それでも私は── 作:次作エヴァはきっと鬱エンド
この地下シェルターは広い。
鈴原たち生徒全員が収容されてもなお余りある広さだ。生徒たちは先生の誘導に従い、各々クラスごとに集められている。だが実際は他クラスの友達と話すために歩き回ったりとかなり自由に過ごしている。いつ避難指示が解除されるのかわからない。これは仕方のないことだった。
そんな中、ひとりの生徒が貧乏ゆすりをしながらモバイルテレビとにらめっこをしている。そう、この生徒こそ、カノンが自己紹介した時に品定めするかのような目で見ていた男子、相田ケンスケだ。
背中まで伸ばした美しい黒髪。若干幼さが残る柔らかい顔立ちは庇護欲をそそることだろう。ただ指摘する点は、少し根暗なところだ。綾波レイのようなミステリアスを醸し出しているわけではなく、中途半端なポジションにいる。どちらかに傾けば人気が出ること間違いないとみる。
「お前ほんま好っきゃなあ。こーゆーの」
鈴原が相田の貧乏ゆすりに気づいて近づいてくる。
「まあね。情報規制。あーあ、やだなぁ。俺だってエヴァの戦い見たいなぁ! こんなビッグイベントだっていうのにー。一度でいいから見たいー」
そこで相田は考える。ついこの前、父親のパソコンを触っているときにゲットしたシェルターに関する資料。もちろん、外への出口への通路、そのロック解除方法が記載されている。
どうしても見たかった。見れるのならば死んでもいい……とまでは思わないが、それでもどうしても見たかった。目の前に最高の食事が置かれているのに待てをくらったペットの如くつらい。
……いや、相田はペットなどではない。人間だ。だからこそ、やりたいことをやるのが人間ではないだろうか!!
「……トウジ」
「なんや」
「内緒で外に出ようぜ」
「はあ⁉ 外に出るなんて何ゆーとんねん⁉」
「声大きい!」
鈴原のリアクションに誰も気づいていないことを確認し、ホッと胸を撫で下ろす。
「いいか? これはトウジにも関係あることだよ」
「んなわけないやろ」
「考えてもみなよ。トウジは理由はともあれパイロットである碇を殴ったんだ。そのせいで碇が乗らないなんて言い出したら俺たち、死ぬんだぜ? トウジには、戦いを見届ける義務があると思うんだけどな」
前半はただの動機付けだ。ひとりだけで行くのは少し気が引ける。だから誰かと一緒にがいいという無意識での説得だった。
鈴原もそれがなんとなくわかったのだろう。目を細め、僅かに口角を上げる。
「委員長、わしら便所や」
洞木は友達と談笑していた。もちろん委員長としてクラスメイトみんなの場所はだいたい把握している。しかし驚くことに、鈴原はわざわざ席を外すことを伝えに来たのだ。
洞木を腫れ物扱いしている鈴原が、だ。安心する半面、疑ってしまう。特に嬉しそうににやにやしている相田が怪しい。さっき鈴原が何かを叫んでいたのも知っているし、これは何か良からぬことを考えてそうだ。
単なる女の勘ではあるが。
「うん、いってらっしゃい」
ふたりが無効に消えたのを見届けると、洞木も立ち上がる。さすがに男子便所に突入するわけには行かないからトイレ周辺で待ち、出てきたところを確認するだけ。
杞憂で済めばいいが、万が一がある。委員長として、皆の面倒を見なければ。
影に隠れてここで適当に時間を潰している感を出す。数分待ってもふたりは洞木の前に現れない。不思議に思い、角から顔を覗かせた時、遠くの方からガチャリ、と重い音が聞こえた。
あっちの方向はゲートの方向だ。まさか、今のはゲートが開いた音⁉
洞木は急いで駆けつける。もし事実なら先生に知らせないといけない。外の光が伸びている。風が鋭く流れている。間違いなくゲートは開かれている!
ゲートから外に出ると、遠くで二体の巨大物体が戦っているのが見えた。すぐ近くではないだけ幸いだ。すぐに戻って報告しようと考えたが、開けたということは誰かが外にいるということだ。その人を連れ戻さないと。
「おお! すっごい!! あれがエヴァンゲリオン!! あれが使徒かっ!!」
興奮して叫んでいる声が聞こえた。坂の上、ふたりの人間がいた。いったい誰がこんなことを。激怒しながら洞木は声を張った。
「あなたたち! はやく戻ってき……って、鈴原君と相田君⁉」
「「げ、委員長!!」」
説教する余裕なんてない。今は死の危険があるのだ。チカラづくでも連れ戻そうと坂を登り、前に立ちはだかった。
「何考えてるの! 本当に死ぬわよ⁉」
ふたりの腕を掴む。このまま戻れば先生から厳しい説教だけで済みそうだ。洞木はこれで安心してしまった。だから、飛ばされてくるエヴァから逃げられなかった。
人生一番の激しい後悔をした。
◆
「――どう、して」
使徒から完全に意識が逸れてしまう。民間人は地下シェルターにいるはずだ。私を殴った人が、そこにいる。それだけでも十分に恐怖だった。
はやく戻って。……いや、無理だ。使徒がもうそこまで迫ってきている。
変に立ち上がってしまうと三人を潰してしまうかもしれない。それだけはなんとしてでも避けなければならない。
触手がビュオッ! と襲いかかる。立つことはできないと判断した私は手を前に突き出し、直接掴んで防ぐ。掌がじわじわと焼かれる痛みを感じる。我慢することはできるが、長時間となるとキツい。
「くっ……!」
使徒が更に接近する。覆いかぶさるように全体重をかけてくる。胴体のムカデ脚がエヴァの胸部装甲をガリガリと削る。恐ろしいほどのスピードで剥がされていく。ほんの少しで数枚がなくなる。胸を乱暴に引掻かれるフィードバックに私は呻く。手が痛い。胸も痛い。でも、まだ戦える。
『カノンちゃん! 使徒を引き離したあと退却、出直すわよ』
アンビリカルケーブル断線がここで足を引っ張る。残り時間が三分半をきった。もたもたしている時間はない。私の今のエヴァ操縦技術なら、たぶん三人を傷つけないように立ち上がることができる。それでも、もしもの場合がある。
私はエヴァを固定モードにし、エントリープラグをイジェクトする。
『カノンちゃん⁉』
私のしたことは明らかな命令無視だ。でも目の前にいる人を無視するなら私は喜んで上司の命令を無視しよう。
「三人、とも……乗ってッ!」
学校では一度も聞かなかった私の命令口調に、三人は物言わず素早く乗り込んでくる。
「み、水⁉」
「溺れてまうわ!」
「ああっ! カメラが!」
三人にかまっている時間はない。急いでエントリープラグを再挿入する。これで動きの制限はなくなった。腕を広げ、脚を曲げて使徒を蹴り飛ばす。
「向こ、うに……行けっ!」
使徒は都市に戻され、大きな隙を見せる。
痛みから解放され、私は大きく息を吐いた。その吐息は震えている。
「カノン、大丈夫?」
ヒカリが私を心配してくれている。どんな理由であれ外に出ていることは許されないことだが、こうして心配してくれる人が身近にいるのは嬉しい。
「うん……大丈夫だよ」
『今よ! 撤退して!』
ミサトさんの声が私の意識を切り替えさせる。残り時間は少ない。だが、撤退するには十分だ。
ここで撤退? 使徒が目の前にいるのに? 私にはわからなかった。使徒は倒さないと。このまま野放しにするとどれだけの被害を被るのか私にはわからない。
私のせいで鈴原君の妹が怪我をした。今度は私のせいで怪我はさせないものの、もっと不安にさせるのか? いつ警報は解除されるのかと。私達は死んでしまうのではないかと。
そんな思いはさせたくない。
そんなことをさせるのなら、碇カノンはここで死んでしまえ!!
「転校生、撤退しろ言うとるで!!」
鈴原君が私の肩を揺らす。その焦りは確かだ。今私が考えていた時間がもったいないと感じたのだろう。でも、次は絶対にもったいないと感じさせない。
手の表皮の融解、胸部装甲の損傷。アラートが鳴り止まない。
「ここで倒すよ。もう二度と、私のせいで誰かを傷つけたくないからね」
そう、微笑みかけた。
そして活動限界が三十秒をきった瞬間、プログレッシブナイフを装備して私は叫び、山を駆け下りた。
無我夢中だった。私は命令無視を重ねたのだ。ミサトさんが『あの馬鹿……』って言ったのが微かに聞こえた。ごめんなさい、私はそれでも使徒を倒す。
使徒はすでに起き上がっていて、ただ突撃してくるエヴァを攻撃するなんて容易いことだった。触手が鋭く伸び、身体を貫通させる。
「うあッ! ぐッ!」
シンクロ率が高ければ高いほどフィードバックは重いと聞いている。普通に考えたら身体を貫かれて無事なはずがない。それでも胃の内容物を吐き出しそうな激痛で済んでいるのは、シンクロ率がそこまで高くないという証拠だ。
大打撃を与えられたが、これで使徒の動きを制限させることができた。
「ぁぁぁぁああああああああああああ!!!」
超近距離まで接近し、私はナイフを使徒のコアに突き立てた。激しく火花が散り、使徒の触手が暴れる。活動限界まであと十秒。
お願いだから、倒れてちょうだい!
叫んで、叫んで、痛みを紛らわせながら割れることを祈る。レバーをありったけの力で限界まで押し込んで、さらに深く潜り込ませる。
そしてエヴァが停止する寸前、コアは割れた。そのまま私は前のめりに力なく倒れこみ、胸を抑えて大きくえづく。
喉元までこみ上げてきたものを我慢できずに吐き出してしまう。不純物が混ざったとアラートが鳴る。
「ぁ…………ごめん」
急いでL.C.Lを排出しておく。それから救助が来るまでずっと私達は一言も言葉を発することはなかった。
三人は保安部に引き渡され、私はブリーフィングルームに呼び出された。早くシャワーを浴びたいが、ミサトさんたちが気持ちもよくわかるからおとなしく従った。
私はベンチに腰掛け、栄養ゼリーを十秒で全て吸った。
ミサトさんが壁にもたれて私を睨んでいる。たった二人だけの空間。思い空気だ。
「なぜ命令を無視したの? 無断で三人をエントリープラグに入れたことはそこまで言わないわ。でも撤退命令を無視するのは立派な違反よ」
「はい……すみませんでした」
「あなたの上司は私よ。あなたは私の命令に従う義務があるの。わかるかしら」
「……はい」
ミサトさんと目を合わせたくない。私は俯いたまま中身のない返事を返す。
「本当にわかってるんでしょうね⁉ もしあなたがあそこで活動限界を迎えたら人類は終わっていたのよ⁉」
零号機は起動実験にすら成功していない。だから今稼働可能なエヴァは初号機しかいない。活動限界で停止した初号機を使徒の目の前で堂々と回収、もしくはアンビリカルケーブルを接続することなんて不可能だ。
私はそのことを一切考えていなかった。ただ、使徒を倒す。そのことしか頭になかった。考えのない単なる馬鹿だったが、私は間違っているとは思わない。
「……でも、使徒は倒せました。三人も守れました。それでいいんじゃないですか。私、この前と比べてすごく操縦が上手くなりましたよ? これからも訓練頑張りますよ」
直後、私の頬にミサトさんが平手打ちした。痛かったが、痛いとは感じなかった。そのまま胸ぐらを掴み上げられ、強引に目を合わせられる。
「あなたねえ!」
ミサトさんに殴られたという事実が苦しかった。これから一緒に住む人。私はこんな亀裂を生みたくない。でも、あんな風に私を監視しているなんて知ってしまったら、私は同居人としてではなくただの監視対象物としてそばに置かれているような気がして、どうしようもなく苦しかった。
目尻に熱いものを感じる。私はミサトさんを睨みつけた。
「ミサトさんにとって私は何ですか? エヴァを操縦できる便利な部下ですか? それとも根暗なくせに生意気な、どうしようもない子供ですか? 私と同居するように言ったのは、私を監視しやすいからでしょう? そんなの、前の家と同じです。私は生きてるふりをするのをやめようって……前の私から変わろうと思ってお父さんの呼び出しに応えました。それでこうなるのなら、私は……」
「…………」
私とミサトさんは睨み合う。
たぶん三分ほどまったく動じずにいた。そしてついに折れたミサトさんが私を突き放した。
「もういいわ、今日は着替えて早く帰りなさい」
「はい」
ゼリーの容器をゴミ箱に捨てて立ち上がる。ふらりとバランスを崩し、前かがみに倒れそうになる。咄嗟に手を差し伸ばしたミサトさんに支えられる。これだけ喧嘩したのにその相手に助けてもらうなんて恥ずかしい。
「誰か呼ぶ?」
「いりません。少し……疲れただけです」
自動ドアをくぐり、シャワー室に向かう。プラグスーツを脱ぎ、シャワーを頭から浴びる。壁に背中を預け、ずりずりと擦りながら私はその場に座り込んだ。ここには誰もいない。シャワーの音がうるさい。
私は声が枯れるまで叫び続けた。
◆
「あ……」
「…………」
制服に着替えてシャワー室を出ると目の前に綾波さんがいた。何も言わずに、ただじっと私を見つめている。
「えっと……何か用かな? あ、それともシャワー使うの?」
「……あなたの叫び声が聞こえた」
「あーー……そっ、か」
「……なぜ、叫んでいたの?」
まるで悪事を問い詰められているような気分だ。思わず萎縮してきまい、その場で誤魔化すことだってできたのに、私は正直に答えてしまった。
「悔しかった……ううん、たぶん悲しかったからかな」
「……悲しかった? なぜ」
「ミサトさんに殴られたから。監視されていたから。使徒を倒したのに、褒めてもらえなかったからだと思う」
怒られるだけ怒られて、それで終わりだった。私は使徒を倒したことへの見返りをどこかで欲していた。お金とかそういう可視化できるものではなく、「ありがとう」とか、「よくやった」とかを聞きたかったのだと。
「そう」
「綾波さんは嫌なことがあった時、大声出したりしないの?」
「しないわ」
「私が叫んでいたのを聞いて、どう思った?」
「どう、とは?」
「ほら、怖い人だなとか。変な人だなとか」
綾波さんは微動だにせず、私を見つめていた。なんだか気恥ずかしい。本当に考えているのかと疑問に思ったのと綾波さんが答えを返したのは同時だった。
「幼い人だと、思った」
「幼い……?」
「私、行くから」
そう言い残すと綾波さんは通路の向こうに消えてしまった。
指摘されたことがよくわからなかった。私はバスに揺られながらもずっと考えていた。危うく乗り過ごしそうになったほどだ。
でも、ミサトさんとあれだけ喧嘩した私の気持ちは収まる気配を見せなかった。出ていくこう。この家から出て行こう。誰も寝てはならぬ私を知らない、どこか遠くへ。
家に帰った私はそそくさと荷物をまとめ始める。たった十分少しで完了し、私は嘆息する。所詮はこの程度だったのだと。
お父さんは今日の私の行動について一切何も言わない。というよりそもそも顔も合わせていない。変わりたくてエヴァに乗ったのに、これじゃあ私はただの便利な道具だ。かばんを背負い、自室を出る。
ペンペンがジッと見ている。それに気づいた私は優しくペンペンを抱き寄せた。
「短い間だったけどありがとう、ペンペン。生意気だったけど、嫌いじゃなかったよ」
くえっ、と鳴くとペンペンはそれ以上私に何もしようとしなかった。しかしそのつぶらな瞳は私をどこまでも追いかけていた。
「幼い、か」
容姿の話ではない。それぐらいわかっている。きっと綾波さんは私を心が幼い人だと思ったのだ。それはそうだ。身勝手な行動をし、結果怒られ、その鬱憤を晴らすために叫ぶ。
「……出て行くって決めたんだから」
玄関に立つと、また自問自答を繰り返してしまう。綾波さんの言葉が足首に絡みつく。強引に薙ぎ払い、私は外へ出た。
私のしようとしているは果たして正しいのか。傍から見れば幼いのか。
「私って、どうしようもなく幼いか」
変わろうとして、私はエヴァに乗ると言った。今出て行けば、ミサトさんと向き合った経験から逃げることになる。それは私の成長の停滞であり、望みの反するところだ。
……ミサトさんともう一度話そう。私は私で思っていることがある。ミサトさんはミサトさんで思っていることがある。今一度ぶつけて、前に進もう。
家に戻ってかばんから財布だけ抜き取り、あとは部屋に放り投げる。
今日は美味しいビールを買ってあげよう。夕食はビールに合うものにしよう。
私はこれで、変われるのだろうか。
ラミエル戦でシリアスを用意