砕いた氷、斬られた月   作:とある世界のハンター

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氷の鏡

 

 

 

 

 

 灑津幡哉恵は夢を見ていた。深い夢だ。

 開いた舞台に暗幕が掛かっている。スポットライトは何一つとして付いておらず、瞼の裏と違いが分からない程。舞台の上には哉恵がただ立っているだけ。

 

「哉恵。」

 

 声が聞こえた。忘れる筈のない、師の声だ。

 

「龍飛さん!」

 

 姿が見えた。哉恵の目の前には、あの頃と変わらぬ姿。いつもと変わらぬ厳しい顔つき。だが、どこか安心しきった、それでいて落ち着かなさを感じさせた。

 

「...下弦の弐、奴は自分が認めた相手に名を名乗るそうだ。」

 

「龍飛さん、私話したい事が」

 

「哉恵。」

 

 氷に罅が入った。

 

「俺は聞いた。お主は聞いたか。」

 

「...いえ。申し訳ありません。不甲斐ない弟子で。」

 

「気を落とすな。今のお前なら、いや今だからこそ奴に認められる。頸も斬れる。」

 

 また、氷に罅が入った。

 

「氷のように鋭く、水を凍らせろ。」

 

「...はい。」

 

「今日は、一段と月が綺麗だな。」

 

 その言葉と共に大きな亀裂が龍飛に入った。肩から腰までの線。

 

「龍飛さん!!」

 

「...哉恵。」

 

 氷の波紋が広がった。

 

「不甲斐ない師匠で、すまない。お前を鬼狩りに引き込んだのは俺だ。俺のせいで辛い思いをさせてしまった。」

 

 龍飛の足が宵闇に消えていく。暗幕の沼に沈むようだ。

 

「そんな、龍飛さん。私が、私が弱いせいで」

 

「哉恵。」

 

 溶けて水になった氷が再び凍った。

 

「剣を握れ。忘れるな、鬼はお前の大切な物を奪っていくものだ。恨みを、後悔を原動力としろ。お前なら全ての鬼を狩れる筈だ。」

 

「...龍飛さん。」

 

 確かに、哉恵は今までそれを原動力としていた。龍飛の言葉は、彼女の鬼狩りとしての今まで踏み締めた道を振り返させるものだった。

 

「...龍飛さん。」

 

 哉恵の瞳が閉じた。そして開いた。初めて鬼を狩った時の、この世界全てを恨むような顔では無く、寧ろ手を差し伸べる優しい蝶の様に、彩やかな笑みを浮かべていた。

 

「鬼を斬らなくて済むのなら、それもまた良いと、私は思います。」

 

 龍飛がどういう反応をしたのか、哉恵には分からなかった。ただ、闇の中で龍飛の口元が微かに動いたのは事実だ。

 

 ────氷のように鋭く、水を凍らせろ

 

 ────月明かりの刃は、一撃必殺の技

 

 哉恵に叩き込まれた、龍飛の言葉。

 

 

 

 

 

 

 

 哉恵の目が覚めた。既に暗幕は炎に差し替えられ、宵闇の中に映る影は憎き鬼へと変わっていた。

 

「ん〜、あ、起きた?ウチもう帰るから、君も帰っていいよ。氷の技も見飽きたし、また数十年後にでも逢おう。」

 

「...月。」

 

 哉恵の身体は月の明かりを求めた。雲は全て流れ、空は眷属を連れた月の独壇場になっていた。月明かりを受けて、寝そべっていた哉恵の身体は動いた。熱で重くなった、否、異常な高熱を体に宿した不自由ない身体が立ち上がった。

 

「...あーしの名前は楓哇(ふわ)。アンタは。」

 

「灑津幡哉恵。氷の鬼狩り、お前を斬って柱になる鬼狩り。」

 

 優しい熱を灯した鬼狩りは再び剣を握った。新橋色の刀。瞳は何色にも染まっていない。白だ。真っ直ぐな白だ。

 

 ━━━━氷の呼吸"参ノ型"颯颯

 

 ━━━━血鬼術"炎縄・撓り穿ち"

 

 突き刺さる氷は、炎を抉り縄を弾き返した。

 

「嘘やん!」

 

 ━━━━氷の呼吸"壱ノ型"砕氷

 

 足の血液に酸素が送られる。踏み込む感覚と共に、今度は血管が上り腕へと酸素が送られた。

 両腕を交差させ、狙うのは頸。

 

 ━━━━血鬼術"炎縄・蜘蛛鎌ノ巣"

 

 斬られた縄を投げ捨てた楓哇は、新たに炎縄を創り出した。背中から六本の縄を生やし、指揮者のように腕を振って蜘蛛の巣に似た模様の壁に身を隠す。焦燥感に駆られた彼女は今までの余裕のあった鬼でも、優しさを見せた鬼でも無かった。鬼狩りに怯える鬼だった。

 

(あかん破られる...!)

 

 波のように拡がる氷は、楓哇の予想通りに壁を突き破った。しかし、楓哇は壁が壊れる寸前に剣の届かない間合いまで下がっていた。

 

「単発で一番強いのはそれやろ。連撃(漆ノ型)は強くなるけど時間掛かるからな、疲れた所をぐさって一発やで。」

 

「......月。」

 

「なんでか知らんけど、あの爺さんよりも今の君は強いよ。でも技の型、七個全部覚えた。もう全部対処出来るで。」

 

 氷の呼吸

 壱ノ型 砕氷

 弐ノ型 英欠達磨

 参ノ型 颯颯

 肆ノ型 篝氷山

 伍ノ型 萌氷種

 陸ノ型

 漆ノ型 霏霏豪雪

 捌ノ型 時雪

 

(龍飛さんは、陸ノ型を見せてない...)

 

 陸ノ型は一撃必殺の型。一度見せてしまえば、頭の回る鬼なら二度目は効かないだろう。しかし、初見なら避けられない。

 龍飛はこれを見越していたのだろう。

 

(でも、下弦の弐なら初見で破るかもしれない。)

 

 哉恵は羽織の頭巾を被ると刀を構え直した。片手ではなく両手で握り、刃先は鬼とは逆に向ける。

 

(これを、霹靂一閃の速さでやれるとしたら...)

 

 今の哉恵が、ここで呼吸を変えてしまえば戦闘の続行は不可能。変えなくとも、ものの数分で使い物にならなくなる事は彼女が1番理解していた。

 だから彼女は、この一撃に全てを賭ける事にした。対処出来ない速さで、尚且つ目の前の鬼が見た事ない技。

 

 ────筋肉、血管の隅から隅を意識して空気と血を巡らせる

 

 桑島の教えだ。速さを会得する為に、初めに叩き込まれた。

 

 ────月明かりの刃は、一撃必殺の技

 

 瞬間、哉恵は飛び上がった。一気に最高速まで駆け上がり、月を背にして刀を振り翳す。

 

 ────何を

 

 楓哇は炎を伸ばした。六本の縄は真っ直ぐに突っ込んでくる哉恵の胸を、腹を、脳漿をぶちまける勢いだ。手加減無し、本気の一撃。

 

 ━━━━氷の呼吸"陸ノ型"鏡花水月

 

 瞬間、刃に月明かりが反射した。

 

 楓哇の意識は其方に向いた。

 

「...次生まれてくる時は、幸せに生きて。」

 

 だから、楓哇の頸は、優しく地に落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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