それでも私は──   作:次作エヴァはきっと鬱エンド

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冷たい唐揚げ

「ミサト」

 

 始末書をようやく終えたミサトはビールに飢えながらだらりと椅子にもたれている。ぐったりと机に突っ伏した様子を見かねてリツコが声をかけたのだ。猫の模様のコップを片手に、コーヒーを啜る。

 

「なあに?」

 

「お疲れ様。今日はもう上がり?」

 

「そうよ。帰ったらビールよビール。色々あったからね」

 

「カノンちゃんかしら?」

 

「まあ……そうね」

 

 ミサトは自責していた。監視ノートの存在が知られたことではない。いつかはバレるだろうと思っていたが、想像よりはやくにバレただけ。それよりもカノンが本心を曝け出したことだ。ミサトがカノンをどう思っているか。あそこまで話が膨らむとは。

 

「思春期の子供は難しいわ。男の子は母親への拒絶。女の子は自問の繰り返しよ」

 

「…………」

 

「あの子は相当こじらせてるわよ、心。知っているとは思うけど、MAGIのシミュレーションによると、ひと悶着あったあと、あの子がエヴァに乗り続けることに抵抗はなくなるわ。でもそれにだんだん依存してしまい、最終的に機械のようになるわ」

 

「ターミネーターになるのは嫌ね……。まあ冗談として。そのひと悶着ってのが今ってこと?」

 

「ええ。このあと家出するわね。ほぼ間違いなく」

 

 ミサトが頭を抱える。先に帰らせたのがまずかったか。足元もふらついていたし、無理にでも自分がそばにいるほうが良かったかもしれない。しかし喧嘩したばかり、互いに難しいところだ。

 

「私、間違っていたかしら?」

 

「そんなの私にわかるわけないわ。子供なんていないし。MAGIに訊いてみたら?」

 

「それはまた違うような気がするからいい」

 

「それがいいわ。人間関係の問題なんて、機械が真に解決できるわけがないから」

 

 碇司令は娘の失態に何も口を出さない。全て部下であるミサトに丸投げ。いっそMAGIに司令とカノンの相性マッチングでもしてやりたい。が、そんな私用のために使うわけにはいかない。テクノロジーを集結した巨大コンピューター。実質的な政治はこれが担っているとも言われている。

 記入ミスなどがないかを再度チェックして問題がないことを確認し、書類をまとめて端を揃える。

 

「そっちももう終わり?」

 

「戦闘データの整理がまだだから徹夜ね。異物が紛れ込んだ状態での活動データは貴重ではないものの、保存しておくべきものよ。頭が痛いわ」

 

「そんな時はビールが一番よ」

 

「アル中は辛いわね」

 

 ミサトは荷物をまとめ、ひらひらと手を振って部屋をあとにした。日向などオペレーターたちも半数ほどが帰っている。

 ポケットから携帯を取り出し、保安部にかける。

 

「カノンちゃん、今どこにいる?」

 

『現在自宅にいます。帰宅後、買い物に出かけていました』

 

「……それは本当ね?」

 

『間違いありません』

 

「そう、ありがとう」

 

 なるべく急いで帰ろうと決意した。

 MAGIの演算結果は全て正しい。が、それに反してカノンがまだ家にいるという事実に驚いた。買い物にでかけたというのが、家出するつもりがない何よりの証拠だ。

 つまり、カノンに何かしらの変化があったのだ。あの子にはあの子なりの考えがあった。第四使徒が来るまでずっと、こちらが提供した訓練プログラム以上の量をカノンはずっと自主的に行っていた。スタッフは素直に感心していた。ミサトもその一人だ。しかしその背景までは探らなかった。

 

「……馬鹿だったのは私か」

 

 車をとばしながらミサトは自責する。シェルターから抜け出した三人の尋問報告書を見ても明らかだった。ミサトにカノンが学校で何をしていたかなんて筒抜けだ。だから、殴られたことも知っている。エントリープラグ内での会話で背景を理解し、同時に気づけなかった自分を責めた。

 所詮はまだまだ子供。しかも女の子。その繊細な心は、ミサトの見えないところで傷ついていたのだ。

 唇を噛みしめる。

 いったいカノンをどう見ていたのか。それをきちんと面と向かって伝えなければならない。ミサトもまだ、大人になりきれていないのかもしれない。

 マンションに着き、エレベーターで上がって自宅の前に立つ。するとなんだかいい香りがしてきた。これは……唐揚げか?

 鍵を差し込みドアを開け、「ただいま」と声をかけると、エプロン姿のカノンがとてとてと走り寄ってきた。なんだか飼い主の帰宅に気づいた子猫のようだ。

 なんだか可愛らしい。

 

「おかえりなさい、ミサトさん」

 

「え、ええ」

 

「ご飯、できてますけど……食べますか?」

 

「……そうね」

 

 適当に荷物を自室に放り投げ、数秒で私服にはや着替え。テーブルにつくと、すでに皿が並べられていた。唐揚げはできたてだ。実にいいタイミングで帰ってこられた。……いや、カノンがおおよその時間を把握して合わせたのかもしれない。

 

「ビールは……」

 

「はい」

 

 そう言って冷蔵庫から渡されたのは、いつものビールではなかった。二ランクほど上の、美味いビールだった。ミサトは目を剥く。ビールを大量に買い込むミサトであろうとさすがに金銭事情は理解している。

 唐揚げにビール。最高すぎる組み合わせだ。思わずよだれが垂れる。

 

「ミサトさんがどれが一番好きなのかわからないので、かけるものあらかた揃えておきました」

 

「そこまで……」

 

「私が色んなのを試してみたいっていうのもありますけど」

 

「私は醤油派ね」

 

「……え? あ、それは予想外でした。でも冷蔵庫にあるので大丈夫ですね」

 

 テレビはついているが、ミサトもカノンも見なかった。ビールの悦びを叫ぶこともなく、ミサトはもくもくと食べ始める。

 

「ポン酢とってください」

 

「はい」

 

「ありがとうございます」

 

 食事は美味しい。しかし、美味しいという気持ちにはなれなかった。なぜならまだふたりの間には溝があったからだ。先程からちらちらとミサトの方を見ていることに気づいている。

 話しかけようと何度か口をぱくぱくさせている。そしてついに名前を呼んでも「ぁ、やっぱりなんでもないです……」と終わらせてしまう。

 この子はこの子なりに頑張っている。話し合おうとする意志を感じられる。

 子供が頑張っているのだ。ここで大人が動かなければなんとする。

 

「カノンちゃん」

 

「なんですか?」

 

「ごめんなさい」

 

「え?」

 

 ぽろりとカノンは箸に挟んでいた唐揚げを落とす。ミサトから先に謝られることに驚いたようだ。

 

「あなたのこと、きちんと知ろうとせずにただ叱りつけてしまって」

 

 酔いはない。ビールはまだ少量しか飲んでいない。その代わりに唐揚げはすでに半分食べてしまっている。カノンは一度目を逸らすも、意を決したのか、ミサトと向かい合った。

 

「私はエヴァに乗るために来たんじゃなくて、私自身が変わるために来ました。鈴原君に殴られて、もっと上手に操縦できるようにならないといけないとって思いました。だから訓練頑張りました」

 

「………………」

 

「ミサトさんの命令を無視して使徒を倒したのは……すみませんでした。私の勝手な判断でした。でも正直なところ、反省はしていても後悔はしていません。使徒を倒せてよかった。これで使徒の被害に遭う人を減らすことができたって思っています」

 

「そう」

 

「私ってどうしようもなく子供ですね。そんなのは建前で、たぶん本当は誰かに褒めてほしいんだと思います。だから誰にも褒めてもらえなくて、拗ねてしまったんだと思います。……変わりたいっていうのは一応本気なんですよ?」

 

 カノンはそう言ってふにゃりと微笑んだ。

 テレビはつまらない漫才を続け、ふたりだけの奇妙な空間が生まれている。ミサトは知ることができた。カノンの本質を。カノンにとって、エヴァとはただの手段でしかないことを。

 

「わかったわ。カノンちゃんのこと、よくわかった。……いい? エヴァに乗る以上、使徒殲滅はカノンちゃんの義務よ。どんな私情があっても上司である私の命令に必ず従いなさい。もしそれが守れない、またはエヴァに中途半端な気持ちで乗るのならここを出ていって、昔の家に帰りなさい。あなた個人の気持ちなんて、ネルフが……お父さんが考えてくれるとは思えないから」

 

「…………」

 

 だからこそしっかりと、曖昧にせずに現実を突きつけるのだ。中学生とはいえ社会のことを自然と知り始めている頃。将来のためにも、毅然とした態度で社会人として伝えなければならない。

 あなたはぬるい環境にいるのではなく、どちらかをはっきりさせながら生きていかなければならないと。だらだらとその場しのぎの生活をするのは無意味だと。

 カノンにはつらく厳しいことだろうが、それがエヴァに乗るということだ。褒められるためだとか、そんなものはネルフからするとどうでもいい。エヴァに乗って、使徒を殲滅できるのならカノン以外でもいいのだ。しかしそれがいないからカノンが乗っているだけだ。ここで、エヴァに自分の意思で乗るか否かを決定する必要がある。

 

「……怖いですよ、エヴァに乗るのは。本当に。痛いし、ミスすれば人類滅亡って、漫画の世界みたいで、笑っちゃいます。変わりたい。褒めてほしい。エヴァを通じて、私は誰かと繋がることができました。お父さんや学校のクラスメイトたち、リツコさん、ミサトさんももちろん。私は間違いなく独りぼっちだった私から少しずつ変わり始めています。だからそれが無くなってしまわないように、皆を守るために私はエヴァに乗ります。いえ、乗せてください」

 

 出会ったばかりの時のなよなよしたカノンはそこになかった。確かにまだミサトの顔色を窺うような素振りを見せてはいるものの、はっきりとした自分の考えをぶつけてくれた。それだけでも大きな成長と言える。

 

「あなたの想い、しっかりと受け取ったわ」

 

 ミサトはテレビの電源を切り、ペンペンを呼んで抱き抱えた。

 

「この子はね、前は実験施設にいてね。殺処分されるところを私が保護したの。なんでかわかるかしら。ただの大食い鳥でなんの役にも立たないのに。私はただ、家に帰ってきた時、おかえりって言ってくれる……出迎えてくれる誰かがいてほしかったの。……家族がいてくれればいいなって思ったのよ。だからさっきカノンちゃんに言われた時、本当に嬉しかった。ああ、この子は私を待っていたんだなって」

 

 ずっと独りだった。ペンペンはいるが、独りだった。おかげで家は荒れ、生活のレベルが大きく下がった。ペンペンがいなければ、ただ食って寝るだけの場所になっていたことは間違いない。

 そしてカノンが来たことで変わった。家はビフォーアフターのように生まれ変わり、生活にメリハリがついた。もはやこの家の主はカノンであると指摘されても否定できないほどだ。

 楽しかった。誰かが一緒にいるということに。ミサトは誰かの温もりを密かに求めていたのだ。

 ペンペンを下ろし、立ち上がる。そしてカノンの前に立つと、ぎゅっと優しく抱きしめた。

 

「さっき言ったのは、ネルフ作戦部長としてよ。ここからはカノンちゃんの家族としての私の言葉」

 

「あ、はい」

 

「使徒殲滅、ありがとう。よくやってくれたわ。この前に続いてさらに使徒を倒すなんて私達には決してできない偉業よ。だから胸を張りなさい。誇っていいわ。もしそれを非難する人が現れたら、カノンちゃんがどれだけ凄いことをしたのかを私が嫌というほど聞かせてやるわ」

 

 ミサトはエヴァには乗れない。エヴァパイロットにすべてを託すしかない現実が辛い。実際それによってカノンは傷ついたのだ。それを癒やすのは家族として当然のこと。守り抜くのも、当然のことだ。

 カノンがミサトの腰に手をまわし、強く抱き締める。痛いほどだったが、同時に暖かく感じた。さらに服が濡れているのを感じる。

 

「わたし……がんばります……ここで、がんばって、生きていきます」

 

「ええ、私もカノンちゃんにここにいてほしいわ」

 

「……それって、家事全般っていう意味です、か……?」

 

 泣き顔だったからか、少し目が腫れている。それでもジト目でミサトを見上げる。その仕草が可愛らしかった。が、ミサトは誤魔化すためにもしくは相応しい返答を考えるためにカノンの頭を撫で始めた。

 

「…………」

 

「…………」

 

「やぁねえ家族としてに決まってるじゃないの!」

 

 カノンの髪をぐちゃぐちゃにしてようやく答えたが、いまいち納得してもらえていないようだ。ミサトはだらしない人間だからそう思われても仕方のないことだ。

 

「……まあ、いいですよ。こんなにだらしない人を放っておくとどうなるかわかりませんし」

 

 唐揚げはすでに冷えてしまった。ビールも温くなり、旨さをあまり感じられなかった。

 それでもミサトは美味しく感じられた。料理だけではない要素が絡んだのだ。溝は埋まり、ミサトとカノンの談笑は何時間にも及んだ。

 流れで風呂も一緒に入ったが、格差を見せつけられたカノンはふてくされてしまい、そそくさと自室に消えようとする。

 

「ミサトさん、おやすみなさい」

 

「ん、おやすみ」

 

 そんな何気ないやり取りだけでも、十分幸せだった。




今度は綾波に接近させる予定
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