砕いた氷、斬られた月   作:とある世界のハンター

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透徹した濁り

 

 

 

 

 

 

「コノ街ニ鬼ガ潜ンデイル!」

 

「...承知。」

 

 木々の疎らな林を抜けた先にある街。四方にある門から察するに、関所として発展してきた町だろう。遠目で見る限り、数名の警官が街を見回っている。ただの人間による誘拐事件と思い込んでいるのだろう。

 この街に鬼が潜んでいる。

 日輪刀の入った刀袋を背負い直し、哉恵は街へと続く坂を降りる。

 今は日中。雲一つない空は、まだ地上が明るい事を示していた。鬼の出る時間では無いことを理解している哉恵の足は、藤襲山の時のように早いものでは無かった。

 

「鎹鴉、何か鬼の情報は?」

 

「少女ガ消エテイル!1週間デ7人!イズレモ人通リノ少ナイ路地デダ!」

 

「なるほど...一日一人。」

 

「もし、そこの君。」

 

 門が近付いてきた所で呼び止められる。声の主は街を警備している警官だった。

 

「この街では夜な夜な少女が拐われている。もし君が一人旅をしているというなら悪い事は言わん。ここから東にある町なら夕方には着くだろう。宿を取るなら其方へ行きたまえ。」

 

 哉恵の恰好を見て、少なくとも買い物では無い事を察したのだろう。堂々たる態度で哉恵にこの街から早く立ち退くよう促した。

 

「ご忠告、どうもありがとう。それではお気を付けて。」

 

 だが、哉恵は全く臆す事無く門をくぐり抜けた。この街に泊まるにしても、東へ行くにしても、この門はくぐらなくてはならない。警官は何も疑問に思うこと無く彼女を通した。

 

 

 

 

 

 

 

 刻は夕暮れ。

 門を抜けた後、哉恵は街の構造を把握する為あちこちを駆け回った。

 この街は縦と横を分断する様に大通りが敷かれており、その先に東西南北の門が置かれている。大通りから逸れると、一気に住宅地となる。そして枝分かれしたように、閑静な路地が無数に存在している。

 北の門の先には川があり、西から東へ流れている。橋の向こうは日など射し込まないであろう深い森。東西は田んぼ道で、うんと向こうに村があるようだ。そして南は林道。哉恵が通ってきた道。

 ここで哉恵は一つの仮説を立てた。この街には廃屋と呼べるような場所は無く、そして路地は全て隈無く探した。つまり、恐らく鬼がこの街に潜んでいる事は無い。居るとするなら北の森。彼女の勘もそう言っていた。

 ならばする事は1つ。警官に見つからぬよう、北門付近での待ち伏せ。念の為、鎹鴉にはその他の門と街の中を飛び回ってもらっている。

 

 日が沈む。日中と同じく雲一つない空。

 月明かりが橋を照らす。誰もいない。

 

 一刻経った。まだ誰も通らない。

 

 さらに一刻経った。まだ影すら見せない。

 

(まだか...)

 

 哉恵の頬に汗が垂れる。腰に携えた刀に手をかける。その手には焦りが現れていた。

 確実に鬼は現れる。彼女の勘はそう囁いている。鍛えられた勘を疑う訳では無かったが、それでも不安は拭い切れなかった。

 

「!」

 

 瞬間、彼女は駆け出した。橋では無く、真逆の街の方向へと。

 

(おかしい...!北からは確実に来ていない、鎹鴉が見逃したの...?)

 

 若しくは、元々街に潜んでいたか。隅々まで探したはずだが...と焦りは止まらない哉恵。

 鬼は既に街に現れている。彼女の勘がそう囁いていた。

 通りを抜けて路地裏へ。黒い隊服は暗闇に紛れるのに丁度良く、速さも相まって誰にも見つからず勘の示す先へと辿り着いた。だが、そこには誰もいない。

 

 勘が外れた。

 

(いや)

 

 反射的に身を翻した。哉恵の顔を掠める様な突きが、過去の彼女を襲った。

 

 ━━━━氷の呼吸"伍ノ型"萌氷種

 

 刀は既に抜いていた。翻すと同時に横振りの一撃。

 

「ガァ!!」

 

 振り終える頃には、血と片腕が宙を舞っていた。そして一瞬だけ見えた斬られて先の消えた腕の断面。それは塵となって消えたが、哉恵は理解した。姿は見えないがそこに居る。そしてこの鬼は

 

(異能の鬼!)

 

 異能の鬼━━━━血鬼術と呼ばれる術を使う鬼の事である。人を多く喰らった鬼や、一定以上の実力を備えた鬼に発現すると言われている。龍飛を襲った鬼も、そのうちの一体だ。

 存在自体は桑島から聞かされていた。藤襲山の鬼とは一線を画す存在だとも。

 

「貴様ァ...!鬼狩りかぁ......よくも...よくもオォ!!」

 

「...姿を現せ。」

 

 1歩下がって刀を構え直す哉恵。集中力は、藤襲山の時のそれと同じだった。

 だが、あの時のように刀を振るう事は無かった。先の突きの速さは霹靂一閃どころか、哉恵の反射速度に及ばず、速度では優っている。本来なら容易く頸を斬れる筈の相手だが、姿が見えない以上無闇に突っ込むのは危険だと判断した。

 

「見せる訳、ねぇだろ!!」

 

 鬼の言葉と共に、哉恵の目線の隅にあった荷車が飛んできた。鬼は逃走の為の時間稼ぎとして投げたのだろうが、哉恵からしたらそれは隙でしか無かった。

 

 ━━━━水の呼吸"捌ノ型"滝壺

 

 投げ付けられた荷車を踏み台にして飛び上がり、駆け出したばかりの鬼に向けて滝のような斬り落とし。狙いは頸では無く、鬼に向けて。

 

「グッ。」

 

 刃は届いたようで、鈍い痛みを訴える声が聞こえた。声の出処から凡その鬼の位置を特定した哉恵は、すかさず次の攻撃へと移る。

 

 ━━━━雷の呼吸"参ノ型"聚蚊成雷

 

 目にも止まらぬ速さで"そこ"を幾度となく斬りつける。斬りつけた場所から出血。血が垂れ、鬼の造形が薄らと見えてくる。脚、腹、腕、肩、そして頸。

 それを逃す訳がなかった。

 そして、それを察知出来ないほど鬼も馬鹿では無かった。

 反撃覚悟の噛み付き。姿が見えず、どのような攻撃をしようとしているかは鬼狩りには見えない。

 だが、攻撃を仕掛けられているという事を哉恵は既に察知していた。だから、次の一手を封じる。

 

 ━━━━氷の呼吸"弐ノ型"英欠達磨

 

 四肢を斬り落とすこの型は、確実に鬼を仕留める為のもの。四肢を斬り落とされ鬼に残るのは胴体と頸のみ。それだけでは体は動かない。つまり、隙だらけ。

 

(死...!)

 

 ━━━━氷の呼吸"壱ノ型"砕氷

 

 達磨の鬼は為す術もなく、鬼狩りに頸を撥ねられた。彼の瞳に最後に映ったのは、薄汚ない灰色の瞳だった。

 

 

 

 

 

 

 

「...」

 

 消えゆく胴体を見つめる哉恵。肺が締め付けられるように痛く、立っているのもやっとな状態。頭が熱く、気を抜けば今にも倒れそう。

 

(あぁ...)

 

 無性に腹が立って、死体を踏み躙った。これでもかと言う程に。

 

(あぁ...!)

 

 刀で刺した。塵屑となって消えるまで。

 

(あ゙あ゙あ゙!!!!)

 

 自然と涙が零れ落ちてきた。血に混じって消えてなくなった。

 

 足音が聞こえてきた。見回りの警官だろう。刀を鞘へと戻す頃には息は整っていた。スグにでも逃げ出せる。

 雲が出てきた。月明かりが哉恵を嫌うようにそこだけを避けて照らす。

 

「おい!そこのお前!何者だ!!」

 

 提灯を持った警官が2人。人影を見つけた途端に腰のサーベルを抜こうと構える。謎の誘拐事件の犯人だと確信したのだろう。

 

 ━━━━雷の呼吸"壱ノ型"霹靂一閃

 

 だが、提灯の明かりが同時に消えてしまい、意識は一瞬そちらへ向けられる。

 気付けば警官の目の前に居た筈の人間は、彼等の背後に立っていた。咄嗟の出来事に慄然としている大人達を宥めるように、鬼狩りは声を掛けた。

 

「誘拐犯...いえ、殺人鬼は裁かれました。それではお気を付けて。」

 

「ま、待て、それはどういう...」

 

 警官が声を掛ける間もなく、その鬼狩りは姿を消した。遺されたのは、無知な人間のみ。

 

 

 

 

 

 

 

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