2020年の艦娘戦記・改 〜艦娘誕生と日本〜 作:シベリアの騎士
無力感というものがどれだけ身を焦がすかということを、木津はよく知っている。輝波が死んだあの日、今までの仕事での数々の失敗。だが、慣れるものではない。
通信できなくなってから、木津はただただ失敗を悔やんだ。対空装備、彼我戦力、不安要素があったにも関わらず作戦の再考を土川に上申しなかった事。木津の慢心に他ならない。だが、彼女達が無事に戻ってこないと、反省にも意味なんてない。
(頼む、戻って来てくれ・・・・・・)
艦隊指揮は、戦いに勝ち残るための力だ。そのはずなのに、自分は物言わぬ液晶の前でただ祈っている。もどかしくて堪らない。自分が出撃できればどれほど良かっただろうか。いや、それは逃げだ。自分の役割を以て敵を倒さねばならない。
長い間唇を噛みしめていた。艦娘鎮守府の扉が開く音が聞こえ、木津は指揮室から飛び出した。駆け寄ろうとして、足が止まった。
ぼろぼろの服、ひしゃげた主砲に張り裂けた魚雷発射管。煤けた全身。死に捕まるまいと必死に死線を躱してきた少女のくすんだ瞳。
「吹雪、響・・・・・・。ほんとうにごめん」
視界が奇妙に揺れる。暗い。肺はちゃんと動いているのか。心臓は鳴っているか。脚の骨が消えたかのように木津は膝をついた。
「沈んだかと思った・・・・・・。私のせいで君達を沈めたかと思った!」
子供のように泣きじゃくる木津に、吹雪がどうしていいか分からずうろたえる。響はつかつかと木津に歩み寄った。
「司令官、立って下さい。見下ろすのは不敬になる。今更かもしれないけど、今は作戦中だ」
作戦中。その言葉に木津は顔を上げた。そうだ、まだ終わっていない。戦いが終わっただけだ。作戦は終わっていない。
響に手を引かれ、よろよろと立ち上がる。響が吹雪を手招きする。
「旗艦吹雪。報告を」
はっとした吹雪がしっかりと歩いてくる。響の右側に立ち、号令。
「気を付けッ。敬礼!」
木津も歯を食いしばって涙を殺し、返礼。手を下ろす。
「直れッ。報告します! 響雪隊二名、帰還しました。戦果、敵駆逐艦二隻、敵艦戦四機! 被害、主砲二門大破、魚雷発射管一門大破、吹雪主機中破、以上です!」
「了解、良くやった。よく生きて帰った・・・・・・」
休め、と号令をかけ、木津は訓辞をした。本当は今すぐにでも抱きしめたい。だが、これもけじめなのである。指揮官としての。
「至らない指揮にも関わらず、それだけの戦果を挙げ、生還した。私は負けたが、君達は確かに勝利をもぎ取った。私は精進を続ける。必ず借りを返してみせるから、どうか付いてきて欲しい。そして今は、ゆっくり休んでくれ。以上注目直れ。別れ」
「別れます!」
再び敬礼。この時点で作戦は終了となる。互いに手を下ろすや否や、木津は二人の艦娘を抱きしめた。お互いに何も言わず、三人はただ体温を感じ続けた。
⚓
十六時頃になり、木津と艦娘二人は土川の部屋へ向かっていた。ぼろぼろになっていた吹雪達の服は妖精が替えを出してくれたので
見た目元通りになっている。艤装などは現在妖精達が修理中だ。いわゆる入渠という状態らしい。
「艦娘鎮守府、木津少佐。入ります」
司令長官室のドアをノックし、挨拶してから中へ入る。
「よし、来たか。戦果を聞こう」
「はい」
木津は土川に報告書を提出する。内容は吹雪たちからの戦果報告に木津の所見を加えたものだ。
「ふむ、対空戦力及び航空戦力の増強か。その通りだな」
「はい。しかし方法が確立できていません」
土川が報告書を見ながら目を細める。
「敵の駆逐艦の射程距離、機動力の向上。有り体に言えば強くなっていたと。どうやら深海棲艦も成長するようだな。面白い。しかし、ここ最近の深海棲艦の変化が著しいな。艦娘の存在がどう関わっているのか・・・・・・」
まったくもって深海棲艦は謎だらけだ。捕まえたら艦娘といういっそう不可解な謎も増えた。
「なあ、木津少佐。深海棲艦を変化させる以外に、艦娘を味方に得ることは出来ないのだろうか」
「はい?」
唐突な土川の言葉に木津は眉をあげた。
「そうだな、艦艇のような言い方をするなら、『建造』と言ったところか。あるいは艤装の『開発』。戦力を増強する為の戦力が必要という今の状況は早急に脱しなければならない。研究のしがいがあると思わないか」
「ええ、非常に価値のある研究です。もしかしたら、妖精はそれを実現可能かも知れません。艤装の整備が行えるなら、少なくとも装備の開発は行える・・・・・・。という可能性も」
土川は頷き、書類を丁寧に机に置いた。
「よし、今回の作戦で私の未熟さが身に染みた。しばらくは出撃するのではなく、より艦娘という存在の可能性を吟味して行動するとしよう。では、退室してよし。ご苦労だった」
⚓
艦娘鎮守府に戻り、木津は妖精タブレットを起動した。艤装の整備状況や、艦娘の健康状態などが表示されている。資源の数値が少し減っていた。
「整備に資源が使われたのか。まあ、当然かな・・・・・・ん?」
資源の隣に、釘のようなマークとともに「2」と表示されている。なんだ、これは。
「吹雪、これ何かわかる?」
吹雪に画面を向け、マークを指さす。
「何でしょうこれ。さっきまで有りましたっけ?」
「いや、無かった」
二人で唸っていると、響が手のひらに乗った妖精と何やら交信している。
「司令官、それ『開発資材』らしいよ。妖精が言ってた。艦娘が深海棲艦を沈めると妖精がその破片とかを集めて作るらしい」
「ほう・・・・・・。なんか、タイムリーっぽい感じがするね」
棚ぼたとは少し違うか。しかし、これは間違いなく艤装を作れる気がする。木津はタブレットの「工廠」ページを開き、妖精に散文の指示を伝える。
「開発資材を使い、艤装を開発せよ」
返答が来る。やはり可能なようだ。しかし、内容がおかしい。
『了解。使用資源数を指定されたい。なお、自動的に開発資材は一つ消費される』
木津は首を捻った。資源数を指定? よく分からない。しかも四つの数値を打ち込む欄が現れた。それぞれ燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイトと書かれている。
めんどくさいので木津は「駆逐艦に搭載可能な対空火器の開発を依頼する」と書き込んだ。その返答は木津の予想をまた斜めに飛び越えた。
『指示の内容不明』
「は?」
思わず声に出る。なんじゃそりゃ。
「ちょっと響たすけて。これ艤装開発できるんだよね? なにこれ」
「え、出来ないの?」
響もタブレットを見て首をかしげる。
「どういう意味だろうね。ロシア語で命令してみたら?」
「提案の意味不明」
「あっはい」
響がばっさりやられると、吹雪がおずおずとタブレットを覗き込む。
「あの、とりあえず資源の数を指定してみませんか?」
「それもそうだね・・・・・・。やってみよう」
空欄の中に数を入力するには、十単位の「増量」「減量」の矢印を押せばいいらしい。最低は「10」、最高は「300」。今資源は四種とも1000前後に推移しているので、300は少々重い。
「んじゃ、とりあえず全部10で」
実行ボタンを押すと、資源が減り、しばらく何も音沙汰がなくなった。吹雪がコーヒーメーカーの所へ行き、紙コップを取り出している。しばらくしてからタブレットが鳴動した。
『開発失敗。不燃ごみを入手』
「ふざけんな!」
木津は竹刀を床に叩きつけた。吹雪がびくっとして持っていた紙コップを落とした。響がタブレットを横から覗き込む。
「あれ、資材減ってないよ」
「え? あ、ほんとだ」
どうやら失敗すると資源しか減らないらしい。とはいえ、今の資源はそう何度も艤装の開発につぎ込めるほど潤沢ではない。
「新たな課題が現れたな。資源の入手だ」
木津は頭を掻いた。吹雪がコーヒーを三人分持って来てくれたので、礼を言って受け取る。
「なんだか香りが薄いね。司令長官のコーヒー飲みすぎたかな」
「仕方ない、あっちは手煎れだ。贅沢言わないの」
木津は小言をいう響をたしなめる。この手のコーヒーの質は随分良くなっている。不満はない。
「もらってこようか」
「やめなさい」
にやりと笑う響に木津はため息をついた。その時、ある事を思いつく。
「この資源、深海棲艦も使ってたりして」
「え?」
響が妖精と話す間、木津はさっき頭に浮かんだ思いつきについて考えた。もしも深海棲艦が艦娘と同じく『資源』によって戦っているなら、資源の奪取が可能になる。向こうの戦力は弱り、こちらは強くなる。逆に言えば、向こうから奪いに来るかもしれない。
「その可能性はあるとは言ってるけど、どうなんだろう。あんな化物の事だから魚食って腹で砲弾作ってるんじゃない?」
響がお腹をさするジェスチャーをした。まさか、と木津は肩をすくめる。
「ところで響、資源の現物を見たいんだけど妖精に頼んでみてもらえる?」
「うん? いいけど」
響が不思議そうに頷き、妖精に掛け合ってくれる。妖精がなにやらタブレットをごそごそやると、部屋にプレハブ倉庫の様なコンテナが現れた。木津はその中に入る。
小さな緑色のドラム缶や、両手で抱えられる砲弾、鉄の四角い塊、赤茶色の鉱物の集積所など、ひと目でわかるような資源が置いてあった。しかし、触ることが出来ない。手がすり抜けるのだ。
「え、なにこれ。どうなってるの」
もしや、艦娘なら触れるのではと思ったが、吹雪達も触れないようだった。響が苦笑いする。
「妖精しか触れないみたい」
「そんなばかな。資源は概念だとでも言うのか」
木津は頭を抱える。なんというか、本当にゲームをやっている気分になってきた。その頃、いつの間にかタブレットを触っていた吹雪が大声をあげる。
「司令官、これ艦娘造れますよ!」
「え、うそ!?」
吹雪が開いていたのは工廠メニューだ。そのページにいつの間にか見たことのないコマンドが現れていた。
『建造』と。
「間違いないな。装備開発の時と同じ資源指定欄がある」
最低値は30、最高は999。今の資源は四種類とも1000弱程度しか無いから、その数値の途方もなさに呆れる。
「これ、失敗するのかな」
不燃ごみと名付けられた艦娘の様ななにかを作り出してしまう、そんな何かの漫画のようなシーンを幻視して、木津はためらう。
「建造は失敗しないそうですよ。理屈はわかりませんが・・・・・・」
「え、そうなの? じゃ、さっそく」
木津の切り替えは早かった。オール30のまま建造を開始する。しかし、艦娘は現れない。代わりに画面上にタイマーが現れた。キッチンタイマーの様な表示だ。
『01:22:00』
これは、残り時間だろうか。一時間と二十二分と言うことになる。
「さて、何が現れるかな・・・・・・」
今は四時前だ。木津達はとりあえず、下番準備を始めた。下番準備と言っても、人数も少なく、まだ勤務も初日だったので部屋の整理くらいしかやることは無かった。しかし、初日から出撃するというのも無茶な話だ。司令長官も焦っていたのかもしれない。
「吹雪、響。建造とやらが終わる頃にはもう課業時間が終わっているから外来に戻っていいよ」
木津は一応声を掛けておくが、二人の艦娘は首を振った。予想通りといえば予想通りである。
「新入りの顔を見たいからね。わたしは残るよ」
響の言葉に吹雪も頷いた。
「そうか、まあご自由に」
木津はそう言うと、妖精タブレットを開く。しかし、いつの間に建造や開発なんて機能が追加されたのだろう。妖精は出し惜しみでもしているのだろうか。まさかな、と木津は苦笑した。
「それにしても便利だなあ。ついでに部屋の模様替えでもやってくれんものだろうか」
そう独り言を言うと、吹雪がくすくす笑った。
「無茶を言いすぎですよ。妖精さんがてんてこまいになっちゃいます」
「まあね。でも寝てる間に靴磨きぐらいはしてくれるかもよ」
木津はタブレットを机に置いた。充電は要らないらしい。つくづく妖精は恐ろしい技術を持っている。どうせなら吹雪達の艤装もメンテナンスフリーの超兵器にしてほしい。触れもしない資源とやらで動くなんて、そっちの方が仕組み的に複雑そうだ。
たわいない話をしていると、終礼のラッパが鳴った。国旗のある方向を向いて、気を付けの姿勢をとる。旗が目視できない場合は敬礼はせず、不動の姿勢と呼ばれる気を付けをするのが習わしだ。
ラッパが鳴り終わり、続けて食事のラッパが鳴った。木津は営外者だから昼食以外は食べられない。申請を上げていないのだ。営外者は申請を上げて、金を払わないと犯罪になる。れっきとした横領になるという訳である。
逆に、タダで食事ができる営内者は税金で用意された食事を食べないと、怒られる。処罰はされない。
「とりあえず、ご飯食べておいで。お風呂も入ってきたらちょうど建造とやらも終わってるでしょ」
「はい。行ってきます」
「おつかれさま。司令官」
吹雪と響が夕食の献立について話しながら部屋を出ていく。静かになった部屋で木津はソファに座った。色々あったせいで、疲れている。
みんな、戦いなど無かったかのように振る舞おうとしている。そうじゃないと持たないから。会話がどことなく内容のない話題を漂い続けるのはそのせいだ。
(早く戦いなんて終わって・・・・・・)
木津は紺色に色を落としていく空を見やる。冷たい窓が結露して、水滴を窓枠にこぼしていた。
⚓
食堂でチャーハンとサラダ、コンソメスープを食べながら響は周りを見る。何人かと目が合う。
「ねえ吹雪。艦娘だけの鎮守府って作れないのかな」
ちょうどチャーハンを頬張った吹雪が眉を上げながら首を傾げた。飲み込んでから「なんで?」と返す。
「ちょっと思うところがあって」
「もしかして、周りの目とか?」
「・・・・・・うん。それもある」
ポニーテールにまとめた髪を無意識に触りながら、響はうつむいた。食事の時は帽子を置き、髪をまとめている。吹雪がその仕草を見て、ふと呟いた。
「綺麗な髪」
「え?」
驚いた響が顔を上げると、無邪気に微笑む吹雪が居た。
美味しそうに食事をして、無邪気に笑って。人の言葉を大事そうに話す。吹雪の方がずっと『綺麗』だと響は思う。
「わたし達がここに居て楽しいと思えなきゃ、次にこっちに来る艦娘も幸せになれない。でしょ?」
「ああ。そうだね」
「ならもっと気楽にいよう。この世界のことをもっと知って楽しんで、それで誰かの為に生きよう。わたし達のことを迷惑に思う人が居たとしても」
二人は一緒に手を合わせ、食器を返して食堂を出た。外はもう真っ暗だった。白い息を吐きながら外来に戻り、入浴の準備をする。
木津が買ってくれたジャージを着て、風呂の道具を持って、部屋を出る。道すがら響が呟いた。
「戦いは怖いけど」
響の言葉を聞いて、吹雪は続きを待った。
「わたしが本当に恐れているのは傷付くことだった。仲間や、わたし自身が」
「うん」
「だから、敵を沈めることに抵抗は無かった。それが仲間の身、己の心を守ることに他ならないと信じているから」
「・・・・・・」
吹雪が脚を止め、響を見つめた。銀色の雪を敷いたような瞳が見上げてくる。
「今は違う」
強い光だと感じたその目は、すぐに伏せられた。吹雪はまだ何も言わない。
「深海棲艦は敵ではない。だけどわたし達を傷付けようとしてくる。沈めるべきだと思っても、危険を冒して助けなくてはならない」
吹雪は何が言いたいのか解らなかった。でも響の足元に水滴が落ちたのを見て、思わず肩を掴んだ。
「どうしたの、響ちゃん」
「吹雪、君はこの世界を愛せる? 昔とは違う、痛みを感じる身体でかつての仲間と戦うこの世界を」
涙に光る響の目は、かよわかった。手に震えが伝わる。寒さではない。
「海の上でわたしは、もう人間に動かされるだけの兵器じゃないと言った。その通りなんだ。自分の意志でやらねばならない。仲間が沈んでも、それを背負うのは自分自身だ。人間じゃない」
「待って、落ち着いて」
「わたし達を動かし、戦わせてくれた同志は、もう中に居ない。いま人間はわたし達に好奇の目を向けるだけだ。どうせ戦うならわたしは艦の姿で蘇りたかった」
その言葉は理解しがたいものとして、吹雪の中で暴れ回った。
「わたしの姉妹艦がもし現れた時、彼女達にもまた戦いを強いることになる。艦娘として生まれ変わることが良いことなのか、分からないんだ」
なにがそこまで響を追い詰めているのか、吹雪は解らなかった。響の過去が作用しているというのなら、吹雪に出来ることは少ないように思える。
「艦娘だけの鎮守府を作れないかと言ったのは、わたしが単純に居心地が悪かったからというのもあるけど、そんなのは些細なことだ。一番の理由は、艦娘が消えたとしても艦娘の中だけで帰結するからなんだよ」
「つまり?」
響の目が怖いと、初めて吹雪は感じた。優しい目だと知っているから。
「艦娘の『解体』。それは可能であるべきだ。そして人間はそれを邪魔する可能性がある」
「解体・・・・・・!」
ぞわりと吹雪の背中が粟だった。なぜかとてつもなくおぞましい言葉を聞いた気がして、脚が震える。
「ねえ、響ちゃん。あなたはこの身体をやめたいの?」
「ううん、わたしは生きたい。だけど、もし新しく生まれてくる艦娘が生きたくないと言ったら。その艦娘がわたしの姉妹だったら。そう考えると、とても怖くなった。万が一目の前で命を絶たれるくらいなら、艤装を解体させて、一般人として逃がしてやりたい。そう思ったんだ」
そうか、と吹雪は悟った。響は気付いてしまったのだ。艦娘として生まれ変わらせることが、即ち救いではないと。吹雪はただがむしゃらに助けようとしていた。少し自分が恥ずかしくなる。
「戦うか、戦わないかを選べるようにしたいんだね」
「そう。もしも海に還りたいというのなら、それも叶えてあげたい。哀しいけれど」
「それが『解体』っていうわけか」
響は頷いて、歩き出す。吹雪もそれに倣った。
「次生まれてくる艦娘は、何を望むのかな」
そう呟いた響の声に、吹雪はただ歩調を速めた。入浴なんてさっさと済ませて、艦娘鎮守府に行きたかった。でも、新しく生まれてくる艦娘にどんな顔をすればいいのか、分からなくなっていた。
⚓
吹雪と響が艦娘鎮守府に入ると、木津がソファで眠っていた。机の上にはタブレットが放り出されてあり、チカチカとランプが点滅している。
「なんだろう、建造のタイマーはまだ止まってないけど」
吹雪がタブレットを手に取ると、通知がひとつ入っていた。響が横から覗き込む。
『模様替えの機能を承認』
「えっ」
「ハラショー・・・・・・」
もしや、さっきの木津の冗談を真に受けたのだろうか。試しに模様替えを開いてみると、ひとつ家具が用意されていた。吹雪が読み上げる。
「ジュークボックス、だって」
「置いてみよう。面白そう」
ジュークボックスを選択すると、部屋の壁際にどこからともなくジュークボックスが現れた。
「すごい。ホントに出た」
目を丸くしている吹雪を置いて、響がジュークボックスをいじりだす。なにやら調子の良い演歌風の曲が流れ出し、木津が飛び起きた。
「えっ、なにごと!?」
「あ、おはよう司令官。模様替え出来るようになったよ」
「まじですか」
何でもできるようになるなと木津は頭を掻く。
「靴は磨いてくれそうか?」
「それは無理そうだけど、そろそろ新しい艦娘が着任しそう」
「ほう。どれどれ」
工廠を開くと、ついにタイマーがゼロになったドックがあった。そこに新たな艦娘が居る。
「よし。解放してやってくれ」
「了解しました」
吹雪がタブレットを操作すると、床に魔法陣が現れた。魔法陣というのは一目見た印象であり、よく見ると水色に輝くその模様は『着任』の文字であった。
魔法陣の上に、光に包まれた人影が現れる。少し高めの背丈と、細身の体。ポニーテールが今のところ確認できた。
「君達に比べて、少しでかいな」
「巡洋艦かも。ちょっと分からない」
光の人影が遂に輝きを失い、その姿をあらわにした。はつらつとした表情の二十歳くらいに見える彼女は、木津を見ると整った敬礼を送ってきた。
「軽巡洋艦、夕張。着任しました。どんどん装備を積んでちょうだいね!」
「よろしく。私が艦娘を指揮している木津響子少佐だ。彼女達は駆逐艦の吹雪と、響」
吹雪達が挨拶すると、夕張も「よろしくね!」と元気に挨拶を返した。なんとなく、教育テレビに出てくるお姉さんと言った風情だ。
黄緑のリボンで髪をポニーテールにまとめ、紺のセーラー服の胸元にはオレンジのリボンが付いている。スカートは黄緑色だ。意外とお洒落な雰囲気である。
夕張は不思議そうに自分の体を眺めると、首を傾げる。
「う〜ん、おかしいなあ。私もっと武装積めるのに・・・・・・。身体すかすかじゃない」
やたらと武装を積むことにこだわっている。正統派の女性らしく見えたが、意外と変わり者っぽいなと木津は思った。
タブレットを開き、夕張の性能を確認する。
(あれ、この艦娘・・・・・・。装備三つ積めるのか)
吹雪達は主砲や魚雷といった装備が全部で二つしか載らないのだが、夕張は三つ載るらしい。軽巡だからだろうか。
「夕張と言ったか。君は装備を三つ積めるみたいだけど、軽巡だからなの?」
「ううん。私はね〜、実験艦だったの。小さめの船体にどれだけ武装が積めるかっていうコンセプトのね。だからいきなり三つも武装が積める軽巡洋艦は私くらいよ!」
そう夕張は胸を張った。なんだか頼もしい。吹雪と響がきらきらした目を向けている。
「夕張、実はいま我々は問題を抱えているんだ。対空戦力が無さすぎるんだよ」
「あら、そうなの? 任せといて!」
夕張はタブレットを借りると、慣れた手つきで操作し始めた。
「あれ、開発資材あと一つしかないんですね」
「ああ。対空兵器が作れればいいんだけど」
う〜んと夕張は右の頬を膨らませた。
「資源の投入バランスで出来やすい兵装は違うんだけど・・・・・・。でも結局は試行回数がモノを言うのよねえ」
「え、そうなのか」
「開発とかのことなら任せてねっ。そういうの大好きなんです。ところで提督、この資材使っちゃってもいいかしら?」
不意に提督と呼ばれて、木津は不思議な気分になった。しかし、艦娘総司令官という役職に就かされているのだから、提督でもいいかと開き直る。
「いいよ。使ってくれ」
「よし、じゃあ開発しちゃいますよっと」
おっと、と言って夕張は開発ボタンを押す指を止めた。艦隊メニューを開き、旗艦が吹雪になっていることを確かめる。
「旗艦の艦種によっても、成功率とか、装備の出やすい種類とかが変わるのよ。駆逐艦なら連装高角砲がしっかり作れちゃいます」
「ほ、ほう?」
夕張はもう一度開発メニューを開き、『10、10、30、10』と数字を動かした。鋼材だけ30で、後は初期値とは。ずいぶんリーズナブルだ。
「後は、運と気合いと気持ちッ!!」
勢いよく夕張が実行を押した。木津達四人は息を飲んでタブレットを見守る。通知ランプが点くと同時に、夕張が工廠を開いた。
『開発に成功。10cm連装高角砲を入手』
「よっしゃー!」
「ハラショー!」
「すごーい!」
艦娘達が思い思いに今の感情を叫んだ。木津も感嘆の声を漏らしていた。念願の対空兵器を手に入れたのだ。
「どう、提督。たいしたものでしょう!」
「ああ、ありがとう。すごく助かる。これからもよろしく」
握手を交わす夕張と木津を見て、響がそっと吹雪に囁いた。
「まだ、あの話はしなくても良さそうだね」
「・・・・・・うん。きっと大丈夫だよ」
新たな艦娘、夕張はまさに来るべくして来たのかもしれない。そう吹雪は期待を抱かずにはいられなかった。