音声作品研究会の日常   作:榎田 健也

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もしよろしければ、感想、評価等をよろしくお願いします。

温かいお言葉はやる気に、厳しいお言葉もやる気になります。


あすみる部を知っている方は忘れてください。ボツりました。


第一話

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」

 

 息が乱れ、足は重くなる。肌は触れる空気を冷たく感じ、耳は自分の荒い息にしか反応せず、目に見えるものは全て揺らいでいる。

だが、それでも走る、走る、走る。

 

 走らないと、死ぬ。

 

 発端は些細な出来事だった。上司の誘いを断りきれずキャバクラに行った事が、少し情緒不安定な妻にバレてしまった。

理由は香水の匂いとキャバ嬢の名刺。香水はともかく、名刺は決定打である。焦っている間に妻が台所から包丁を持ってきたので、スーツを脱いで逃げた。普段は俺を支えてくれている良き妻であるが、少し情緒が不安定なのだ。少し。……そう、少し。

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 

 近くに公園を見つけたので、妻や妻の知り合いがいないかどうか周りを見回してから入る。少しベンチに座って休みたい。もう限界だ。

まあ、知らない公園だし結構走ったからな、流石にここまで来れば大丈「見つけたわよ、あなた」ぶぇぇぇぇ……。

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 

 恐怖の余り、汗はみるみる引いていく。背筋が冷たくなり、身体が震える。さっきまで動いてくれた足は膝だけが横に動き、立つことは辛うじて出来るが、逃げることは出来ない。

 

「待って……待ってください! いっ、一回、話し合おう!」

 

疲れで切れ切れにさせながらも必死に叫ぶ。

 

「他の女の所に行くのなら、私が……!」

 

 それでも、妻は聞く耳をもってくれない。まるで、俺の必死の叫びが聞こえていないかのように。

 

「この後、私もいくから……!」

 

 妻の身体が近づき、ぐさりと音が聞こえ、腹に痛みが走る。視界が深紅に染まり、力が抜けていく。瞼は抗えない力で降りていく。意識が闇に溶けていく。

 

「…………ごめん」

 

 俺は死んだ。

 

 

  

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……! ……ふぅ」

 

 目を開けると、そこは俺の部屋の天井だった。両手を見ると汗でじっとり濡れているがよく見慣れた両手だったことに安堵した。俺の名前は持内(もちない)飛理也(ひりや)。十七歳の男子高校生。うん、帰ってこれた。

荒い呼吸の後、落ち着いたので事後の如き溜息を吐いた。シたことないから分からんが。だが場所は布団で、俺は今汗をだくだくとかいている。そこだけは一致しているからよくね?

 

「布団の上で聞くんじゃなかったな……」

 

 人は寝ている間に、夏は約六〇〇ミリリットルの汗をかく、と何かで聞いたことがあるが、春にも関わらずそれ以上汗をかいてしまっている。これは、俺の想像力が原因である。

 俺は想像力が人よりも強いらしく、小説などを読むと頭の中にアニメが再生され、話しかけられても気づかない。極めつけは音声作品を聞くときで、話しかけられても気づかないのは勿論のこと、今回のような殺される作品を聞いて呼吸困難になったことがある。救急車を呼ぶ程ではなかったが、もう少し酷かったら危なかった筈だ。というか危なかった。

 スマホを開き、概要欄を確かめる。……大丈夫、しっかり条件を満たしている。高評価を押し、寝るためのASMR動画を探すことにした。

 ASMR――オートノマスなんちゃらかんちゃらの略で、直訳すると「自律感覚絶頂反応」となる。別に絶頂反応といってもいかがわしいわけでもなく、波の音、川が流れる音、霜柱を踏む音など、テレビの五分番組でやってそうな「心地よい音」に近い。囁きや耳かき、スライムやタイピング音などや咀嚼音、雨の音やペンで紙に何かを書く音など多岐に渡り、動画投稿サイトや同人サークルの音声作品などがある。殆どがリラックスや睡眠を目的に利用されている。……少し、ほんの少し、いかがわしいのはあるが。

 そんな訳で、俺は寝る前にリラックスの為毎日聞いている。十八禁ではない。あれは寝る前に聞いては行けない。ムスコが目覚めて眠れなくなる。あと、今日はやむを得ない事情があったし寝るためではなかったが、ヤンデレはヤンデレでも耳かきしてくれずに殺すのは駄目だ。眠りどころか永遠の眠りについてしまいそうだ。現に想像の中では死んだ。今も少し腹が痛い。

 ちなみに、動画の探し方は簡単、「耳かきボイス」と調べるだけである。そうすれば女の子が耳かきしてくれる音声作品の動画がうじゃうじゃ出てくる。やはり一番は耳かきだ。

 もう声だけでいい。リアルの女は醜いだけだ。可愛い声をヘッドフォンで聴ければそれでいい。耳が音声を聴ければそれでいい。耳かきだって耳舐めだって耳吹きだって添い寝だって、十八禁だって何でも出来る。俺の想像力で何とかする。だからひたすら動画を漁り、癒されまくる。そして――

 

 音声作品の台本も、作る。俺の手で、最高の音声作品を「台本」という観点から作るのが俺の目標だ。

 試聴履歴が残っていたので、念のためもう一度さっきの動画の概要欄を確認する事にした。

 

『こわ~いヤンデレ奥さんを演じてみました!

 

 こえ:れもん

 台本:ランス様(素敵な台本をありがとうございました!)』

 

 うん。ちゃんと俺の名前が入っている。……素敵な台本、と言われちゃ照れるが。

俺の名前は持内飛理也。十七歳の男子高校生。ペンネームは「ランス」。音声作品業界で知らない人はいない、音声作品専門の台本作家だ。

 




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