それでも私は──   作:次作エヴァはきっと鬱エンド

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前回のあらすじ

次の一手で君の詰みだ。


ターニングポイント

 羞恥で消極的になっている場合ではない。

 プラグスーツに着替え終えて更衣室を出ると、すでに着替えたカヲル君が私をドア横で待ってくれていた。

 何気に彼のプラグスーツ姿を見るのは初めてである。私と同じ黒を基調としていて、デザインも似ている。第13号機はダブルエントリーだからそういったところでも調和性を意識しているのか。私と同じで、彼のスラリとした身体のラインが浮き上がっている。そもそも男子のプラグスーツ姿を見ることが初めてだった。

 まじまじと見ないように注意しつつ私は口を開いた。

 

「ごめん、お待たせ。行こうカヲル君」

 

「うん」

 

 私達の間にちょっとした世間話などといった会話は生まれなかった。

 これからやるのは、壊してしまった世界を修復するための大切な儀式。あのカヲル君であっても緊張しているのだろうか。私はそんな横顔を一瞥する。

 プラグスーツの硬い靴底が床を叩く音が静かに響く。

 ふたりで一体のエヴァを操縦するというのが初体験、いや、世界で初の試みになるだろう。テストなしの一発本番。しかしカヲル君とならきっとできると信じている。

 カヲル君に導かれて到着したのはよく見知ったケイジ──ではなかった。ターミナルドグマへの直通空洞。その真上。そこに新たなエヴァが両肩を上からのアームでホールドされた状態でぶら下がっていた。

 外見は初号機に酷似。異なるのは、瞳が四つであることと、胸部装甲にやや厚みがあるくらいだ。エントリープラグの挿入口はうなじではなく、その左右からクロスするように口がある。私たちの搭乗を今か今かと待っているかのよう。

 陰湿な真っ暗な巨大空間。地面にある奇妙な文様が放つマグマのような光だけが私達との地表距離を示す。文様の中心、非常に分厚いゲートのロックが解除され、アラート音とともにごうん、と重い音を響かせながらゆっくりと開かれる。

 底が見えない。赤色灯が一定の間隔ごとに配置されているのは確認できるが、本当に底が見えない。

 私たちは分かれてエントリープラグに乗り込み、ハッチが閉まると自動的にエヴァへの挿入が開始された。

 ああ。

 あの紋様は確か、セフィロトの樹というものだった気がする。男子はああいうのが好きそうだ。

 プラグの挿入が完了したという通知がされ、次にシンクロのフェーズに移る。見慣れた係数、用語の羅列がディスプレイ上を走り、成功の文字が表示される。そして虹やモノクロといった景色が前方から後方へと突き抜けた後──

 

「シンクロできたね」

 

 そう、右に現れたカヲル君に語りかけた。

 私たちのリンクが、互いのシートから伸びるオレンジ色の五線譜のような光で絡み合っている。

 

「当然だよ。──さあ、カノン君」

 

「うん」

 

 足元に開かれるは底なしの地下。

 向かうはずっとずっと下の、私のカルマ。

 槍を手に入れ、世界を救う。

 

「「エヴァンゲリオン第13号機、起動」」

 

 声に反応し、第13号機が甲高い音を鳴らし、目元に黄色の光が宿る。

 オートで動作確認が行われ、程なく完了する。私とカヲル君の動きは同期し、それが第13号機の動きとして出力される。適当に両手を握りしめると、それがしっかりと反映されていることを確認した。

 

「問題ないようだね。じゃあ行くよ」

 

「あのロープを使えばいいの?」

 

「流石に自由落下できる距離ではないからね」

 

 上からゆっくりと降りてくるロープ。一定の間隔で小さい足の置き場がくっついているだけだ。そしてすでに先客がいる。

 首のない黄色の機体。

 

「Mark.9……?」

 

「彼女は護衛さ」

 

「あ、そうなんだ」

 

 Mark.9と同じようにロープに足をかけ、降下を開始する。速度は軽いランニングくらい。

 自分を高所恐怖症ではないと思うが、こうも暗闇を見せつけられると不安になってしまうのは無理もないと思う。命綱だってないし。

 

「そういえば壱号機は来ないの? 護衛なら多いほうがいいんじゃないの?」

 

「僕たちが爆心地に向かっている間に本部を攻撃されたらどうしようもないからね。ヴィレの動きを警戒して待機だよ。それに、壱号機が表に出ることは基本ないんだ。だからMark.9さ」

 

 私たちが槍を手に入れた瞬間にすべてがハッピーエンドで終わるのだ。それならば護衛は壱号機も追加するかもしくはも待機にさせればいい。

 私は……。

 

「護衛なんていらないよ」

 

 どちらの機体も、あまり目に入れたくない。

 壱号機には私のオリジナルがいるし、Mark.9のパイロットは──

 

「綾波さんじゃないのに」

 

 空洞の雰囲気が変わる。

 赤色灯すらなくなり、本当に完全な暗闇に包まれる。現在位置は爆心地から約3000m地点。

 エヴァのヘッドライトが点灯し、深海のように暗かった空間に光が存在を放つ。筒状の空洞であることには変わらなかったが、壁との目視的な距離感を微妙に推し量ることができない。普通に考えるのならば地中、つまり外側はただの土のはずだが、そこには別の三次元空間が広がっていて、それを二次元平面として見ている感じ。

 それに凝視すると、赤い模様……というか、染みのようなものが不規則に散らばっているのがわかる。

 しかも、それはどう見ても──

 

「エヴァ?」

 

「ああ、全てインフィニティのなりそこない達だ。君は気にしなくていい」

 

「インフィニティ?」

 

 今は関係ないと言わんばかりにだんまりして下に視線を向けるカヲル君を見て、私も意識を移す。インフィニティと呼ばれたエヴァらしき群体は特に動いているようには見えなかった。

 未知の領域を過ぎると、今度はさらに開けた空洞へ出た。水平方向にライトを向けても奥行きを測ることができない。あるのはただ、真下にある不気味な黒い巨大なドーム。恐らく本当は球体で、現状ほんの一部しか表に出していない。

 極めて異様な気配を放っている。そして強い拒絶の圧をピリピリと肌に感じる。

 

「もうすぐリリスの結界だ。メインシャフトを完全に塞いでいて、この14年間誰の侵入も許していない」

 

「まるで大きな蓋みたいだね」

 

「大丈夫さ。これを突破するための第13号機だからね。二人ならできるよ」

 

 優しく落ち着かせてくれるカヲル君の言葉に、私は強く頷いた。

 

「うん」

 

 この瞬間のために私はリハビリをして、記憶を取り戻し、現実と向き合い、エヴァにもう一度乗る決意をした。

 ゆっくりと呼気を吐き出し、強張っていた顔の力を抜く。全身の感覚を研ぎ澄まし、意識を集中させ、雑念を取り払う。カヲル君と一体となり、この信号をこの封印にぶつけるのだ。

 エントリープラグ内、私とカヲル君のシートの裏側にあるサーバーのようなスライドクランク機構が駆動し、専用特殊装備をシートに接続させる。チカチカと機構が点滅し、エヴァの目がいっそう光り、高周波音がプラグ内に満ちる。

 

「テンポを合わせよう。ピアノの連弾を思い出して。──いくよ、カノン君」

 

 静かに目を閉じ、カヲル君とすべてが完全にリンクする瞬間を待つ。

 楽譜の五線譜に似た虹色の帯が私たちの前で球を描き、様々なパラメーターの付箋がその周囲を漂う。

 葉の先端から雫が垂れる瞬間を待つかのように、際限なく先鋭化される意識は呼吸をも停止させる。

 そして──

 

「っ」

 

 第13号機が感知した私たちの完全なリンクと、私たち自身が感覚的にそれを知覚した瞬間は全くの同一だった。

 右足の爪先がドームに触れた途端、高い金属音が響き、セントラルドグマの最終防壁が音とともに沈み込むように崩れ始める。それは自然的な崩壊ではなく、ドームは触れた部分を中心として無数の立方体に分解され、火花を散らしながらその存在を失っていく。

 

「やったね!」

 

 互いに喜びの顔を向ける。

 そのままMark.9と降下を続け、ようやく地面が見えた。

 

「着いたよ。セントラルドグマの最深部。サードインパクトの爆心地だ」

 

 そこは白一色。

 血色のL.C.Lが白骨化した無数の頭蓋で埋め尽くされ、不気味としか表現のしようがなかった。しかも、その頭蓋の大きさは人間のそれではない。巨人……おそらくエヴァと同じくらいの……。

 ネルフの航空機が一機だけ、翼以外のものが原型を留めていない状態で放置されている。

 一番目に映るのは、地面に倒れる赤い十字架の側で、助けを乞うように四つん這いになって右腕を空に伸ばす首無しの白い巨人。

 生命の母、リリスだ。

 

「これが、リリス?」

 

「だったものだ。その躯だよ」

 

「ミサトさん……命がけで守っていたのに」

 

 妙なものに気づく。

 ただの抉れた傷かと思ったが、よく見ると失った頸部から真っ白なエヴァの上半身が生えているではないか。しかも、自らの胸を槍で貫いている。いや、あれは──自分ごとリリスを貫いているのか。

 

「あれは……エヴァ?」

 

「そう。エヴァMark.6。自律型に改造され、リリンに利用された機体の成れの果てさ」

 

「…………」

 

 サードインパクトの瞬間、何があったのか。私には想像できない悲惨なことと、超非現実的なことが起こったことだけは予感できる。それくらいだ。

 ……ついに頭蓋の丘に足をつける。同時に骨を砕く音が響いたが、意識しないようにした。

 改めて軽い動作確認を行い、Mark.9も着地していることを確認してから、再びリリスを見上げる。エヴァの機体と比べても何倍も巨大な身体には、もう私の目には尊厳というものは存在していなかった。

 

「あそこに突き刺さっているのが目標物?」

 

 リリスと同化しているMark.6共々貫く槍と、リリスのうなじの少し下を貫く槍。その二本がきっとそうだ。

 

「そう、ロンギヌスとカシウス。二本の槍を持ち帰るには魂がふたつ必要なんだ。そのためのダブルエントリーシステムさ」

 

「それなら、私じゃなくても──」

 

 ちらりと視線だけを後ろでこれまで沈黙を貫いているMark.9に送る。

 

「いや、リリンの模造品ではムリだ。魂の場所が違うからね。さ、始めるよ」

 

「え? 模造品って……なら私もダメなんじゃ……?」

 

「大丈夫だよ。碇ゲンドウも君が条件をクリアしていることは知っている」

 

「それってどういう……?」

 

 どうも腑に落ちなくてさらに問いただそうとしたが、そんな場合ではないことは理解しているつもりだ。ここはぐっと抑え込んで、今やるべきことに気持ちを切り替える。

 なだらかな骨の丘を上る。

 一歩進む事に聞こえる破砕音は不快だ。はやく終わらせてしまいたいという感情がふつふつと込み上げてくる。

 

「──ちょっと待って、変だ」

 

 突然、カヲル君がエヴァの歩を止めた。

 この機体は私とカヲル君の意識の同調によって操作されている。どちらかがズレれば、操作に齟齬が生じてしまう。

 顎に手を当て、二本の槍を見上げながら何かを考えているようだった。

 

「どうしたのカヲル君?」

 

 と私は尋ねる。

 

「おかしい、二本とも形状が変化して揃っている」

 

 そう言われてもう一度観察する。

 槍の位置が高くて全体像を正確に把握しきれないが、確かに大きな違いは確認できない。

 

「早く槍を抜こうよ。そのためにエヴァに乗ってきたんだから……」

 

 しかしだからどうだというのだ。私達の目標はまさにあれで、あれがなければ世界を元に戻すことができない。私のやったことが帳消しにならない。

 必ずあの槍を手に入れなければならないのだ。

 なおも考え込むカヲル君を鼓舞しようとした瞬間、すぐ背後で激しい爆発が発生した。爆風が第13号機をよろめかせる。

 

「うわっ⁉」

 

 瞬時に警戒態勢に移行。この爆発はこのエリアに仕掛けられていた不発弾だった可能性? いや。いや、そんなはずはない。

 であるならば──

 エヴァ二機が急接近する警告が鳴り響く。だが即座に態勢を崩した第13号機を起き上がらせ、守りの姿勢を取る時間を与えてくれないことはわかる。

 凄まじい速度で落下してくる赤いエヴァ。第13号機の肩パーツからパージされた部位から四つのクラゲ型ユニットが射出され、奇襲をユニットが展開したA.Tフィールドで防ぐ。

 跡形もなく吹き飛ばされた頭蓋骨とL.C.Lが高く舞い上がる。そして巨大なオレンジ色の壁が重厚な衝撃音を響かせた。

 一拍遅れて態勢を立て直した私はA.Tフィールドを通して奇襲した相手をようやく視界に収めた。

 

「弐号機──アスカ……!」

 

 これ以上は薙刀の刃が通らないと判断したアスカは素早く後方に下がり、華麗に着地する。

 

『カノン⁉ あんたまさかエヴァに乗ってんの⁉』

 

 アスカの声には驚愕と非難の色が見えた。

 

「そうだよ。エヴァに乗って、世界を元通りにするの!」

 

『ガキは、エヴァに乗るな!』

 

 構えを取り、私に刃を振り下ろさんと骨の地面を高く蹴り上げる。私は即座にユニットを前方に展開して再び防御しようとする。

 だがその前にカバーに入ったMark.9の鎌が弐号機の背後から首を撫でようとする、その瞬間、上部からの何者かの狙撃によってMark.9が地面に叩きつけられた。

 Mark.9はしばらく狙撃者の対応に手間取られるだろう。

 

「っ」

 

 引き続き予定通りユニットによるA.Tフィールドの展開で防御する。眩い火花を散らして弐号機は仰け反るが、瞬時に態勢を立て直して突貫を続けてくる。そのどれもが、非常に機動力の高いユニットが高い反応速度で展開するA.Tフィールドに阻まれている。

 アスカの敵意は強く、ついこちらが弱気になってしまいそうだ。どうしてこんなことをしてくるのか理解できないが、だからといって反撃するのも憚られる。私にはアスカを攻撃する理由がないからだ。

 ただ私は、あそこにある槍が欲しいだけなのに。

 

「なんで邪魔するのアスカ⁉ あれは私たちの希望の槍なんだよ⁉」

 

『あんたこそ! 余計なこと! するんじゃないわよ! クソもやし! またサードインパクトを起こすつもり⁉』

 

「違う! 槍があれば全部やり直せる。これで世界が救える!」

 

 弐号機の猛攻が一旦止まり、だらんと肩の力を脱力させる。

 武装を解除するのかと思いきや、ため息を吐き、

 

『……まだまだガキね』

 

 と呆れ気味に言い放った。

 

「ッ!」

 

 私の気持ちも知らないくせに、よく言ったものだ。

 アスカはそういうところがある。そんなだから、今となっては昔だが、私にとってはしばらく前に家で大喧嘩したのだ。結局そのまま14年も経過してしまったらしいが。

 目が覚めて世界が変わり果てていて。

 何もわからないままここに拉致されて。現実を知って絶望しながらも、ようやく希望の光が見えたのだ。それに向かって頑張っているところなのに、なんで邪魔する!

 

「この……わからず屋!」

 

 アスカを黙らせる。

 怪我はさせない。弐号機を戦闘不能にさせるだけでいい。ユニットを守勢から攻勢に切り替える。

 弐号機の周りに纏わりつき、すばしっこく飛び回る。コンマ一秒でも視界から逃すと、その隙に背後を取ってA.Tフィールドによる攻撃を許す。

 エヴァの操縦スキルは明らかに当時より卓越しているが、蝶のように舞い蜂のように刺す攻撃をすべて捌き切ることはできず、あっという間に弐号機を吹き飛ばす。

 その間に先程から頑なに動かないパートナーに檄を飛ばす。

 

「カヲル君も手伝ってよ!」

 

 横目で彼を見ると、考えるポーズのまま石像のように固まっている。

 

「……カシウスとロンギヌス、対の槍が必要なんだ。なのにここには同じ槍が二本あるだけ」

 

 思い通りにいかない。焦燥感がピークに達する。

 Mark.9は相手の二体目のエヴァとの戦闘で合流できない。

 

「カヲル君!」

 

「そうか……! そういう事か、リリン!」

 

 ユニットの猛攻をついに突破したアスカが、野太い雄叫びを上げながら私に肉迫する。

 刃の軌跡は推測できる。私だって伊達に戦闘経験を積んでいない。これならばA.Tフィールドを展開せずとも余裕をもって回避できる。

 大振りな振り下ろしを後方へ跳躍することで回避。直後、ディレイを挟んでユニットと連携して私が直接弐号機に攻撃しようと両足の踵に力を入れた瞬間。

 運悪く足場の骨が崩れ、片足が沈み込んで重心がズレてしまい、アスカに致命的な隙を晒してしまう。

 

「!」

 

 それを見逃してくれるはずもなかった。

 一瞬で薙刀を持ち直し、アスカが爆発的な速度で私との距離を詰めてくる。

 

「まず、いッ!」

 

 脊髄反射でユニットを私とアスカの間に移動させる。A.Tフィールドを張る余裕もない。

 物理で凌ぐ!

 第13号機の胸元に吸い込まれるはずだった切っ先は、複数のユニットを貫いて爆風を起こすのみに終わる。

 想定外の爆風の強さ。怯む私に追撃が来る!

 煙から上空へ飛び出す赤い影。薙刀を変形させた双剣を両手に持ち、今度こそ刈り取らんと落下してくる。

 少し前まではこちらが優勢だったはずが、あっという間に形成が逆転して翻弄される側になっている。

 アスカの双剣を、伸ばした両手で受け止める。掌に刃が少し沈む。そこにさらに弐号機の自重が加わり、重い……! そして痛い!

 重心を意識して下半身をしっかりと地面に立たせ、上半身にひねりを加えて弐号機を投げる。それしかない。間違いなくアスカも根性で抵抗してくるだろうが、ここは勝負だ。単純な力では負けるが、重心の安定している私の方が有利。

 

「邪魔しないで!」

 

『大人しくやられろ、クソもやしぃぃッッ!!』

 

 勢い負けしたら一気に押し込まれる。

 だからこちらも負けじと吼える。刃が更に食い込む。

 だが、急にバッテリーが切れたかのように完全に脱力した弐号機の隙を逃すほど私も素人ではない。

 本来の私の力より何倍も出力する第13号機は弐号機を遠方へと投げることに成功した。激しく骨の残骸を巻き上げながらボロ雑巾のように倒れる弐号機。まだバッテリーが完全に切れたわけではなさそうだが、動きは非常にぎこちなく、これ以上の戦闘は不可能と判断していいだろう。

 おそらくペアで来ただろうエヴァの支援で携帯型バッテリーが投下され、それににじり寄るのを見届けると私は背中を向けた。

 

「カヲル君、今のうちに槍を」

 

 なんとか障害を取り除くことができた。ようやく目的を果たすことができる。リリスとの距離は近い。すぐにでも足元に到着する。

 

「……やめようカノン君。嫌な予感がする」

 

「え?」

 

 カヲル君の顔色は見るからに良くなさそうだ。

 どちらかと言うと辛そう。明らかに異常であることはひと目で分かる。だがここで止まるわけにはいかない。

 ここまで来たのだ。あともう少し。あともう少しで終わる。

 だからここは多少無理をしてでも頑張るところではないのか。

 

「だめだよカヲル君! 何のためにここまで来たの!」

 

「もういいんだ。あれは僕らの槍じゃない」

 

「僕らの槍じゃないって……槍が必要だって君が言ったんだ。だから私はエヴァに乗ったんだよ!」

 

 私の部屋であれだけのことを言って、私を奮い立たせてくれたのだ。それに応えたいというこの強い想いをどうすればいい⁉

 誰もが私の邪魔をしてくる。アスカも、そしてカヲル君でさえも。

 もういい。もういい。ひとりでやる。私は槍を抜くと決めた。そのためにここにいる。

 リリスの足元に辿り着いた第13号機がよじ登り始める。

 カヲル君は口だけだ。私に協力してくれないのならもういらない。

 ガコン、とシートの脇にあるレバーを操作してシングルオペレーションに切り替える。

 第13号機はもう、私のもの。

 

「操作系が……!」

 

 カヲル君の悲痛の声は耳に入らない。

 私の視界にあるのは赤い二本の槍、ただそれだけ。リリスのうなじに到達し、Mark.6の身体に登り、ついに槍が手に届く位置に。

 希望が、ここにある。

 

「カヲル君のために、みんなのために槍を手に入れる。そうすれば世界は戻る! そうすればミサトさんだって──!」

 

 元に戻った世界で、またみんなと楽しく過ごしたい。ミサトさんやアスカ、綾波さんとクラスメイトのみんなとおしゃべりがしたい。

 やりたくてもまだやれてないこと、たくさんある。

 また学校生活がしてみたい。青春だって醍醐味じゃないか。それだってしてみたい。いっぱいいっぱいしたいことがあるのだ。目の前の槍を抜く、たったそれだけでその願いが叶う!

 だから、抜く──!

 

『ヤバい、コネメガネ! 妨害物は片付いてる!AA弾の使用を許可! 壱号機はもう侵入に気づいてるはず!』

 

 リリスの背に立つ。

 それとほぼ同時に肩辺りに何かが二発ほど撃ち込まれる。痛みはあるが全くの許容範囲内。弾は馴染むように体内に取り込んでいった。

 そう、この機体にはA.Tフィールドがない。そのためにあのユニットたちを装備していた。

 もう私を邪魔するものは何もない。探知によれば、壱号機も落下(・・)してきているからあと数十秒もすればここに到着する。

 第13号機の両胸が赤く輝く。

 甲高い高周波が最高潮になった瞬間、胸部装甲が分離して新たな二本の腕へと変形した。

 ──異型。人ならざる姿。御身。

 四つ腕を広げ、世界再編の儀式の開始を告げる。

 漫画のような、独りよがりな世界を望むのではない。みんなが望む、普通で、良い意味でも悪い意味でもすべての人間に平等な、以前と同じ世界に戻す。そこに私の余計な意志は介在しない。

 

「だめだカノン君……!!」

 

 創造主や女神になりたいのではない。世界を救いたいわけでもない。世界を破壊した罪の贖罪として、これは私が行わなければならない義務である。

 カヲル君とも元に戻った世界で過ごしたい。だからそんな顔をしないでほしい。

 そして。

 ついに槍をこの手に掴──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『カノン、お願いやめて!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉に、私の手が止まる。ただ言われただけならきっと無視していた。だが手を止めざるを得なかった。

 なぜならそのあまりに切実な声を聞くのが初めてで、あまりに信じられなくて、つい息が詰まるほどだったからだ。

 ゆっくりと後ろを振り返り、声のした方向を見下ろす。

 

「……アスカ」

 

『やめて、カノン……それを抜いたらあんたは絶対に後悔するわ。あんたは碇ゲンドウに操られてるだけよ』

 

 やめてほしい。

 今になって、この瞬間になって情に訴えかけるような言い方は一番私に効く。わかっててやっているようにしか思えない。

 

「────っ、──────……」

 

『その槍はあんたが思ってるようなものじゃない。むしろ逆。あんた、また世界を終わらせたいの⁉』

 

「アスカは黙ってて!」

 

 うるさい、うるさいうるさい!

 目標が文字通り手の届く場所にあるのに惑わすようなことを言わないで!

 もう一度黙らせようか。今ならまともに動けない弐号機の脚を折るくらいできる。

 

『誰が槍のこと教えたの! 碇ゲンドウでしょ!』

 

「違う、カヲル君だよ!」

 

 苛立ちを隠すことなく、アスカに当たるように声を荒げる。

 

「、あ」

 

 そういえば。

 ……その本人はさっきからずっと私にやめようと何度も言っていた。

 カヲル君を見やる。彼は私が一旦思いとどまったことに安堵の息を吐いている。白い顔をより一層白くさせている。

 さっきまではほとんど相手にしなかったが、今度はきちんと話を聞いてみることにした。

 念を押すように尋ねる。

 

「この槍は本当に抜いたらだめなの?」

 

「……抜かないほうがいい。槍の状態が事前情報と違う。一度帰還するべきだ」

 

「私、カヲル君を信じたらからここまで来たんだよ? なのにやっぱりやめようなんて言い出して、今の私の気持ちがわかる?」

 

 自然と感情が乗ってしまう。

 

「本当にすまないと思っている。誹りはあとでいくらでも受ける。だから今は、今はどうか槍に触れないでほしい」

 

「……ッ! ……────」

 

 裏切られたのに、また信じてしまおうとしている自分がいる。

 だって私はどこまでも冷たいヒトではないから。カヲル君が私に悪意を抜けてきたことなんて一度たりともないから。私達の信頼関係に大きな亀裂は入ったが、壊れはしないほど強固。

 私は冷静。いたって冷静。冷静に考えた結果、この槍を抜くべきという結論は覆らない。

 だがこのもやもやは──胸に泥が詰まったようなこの息苦しさは何だ。ふたりの魂の訴えを退けてでも強引に槍を抜いても私の心は救われるのか?

 ふたりとも悪人なんかじゃないことは知っている。これではまるで今の私が

 

「悪人じゃない……」

 

 目の前のくすんだ希望。

 ゆっくりとMark.6の身体から降り、リリスの背中でがくりと膝を折る。

 世界を元に戻す手段を直前で断念させられる絶望。あまりにも悔しすぎて、また泣いてしまう。

 これから私はどうしたらいい? どうしたら償えるはずのないこの罪を向き合っていけばいい?

 

「……っ、ううっ、うっ……」

 

『カノン……』

 

 ここまで懇願されたら、やめる以外の選択肢がないじゃないか。ふたりともずるい。私の性格につけ込んでいるみたいだ。卑怯だ。

 

「っ……わかっ、た。槍は……抜かないよ……うう……」

 

 これが私の選んだ結末。

 後悔しかない。ただ、ふたりの制止を無視できるほど覚悟が決まっていなかっただけ。

 

 ──そして。壱号機が来る。




その妄執は希望とは言わない。
縋るものを失った哀れなヒトに、せめてささやかな祈りと呪いを――。

それではまた次回!
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