2020年の艦娘戦記・改 〜艦娘誕生と日本〜   作:シベリアの騎士

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第9話 戦艦榛名

『よし、そろそろ訓練を終わろう。お疲れさま』

 

 木津の通信に、響ががっかりしたようにため息をついた。

 

「撃ち足りないな・・・・・・。もっとヒャッハーしたかったのに」

『生まれる時代を間違えたな』

「世紀末覇者に、俺はなる!」

『だれだお前』

 

 三人の艦娘が鎮守府に向けて移動し始めるのを、木津はコンソールで確認した。

 

「さてと。明日から休みだ・・・・・・。どうしようかな」

 

 夜勤の後は土日になるよう、木津は日程を調節した。実任務に影響が出ないからである。少々ブラック企業じみたやり方だが、仕方ない。敵は待ってはくれない。

 

 ぼんやりとコンソールを眺めていた木津の耳に、突然夕張から切羽詰まった声が届いた。

 

『提督、羅針盤がいきなり反応しました。まだ電探とかには反応が無くて、細かい位置は不明。そちらでなにか分かりますか』

 

 木津は背もたれから素早く体を起こし、コンソールに目を走らせた。

 

「こちらにも何も映っていない。ソナーにも反応は無いんだな?」

『ええ。潜水艦タイプなのか、深海で新しく湧いただけの別タイプなのかも分からない。警戒態勢だけ取りながら帰投します』

「了解。こちらでも監視する」

 

 指揮運用科が使っているシステムは、地上からの海面監視レーダーと、衛星軌道上からの監視、データリンクによって索敵を行っている。水中の敵は哨戒によって探るしかない。だから海軍は小規模の艦隊を哨戒に当たらせている。

 

 だが、その哨戒も完全ではない。今まで例は無かったが、もし夕張達が今居るような、沿岸部から近いごく近海で深海棲艦が発生したとしたら・・・・・・。現段階で日本に対応策はほとんど無い。陸上からの自走砲や戦車による砲撃、あるいは海上航空支援、この二つだ。沖から陸の方向に向かって艦砲射撃なんてリスクがあり過ぎて不可能に近い。

 

(いよいよ、艦娘の真の出番かもしれないな)

 

 木津は息を深く吸って、止める。脳を保護しようとする身体の働きを利用し、無理やり酸素を脳に送る。ゆっくり息を吐き出す。戦う前の儀式のようなものだ。

 

「私も、艦娘だったらなあ・・・・・・」

 

 無線のジッパー(音声を送る時に押すボタン。離すと音声が送信されなくなる)を離し、木津は独り呟いた。

 

 海の上、帰路を急ぐ三隻の艦娘の前になにか妙な物が現れた。水面が半径1mほどの円形に青白く光っている。

 

「これ、もしかして」

 

 夕張が言い終わる前に、水面が大きくうねった。バランスを崩さないようにするだけで精一杯だ。

 

「吹雪、響、大丈夫?」

「大丈夫だ。問題ない」

「夕張さん、これって」

 

 夕張は頷く。

 

「提督! 深海棲艦の発生と思われる現象に遭遇。海面が半径1mほど円形に光っていて、強い波が起きています」

『よし、三方向に散開。射線が被らぬよう包囲しろ。顔を出し次第撃て』

「了解」

 

 発生したのはおそらく一体だけと木津はアタリを付けた。聞いた限りではそれほど大きな深海棲艦ではない。前に出た人型だろう。包囲して叩きのめせばいい。あのタイプは奇襲が怖いが、小回りの効く艦娘が三人対処に当たれる今は、脅威にはならない。

 

 木津の無線に夕張から通信が入った。

 

『人型深海棲艦浮上。撃ちます』

「撃ち方始め」

 

 主砲を構えた三人が一気に砲撃を開始した。十秒ほどの集中砲火の後、三人は一旦射撃を止める。煙でよく見えない。響が魚雷を構えながら「やったか?」と呟いた。

 

『響、お前狙ってるだろ』

「ばれた? だから魚雷を構えているのさ」

 

 木津の苦笑におどける響を見て、夕張も何かを考えたようだ。

 

「そうね・・・・・・。吹雪、私達も魚雷をいつでも撃てるようにしておきましょう」

「了解です」

 

 夕張と吹雪が太腿に付けた魚雷発射管を起動した瞬間、轟音と共に煙の中からオレンジ色に輝く線が伸び、響と夕張の間を通り過ぎた。敵の主砲である。

 

「あぶなっ」

「響、足を止めないで! 回り込みながら魚雷を撃ち込んでっ」

 

 夕張の指示で三人は一斉に駆け出した。晴れた煙の中から真っ黒い影が姿を現す。

 

 両手に大きな棺桶を構えた死神、とでも言い表すべきだろうか。盾のような形状の主砲を両手に持ち、盾の間から人魂のような青い眼光がこちらを見据えている。深海棲艦は三人を認めると、盾を構えながら後退を始めた。距離を取るつもりだ。

 

「見たことが無いタイプだわ。提督、人型深海棲艦一隻と交戦状態に入りました。画像を転送します」

『わかった。頼む』

 

 木津のコンソールの横に置かれたパソコンに通知が入った。素早く吹き出しマークをクリックし、敵の姿を確認する。

 

「これは・・・・・・。まるで戦艦だな」

 

 分厚い盾、そこから生える棘のような幾本かの主砲。木津は鳥肌が立つ。間違いない。こいつは戦艦だ。

 

「各艦へ、恐らくそいつは戦艦級だ。根拠は無いが、君達の火力では太刀打ちできない。全力で逃げろ」

『待って、司令官。射程距離が桁違いだ。狙い撃ちされる可能性が高い』

 

 響が木津に食い下がる。だが、どうしろというのか。困惑する木津に響が続ける。

 

『夜間、小回りの効かない戦艦に肉薄した水雷戦隊。やる事はひとつさ』

「・・・・・・雷撃か」

『やらせてほしい』

 

 木津は怖かった。つい先日味わった敗北を思い出し、頷けないでいる。だが指示は出さねばならない。

 

「死ぬなよ」

 

 やっとそれだけ伝えると、三人から『了解』と一斉に返答が来る。もう出来ることが無い。祈るだけだ。

 

 海上では至近距離での砲撃戦が繰り広げられていた。輝く火線がまばゆく伸び、砲煙を煌めかせる。戦艦型は距離を取るべく全力で後退しながら、主砲と副砲を唸らせ絶大な火力を指向してきている。夕張達は最初の攻撃を耐え切られ、攻めあぐねる形となってしまった。

 

「吹雪、両側から大きく回り込もう。奴の副砲の弾幕が予想以上に厚い。まとまると危険だ」

「わかった。よし、行くよ!」

 

 スパッと二手に分かれた駆逐艦が連装砲を撃ちながら肉薄していく。夕張も少し距離を取りながら、貫通力と初速に優れる高角砲を撃ち込み続けていた。効かなくてもいい。防がせれば盾を両脇に開けない。吹雪たちへの迎撃を邪魔できればいいのだ。

 

『魚雷必中距離まであと15メートル』

「了解!」

 

 木津からの情報に吹雪が元気よく返答した。敵の機動速度と魚雷の弾速を計算したのだろうか。なんにせよ助かる。

 

 じわじわと距離が縮まり、深海棲艦の顔に焦りのような表情が浮かんだ。弾幕に阻まれて思う様に動けないとは言え、機動力の差は歴然としている。次また零距離に入り込まれれば、深海棲艦にはもう迎撃する手段が無い。

 

「ええい、往生際の悪い。大人しくぶち込まれろ」

「響ちゃん口悪い」

「言うてる場合か」

 

 気の抜ける軽口の応酬、そして切れ目なく交互に牽制射撃をしながら肉薄していく。

 

『必中距離到達。目にもの見せてやれ』

 

 木津の通信を聞き、吹雪が短く叫ぶ。

 

「響、魚雷二発撃って!」

「よし来た、ypaaaaaa!」

 

 吹雪と響が2発ずつ魚雷を放った。もし当たればそれで終わり。当たらなくとも牽制になる。だが深海棲艦も必死だ。魚雷を破壊するため、海面に向かって巨大な主砲を発射。吹雪がきりさめを守るためにとった行動と同じである。

 

 しかしその時と違い、今回は左右から二本ずつ。その上、夕張の高角砲をはじめとする三門の砲撃にさらされている。身重な戦艦の艤装では狙い撃つのは難しい。海面に大きく水柱が立ったが、魚雷は健在だ。

 

(盾が開いた・・・・・・!)

 

 夕張は隙を見逃さなかった。頭部に照準を定め、高角砲を安定させる。

 

「この威力。試させてもらってもいいかしら!」

 

 鋭い砲弾が深海棲艦の頭に直撃した。ぐらりと体勢を崩したところに四本の魚雷が突き刺さる。撃沈だ。

 

「マタ、沈ムノカ・・・・・・」

 

 その呟きを吹雪は聞いた。倒れる寸前で深海棲艦に駆け寄り、身体を支えようとする。だが巨大な盾が邪魔だ。

 

「それを捨てて! 響ちゃん手伝って」

「分かった」

 

 響が反対側から深海棲艦を支えた。深海棲艦は虚ろな目で二人を見る。

 

「ナニヲ、シテイルノ?」

「決まってるだろ、助けてるんだ」

 

 響が重そうにしつつはっきりと答える。

 

「あのね、戦艦さん・・・・・・ですよね? 仲間になって欲しいの」

 

 吹雪の言葉に深海棲艦が目を見開く。

 

「大丈夫。わたし達も深海棲艦だったから。この戦いを終わらせるためにこの姿になったの。力を貸して欲しい」

「デモ、ドウスレバイイノ・・・・・・?」

 

 

 深海棲艦のか弱い声に吹雪達は、そうだなと考える。

 

「まず艤装を置いて欲しいかな」

「話はそれからだ。重い」

 

 深海棲艦は自分の両手をちらっと見やり、素直に頷いた。

 

「分カッタ」

 

 彼女は身を守るためだった艤装を手放し、吹雪達に身体を預けた。

 

「よし、それじゃあ行こうか」

「よろしくね、戦艦さん」

 

 吹雪達は夕張の方へ進み出した。深海棲艦は再びこくりと頷き、艦娘へ姿を変えながらゆっくりと意識を手放した。

 

 

 

 

 夕張達は新たに仲間となった艦娘の身体を抱え、艦娘鎮守府に辿り着いた。木津が四人となった艦娘を出迎える。

 

「お帰り、お疲れ様。厳しい戦いだったがよく切り抜けてくれた」

 

 艦娘達は笑顔で頷き、ソファに艦娘を寝かせた。

 

「この子があの戦艦か」

「そうです。まだ気を失っていますが」

「いや、もう目覚めるよ」

 

 木津の口調は確信に満ちていた。巫女のような服を着た、長い黒髪の艦娘の手を木津が握る。しばらくすると艦娘が少しうめき、目を開いた。

 

「ここは?」

「目が覚めたね。ここは艦娘鎮守府だ。まあ、出来たばかりの小さい事務室だけど」

「艦娘、鎮守府・・・・・・」

 

 艦娘は身体を起こし、辺りを見回す。木津は手を離した。

 

「私は木津響子少佐だ。艦娘の司令官をしている。君は名前を思い出せるか」

「はい。私は金剛型戦艦、三番艦。榛名です」

 

 木津は少し訝しんだ。深海棲艦の艦種と艦娘に変化する時の艦種は関わりがおそらく無い。響は深海棲艦だった時は空母だった。榛名は戦艦だったが、たまたまだろう。あるいは艦娘だった時になにか艦種への憧れとかこだわりとか、そういう感情に左右されるのかもしれない。あくまで憶測だが。

 

「そうか、榛名と言うんだね。よろしく」

「はい、よろしくお願いします」

 

 榛名がお辞儀をすると、突然響が胸を張った。

 

「オレが響さ。荒野を駆ける孤高の駆逐艦」

「座礁しとるやん」

「うるせ〜〜〜!!」

 

 髪を振り乱す響を無視して吹雪と夕張も自己紹介を始める。その間に木津はコーヒーを4人分入れて、榛名達のところへ戻った。

 

「まあ取り敢えずコーヒーでも飲みながら話そう。色々聞きたいこともあるだろう」

 

 艦娘達は礼を言い、おのおのコーヒーを受け取った。ソファにみんな腰掛け、コーヒーをすする。榛名が何か思い出したように口を開く。

 

「あの、私の他に誰かいませんでしたか? 姉妹が、他の金剛型が」

 

 なにやら切羽詰まった様子の榛名に、木津は少し狼狽えた。木津は大日本帝国の艦船に詳しくない。だが、とりあえず事実だけは伝える事にした。

 

「いや、あの場に居たのは君だけだ。今ここに戦艦は榛名しか居ない」

 

 榛名の目が見開かれ、そして伏せられた。肩が震えている。響がコーヒーをすすってから榛名を励ます。

 

「私もまだ姉妹に会ってないんだ。まだ艦娘が産まれてから間もないし、じきに見つかるよ」

 

 そう言って、響はまたコーヒーをすする。榛名はありがとうと呟いた。

 

「そうですよね、いつか会えますよね。榛名は大丈夫です!」

 

 コーヒーを飲み干し、榛名は明るく敬礼してみせた。木津は少し安心する。姉妹をダシにするようで申し訳ないが協力を頼めそうだ。

 

「榛名。早速で申し訳ないんだが、君の力が必要なんだ。いまこの艦娘鎮守府には圧倒的に対空火力が足りてない。君の戦艦としての力を貸して欲しい」

 

 木津が榛名をまっすぐ見つめる。榛名は即座に頷き、こちらこそよろしくお願いしますと頭を下げてきた。

 

「あ、提督。ひとつだけお願いがあるんです」

「ん? なにかな」

 

 榛名は少しはにかんだように微笑む。

 

「この鎮守府に紅茶も用意して欲しいのです。お姉様は紅茶が飲んでみたいと昔から言ってたんです。姉妹で紅茶が飲めたらいいねって・・・・・・」

 

 榛名のささやかなお願いを木津は快く了承する。

 

「そうか、約束しよう。艦娘になってよかったと思わせてあげられるようにね」

 

 榛名は嬉しそうに「ありがとうございます」と微笑んだ。夕張が榛名を興味深そうに見つめているのに吹雪が気付く。

 

「どうしたんですか、夕張さん」

「いやあ。戦艦の艤装、私も積んでみたいなあと思ったのよ」

 

 榛名が夕張の方を向く。

 

「持ってみます?」

「え、いいの」

「はい。どうぞ」

 

 榛名が妖精に合図をすると、馬鹿でかい主砲が現れる。背中に背負うタイプのようだが、明らかに人が身に付けられる見た目をしていない。夕張の顔が青ざめる。

 

「・・・・・・どうしたんですか?」

「その、すごく、大きいわね」

「ええ。主砲ですから。ほら、あちらを向いてください。付けてあげますよ」

 

 恐る恐る背中を向ける夕張に、ひょいっと榛名が艤装を載せた。

 

「ぐえっ」

 

 まるで重力が突然何倍にも増したかのように夕張が後ろに崩れ落ち、金属音を立てて転がった。響が「あっ、白」と声を上げ、吹雪が頭をはたく。

 

「だ、大丈夫ですか」

「私には、荷が重かった」

 

 榛名に助け起こされながら夕張が呻く。なんとも無さそうだ。木津は少しほっとしながらデスクの椅子に腰かけた。

 

「さて、この後はどうするかな・・・・・・」

 

 時計は夜中の10時だった。特にもうやる事は無い。週明けの報告のために資料でも作ろうかと木津がパソコンに着いた時だった。

 

 突然スマートフォンに通知音が入る。木津は電話が嫌いだ。若干顔をしかめつつ画面を見る。

 

『妖精タブレットとのペアリングが完了しました。以降、タブレットと同様の機能が使用できます』

「はあ!?」

 

 慌ててロックを解除してホーム画面を見ると、『鎮守府』と書かれたアプリが入っていた。アンインストール出来ない。タブレットの方も通知音が鳴り、少し振動して机の上でがたがたと暴れる。

 

「妖精、一体何者なんだ・・・・・・」

 

 これスマホの中覗かれてないか? と木津は疑心暗鬼になる。どこまで自分の個人情報を握っているのだろうか。若干血の気が引くのを感じながら木津はデスクのタブレットを見た。

 

「どうしたんだい司令官」

 

 響がとことこやって来てタブレットの画面を見る。

 

「なになに? 提督のスマートフォンとのペアリングが完了。ほう」

「な、なにを企んでいる」

「失礼な。何も企んでないよ」

 

 ぷくーっとわざとらしく響が頬を膨らませた。その頬を手で押し潰してから、木津はタブレットを手に取る。

 

「ロックしておこう。私しか使ってはダメだ」

「私物化だ! 官品横領だ!」

「知らね〜〜〜!!」

 

 木津が響の髪の毛をぐしゃぐしゃにする。だが、すぐにさらさらと元通りになってしまい失敗した。響がドヤ顔で胸を張る。

 

「ロリ特有のさらさらヘアー」

「やかましいぞホワイト板チョコ」

「うるせ〜〜〜!!」

 

 うるさいのはどっちだよ、と木津はため息をついた。まだ夜は長い。

 

「君たちはもう部屋に戻っていいよ。榛名を外来に案内してあげて」

 

 夕張が「了解です」と敬礼する。デスクに座ってパソコンを弄り始めた木津に、吹雪が「司令官は戻られないのですか?」と尋ねる。

 

「私はまだ少しやらないといけない事がある。報告資料もまとめたい」

「そうですか・・・・・・。ご無理はなさらないでくださいね」

「うん。ありがとう」

 

 木津が礼を言うと、吹雪が微笑んだ。響がコーヒーカップを片付け終わり、四人は艦娘鎮守府を出た。

 

「さて、やりますか」

 

 木津は眼鏡をかけ、仕事に取り掛かった。

 

 

 

 

 翌日、報告資料をまとめ終えた木津は自宅で土曜日の二度寝を満喫していた。いい天気だ。昼寝に限る。布団の中でもぞもぞと芋虫になっていると突然スマホに電話が入る。なかば乱暴に手に取り画面を見ると、登録されていない番号だった。嫌な予感がする。

 

「はい、木津です」

『やあ、司令官。響だよ』

「・・・・・・番号教えたっけ?」

「これ番号じゃないよ、SMSの通話機能。艦娘との連絡用に入ってるアプリのね。つまりかけ放題だ!!」

 

 週明け最初にやることが決まった。あのタブレットを叩き割る。そう木津は誓った。

 

「ああそりゃゴキゲンだね。んで、なんの用かな」

『あのね、司令官のお家に遊びに行きたいんだけどいいかな』

 

 またか。四人も遊びに来れるスペースがあるかと言うと割と厳しい。木津は少し意地悪な声を出す。

 

「ええ〜。寝たいんだけど」

『そっか、じゃあ・・・・・・しょうがないね』

 

 予想以上に寂しそうな声がして木津はいたたまれなくなる。確かに艦娘達もやる事も無いだろう。外出してもこの日本はもう彼女達の知っている世界ではない。お金も持っていないからどうしようもない。

 

「冗談だよ。で、どうやって来るの?」

『もう家の前にいるの』

「は??? なに考えとんねん」

『司令官こわい』

 

 木津は素で突っ込んでしまう。やれやれと呟きつつ木津は立ち上がり、ドアを開ける。

 

「やあ!」

「招かれざる客だな・・・・・・。あれ」

 

 以前買いに行った白いコートともこもこのロシア帽の響が元気よく右手を挙げる。ほかに誰もいない。

 

「響だけなの?」

 

 そう尋ねると「ん」と響が頷く。白い頬が冬の寒さで赤くなっている。とりあえず響を中に通し、木津はやかんを火にかけた。

 

「おふとん〜!!」

「なにやってんだこら!」

 

 さっきまで寝ていた布団に響が飛び込んだ。木津が布団を引き剥がす。

 

「ああ、暖かかったのに・・・・・・」

「なぜお前は人の布団に潜り込むのだ」

「そこに、布団があるからさ」

 

 まだ冷たい響の頬を両手で押し潰して、ぺいっと布団に転がす。

 

「ああ〜〜」

「大人しくしてな」

「司令官、やっぱり芋ジャー・・・・・・」

「うるせ〜〜〜!! 悪いかこの野郎」

 

 ティーパックの紅茶を煎れ、響に渡す。木津も自分のカップを持ってちゃぶ台の脇に座った。

 

「やれやれ。他の連中は?」

「まだ寝てたよ。昨日の夜はずっと喋ってたからさ」

「ふ〜ん」

 

 まあ、戦友に久しぶりに会ったともなれば積もる話もあるかもしれない。響も歴戦の軍艦だったのだから。そう思うと目の前に座る銀髪の奇天烈な少女が途端に大人びて見えた。少なくとも自分のような若輩者よりは遥かに百戦錬磨である。

 

「で、響も?」

「いや、私は速攻で寝オチした」

「ああ、そう・・・・・・。なんか響らしいわ」

「えっへん。ロリ特有の早寝早起き」

「自分でロリとか言うな気色悪い」

「ひどい」

 

 一瞬でも畏敬を感じた自分に一抹の悔しさを感じながら紅茶をすすっていると、胃が目覚めたのか腹が減り始める。

 

「響はお昼ご飯は食べた?」

「ううん。まだ」

「なんか買ってくるか・・・・・・」

「恵方巻き食べたい!」

 

 響が朗らかに自己主張してくる。まあそれでもいいかと木津は頷き、出掛ける用意を始めた。着替えながら木津はふと夕張と榛名の服をまだ用意していないことに気付く。

 

「響、あとで榛名達を呼べる? まだ夕張と榛名の服を買ってないのを思い出した」

「ん、呼べるよ。でも服なら大丈夫。前に司令官が買ってくれた奴を参考に妖精さんが作ってくれるようになったから」

「ほえ〜・・・・・・。なんでも出来るな」

「でもせっかくだから起きたら電話してくるようにメールしとく」

「うむ、まあいいだろう。行くよ」

 

 車に乗って街中へ走り出し、近所のショッピングモールへ向かう。駐車場で車から降りると、助手席の響が歓声を上げた。

 

「わあ、この建物すごく大きいよ司令官。鎮守府よりデカい」

「軍が国家の中で一番大きな組織だった時代は終わったんだよ」

「そっかあ」

 

 どこか満足そうな響の表情に、木津はえも言われぬ感傷を抱いた。振り切るように車のドアを閉める。入口に向かう木津の後ろを響がついて歩く。食品売り場に到着するとまたもや響が顔を輝かせた。

 

「すごい・・・・・・。食べ物だらけ。まるで間宮みたい」

 

 マミヤとはなんだろうか。木津は分からなかったが「食べるんじゃないよ?」と釘だけ刺しておく。

 

「別に全て買ってしまっても構わんのだろう?」

「そんな金はない」

「冗談だよ。銀バエは重罪だしね」

 

 まあ少なからず意味は通っているので木津はとりあえず頷いておいた。目当ての恵方巻きを五人分カゴに入れ、他に適当な飲み物や食材を選ぶ。

 

「なにこれ、重油?」

「それはコーラだ。この間飲んだでしょ」

「あ、ラムネ!」

「まあ、確かにソーダね」

「うわ、黄緑色! これほんとに飲めるの?」

 

 会心のギャグを完全にスルーされ、木津は飲料コーナーではしゃぐ響を大股で置き去った。

 

「待って〜」

「ふんだ」

「なんで拗ねてるのさ・・・・・・うわっ」

 

 とことこ駆け寄ってくる響に、突然横合いから飛び出してきた子供が衝突する。小さな男の子だった。響が慌てて転んだ男の子を助け起こす。木津も引き返して少年の横に膝を付いた。怪我はなさそうだ。

 

「ごめんね、大丈夫?」

 

 響が聞くと少年は謝りながら立ち上がり、頷いた。かと思うと響を見上げて動かなくなる。響は首を傾げた。

 

「なんだい?」

「お姉ちゃんの髪の毛、かっこいいね。銀色」

 

 響が初めて気がついたとでも言うような顔で自分の毛先を見て、軽くはにかむ。

 

「ありがとう。自分でも気に入ってるんだ」

 

 響の口調は噛み締めるようだった。少年は無邪気に尋ねる。

 

「いいなあ。触ってもいい?」

「えっ、まあ。いいよ」

 

 少年は響の頭をおそるおそる触る。急に恥ずかしくなったのか、少年は「ありがと!」とだけいって走り去ってしまった。響がその背中を見送ってから、木津の方を向く。

 

「なんだったんだろうね」

「きっと、ヒーローに見えたのさ」

「わたしが?」

「ああ」

 

 木津も立ちあがり、ふたりは再び歩き出した。響がぽつりと呟く。

 

「わたしは、守れたんだろうか」

 

 木津は少し考えた。

 

「十分じゃないか? 少なくとも私は幸せだよ」

「・・・・・・そっかあ」

 

 その優しげな表情に、木津はなぜか後ろめたくなって目を逸らす。買い物を終えて、車に乗り込む。駐車場を出てからも響はしばらくショッピングモールを振り返っていた。

 

「司令官、わたしは最初不安だったんだ」

「不安?」

「うん。あの哀しい時間はまだ終わってないんじゃないかって。もしそんな現実に出会ってしまったらって思うと、正直この姿で人と触れ合うのは怖かった。艦のままであったなら、人の心まで感じずに済むから」

 

 木津は黙って聞いていた。響が続ける。

 

「でも、この姿でよかったなってまた思えたよ。そういう思い出がどんどん増えていけばいいなって思う」

「・・・・・・うん。そうだね」

 

 時折どきっとするような表情をするから響はずるい。たぶん彼女なりのバランスの取り方なのだろう。

 

「あ、司令官。みんな起きたって。迎えに行ってもらってもいい?」

「はいよ。今日も賑やかになりそうだ」

 

 束の間の平和を楽しめる内に楽しんでおこう、そう木津は胸の内に呟いた。

 

 

 

 

 

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