2020年の艦娘戦記・改 〜艦娘誕生と日本〜 作:シベリアの騎士
ランニングから戻り、木津達は更衣スペースで着替えている。時刻は十四時を少し過ぎた頃だ。木津がカッターシャツのボタンを留めながら艦娘たちを見回す。
「今日、夜戦の話をしてたけど、訓練はどうする? 夜勤のシフトでも組む?」
ちょうど靴下を履き終えた吹雪がうーんとうなった。
「シフト制にするには人数がちょっと・・・・・・」
「そうなんだよね。まあ、開き直って夜勤後は日勤帯でも休みにしてもいいんだけど、そこは土川司令長官と相談かな」
「響こら下着返せ!」
吹雪がふむふむと頷いている後ろで、響と夕張が互いの着替えを妨害しあっているのが目に入る。
「貴様の胸には不要だろぉ」
「うるせえ掃除機で吸ってやろうか」
夕張がロッカーから吸引力の変わらないただ一つのハンディクリーナーを取り出した。「着剣!」とか叫びながらヘッドを丸穴ノズルに交換する。じりじりと夕張が間合いを詰め、響がクリーナーを奪おうと飛び掛かる。しかし左手には下着を握っているため右手しか使えない。
「シベリアンフィンガァァァ」
「見えた・・・・・・水のひとしずく!」
手首のスナップでクリーナーを翻し、夕張が響の手を払う。間髪入れず夕張が気合と共に突きを繰り出した。
「ダァーッ!」
見事に響の胸にクリーナーが吸い付いた。興奮したようにクリーナーが咆哮する。詰まっただけだが。
「あっー!」
「イイ声で鳴くねぇ、あぁ!?」
夕張がぐりぐりとノズルに力を加える。響がノズルを引き剥がそうとすると、逆に肌が強く引っ張られたのかいっそう表情が切羽詰まったものになる。
観念したのか、遂に響は膝を付いた。手から大胸筋養成サポーターが落ち、夕張が響の頭を愉悦の表情で撫でる。
「お姉さんに逆らうとこうなるのよ~? その胸の痕と共に心に刻みなさい」
「うう・・・・・・。もうお嫁に行けない」
木津は頭が痛くなってきた。ほんとに夜戦なんて出来るのだろうか。
「おい、アホ二人。そんなに人肌が恋しい?」
底冷えしそうな声音に、響と夕張は四十秒で着替えを済ませた。吹雪は二人が裸に剥かれて廊下に放り出される場面を幻視する。やりかねない。
その後、吹雪がコーヒーを用意してくれている間、木津は響と夕張にお説教していた。
「もし私が転勤とかになって、次の司令官が男だったらどうするんだお前達。もっと規律正しくしろ。男はアレだぞ、隙を見せたら属性とか関係ないぞ」
「はい」
「ダー(はい)」
「すまないがロシア語はさっぱりだ。もう一度返事」
「はい。ところで司令官は男にあえて隙って見せたりする?」
「夕張」
「はい」
「掃除機もってこい」
「はい」
コーヒーを盆に載せた吹雪が戻ってくると、響が夕張に後ろから羽交い締めにされ、木津の掃除機拷問を受けるという地獄絵図が繰り広げられていた。ハンディよりさらに強力な業務用タイプだ。
「あの~・・・・・・コーヒー。置いときますねー」
「ふ、ふぶきっ。たふ、たすけて!」
「ごめんね響ちゃん。わたしは掃除機に吸われる趣味はないの」
あっさりと戦友を見捨て、吹雪は優雅にコーヒーを啜り始めた。木津もようやく業務用掃除機の電源を切ってその場に置いた。夕張も拘束を解く。支えを失った響が突然がくっと倒れ、小刻みに痙攣を始めた。木津と夕張がソファに座ってコーヒーを飲む。
「ありがとう、おいしいよ」
「良かったです」
「うーん、吹雪もいい感じに壊れてきたわね」
「失礼な。誰でも関わりたくないですよさっきのは」
息も絶え絶えな響がようやくテーブルの方に来てコーヒーを飲む。もともと白い顔がさらに蒼白い。
「あ、あたたけえ」
「そりゃずっと服も着なけりゃそうなる」
「脱がされたんだよなあ・・・・・・」
ようやく暖かさを皆が取り戻し、シフト制について話し合う。
「別に日勤帯に私達が活動しなければならない事も無いのではないでしょうか」
夕張の意見に木津はふむと頷き、続きを待つ。
「私達が昼間の作戦や戦闘に出られるかといえばそうでもないみたいですし、ここは海軍通常戦力との住み分けを図るのも手かと考えます」
「なるほどね。駆逐艦諸君はどう考える?」
吹雪は少し考え、特に意見は無いと首を振った。響もそれにならう。
「夜戦の訓練は遅かれ早かれしないといけないんじゃないかな。向こうが夜に来ないって訳じゃないだろうし」
「まあね。響の言う通りだ・・・・・・あっ」
そこまで言って、木津が声を上げる。
「どうしたの?」
「いや、わざわざシフト制にしなくても大丈夫だったと気付いて。こいつはうっかり」
響が首を傾げ、夕張と吹雪は顔を見合わせる。
「どういうことでしょうか」
「簡単な事だった。訓練の命令を出せばいいんだ」
「あ、なるほど」
みんな納得したような顔になる。夜戦の訓練の命令を文書として出せば、ピンポイントで業務の日程を変えられる。ただそれだけの事だったが、木津は命令を自分で出すという行動とは縁が無かったのですっかり頭から消えていた。
「そうと決まれば、起案しますかねっと。文書の作成要領はどこにやったかな・・・・・・。あった」
机の後ろの棚をがさがさとやってから、木津はパソコンを立ち上げた。文書作成に集中しだした木津を見て、艦娘達がひそひそと喋る。
「なんか、軍隊も事務仕事なんだなって」
響の顔は見るからにげんなりしている。
「仕方ないわね。根拠も無しに動けないもの」
「サラリーマンみたいですよね。あ、眼鏡かけた」
「うそっ、司令官・・・・・・メガネっ娘!?」
響が両手でおおげさに口元を覆う。妖精タブレットのカメラを起動し、「フラッシュ!」とか叫びながらシャッターを切った。
「うおっ、まぶし!」
タブレットを構えた響に気付いていなかったのか、木津が目を瞬かせる。
「この写真、売れそう」
「こら!」
吹雪がタブレットを引ったくり、写真を消そうとしたが指が止まる。夕張も画面をのぞき込んで口に手を当てた。
「あらかわいい」
「ねえ響ちゃん、この写真って印刷できない・・・・・・?」
「何言ってんねん消せ」
背後から木津が現れ、タブレットを取り上げて無情にも写真を消去した。憮然とした顔で作業に戻る。
「あーめんどくさいなあ・・・・・・。パソコンって言うこと聞かないから嫌いなんだよね」
文書作成ソフトの解説本も見ながら木津がぼやく。
「これは・・・・・・表現からゲスの香りがしますぅ」
「うるせーぞロシアかぶれ」
「うーん、司令官もいい感じに壊れてきたわね」
「わたしは司令官が壊れてもおそばに居ますよ」
「やめろなんか重い!」
十数分後、作り終えた夜戦訓練の命令を眺め、木津は満足気に頷いた。
「よし、司令長官に見せに行ってくる」
眼鏡を置いて、木津が艦娘鎮守府を出ていく。
「行ったな・・・・・・。よし」
見計らったように響が木津の眼鏡を掛けた。綺麗なアーモンド型の目と、銀の瞳がレンズ越しにきらめき、ワインレッドの細い金属フレームがそれを彩る。
「ちょっと、響ちゃん。壊したりしたらまずいよ。やめた方が・・・・・・」
「ちょっとだけ、ちょっとだけだから。眼鏡という新たな可能性を試さずにはいられないんだ!」
「無駄だって・・・・・・」
何気に辛辣な吹雪を流し、響はタブレットのインカメラで自分の顔を写す。
「やっぱ赤はいいねえ」
「提督の髪の毛が栗色だから、良く似合うわよね。響は、うーん」
夕張にケチを付けられた響が中指を立てた。
「なんでや! 銀と赤は定番やろ!」
「はいはい、光の国へ帰って下さい」
「んじゃ、次夕張かけるんだよおら早くしろよ」
「似合うに決まってるじゃない」
「余計なことを言うとケツを縫い合わすぞ」
ハリウッドじみた口調で下品なセリフを言う響にチョップして、夕張が眼鏡を掛けた。女教授というか、メカオタクそのものである。
「なんか研究所とかで髪ボサボサにしてそう」
「うっせ!」
夕張が響の髪をぐしゃぐしゃにしようとしたが、さらさらした銀髪は触れた側から元通り真っ直ぐになってしまい、失敗した。
「夕張さんは眼鏡も大人っぽくなりますね。響ちゃんは・・・・・・」
「シベリア送りだ」
「もー吹雪ちゃんいい子! 撫でちゃう」
吹雪はもう眼鏡の無断使用には何も言わない事にした。嬉しそうな夕張に響がケチを付ける。
「手にオイル付いてない?」
「ヒマシ油飲ませるぞこら」
また乳繰り合いだした二人から吹雪は眼鏡を取り返そうとし、足元に何か小さな物が動いたのを見た。
「あっ、ごきぶり」
「えっやだうそ!」
「闇を纏いし邪悪の欠片が、なぜこんな所に!」
一斉に三人が飛び退くと、驚いたのかあのアレも予備動作の全くない洗練された高速移動を見せ、夕張へ肉薄する。
「なんでこっちに来るのよ~っ」
「そいつは前に走っただけだ。横に逃げるんだ!」
響の助言を聞き、夕張が横に飛び退いた。その先には、業務用の掃除機がぽつんと待ち構えていた。
⚓
土川は木津の起案した命令を眺め、顎に手を当てている。ソファで難しい顔をする司令長官の顔は、木津にプレッシャーを感じさせるには十分なものだ。
「いかがでしょうか」
沈黙に耐えきれず、木津は尋ねた。土川は文書を机に置き、顔を上げる。
「夜戦とはな。考えたものだ。艦娘は確かに隠密作戦に適している。まさに海上の歩兵だからな」
「はい。敵航空戦力を封じ、深海棲艦を艦娘化させるにはこれしかないかと」
「ふむ。では実行は命令通り明後日だな。承認しよう。ところで艦娘は水面に匍匐できるのかね」
不意の質問に木津は困る。考えた事が無い。
「すみません。分かりません」
「ああ、すまない。私もいま思い付きで質問した。もし水面に匍匐できたなら、被弾を防げるのかと思っただけだ」
「ふむ。聞いておきます」
「試さなくていいぞ?」
まさか、と木津は笑った。承認印を受けた命令を受け取り、木津は艦娘鎮守府に戻る。
(水面に匍匐・・・・・・。波が高い日ならかなりの隠密性を得られそうだ。私は艦娘を船として考えていたけど、固定観念だったかもしれない)
喫水下の部位が無い。速度変化、方向転換が容易。被弾面積が小さく、水があれば戦闘活動が可能。物理的な資源が不必要。その代わり艦娘専用の『資源』は代替不可能。艦娘用資源は時間経過で製造される。
考えれば考えるほど、艦娘には無限の可能性がある。河川を利用した高速移動、内陸戦闘なんてのも可能だ。まずやる状況は無いだろうが。
考え事をしていたらいつの間にか艦娘鎮守府に着いていた。ドアを開ける。なぜか艦娘達が木津の机の前で集まっていた。背中をこちらに向けて何やらひそひそと会話している。
「・・・・・・なにをしてるの?」
「ひっ」
おそるおそるという感じで三人がこちらを振り向いた。夕張が早足でこちらに歩いてくる。
「あっ、あの。提督? 少し相談がありまして。ちょっとお時間よろしいかしら。二人だけでお話がしたいの」
「?」
首を傾げる木津と冷や汗を浮かべる夕張が部屋を出たのを見て、響がほうっと息を吐いた。
「やばいやばい。ナイスだよ夕張」
「だから言ったのに・・・・・・。壊したりしたらまずいよって」
机の上には木津の眼鏡があった。ただし、レンズにヒビが入っていて使い物にならない。先程の騒ぎで、掃除機につまづいた夕張が転んだのだ。そして眼鏡が割れた。現在妖精に頼んで修復中である。
せっせと妖精が作業を進めているのをどきどきしながら二人は見つめている。夕張が時間稼ぎに失敗すればこの事故がばれる。巻き込まれた吹雪はやれやれと首を振った。
「反省してる」
「まったくもう」
ほどなくして、眼鏡修復完了の報告を妖精が敬礼で送ってきた。響は九十度のお辞儀をした。
「スパシーバ!」
もはや和洋折衷とかいう域を超えた感謝の意に妖精も微妙な微笑みを返す。ちょうど木津達が戻ってきた。木津はなぜか深刻そうな顔をしている。
「響、ちょっと来てもらっていい?」
「えっ。アッハイ」
今度は響と木津が廊下に出た。夕張がいそいそと机に寄ってきた。
「状況はっ」
「今直りましたよ」
「ほんと? よかったあ」
夕張が胸をなで下ろす。ところで、と吹雪は廊下を見やる。
「なんで響ちゃんが連れて行かれたんです?」
「ん? ああ。私一人だけで時間稼ぐのは限界があるなと思ったから。だから、実は響って繊細な子で、さっきの掃除機攻撃で傷ついてるんですってテキトーなこと言って、引っ張って行ってもらった。そしたらまた出ていくでしょ?」
「きたない・・・・・・」
「反省してる」
とりあえず、木津達の戻りを待つ事にした二人は、響がどんな事を言われたか宿舎に戻ったら聞こうという話をした。ところ変わって廊下である。
「ねえ、その。響が掃除機のアレに傷付いてるって聞いて」
心配そうな顔をしているから何言い出すかと思えばそんな内容だったので、響は吹き出すのを必死にこらえた。
(なに吹き込んでるんだあのゲスゥ! どうしろって言うのさそんな見当違いな気遣いされて)
なおも木津は腫れ物に触るような態度で響を気遣う。
「ごめんね、響。もしかして痛んだりする?」
(ああ~、司令官が素直すぎる・・・・・・。どうしよう)
逆に胸が痛んできた。響は申し訳なくなりつつ微笑みを見せる。
「その、確かに夕張にはちょっと文句を言ったけど、あくまで軽口だったんだ。平気だよ。遊びみたいなもんだし。掃除機なんかで痛んだり傷付いたりしないよ」
その様子が無理をしていると思われたようだ。木津が響をそっと抱き締める。
(えぇ、なにこの状況。夕張のヤツどんだけ話を盛ったんだ)
さすがに困惑で言葉が出ない。抱き締められたまま固まっていると、木津の声が頭の後ろ辺りから聞こえた。
「響は昔何度も大破して、その度に蘇って戦ったって聞いた。そして、そのトラウマで身体を傷つけられる事が怖いって」
(深刻ゥ・・・・・・重い! こじらせやがってあの野郎)
変な笑いが出てきた。夕張あいつサイコパスじゃないか? もはやおイタ誤魔化すってレベルじゃない。楽しんでやがる。
「えっとね、本当に大丈夫だから! ほら、痕とかも残ってないし」
そういって木津を失礼にならぬよう引き離し、チラッと服の中を見せる。これが悪手だった。
「ちょっと、もう一度見せて」
「えっ、なんで」
「いま胸にアザが出来てたから・・・・・・」
(ウソやん)
響は襟元から肌を覗き込む。確かに胸の辺りに少しアザというか赤くなった所があるが、気にする程でもない。机に寄りかかってたからな気もする。というか寒い。部屋に戻りたい。眼鏡はもう直っている。そもそも夜戦の起案はどうなった。
響はもうさっさと切り上げたいのだが、木津の指揮官としての職務には隊員の身上把握が含まれているため、おそらくここで納得されないとまた呼び出されたり、今後の関係に影響が出そうだ。艦娘が増えてきたら任務に起用されなくなったりとかしないだろうか。
響は腹を括る。
「あのね、司令官。それじゃあ一つだけお願いがあるの」
「なんでも、言って欲しい」
力強く木津は頷いた。それを見て響はひとつ深呼吸をした。本当は柄じゃない。こういう本音というのは。
「わたしは確かに、傷付くのは好きじゃないよ。でも、わたしが傷付いたかどうかはわたしが決める。だから心配しないでほしい。今は傷付いてなんかないよ。艦の時の身体より、今の身体の方がきっと、わたしは強い」
「そんなわけ無いだろう。それこそ転んだだけで死ぬんだ。人の身体は機械のように蘇ったりはしない。そして人の心はもっと脆い」
まあ確かに、さっき壊した眼鏡のようには行かないかもしれない。響は心の中で苦笑した。
「司令官。わたしが目覚めた時、司令官は何をしてくれてた?」
「え・・・・・・?」
「深海棲艦だった私を司令官は撃ったんだったね。そして、その後わたしの身を案じて、お腹に触った。その温かさでわたしはこの世に目覚めた」
響は自分の腹部に手を当てた。あの時、冷えた自分をじわりとすくい上げてくれた手のひらの感触は、よく覚えている。
「機械だったわたしは、ただ蘇るだけだった。機能を回復しただけだ。そりゃ動けるよ。だけど今はもっと、動ける。傷が癒される心地良さを知ったから。わたしは心を知ったんだ」
「・・・・・・」
「だからね、わたしは自分が傷付いたことを自分で解れるんだ。だけど、もし司令官が不安なら。またあの時のように撫でて欲しい。あの温もりが、時々恋しいんだ」
木津は黙って聞いていた。やがてゆっくりと頷き、微笑んだ。
「わかった。撫でる」
そう言って木津の手が響の痕をそっと撫でた。照れくさかったが、照れる仕草を見せる方が照れくさい。響は目を閉じることにした。ただ心地良さに身を任せる。
「この身体に生まれて、良かったよ。司令官」
「そうか。それなら私も嬉しい」
「うん。ありがとう」
艦娘という存在を生み出した立役者である木津は、本当は少し後ろめたかったのかもしれない。だが、響はそれは間違いだと思った。
木津は深海棲艦との戦いにおいて、唯一の正解を掴んだのだから。
⚓
ついに夜戦訓練の日が来た。天地も分からない程の闇の中で、吹雪達はめまいにも似たうねりの上に立っていた。艦娘達の無線に木津から通信が入る。
『感明度どうか』
「感明度、5」
『了解。こちらも5』
五段階で感明度は表され、五が最高だ。音が大きくてもノイズ混じりの時は、「感明度、5と3」などと言ったりする。
『夕張。周囲は見えるか』
「いえ、何も見えません」
『分かった。ではまず艦砲射撃を実施する。弾種は焼夷弾。着弾地点がどの程度明るくなるかを見る』
夕張達は一時の方向に向かって一人一発ずつ砲撃を実施した。カメラのフラッシュのように三回、艦娘達が眩く浮かび上がる。一瞬の後により一層深い闇になり、かなり離れた所の海面に水柱が輝いた。吹雪がうなる。
「やはり照明弾でないと良く見えませんね。すぐ暗くなります」
『まあ想定通りかな。仕方ない。奴らは赤外線とかで物を見たりしないよな?』
「ありえない話でもないですが、分かりません」
『祈るしかないか』
祈ると言っても何に向かって祈ればいいのだろう。自分で言っておいて木津は鼻を鳴らす。響から声が届いた。
「司令官、照明弾は撃つ? 結構光るけど」
『構わない。やってくれ』
「了解」
響が照明弾を装填、発射した。弾はしばらく光らずに飛んでから、一気に輝きを放ち始める。
『持続時間と明るさを教えてくれ』
「分かった。およそ2秒で発光。ここから3kmほど先かな。仰角60度くらいで撃ったからわりと高い所で光ってるけど、あちらは昼みたいに明るいよ。探照灯で照らしたみたいだ」
『上々だな。そういえば、君達は真っ暗な中で主砲撃って眩しくないの? 目に焼き付いて何も見えなくなりそうなんだけど』
「大丈夫さ。艦娘だから」
『そういうものかな・・・・・・』
妙に木津は納得する。艦娘だから、なんて。便利な方便だ。誰かに悪用されなければいいが。
『じゃあ次は昼にやったみたいな移動でも訓練しようか』
木津はコンソール上でポイントを指定。艦娘達がそこへ移動する。一見簡単に見えるが、死角のカバーや隊形の維持を迅速な移動の中で行うのは意外と難しい。木津も訓練で実感したことがある。しかし、艦娘達は平衡感覚を失いやすい暗闇の中でも安定した機動をする。やはり人間ではないのだなと、木津は率直に感じた。
『300、25』
方位、距離を指定し、艦娘達が移動。
「クリア」
『単横陣。360、8』
「クリア」
陣形変化を交えてみる。問題ない。
『実際に戦闘になったら、どんな物だろうな。なんかいけそうな気はするけど』
「まあ、わりと見えてますから。問題なく戦えるでしょう」
夕張のセリフに木津は喜ばず、むしろ顔をしかめた。
『やっぱりあいつらも見えている気がする』
「あ〜・・・・・・。まあ」
少なくとも沿岸部が見えるくらいの近海では、深海棲艦が確認されたことは無い。逆に言えば、沿岸からの支援は期待出来ないようなところで戦闘する事が多いという事だ。闇の中でも完璧に戦闘機動が取れるようになる必要性は高い。戦闘から帰投する時に夜になる、なんて事があるかもしれない。
『じゃあもう少し訓練したら今日は終わりね。次は発砲も交えるから』
「了解です!」
すぐにでも砲を撃ちたそうな夕張達の声に、木津は微笑んだ。
⚓
深い海の底で、揺られる一つの鉄片があった。その鉄片は塩水に晒され続けたせいで、いつ塵と化しても不思議ではない有様だった。
その鉄片の元の姿など知る由もない。それ自身の『記憶』を除いては。
ただただ、揺られ続けていた。だが、何かがそれの意識を惹いた。遥か天上の水面に迸った光。それがまだ何かを形作っていた頃、見た事がある。
戻りたい。そんな意識がふと、それの中に生じた。どんどんとその思いは募って、鉄片の中に激しく渦を巻いた。
真っ黒なうねる闇の中で、鉄片はいつしか黒い艤装を纏った深海棲艦と化していた。