?」

 

 私は振り返らなかった。

 

「あなた、死にそうな顔をしてるわよ」

 

 ……ああ、そうか。

 だから綾波さんはここに私を連れてきてくれたのか。

 プレハブハウスを後にする。

 そして、そのままの足でネルフを出て外に飛び出した。

 

 ◆

 

 外に出ることはできなかった。ネルフ本部は、地上から天まで伸びる一本のメインシャフトによって支えられている空中要塞となっている。

 そのメインシャフトを降りる手段がどうしてもわからないため断念。かつて木々が青々と茂っていて人工的な自然が美しかったジオフロントに足を運ぶことにした。

 壊れそうなモノレールを経由し、今は見る影もないジオフロントに一歩を踏み出す。

 そこは過去の景色はまるで嘘だったかのように荒れ果てていた。緑なんて一切ない。鋼の大地と、血かL.C.Lかわからない赤色が当たり一面に飛び散っている。

 死んだ大地とはこの事を言うのだろう。地表ではこれの何万倍もの広さで同じことが起こっていると思うと気が狂いそうだ。

 行くあてもなくふらふらと彷徨う。ジャリ、ジャリ、と砂ではなく小石サイズの砂利を踏んでいる感触。歩きにくい。所々地面がひび割れていて、場所によっては人ひとりが落下してしまいそうな大きさのものまであった。

 細心の注意を払ってさらに進み、真っ赤になったベンチを見つけた。少しだけ休もうと思った。自然と歩も速まり、指先で肘置きに触れた途端。

 

「えっ」

 

 砂の城が崩れるように、さらさらとその形が崩れ落ち、後には赤い塵の山しか残らなかった。

 

「────」

 

 私は数分、その場から動けなかった。

 昔見た赤い海に似た何かを感じたからだ。

 加持さんは言っていた。赤い海は死んでいる海なのだと。これも同じだ。物質として死んでいたのだ。辛うじて保っていた形を、私が触れたことによって失ってしまった。

 

「────」

 

 これがサードインパクト。

 私が原因となって発生した人工災害。

 スカートが汚れることなんて考えずにその場に座り込んだ。両膝を腕で抱え、前を見る。

 憂鬱な光景はそこにずっとある。錆びた鉄の匂いがする風が静かに凪いでいるだけ。

 そして私は、決定的なものを見てしまった。

 人だ。

 人がいた。

 ただし、真っ赤な人形のようだった。何かから逃げているようにも見えた。似たポーズをした赤い塊がちらほらと点在している。

 微動だにしない。数秒、数分眺めても何も変化が起こらない。男女の判別すらつかない。もちろん誰かなんてわからない。だが、『人』だ。

 喉が強く震え、視界が揺れる。

 

「、ぁ」

 

 これが私がエヴァで戦った結果。

 こんなことが世界中で?

 

「ああ、ぁ」

 

 良かれと思ってやったことが、最悪の形に。

 しかも、碇レイはすでに死んでいて、私は人間ですらなかった?

 

「──あああ、ああ、ぁ、あッ」

 

 どうなっている?

 私は、いったい、なにを……命をかけて、なにをしていた……? 私はなぜ生きている? 私は?

 ? ? ? ? ? ?

 頭がどうにかなりそうだ。狂いそうだ。頭を掻きむしる。荒い呼吸を繰り返す。この気持ち悪さと自己嫌悪と歪さと羞悪をどうすれば受け止めることがで

 

「ぅ、あ、あああああッッ゛!! ああ、ぁああっ! ──ああぁあああッ゛゛!!!」

 

 叫んだ。

 喉が裂けてもいいと思うくらい叫んだ。どうせ誰もいないし、迷惑になんてならない。

 激情のまま、理性を失った動物のように音を長い間轟かせた。ゴロゴロと喉に固形物を感じるほど乾燥したところでようやく止めた。

 咳をする。

 何もかもに対する理由付けが嫌になった。いっそのこと、殺してほしいとも思った。

 今までの人生が崩れる。私のこれまでは、世界を壊すためにあった。そもそもただの代理人だった。

 この事実に、どうすれば気が狂わずにいられるだろうか。

 ──これを罪だと渚君は言った。

 私がした覚えはないが、それでも罪なのだと。向き合えるはずがない。規模が文字通り桁違いすぎる。酷い。渚君は無理なことを私に言った。

 

「適当なこと言わないでよっ……」

 

 当事者じゃないからそんなことが言えるのだ。

 この推し量ることのできない罪の重圧を意識するだけで、心臓が見えざる手によって鷲掴みにされる錯覚に陥るというのに。

 ……ふと。人の気配を感じ、顔を上げた。

 

「────」

 

 そこには今一番対面したくない人物が私を見下ろしていた。

 互いに石像のように固まり、見つめあい、数秒ほど経って、ようやく。

 

「何をしている」

 

「……お父さん」

 

 何年経っても変わらぬ見慣れた黒い上着に、こちらはサングラスからバイザーに変化している。赤黒い光は何の思考も悟ることができない。

 十数年という年月を感じさせないほど様相はさほど変わっていなかった。しかし威厳は以前よりさらに増しているように思う。

 

「お父さんの方こそ、こんなところで何してるの」

 

「お前の声が聞こえたから来ただけだ」

 

「わざわざ?」

 

「お前にちょうど伝えることがあったからな」

 

「私が碇レイじゃないってこと?」

 

 やや探りを入れるように先出ししてみた。

 

「違う。第13号機が完成した」

 

 なにそれ。私についてのコメントはないの?

 

「私にエヴァに乗れって?」

 

「そうだ。そのためにお前はここにいるのだから」

 

 お父さんには私はただのスペアとしか思っていないのだろう。

 感情の機微のない、ただの事務連絡。

 

「嫌だ」

 

 エヴァに乗って戦ったことで結果的にサードインパクトが発生した。私のせいで。次乗ったら何が起こるかわからない。

 サクラさんの言う通り、エヴァには乗らない。

 何もせず、朽ちる。それだけが私が世界のためにできることだ。

 

「そうか。ではここにいる意味はもうない。出ていけ」

 

 どうせお前の代わりはいるのだから。

 そう言われた気がした。きっとその通りだし、ネルフのどこかに『私』が大量に保管されているのだろう。

 もしそれらと顔を合わせてしまったら、私は何をしてしまうのか自分でもわからない。

 立ち上がった。スカートについた赤い埃を払い、お父さんの隣を走り抜けた。逃げるように立ち去った私を、お父さんは一瞥することもなかった。

 

 ◆

 

 ──時は満ちた。

 第13号機の完成を知覚したカヲルは、ピアノの独奏を止めて静かに顔を持ち上げた。

 日の鎮まり。帳の陰り。

 思っていたより建造期間が長かったが、その間カノンのリハビリや記憶を取り戻すことができたのだから、結果としては良い。

 ピアノから離れる。向かう先はあそこしかない。

 おそらく、カノンは今頃さらなる現実に向き合えずに苦しんでいることだろう。だが仕方ない。それはいつか必ず明かされる伏線で、知らずして『先』に進むことはできない。だからこれは必要な過程なのである。

 と伝えても、本人をさらに困惑させるだけ。

 カヲルの心境はどことなく穏やかだった。感情が薄いというわけではなく、この超然とした態度はいったいいつから身についたものか。

 目的地──カノンの部屋の前のドアでぴたりと足を止める。数度呼吸をし、ノックした。

 

「碇くん、僕だよ。入っていいかな?」

 

 返事はなかった。

 しかしごそごそと部屋から物音がしたのを聞き逃さなかった。

 一般的に、カヲル含めネルフから与えられている個室にロック機能はない。ごそごそが落ち着いたらしいことを確認してからスライドドアを開いた。

 カノンは確かにいた。布団で身体を完全に覆って小さく丸くなっている。ベッドの脇には少し赤い汚れがついたスカートが雑に脱ぎ捨てられている。

 地上に出たとは考えられないから……ジオフロントにいたのか。そう結論づけてカヲルはベッドに近づいた。

 あと一歩という距離になってもカノンは何も反応を示さなかった。カヲルは話を始めた。

 

「第13号機が完成した。予定通り、僕たちはエヴァに乗るだろう」

 

「……知ってる。お父さんに言われた」

 

「知っていたんだね」

 

「でも私乗らないから。エヴァ乗らない。何もしない」

 

 ぶっきらぼうに答えるその様子は、なにか嫌なことがあったのだとすぐにわかる。

 その原因も、きっと碇ゲンドウに会ったことに起因するだろう。

 

「どうして?」

 

「どうしても何も、私がエヴァに乗ったからこんな世界になったんでしょ?」

 

「間接的にはそうだね」

 

「じゃあ乗らないでしょ普通」

 

 早口にまくしたてるカノンの声には焦りと恐怖が入り混じっていた。変に刺激しないよう、カヲルは努めて冷静にコミュケーションを続ける。

 

「このままだと人類は緩やかに絶滅する。それを防ぐための第13号機なんだ」

 

「嫌だ! 私乗らないから! そんな理由なんかじゃ乗らないから! それにもうお父さんの命令を聞く必要もない! 私お父さんの子供じゃないし、人ですらないんでしょ⁉ 頭がおかしくなりそうだよッ! だって私のこれまでが全部意味なかったってことじゃん!!」

 

「碇ゲンドウからそう言われたのかい?」

 

「……冬月さんから」

 

「そうか」

 

「綾波さんを助けてなかった。私なりに必死の覚悟を決めて、その結果、何もできずにただ世界を滅ぼしただけ! それに私はクローンだった? なにそれ? テレビのドッキリって言ってくれないと本当に狂っちゃうよ?」

 

 ギリギリと一文字一文字を摺り潰して発する様子は、普段のあどけない佇まいとは真逆だ。こちらにまで奥歯を噛みしめる音が聞こえる。

 

「そんな言葉で君が救われるとは思わないな」

 

 カノンの身体が掛け布団越しでもよく分かるほど激しく震える。

 

「救いなんてないよ。そういう次元の話じゃないってことくらい、渚君でもわかるでしょ⁉」

 

 突然起き上がったカノンの顔はおよそ正気とは思えないほど憔悴しきっていた。目元を真っ赤に泣き腫らし、精神的にやられたのか、荒い呼吸を繰り返すせいで軽い過呼吸に陥っている。

 自身の制服のネクタイを乱暴に外し、襟首を広げて細い首筋を晒した。

 そこに巻かれている、というより接合されたとしか思えないほど継ぎ目の見えない黒いチョーカーは、ただのアクセサリーなどではなく、トリガーで装備者を確実に殺す首輪だ。

 

「エヴァに乗ったらこれで殺すってミサトさんにも脅されてるんだよ? だから何もできないし、もう何もしたくないの。本当に私を救いたいだったら──」

 

 そう言うと、カノンはカヲルの右手を掴み、ぐいと強引に自身の膨らみに触れさせた。その動きに少しの躊躇いはなかった。あまりに想定外の行動に、カヲルはその手を咄嗟に振り払うことができなかった。

 制服の上からでもわかるその膨らみの存在。下着越しではあるが、それでも感じる確かな弾力は生物学的に男として何も感じないわけではなかった。

 

「何も考えられないくらい、私をめちゃくちゃにして壊してよ。それもできないのなら、もう……殺して…………」

 

 消え入りそうな声でそう、懇願された。

 破滅の願い。ボロボロだ。何もしなくても消えそうな心。カノンの望み通りにするのもひとつの対応としてはもちろんある。

 だが、一時の感情のまま放ってしまった言葉の重さをカノン自身がわかっていない。まだまだ心が幼い、と悟りつつカヲルは優しく手を振り払った。

 

「それは……駄目だ。落ち着くんだ。そんなことをしても君自身がさらに傷つくだけ。僕も含めて。これは間違った行動だよ」

 

「じゃあ、どうしたら……!」

 

 頭をガジガジと掻きむしり、再び泣き始める。

 カノンがここまでの業を背負う必要は本来なかった。そもそもこの運命は受け継いだもの。だから、本人が本当に望むのであればすべてを放棄して逃げることをカヲルには止められない。

 だが、それでも。『碇カノン』として生きるこの少女の生き様を、中途半端なところでゲームセットにさせてはならないとカヲルは考える。

 乱れてしわしわになった制服。カノンの背中は見た目以上に小さい。軽く叩けば砕けてしまいそうなほど。そこに乗っているのは世界を終わらせたという謂われのない罪。

 救いなどという抽象的で現実性のない言葉は一時の安らぎにもならないかもしれない。

 

「だから一緒に第13号機に乗ろう。エヴァで変わってしまったことは、エヴァで再び変えてしまえばいいんだ」

 

「そんなこと言ったって、もう何も信じられないよ」

 

「でも、僕のことは信じてほしいな」

 

「……無理だよ」

 

「どうして? 短い間ではあったけど、互いを理解し合えたと思っているよ。君といて僕は楽しかった。君は違うのかい?」

 

「違うよ、楽しかったよ、すごく。でもそれとこれとは違う。だってこれは命に関わる話だよ?」

 

「そうだね。だから僕がいる。僕が必ず君を守る。だからどうか。どうか僕のことを信じてほしい。お願いだ」

 

 初めて聞く、芯のある低い声だった。

 カノンはカヲルの抱く印象とは大きくかけ離れた物言いに静かに驚く。カヲルもそれ以上言葉を紡ぐこともしなかった。

 涙に濡れた目元を四度ほど指で擦る。そして身体の向きを変えて、カヲルと正対した。

 何処か掴みどころがない雲のような雰囲気を纏っている普段とは全く異なり、今まで見たことのないほど真剣な眼差しで見られていることにようやく気づき、カノンは息が詰まった。

 

「……」

 

 これまでは誰かを救うためにすべてを捧げてきた。

 ありきたりな理由だが、他人からすると立派な理由。

 たまには守られるのも悪くない。違う。守られていたいという願望が強くある。だってこれまでこんなにも頑張ってきたのだから。それ相応のご褒美というか、そういったものがあるべきだと。

 自分は世界を滅ぼしたらしいからそんなことは口が裂けても言えないが。とはいえエヴァに乗る以上、何をするかはまだ知らないが、戦うという義務がカノンにも課せられる。その上で、カヲルはカノンを守ると言っている。

 

「本当に?」

 

「本当に。絶対だ。顔を上げてごらん」

 

 その意図は分からなかったが、カノンは言われるがままに首を差し出すような体勢をとった。するとカヲルが両手をそって首元に近づける。それを静かに目を閉じて受け入れる。

 そして、聞き慣れない電子音が鳴った。と同時に僅かに感じていた圧迫感が消えた。

 

「ぇ、あ、ぇ?」

 

 気づいた頃にはそれがカヲルの手にあり、流れるように自身の首に移し替えた。再び短い電子音が鳴り、それ──チョーカーに赤い線が走るのが見えた。

 カノンの困惑をよそに、カヲルは自らを殺すかもしれない首輪を人差し指で触れた。

 

「リリンの呪いとエヴァの覚醒リスクは僕が引き受ける。気にしなくていいよ。元々は僕を恐れたリリンが作ったものだからね。いずれはこうするつもりだったんだ」

 

 カノンには何を言っているのかよく分からなかったが、エヴァに搭乗した結果殺されるという最大の脅威が解決したことは間違いない。

 その事実が、荒んでいた心を多少なりとも落ち着かせることができた。落ち着かせることができた結果、ついさっきまでの言動を冷静にふり返る余裕が生まれた。ストレスに押し潰されて、周りが見えなくなって自己中心的な振る舞いをしていた自分の姿。

 勢いのままにあんな破滅的な誘惑なんてしてしまった。カヲルが自制心のある少年だったから良かったものの、あまりに無責任なことだった。

 ベッドから降り、裾がまだ少し赤いスカートを履く。床に投げ捨てていたS-DATも拾い上げ、再びベッドに腰掛ける。

 

「ちょっと落ち着いた。私、バカなことしてたね……本当にごめんなさい」

 

「仕方ないさ。状況が状況だ。しかも冬月副司令にそんなことまで言われたら、誰だって気をやられてしまうだろう」

 

「……」

 

「しかしどうやら君も冬月副司令も(・・・・・・・・)、少し勘違いをしているようだけどね」

 

 意味深に述べるカヲルはカヲルの隣に腰掛け、そのまま矢継ぎに続けた。

 

「いいかい碇君。君の希望はドグマの爆心地に残る二本の槍だけだ。それが補完計画発動のキーとなっている。僕らでその槍を手にすればいい。そうすればネルフもフォースインパクトを起こせなくなるし、第13号機とセットで使えば、世界の修復も可能だ」

 

 世界の修復という言葉に目に見えて反応を示したのは言うまでもない。

 

「よかった……渚君ならきっとできるよ」

 

「君となら、だよ。エヴァ第13号機はダブルエントリーシステムなんだ。二人でリリンの希望となろう。今の君に必要なことは何よりも希望。そして勇気と心の余裕だからね」

 

「すごいね。私のこと、なんでもわかってるみたい」

 

 カノンは照れくさそうに頬を赤らめた。

 

「いつも君のことしか考えてないからね」

 

「え? あ、ありがとう……」

 

 純粋に告白とも受けて取れるカミングアウトに、カノンの乙女心が揺さぶられる。だがカヲルの人柄を知っているカノンは、これは女殺しの常套句だと自身を言い聞かせて落ち着かせる。

 彼の顔をちらりと見ると、こちらの様子をうかがっていた。ここまでよくしてもらったのに、目を逸らすのは流石に失礼だと思ったから、勇気を出してこちらからも相手の顔を視界にしっかり捉える。

 

「ありがとう。渚君」

 

 へにゃっ、とした微笑みになっていたかもしれない。

 だがカヲルはそんなカノンの小さな笑顔を受けて満面の笑みで返した。

 

「カヲルって、呼んでほしいな」

 

「うん……カヲル君。私も、その、カノンでいいよ」

 

「ありがとう」

 

「私の方こそ、色々とありがとう」

 

 立ち上がったカヲルが手を差し伸べる。カノンよりもずっと大人びている彼の手はとても頼もしかった。

 

「ピアノと同じだ。二人一緒ならいいことがあるよ。カノン君」

 

「うん。頑張ろうね、カヲル君」

 

 自分と同じくらい色白な手を掴み、カノンは立ち上がった。

 引きこもりはもうやめて、エヴァに乗る。罪悪感を完全に拭い去ることはまだできないが、なんとか前向きな決意ができるようにはなった。

 世界を元に戻す。

 それこそが──それだけが唯一の希望。

 変わり果てた赤い地球を、青く美しい地球に戻すのだ。

 カノンは勇気を持ってひとり深く頷いた。カヲル君とならできると。

 

「……ちなみにカヲル君。さっきのその……あの……あれは忘れてくれると嬉しいんだけど」

 

「あれって? ……ああ、君が僕を誘ったことかい?」

 

 澄ました顔で言ってくるところ、これといって印象深い出来事ではないと思われているのだろうか。であるならばその方がカノンとしては助かる。

 まだそういうのに反応してもらえることで喜ぶほどの年齢でもない。

 

「わざわざ口にしなくていいからっ。死にたくなるほどの黒歴史なんだから、絶対にそのことを話すことも、思い出すのはダメだから。今すぐ全部忘れてよね」

 

「わかったよ」

 

 これがふたりの最後のフランクな会話になった。




だから、エヴァに乗ってすべてをやり直したい。
こんな私でも生きていていいと思いたいから。

それではまた次回!
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