それでも私は──   作:次作エヴァはきっと鬱エンド

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前回のあらすじ

これで君の罪だ


絶対レイ度

 落下音が段々と大きくなる。

 壱号機は私たちがセントラルドグマに潜っている間、ヴィレからネルフ本部を強襲されないよう残されていた。

 ネルフのエヴァに潜入されている今、もう待機する必要がなくなった。

 補足時から気づいてはいたが、壱号機は自由落下している。いくらエヴァの機体といえど、この超長距離降下を何の装備もなしに耐えられるとは思えない。

 流星の如くドームに侵入した壱号機は、自身と地面との間に何重ものA.Tフィールドを展開する。

 それに接触するとA.Tフィールドがゴムのように伸びて落下速度を吸収し始める。一枚が耐えられず破れても、次の一枚、また次の一枚と勢いを受け止め続ける。

 そうして大爆発のような衝撃をドーム全域に轟かせながら壱号機は着陸に成功させた。

 

『……なんてやつ』

 

 アスカの悪態。その言葉通り、あんなA.Tフィールドの使い方なんて私も見たことがない。

 初号機に瓜二つで、私のオリジナルが保管されている機体。戦闘力は未知数。少なくとも私の味方……のはずだ。

 壱号機の蒼い眼光は、ドーム上部の崩れきってない亀裂、アスカ、そして私を順に見た。

 纏う雰囲気に戦う意思はあまり感じられない。オリジナルである碇レイの意思によって操縦されているのか定かではないが、今更ここに何をしに……いや、考えられるのはひとつ。ヴィレのエヴァの排除だ。

 ここで潰すことができればヴィレにとって取り返しのつかない致命的な大打撃になる。そう考えるとタイミング的には完璧だ。弐号機はまだ万全ではない。

 しかしながらそれを何もせずに見ているだけという選択肢は私にはない。

 だが、とてもその選択に従って動けるような精神的状態ではない。

 

「カノン君、操作系を戻してくれないかい?」

 

「そう、だね……うん」

 

 鼻をすすり、シングルオペレーションからダブルオペレーションに戻そうと手を動かし始める。

 ふたりで操作できるようになれば、最悪壱号機との戦闘をカヲル君に任せることもできる。

 しかし壱号機は私の予想に反し、弐号機を完全に無視してリリスの方向──私の方へと向かってくるではないか。

 

「こっちに来る……?」

 

 次の瞬間戦闘になってしまうかもしれない。その最悪の想定に身体が強張り、操作系を戻そうとしていた手は自然と操縦桿を握り直し、身体に染み付いた無意識が戦闘モードに切り替わる。

 

「今の壱号機は何をするか僕にもわからない。反応できるようにだけはしておくんだ」

 

 リリスの踵から、背中、うなじとたった二回の軽やかな跳躍で私の前に立つ。

 やはり何も意思は感じない。至近距離すぎるため、数歩下がって様子を窺う。リリスに刺さったままの槍を見て、私を見る。

 

 ……なぜ抜かない?

 

 という無言の圧を全身の肌で感じ取った。瞬間、私は壱号機の行動を悟った。

 

「アスカ!!」

 

 そして、

 

『コネメガネ!』

 

『承知の助!』

 

 先程壱号機が一瞥したドーム上部の亀裂が煌めき、ズドン、と狙撃音が鳴った。

 私が槍を抜こうとした瞬間に撃ち込んできたのがあのピンク色のエヴァだったのか。

 A.Tフィールドで難なく弾丸を防いだ壱号機は再び跳躍してMark.6の頭部に上った。

 

「……壱号機に魂はひとつしかない。抜いたとしても最悪の事態はまず発生しない。ということは、壱号機の役目は僕たちが失敗した場合の次の一手? ……槍の回収か?」

 

 カヲル君が分析している間に、バッテリーのチャージを済ませたらしい弐号機が壱号機に飛びつき一緒にリリスの身体から落下する。

 

「いや、腑に落ちない。それなら今壱号機を寄越す必要はないはずだ。何かを見落としている気がする。碇ゲンドウと冬月コウゾウは何を考える?」

 

 壱号機はネルフのエヴァ。

 なら味方だ。であれば本当にアスカと一緒に戦闘をしてもいいのか? という葛藤が生まれる。

 壱号機が槍を抜くつもりだと悟った瞬間、咄嗟にアスカの名前を叫んでしまった。敵対行動と思われてもおかしくない。

 今どうするべきなのか。まわらない頭を必死に動かして最適でなくとも最善を導き出す。

 

「私たちは壱号機の味方。だから攻撃はしない。でも弐号機が破壊されないようにはする」

 

 カヲル君の言う通り、壱号機が槍を抜いたところで儀式は始まらない。なら別に見逃してもいいと考えた。

 カヲル君に問う余裕はない。すでにアスカと壱号機との戦闘が今にも始まろうとしている。

 リリスの背から降り、互いに距離を取って隙を窺う両者に接近する。私の気配を感じたのか、壱号機がこちらを振り向いた。それが合図となり、弐号機が目にも止まらぬ速さで肉迫する。

 

 

 

 

 

 

 

 邪 魔 を す る な

 

 

 

 

 

 

 

 私に向けられた無音の重圧。

 肌が波打ち、全身の骨が軋み、内臓が圧迫された。

 

「──────、ォ゛、ぶ、ぃ」

 

 視界が……いや、生命活動が数秒ほどシャットアウトさせられたかと錯覚する、初めての感覚だった。

 いつの間にか第13号機は倒れていた。催した吐き気に耐えられず、カヲル君の見ている横で胃の中身を倒れたまま吐き出してしまう。

 今のは……なん、だ。

 

「カノン君⁉ どうしたんだい⁉」

 

 怪我はない。大した肉体的なダメージを受けた様子はない。精神的ダメージとも違うような。起き上がることはすぐにできる。

 カヲル君は生命の危機を刺激する今の圧を感じなかったのか?

 口元を拭い、目の前で浮遊するL.C.Lに溶けた吐瀉物を手で払った。

 

「何か……やられた。痛くはないけどすごくキツイ」

 

 これを何度もやられたら死ぬかもしれない。

 壱号機の隙をついたはずの弐号機はいつの間にか頭を鷲掴みにされている。

 地面を蹴り飛ばし、一気に壱号機の元へ翔ぶ。どうせ私の動きも読まれているだろう。変に突撃するのではなく、目の前で止まり、攻撃するでもなく、あえて普通に接するように壱号機の腕を掴んだ。

 

「アスカを放して」

 

 頭がこちらを向く。

 先程の言霊のような干渉はしてこない。しかし、弐号機を掴む手にさらに力が入り、アスカの苦痛の呻き声を聞いた瞬間、行動した。

 腕をつかんでいた手と反対の手を壱号機の首元へ添える。そして右足で思い切り両足首を刈り取るくらいの気持ちで蹴り上げた。

 私の両手がそれぞれ支点となり、足元を掬われてバランスを失った壱号機が倒れる。同時に弐号機も解放される。

 壱号機はすぐに飛び跳ねて私たちと距離を取り、上部からの援護射撃を器用に躱しながら再び槍の元へ移動する。

 ここで私は、本当に抜かせていいのかという葛藤がまたしても発生した。

 アスカたちは槍に対して行われようとする全てを防ごうとしている。私はネルフ側の人間。ヴィレが嫌で抜け出したのだ。そのヴィレ側であるアスカに全面的に協力というわけにもいかない。

 今の槍が想定通りの状態でないのなら、きちんと問題ないことを確認をしたうえで改めて手にすればいい。またここに降りてくる面倒を除くために一度持ち帰るという選択も理にかなっている。

 私は槍で世界を救うことを諦めていない。今やることを苦渋の選択で諦めただけだ。

 

「アスカには悪いけど、協力するつもりはないよ。今のはアスカが傷つくのが嫌だったから止めさせただけ」

 

『ネルフに槍が渡ったら終わりなのよ! アンタまだそんな生温いこと言ってんの⁉』

 

 バッテリーの充電が不十分だったのか、再びガクリと項垂れてダウンする弐号機。

 

『クソッ!』

 

 私はそんなアスカを尻目に壱号機の後を追う。

 すでに壱号機は二本の槍に触れ、抜く寸前だった。ハニカム構造の眼がいっそう碧く輝き、顎の拘束具を破壊して口を開く。

 そして轟く超咆哮。

 カタカタと地面に散らばる無数の頭蓋が震えて互いに接触する音が不気味だった。

 第13号機とは違って腕が二本しかないはずの壱号機の膂力は並大抵のものではなく、両足首を白化したMark.6の身体に沈み込ませている。

 その間にも撃ち込まれてくる弾丸もA.Tフィールドで拒絶し、ついに勢いよく槍が抜かれた。

 その瞬間を見上げていた私は、もし壱号機が覚醒状態になった場合は手のひらを返して壱号機を速攻で撃破するつもりだった。

 しかし次に発生したのは、リリスの躯があからさまに膨れ上がり始めたことだ。みるみる極限まで肥大化するリリスは、風船のように一気に破裂し、セントラルドグマ全体を浸水させるほどのL.C.Lを噴き出す。

 

「うわっ⁉」

 

 唐突に足場がなくなって落下するが、なんとか咄嗟に受け身を取ることはできた。

 壱号機は槍を握りしめたまま、不思議な力でその場に浮遊している。そして壱号機の視線の先には、先程までは絶対にいなかった第三者が存在した。

 その第三者は浮遊していた。

 しかし横たえるような形で、しかも節々を不自然に痙攣させている。明らかに異常だ。さらに、あれはどう見てもエヴァである。そのシルエットはおそらくリリスに同化していた機体、Mark.6と一致する。

 何が起こっている? たくさんのことが一気に起こっているせいで状況の整理ができない。

 視界の端で新しいディスプレイが表示される。警告音とともに表示されたその文字列は、

 

「パターン青⁉ 第12の使徒⁉」

 

 意味がわからない!

 あれはエヴァだ! エヴァが使徒なわけが──いや、3号機の例があった。だからといって、今、この場で使徒が活動を再開すればどうなる⁉ そもそもリリスと同化していたのにどうして一緒に消えずに分離した⁉

 ……サードインパクトの弾丸はこいつか⁉

 しかしリリスが破裂した今、姿を見せる理由はもう──

 

「カヲル君、これって本当にこのままで大丈夫なの⁉」

 

「止めよう! 壱号機は何かをしようとしている! きっと良くないことだ!」

 

 壱号機は緩やかに降下し、L.C.Lの水面に立つ。それ以上のアクションは見受けられない。

 私は一刻も早くカヲル君にも操縦権を復活させるべきとは思いつつもバシャバシャと浅い池を蹴り進めながら接近した。

 混乱が混乱を呼び、カオスな状況になっている。

 私はもう、槍で世界を救うことすらこの時はすっかり頭になかった。

 

「こんなことをして何がしたいの⁉」

 

 答えはない。

 足を動かさずに私の方へ滑らかに平行移動してきた壱号機が私を見下ろす。攻撃の予兆は見られない。

 一方的なものではあったが、何度か私に意志を垣間見せてはいる。だからコミュニケーションは取れるはずなのだ。

 碇カノンは碇レイのクローンであり、自身のクローンが目の前にいるというのが不快なのだろうか。

 無言の時間がしばらく続くかと思われたが、そんなことはなかった。壱号機の両腕に微妙に力が入ったのを見て、私は身構えた。

 そして次に壱号機が行ったのは、あまりに予想外で、驚くほど自然な動きだった。

 両腕を軽く振り、なんと持っていた二本の槍をこちらに投げてきたのだ。

 攻撃の意図なんてない……そう、まるで床に落とした消しゴムを投げ渡してくれる友達のような。穂先がこちらに向いているわけでもない、何なら受け取りやすいように投げられている。

 だからこそ、私も呆気にとられ、

 

「えっあっ」

 

 深い考えを介在させることもできず、脊髄反射で自然と両手を差し出し。

 どちらの槍もしっかりと収まってしまった。

 

「 あ 、 」

 

 直後にまた「あ」と音を発しようとしたが、すでに何もかもが手遅れだった。

 カヲル君の嫌な予感が外れて、正しく儀式が始まるのではと逃げの思考が脳裏をよぎったが、第13号機の制御が一切効かなくなったのを瞬時に理解し、違うとわかった。

 槍の穂先が急に姿を変え、螺旋状から二又へとなる。

 

「ぁ、?」

 

 いつの間にか表舞台に戻ってきたMark.9が、電子音のような鈍い咆哮を上げ始めて再起動しようとしていた第12の使徒の首を鎌で刈り取る。

 人が乗っていればそれで終わりだが、使徒はコアを破壊されない限り死なない。 それを指摘する気力なんて存在せず、また途端に切断面から黒い繊維状の物質が触手のように飛び出し、宙を彷徨い始めたかと思いきやこちらに急接近してきた。

 

「ひっ!」

 

 思わず私は両腕で顔を覆ったが、機体にダメージは発生しなかった。それどころか第13号機を包むようにそれらは集結し、急速に黒から赤へ色を変え、どぷん、と粘性のある液体に機体が沈んだ。

 重みがあり、ねっとりとしている。

 平衡感覚が失われ、何が起こっているのか、これから何が起こるのか何も分からなくなってパニックに陥る。乱暴に操縦桿を前後させるが何も反応がない。

 私が今半狂乱になって叫んでいるのかわからない。叫べているかわからない。

 ガチャガチャとレバーを操作してカヲル君に操作権を復活させようとしても何も変わらない。

 

「まさか第1使徒の僕が、存在しないはずの13番目の使徒に落とされるとは……」

 

 頭を抱え、ぽつりと呟いたカヲル君を見やる。

 

「カヲル君、これどうなってるの⁉」

 

「始まりと終わりは同じというわけか……さすがリリンの王だ」

 

 意味深な発言ではあったが、そんなことに態々言及する精神的余裕など一片たりともない。

 それだけではなく、さらに新しいパターン青の検出が表示された。場所はエントリープラグ内、カヲル君の首元。

 

「どういうこと? 何が起こってるの⁉」

 

 第13号機を覆う赤はゆっくりと陰影がはっきりし、それは人の顔だと判別できるようになった。

 その顔は眼球の無い眼窩を剥き出しにした、正気の失せた虚ろな私であり、綾波レイであり、そして碇レイだった。

 

「ああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 発狂。

 目に映る光景を見ることに耐えられず、両手で目元を覆う。そのまま指で目を潰しかねないほどに。

 私の悲鳴を皮切りに、第12使徒だったものが膝を抱いた赤い胎児に変化したかと思いきや突然縮小し、四つ目になった第13号機の前で一口サイズの赤い球体──コアになった。

 それを第13号機が勝手に噛み砕く。その瞬間、セントラルドグマに眩い光が散乱し、機体が神々しいほど真っ白に輝いた。

 この感覚を私はよく知っている。

 自身の魂の位が格上げされ、全能感に満たされるこれ。綾波さんを助ける時に至ったものと似ている。

 ということは。

 これは──

 

「え、待って……ち、違う……私は……」

 

 両手を退け、再び視界を取り戻した私は喉がぎゅうう、と締め付けられる想いで吐露した。

 第13号機の背中から巨大な角を生やし、さらに二重の光輪まで出現させた。

 明らかに私のときとはわけが違う、もっと上位の覚醒だ。

 

「待って……ねえ、待って……」

 

 完全に私の制御から独立した第13号機が降りてきた昇降路を粉々に粉砕しながら一気に飛び上がる。ほんの数秒ほどで青々とした空が広がり、赤い大地が遥か向こうまで続いている。

 私のすぐ隣にはMark.9が着いてきている。

 こんな上空まで来て何をするかなんて、私でもわかってしまった。

 頭上から同心円状に、とてつもないスピードで赤い波紋が広がっていく。それは前回とは比較にならないほど超大規模で、地球全体を覆ってしまうのではないかと思ってしまうほどだった。

 目の焦点が合わない。これから行われるであろう、私の理想とは真逆の儀式を特等席で見せられる現実から逃げ出したくてたまらない。

 心臓が干からびて生きた心地がしない。

 大地に巨大な地響きと同時にひびが走る。次の瞬間には世界の終わりのように大地が割れ、死んだ大地が跡形もなく崩壊する。割れた底から地表に姿を表したのは、超巨大なUFOのような、正体不明の赤黒いオブジェクト。

 瓦礫や住宅街などが異常重力によって巻き上げられ始める。

 金属を引きちぎるような不快音と共に、頭上の波紋が不気味に回転を始める。

 

「私が槍に触ってしまっから、なの……?

 これって──」

 

「──フォースインパクト。その始まりの儀式さ」

 

 なんとなくはわかっていたが、いざ言われるとどうしようもなく苦しくて、辛くて、また泣き出してしまった。

 

「こんなことがっ、したかったわけじゃないのに……!」

 

「わかってるよ。碇ゲンドウの計画に踊らされた僕が悪かったんだ」

 

「違うっ! カヲル君は何も悪くない……悪いのは全部……!」

 

 槍を抜くことをやめようと提案された時に駄々をこねずに速やかに従っていれば。

 壱号機がやってくる前にはやくカヲル君に操作権を戻していれば。

 壱号機のあんな露骨な罠に引っかかるほど私が馬鹿じゃなければ。

 こんなことにはならなかった。私が後戻りできたはずの起点を全部無駄にして、アスカの想いも切り捨てた結果、こうだ。私の独りよがりな思い込みと適当な希望的観測。

 地中から引き上げられた超巨大物体のえらのような部分が駆動し、無数の赤い人型の巨人が放り出され、瓦礫とともに空を漂う。

 この世ならざる光景。不穏に満ちた空間。

 カヲル君が装着しているDSSチョーカーに反応が起こり、首を囲うようにいくつもの小さな立体物が出現した。以前ヴィレで受けた説明を克明に思い出す。

 

「カヲル君、首輪が!」

 

 あれを今すぐに止めなければならない。

 咄嗟にカヲル君に触れようと手を伸ばすが、見えない壁によって阻まれる。力いっぱい叩いても私の力ではびくともしない。

 突然、横殴りの衝撃が襲い掛かり、全身を激しく揺さぶられた。

 すぐに態勢を立て直してその正体を見ると、第13号機に突撃してきたヴンダーだった。

 

「ミサトさん……⁉」

 

 ヴンダーの発するA.Tフィールドによって船首に拘束され、身動きが取れない。

 そして、四門の主砲が赤く輝いて砲弾が前方に放たれた。すぐさま別のA.Tフィールドが展開され、それに砲弾を跳ね返らせることで第13号機に命中させた。

 

「っ!」

 

 痛くはあるが、もうフォースインパクトを止めるためなら何にでも縋りたい気持ちだった。

 しかしそれが叶うことはなく、突如ヴンダーの主砲が爆発し、墜落する。拘束から解放された第13号機は予定爆心地に戻る。

 

「何が⁉」

 

 周囲を見回し、その人物に向かって叫ぶ。

 

「綾波さん、何してるの⁉」

 

 存在しない頭部から何度も執拗に光線を放つMark.9──綾波さんは何も答えない。

 二度、三度とさらに光線を放つと、遠ざかっていくヴンダーを追いかけて船体に接触した。そこからは翼に隠れてしまい、こちらからは見えなくなってしまった。そこにようやく地下から這い出たアスカが追い始める。

 多くの人間が数多の思惑で動いている。

 私もその一人に過ぎないが、結果としてお父さんに操作された、思惑のトリガーだった。

 そして用済みとばかりに混沌と化して戦場となったネルフ本部上空で一切の手を出させてもらえず、こうしてプラグ内に閉じ込められている。

 プラグを強制射出させようとしたが、何も起こらない。

 ヴンダーと綾波さんのことも気になるが、今はカヲル君のDSSチョーカーを何とかしなければならない。でもその手段が思い浮かばない。

 

「カヲル君、あの時みたいに外せないの⁉」

 

「やろうとした瞬間に僕は死ぬだろうね」

 

「っ!」

 

「何か……、何か方法が……!」

 

 私からカヲル君へ直接的に何かすることはできない。

 DSSチョーカーの本来の目的は、私が再び覚醒状態になった場合に私の息の根を止める事でインパクトの物理的な阻止だったはず。ならば覚醒状態が解除されればいい。

 発動されようとしているフォースインパクトは二本の槍、ふたつの魂が条件である。であれば、魂が欠ければいい。

 なりふり構っている場合などではなかった。落ち着いて考える心の余裕もない。

 私は震える手を見下ろし……ゆっくりと自身の首に触れた。

 

「──止めるんだカノン君。そんなことをしても誰も幸せにならない」

 

「だ、大丈夫だよ……。私なんていない方が皆幸せになれるから……」

 

 世界を一度壊して、それに飽き足らずまた壊そうとしている。そんな人間もどきが生きていていいわけがない。

 私はきっとお人好しだから、また誰かに説得されてエヴァに乗って、また取り返し問題を起こすだろう。

 そんなのは私が嫌だ。もう絶対にエヴァに乗らなくていいように、根絶すればいい。

 カヲル君の首を囲う立方体の角が明らかに伸びている。もういつ発射されるかわからない。それまでに一刻も早く死ななければならない。

 

「……それに、僕は自分を殺そうとする君を見たくない」

 

「────、でもッ!」

 

「いいんだ」

 

 あと数刻の命だというのに、私以上に穏やかな表情でカヲル君は言った。

 

「君は悪くない。僕が第13の使徒になってしまったからね。僕がトリガーだ」

 

「そんな下手な嘘つかないでよ……私、一回ちゃんと諦めたのに。こんなことになって、もうどうしたら……」

 

 槍を手にすることでフォースインパクトが発動することを知っていたら、私は絶対にセントラルドグマへの降下をやめていた。

 それにアスカとカヲル君に説得されてちゃんと諦めた。なのに、壱号機に全部ぐちゃぐちゃにされた。

 

「魂が消えても、願いと呪いはこの世界に残る。意志は情報として世界を伝い、変えていく。いつか自分自身の事も書き換えていくんだ」

 

 心が耐えられない。

 さっきもカヲル君が止めなかったら、私は間違いなく自殺していた。だって、それくらいのことをしなければこの過ちを償えないから。もう、誰とも顔を合わせることができないから。

 私のせいでカヲル君が死ぬのだ。私が殺したようなものではないか。

 

「ごめん。これは君の望む幸せではなかった。ガフの扉は僕が閉じる。カノン君が心配することはない」

 

 完全に地中から浮き上がった巨大物体は第13号機の真下にて滞空している。

 沈黙を保っていた第13号機が動き出す。片方の槍を高く掲げ、自らの腹部を貫いた。

 

「あ、ぅがッ!」

 

 フィードバックに喘ぐ私に構うことなく、さらにもう片方の槍も同じように貫いた。

 

「うう、ッ゛!」

 

 少しでも第13号機の活動を抑制するためか。

 お腹を押さえて痛みに耐えながら、必死に叫ぶ。

 

「私の幸せなんてどうでもいいから、ただ、カヲル君に死んでほしくないの……!」

 

 もしかしたら奇跡が起こって、私とカヲル君を隔てる壁が壊れてそちら側に行けるかもしれない。そう考えるしかなく、ひたすら見えない壁を叩き続ける。でももう叩きすぎて、うまく力が入らない。

 

「お願い……お願いします……誰かカヲル君を助けて──……」

 

「君たち(・・)を縁が導くだろう。それぞれの居場所と幸せがきっと見つかる」

 

「待って……そんな事言わないで……まるで遺言じゃ、ない……っ」

 

「……あと、そうだね。君との出会いは僕にとって本当にかけがえのないものだった。なぜなら君は、僕の恩人だからね」

 

「何を言ってるのか、わからない……!」

 

 カヲル君が私を見た。

 私は死に際だと言うのに、驚くほど落ち着いた笑みを浮かべる彼の笑顔を見た。

 自分の心臓が萎縮する。無限に引き伸ばされた刹那、無意識に私は目に焼き付けんとしていたのかもしれない。

 

「そんな顔しないで、カノン君。僕は必ず、また()に会いに行くから」

 

「カヲル君!」

 

 そしてDSSチョーカーの安全装置は定められた機能を発動し、装着者の頸部を、囲っていた複数の突起物が爆発的な速さで貫いた。あまりの勢いに私は咄嗟に身を引いてしまう。

 生々しい血の音。

 目の前の透明の壁が赤一色に染まる。

 それが何であるかわからないほど思考力が低下してはいなかった。壁にへばりついた、いくつかの小さな肉塊がゆっくりと下に落ちる。その様子を文字通り目を点にして眺める。

 その向こう側には頭部と胴体が切断された、数秒前まではカヲル君だったものが転がっていた。

 もう生きていないのは明白だった。

 

「────────」

 

 信じられなかった。

 死んだ人を見るのが初めてだから。だから、私は確か死ぬ瞬間は見れていなかったから、もしかすると死んでいないのかもしれないと思ってしまった。

 だから、私のせいではないと思いたかった。

 でも現実はそうではなくて、もうカヲル君の魂はいなくて、私のせいで死んだ。

 こんな……こんなにも酷いやり方で。

 誰にも何もされていないのに、胸が本当に苦しくなった。とても痛い。両手で押さえても全然楽にならない。

 あまりに多くの自責の濁流に、何も考えられない。

 

「」

 

 これが。

 

「」

 

 人を殺す感覚なのだろうか。

 

「」

 

 ……。

 私の起こしたニアサードインパクトの影響で、数え切れないほどの人間が死んだ。それは私が直接行ったものではないから、なんとかしてようやく事実として理解することができたのだ。

 なのに、仲の良いひとりの少年を殺した現実は途方もない痛みだった。この痛みは知らない。

 

「ぁぁ、ああぁ、あ」

 

 身体に力が抜けて、入り、を何度か繰り返す。腕の筋肉がぷるぷると震える。自分の手をどこに位置させればいいかわからず、もぞもぞとさせる。

 

「はっ、はっ、はっ」

 

 短い呼吸をしながら、二度と動かないカヲル君を見ている。

 どうしようもなく終わっている状況を、これからどうにかする希望があるはずもなかった。ただただ壁に上半身を擦り寄せて、声のない声で啜り泣くことしか、もうできることがなかった。

 何かをした結果、悪いことが起こるのならもう何もしない。今すぐに消えてしまいたい。死んでしまいたい。

 精神的自傷行為が止まらない。止めてはならない。そんな義務感でいっぱいになる。

 必要な魂がひとつ欠けたことでフォースインパクトが一時停止する。自身を槍で貫いていた第13号機の覚醒状態は一時的に沈静化し、落下を開始する。

 すぐに落下体勢を取らなければ大怪我は避けられないのだが、私にそんなことはどうでも良かった。ただ自分を呪って傷つけるだけ。

 このまま落下して、頸椎を激しく打ち付けて死んでしまいたい。そう強く願った。

 しかしそれを迎えるより先に、第13号機の機体が大きく揺れた。

 

『後始末は済んだ! しっかりしろ子猫ちゃん!』

 

 回線に入ってきた、聞き覚えのない声。いや、私を子猫ちゃんなどと呼んだ人がかつていたような。

 でも返事をする気力がどこにも残っていない。

 ただ無心になって呆然と俯くことしかできない。

 さらに何かを言われるが、その日本語を理解することすら困難になった。五感がじわじわと滲み、どこかへ遠ざかっていく感覚。

 さらに意識が不確定になっていく。

 その時。

 唐突にエントリープラグが射出された。おそらく外部から緊急射出のレバーを引かれた。

 プラグ内が暗転し、カヲル君の姿が見えなくなる。

 

「ぁ」

 

 もう、なにもいやだ。

 

 ◆

 

 ガフの扉を維持するための保険だった碇カノンが第13号機からいなくなったことで、ようやく機体が停止した。

 それによって超広範囲に広げられた輪が逆再生のように中心に向かって閉じられ、それと同時に、中心から降臨しようとしていた正体不明のオブジェクトも扉の向こうへと消えた。

 それによって発生していた異常重力も元に戻り、地下から持ち上げられた超巨大オブジェクトが落下する。他にも巻き上げられていた有象無象も雨のように落下し、壊滅状態だった一帯が、さらに破壊さる。

 フォースインパクトは完遂されなかった。

 ただしこれは本人の意図したものではなく、寧ろ回避する選択をしていた。だからこそ誰よりも傷が深かった。

 それも、希望と信じて縋っていた槍によって引き起こされたのならばなおさらである。

 

 ◆

 

「なんなのよもうっ!」

 

 アスカは少し歪んで開きにくくなっていたエントリープラグのハッチを思いきり蹴ってこじ開けた。

 外の光景は、まさに終わっていた景色がさらに終わっていた、と言うべきだった。人類が築いた建造物やらがフォースインパクトによってさらに砕け、そこら中に散らばっていた。

 ただ変わらないのは、すべてが血のような赤一色であること。

 ごそごそとレーダーを手に取り、プラグから出て赤い大地に立つ。

 

「あっちか……?」

 

 確か第13号機から射出されたエントリープラグはこの方角であっているはず。しばらく歩いていると、簡単に発見した。だって赤くないから。

 レバーを手で回し、ハッチを開ける。中にはすでにL.C.Lが排出され、シートの上で小さくうずまっているカノンの姿があった。

 セントラルドグマではあんなに意気込んでアスカに対して強気だったというのに、なんだこのザマは。

 アスカはため息を吐き、

 

「行くわよ」

 

 とだけ言った。

 背を向け、エントリープラグから降りて歩き始める。しかしカノンが着いてこない。そもそもプラグから出てくるとは正直思ってなかったから、まあ予想通りだ。

 さらに大きなため息を吐いてから引き返し、再びエントリープラグに上り、仁王立ちしながら中を覗く。

 カノンはぴくりとも動かず、身動ぎをすることもなくアスカを見ることもしない。

 

「自分のことばっかり。何もしなきゃ済むと思ってる」

 

 中に侵入して、カノンの腕を乱暴に掴んだ。

 抵抗はなく、アスカにされるがまま立ち上がる。

 

「甘えるな! ホントもやし。私に手間かけさせないで」

 

 片手で顎を持ち、もう片方の手で控えめにビンタする。カノンは少し痛がる顔をしたが、それ以上の反応はなかった。怒らないし、泣かない。というより泣きすぎたのか、目の下が真っ赤だ。

 なんとかしてエントリープラグから引きずり出すことには成功したが、すぐさまカノンは地面に座り込んでしまう。

 

「あんた……」

 

 完全に無気力だ。目が死んでいる。

 自分自身を放棄している。

 おそらくナイフを突きつけられ、刺されたとしても絶命するまで無抵抗でいそうな危うさがある。

 

「さっきまで立ってたでしょ! また立ってちゃんと歩きなさいよ!」

 

 猫を抱き上げるみたいに両脇を持ち上げて立たせる。しかし。

 

「はあ⁉」

 

 また座り込んでしまう。

 

「そう、じゃあそこで勝手に野垂れ死になさい」

 

 てこでも動かなさそうなカノンを尻目に視線を持ち上げると、丘の向こうから誰かが歩いてくるのが見えた。

 

「さっきのパイロットね。綾波タイプの初期ロットか」

 

 量産型だからその通りなのだが、綾波レイに極めて外見が一致している。と同時に鎮まっていた怒りがふつふつと再燃する。

 こいつが乗っていたMark.9に弐号機を自爆せざるを得ない状況にさせられた。戦闘中、明らかにパイロットの意志を無視して勝手にMark.9が動いていたことなんて関係ない。

 良くて大破。最悪回収すら困難な状態になっているかもしれない。そこは機体回収班と技術部に頼る他ない。

 レイは無言のままアスカの前に到着し、そしてカノンを見る。

 レーダーをかざすためにアスカは地面に突き刺さったエントリープラグの先端に上る。

 

「……ここはL結界密度が高すぎる。これじゃ助けに来れないわ。リリンが近づけるところまで移動するわよ」

 

 ひょいと飛び降りたアスカは、新しく増えたお荷物と文字通りのお荷物を交互に見て何度目かわからないため息を吐いた。

 

「……クソッ。あんた、私とこいつの荷物持ちなさい」

 

 そう言ってアスカは自分とカノンのショルダーバッグをレイに押し付ける。レイは文句ひとつなく受け取った。

 

「私はあんたの保護者じゃないっての。必ず100倍にして返してもらうから」

 

 嫌そうな顔を隠さずにカノンに接近すると、背中で身体を受け止め、両の膝裏に手首を潜り込ませてカノンをおんぶの姿勢で持ち上げた。

 が、

 

「え、あんたホントにちゃんと食べてんの……? もやし以下の枯れ葉じゃない。流石に私もドン引きなんだけど」

 

 少し軽いだろうとは思っていたが、それよりもずっと軽かった。重さを考慮して少し勢いをつけて立ち上がったから、勢い余って前に倒れるところだった。

 ネルフは深刻な食糧難であることはヴィレで推察されていた。碇ゲンドウが娘のカノンを軽視していたとしても、それでも貴重なパイロットだ。ちゃんと栄養を考えた食事は提供されていたはず。

 実は提供されていなかった? それとも食事を受け付けなかった? あるいは単純に過剰なストレス?

 14年も眠っている間に世界が大きく変わっていれば精神的にくるものがあるだろう。それにセントラルドグマでのやり取りから察するに、サードインパクトの真実も知っている様子だった。

 どちらにせよ、ミサトに反抗してネルフを選んだことがこの結果に繋がった。

 

「……あんたはミサトの指示に大人しく従っていればよかったのよ」

 

 ぴくりとカノンが反応を示し、静かに泣き始める。

 

「…………クソ」

 

 自業自得だと思う反面、少し言い過ぎた気がしたアスカは、カノンがやがて泣き疲れて背中で眠るまで沈黙を貫いた。

 そんな様子をレイは黙って観察していた。その手には、カノンが落とした所持品であろうS-DATが握られていた。

 

 そして三人は歩き始める。

 赤い大地を。




いいように使い潰され、捨てられる。
都合の良い盤上の哀れな駒。
すべてを諦めても、プレイヤーはゲームを止めない。

これにて急は終わり
それではまた次回!
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