砕いた氷、斬られた月   作:とある世界のハンター

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今回から三人称視点となります。ご了承ください。


蝶との出逢い

 

 

 

 

 

 

 藤襲山。そこは鬼殺隊への入隊資格を得る為の最終選別が行われる山だ。山の周りは鬼が嫌いとする藤の花に囲まれており、常に鬼達をその中に閉じ込めている。最終選別の内容は、この地獄とも言える山の中で七日間生き抜く事だ。

 そしてここに、黒い頭巾の付いた羽織を着た少女━━━━灑津幡哉恵が到着した。腰には元鳴柱、桑島慈悟郎の日輪刀が携えられている。

 最終選別に挑む者はざっと数えて40人程度。皆若く、哉恵以外にも女子はいた。

 麓に集められた志願者達は、淡麗な女性に藤襲山、及び最終選別の説明を受けた後に山へと続く門を潜った。哉恵もその例に漏れず、なんの躊躇いも無しにその深い山へと足を踏み入れた。

 

「...」

 

 山へと入った途端、こっち、と哉恵の勘が呟いた。瞬間、哉恵の足は尋常ではない速度でその場から消えた。後ろにいた志願者達が口を開いてるのにも気付かずに走っていく。並の隊士では出せないであろう速さで山を駆けた先には、異形━━━━鬼が一体。哉恵を向いてそこに立っていた。

 足音で察していたのだろう、人間(食糧)が此方へ向かっていると。鬼は人を殺せるように飛び掛かろうとする。腕を大きく広げれば、こんな所にやってくる奴は大抵怯んでしまう。特に女ならば。

 

 ━━━━氷の呼吸"壱ノ型"  砕氷

 

 そんな浅はかな思考と共に鬼の頸は地に落ちた。地面には、口を大きく開けて間抜け面を晒す頸があっけらかんと転がっている。

 哉恵にとって初めて討ち取った鬼。大抵の者はここで喜び、そして一部の者は恨みが少しだけ晴れた気になる。だが哉恵は違った。喜びも無く、かと言って哀しみも無く、淡々とした表情で次の標的へと切り替える。落ちた頸を踏みつけ、少女はまた駆け出す。

 

 桑島の元へと向かった翌日から、異様に身体が軽かった。勘が異常なまでに冴えていた。そして哉恵の中の憎悪が身体中にまとわりついていた。それが哉恵を突き動かしていた。

 

 藤襲山は哉恵が修行として使っていた山よりも灘らかだった。場所によっては険しいが、それでも哉恵にとっては遥かに走りやすかった。僅かな期間で習得した速い移動法、呼吸を駆使して鬼の頸を斬り落とす。返り血が付いても気にせず、ただ淡々と。

 

 ━━━━氷の呼吸"伍ノ型"  萌氷種

 

 淡々と。

 

 ━━━━水の呼吸"肆ノ型"  打ち潮

 

 ただ、淡々と。

 

 

 

 

 

 

 

 山に入った時には空のてっぺんに居た太陽も、今は沈んで代わりに月が地を照らしている。

 藤襲山に閉じこめられていた鬼は、今ではその数を半分以上に減らしている。その殆どを哉恵が斬った事は言うまでもない。

 陽の光という柵が消えた事により、鬼達は昼間よりも活発に動き始める。だが、明らかに数が減っているという異常事態に、鬼達は焦燥感に背中を撫でられる。

 急いで鬼狩りを喰らわねば...という焦燥感に。

 

「...」

 

 山の彼方此方で鬼と志願者達が戦闘を行っている事を、哉恵は即座に理解した。勘ではなく、声で。遠くから、そして近くからも悲鳴が聞こえた。鬼の断末魔もあれば、喰われそうになり怯える人の声。

 

 ━━━━雷の呼吸"壱ノ型"  霹靂一閃

 

 そんな戦闘に割り込んでは、現状最も疾い技で頸を斬り落としていく。氷の呼吸を主に使っている哉恵が途中で呼吸を変えるというのは、肺に大きな負担がかかるという事だ。慣れない事、そして系統の違う呼吸なら尚更。

 しかし、哉恵は足を止めなかった。

 戦いの傍ら、怪我を負った志願者は無傷の人間に手当をするよう押し付け、次へ次へと山を回っていく。

 

 鬼が尽く滅ぼされていく中で、そんな事を気に留めない鬼が一体。鬼というには余りにも人間離れした巨大な姿。正しく異形。体は無数の手を纏い、弱点である頸は何本のもの腕で覆っている。通称、手鬼。

 そんな手鬼に挑む少女が一人。蝶の羽を思わせる白い羽織に、白い簪を身につけている。桃色の刀身は、使い手の心を表すかのように揺れていた。

 

「お前、強いなぁ。今まで食ってきた奴らよりも断然強い。」

 

(呼吸を...整えて...)

 

 少女が手鬼との戦闘を始めてから五分。手鬼の圧倒的な手数の多さ、そして腕の硬さに押されていた。斬れない程の硬さでは無いが、容易くは斬れない。楽しんでいるのだろう。幾度となく吹き飛ばされた少女の身体は、あちこちに土と汚れ、そして血が張り付いていた。

 呼吸が整った時を見計らい、手鬼の腕が一斉に少女に襲い掛かる。

 

 ━━━━花の呼吸"弐ノ型"  御影梅(みかげうめ)

 

 目の前から迫り来る無数の腕を、周囲に向けた斬撃で全て斬り落とそうとする。

 だが、それはこの五分で手鬼も理解していた。この攻防も幾度目だ。自分の攻撃は全て防がれる。

 

「遊びはこれで終わりだ。」

 

 だから、斬撃の無い場所から狙う。

 

「!」

 

 即ち、地中。

 

(嘘!避けられない!)

 

 地面から生え出た腕が、少女の片足を掴んだ。

 地面に引っ張られた少女の体はそのまま体勢を崩し、その華奢な身体は剣士から無抵抗な人間へと変わり果てる。

 

「離して!」

 

「駄目だね。もう少し遊べるかと思ったけど、そこまで強くは無い。でも折角だ、首を捻って綺麗に殺してやろう。」

 

 片足が埋まった少女は両の腕も掴まれ、そのまま手鬼の眼前へと引っこ抜かれる。喜々とした表情に、少女は藻掻く事しか出来ない。そんな事をしたところで、気持ちでは諦めずに鬼の頸を狙ったところで、圧倒的力を持つ鬼には敵わないのだが。

 手鬼の指が少女の頸を摘む。

 日輪刀は地面に落とされた。少女の目は、絶望に染まろうとしていた。

 

(しのぶ...姉さんもう駄目みたい...)

 

 筈だった。

 

 ━━━━雷の呼吸"壱ノ型"  霹靂一閃

 

 少女の顔を摘んでいた手鬼の腕が斬り落とされた。手鬼の顔が顰めるが、構わず次の型へと移行する。

 

 ━━━━氷の呼吸"弐ノ型"  英欠達磨

 

 今度は掴まれていた腕を解放し、そのまま地面へと降り立つ。

 

「きゃあ!」

 

 自由の身になった少女は、地面に転がりながらも直ぐに日輪刀を手に取り構える。横には助けに入った剣士、哉恵も一緒だ。

 

「お前、強いな。」

 

 手鬼が口を開いた。瞬時に強敵と見定め、腕を一つに併せる。だが動じない。今の彼女には、そんな余裕は無い。

 現状最速である慣れない霹靂一閃の多用、山中を全力疾走、そして極めつけは間髪入れずに氷の呼吸への変更。肺は今にも破裂しそうで、頭は地獄の業火にでも焼かれたかのように熱い。一瞬でも気を抜けば倒れてしまいそうで、日輪刀を握る手の感覚すらない。

 

(...鬼、を、殺す。)

 

 そんな哉恵を突き動かすのは執念。恨み。鬼という存在への敵意。

 

「隙を、作って。」

 

「分かったわ!」

 

 花の呼吸の少女は直ぐに応える。この鬼は倒さなければいけない、確固たる意志のもとに彼女も剣を握る。

 

「何をしようと無駄だァ!」

 

 一つに併さった腕が大きな一つの腕となり、全力の突きとなって二人の身体目掛けて放たれる。

 だが、花の呼吸の少女はそれを予知していたようで即座に仕掛ける。

 

 ━━━━全集中・花の呼吸"陸ノ型"  紅花衣(べにはなごろも)

 

 鋭い突きを側面から、下から上へと捻れる軌道で刃を振るう。刀はそのまま腕の先を斬り落とし、攻撃は一気に減速する。

 すかさず哉恵は腕に飛び乗り駆け出す。

 冷たい目の標的は、腕に覆われた鬼の頸。

 

「死ねぇ!!」

 

 一つに併さった腕から、触手のように生え出た無数の腕が哉恵目掛けて伸びる。だが、哉恵の足は止まらない。

 

 ━━━━氷の呼吸"漆ノ型"  霏霏豪雪

 

 腕を一つ斬り落とし、また一つ斬り落とし、斬撃の威力が着々と上がっていく。手鬼の死への階段も。

 頸までの距離、凡そ一間。歩数にして約三歩。頸の堅さに自信のあった手鬼が、死の恐怖を感じるのに要した時間はほんの一瞬。

 その一瞬、

 

(死ね。)

 

 殺意の刃が手鬼の頸を刎ねた。

 

「嘘...!」

 

 頸は月明かりに照らされながら、弧を描いて地に沈む。体は崩れ、いずれ塵となる。

 そして哉恵もまた、力無く沈んだ。氷のように冷えた目は溶けていく。朦朧とした意識の中で、誰かが必死に呼び掛ける声が聞こえる感覚だけを残して。

 

「脈も呼吸も正常...疲労による気絶、かしら。」

 

 残された少女は、周囲を警戒しつつ哉恵の肩を担ぐ。今の戦闘の音を聞き付けて、他の鬼が襲いに来るかもしれない。そう考えた彼女は、そそくさとその場から立ち去ろうとした。

 

「...」

 

 だが、彼女は優しかった。鬼にさえも情けをかける程に。

 

「...兄...ちゃん...........」

 

「...今度、貴方が生まれてくる時は、鬼になんてなりませんように。」

 

 散りゆく体の中で、寂しく伸ばされた手。優しく包み込んだ彼女の目は、慈しむような目をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫

 

 

 

 

 

 

 

「......ここ、は。」

 

「あ、起きた?」

 

 哉恵の目が覚めた。陽の光が眩しく、目を細める。鉛のように重くなった体をなんとか腕の力だけで起き上がろうとすると、隣の少女が手を貸して上だけ起こされる。

 

「ここは藤襲山の端っこ。藤の花がすぐ側にあるから鬼は多分来ないわ。」

 

「そう......で、誰?」

 

「胡蝶カナエ。貴女の名前は?」

 

「灑津幡哉恵...」

 

「ふふっ。哉恵ちゃん、一昨日はありがとう。」

 

「...一昨日?」

 

「ええ。貴女、2日間も寝てたのよ。」

 

「...そう。」

 

「...ふふっ。」

 

 まだ陽の光に目が慣れていないのか、それとも眠気からか、瞼を擦る哉恵。それが可笑しく見えて、カナエはつい笑ってしまった。

 

「...何?」

 

「ううん。戦ってる時はあんなに格好良いのに、普段はこんなに可愛いんだなって思って。」

 

「...」

 

 

 

「あ、お腹空いてるわよね!はいこれ、多分食べれるわ。」

 

「うん、ありがと。」

 

 手渡された野イチゴを躊躇いなく口に放り込む。ここ半年間全くと言っていいほど甘味に触れなかったのにも関わらず、味わう間もなく胃の中へと落とし込む。

 

 

 それから3日間、哉恵はカナエと行動を共にした。その間鬼に遭遇する事は一度も無く、無事に山を降りる事が出来た。他の志願者達も同じように鬼に遭遇すること無く、無事に山を降りる事が出来たようだ。これは中々起きない事だと、鬼殺隊関係者は感心していた。

 他の志願者達は、哉恵の顔を見ると周りにワラワラと集まり感謝の言葉を述べた。幾人もの人が、哉恵に危ない所を救われていたのだ。

 

「...うん」

 

 言葉を受け取った哉恵の耳は仏桑華の様に紅く染まっていた。

 その後、志願者達は鬼殺隊からの指示を出す鎹鴉を受け取り、隊服の寸法を測って各々の育手の元へ帰る事となった。

 

「またね、哉恵ちゃん。」

 

「...」

 

 不満げに口を尖らせた哉恵はそっぽを向いて、カナエとは違う道を歩き始める。

 

「今の哉恵ちゃんも可愛いけど、哉恵ちゃんは笑ってる方が可愛いな〜!!!」

 

 大声で呼び掛けるカナエを無視して、足早に歩いていく。

 

「笑顔の哉恵ちゃんが可愛いな!!」

 

「こっち来ないで!!」

 

 

 

 

 

 

 




その後暫く追い掛けられた。
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