【嘘とは何か。それは変装した真実にすぎない】
-----バイロン『ドン・ファン』
黒ウサギが先頭に立ち、五人はとある場所に向かう
その道すがら、ソウはとある木を目にした。
「桜? イヤ、それにしては花弁やらなんやらが違うな……」
道の脇の街路地には桃色の花弁を散らしている花が咲き誇る
新芽と青葉が生え始めた木からは今の季節は梅雨に入る頃だろうと想像できた。
「桜の木ではないわよね? 真夏になっても咲いているはずがないもの」
「いや、まだ初夏になったばっかりだぞ。気合の入った桜が残っててもおかしくないだろ」
「……? 今は秋だったと思うけど?」
“ん?”と三人は顔を見合わせて首を傾げる
それを見てソウは“へ~”と呟いてから周りを見渡した。
「やっぱり皆は別々の世界から来てたみたいだね。俺の世界はそもそも、もう季節らしい季節がなくなってるし」
「ん? もしかしてパラレルワールドって奴か?」
「近しいですね。正しくは立体交差平行世界論というものなんですけど……今から説明を始めると一日二日はかかるのでまたの機会に」
黒ウサギはそう言うとまた前を向いて歩き出す
飛鳥はそれを聞きソウに声をかけた。
「ソウ君、さっきのパラレルワールドって何?」
「へ? なんで俺に聞くの? 普通は言った十六夜君に聞かない?」
「あら、別に良いじゃない。貴方物知りでしょ?」
ソウは苦笑しながら飛鳥に説明する
「パラレルワールドって言うのは自分の住む世界とは違う世界が幾つもあるって言う考え方だよ。だから、この世界そのものがパラレルワールドの証明って事になるね」
「それは世界その物が違うってこと?」
「そう。立体交差平行世界論ってのは……俺の知っている知識にはないんだが、たぶんだけど似た様な考え方は俺の世界にもあったよ。つまり、俺達が居る世界って物は三次元構造の立体の様な広大な場所に点々としてる……例えるなら立体構造が宇宙で世界が星ってところだね。で、歴史や時間そのものが世界によって違うって考え方。それは立体だが交差、つまりはどこか似ているところがある。近い世界ほど歴史や時間は似ているんじゃないかな。だが世界は平行、つまりその世界達は絶対に交わることが無く違うもの……って考えの話だと思うよ。まぁ、パラレルワールドに近しいって黒ウサギも言ってたし、意味は殆ど変らないんじゃないかな?」
だが、そこでソウはある考えにいきつく
自分達がこの世界に来たと言うことは“世界が交わった”と認識されてしまうのではないか
そう認識された場合、交わった自分達と言う特異点は世界によって“排除される”のではないかと。
そこまで考えてソウは思考を放棄した
(そうなったらそうなっただな、俺は俺らしく世界に刃向かうとしよう)
「ソウ君?」
ソウは飛鳥の不思議そうにこちらを見ているのに対して笑って“何でもないよ”と告げた
ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー
「あ、あそこです!」
そう言って黒ウサギがとある店を指さす
商店の旗には蒼い生地に互いが向き合う二人の女神が記されている。
日が暮れているせいか店の看板を下げている割烹着の女性が店の前に居た
「ちょっとまっ」
「待ったなしですお客様。うちは時間外営業はやっておりません」
その女性に向かって黒ウサギが待ったの声を掛けようとしたが
女性は素っ気なく営業終了を告げる。
「まだ閉店時間五分前ですよ!?」
「そうなのですか。ですが営業は終了しています」
「まぁ、商売っ気のないお店ね」
「そうですか、なら他所の店に行ってください。貴方達は今後一切の出入りを禁じさせてもらいます」
「これだけで出禁!? お客様をなめすぎでございますよ!」
黒ウサギと割烹着の女性が言い争いをしている中、ソウは店の中を覗き込む
そこにはソウの居た世界では見慣れない物が幾つも存在していた。
「ちょっと見てみたいので失礼しますよっと」
「だから営業は終了しています!」
横から入ろうとするソウに対して割烹着を着た女性は身体を前に出して止めようとする
だが、気付いた時には既にソウは店の中に入っていた。
「え?」
「すまないが、【既に通らせてもらっていたよ】」
そう言いソウは店の中を物色し始める
割烹着を着た女性はソウを唖然とした顔で見ていた。
「いぃぃぃぃやほおぉぉぉぉぉぉ!! 久しぶりだ黒ウサギいぃぃぃぃぃ!!」
そんな中、店の中から凄い勢いで小さい人物が飛び出てくる
その人物は黒ウサギを眼に入れるとその勢いのまま黒ウサギに跳び付いた。
「きゃあぁぁぁーーー!?」
黒ウサギは悲鳴を上げながらその人物と空中を綺麗に四回転半回転し
その先にある浅い水路へと落っこちた。
「うほおぉぉぉ! 流石ウサギの触り心地! マシュマロみたいな柔らかさに加えてこの弾力! ええのおぉぉぉぉぉぉ!」
「し、白夜叉様!? どうして貴女がこの階層に!?」
そして水路の中で何か乳繰り合っている様な声が聞こえる
物色を終えたソウはその声を聞き、十六夜を見た。
「……百合?」
「おい店員、この店にはあんなドッキリサービスがあるのか? なら俺も別のバージョンを是非」
「ありません」
「なんなら有料でも……」
「
「ノーセンキュー」
十六夜と割烹着を着た女性のやりとりを見ながら
ソウは飛鳥と耀の二人に視線を向ける
二人の十六夜を見る視線は絶対零度の様に冷たかった。
「男の子ってみんなあんな感じなの?」
「……知らない」
「おいおいお嬢様方、エロスは世界を救うんだぜ?」
「うん。飛鳥ちゃん達の視線が痛いから十六夜君は黙ろうか?」
ソウ達が漫才を終えた時、水路から大きな音が聞こえる
そしてソウ達目掛けて何かが飛んできた
「む?」
ソウは飛鳥達の前に出て飛んできた何かを優しく受け止める
十六夜が足で受け止めようとしていたがそれは流石に可哀想だと思ったのだ。
「やんちゃは構わないけど怪我はしないようにね?」
「なに、この程度で傷がつく身体はしとらんわ」
飛んできたのは先程黒ウサギにフライングボディアタックを決めていた人物であった
受け止めたソウはため息を吐きながらパーカーのポケットからタオルを取り出す。
「とりあえず、これでも使いな」
「む。これは失敬」
その人物はソウからタオルを受け取りしたる水滴を拭う
その人物は少女であった
水もしたたるようないい女と言う言葉があるが、後数年もすれば彼女にピッタリな言葉になるなとソウは思うのでった。
「……なんじゃ、じっと私を見つめて? 惚れたか?」
からかう様に少女はソウに言う
ソウとしてはそこまで見ていたつもりは無かったが、そう思われたのなら仕方ないとソウは肩を竦めた。
「水もしたたるようないい女とは貴女の事を言うのではないかと考えていたんですよ。不快にさせたなら申し訳ない」
「ほう……お主、中々良い眼をしているのう」
ソウのお世辞が気に入ったのか少女はどこからか扇子を取り出して笑う
ソウとしては機嫌をとる為に言った訳ではないのでそれで機嫌がとれたのなら儲けものと考えていた。
「うぅ。なぜ私がこんな目に~」
後から水浸しになった黒ウサギが愚痴を吐きながら帰ってくる
ソウは持っていたタオルを黒ウサギに投げ渡した。
「とりあえずそれで拭いときな。風邪をひくかもしれんし」
「あ、すみません」
ソウが横を向いて蚊帳の外であった四人(店員込み)を見ると
何故か仲間の三人が不機嫌そうにソウを見ていた
ソウとしては自分が何かした覚えがないので戸惑いの表情を浮かべる。
「俺何かした?」
「お前……タオル持ってんならあの時に出せよ」
「……あ」
十六夜に言われてソウは気が付く
湖に落ちた時、タオルを出していなかったと
それがこの場面では出すのだからそりゃ濡れた三人は不機嫌にもなるだろう。
「いや、でも俺もあの時は濡れてたし……」
「お前はあの時“何故か”直ぐに乾いてたよな? じゃなきゃ煙草が吸えないもんな?」
ソウは冷や汗をかきながら後ろへと後退する
飛鳥はそんなソウに言った。
「
「すみませんでした!」
ソウの意思とは関係なく身体が土下座の形をとり、地面に頭を打ち付ける
ソウは抵抗する事が出来ただろうが、それをすると更に機嫌が悪くなりそうなので止めておいた。
「今日一日貴方はその姿勢ね」
「流石にそれは酷いと思うな!」
「……罰としては甘い」
「え? 一日やってても甘いの!?」
「そうだな、本当にすまないと思ってるんなら焼けた鉄板の上で……」
「ごめん、流石にそれは許して!」
そんなやりとりは黒ウサギが止めるまで続いた
ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー
店が営業を終了したのでソウ達五人は少女の私室へと案内された
「……で、お主は何時までその体勢なんじゃ?」
座布団に座って少女が呆れた様に言う
そこには横に土下座しながら耀に足を弄られ、飛鳥に椅子にされ、頭を十六夜に踏まれているソウが居た。
「そう思うのなら助けてくれても……」
「あら駄目よ。ソウ君は今日一日この体勢を保ちなさい」
“理不尽!”とソウは泣きながら黒ウサギを見る
黒ウサギは苦笑しながら助けてくれない
自分に被害が来るのを恐れているからだろう。
「まぁ良い、自己紹介しておこうかの。私は四桁の門、三三四五外門に本拠を構えている“サウザンドアイズ”幹部の白夜叉だ」
「逆廻十六夜様だ」
「久遠飛鳥よ」
「……春日部耀」
「こんな体勢で失礼。木葉ソウだよ」
「ふむ、黒ウサギは面白い者達を喚んだな。黒ウサギと私は少々縁があってな。コミュニティが崩壊してからもちょくちょく手を貸してやっている器の大きな美少女と認識しておいてくれ」
「はいはい、お世話になってます本当に」
投げやりに黒ウサギは返す
そんな中、耀が手を上げた。
「さっき言ってた外門、ってなに?」
「箱庭の階層を示す外壁にある門ですよ。数字が若いほど都市の中心部に近く、同時に強大な力を持つ者達が住んでいるのです」
黒ウサギが耀の疑問に答え、分かりやすく図を書く
その図を見た三人は同時に答えた。
「……超巨大タマネギ?」
「いえ、超巨大バームクーヘンではないかしら」
「そうだな、どちらかと言えばバームクーヘンだ」
頷いて三人は考えを固める
ソウには死角になっていて見えなかったが、どの様な形かだいたい想像はできた。
「ふふ、うまいこと例える。その例えならここはバームクーヘンの一番薄い外側の部分に当たるな。更に説明するなら、東西南北の東側にあたり、外門の外側は“世界の果て”と向かい合う場所になる。あそこにはコミュニティに所属していないものの、強力なギフトを持つ者が住んでおるぞ」
そう言って白夜叉は黒ウサギの横に置いてある苗木を見る
「……その水樹の持ち主などな」
その苗木は十六夜が“世界の果て”に行った時、滝に居た蛇神に勝って取ってきたものだ
ソウはその蛇神を見ていないので一度会ってみたいと考えている。
「して、いったい誰がどのようにゲームに勝ったんじゃ? 知恵比べか? 勇気を試したのか?」
白夜叉の質問に黒ウサギが自慢げに答える
「いえいえ。この水樹は十六夜さんがここに来る前に、蛇神様を素手で叩きのめしてきたのですよ」
「なんと!? クリアではなく直接的に倒したとな!? では、その童は神格持ちの神童か?」
素っ頓狂な声をあげ、白夜叉は十六夜を見る
十六夜は鼻で笑いながら白夜叉を見た。
「いえ、黒ウサギはそう思えません。神格なら一目見れば分かるはずですし」
「む、それもそうか……」
白夜叉は“むむむ”と唸りながら考え始める
黒ウサギはその白夜叉に疑問に思っていた事を聞いた。
「白夜叉様はあの蛇神様とお知り合いだったのですか?」
「知り合いも何も、アレに神格を与えたのはこの私だぞ。もう何百年も前の話だがの」
小さな胸を張り、白夜叉は“呵々”と豪快に笑う
ソウは何百年と生きてその姿なら成長した姿を見る事は出来ないなと落胆していた。
「へえ? じゃあ、オマエはあの蛇より強いのか?」
十六夜は眼をギラギラとさせて白夜叉を見る
白夜叉は笑いながら言う。
「ふふん、当然だ。私は東側の“
“最強の主催者”この言葉に十六夜・飛鳥・耀の三人は一斉に闘志をみなぎらせる
黒ウサギはその三人の横で状況を理解できず首を傾げていた。
「そう……ふふ。ではつまり、貴女のゲームに勝てば私達のコミュニティは東側で私達のコミュニティは最強って事になるのよね?」
「無論、そうなるのう」
「へぇ、そりゃ景気の良い話だ。探す手間が省けた」
三人は闘争心を剥き出しにした視線を白夜叉に向ける
そこで黒ウサギが状況の把握に至った。
「ちょ、御三人様!?」
慌てる黒ウサギを白夜叉は右手で制す
「よい、黒ウサギ。私も遊び相手には常に飢えている」
「ノリがいいわね、私そういうの好きよ」
飛鳥の言葉に白夜叉は笑うと扇子を口元で広げた
「ふふ、そうか……だがゲームの前に一つ確認しておく事がある」
「なんだ?」
口元に広げた扇子が閉じた時、白夜叉は一つのカードを握っていた
そのカードは“サウザンドアイズ”の旗印を表す向かい合う双女神の紋が刻まれている。
「おんしらが望むのは“挑戦”か……もしくは“決闘”か?」
白夜叉がそう言った刹那、三人の視界が爆発したかの様に真っ白に染まりその機能を停止する
そして次に視界の機能が戻った時、三人は別の場所に居た。
「「「……なっ!?」」」
そこは白い雪原が広がり凍る湖畔がその存在を表す
そして……水平に太陽が廻る世界だった。
「今一度名乗り直し、問おうかの。私は“白き夜の魔王”……太陽と白夜の星霊・白夜叉。おんしらが望むのは、試練への“挑戦”か? それとも対等な“決闘”か?」
魔王と呼ばれしその少女は少女とは思えぬ凄味を持って再度三人に問う
三人はその姿に完全に飲まれている
唾を飲む音でさえ今は煩わしい。
「水平に廻る太陽と……そうか、白夜と夜叉。あの水平に廻る太陽やこの土地は、オマエを表現しているのか」
「如何にも。この白夜の湖畔と雪原。永遠に世界を薄明りに照らす太陽こそ、私がもつゲーム盤の一つだ」
この世界そのものをゲーム盤と言われ、三人は冷や汗を流しながら白夜叉を見る
そこには確かに“格の差”というものが存在した。
「これだけ莫大な土地が、ただのゲーム盤……!?」
「如何にも。して、お主らの返答は? “挑戦”であるなら、手慰み程度に遊んでやる。……だがしかし、“決闘”を望むなら話は別。魔王として、命と誇りの限り闘おうではないか」
三人は即答できずに躊躇った
あの自信家の十六夜でさえも白夜叉との力量の差を理解させられる
しかし、自分達が売った喧嘩をこの様な形で取り下げるのはプライドが邪魔をした。
「……」
しばしの沈黙の後、十六夜が両手を上げて白夜叉に言う
「参った。やられたよ、白夜叉」
「ふむ? それは決闘ではなく試練を受けるという事かの?」
「ああ、これだけのゲーム盤を用意できるんだからな。アンタには資格がある……いいぜ、今回は黙って試されてやるよ、魔王様」
白夜叉は十六夜の言葉に堪え切れず高らかに笑い飛ばす
“試されてやる”とは随分可愛らしい意地の張り方があったものだと白夜叉は腹を抱えて哄笑した。
ひとしきり笑った白夜叉は笑いを噛み殺して他の二人に問う
「く、くく……して、他の童達も同じか?」
「……ええ。私も、試されてあげてもいいわ」
「右に同じ」
苦虫を噛み潰した様な表情で二人はそう返事をする
白夜叉はそれに満足したように声を上げた。
だが、そこで飛鳥が異変に気付く
「……白夜叉、ソウ君は何処へやったの?」
土下座をさせたまま放置していたソウが居ない
だが、いち早くそれに気付くはずだったのは白夜叉だ。
「なに?」
真正面で見ていた筈なのにその姿が確認できない
意識を外しはしたがこの世界には来ているはず
それを白夜叉が見逃すはずが無い。
「……馬鹿な」
白夜叉は世界の何処にもソウの姿を確認できなかった
それはこの世界にソウが居ない事を表している。
(移動させそこなったか? だが、部屋に居る全員を私は確かに連れてきた。ならばあの童はギフトの無効化が出来るギフトを持っているのか?)
白夜叉が考えているのを見て黒ウサギは慌てて周りを見渡す
そして声は彼等の横から聞こえた。
「【イヤ~、いきなり世界が変わるとかビックリビックリ。あまりに慌てて湖に逃げ込んじゃったよ】」
胡散臭いその声に黒ウサギは安心する
そしてその方向を見ると……
「【白夜叉ちゃんも先に言ってくれれば俺も心に余裕が持てたんだよ? じゃなきゃ湖に逃げ込まないって】」
認識出来ない“ナニカ”が居た
「へ?」
「【どうしたんだい、黒ウサギちゃん? そんな訳の分からないモノを見たみたいな反応して】」
それは確かにソウである
人間の形、胡散臭い雰囲気は確かにソウだ
だが、認識できない。それがナニカ認識できない。
「……お主、何者だ?」
白夜叉が皆の前に出る
そこに居るのが何か白夜叉でさえも認識できなかった。
「【あれ? さっき自己紹介したよね? それとも俺も白夜叉ちゃんみたいにもう一度名乗った方が良いかな?】」
それは嘘だ
すべてが嘘だ
嘘で固めた嘘が意志を持って嘘を吐く
「【俺は『
胡散臭い自己紹介をしながら彼は嗤った