7th GENERATION―from Tokyo 7th Sisters― 作:いさか
季節は巡る。
それはどこからともなく始まり、人の営みと共にめぐってゆく。数えきれないほどの移ろいは、幾多にも積み重なってきた時代たちの象徴として語り継がれ、そうしてまた次の世代にも季節がやってくる。
「きれい……」
少女はつい、高校へ向かうその足を止めた。
小川に沿うようにして設けられた桜の並木道は、今まさに開花の絶頂を迎えていた。それはこの季節特有の、すなわち人々がそれぞれに持つ新たな出会いを後押しするように、通りかかるすべての人たちへひとひら、またひとひらと散りばめられていく。
そんな風景に思わず見とれていた少女だったが、ふと我に返って、
「……あ、もう行かなきゃ!」
入学モデルの「ホロコンQ」で時刻を確かめてから、少女は再び高校への道のりを踏み出した。
所沢イノリは、この春晴れて高校生となった。
昔ながらのセーラー服に身を通し、イノリはけっこう浮かれ気味だった。
高校生は華の季節、きっと人生で一番充実した時期なのだろうなぁとか、もしかして恋とかしちゃうのかな、あんまり自信はないけど……なんて、中学の時とは一味違った制服姿の自分を見つめながら考えたのが、ほんの今朝の出来事である。
形だけきっかり執り行われた入学式も無事に終わり、いよいよクラスの自席につく――という段階になってようやく、イノリは自分の凡庸さをひたと思い知らされることになった。
(あれ……高校生って、こんなにハチャメチャしてるんだっけ……?」
イノリだって気合は入れた。トレンドの編み込みを入れてみたり、あまり目立たないけど印象を残すようなメイクだってした。しかしその努力がすべてかき消されてしまうほどに、周囲はあまりに個性的だった。
(あれってゴスロリ? あっちはパンクロックで、あれはコギャルで……確かに校則緩い高校なのは知ってたけど、ちょっと自由が過ぎるんじゃ……)
往々にして、ここトーキョーセブンスはトレンドの最先端をゆく都市である。最近は懐古趣味とでも言うべきだろうか、若い層がこぞって過去の流行を追従している節がある。
(ああいうのって、確か130年くらい昔のだよね……?)
高校受験の必須科目となっているエンタメ史で、イノリも嫌というほどここ百五十年のエンターテイメントの変遷を勉強してきている。あの中ではパンクが最も古いはずだ。
イノリは文字通り祈った。どうか、自分みたいな一般的にまともとされる容姿の新入生が同じクラスにいますように、と。
ド金髪のとんがりや色彩豊かなグラデーション、メッシュがやたら目に付く中で、やっとまともな黒髪ロングを発見したとき、イノリは思わずぐっとこぶしを握らずにはいられなかった。
(ほかの人たちはちょっと怖いし、様子見するとして……あの普通そうな子に、まずは声をかけてみようかな)
担任が来るまでは少し時間もありそうだ。数は少ないが、これから一年間を共にするクラスメイトたちといち早く仲を深めようと、席を離れて話しかけている生徒もちらほら。
イノリも勇気を出して、その子の席へと近づいていく。
「……あ、あのっ、こんにちはっ!」
精いっぱいの笑顔で声をかけてみたものの……、
(えっ、シカト……?」
しかしどうやら、その子は音楽を聴いているらしかった。机に置いた左手が、リズムよくエイトビートを刻んでいる。
「おーい」
「……?」
イノリが目の前で手を振ったことで、その子もようやく気付いたらしかった。ぱたりと目が合う。
(かわいい顔だなぁ……)
まだあどけなさが残りつつも、整然とした顔つきの女の子。すっきりとした鼻筋と輪郭は、同性のイノリから見ても憧れるほどの美麗さを誇っている。
「なにか、用?」
至極もっともな反応なのだが、顔立ちに見とれていたイノリは少し面食らってしまった。
「ああ、えっと……そうだ、何聴いてるのかなーとか思って……って違う、いやそれもなんだけど、せっかくだからクラスメイトと仲良くなりたいなぁーとか思ってて、それで声をかけちゃったっていうか……」
「轟ユイナ」
感情の起伏すら感じ取れない単調な声で、その子が言った。
「と、轟さん、よろしくね! わたしは所沢イノリっていいます」
「そう」
「そう……なんですよ、そう。イノリです」
「じゃあ、イノリ」
(距離の縮め方、はやっ!)
「どど、どうしたの、轟ちゃん?」
「ユイナって呼んで。あんまり濁音多いのは好みじゃない」
「じゃあ、ユイナちゃん?」
「それでいいわ」
またしても顔色一つ変えることはない。……恰好そのものは一般的だが、ユイナもまたかなり個性的な人間なのかもしれない、とイノリは考える。
「えっと。ユイナちゃんは、何を聴いてるの?」
一瞬。
開きかけた口が止まった。それまで機械的に、少しの淀みもなく返ってきた答えは、はじめてこの質問でラグを生み出す。
「……言っても、分からないと思う」
「そうかな? わたし、こう見えて音楽には自信あるんだよ」
クラシックからモダンテクノポップまで、広く浅くがイノリのモットーなのだ。
「……もしも知っているとしたら、あなたは……」
「え、そんなに知られてないグループなんだ?」
「少なくとも、今の人たちには」
ゆっくりと伝導型イヤホンを取り外し、ユイナはそれを手のひらに載せて、イノリへ差し出した。
「あんまり馴染みのない曲調だと思うけれど」
「わたし、聴いてみていいの?」
こくこく、ユイナは二度頷く。心なしか、少しだけ身を乗り出してきているような気がする。
「今から流すのは――およそ120年前、ここトーキョーセブンスに存在した『アイドル』……『セブンスシスターズ』のファイナルシングル、『Star☆Glitter』」
(……『アイドル』? 『セブンスシスターズ』……? おかしいなぁ、わたし、聞いたことないよ……)
イノリはいささか不可解に思う。社会科科目の一つである「エンタメ史」は、ここトーキョーセブンスで培われてきたエンターテイメント全般に関する歴史をテーマにしており、イノリきっての得意科目なのだ。教科書もボロボロになるまで読み返し、テストはほとんど百点だったほどである。
だが、そんな自分でさえも知らない概念、知らないグループ、そして知らない歌。
未知の「それら」はいったい、どんな世界を見せてくれるのだろう……?
高揚感に胸を弾ませて、イノリは目を閉じた。
イントロが始まる。