2020年の艦娘戦記・改 〜艦娘誕生と日本〜   作:シベリアの騎士

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第3話 船は湯浴みて

 木津が入っている方とは別の医務室。銀髪の艦娘が眠る横で吹雪と医務官の女性は向かい合って座っていた。医務官の脇にはデスクがあり、電気ポットが湯を沸かす音を立てている。

 

「せや、まだ名前言うてへんかったな。八雲千尋です。よろしくなあ」

「はい。特型駆逐艦一番艦、吹雪です。宜しくお願いします」

 

 ぺこりと頭を下げる吹雪にうんうんと八雲は頷いた。

 

「ええなあ。初々しいなあ。うちももう50やしなあ」

「えっ」

 

 吹雪は思わず声を上げる。正直幼く見える。口が裂けても言わないが。

 

「艦長さんとは同期やで。年も同じや。まあうちは医学幹部やからぜんぜんこの艦乗るまで面識なかったけどなぁ」

 

 吹雪はふと、この白衣の女性の後ろにかかる制服に気付いた。吹雪にはよく分からなかったが、その肩に輝く階級章は中佐であった。医学幹部は実は、階級がかなり高くなる。

 

「艦長さんね、めっちゃ心配してはってんで」

 

 ポットから湯呑みに湯を注ぎながら八雲は呟いた。

 

「うちが話すことやないからあんま詳しいことは言えへんけど、玉坂さん小さいころから苦労してはるねん。あと、一番後悔してはるのがお母さんの事やねんて。苦労かけんように当時の自衛隊入ったけど、それで側には居てやれんかったって」

 

 吹雪はお茶を受け取り、礼を言う。湯気を顔に当てながら吹雪は八雲を見つめていた。

 

「なんでこんな戦いが起きたんやろなあ。みんなのんびり生きたいはずやろ? 戦わんでも人間死ぬやん。せやのに戦わなあかんねんからなあ」

 

 戦う為に生まれてきた吹雪は、その言葉を理解するのは難しかった。戦いがあったから、吹雪はここに居る。かつての戦い。そして、深海棲艦との戦い。それを自分は嘆くべきだろうか。己の存在自身を悲しむべきなのだろうか。

 

「八雲さん、私はどうすればいいんでしょう」

「えー?」

「私は、どうしようもなく艦娘です。ここに生まれられて良かったと思っていました。でも私が居るという事は、戦いがあるという事なんだって。兵器の存在なんて、許されるはずないんだって。敵である深海棲艦から今の私は生まれました。私の存在は、悪夢なんでしょうか」

 

 八雲はしまったという顔をした。何気ない言葉だったが艦娘にとっては存在意義に関わる話題だ。

 

「吹雪ちゃん。艦長さんの下の名前、留めるって書いてとどめって読むねん。どういう意味か分かる?」

 

 吹雪は首を振った。いきなり何の話だろう。

 

「玉坂っていう苗字と繋げたらしいんやけどな。玉が坂を転がるように命は失われるから、それを留められるようにって意味らしいで。かっこええよな」

「はい。素敵です」

「吹雪ちゃんの名前は、どんな意味? 綺麗な名前や。きっと何か、素晴らしい意味があるはずやで。つまりな、愛されとるって話や」

「愛されて・・・・・・」

 

 吹雪は思い出そうとした。でも思い出せなかった。自分の名の意味。しかしこれだけははっきりと覚えている。自分は、手塩にかけて育て上げられた、最高の駆逐艦であった事を。

 

 そこにどんな意志があったのかは分からない。でもきっと、誇れるものだと思う。そう感じた。

 

「吹雪ちゃん。兵器やから許されへんのと違うんや。兵器が生まれたのは確かに戦う為や。でも兵器を使うんは人や。人は戦う為に生きるんやない。誰かと共にあるために生きるんやで・・・・・・ってばあちゃんが言ってた」

「あ、おばあちゃんですか」

 

 八雲は「ごめんパクリや」と頷いた。

 

「兵器の役割は、それを守る事や。誰かと共にあるための時間を、場所を、人そのものを守る事なんやで」

「守る。ですか」

 

 八雲は力強く頷いた。

 

「そう! 吹雪ちゃんがここに来たのは、守りたい物があったからなんやろ。じゃあ、守る為に存在する事を誇らなあかん。自分が守れる事をな。どうや、全然悪い話と違うんちゃう?」

 

 吹雪は微笑む。だけど怖い。やっぱり力は恐れられる物だし、恐れられるべきだ。自分の存在が恐怖と暴力を振りまくものでないと認められた訳では無い。

 

「私は、危険です。どんなに使命を抱いてもそこにあるのは暴力ですから」

「せやから、木津ちゃんがおるんや。人間と、吹雪ちゃん自身が傷付かんで済むように考える為に」

 

 八雲は茶を飲み干した。吹雪も茶を一口飲み込んだ。吹雪はまだ木津の事を何も知らない。木津の名前の意味も知りたいと思った。

 

 

 

 

 護衛艦きりさめは哨戒任務を終え、横須賀鎮守府へ帰投した。もう日は傾いている。ドックの海に面した開放口から夕日が差し込み、モノトーンの空間に一時の彩りを与えている。

 

 艦から降り、鎮守府の医務室に連れていかれる前に、ドックで木津と吹雪は玉坂に最後の挨拶をしていた。八雲も居て、鎮守府側の医務官と申し送りをしている。

 

「お世話になりました。艦長」

「ああ。死ぬんじゃないぞ、じゃじゃ馬娘」

 

 すっかりそんな印象になってしまった。仕方ないかと木津は諦めて頷いた。玉坂が吹雪の方を向く。

 

「なんだかんだ言って、吹雪と木津少佐には助けられた。感謝している。あんたらがもしかしたら、この戦いを変えてくれるのかもと、少し信じさせられた」

 

 吹雪は敬礼をする。

 

「変えて見せます。お世話になりました!」

 

 玉坂も敬礼を返す。八雲が鎮守府の医務官とのやり取りを終えてこちらへ戻って来た。

 

「また会おな、木津ちゃん、吹雪ちゃん」

「はい。お元気で」

「またお話したいです!」

 

 女三人はやはり仲良くなるのが早いなと玉坂はひとり苦笑した。護衛艦きりさめがもし艦娘とやらになったら、彼女もこの輪に加わるのだろうか。

 

(いや、きりさめは艦のままでいい。守る側のものは、守られる者の姿をしていてはいけない)

 

 鎮守府の方へ歩いていく木津達を見送り終え、玉坂中佐は少し傷ついた艦を仰ぐ。

 

 

 

 

 鎮守府医務室、艦の中のそれよりはかなり整ったそこで、木津と吹雪は新たな艦娘を見つめていた。正直木津はもう何ともなかったし、医務官にはお構いなくと伝えたため、部屋には三人しかいない。

 

 吹雪よりも幼く見える容姿に、ひときわ目立つ銀色の髪。真っ白な肌。浮世離れしたその艦娘はいま、ベッドに横たわって目を閉じている。

 

「目を覚まさないね」

「そうですね」

 

 木津は腕を組んだ。吹雪の時はすぐ目覚めたのだが。もしや撃ち込んだ銃弾が原因か?なんとなく木津は布団をめくり、その艦娘のセーラー服を見る。

 

「私が撃ったからとか、関係ないよね? 吹雪なんて機関砲に撃たれてるし」

「えっ、そうだったんですか。私機関砲で?」

「まあ、鯨みたいな姿だったけど・・・・・・。よし」

 

 何かを決めたような木津に吹雪が訝しむ。木津の手が横たわる艦娘の腹に伸び、服をめくった。そのまま露わになった腹部を撫で回す。なぜか吹雪が顔を赤くした。

 

「なにしてるんです!?」

「え、なに動揺してるの。私が撃った傷とかを確認したんだ」

 

 めくった服を戻し、もう一度木津は腕を組む。

 

「やっぱ関係ないか。人型だったとはいえ艦娘になればリセットされるんだね」

「・・・・・・」

 

 顔を隠すように俯いている吹雪と、考え事をする木津とが作る沈黙を小さな咳が破った。眠っていた艦娘が目を開く。水色がかった銀色の瞳だった。

 

「痛い・・・・・・」

 

 むくりと体を起こし、銀髪の艦娘は驚いている木津と吹雪を見る。

 

「いま、だれか触ったかい」

「うん?」

 

 木津が戸惑って眉をひそめる。

 

「お腹がくすぐったかった。それと、少し温かかった」

 

 頬を指で掻いて、木津は頷いた。

 

「まあ、触った。傷を確認した」

 

 傷という言葉を聞いて、その艦娘は自分の身体をぺたぺた探ったが、首を傾げる。

 

「怪我なんかしたっけ。身体は痛むけど」

「してないよ。大丈夫」

「そう。ありがとう」

 

 軽やかな、幼いような大人びたような声の艦娘を見て、木津は少し変わった奴だなと思う。なんだか、マイペースな艦娘だ。仕草とか口調がのんびりしている。木津は名前を尋ねてみた。

 

「私は木津響子少佐。いちおう、君たち艦娘の統括をすることになる、かも」

「かも?」

「まだ決まってないの。まだ君で艦娘は二人目だから」

 

 銀髪の艦娘が頷く。

 

「そうなのか。挨拶が遅れた。わたしは特三型駆逐艦の二番艦、響だ。不死鳥とか呼ばれていた。よろしく」

「よろしく、響。私の名前も響くという字を使うんだ。だからどうという事は無いけど、覚えやすいかな。それと、こっちの艦娘は吹雪。ついこないだ着任したばかりだ」

「はい。特型駆逐艦一番艦、吹雪です。よろしくね!」

 

 吹雪は嬉しそうに響と握手を交わしている。敬語を使わない吹雪はそう言えば初めて見るなと木津はぼんやり思った。友達が出来たのは喜ばしい。

 

 しかし特三型と言ったか。木津はあまり旧日本海軍に詳しくない。不死鳥というのはなんだろう。沈まなかったということか?

 

「吹雪。するとあなたはわたしの祖先だな。吹雪型駆逐艦二十二番艦がわたしのもう一つの分類だった」

「そうなの?じゃあ響ちゃんは年の離れた妹だね!」

「うーん、従姉妹じゃないかな。暁型とも言うし」

 

 二人の会話に木津はついていけない。ディープすぎる。

 

「あの、艦娘諸君。かなり難解な話はちょっと後にしてもらって、少し響に聞きたいことがある。いい?」

「うん。なんだい?」

「深海棲艦だった時の記憶はある?」

 

 響は首を傾げ、ふるふると髪を揺らした。

 

「わたしは気付いたらここにいたよ。ソビエトで眠りについたあの日から、ずっとどこか暗い所にいた。ぼんやりしてたら、お腹を何かが撫でたような感触があって、なんだか懐かしくなって・・・・・・」

 

 ふわりと響は微笑んだ。冷感漂う見た目に反し、暖かく穏やかな顔だった。

 

「昔、こんな風に触れられた気がする。そう思ったら目が覚めた」

 

 吹雪と木津は顔を見合わせた。響には吹雪も触れているはずだし、途中でも何度か運ばれてる訳だからなにかしら触られているはずだ。吹雪の場合は深海棲艦の時に触れられて、艦娘に変化した。響は艦娘に変化して、触られる事によって目覚めた。どう違うのだろう。

 

 木津は一旦考えることを止め、土川の所へ行こうと立ち上がる。そういえば患者服のままだ。制服は洗濯中だ。式典の時に着るようなものを除く海軍制服は丸洗い出来るようになっている。技術の進歩というやつだ。

 

「吹雪、君は今日はもう休んでいい。響と喋っててもいいし、自室に戻ってもいい。私は土川司令長官に用がある」

「わかりました、司令官!」

 

 吹雪が立ち上がり、敬礼する。旧自衛隊から日本軍になってから、帽子を着用していなくても挙手の敬礼をするようになった。吹雪はそれに習っている訳では無いだろうが、様になっている。

 

 部屋から出ようとする木津を響が呼び止める。

 

「わたしも、司令官って呼んでもいいかい?」

 

 木津は振り返り、「もちろんだよ。ようこそ、横須賀鎮守府へ」と言った。響は嬉しそうに敬礼を返した。

 

 

 

 

 司令長官は鎮守府の最高責任者だ。そんな人間の部屋を訪れるというのだから、気が引き締まると言うものだ。本来ただの一佐官がしばしば訪れるような事など無いのだが、影の実戦部隊である指揮運用科は司令長官と接する機会も多い。特に木津のような戦局の鍵を握った者であればなおさらだ。

 

「やばい。本当にこんな格好で大丈夫かな」

 

 先ほど内線電話を使ってお伺いを立てたとはいえ、患者服はどうにも場違い感が否めない。ノックを躊躇っていると後ろから声を掛けられた。

 

「何をしている。ドアの前で固まって」

 

 振り返って木津は硬直しかけたが、慌てて気を付けをして敬礼する。土川その人が背後から現れたのだ。

 

「失礼しました。許可頂いたとは言え、この服装ではと気が引けておりました」

 

 土川はドアを開けながら意外そうな顔をする。

 

「君は不敵なくらい堂々としている方が似合うぞ」

「はあ。ありがとうございます?」

 

 やっぱり自分はじゃじゃ馬のイメージになっているのだろうかと木津は悩む。部屋へ入り、司令長官席の斜め向かいに設けられた談話用のソファに二人は向かい合って座った。二人の間のテーブルのには既にポットとカップが置いてある。

 

「さて、今回の任務ご苦労だった。無茶をしたようだがそれについて特に言う事はない」

 

 カップにコーヒーを注ぎながら土川は彼らしい台詞を言った。差し出されたカップを礼を言って木津は受け取る。

 

「で、吹雪はどうだ。使えるか」

「はい。戦力としては現行の兵器を超えます」

「それは、単純な戦闘力としてか?」

「そうです。その上、深海棲艦を艦娘化出来る事も解りました」

 

 土川は唸った。にわかには信じがたいという所だろう。

 

「深海棲艦がそもそも化物なのだから、不思議はないかもしれんが・・・・・・。都合の良すぎる存在だな。艦娘というのは」

「そうですね」

 

 あっさり同意する木津に土川は苦笑した。

 

「もし妥当なデメリットがあるとすれば、何だろうか」

「ふむ・・・・・・」

 

 コーヒーを啜り、木津は考えた。水面に豆の油脂分が煌めく良いコーヒーだ。煎れ方から違う。星の散るコーヒーは香りも口当たりもいいのだ。ふたくち啜り、木津は答える。

 

「おそらく、無いでしょう」

 

 同じくコーヒーを啜っていた土川の目が丸くなる。カップを置いて笑いだした。

 

「馬鹿なことを言うな。どう考えても成り立たんだろう」

「私もそう思うのですが、戦闘の現場をこの目で見ても確かです」

 

 土川は笑いを引っ込めた。

 

「そうか、君は直に見極めたのだったな。君を推した私の目にも狂いは無かったようだ。ではなぜ、欠点が無いと思うのかね?」

 

 木津はまた少し黙る。それは違う。欠点が無いのではない。

 

「これは、まだ確証のない懸念です。よろしいですか」

「構わない。聞かせてくれ」

 

 土川はコーヒーをカップに足した。木津は二杯目は丁重に断る。

 

「艦娘に関する懸念。それは『存在自体』が弱点ではないかということです」

「・・・・・・どういうことだね」

「彼女達の存在そのもの。それこそが人類の、そして彼女達自身の弱点になるということです」

 

 木津には一つのビジョンがあった。戦闘によって艦娘が死ぬ、いや『沈む』と表現した方がいいか。沈んだとして、他の艦娘は戦闘を続行できるだろうか。そして艦娘部隊の規模が大きくなっていればいるほど、艦娘が『戦闘不能』となった場合のデッドウェイトは大きくなる。艦娘を運用するためのインフラ、関連する全てに影響は及ぶ。

 

 士気の低下や組織の麻痺と言うだけではない、もっと危険な要素を孕んでいる気がする。そもそも彼女達が味方であるという保証もない。もし反旗を翻された時、人類は深海棲艦と艦娘によって滅ぼされる。そんな馬鹿げたことが起こりうる。使ってもよいが、決して壊してはならない。そんな物は兵器としては使えない。これは戦争なのだ。

 

 あるいは、自ら生み出した兵器によって滅ぶという、ある種の人類への皮肉なのだろうか。まあ穿ち過ぎた思想ではあるが、そんな事を言ってくる連中も現れるかもしれない。人間も一枚岩ではない。下手すれば、艦娘も。そうなれば運用に支障が出る。

 

 そしてもうひとつ、もっと遠い世界のことではあるが、木津はどうしても自己解決できない懸念があった。

 

 戦いが終わった時、その増えた艦娘達を人類はどうすればいいのか。という事である。

 

 彼女達を人間として扱う。兵器として扱う。どちらにせよ、彼女達は生きているのだ。そんな者を生み出し増やして、人間は戦いながら、そして戦いが終わってからもそれらを背負って行けるのか?

 

 それは戦争の歴史の繰り返しではないだろうか。いやもっとややこしい。存在しなかった要素が人類に組み込まれるのだから。

 

 戦争に勝つために最強の戦力を使う。そして勝った時、人類は生きて行けるか。戦うのは生きるためだ。だが、勝つ為ではない。

 

 我々は使うべきなのだろうか。まるで神が遣わしたかのように、おあつらえ向きな彼女達を。

 

 今ならまだ引き返せる。吹雪や、響を、処分・・・・・・。

 

(無理だ。私には、そんな事はできない)

 

 ああ、そうだ。こうして私に弱味が出来る。こうして人類に弱味ができる。これこそが、艦娘の『欠点』だ。

 

 破綻しているのだ。兵器に心。壊れてはいけない物に、壊れる物を。壊れてもいい物に、壊れてはいけない物を。

 

 だがこれを土川に話して理解してもらえるだろうか。上手く伝える自信が無い。下手に話して、消極的だと判断されて艦娘に対する実権を失うなんて事になればなおさら止める者がいなくなる。どうすればいい。

 

 『死んではいけないのに戦わせる、そんなの今までと変わらんじゃないか。人間の戦いの歴史と』。そんなふうに言われるかもしれない。

 

 違う。血を流すのが人類の中で完結しているからそれで許されるのだ。赦されなくとも回るのだ。しかし艦娘を使えば、人の世界が回らなくなる可能性がある。

 

 別に艦娘を絶対使わなくてはならないという訳では無い。その上で使うか否か。判断が出来ないのだ。そして何よりも、自分が恐ろしい。艦娘を欲しているのは他ならぬ自分だ。後戻りできない気がする。

 

 唇を噛んで喋らない木津に、土川がどうしたと声を掛ける。

 

「いえ、やはり上手く説明できません」

「ふむ。まあ、まだ過渡期ですらない。これからも君に艦娘は任せたい。前も言ったとおり、正式に艦娘総司令官として、だ」

 

 艦娘総司令官。私は艦娘という存在を背負えるだろうか。そう木津は自問した。答えは無かった。だが、自ずと心は決まっていた。

 

「ぜひ、やらせて頂きます」

 

 艦娘総司令官、木津響子少佐。横須賀鎮守府から始まる歴史。艦娘の『母』の誕生の瞬間であった。

 

 そして、木津が退室した後、土川は窓を背にした司令長官席に座った。正面のドアを見やりながら独り、煙草に火を点ける。外はもう光を失い、赤色と共に熱が去った、冷たい暗さに満ちている。

 

「どこまでやれるかな・・・・・・」

 

 失敗してもいい。それならこれまで通りやるだけだ。成功すれば文句無しだ。しかし、彼女は自分も知らない何かを見ている気がする。上手く説明出来ないと言ってはいたが。彼女はおそらく、艦娘を恐れている。だが良い傾向だ。軍人はあらゆる可能性を恐れなければならない。

 

 新たな力を得た時、人は往々にして繁栄を確信する。しかしその一歩は確実に、死の淵への到着をもたらそうとしているのだ。火を見つけ、鉄を見つけ、電気を見つけ、核を見つけ、そして・・・・・・。

 

 そんな人類の『業』の内のひとつを、たったひとりの女に背負わせる。こんなむごい話があるだろうか。木津響子と言う存在はどんな物語を生むのだろう。悲劇か、喜劇か。力の快楽に溺れ、身を堕とすのも一興。実に楽しみだ。

 

「それはそれとして」

 

 土川はポケットから例のメモ帳を取り出し、煙草を灰皿に押し付けた。

 

「いいものだな・・・・・・。患者服というのも」

 

 ともすれば危険な発言をしつつ、なにやらメモ帳に軽やかに書き込むのであった。

 

 

 

 

 土川との要件を済ませた木津はまた医務室へ歩いていく。今日は念のため医務室で過ごすよう言われたのだ。

 

 尉官以上の幹部は基本的に庁舎では生活しない。集団生活をしたのは教育隊までだった。木津も仕事が終われば鎮守府の外にある官舎に戻る。官舎は営外者と呼ばれる『外で暮らす軍人』のための集合住宅だ。広くはないが、家賃が安い。自分で家を建てる者もいるが、独り身には過ぎた代物だ。

 

 医務室の扉を開くと、先ほどと変わらぬ面子が居た。ベッドで体を起こしている響と、ベッド脇の椅子に座る吹雪。

 

 吹雪は自室には戻らなかったらしい。吹雪は鎮守府内で暮らす営内者だが、内務班に編成されていないため外来用の六人部屋を一人で使わせられている。響と吹雪がこちらを見て、同時に敬礼した。

 

「おかえりなさい、司令官!」

「おかえり、司令官」

「うん、ただいま。吹雪はまだ戻ってなかったんだね」

 

 木津は自分のベッドに腰掛ける。吹雪が照れたように俯いた。

 

「その、戻っても話し相手がいなくて。つい」

 

 寂しそうだと思ったのか、響が吹雪の頭を撫でる。吹雪が驚いて顔を上げた。響はなんというか、自由だ。

 

「まあ、明日は休みだから大丈夫だろう。内務班員でもないし。当直にだけ私が伝えておくから、ここに居ていいよ」

「わあ、ありがとうございます!」

 

 響がうんうんと頷く。

 

「吹雪は司令官だいすきだもんね」

 

 そして速やかに吹雪によって布団の中へ埋められた。

 

「照れることないでしょ」

 

 面白がって木津もからかう。吹雪は少し赤くなった顔を背けた。

 

「もちろん尊敬してますし、信頼してますけど。だいすきとかそんな友達みたいな言い方は良くないと思います」

 

 印象に違わず吹雪は真面目だ。今度自分も撫でてやろうか。ふと、木津はある事を思い出した。この部屋に居てもいいとは言ったが、ベッドが二つしか無い。木津はにやりと笑ってベッドをぽんぽんと叩く。

 

「いいんだよ吹雪。なんなら一緒に寝るかい」

 

 ぼんっ、と音がするんじゃないかというくらい吹雪が真っ赤になった。勢いよく立ち上がり、敬礼する。

 

「そ、そろそろ入浴の時間ですので、失礼しますっ」

 

 かくかくとドアまで進み、会釈して出ていく。慌てているのか戸口に肩をぶつけた。ドアが閉まった。

 

 「シャイだなあ」と木津が呟くと、布団に埋められていた響がもそもそと顔を出す。

 

「司令官、一緒に入ってきたら?凄く面白いことになりそう」

「なにを言っているんだ・・・・・・ 」

「でも、司令官海に落ちたって聞いたよ。普通に入った方がいいんじゃないかな」

「あー、そういえば髪がごわごわだ。そうだった」

 

 木津もはたと思い当たる。確かに服こそ変わってはいるものの、体まで洗われてはいないだろう。洗われたくもないが。

 

「仕方ない、行くかな。響は?」

「髪が濡れるのは好きじゃない」

 

 また布団の中に埋まる。自主的に。だが布団の巣は木津によって破壊された。

 

「それが艦娘の言う事か。来なさい」

「えぇ・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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