砕いた氷、斬られた月   作:とある世界のハンター

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迷える唐蝶

 

 

 

 

 

 

「お釣りで好きな物買ってきていいですけど、なるべく早く帰ってきてくださいね。」

 

「「は〜い!」」

 

 煉獄が炎柱となってから半年が経っていた。この半年の間に、鬼殺隊診療所の面々は各々成長していた。

 カナエは鬼の討伐数が50体を越え、柱として認められ、花柱に就いた。屋敷は作らず、変わらず哉恵の元で暮らしている。

 真菰は階級が己に上がり、氷の呼吸の型の練度を上げている。最近は、全集中の呼吸・常中を会得しようと切磋琢磨している。

 今まで鬼の頸を斬れなかったしのぶだったが、鬼にも効く毒の開発に成功し、独自の呼吸を編み出している最中だ。時間の空いた時は哉恵やカナエに稽古をつけてもらっている。

 

 それだけでは無い。診療所に新たなメンバーが増えた。

 栗花落カナヲ。身売りされそうになっていたところを胡蝶姉妹によって助けられ、そのまま此処に引き取られた。自分の意思を持っておらず、何事も言われなければ動けない静かな少女。

 神崎アオイ。最終選別を突破したものの、鬼に恐れ戦き刀を棄ててしまった少女。行く宛てもなく彷徨っていた彼女だったが、哉恵が診療所の新たなメンバーとして半ば強制的に連れて来た。本人は此処での仕事が気に入ったようで、しのぶが任務に出ている間は彼女が主となって動いている。

 すみ、きよ、なほ。村の殆どが鬼に喰われた中、なんとか生き残った少女達。鬼に喰われそうになったところを、すんでのところでカナエに救われる。身寄りが無いため、彼女が引き取った。幼いながらも、診療所のメンバーとして必死に働いている。

 

 閑話休題。

 

「いつもより運ばれてくる隊士の方が多くて、在庫が尽きそうなんです。今日のうちは大丈夫だと思いますけど、ちゃんと連れ帰ってきて下さいね。哉恵さん。」

 

「大丈夫。」

 

「ちょっと、なんで私には言ってくれないの?」

 

「姉さんが一番心配なんです。いつもふわふわして、柱なんだからちゃんとしてよ。」

 

 飼い猫が噛み付く様な目で妹に詰め寄るカナエ。そんな姉を一蹴りして、しのぶはそれを哉恵に突き返した。

 

「お願いしますね。」

 

 そう言い残して、しのぶは駆け足で隊士の元へ戻っていく。人の多さに手を焼いているようだ。

 

「...これ、私達追い出されたみた「言わないの。気付いてないからカナエ。」

 

 実際、診療所もとい氷屋敷に住まう人間で、哉恵と真菰の医療の知識はからっきしだ。並の鬼殺隊員程度の知識しか持ち合わせていない。カナエは知識はあるのだが、そのふわふわした性格故にしのぶの気が散る様だ。

 

「それじゃあ行きましょうか!」

 

 カナエの掲げた左腕に、哉恵は頷いて返した。門を抜け、彼女達は駆け出す。夕陽の見つめる先、薄らと群青色に染まりつつある空は、夜の始まりを告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

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 屋敷から街までは遠くは無い。彼女達ほどの実力があれば、店仕舞いするよりも早くそこに辿り着くのは造作もないことだ。空はインクをぶちまけた様に黒く染まり、月の明かりだけが彼女達の道を示していた。

 

「結局何も買えませんでしたねー。」

 

 肩を落として歩く姿は、欲しい玩具を買い与えてもらえずに不貞腐れる子供と変わらぬそれだった。

 

「また今度買いに行きましょ。」

 

 眉を垂れて宥めるカナエ。背中には、包帯や消毒液の入った瓶等が入った風呂敷を背負っている。他の二人も同様だ。

 

「...真菰。私とカナエの分を持って先に戻ってて。」

 

「はいっ!...って、これ使いっ走りじゃないですか私!」

 

「上官命令。」

 

「なっ...師匠の鬼!悪魔!人でなし!いつか酷い目に遭いますよ!!」

 

 これも修行の一環だと付け足し、カナエと自身の風呂敷を投げ渡す。今の哉恵には、西洋の悪魔の様な尻尾が生えてる様に見えた。豆粒程の大きさになるまで真菰の罵詈雑言は続いたが、耳を塞いだ哉恵には聞こえていないようだった。

 

「よかったのかしら...」

 

「いいの。私の継子だから。」

 

 肩を並べて歩き始める二人。月明かりが花を翳らす。自ら光を遮る様に、哉恵は見えた。

 

「...また悩み事?」

 

 切り出したのは哉恵。瞳の奥には舎利別の様に優しい水が広がっていた。蝶は砂糖水を好む。その優しさに、踏み潰された葩卉の袋の紐を解いた。

 

「...バレた?」

 

「勘だけど。あれからずっと引き摺ってる感じがしてる。」

 

 苦しさを紛らわす様に笑ってみるが、それでも喉の締め付けは拭いきれない。

 

「私、柱になっても満足できなかったみたい。」

 

「...というと?」

 

「柱になって初めての任務、あの時はすっごく強くなった気でいたの。人も、鬼も、隊士も、皆に手を伸ばせるくらい強くなったって。」

 

「それって確か。」

 

「なほ達の村でね。血の匂いが酷かった。肢体が転がってて、着物と隊服と...」

 

「言わなくていい。」

 

 燦然とした、涙が身体を四肢の先から冷やしている。哀惜、嗚咽。震える身体を抑え、縋る様に哉恵の胸元に飛び込んだ。途切れ途切れの言葉は流れ、新たに紡がれる。

 

「皆助けるなんて無理な話...少しでも救えるだけ凄いって、隠の人は言ってたけど......助けたかったなぁ。」

 

 顔を埋めて咽ぶ彼女は、その強さ故の弱さに振り回されている。その強さ故に、自らの限界に気付いている。

 

「...カナエは強いよ。もっと強くなれる。」

 

 優しく抱き締める。暖かい身体。

 

「今は、泣いていいから。」

 

「うん...私、もっと強くなって、助けるから...」

 

 

 

「...じゃあ」

 

 嫌な予感がした。カナエの背後から感じるそれは一度だけ出会った事のある気配。

 

「今、私を助けて。」

 

 黒で塗りたくった白地に明るいスポットライト。

 

「久し振り...って言っても、冷たい君は初めましてやね。名前、教えてくれる?」

 

 翼を生やし、紅を頬に施している彼女の名は驟雨。()下弦の壱。

 

 

 

 

 

 

 

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