-----カロッサ『指導と信徒』
屋敷の方から聞こえた獣の遠吠えは門の所に居た黒ウサギと十六夜にも聞こえていた
「い、今の凶暴な叫びは……?」
「あぁ、間違いない。虎のギフトを使った春日部だ」
黒ウサギが心配そうに声を出す中、十六夜は真剣な顔で言う
あまりに外れた回答に黒ウサギは芸人の様にずっこけた。
「そんな訳がないでしょう!? あまりに失礼でございますよ!?」
「んじゃ、ソウの奴だな。アイツならそれぐらいしそうだ」
黒ウサギはソウの顔を思い浮かべ、笑いながら虎の真似をするソウが浮かぶ
“あの人ならやりかねない”と黒ウサギはため息を吐いた。
「それより、この舞台といい、今の咆哮といい、前のゲームよりも楽しそうなんだが、観戦しに行っちゃ駄目か?」
「お金を取って観客を招くギフトゲームも存在しますが、最初の取り決めでない場合は駄目です」
「なんだよ、“審判権限”とその付き添いとでもしときゃいいじゃないか」
「残念ながら、このウサギの素敵耳は此処からでも大まかな状況が分かってしまいます……ただ」
黒ウサギが困った様な顔をする
十六夜はその顔に何かあったと察すると問う。
「ただ?」
「ソウさんが居る場所だけ何故か状況が分からないんです。隔絶空間でもない限り把握できない事なんてないのに……」
十六夜はその言葉に眼を輝かせる
合理的に観戦する事が出来ると言っている様なものだからだ
だが、十六夜が門を潜ろうとした次の瞬間……
「あ、状況が把握できるようになりました」
黒ウサギの耳にソウの場所の情報が入ってくる
見に行こうとしていた十六夜は門の前でずっこけた。
「あの野郎、もう少し情報の遮断しとけよ……」
十六夜は聞こえないであろうソウに向けて愚痴を吐くのであった……
ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー
襲ってきた獣人達を片づけたソウは屋敷へと走る
だがその路中でじゃれ合っている飛鳥とジンを見つけた。
「あれ? 飛鳥ちゃんとジン君? なんでこんな所に居るの?」
ソウは首を傾げながらジンと飛鳥に問う
飛鳥はジンの頬をつまむ手を離してソウの疑問に答えた。
「一回屋敷には行ったわよ。ちょっと色々あって……」
「ふ~ん……耀ちゃんは?」
ソウは周りを見渡したが耀を見つける事が出来なかった
先ほど屋敷に行ったと飛鳥が言っていた事から二人だけで逃げてきたのかと考えたが、飛鳥が逃げようとするとはソウには思えなかった。
「! そうよ、春日部さんっ!」
思い出したかの様に飛鳥は屋敷の方を見る
屋敷から先程聞こえていた音が聞こえてこない
そこから屋敷の中での戦闘が終わっているということにソウは考えついた。
-----ガサッ-----
そして、近くに血の匂いが漂っている事にソウは気付く
匂いは近くの茂みの音のした方向だ
殺気を感じないので敵だとは思えないがソウは警戒する。
「……誰だ」
ジンと飛鳥の前に立ってソウは茂みを見る
茂みから現れたのは血を流した耀であった。
「……私」
「耀ちゃん!?」
「か、春日部さん!?」
ソウは驚いた顔で茂みから出てきた耀に近付く
耀は血が流れる右腕を押さえながら膝を着いた。
「だ、大丈夫なの!?」
「大丈夫じゃない。凄い痛い……ちょっと、本気で泣きそう」
倒れそうになる耀をソウは支える
ソウは傷の状態を確認しながらその右手に持つ白銀の十字剣を見た。
「……もしかしてこれって」
「うん……指定武具。……倒せると思ってたけど……ごめん」
耀は謝罪の言葉を吐きながら気を失ってしまう
その謝罪の言葉は何への言葉だったのか、誰に向かって言った言葉なのかソウには分からなかった。
「ま、まずい! 傷そのものより出血が! このままだと……!」
右腕の傷は確かに深いとまでは言えない傷だろう
だが、ここまで逃げてきた為か普通以上に血の出が速い
速く適切な治療をしなければ出血多量で死んでしまうだろ。
「……くそっ!」
ソウはパーカーのポケットから包帯を取り出し耀の腕に巻いて止血する
だが、直ぐに赤く染まり応急処置としか言えないだろう。
「とりあえず応急処置はしといたが……こりゃ、早目に医者に診せなきゃ駄目だな」
ソウはそう言って耀の持つ十字剣を手に取ろうとする
だが、先に剣を取ったのは飛鳥だった。
「飛鳥ちゃん?」
「これは私が仕掛けたゲームよ。ソウ君に全部任せる訳にはいかないわ」
飛鳥は剣を数回振って動きやすさを確認する
「イヤ、ゲームに反対しなかった俺にも責任は……」
ソウは飛鳥の言い分から耀が傷付いたのは自分の責任であると考えている事を察する
責任を背負うのは飛鳥だけでないとソウは言おうとするが、飛鳥はその言葉を止める。
「……さっき春日部さんを一人で残してしまったのは私の責任よ。ガルドの力量をしっかりと把握できていれば春日部さんを一人で残してくる事なんてなかった。春日部さんがガルドと一人で戦ったのは私の慢心の所為よ」
「……はぁ」
ソウはため息を吐いて飛鳥の頭をポンポンと叩く
「まぁ、責任云々は好きにして良いよ。だけど、手伝うななんて言わないでよ? このゲームは“ノーネーム”で参加しているんだから」
「……」
歩き出す飛鳥の横にソウは並ぶ
「あ、ジン君。耀ちゃんの事よろしく頼むよ。直ぐに終わらせてくるから」
ジンにそう言いソウはにこやかに笑う
会話もないまま二人は屋敷へと向かって行った。
ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー
屋敷の二階でガルドは耀に斬り付けられた傷を横になりながら見ていた
(血が止まらん……銀の剣で斬られたからか)
ガルドはこのゲームのルールを聞いていない
否、人の言葉が分からなくなっていた。
ルールを伝えに来た者は既にこの世にいない
腹心の部下だったはずだが、その記憶さえももう失いかけていた。
(箱庭に来る前は何も考えず生きていた、ただ生きると言う為に目的もなく。その頃が懐かしい)
ガルドはムクリと起き上がって扉を見る
扉はゆっくりと開いていき、完全に開く事によって開けた人物を見る事が出来た。
「やぁ、ガルド君。懺悔でもしてたのかい?」
気配も音もなく、ソウは部屋へと入ってくる
ガルドがソウの侵入を察知できたのは、彼の野生の勘と言うものだった
つまり、目の前の者は自分の命を危機にさらすほどの者であるとガルドは感じていた。
「それにしてもビックリだ、飛鳥ちゃんから聞いてたけど完全に虎になっちゃってるね。それって進化なのかな、それとも退化なのかな?」
ソウの疑問の声に応えず、ガルドは遠吠えを一つ吐いてソウに跳びかかる
ガルドの爪がソウに当たる寸前、まるで霞の様にソウの姿が霧散する
ガルドがソウの姿を探すと、ソウは扉の向こうの廊下に居た。
「会話ができないのか、それともしないのか。まぁ、どちらでも俺は良いけどね」
ソウは指を鳴らす
すると今まで匂ってこなかった焼け焦げた匂いがガルドの鼻を刺激した
それは周りから匂って来る。
(-----!?)
気付けば屋敷が燃えていた
何故今まで気付かなかったのか分からない程の熱をガルドは感じる
そして、それを起こしたのは目の前の者であるとガルドには分かった。
「来な、ガルド君。君の最期の晴れ舞台を用意したよ」
そう言ってソウはガルドに背を向けて駆け出す
ガルドは自分のテリトリーを荒らしたソウに怒りを向けて追いかけ始めた。
ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー
「……」
後ろからガルドが追いかけてくるのを見ながらソウは走る
適度に手を抜いて付かず離れずの距離を保つ
この様な場合、相手に追いつけないと思わせては駄目だ
もう少し頑張れば届くぐらいの距離を保たなければいけない。
「……はは」
ソウはガルドの方に身体を向け、足を止めて嗤う
ガルドはソウに爪を立てようと跳びかかるが、またソウは霞の様に消えてしまった。
「舞台は整えたよ、飛鳥ちゃん」
ソウは剣を構える飛鳥にそう言ってその場を離れる
飛鳥は目の前に居るガルドを見ながら不敵に笑った。
「ここまでお膳立てされたら美味しく頂かなきゃ悪いわね」
銀の剣を持つ飛鳥に警戒しながらガルドは飛鳥を見る
飛鳥も不敵に笑いながらガルドを見た。
「さぁ、踊りましょう」
「ガアァァァァ!」
ガルドの雄叫びと共に飛鳥は前へと一歩踏み出した
ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー
飛鳥のギフト“威光”はほぼ手付かずの原石である
それはなんにでも成れる才能
それが高い素養と飛鳥の強い意志が合わさる事によって無意識に様々な動植物や現象に力を与えていたのだと、昨夜黒ウサギは論じた。
黒ウサギの話では、飛鳥の原石は長い時間を掛けて“支配する”と言う属性に傾いていったらしい
だが、飛鳥はこの支配するというギフトをあまり好きではなかった。
それは耀が飛鳥へギフトの事を聞いた時の反応でソウには分かっていた
なので黒ウサギの入れ知恵によってその威光が人の支配からギフトの支配に変化するのをソウは何も言わなかった
だが、何もしないのは彼自身面白くない
だからこそ嘘吐きとして彼はその可能性に一石投じた
“飛鳥ちゃん、君のギフトの支配は何処まで支配できるの?”
“? それってどう言う事?”
“つまり、部分的には支配できるのかって事だよ。腕よ動くな!……とか”
“やった事はないけれど多分できるんじゃないかしら?”
人を騙しながら長年彼は生きてきた
だからこそ、ルールの裏をかく事において彼の右に出る者はいない
要は発想の転換である。
“君自身はその力の恩恵を受けられないのかな?”
“? 私のギフトは支配するギフトよ?”
“そうだね。知ってるかな飛鳥ちゃん、人の身体は脳によって支配されているんだよ。反射なんてモノもあるけど殆どの行動は脳によって命令されて動くんだ”
“? つまり、何が言いたいの?”
人を支配するギフトはもう成長しないだろう
だが、それを派生させる事は出来る
変化する今だからこそ出来る派生だ。
“つまり、君は君自身に命令する事によって君の身体を思い通りに動かせる様になるかもしれない”
「
まるで自分の身体ではない様な感覚を覚えながら飛鳥はガルドの爪を避ける
その動きは剣を持っている少女の動きではない。
“だけど、それをした場合どこまでも君の身体は君の命令に忠実になる。止め時をしっかりと見極めないと君の身体はボロボロになってしまうかもしれない”
“だから、やるなら素早く、そして的確に。それが無理なら”
“相手の隙を作って殺れ”
「-----
ガルドが爪を空振り体勢を大きく崩した瞬間を狙って飛鳥は言葉を発する
横から出てきた木の蔓や根がガルドを拘束する
完全に体勢を崩したガルドには目の前に迫る剣を避ける事が出来なかった。
-----グシャッ-----
突き出された剣はガルドの額に突き刺さる
破魔の力を飛鳥の力によって強化された十字剣はその力を十全にガルドへと叩きつけた。
「ガアァァァァ!」
十字剣の激しい光と、獣の叫び声
それは勝負の終わりを告げていた。
「ゲームセット。終わりだよ、ガルド君」
最後の悪あがきにガルドは爪を横へと振るう
十字剣の出した光によって前が見えていない飛鳥には避ける事が出来ない
だが……
「!?」
その爪は飛鳥に当たる前に不自然に止まる
身体の感覚が無くなり、自らの生が終わる最後に彼が見たのは……
「……」
憐れみの視線を向けているソウであった
「君の敗北はルールでギフトを受け付けない身体に出来なかった事だ。傷を付けないと言う制約なら俺のギフトを完全に無効にすることはできない」
誰も聞かない言葉をソウは紡ぐ
手向けとして煙草を空へと放り投げ、ソウは呟いた。
「君は既に俺の【嘘】の中だったのさ」
ーーー☆ーーー☆ーーー☆ーーー
ゲームの終了を知らせる様に木々が霧散していく
ソウはその様を見ながら飛鳥へと近づいて行った。
「お疲れ様、飛鳥ちゃん」
「……」
飛鳥はソウの方を見ると少し不機嫌そうにソウへと言った
「最後、何かした?」
飛鳥はガルドの最後の抵抗を予想して身構えていた
だが、ガルドは呆気無く地面へと沈んだ
それが飛鳥には納得できなかった。
「いや、【知らない】な」
「……そう」
飛鳥とソウは会ってからまだ一日しか経っていない
だから飛鳥にはソウが何を考えているのか理解できない
だが、今の言葉が嘘であると飛鳥には分かった。
「勝手ね」
「なんのことやら」
ソウは肩を竦めて門へと歩き出す
飛鳥はその背中を見つめながらガルドの骸を横目に見た
先端から砂になっていくガルドに飛鳥は苦笑しながら皮肉気に言う。
「今更だけど……貴方は虎の姿の方が素敵だったわ」
砂となって散るガルドを尻目に飛鳥はソウを追って歩き出した……