砕いた氷、斬られた月   作:とある世界のハンター

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炎の縄

 

 

 

 

 

 

 

 晩秋の常闇が、深く水色となって四周をつめたく冷やす。雲に障翳された月明かりは、その隙間から地上を覗こうと試みているよう。どうやら地上の少女に嘱目しているようだ。

 

「向こうの街ね、了解!」

 

 鎹鴉からの伝達。他の街に炎の血鬼術を使う鬼が現れたとの事。増援を呼び掛けられたらしく、外にいたカナエはすぐに其方へ駆け出した。最短ルートは、樹皮や木の芽の匂いの中を突っ切る事。彼女は躊躇うこと無く森の中へと足を踏み入れた。

 

「!」

 

 踏み入れた途端、何かがこちらを見つめている様な気がして後ろを振り返った。しかし、そこには街から森までの一本道があるだけ。そこに何者もいない。

 

(気の所為かしら...)

 

 カナエは再び森の中へと足を進めた。蝶のように華麗に木々の間を通り抜け、街へと向かう。

 

「...おろ、気付かれたと思ったんだけどな〜。」

 

 その後ろ姿を見つめる影が一つ。高い木の上から悪戯げに笑っている。

 

「まーいいや。あっちにはアイツが居るし、あーしはやりたい事やろ〜っと。」

 

 ケラケラと笑い、踵を鳴らしてそれは道の先を眺めた。その背後には、恰も舞台のサスペンションライトに当てられたように明るく照らされた街。

 

 

 

 

 

 

 

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 ━━━━(さきがけ)の呼吸"壱ノ型"慈弦断(じげんだん)

 

 空間ごと斬り裂かんとせん勢いで太刀が振るわれる。円を描くように振るわれた軌道の先は空。何もいない。

 

「また外れ〜。残念やね〜。」

 

 燃える(リング)で刀を振り回しているのは(さき)柱──虎徹(こてつ)大冴(たいが)。彼の羽織は炎に炙られ、一部燃え落ちている。

 

「チィ...ちょこまかと...!下弦の壱ィ!!」

 

 額に青筋を張って声を荒らげる。怒りの矛先はこの火事の犯人──鬼。十二鬼月の一人、下弦の壱。

 

「当てられん方に問題があるやろ。ウチ悪い?悪くないやんか。」

 

 悪を知らない純粋無垢な子供のように振る舞う鬼は、片足立ちしながらくるくると回る。家屋のてっぺんは、鬼狩りを見下ろすには丁度良い場所だった。

 

「街を燃やしておいてよくもそんな事を吐けるな...!火事場泥棒のようにこの隙に人を喰らっていたんだろう!」

 

「ん?ウチそんな事しとらんで〜。頼まれてこれやっただけやし。」

 

 頼まれて、という単語に引っ掛かりを覚える。十二鬼月に頼み事をすると言えば、鬼の頂点である鬼舞辻無惨が真っ先に思い付いた。

 

(もしや、この裏には鬼舞辻が...)

 

「隙だらけやで。」

 

 ━━━━血鬼術"炎縄"

 

「ぐっ」

 

 虎徹の意識が逸れたのを下弦の鬼が見逃す筈が無く、血鬼術を発動して鬼狩りを狙う。

 ロープの様に伸びる炎が鬼狩りの腕を掴み、そのまま宙へと放り投げた。

 

 ━━━━魁の呼吸"壱ノ型"慈弦断

 

「ふんっ!!」

 

 空中で繰り広げられる剣と拳のぶつかり合い。

 重力を味方に付けたとは言え、体勢の整っていない状態では鬼狩りに分が悪く、弾き飛ばされてしまった。

 だがそれで終わる訳は無く、下弦の壱が地面に降りるとほぼ同時に地を蹴った。

 

 ━━━━魁の呼吸"肆ノ型"神速・長曽祢虎徹

 

 瞬時に己の最高速まで加速し、すれ違いざまに鬼の頸を撥ねようとする。しかし、下弦の壱はそれを目視した後に"炎縄"で刃を止めた。

 

「折角の好機やったのに、残念やね。」

 

「ぬかせ、まだまだこれからだ。」

 

 縄を弾いて鬼を蹴り飛ばす。刀を握り直し、柱は再び前を向いた。

 

 

 

 

 

 

 

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「ありがと、鴉。」

 

「気ニスルナ。休ムノモ隊士ノ務メダ。」

 

 カナエが部屋を飛び出してから半刻後、哉恵は鎹鴉に手を借りて縄から抜け出ていた。だからといって刀を携えて駆け出す訳ではなく、言い付け通りに大人しくしていた。

 まだ顔は赤く、熱が引いていないようだった。

 

(...あの時もそうだったな。)

 

 ライスカレーを食べた後に熱を出した幼い頃の哉恵。あの時は本当に死んでしまうのではと、枕を濡らしていた事を思い出して口が綻ぶ。

 

(...カナエ)

 

 窓の先にふと目線が行った。窓から見える景色、最も明るいのは『天』では無く『地』だった。遠くの街は赤く染まり、そこだけが夕焼けのように照らされていた。

 

「...行クノカ?」

 

「...行く。」

 

 刀を杖代わりにして立ち上がると、頭に篭った熱が目眩を引き起こして哉恵を倒れさせようとする。壁に寄りかかって息を整えると、今度は刀を腰に携えて立ち上がった。身体はまだ熱く、動いていいような体調では無い。

 

「仇討チヲシテ何ニナル?」

 

 そんな哉恵の前に鎹鴉が立ち塞がった。彼女の師の事は、哉恵の下に送られる前に話として聞いていた。しかし、鴉である彼に人間の感情は理解できなかった。フラフラの身体を引きずってまで、鬼を狩ろうとするその執念が。

 

「...まだ、決まった訳じゃない。」

 

 鴉への視線を外した哉恵の目には悲憤が募っていた。

 

(今の私には...力がある。)

 

 横顔は瞋恚の表情を剥き出しにし、『炎の血鬼術を使う鬼』に殺意の照準を定める。鎹鴉の持ってきた草履を履き、彼女もまた窓の縁へ足をかける。

 

 瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 街が爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 




大正コソコソ話。
血鬼術"炎縄"は、鬼が作り出した縄状の炎の血鬼術。戦闘の際は片手で縄を持って戦うが、持たなくとも自分の意思で動す事が可能。
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