2020年の艦娘戦記・改 〜艦娘誕生と日本〜   作:シベリアの騎士

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第2話 響かせ

 鎮守府敷地内での二日間のテストを終え、木津と吹雪は護衛艦きりさめの甲板に居た。冬の潮風はとてつもなく冷たく、木津はセーラー服の吹雪をちらと見やった。吹雪はスカートの下にスパッツを履いているようで、風を気にする素振りは無い。寒くはないようだ。

 

 テスト内容は簡単だ。吹雪の艤装のテスト、水上航行のデモンストレーション。艤装を満載して水面を滑走する様はまごうこと無き軍艦だった。とはいえ火器は使っていないから結局戦闘能力は未知数だ。その為のこのきりさめ同乗任務である。吹雪曰く、駆逐艦タイプの艦娘は対空戦闘も対潜戦闘もこなせるらしい。巡洋艦に次ぐバランス型という事か。

 

 この艦の本来の任務は鎮守府近海の哨戒だ。艦のローテーションがたまたまきりさめだったというだけで、特にこのアサインに意味は無い。今回のテストはあくまで、海での火器使用を伴う戦闘能力調査。さすがに浜辺でやるわけにはいかなかったため、こうしてたまたまきりさめに乗っているのだ。

 

「司令官は、海は好きですか?」

 

 木津はうーんと唸る。実家は漁師だが、あまり海に出た事は無いし、聞いた限りでもあまり楽しそうな所ではない。シケが酷いとか、深海棲艦のせいで漁が出来ないとか。海軍に来てからも、幹部課程の水泳訓練はきつかったし、あらゆる意味で『戦場』のイメージしか無い。なにより、自分が将校を志す事になった出来事も、このうるさい海のせいだ。

 

「嫌いかも。きついイメージしかない」

「な、なるほど」

「吹雪は好きなの?」

「はい!」

 

 吹雪は明るい。ネガティブな所が全く無い性格に木津はちょっぴり羨ましくなる。

 

「海は楽しいです。みんなこの海から産まれたんだと思うと、なんだかわくわくします。いつか静かな海で司令官と過ごしたいです」

 

 戦いが終わった後の事。想像もつかない。戦場が消えた時、吹雪に居場所はあるのだろうか。全く考えていなかった。兵器として、戦術的価値、戦略的価値しか吹雪について考えた事が無いという事実に木津は狼狽した。何の為の人型だ。根本的に見落としている。

 

「・・・・・・うん。頑張ろうね」

 

 木津は海を見つめる吹雪の顔を流し見た。兵器なら、戦いが終われば用済みだ。厳密にはすぐ廃棄したりする訳では無いにしても、ガラクタと大して変わりない。彼女は生きている。生きている限りは、理由が無くとも生きねばならない。理由が欲しいなら探す事だ。そうして何かしらと戦うように人は生きる。

 

(生きてるって、大変だな)

 

 死ねば助かるとは思わないが、木津はなんだか憂鬱になりそうになった。しかし幸か不幸かその暇は無かった。突然吹雪の目が険しくなり、艤装を着け始めたのだ。

 

「どうしたの、吹雪」

 

 吹雪が腰に付けた懐中時計のような物を見せてくる。それはコンパスだった。しかし、針は北を向いていない。

 

「羅針盤が反応したんです。深海棲艦が近くに居ます」

「羅針盤? 北を向いてないけど」

「はい。北を示すのではなく、敵を示します。引き合せるかのように。これも妖精さんがくれました」

 

 何とも因果な話だ。だがその話がもたらすのは感傷では無い。危機感だ。

 

「距離は? 早くCICに知らせないと」

「すみません、距離は分からないんです。索敵機を飛ばせればいいのですが、持っていません」

「ふむ」

 

 CICは戦闘指揮所の略で、艦の最深部に位置している。戦闘能力を司る為、艦橋とは全く別物だ。護衛艦には、標準装備としてヘリが一機ある。ヘリを使えば目視確認や水中の走査が行えるが、吹雪がそれを拒んだ。

 

「ヘリは危険です。私が行きます」

「いや、待って」

 

 確かに今日の出撃は吹雪のテストの為だ。一応吹雪の性能は鎮守府で見たが、それでもどこまで通用するかは分からない。

 

「敵の構成がまだ分からない。きりさめは平気で深海棲艦を木っ端微塵にするだろうけど、君の性能はまだはっきりしていない。無茶はさせられない」

 

 そもそも、きりさめが探知してもいない様な距離の敵を迎撃する必要性を思い付かない。きりさめが無力化できる相手なら攻撃し、吹雪を安全に接触させるというのが木津のプランだった。吹雪の艤装はあくまで自衛程度の物であるというのが木津の見解であり、水上航行できる吹雪なら、深海棲艦を海上でそのまま『艦娘化』させられると言うのが運用の骨子だ。その為には結局、深海棲艦を通常兵器で無力化する必要がある。

 

 つまり、単独戦闘は有り得ない。

 

「焦るな吹雪。作戦は勝つ為にある。戦う為じゃない」

「・・・・・・解りました。司令官」

 

 吹雪は頷き、艤装を解いた。上手く彼女を使ってやらねばならない。木津は考えた。

 

(先の鹵獲で大変だったのは『破壊しない事』だった。わざわざ射程の無い機銃でとどめを刺した。結果七人が死んだ。吹雪の、艦娘の戦術的優位性は何だ?)

 

 既存の兵器の方が効果的なら、彼女は戦術的には全くのデッドウェイトだ。しかも現段階ではその可能性が最も高い。となると艦娘は深海棲艦に対し、戦略的に価値があると考えなくてはならない。何が何でも存在意義を見つける。でないと吹雪を得る為に死んだ者にも、この作戦に今も命を賭ける者にも、意味を持たせてやれない。何より、吹雪に。

 

(この子を持て余したりしない。それが艦娘総司令官の責務だ)

 

 使えるモノは全て使うのが指揮官だ。だが、圧倒的に吹雪の情報は足りない。このテストは艦娘に係わる全ての方針を決める物だ。最大の成果を挙げたい。焦りは禁物だ。焦りは慢心に等しいと歴戦の漁師である父も言っていた。状況を顧みず自分の都合で行動しようとする心理なのだと。

 

(まずは敵を知らねば。己を知るのはそれからだ)

 

 

 

 

 きりさめCIC内、木津が普段居るオペレーションルームに似た雰囲気のそこで、艦長である玉坂中佐と木津は会っていた。精強な雰囲気に溢れ、短い白髪が年季を物語っている。その誰もが認める玄人が今、腕を組んで悩んでいた。

 

「その『艦娘』とやらが我々より先に敵を探知し、出撃を望む、か。まず認められるものじゃあないな」

「そう、思います」

 

 木津は頷く。だが真に相談したいのはそんな事では無い。現実問題としてどう艦娘を運用するかだ。出来ることなら実任務に近いデータを採りたい。運用出来ないと諦めるのではなく、どう使うかを考えたい。

 

「この辺りは陸に近いから、先の様に遠洋から乗り込んで来たのでも無い限り、まず少数の駆逐イ級。とはいえガタイが違う。殴り合いはコイツの仕事だ。生娘の本分では無い」

 

 玉坂は半長靴で床をごつごつとやった。表情からして、艦娘、ひいては若くしかも女である木津を信用していない。

 

 半端でなく厳しく過酷な教育課程をことごとく耐え抜き、実戦でも力で生き残って来た古強者はある種の信条がある。それを固定観念と切り捨てるのは軽率という他はない。木津はどうすればいいか分からなかった。玉坂中佐も、吹雪も、己自身も納得のいく答え。考えるだけで出ない事もあるが、何かを見落とさない様に必死に考える。

 

 今吹雪は甲板に居る。念の為海を見張っておきたいらしい。彼女に『護衛』は付いていない。さすがに無茶な真似をするほど馬鹿ではないだろうし、この艦に手空きの者など居ない。

 

 玉坂はため息をつき、難しい顔をする木津に少し笑った。

 

「そう焦りなさんな。俺達には俺達の仕事がある。君達のようにだ。先の作戦、上のわがままにも焦らず被害を局限し、捕獲も完遂した、そう聞いた。大したもんだ。今は戦いを少し忘れろ。戦ってばかりじゃつまらんだろう」

「・・・・・・はい」

 

 何となく逆らえない物を感じ、木津は黙った。父親ほども歳が離れた、軍人としても遠い存在にそう言われては自分の理屈など大して意味もなく思えてしまう。これが『指揮官』かと木津は嘆息した。

 

 オペレーターが艦長に報告を上げてきた。コンソールから目を離さないよう、声だけ張り上げる。

 

「水中から深海棲艦の物らしき音源を確認。十時の方向」

「了解。潜水中とはな。どうせ気付かれている。アクティブを打て」

 

 壁に大きく設置されているモニターに、ソナーと同期して航跡が表示されていく。ドットがぽつ、ぽつ、とこっちに向かって動いている。

 

「了解。深海棲艦らしきもの、隻数四、水深六メートル、針路四時、距離三キロメートル。向かって来ています」

「やはりな。もうずっと打っとけ、奴ら水中でもよーく見えてるらしいからな。はっきり見つけてさっさと撃ち落とす。戦闘配置、対潜誘導弾用意」

 

 艦内にラッパの音が鳴る。この音を聞くと木津も体が戦おうとし始める。音は人間を支配する。この世はどこも見た目はそんなに変わらないが、音は違う。

 

 CICに吹雪が駆け込んで来た。玉坂と木津が同時に吹雪を見やる。

 

「今の戦闘配置のラッパですよね、戦うんですね!?」

 

 吹雪は戦闘配置のラッパを知っているらしい。もしかしたら、駆逐艦吹雪であった頃の記憶だろうか。玉坂が苦笑する。

 

「詳しいな嬢ちゃん。だが今はここで待機だ。出番は後だ」

 

 しかし吹雪は首を振った。

 

「手遅れになってからでは遅いんです。深海棲艦は倒すだけじゃ駄目なんです。私は人間と彼らを救う為に還ってきました。戦わせて下さい」

 

 木津が何が言おうとするのを玉坂が止める。目が鋭い。この男の矜持に障ったか。大きくないのに背中が縮みそうな声で、「そんなに死にたいか」とだけ彼は言った。吹雪は何も言わず玉坂を見つめ返す。吹雪の目は静かだった。もう死を知っている目なのだと木津は悟った。

 

「どう戦うと言うんだ。この艦には二百弱の人員がいる。それでようやくこの艦を動かし奴らと渡り合えるんだ。え? 分かるかこの意味が。全員優秀な者だ。それでも死ぬ。鉄の塊を総出でどんなに上手く操っても人は死ぬ。どう俺達を守って下さるってのか言ってみろ」

 

 あまりに木津には勝てない言葉だった。日本が交戦状態に入り、かつての自衛隊が再び軍になってから新設された部署。艦隊運用専門職、指揮運用科は嫌われる部隊だ。勉強の出来る者を集め、適性を調べ、エリートとして入隊からたった一年半で階級と指揮権を授かる。やる事は安全な後方から指示を飛ばす事。現場で人が死んでも、指揮者が死ななければこれまで通り指揮は継続できる。冷徹で愚かな発想の戦時中の実験部隊。生死を共にせぬ者は仲間と見なされない。

 

 まだ発足から日も浅く、信頼も無い。そんな道を選んだ木津にも信念はある。自分の力で深海棲艦を消すと誓ったあの日から、自分の中にどうしようもない闘志が産まれた。その為の指揮運用科と言う道だ。

 

 自ら戦地へ出ると言って聞かない吹雪が、木津には羨ましく、どこか眩しい存在だった。やれる事なら、深海棲艦は自分のこの手で倒したかった。その願いを代わりに叶えてくれる吹雪は自分の指揮下にある。吹雪の力を木津は知りたかった。吹雪を戦いに使いたいのは、紛れもなく自分自身だった。その力が欲しい。

 

 信念を貫くには、力を示すしか無い。我々は敵を倒せるのだと。そして敵を倒す事は木津の悲願であり、吹雪の力を実証する事は任務であり、そして吹雪もまた力を示す事を望んでいる。木津は、戦いたいのだ。躊躇う理由は無い。

 

「行けッ、吹雪。沈水艦を仕上げて来い!」

 

 吹雪が目を丸くした。玉坂も。吹雪は我を取り戻し、敬礼。

 

「はい、私がやっつけちゃいます!」

 

 そのまま弾かれる様にCICを飛び出して行く。まだ唖然としている玉坂に木津は言った。

 

「高速ボート、お借りします」と。

 

 

 

 

 木津と吹雪は、木津自らが操る高速ボートで羅針盤を頼りに海を駆ける。警備や偵察の為に開発された物で、頑丈な船体を持ち、時速六十キロメートルは出る。木津たちに全面協力しろという命令がきりさめに伝達されていたのをいい事に、ほとんど無理やり強奪したようなものだった。

 

「この辺りで降ろして頂けますか? 水中聴音機を使いたいので水上に立つ必要があるんです」

「分かった」

 

 木津はボートを止めた。吹雪が海に降り立ち、目を閉じた。まるで祈りを捧げるようだ。邪魔をしてはいけないと思い、木津はボートのエンジンを切る。

 

「まだ遠いですね。司令官、今のうちに退避お願いします」

「いや、私は戻らない。この目で見届ける必要がある」

「ですが・・・・・・」

 

 渋る吹雪に、木津は首を振った。わざわざ玉坂に歯向かいここまで来たのだ。戻っても仕方が無い。

 

「艦娘の戦闘を間近で見た者など居ない。これから私が艦娘を率いる為には必要な経験だ。そもそもこれはしなくてもいい戦闘だ。きりさめが撃破した深海棲艦に君を接触させるというのが当初の目的だったのだから。それをやれと言った以上、私は見届ける義務がある」

 

 吹雪は頭を下げた。なにか思うところがあるらしく、強い眼差しを向けてくる。

 

「深海棲艦は兵器でただ殺してはいけないんです。それをうまく説明する言葉が見つかりませんでした。司令官には感謝しています。私を行かせてくれて」

「いいさ。見せてやればいい。私達の結果を」

「はい。お見せします。そして司令官やあの艦を守って見せます!」

 

 気付けば雪が降り始めていた。吹雪が白い欠片を弾くように前進した。速い。十秒後には既に五十メートル程離れていた。

 

 引き止めてきた玉坂の顔を木津はふと思い返した。軍に入ると伝えた時の父の表情に似ていた。家族は元気だろうか。

 

(生きて帰らなくては・・・・・・。戦い抜かねばならない)

 

 深海棲艦をきりさめで沈めるのは簡単だ。心持つ艦娘でやるからこそ意味がある。見せてやれ、吹雪。機械は持たぬ、闘いの意志を。

お前が思い出した物を教えてやれ。

 

「撃ちますッ」

 

 木津の持っていた無線に吹雪から音声が入る。特型一番艦吹雪、爆雷投射開始。数秒の後、水柱が上がった。天を衝くほど高く伸び上がり、砕け散った深海棲艦が巻き上げられて海へと還る。

 

 凄まじい威力であった。しかしこれは、通常兵器での撃破と何が異なるのだろう。考えている暇は無かった。木津の前方数メートルでなにかが水中から現れたのだ。

 

 それは、人型だった。大きさは人間と変わらない。その姿はまるで・・・・・・。

 

「艦、娘?」

 

 深海棲艦は基本的に水中に潜む。水中に居るまま戦闘できるのは潜水艦タイプだけだ。しかしこいつはソナーにもかかっていなかった。たった今発生した個体だ。しかも、艦娘の様に人型。異様なのはその色だ。肌は薄く墨色で、服も装備もどす黒い。なにより、人の臓器の様な生々しい造形のその武装群は明らかに敵意を宿している。固まった顔と暗い海色の目。頭に帽子のごとく載っている巨大な口が、ガチガチと歯を打ち鳴らす。木津の背中が激しく粟立った。

 

 そいつがゆっくり杖を持った右手をきりさめに向けた。雪が強くなってきた。白い風の中で黒い人型は、無機質なのに脳に抉り込むような声を発した。

 

「フネハシズメ。ウミノミンナハ、サミシガリ」

 

木津はとっさに無線の送信ボタンを押して叫ぶ。

 

「吹雪、コイツを撃てーッ!」

 

 敵を掃討し終えた吹雪が通信を聞き、猛然と引き返して来た。しかし木津に射線が重なり、撃つ事をためらう。その瞬間、奴の口の形をした巨大な帽子から、尖ったユーフォーの様な飛行物体が十機ほど飛び出した。空母タイプなのだ。

 

 その深海棲艦艦載機がきりさめに飛びかかっていく。いくらきりさめでも小さくすばしっこいそれらを撃ち落とすのには時間がかかる。

 

「吹雪は艦載機を落とせ」

「わ、分かりましたっ。しかしそいつは」

「私がやる!」

 

 木津はボートのエンジンを始動。人型深海棲艦に突っ込んだ。衝撃。深海棲艦はよろめき、艦載機を飛ばす機会を逸した。なにやら訳の解らん能力を持っているが、ガタイが無い分やりようはある。木津は唇を吊り上げていた。

 

「お前らをこの手で倒せる時を・・・・・・自ら寄越すとは。気が利くじゃないか!」

 

 人型なら確かに砲撃は当たりにくい。しかしこいつらは、敵は艦ではなく『人間』なのだという事をすっかり見落としているらしい。だからこんなごり押しで怯んだりする。木津は吹雪の中、深海棲艦と強化樹脂の船で戦う。

 

 その頃、吹雪ときりさめは艦載機を順調に撃墜していた。だが、生き残っていた内の一機が、墜落の間際に一本の魚雷を投下した。

 

 オペレーターが玉坂に叫んだ。きりさめCICに緊張が走る。

 

「魚雷を確認! 距離八十メートル」

「討ち漏らしたか。くそ、針路一六〇! 艦首を魚雷に向けろ!」

 

 面積を減らす事で回避を試みるが、間に合いそうも無い。万事休すという時だった。

 

 魚雷が水柱を上げて爆発。きりさめは無傷だった。

 

「何が起きた? 艦橋、目視できたか」

 

 玉坂は外が直接見える艦橋に状況を聞いた。興奮した声が帰ってくる。

 

「ふ、吹雪です。吹雪が魚雷を撃ち沈めました!」

「んな、馬鹿な・・・・・・」

 

 玉坂はさすがに言葉を失う。だが救われたのは紛れも無く事実であるらしい。当の吹雪は既に木津を救うべくきりさめを離れていた。

 

 五度目の衝撃。高速ボートは傷一つ無い。当たり前だ。人間を轢いたくらいでは警備もこなすこのボートは壊れない。思うように動けず苛立った様子の深海棲艦に木津は微笑んだ。

 

「艦載機は全て堕ちた。新しいのは私が飛ばさせない。そろそろあの子が来る。お前の負けだよ」

 

 その時、深海棲艦が信じられない行動に出た。ボートに自ら突っ込んで来て、乗り込んで来たのだ。

 

「くっ。沈め!」

 

 効果があるかどうか分からなかった為、使わなかった護身用の拳銃を抜き、撃ち込む。幹部にしか渡されていない代物だ。深海棲艦はよろめき、木津に向かって倒れるように飛びかかる。二人はボートから転げ落ち、木津だけが水面に留まれず沈んでいく。深海棲艦の肌は柔らかかった。だが死人のように冷たかった。落ちた冬の海は気温より水温が高く、一瞬の冷たさの後に生温い感覚に変わる。しょっぱく、生臭く、まるで血の様だ。服が水を吸う。海に飲まれる。

 

(う、浮かない・・・・・・)

 

 もがいても水底へ引きずり込まれていく。深海棲艦は水の上から冷酷にこちらを見下ろしている。不公平だ。あいつらは当たり前の様に浮いたり沈んだり。水の上に立ったり。水を飲んでしまい、体温も急激に下がった木津の意識はあっという間に闇の中に溶けていった。水面から差す光はこんなにも暗かったのだろうか。海はなんと、孤独な所なのだろう。木津は意識を手放す直前、海に殺されたかつての友人の顔を思い出していた・・・・・・。

 

「司令官ーっ!」

 

 海に沈んでいく木津に吹雪は叫んだ。深海棲艦に主砲をありったけぶち込む、が躱される。吹雪はそのまま突っ込み、奴に膝蹴りを放った。

 

「目を覚ましてっ。あなたの敵は人間じゃない、船でもない。戦いなんてもう終わってるの、大昔に!」

 

 水面に膝をついた深海棲艦に叫ぶ。吹雪は錨を下ろし、妖精に木津を引き揚げるよう伝えた。てこでも動くものか。深海棲艦がまだ司令官を殺そうとするなら容赦はしない。吹雪は主砲を突きつける。

 

「タタカイハ、オワラナイ。忘レラレタクナイ。此処コソガ、我々ノ最初で最後ノ居場所。何ノ為デモ無ク、仲間トタダ戦ッテイタイ。独リハモウ・・・・・・。沈ミタクナイ」

 

 見つめてくる深海棲艦の目から雫が落ちた。それが海水なのか、涙なのか吹雪には分からない。でも認めるわけにはいかない。

 

「あなたの気持ちが分からないと言えば、嘘になるよ。ただ沈んで忘れられていくのは、寂しいよね。だからこそ、もう戦いをやめるの。こっちに来てよ。司令官がきっと、新しい生き方と居場所をくれるから」

 

 吹雪の言葉に深海棲艦は少し動きを止めた。懐かしむように微笑み、立ち上がる。

 

「司令官。イイ、響キダ。嫌イジャナイ・・・・・・」

 

 深海棲艦はふらふらと吹雪へ歩み寄ってくる。手を伸ばしてくる彼女を吹雪は拒まなかった。受け入れるように両手を伸ばし、抱きとめる。冷たいのに、柔らかい感触。二人を包む雪風も暖かさを奪えない。

 

「君ノ手ハ、暖カイナ」

「生きてるから。命をもらったの」

「私モ生キラレル?」

「うん」

 

 深海棲艦はそのまま気を失った。ドロドロと黒いものが流れ落ち、新たな仲間の姿が現れた。やや小柄な、真っ白な肌に銀色の髪をした艦娘だった。吹雪はすぐ側に漂っていたボートに彼女を乗せる。ややあって木津が水面からぐったりとしたまま引き揚げられた。

 

「司令官っ。いま助けますから」

 

 吹雪はボートの上で、木津の胸を押す。木津の口からごぼごぼと水が溢れた。人工呼吸を繰り返し、吹雪は木津の命を繋ぎ止め続けていた。

 

 

 

 

 木津が意識を取り戻した時、そこは狭い部屋のベッドの上だった。

 

「司令官っ。良かった・・・・・・」

「ふぶ、き?」

 

 身体を起こすと、自分の服が患者服に変わっていることに気づく。どうでもいい事のはずだが、脱がせたのは吹雪だろうかとか、何となく考えた。

 

「吹雪が助けてくれたんだね」

「いえ、守れなかっただけです」

「ばか、そういう時は胸を張りなさい。感謝されたら受け止めるものだよ」

 

 暗い顔でうつむこうとする吹雪に、あえて横暴な言葉を掛ける。しかし木津の顔は、知ってか知らずか優しく微笑んでいる。吹雪は持ち前の素直さで慌てたように顔を上げ、敬礼をした。

 

「は、はい! えーと、沈んでいたところを引っ張りあげて、人工呼吸をしました。その後はきりさめに回収してもらって、服を変えてもらいました」

「じ、じんこうこきゅう」

「そうですっ」

 

 初めてが意識の無いうちに、しかも同性のしかもメカ系女子に。死にかけたばかりだというのにやたらと緊張感のない思考が頭をめぐる。むしろ緊張が解けた反動なのだろうか。木津は頭を切り替える。

 

「あの深海棲艦はどうなった。倒したのか。被害は?」

 

 吹雪は頷いた。

 

「はい。倒した後、艦娘になりました。被害は船体に少々。人員は無傷です」

「良かった。吹雪のおかげだ。本当にありがとう」

「いえ・・・・・・。おっと、こういう時は。はいっ、どういたしまして!」

 

 わざわざ言い直す吹雪を見て木津は笑う。あの人型がもし不意打ちを仕掛けてきていたら被害は免れなかったかもしれない。結果論かもしれないが、吹雪を信じて良かった。そう思えた。

 

「奴もやっぱり艦娘に。艦娘も深海棲艦を艦娘に出来るのは実証されたな」

「はい。しかしまたわからないことが増えました。人型の深海棲艦についてです」

 

 確かにと、木津も頷く。今までの戦闘で人型は確認されたことが無い。これも艦娘の影響なのだろうか。少なくとも、艦娘を戦闘に参加させることで事態は急激に変化しつつあるのは確かだ。たった一回の戦闘でこれ程とは。

 

「しかしすごい火力だったね、吹雪。正直驚いた」

 

 率直な感想だった。吹雪ははにかんでいる。

 

「たぶん、私がまだ船の姿をしていた時の力です。艦娘は物理現象として戦闘している訳ではありませんから。当時の記憶、力の様なもので私は構成されているんです」

「理解しがたいね」

「まあ、メルヘンにはもうお慣れでしょう?」

「自分で言うな」

 

 束の間の、戦闘が終わった平和の中で二人は笑う。こうやって勝ち取れる時間がある。それだけのために、戦う。吹雪がまだ艦だった時、彼女は何を思っていたのだろう。駆逐艦。物騒な名前だ。いま日本の艦はみな『護衛艦』の名で統一されている。旧自衛隊の頃の名残だ。この戦争が始まり、自衛隊は再び日本軍として生まれ変わった。護衛艦という呼び名が消えてしまう日が来るのだろうか。木津は、吹雪の事を『護衛艦』と呼んでやりたかった。人々や国の、時そのものを守る艦。戦いの定めへのせめてもの抵抗である。

 

「艦娘になった深海棲艦はどこに?」

「第二医務室でまだ意識を失っています」

「そう。会ってみたいな。やはり深海棲艦の記憶は無いのだろうか」

「私の時とは少し状況が違いますからなんとも。コミュニケーションが取れたので、深海棲艦の時の記憶や意識も残っているかも」

「ふむ」

 

 だいぶ話すこともなくなって来て、部屋に沈黙が訪れる。船の主機の音だけが低く伝わってくる。不意に木津は口を開いた。

 

「私・・・・・・なんの味がした?」

「ごほっ」

 

 あまりにナチュラルな口調だった。呼吸を乱された吹雪がむせるのと同時に、医務官らしき女性が部屋に入ってきた。少し背の低い、丸みのある中年くらいの女性だ。凄くそれっぽい。

 

「お目覚め? よかった〜。どこか具合悪い所あらへん? 体温下がってたから電気毛布使ったんやけど、効いたみたいやねっ」

 

 木津は背筋を伸ばし、頭を下げた。

 

「はい、おかげさ」

「もうーほんま女の子が無茶したらあかんわあ。体冷えるのが一番あかんねんで? 生姜湯飲まはる?」

「あ、その。すみませ」

「ええねんええねん、飲んどきなさい! ちゃっちゃといれてくるから」

 

 嵐のように医務官は出ていってしまった。ろくに礼を言えなかった、というか言わせてもらえなかった。吹雪が目を丸くしてつぶやく。

 

「つよい」

「そうだね・・・・・・」

 

 二人があっけに取られていると、再びドアが開いた。入ってきたのは玉坂艦長だった。木津と目が合い、お互い固まった様に動きを止める。途端に部屋の雰囲気が張り詰めた。が。

 

「あら、ちょっと艦長? 木津さんに生姜湯お持ちしたんやけど、入ってもよろしい?」

「こりゃ、失礼。どうぞ」

 

 気勢を削がれたように玉坂が会釈し、戻って来た医務官を通す。とことこと彼女は近付いてきて湯呑みを渡してくれた。木津はやっと礼の言葉を言えた。

 

「ありがとうございます」

「どういたしまして。お話あるみたいやね、席外すわな〜。具合悪かったらそこのピンポン押してや。ほな、吹雪ちゃんも行くで!」

 

 医務官はにこっと笑って、まくし立てるような関西弁で話しつつ吹雪の手をつかむ。動作がすべて同時だ。妙に素早い。

 

「え、わたしもですかっ?」

 

 こっちを振り返る吹雪に木津は頷いた。

 

「少し、二人にして欲しい。吹雪は十分頑張ったから、休んできて」

「・・・・・・分かりました」

 

 吹雪は会釈し、大人しく医務官に連行されていく。彼女は今からどうなるのだろう。木津は頭を振った。またおかしな方向に脳みそが行く。まだ戦いは終わっていない。玉坂はさっきまで吹雪が腰掛けていた椅子に座った。ややあって玉坂が口を開く。

 

「具合はどうだ」

「おかげさまで何ともありません」

「そうか」

 

 また彼は黙った。妙に歯切れが悪い。怒鳴られるのを想像していた木津はなんだか不安になった。被害はほとんどなかったと聞いていたが・・・・・・。こういう時なんと言えばいいのだろう。謝るのも変な気がした。謝るくらいなら止められるのを振り切って飛び出したりしない。

 

「なぜ、あの時吹雪を向かわせたのか聞かせてくれ。そして、お前自身が出向いた訳を」

「分かりました」

 

 質問されたことに答える方が簡単だと、木津は少し安堵しながら言葉を繋いだ。

 

「私も当初は、戦闘はきりさめに任せるべきだと考えていました。しかし、深海棲艦は倒すだけは駄目だという吹雪の言葉を聞いて考えが変わりました。私が赴いたのは、この目で艦娘の力を見極める必要があると思ったことと、本来なら参加させない戦闘に吹雪を向かわせるなら、自分も現地で指示を送る必要があると考えた為です。新型の深海棲艦への対処が素早く取れたのは現地で吹雪を支援できたからだと考えています」

 

 まるで玉坂に口を挟ませまいとするかのように一気に答える。彼は木津の言葉を聞き、しばらく黙った。だがその目には疑問の色が残る。

 

「その行動は、真意は、本当にそうか?」

「・・・・・・はい?」

 

 木津は玉坂の顔を見つめる。どういう意味だ。

 

「木津少佐、あんたがどういう人間か俺はよく知らない。だが少なくとも、あんな合理的でない行動に出るような性格ではないと思っていた」

 

 木津は黙っていた。納得したのではなく、ただ理解出来ていなかった。

 

「吹雪に行けと言った時のあんたの目は、異様だったよ。戦いを望んでいるような目だった」

「私は・・・・・・」

 

 何故か言葉が出ない。おかしい。質問に答えるだけの方が楽なのに。自分の中に答えが見つからない。

 

「よく思い出せ、何を考えていたんだ。いや、なにを望んでいたんだ。あんたが本当にしたかったのは吹雪のテストか?」

「そう、です。任務は吹雪のテストでしたから」

「いや違うな。あんたは、敵を殺したかったんだ」

 

 いつの間にか、木津の顔は俯いていた。犯罪を糾弾されているかのように居心地が悪い。木津は考えた。あの時自分は、そう。敵を倒したかった。倒したくなった。

 

それは玉坂への反発心か、吹雪の力への好奇心か。あるいは船を守らねばという使命感か。いや、そのどれでもない。どれでもあるかもしれないけど、あの時本当に木津を動かしたのは、木津の生き方そのものだった。

 

 闘争心。戦うために生きる。生きるために戦うのではない。木津は、戦うことを選びとる様に道を選んできていた。

 

 敵を殺す為に、指揮運用科へ。敵を殺す為に、吹雪を戦地へ。

 

 自分ひとりで出来ることは少ない。力が、手足が、武器が必要だった。だから今の職種になった。一人の人間としてより強力に、できるだけ直接的に敵を葬れるような立場に。あくまで木津は、指揮下の艦隊や艦娘を用いて、『その手で』敵を殺すのだ。

 

 深海棲艦を捕獲したあの戦いの後、自分は何を考えた。全ての艦隊を自分が指揮できれば良かったと思わなかったか。吹雪を出撃させた時、自分を突き動かしたのは純粋な闘志だった。

 

 木津の肩が震えていた。呼吸が浅くなる。電気毛布の熱も遠く、木津はただ己が内から溢れてくる悪寒に浸されていた。

 

「そうです。私は敵を殺す為に出たんです。当たり前じゃないですか」

「それを当たり前と言うか。あんたは鬼だな。自分が滅ぶかもしれんのに相手を滅ぼすためなら命も懸ける。そしてその周りにある命はお構いなしだ。自分達が海に降りたら俺たちも攻撃がしづらくなるとか、考えなかったか?」

 

 木津は初めてそのことに思い当たる。とんだ大馬鹿者だ。吹雪の火力は完全なブラックボックスだった。海面に降りて倒せる保証もないのに自分は吹雪を向かわせた。結果として吹雪は敵を倒した。四隻だけなら撃ち漏らしてもきりさめは難なく敵を倒すとは考えていた。しかしそれは希望的観測でしかない。

 

「何よりもだ。あんたは自分が死ぬ事がただ、『自分が死ぬだけ』とか思ってないだろうな」

 

 玉坂のその台詞は、図星だった。木津は何も言わなかった。

 

「もう一度聞かせてもらう。何のために戦ったんだ」

 

 木津の白い手が毛布をきつく握りしめている。本当は分かってた。自分は戦うために戦っていたと。その理由も。しかしそれは自分の中の物だ。彼には関係ない。知ってもらう必要は無い。

 

「なあ、あんたが死ぬってことは、あんたが生きている間に関わった人、やった事、全ての時間がそこで死ぬって事だ。なんであんた、その上で戦いたがるんだ。他を犠牲に出来るんだ?」

「人が死んだからです」

 

 知ってもらう必要なんてないのに、ぽとっと零れるように言葉が出た。電気毛布に一滴だけ染みが出来た。言葉と一緒に涙が落ちた。

 

「深海棲艦による、最初の犠牲者のうちの一人。沈んだ客船には私の友達が乗っていました。私にとって死んではいけない人でした」

 

 玉坂は黙っている。まだ待つべき言葉があると彼は知っていた。

 

「そんな人間が、誰かにとってはそうである人間が山ほど乗っていた。そんな船でした。あの船が沈んだ理由を私はニュースやネットに流れた映像なんかよりもずっと早くに知っていました。まさにそこに居た友達から電話がかかってきたからです」

 

 忘れたくても忘れない。あんな音は聞いた事が無かった。轟音だ。鉄がひしゃげる音。人がひしゃげる音。そして、友の最期の声。そんな音を聞くことになるなんて、思いもしなかった。

 

「死にたくないって。そう言われたんです。でもそんなこと言われてもただの民間人だった私にはどうしようもない。彼女は死にました。戦えなきゃ死ぬと知って私は、敵を倒す為にここに来た。あの時募集されていた指揮運用科の課程に合格して。わざわざ勉強して」

 

 玉坂は黙って聞いていたが、木津が口を閉じたのを見てため息をついた。

 

「あんたの不思議な所は、自分は生き延びるために戦いから遠ざかろうとしない所だ。生きようじゃなくて、敵を殺そうになる。そりゃたぶん、深海棲艦を憎んでいるからだろうな。腑に落ちた。あんたの無茶な行動も、わざわざ軍に入ったのも。そういう事だったのか」

「・・・・・・」

「ボートで深海棲艦に突っ込んだらしいな」

「はい」

「あんたの方がよっぽど・・・・・・なんだ、あれだ。艦娘だな」

 

 おどけた様な玉坂の口調に、木津はほんの少し目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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