それでも私は──   作:エヴァキャラのボディラインはすこ

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コンプレックスはつらいよ

 休日を終え、月曜日を迎えた。

 ミサトさんとの喧嘩も収束し、今では仲がいい。だいたい朝は私が起こし、朝のビールはなるべく一本のみに制限させた。ゆくゆくは朝はコーヒーとかにさせるつもりだ。しかし私はコーヒーは飲めず、代わりに牛乳を飲む。

 牛乳を飲むと成長する。私は今、間違いなく成長期に迎えているのだ。ここで大きくなることができなければ一生身体的特徴でコンプレックスを抱えることになる。目指せ150センチの大台。私は信じている! 頼んだよ! と願いつつ五杯目を飲み干す。

 

「いっぱい飲むわねー」

 

「牛乳は健康ですから。それに身体も大きくなりますし、一石二鳥です。学校にも牛乳を持っていきたいところですね」

 

「おお……さすがに私も職場にビールは持っていかないわ……本気度が違う……」

 

 朝食を片付け、弁当の用意も済ませる。基本的に野菜などを中心に入れ、肉は鶏の皮。私が好きなだけだが。ミサトさんはなんでもいいそうだ。たぶん納豆を入れても顔色一つ変えなさそう。

 身支度を済ませ、カバンを手に取る。手提げが面倒だ。リュックのようなものがいいが、それだと背中が汗でへばりつきそうで嫌だ。

 

「じゃあ行ってきますね」

 

 玄関に立ち、靴を履く。ミサトさんがだらしない格好のまま私の後ろに立ち、大きなあくびをする。

 

「ふぁぁああああ。……あ、そうそう。今日はシンクロテストがあるから、学校終わったらそのまま来てね」

 

「わかりました。……そうだ、特に学校の宿題もないし、ついでに訓練もさせてもらえませんか?」

 

「お、やる気に満ち溢れてるわねえ。でもごめんね、この前倒した使徒の検査に皆行くからたぶん難しいと思うわ」

 

「じゃあ私もそれに行ってもいいですか?」

 

「いいわよ。気をつけてねー」

 

「はい、行ってきます」

 

 そう言ってドアを開けると、目の前に三人が立っていた。

 

「おわっほう⁉」

 

「わっ」

 

「oh……」

 

 鈴原君と相田君、それにヒカリだ。そういえば使徒戦から一度も顔を合わせていなかった。

 

「えっと……三人揃ってどうしたの……って、ミサトさんはとりあえず奥に引っ込んでてください!」

 

 ラフな格好のまま出るのは不味い。すでに鈴原君と相田君はミサトさんに釘付けだ。それに気づいたヒカリが鋭い眼光で睨みつけると、ふたりは姿勢を正した。

 

「あなたたちは……あの時エントリープラグに入った……」

 

「その節はとんだご迷惑をおかけしました!」

 

 鈴原君がそう言うと、三人が深々と頭を下げる。そして鈴原君が私の前に向き直った。

 また何かを言われるのかもしれないと私は身構える。

 

「碇……」

 

「……はい」

 

「……悪かった!」

 

 しかし、言われたのは叱責ではなく、謝罪の言葉だった。

 

「あの時はわしのことで頭がいっぱいやった。お前のこと何も考えずにどついてしもうた。その上命まで助けてもろうて。……殴ってくれ。これで貸し借りチャラや」

「素直にごめんって言いなさいよ」

 

「イインチョ! んなこと言わんでくれや! 恥ずいやないか!」

 

「殴るの? えーと……いいの?」

 

「もちろんや。遠慮なく本気で殴ってくれよ」

 

 ミサトさんに目配せをすると、「いいんじゃないの〜?」と面白がっている。鈴原君は背筋を伸ばして私の一撃を待っている。人を殴るの初めてだ。握りこぶしを作り、大きく振りかぶる。が、止まる。本気でと言っていたから、私の力では半端になるかもしれない。ならビンタのほうが弱い力でもそれなりの威力は出せると思う。

 手を広げ、私は渾身の一発を放つ。ペチンッ! と思っていたより気持ちの良い音が鳴る。

 頬にはキレイに私の手形が赤く残り、鈴原君が豆鉄砲を撃たれたような顔になっている。

 

「ビ、ビンタ……?」

 

「……あれ? もしかしてダメだった?」

 

「そんなことあらへんけど……そうくるとは思わんかったわ……」

 

「ある意味痛い一発だったな、トウジ。……碇。オレからも謝らせてほしい。もとはといえばオレの欲から皆を危険な目に遭わせてしまった」

 

 相田君も頭を下げ、私はどうすればいいかわからなくなる。再びミサトさんに目配せで助けを求めても、微笑んでいるだけだ。

 

「皆無事なんだし、これでいいよ。でもこれからは気をつけてね。絶対に皆を守れるほど、私はまだ強くないから」

 

「あ、ああ」

 

「……そうそう、ヒカリにこれ、返すよ。ありがとう」

 

 かばんから借りたままだったハンカチを手渡す。ちゃんと血も洗い流せている。端っこにたんぽぽが刺繍されている可愛らしいハンカチだ。

 

「うん。……そろそろ学校行こ?」

 

「わかった。誰かと登校するのって初めてかも」

 

「そうなの? ならこれからみんなで一緒に登校しようよ! だからこれで私達は友達だよ」

 

 ヒカリの委員長レベルがとても高い。きっと将来は人を思いやれるいい人になる。転校してからずっとひとりで登下校していたし、思ってもみない申し出だ。

 

「わしらもか?」

 

「当たり前でしょ⁉ 悪いと思ってるのなら、毎日カノンと登校すること! わかった⁉」

 

 委員長権限はこれほどまでに強いのか。ふたりともヒカリの言葉に説き伏せられ、ここに約束が結ばれた。

『友達』という言葉に胸を打たれる。学校でもひとりで過ごしていくことになっていたかもしれない私に、ヒカリは手を差し伸べてくれた。それがたまらなく嬉しい。

 

「……ありがとう。遅刻しないようにもう行こっか」

 

「うん」

 

「ミサトさん、今度こそ行ってきます」

 

「はーい。行ってらっしゃーい」

 

 いつもは沈黙のまま降りていたエレベーターが、今日は少しキツイ。しかしそれはそれで良かった。だらだらと話しながら歩いていると、学校についた頃にはクラスメイトがほぼ全員席についていた状態だった。チャイムがなる五分前。遅刻はしなかったものの、危ういラインだ。

 綾波さんは一番最後に登校してきて、パソコンを起動させると肘をついて窓の外を眺め始める。ここまでがルーチンだ。

 昼食の時間になると錠剤を何粒か飲むだけで、それ以上何かを食べることはない。

 鈴原君と相田君は購買のパンを食べに消え、私はヒカリと机を合わせて食べる。どうしても綾波さんの様子が気になった私は訊いてみることにした。

 

「綾波さん」

 

 声をかけると、綾波さんが振り向く。その瞳にはまるで私なんて存在は映っておらず、風景として私を見られているような錯覚に陥る。

「……何?」

 

 

「えっと……お昼は食べないの?」

 

「薬……飲んだから」

 

「それだけ?」

 

「ええ」

 

「ええ⁉ それはダメだよ! 絶対に午後の授業生き残れないよ⁉」

 

 机をバン! と叩き、私は吠えた。

 

「……問題ないわ」

 

 それでも綾波さんは涼しい顔で受け流す。

 ヒカリが「そういうことじゃないでしょ……」と残念そうに額に手を当てている。いやでも私にとっては死活問題だ。腹が減っては戦はできない。空腹状態で授業に望むなんて愚の愚。到底考えられない。それに絶賛第二次性徴期真っ最中の中学生が食事を疎かにするのは信じられない。私より身長が高く、かつぱっと見私より胸が大きいくせにまったく食事をしていないなんてこの世界のバランスはどこかがおかしい。

 誰よりも意識している私が報われないのはおかしい。

 

「でもやっぱり私は心配だよ。せめて購買のパンとかは食べたほうがいいんじゃない?」

 

「……この薬でも栄養は取れるわ」

 

「う」

 

 そう言われると私は何も言えない。食事に関しての知識は曖昧で、テレビで『これがとてもいいですよ!』と言われたものをインプットしているだけだからだ。

 しかし、知識がなくても私が断言できることはある。それはミサトさんと暮らし始めて知ったこと。前の生活では感じられなかったこと。

 

「……なら、一緒に食べよう。綾波さんが好きで薬を飲んでいるのなら私が言っても意味ないし。私のお弁当も少し分けてあげるから」

 

 幸いまだおかずは残っている。鶏の皮は速攻で食べてしまったからないが、その他は残っている。ヒカリは全然大丈夫だよ、とOKサインを出している。

 

「……なぜ、私に構うの? パイロットだから?」

 

「逆に聞くけど、あの日、どうして私に構ったの? 無視しても良かったのに」

 

「…………」

 

 綾波さんは答えられずに沈黙する。首を傾げ、私を待った理由を探している。

 理由などあまりにも簡単だ。考える必要なんてない。打算などどこにもない。私が叫んでいる声が聞こえて綾波さんは立ち止まった。それはどうしてか。今の私と全く同じ理由だ。

 

「――気になったからだよ」

 

「……そう」

 

「ささ、一緒に食べようよ。今からでも時間は十分にあるから」

 

 やや強引な手段だったが、無事にこちら側に引き込むことに成功した。誰も寄せ付けないオーラを放ち、誰に対しても同じ対応をする淡白さから、真に綾波さんの人柄を図ることができなかった。

 これから私は綾波さんと協力しなければならない。今度はどんな使徒が来るのかわからない。そもそも零号機がその時になっても起動実験に成功しているかわからないが、いつかは肩を並べる日が来る。

 私とヒカリが訊ねてもだいたい「ええ」とか「そう」程度しか返事が帰ってこないが、第一歩としてはまあまあのところだろう。

 

 

 ◆

 

 

 もちろんネルフまでの道も綾波さんと一緒にだ。しかし電車に乗っている間も、バスに揺られている間も一言も喋ることはなかった。私も学校での覇気はなくなり、無闇に話しかける必要はないと沈黙を守った。

 真顔で前を見つめている綾波さんの横顔を見つめる。あまりに美しすぎて、神々しい。光が降臨している……と思いきやただの照明だった。

 

「……なに?」

 

 私の視線に気づき、細い声で尋ねてくる。

 長い長いエスカレーター。私たち以外に誰もいない。

 

「綾波さんって普段何考えてるのかなって思って」

 

「……別に。碇司令のこと」

 

「お父さんか……そっか」

 

「……あなたは碇司令のこと、嫌いなの?」

 

 嫌いか、と訊かれたら嫌いだ。小さい時に厄介払いのように他所に預けられたし、呼ばれたら呼ばれたで突然人類のために命を懸けて使徒と戦えなんて虫が良すぎる。

 私がたとえ男の子でも絶対に断っていた。それに……褒めてくれないし。

 

「嫌いだよ」

 

 隠す必要なんてない。私はどれだけ言い繕ってもお父さんが嫌いという気持ちは隠せない。私に対する仕打ち、そして今も続いている私への態度。救いようがない。

 

「そう」

 

 私に興味を失ったように、顔を逸らす。どうやら悪い返事だったようだ。

 綾波さんにとって、お父さんは大切な人なのだろう。「レイ」とよく声をかけているのを見かける。でも私を名前で呼んだことはネルフに来てからない。カノンに改名したが、私の旧名は『レイ』だ。果たして『レイ』という名前にお父さんが固執した結果なのか。その辺りは直接訊かないとわからないだろう。

 

「……でも。これから知って、好きにはなれないかもしれないけど、嫌いじゃなくなるように努力はするつもり」

 

「………………そう」

 

 相変わらずよくわからない返事だが、明らかに雰囲気の違うものだとわかった。

 一緒に更衣室に入って着替える。着たときはぶかぶかなのに、手首のスイッチを押すとシュッ! と張り付いてくる感覚が気持ちいい。それでも少なからずお腹が圧迫されるから着る前の食べ過ぎは注意だ。

 コントロールルームに着くと、リツコさんの指示に従ってエントリープラグに乗り込む。これは実際にエヴァに挿入されるわけではないから危険なことになったりはしない。と、リツコさんから説明は受けている。

 まだL.C.Lを肺に満たす行為は慣れない。終わったあとに吐き出すのがつらいからだ。ひどい風邪をひいたときに、喉が乾燥したまま咳をするような感覚だ。どうやらコツがあるらしいが、私はまだそれが掴めていない。

 

『始めるわよ。集中して』

 

「はい」

 

 私はゆっくりと瞼を下ろし、雑念をできるだけ振り払った。正直なところ、集中するといっても具体的にどうすればいいのかわかっていない。意識をエヴァに向ける方法なんてわからない。そんなことをリツコさんに正直に言ってしまうと怒られそうだから胸の奥にしまっておこう。

 

 

「……それにしても、家出していなかったとは驚きね」

 

 レイとカノンのモニタリングを見ながら唐突に話しかけた。ミサトは椅子に反対向きに座り、背もたれに前向きに体重を預けたまま「そうね……」と返事する。

 

「買い物までしてたのよ。しかも唐揚げ作ってくれてさ。すんごく美味かったわよ〜。ビールに合って最高ねっ」

 

「舌が死んでるからあなたの食レポはあてにならないわ。そんなことよりもちゃんと仲直りはできたの?」

 

「それは結果を見ればわかるでしょん?」

 

 ミサトが顎でモニタリング中のモニターをさす。リツコはその数値を確認するとひとつ頷いた。

 

「マヤ、ハーモニクスは」

 

「ふたりとも正常値です。問題ありません。ですが、下げるとカノンちゃんには耐えられないかと思われます」

 

「そう。ならいいわ。エヴァ起動に十分なシンクロ率だから良しとしましょう」

 

 レイ、38%。カノン、33%。カノンが初めてエヴァに乗った時は40を超えていたが、それより低い。エヴァとのシンクロ率はパイロットの深層意識に大きく依存する。表面的外傷に左右されることはない。きっと父への反抗心からやる気があったのだと推測される。

 これからもずっとこのままのシンクロ率、というのは流石に困る。20台に落ち込むと実際の活動に大きなラグを感じるためエヴァを操縦にするには難しくなってくる。

 レイはいいが、カノンが問題だ。心が幼稚すぎる。中学生だからという理由で終わらせるには足りない。誰とも関わりを持とうとせずに生きてきた子供が大人のコミュニティに足を踏み入れる。間違いなく未知の領域。面白いと思うことはあるだろうが、それ以上に不快だったり、悲しいことに出くわすことがある。これは断言できる。他人の心に触れながら生きる。それがどんなに辛いことか。その精神的ケアも含めてミサトは大切な役割を任されている。そして最初の関門を突破できたところ。だがそれはミサトからではなくカノンからのアプローチだ。

 これが良いのか悪いのかは誰にも判断できない。

 

「ふたりとも、お疲れ様。上がっていいわよ」

 

『『はい』』

 

 慣れた動作でレイはL.C.Lを吐き出しているが、カノンはえづくように吐き出す。見ているミサトたちにも苦しく感じてしまう。下手さだ。しかしこれはパイロットには避けられないことだから、慣れてもらう他ない。

 そそくさと更衣室に向かうレイをカノンが後ろから追いかける。パイロット同士仲良くしたいという気持ちはわかるが、あの性格では心を開くことはそう容易ではない。

 レイはこのまま帰宅。カノンは使徒の死骸の視察に参加。

 ……たかが中学生が、使徒を見ても何ひとつわからないだろうに。

 何かがしたい。何かをすることで人との関わりを保ちたい。そんなわかりやすい構ってちゃんな部分が滲み出ている。無意識かもしれないが、それが今回家出を思いとどめた理由かもしれない。

 口元が寂しくなったリツコは一次データ処理をマヤに任せ、喫煙室に足を向けるのだった。




ラッキースケベまで進めたかったけどここでストップ。ラミエル戦のプロットは脳内保管してあるから沼ることはないと思いまーす

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