━━━━焦げ臭い。
━━━━私の家はこんなにも薄汚く、醜く、そして何も無かったのだろうか。
ぼうっと突っ立ったままの哉恵の眼は、酷く穢れていた。
腰には彼女の日輪刀を携え、鬼殺隊の隊服を身にまとっている。隣には雷の呼吸の育手である桑島慈悟郎。そして鬼殺隊の裏方である隠が数名。
最終選別を終えて早2週間。既に哉恵の元には隊服と日輪刀が支給されていた。
「炎の血鬼術を使う鬼、か。」
「はい。恐らく。」
彼等がいるのは龍飛宅の庭。本来ならば、芝生が絨毯のように敷き詰められている筈の場所。しかし、今ではかろうじて焼け残りの草が産毛のように生えているだけ。そしてそれは、吹けば飛ぶ紙切れ程にしか残っていない。
「あと、これが......家屋の中に。」
そう言って隠の一人が懐の小箱から取り出したのは、所々が爛れた手拭い。一部燃えてはいるが、大きな文字で『下 弐』と書かれていた。
「下弐...つまり。」
「ここを襲撃したのは、下弦の弐で間違いないかと。」
暫しの沈黙。
隠は遺品整理を行い、桑島はただ只管に『滅』の文字を見続ける。『滅』は未だに動かない。
桑島は場の流れを変えるように咳払いをすると、踵を返した。
「...儂は先に帰っておる。」
「...」
「哉恵や。」
「...なんでしょう。」
氷が震えた。
「...彼奴の太刀筋は、氷のように鋭かった。」
「...心得ています。」
「...直ぐに鎹鴉が指令を出すじゃろう。歩みを止めるでないぞ。」
「...はい。」
桑島は足を踏み出した。片手には折れたみ空色の日輪刀。
彼の送り出すという行為はいつも恐怖が付き纏っていた。既に幾人もの剣士を育て、そして送り出している桑島だが、今回ばかりはその重みが違った。だが、その裏で期待も大きかった。たった2週間で雷の呼吸の型全てを完璧に会得するまでに至る才能。
(初対面の時とは大違いじゃ...)
「桑島さん。」
雷が轟いた。咄嗟に桑島は後ろを振り向いた。
だが、哉恵が桑島を見る事はなかった。
「雷の呼吸の御指導、ありがとうございました。」
「...うむ、達者でな。」
雷が氷を育てた。否、変えた。砕いたのかもしれない。それは確実に、灑津幡哉恵という存在に大きな力を与えていた。
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彼女の目から、涙が止まらなかった。
第二の親の死。間近で見る死。
彼女の心を壊すには充分だった。
隠は既にその場から去っていた。残されたのは鬼殺の剣士ただ一人。
本来なら縁側のある場所。だかもう無い。
本来なら囲炉裏のある場所。だがもう無い。
本来なら玄関のある場所。だがもう無い。
本来なら家のある場所。だが、もうそこには無い。何も無い。家も、人も、安心も、拠り所も、何もかも。
「私の太刀筋は、氷のように鋭い。」
氷が零れた。
それは既に枯れ、瞳は氷のように鋭かった。
「下弦の弐...」
━━━━標的は下弦の弐。
「鬼は...私が。」
━━━━鬼は、私が殺す。
「...鎹鴉。指令を。」
「カァー!北ノ街ヘ迎エ!!」
「...承知した。」
新橋色の刀が一閃、虚空を斬った。
瞬間、灑津幡哉恵はその場から消えた。
遺されたのは、湿った燃え滓だけだった。