2020年の艦娘戦記・改 〜艦娘誕生と日本〜 作:シベリアの騎士
いつの時代をとっても、人類の歴史は戦いによって歩んでいる。戦いはいつしか秩序の中に組み込まれて、それすらも一つの成長の手段となった。
資源や領地の奪い合いは時に政治で、時に実力行使で。自国と他国の経済を操り、陰日向問わず人類は戦い続ける。戦う事によって生き、その中で人類は成長する。
戦争、闘争、牙を持たぬ人間は武器を作り、組織を作り、知恵を付け、遂には『国際社会』という人間によって作られた人間のための世界、『文明』という新たな『自然』を生み出した。
人間が自然の脅威や人類そのものの脅威をコントロールする為のシステム。文明を司るのは『制度』という名の最後の武器である。制度の下に人間は生きるようになり、『国家』という群体生物へ変貌を遂げる。
括りが国家、となれば、次に起こるのは国家間の闘争だ。国際社会と言うのは、闘争段階の一過程でしかない。そしてまだこれは最終局面では無かった。
時に自然と戦い、時に人間同士でいがみ合う。助け合い、殺し合い、食欲を満たすように国家は血を飲み続けて、文明は複雑に、どこか純粋に、奇妙に秩序だって進んでいく。
文明を育てるのは技術だった。技術というのは、戦いという切磋琢磨によって目覚しい発展を遂げる物だ。人間に最終的に必要だったのは、結局のところ闘争であった。
戦わなくてはならないし、戦いすぎてもならない。どちらも戦いが終わるからだ。それを人間は本能的に知っていた。
そして海も真っ赤に染まるに十分な時を経て、人類は新たな局面を迎えた。その出来事はコントロールされていた世界を変えた。主導権が変わったのだ。人間から。
太平洋沖、穏やかな海路の上で巨大な客船が海に呑まれた。原因は当初不明とされた。しかし、動画投稿の形でリアルタイムに世界に発信された一つの映像が拡散されるにつれ、人類は新たにふっかけられた戦いを知る事となった。
客船に向けて大口を開け、口から生えた砲塔で弾を打ち込む化物の群れ。それは黒く塗りたくられた様な色をした、小さい鯨の様な何かだった。粉砕される人肉と船体を映して、その映像は途絶えた。
この一件はあくまで氷山の一角だった。その日を境に、あらゆる外洋に同じ様な生物が現れるようになった。シーレーンは断絶し、挙句に制空権までもが謎の飛行物体群に奪われ、経済活動は殆ど立ち行かなくなった。
科学とか社会論では全く説明のつかない、真の『外敵』に世界は混乱した。海より現れ、敵意を以て無秩序に戦火を放つ人類共通の『無益な』敵。
いよいよ神は人類に飽きたらしい・・・・・・。
〜とある日本海軍将校の手記、冒頭より〜
⚓
ユーラシア大陸に付随する弧状列島、日本。島国としては大きいが、保有領土は世界六十位。シーレーン等に国力を大きく依存する為、『深海棲艦』と呼称される化物への対処は喫緊の課題であった。
外洋に深海棲艦が出没しだしてから二半年が経った。世界の『経済』という概念はなかば死につつあった。深海棲艦は航空戦力も保有している。空と海の流通経路を全て切断され、グローバルと言う環境が消え去り、ローカルなレベルでの取引しか行えなくなった為だ。
深海棲艦によって、世界の距離は遠くなった。元に戻ったというべきかもしれない。今までは、航空機やフェリーなどのおかげで空間的制約を克服することが出来ていた。
それはあたかも望遠鏡のレンズの様に、互いの距離を局地的に縮めていた。光の代わりに、資源や技術といった物理的エネルギー、インフラ整備や経済利益といった社会的エネルギーを収束させた、歪みとも言うべき特異点だ。今、制空権も制海権もない人類にその魔法の水鏡は無い。世界はバラバラに割れた。
深海棲艦の目的は未だ不明だ。確実なのは人類の繁栄を望んでいないという事だけ。どこが拠点で、どの様に兵站を維持していて、どのような生態系で・・・・・・、そもそも生物なのか、それとも兵器なのか。分からない事だらけだ。
今日本は激しい消耗戦を強いられている。太平洋側から進出してくる深海棲艦を食い止める為、イージス、潜水艦といった海上戦力を投入し、人材と資源を失い続けた。
海上戦力への攻撃は遠距離からの航空攻撃が定石ではあるが、もはやこの日本には、充分な航空作戦を行えるだけの航空戦力は残っていない。
半年前に補給路確保の為、制海及び制空権の奪還を懸けた大攻勢をかけ、失敗したのだ。戦う糧を得る為の戦いは、結局は資源の浪費と流血に締めくくられた。
敵は無限に、海からならどこからでも湧いた。また、航空機は莫大に燃料を消費する割には行動時間が短すぎる。コストも高価であり、資源も逼迫している今は、近海の敵の掃討にのみ専念して海上戦力だけを投入するのが主流になっていた。
近海の敵は小規模なことが多く、どういう訳か航空機が来ることが無かった為、航空優勢を重視しなくなったのだ。艦船なら海上に停泊することも出来る。長時間を低消費で活動できるのは魅力だった。
真冬、海も凍るような寒さのある日。東京から東へ十五マイル程の海域で、歴史の新たなページが綴られようとしていた。深海棲艦が駆逐級と軽巡級、軽空母級からなる計三十隻の艦隊で、首都東京に向けて報復侵攻してきたのだ。
航空戦力を伴う艦隊が本土まで来るのは長いこの戦いでも異例であり、半年前の大攻勢が関係しているのは明白だ。そして国を守るべく、その戦いを影から支える者達が居た。
横須賀鎮守府地下、オペレーションルーム。強力な通信設備とデータリンク機能を備え、衛星等からもリアルタイムで戦況を把握できる地下指揮所だ。そこに幾つも設置されたコンソールの一つに『指揮運用科』所属、木津響子少佐は居た。
栗色の髪の房を官品の黒網で纏めた頭にヘッドセットを着け、カラー表示の四角いディスプレイを睨んでいる。
指揮運用科は戦争が起こってから出来たかなり新しい部署で、艦隊指揮を後方から行う事を主眼としている。
戦場で艦隊を指揮出来る優秀な人材が減り続け、艦隊の練度が著しく落ちた現在、戦場を管理する『頭』さえ死ななければ練度を維持できるという思想から生まれた実験的な部署である。
木津達はその一期目の人材であり、この戦闘は指揮運用科の発足以来、横須賀鎮守府ではまだ三回目の実戦だった。
一口に『指揮』と言うものの、完全に統制を行う訳では無い。戦闘の詳細は現場に任せ、現場からは掴みにくい大局的な戦況の伝達や、大まかな指示、情報の提供と他艦隊との共有が主な仕事だ。
今作戦は小規模な艦隊を一つ持つだけだが、最大で十二隻は受け持つ前提になっている。鎮守府の艦を全て、選りすぐられた少人数だけで指揮するのだからそれぐらいは出来ないとならない。データリンク技術が発展した今だからこそ為せる戦闘法であった。
「貴艦隊の担任敵数五。軽巡級一、駆逐級四、複縦陣。後端の駆逐一隻を残し、すべて撃沈されたし。兵装に制限無し」
『了解』
他にも木津は短く指示を送った。それを受け、木津の受け持つ『赤桜艦隊』は高速で反航戦に移り、敵艦隊の向かって右側からすれ違う。縦一列に並ぶ単縦陣を形成し、自動装填機能の付いた護衛艦の主砲を撃ちながら左に転針。
敵も回り込もうとして左に転針し、反時計回りの砲撃戦となる。こうなれば後は機動力と照準精度の差だ。その点で日本の艦の右に出る物は無い。みるみるディスプレイの敵シンボルが減っていく。
「敵撃破確認、残り一。針路〇九〇、撤退行動を確認。後背に占位し、艦首機関砲で撃破されたし。任務は深海棲艦の捕獲」
了解、と無線に返答があり、ディスプレイ上のシンボルもおおむね指示通りに動いていた。艦の機関砲は本来対空兵器であるが、威力を抑えて攻撃するという趣旨であれば対艦攻撃もこなす火力と俯角がある。水面ぎりぎりから飛来するミサイルも撃ち落とすのだから、頼れるはずだ。
艦隊の先頭にいた護衛艦『むらご』が、自動で飛行物体を撃ち落とす対空機銃を手動に切り替え、一秒間の射撃を実施。五十発の二十ミリ弾を受け、駆逐イ級、沈黙。
『敵艦を無力化。動きは無い。原型あり水没の兆候なし、捕獲可能。これより実施する』
「了解、実施せよ」
この戦闘で捕獲に成功しているのは木津の艦隊だけだった。予想を遥かに下回る戦果だ。他のオペレーターの艦隊は、被弾して敵を逃しているか、あるいは目標を撃沈してしまっているかのどちらかだった。
手加減しすぎて戦闘がぎこちなくなったのが前者、追い詰められて強力な火器を使ってしまったのが後者だ。まだ三回目、しかもかつてない程の規模の海戦だったから無理もないかもしれない。
木津は上手くやったと言える。さっさと捕獲目標を定め、目標以外を全力で沈めた後、数的有利を作ってから残った一隻に集中したのだ。同じ様に立ち回ろうとした者も居ただろうが、結果としては上手く行かなかったようだ。細かく指示しようとしすぎて、情報提供がおろそかになったのだろう。
オペレーターが付いていながら挟撃されていては世話はない。木津はあくまで『可能であった』から捕獲を試みたのであり、敵が撤退に移らなければさっさと沈めてもらう気でいた。最終的に木津の指揮下にあった四隻に被害は無かった。
この作戦は、領海内への侵攻を目論む深海棲艦を出来るだけおびき寄せて捕獲する事だった。本土を背にしての決戦は、背水の陣であると同時に最大の好機でもあった。
しかし現実は非情だった。二兎を追う者一兎をも得ずの精神で挑んだ、木津の捕獲した一隻だけが、この作戦の戦果だったのだ。
深海棲艦は手強い。速く、硬く、火力がある。そして鼻が効く。野生の獣の様に獰猛なくせに、冷静だ。奴らは独自のデータリンクを結んでいるのか、淀みなく連携を取ってくる。何よりも、数が多い。
戦いが好きで好きでたまらないというかのように、執拗に出現を繰り返す。奴らに死という概念は無い。失われるもの、失うものを知っている人間に勝てる相手ではないのかもしれない。失いながら戦わねばならない人間には、きっと終わりが来る。
勝利を掴んだはずの指揮所に笑顔はなかった。作戦終了の放送を聞き次第、木津は重苦しい空気の指揮所を去った。全て自分で指揮していれば、こんな事にはならなかったとすら思いそうになった。
⚓
深海棲艦の引き揚げが行われるドックに木津は向かった。ここのドックはコンクリートの屋根が覆い被さっていて、衛星からの偵察や敵航空攻撃から保護されている。木津はドックには数回ほどしか行った事が無い。瀟洒な庁舎と違い、鉄とコンクリートの冷たい雰囲気が漂っている。
微かな海の匂いの有機質と、無機質な機械群の匂いが混ざったドックは、どこか異世界に迷い込んでしまいそうな異様な場所である気がした。木津はドックは嫌いではない。
作業はまだ始まっていないようで、その目で見ようと集まった人々のざわめきに満ちていた。日本が交戦状態になってから二年半、初めての捕獲。遠洋から曳航したのではいい的だから、確かに領海まで侵攻されていなければ不可能である。だが歴史的瞬間の立役者である木津に達成感は無かった。
あれだけの被害を出すくらいなら、普通に沈めた方がマシだ。敵の数が多く、始めて複数艦隊同士の戦いとなった為被害が増えた。本土まで攻め入って来ようというのだから当然だが、捕獲という命令に皆囚われていた印象があった。
陸から近い海域の敵は弱い事が多く、日本の兵力であれば沈めるだけなら造作もない。今までに出た被害は全て、シーレーン確保の為の遠征や護衛、艦隊の規模が小さい哨戒などで発生している。閉じこもるだけでは負けるのは確かだが、それにしても戦況は手詰まりだった。
「引き揚げ開始ーっ」
作業員の声に木津は我に帰る。皆が固唾を飲む中、牽引される形で深海棲艦がドックに引っ張りこまれて来た。グロテスクな姿に大の男達が後ずさる。
鯨の様な化物は墨をぶちまけた様に真っ黒で、歯がむき出しの巨大な口があった。今まで幾度となく死を吐き出して来たであろう禍々しさがある。
その口の中には砲弾の様な物質を発射する為の器官があり、その『砲』の口径と、魚雷の様な物を放出する機能から、このタイプの深海棲艦は『駆逐イ級』と名付けられていた。
今戦争における現在最高の戦果。そこに戦況の打破の希望を見出す者もあれば、いつケリが付くとも知れぬ戦いを吹っかけてきた化物に舌打つ者も居た。その化物がドックの暗い水面から引き揚げられ、コンクリートの床に横たえられる。木津はどちらでも無かった。まるでディスプレイを見る様に、心のどこか遠くから眺めていた。
本来の艦のドック入りは、主に、あらかじめ水中のドック床に設置した盤木に艦を載せる事で行われる。しかし深海棲艦の詳細な重量配分等のデータが無く、かつ彼等は準生物として認識されている為、鯨の引き揚げの様な手法が採られた。
ここならまあ、スペースもあるし速やかに分析、解体も行える。異例の対応ではあるが。
それにしても不思議な存在だ。こうして目の当たりにしても、いまいち現実の存在であると言う実感が湧かない。木津が軍人を志した切っ掛けではあるのだが、浮世離れしすぎている。
だが実際存在する脅威であり、死者も出ている。だが、何の為に現れたのか。誰も分からない。
「一体こいつらはなにがしたいんだろう」
木津は白い息と共に呟いた。近くに居た中尉の男が肩をすくめた。誰も答えを求めてはいない。早く戦いを終わらせたい、いや、終わって欲しいだけだ。誰かの手で終わらせられるなんて誰も信じていない。ヒロイックな御都合主義は軍隊に最も似合わない。
相手が人間であれば、話くらいは出来る。少なくとも腹の内くらいは見当が付く。しかしこいつらと来たら、大口開けて弾を吐き出すだけだ。この作戦で四隻を指揮した木津にも化物の心までは読めない。
今、調査班が深海棲艦を調べていた。完全に機能が停止しているという保証はない。調査員が深海棲艦に触れ、何やらレポートに書き込んでいた時である。イ級の眼が赤色に輝き、全員の間に緊張が走った。
「下がれ! 奴さん気が触れたらしい」
調査班長が班員に叫び、その他の人間も距離をとった。陸上でも砲を撃たないという道理は無い。かといってこちらの艦砲は使う訳にはいかないし、支援に来ている陸軍の重火器だけが頼りだ。陸軍が今射撃態勢をとっていた。しかし彼らの出番は無かった。
驚くべき事が起こっていた。イ級の体が溶け始めたのだ。どろどろと黒い液体がドックの床を染めていく。随所に設けられた排水口がそれを呑み込んでいる。今頃、下の海水はドブ川の様相だろう。
「なんだあれ、溶けてるぞ。クラゲみたいだ」
「何を呑気な。除染準備だ。暴れそうにはないが、近寄りたくもない」
「検体くらいは採りたかったな・・・・・・」
現場は混乱していた。とりあえず皆遠巻きに眺めている。一番後ろに居たはずの木津は、相対的にいつの間にか最前列になっていた。木津が目を凝らしていると、だんだん大きさを縮めつつあるイ級の体液の中に、何かが浮き上がっているのが見えた。
(今のは、人? まさか)
人影に見えたが気のせいだと思いたい。イ級に食われた人間でも居るのだろうか。やがてイ級は完全に溶け、あとには人間の成人より少し小さい位の黒い柱状の塊が残った。
皆が訝しんでいると、それは急に動き出し、慌てた様に立ち上がる。皆さらに後ずさり、木津だけが突出する形となった。
「少佐、下がってください」
誰かの声も耳には入っていなかった。黒い人影は戸惑う様に辺りを見回し、木津を見据えた。木津が身構えると、影は右手を上げ、『敬礼』をした。余りにも見慣れた、脇を締めるような敬礼。
真正面から敬礼を受けた木津は、思わず敬礼を返していた。それほどに人影の敬礼は淀み無かった。そして木津には、何故かは解らないがぽつんと立つ人影がどこか寂しげに見えたのだ。
そう感じる者は他には居なかったようで、木津と人影はシュールな雰囲気に取り残され、奇異の目を向けられた。
その瞬間人影から黒い液体が完全に流れ落ちた。理性に満ちた瞳、短い黒髪を束ねたセーラー服の少女がそこには居た。少女がいきなり大声を発した。日本語だった。
「特型駆逐艦の一番艦、吹雪です。よろしくお願いします!」
余りにファンタジーな出来事に木津はどうして良いか解らなくなり、「えっと、よろしく・・・・・・?」と返すのであった。
⚓
吹雪と名乗る少女は、少数の『護衛』と共に鎮守府の外来隊舎に入れられていた。本来は他部隊から来た人員を泊める為の簡易宿舎である。同じ頃、木津は鎮守府司令室に召集されていた。
司令長官、土川直文中将がデスク越しに木津に質問をしてきた。
「あの吹雪とかいう少女、君は敵だと思うか? それとも味方か?」
いきなりそんな事を訊かれても困る。だが、土川は結論などまだ無い事を解ってて聞いている。彼はそういう男だ。木津は答えた。
「現時点で判断は難しいですが、もし敵対するつもりならあの様な形態は取らないと考えます」
満足気に土川は頷く。彼は自分の考えを述べさせる事を好み、質問に答えるだけだと鼻で笑う。イエスかノーかで会話をさせないのが彼流だ。今回は笑わなかった。代わりに次は独り言の様に言葉を継いだ。
「では何の為の形態だろう。まさかご機嫌取りではあるまい。何か目的があるはずなんだ」
『ご機嫌取り』の意味については考えない事にした。まずロクな意味ではない。イ級の変貌について頭を巡らせるが、考えはまとまるはずもない。しかし質問には答えなければならない。佐官も大変だ。ちょっとめんどくさくなって来た木津は半ば突き放すように言う。
「せっかくの人型ですから、直接話してみるのがいいかと」
「そうしよう。女同士の方が腹も割りやすかろう。頼んだ」
「はい?」
「君に任せる。あと、『吹雪』は君の指揮下に入れる。煮るなり焼くなりするがいい」
別に煮る気も焼く気も無い。木津はうろたえた。どうしろと言うのだ。
「なぜ私の指揮下へ?」
「一応ここに置いておくからには身分を持たせた方が良い。それに捕まえたのは君の艦隊だ。まあ、まだ正式に決めたわけじゃない。取り敢えず、だ。『吹雪』との面接が終わったらまた戻って来てくれ」
「了解しました」
かなり予想外であった。木津は敬礼をし、退室した。土川の考えは分からないが、この仕事は少し面白そうだ。誰もやった事が無いし、吹雪という少女に興味もある。なにより、対深海棲艦の重要な先駆けである。木津の歩調が速くなった。
しばらくして、吹雪の居る外来室の前に到着した木津は『護衛』に様子を訊いた。大人しくしていると聞き、吹雪には一人で会うと『護衛』に伝えてドアを三回ノックした。部屋に入る。
「提督!」
木津を見るなり、セーラー服の少女がソファから勢い良く立ち上がる。花咲くような笑顔に釣られそうになるが、ふと木津は訝しんだ。
(提督って、何の事だろう。『提督』は少将からだし、艦隊の総司令官という訳でも無いのに)
まあいいか、と木津は息を吐き、吹雪の正面のソファに座る。吹雪にも座るよう促し、話を始める。
「吹雪、と言ったね。君は元々深海棲艦だった。しかし今は人間となんら変わらぬ姿でここに居る。君が何者なのか訊きたい」
吹雪は背筋をぴんと伸ばして木津の言葉を聞いていた。少し考えて、吹雪がはきはきと答える。
「私は気が付くとあのドックに居ました。ずっと寂しかったのは覚えていますが、深海棲艦だったというのは覚えていないんです」
「寂しかった?」
オウム返しで問い質す。深海棲艦は寂しいから人を襲うというのか? 全く意味が分からないが、しかしこれは戦闘に対する、奴等の重要な『動機』である気もした。
「はい。暗くて冷たくて、もう誰にも会えない。せめて誰かに来て欲しい、仲間が欲しい・・・・・・。そんな気持ちでした。今はもう平気ですよ? 提督がいらっしゃいますから!」
木津は微笑みつつも、あの時、戸惑う様に辺りを見回した影の様子を思い返す。
(そういえば、今の姿になったのは私と敬礼してからか。いや、人型になったのは引き揚げられてから? なにが切っ掛けなんだろう)
分からない事だらけだ。木津が考えていると、ドアがノックされ、二人分のお茶を先程の『護衛』が運んで来てくれた。恐らく様子見も兼ねてだろう。吹雪と木津は礼を言い、茶を受け取る。『護衛』が部屋を出た。手の中の湯呑みが温かい。吹雪が思い出したように呟いた。
「ずっと冷たくて暗い所に居た気がします。でも、私に何かが触れた時、私は思い出したんです。私が鉄の塊だった頃から知っている、人の手の優しいぬくもりを」
「それだ!」
「うわっ」
木津が立ち上がり、吹雪が驚いて湯呑みを落とす。湯呑みは倒れ、絨毯にホカホカと湯気が立っていた。木津が湯呑みを見ると、なんと独りでにそれが起き上がった。
「えっ」
目を凝らすと、正確には『独りで』では無かった。湯呑みと同じ位の小人が持ち上げていたのだ。そいつはふわりと浮き上がると吹雪の手に湯呑みを持っていき、ひと仕事終えたとでも言うように額を手の甲で拭っている。メルヘンチックの極みに木津はめまいを覚え、へなへなとソファに座った。
「えっと・・・・・・?」
「あ、これは妖精さんです」
「そう・・・・・・妖精、ね」
当たり前のように言わないで欲しい。何か大切な事を思いついたのにすっ飛んでしまった。
「妖精さんは気が付いた時からそばに居ました。私に色々な事を教えてくれるんです。深海棲艦とかいう存在について、あと、私達『艦娘』の持つ力についても」
「かんむすぅ?」
なんだそれは。新手のアイドルか何かか? もうどうにでもなれという気持ちに木津はなった。吉か凶か木津の中から、砲弾でも食らったように常識と正気が消し飛ばされた。とりあえず木津は続きを話すよう促した。吹雪は淀み無くすらすら答える。
「深海棲艦と艦娘は表と裏です。艦娘にひっくり返す為には『力による制圧』と『心による解放』が必要なんです。しかし、兵器には心は無く、人間に力は無い。艦娘はどちらも併せ持っています」
「力、だって?」
「はい。お見せします」
吹雪は立ち上がり、少し目を閉じた。すると二匹の妖精が現れ、巨大な銃が一つと、ベルトのような物を二つどこからかぽんと出現させた。ベルトのような物には、長さ六十センチ程の円筒が三本連なっており、何かを発射するような形状をしている。
それを吹雪が身に付けた。巨大な銃はよく見ると、銃ではなく『砲』の形であった。かつて大日本帝国海軍の駆逐艦が搭載していた、単装砲である。ベルトのような物は魚雷発射管であるようだ。他にも妖精は、吹雪の背中に主機のような物をくっつけた。
吹雪が魚雷発射管を脚にベルトで縛り付け、可憐な少女に持たせるには悪趣味な砲を持った。鋼鉄の鈍い輝きが吹雪の表情を固く引き締めているようだった。
「これが艦娘の力です」
余りにも無骨な『艤装』を身に付けた少女に、木津は驚かなかった。むしろ、だから『艦娘』かと腑に落ちた気分ですらある。しかし、とても奴らに通用しそうにない。
「それでどうやって戦うの? 当然戦場は海の上だよ」
「艦娘は艤装を装着した状態ですと単独で水上を航行できます。また、これらの兵器は深海棲艦のそれと同等かそれ以上の威力を持っているので、頼りになります」
「ふむ。じゃあ心は?」
木津は訊ねてみた。吹雪は艤装を妖精に外させ、ゆっくり座る。
「この姿を得たのは、あの温もりのお陰です。私の意識を引き揚げてくれた人間の心。もう独りじゃないと知った時から私は解き放たれました。私も深海棲艦を同じように心を教えてあげられる。仲間を解き放ってあげたい。そのためのこの命です」
「仲間・・・・・・。君は、誰の味方?」
短絡的な質問だと木津は省みたが、吹雪の答えを聞きたくなった。吹雪は力強く言った。
「私は人間と共に在りました。これからもそうです」
強い意志に少し木津は気圧された。だが吹雪がいきなりしおらしくなり、暗い声で呟く。
「彼等はいわば『影』です。仕える実体を求め、引きずり込む。私は人間の味方ですが、彼等もまた寂しさを癒したいと願っている。戦うだけでは、戦いは終わらないんです。またやって来ますから」
部屋に沈黙が訪れる。テーブルの上で二匹の妖精が艤装を整備する無機質な音だけが響いていた。艤装は艦娘や妖精とは独立した物体なのだろうか。他の艦娘とやらに使わせたりも出来るのか。
木津は頭を掻いた。職業病だろうか、こんなメルヘンまで戦力として使おうとしている自分が居た。木津の様子に不思議そうにしていた吹雪にそう話すと、彼女は嬉しそうに笑う。
「提督は頼もしいです。私も頑張りますから!」
どうやら吹雪にとっては、木津は『艦娘総司令官』の様な物なのかもしれない。しかし何となく気恥ずかしい。
「吹雪、私は提督じゃない。艦隊の総司令官でもない。ただの指揮運用科の一人なんだ」
「で、でも。それではなんとお呼びしていいか」
まるで見捨てられた子供のように聞いてくる。もしかしたら、彼女は確認したいのかもしれない。自分が『艦隊』に居る事を。木津は少し考えた。
「うーん。吹雪は今の所私の指揮下に入ってるらしいから、艦娘の総括としての『司令官』ならおかしくは無い・・・・・・かも知れない」
「分かりました、司令官!」
苦肉の策と言うか、なぜこんな事に付き合っているのだろうと木津はおかしくなった。まあ別に提督と呼ばれたって気にしなければ良いだけの話だから、自分も肩書きに拘っていると言えば拘っている。
取り敢えず一旦話を切り上げ、『司令官』木津は土川の元へと戻ることにした。まだ先の事ではあるが、やがて艦娘が今よりも増え、木津の階級が正式に『提督』となってからも、吹雪の『司令官』呼びは変わる事は無かった。
⚓
土川は木津の話を興味深そうに聞いた。いくつかの質問を終えると、彼はポケットから純白の箱を取り出し、木津に向けた。
「吸うかね。お気に入りの銘柄なんだが」
「お気持ちだけで」
「そうか」
旨そうに吸い、土川は灰皿に灰を落とした。
「私は迷信深い方では無いし、感傷なども嫌いだが、それでもこの数年の戦争を考えるとそれなりに思うところもあってね。妄想と取られても仕方ないのだが・・・・・・。深海棲艦は実は海に蓄積された怨念か何かで、遂に人類に嫌気が差したのではないかとか」
「ふむ」
かなり真剣に考え出す木津に土川は盛大に笑い、そして謝った。
「いやすまない。冗談で言ったんだ。笑ってくれて構わないのに君と来たら」
「え、あの。自分は十分納得したのです」
「ほう」
土川の目が細められる。悪魔か何かの微笑みのようだ。
「吹雪は、寂しかった事はよく覚えていると言いました。これが深海棲艦のモチベーションの一つだとすると、『講和』の方策も少しは生まれるかも知れません。吹雪を使えばさらに深海棲艦の事も分かるでしょう。楽観的かも知れませんが」
「いや、面白い。深海棲艦の感情を知っているのは実質吹雪だけだからな。ではこんなのはどうだろう」
土川が一度煙草を吸い、煙を吐いてから言う。
「吹雪を深海棲艦と接触させ、『大使』とするのだ。奴もそれを望んでいるんだろう? 我々としてもやる理由は十分だ。少しでも情報は欲しい。そしてその指揮は君が執る。艦娘総司令官木津響子。いい響きだろう」
「正式にですか」
「嫌かね」
木津は首を振る。
「ぜひやってみたく思います。もしも吹雪が深海棲艦をこちらに引き込めるのなら、今までにない戦略も出てくるでしょう。面白そうです」
行き詰まった戦局が変わるとまではいかずとも、手掛かりは掴めるだろう。木津としてもやる理由は十分だ。土川は頷き、煙草を灰皿に押し付けた。
「決まりだ。三日後、護衛艦『きりさめ』に乗って吹雪を海に連れていけ。きりさめの任務はあくまで哨戒だから、沖合での吹雪のテストだと思えばいい。それまでの間は浜辺の安全な所で吹雪のテスト。やれるな?」
「了解しました」
力強く頷く木津に、土川が少し驚いたような顔をする。
「君は、なんというか不思議な人だな。こんな訳の分からない状況を楽しんでいるように見える。まるで怯まない。なぜ化物が現れたのか、吹雪は何者なのか、なぜ人間のしかも少女の姿をとるのか。何ひとつ分かった訳では無いんだぞ?」
木津は少し考えた。ゆっくりと答える。そういえば個人的な質問は初めてだ。
「彼女と一緒に戦えば何かが掴める。その可能性だけで私は十分です。何の為にこの戦いをしているのか見えた気がするんです。今回の戦いで七名殉職しました。意味も無く戦うのは辛いです。艦娘という存在がこの戦いの意味を知る鍵なら、必ず宝箱にたどり着いて見せます」
七名の殉職には土川も思う所があるらしい。ため息をついて彼は目を閉じた。
「我々に牙を剥いた存在が今は人の姿を取り、『命』や『心』を語る。私は正直、奴を信用しきれない。君はどうだ。奴を信じられるか。命を託せるか」
「はい。少なくとも今の吹雪は命や心を知っています。人間と同じです。私は生きる事は戦う事だと信じて生きています。深海棲艦は何の為に『戦って』いるのか分からない。だから怖い。しかし吹雪は意志を持って『戦おう』としています。彼女が生きようとしているのが私には分かる、だから怖くありません。私は戦おうとする彼女を最大限活用します。信用せねば不可能です」
目を輝かせて敬礼してくる少女を脳裏に、木津は言い切った。土川がいきなりポケットからメモ帳らしきものを取り出し、何やら書き込み始めた。
「生きるとは戦う事、か。書き留めておこう。いい言葉だ」
「えっ。ちょっとやめてください」
抗議もむなしく、土川はメモ帳をポケットに戻してしまった。いたずらっぽく彼は言う。
「私は小説を書いていてね。独身だから暇にかまけて始めたんだがハマってしまった。完成したら読んでもらうから、それまでメモの中身については触れないでもらおう」
「・・・・・・もう仕事の話しかしません」
「それは困る。実は主人公は」
「失礼しますっ」
ラフに敬礼をかまし、木津は勢いよく退室した。
「参ったな。彼女がモデルなのに。ネタ出しはどうしようか」
土川は珍しく弱り顔を浮かべ、頭を掻いた。