逆風少女 作:ichiro_nu
「あー、やっと一日が終わった」
午前の教練でちぎれた俺の腕の神経は学園が誇る医療魔導師によってすぐにつなぎ直された。しかし、腕は動くようになったものの、完全に元通りと言う訳ではなく、しばらくはペンで書いた俺の文字は読めたものではないだろう。もしかしたら今日とった板書のメモは今後参考にすることは無いかもしれないな。
「アイ、放課後の予定は何かある?」
今日の講義は全て終わり、帰り支度をしているところにリンが話しかけて来た。
「ハンターギルドで小遣い稼ぎでもしようかと思ってるけど?」
この国では生活のさまざまな面で相互に助け合うために結成した職業団体として様々なギルドが存在している。
大枠として商業ギルド、職人ギルド、冒険者ギルドがあり、さらに細かくしていくと商業ギルドには各商店が、職人ギルドには鍛冶屋、仕立て屋、大工などの物作り係の職人が所属している。そして冒険者ギルドは……金を払えば違法行為以外のどんな依頼もこなしてくれる何でも屋の集まりと言った所だろうか。
そして、俺が小遣い稼ぎに利用しているハンターギルドは商業ギルドに属しており、森等で狩った動物の肉の買取、各肉屋への卸売りを行う組織だ。ハンターギルドでの小遣い稼ぎとはつまり森で動物を狩って肉や皮などの素材を売ることを意味する。
「え!! まだ右腕の調子も悪いのに危ないんじゃない?」
「まあ、そうなんだけど……今月も財布の中身が厳しくてな」
実利を兼ねた趣味のせいで俺の財布はいつもカツカツだ。
「もし魔物が出たらどうするつもりよ?」
魔物。
この世界に生きる全ての生物が持つ魔力に中てられて身体の構造が変化した動物達。魔力を生み出す臓器、魔臓が大きい野生動物は時たま魔物へと変化する事がある。魔物は通常の動物よりも大きな体格、強い力、場合によっては魔法を使ってきたりと非常に危険な生き物だ。また、奴らにとって逃げるという選択肢は何故か無く、遭遇したら戦うか、戦える人間が居る場所まで逃げる必要がある。
「……それもそうだな」
「でしょ?」
普段の俺ならそこらの魔物に後れを取るという事は無いが、利き腕が満足に動かせない現状は非常に危険だと言わざるを得ない。剣ではなく俺が普段使っている武器を使えば戦えなくもないが、冒す必要のない危険を冒すのは冒険者くらいだ。それに、戦える人間が居る場所まで逃げるにしても、そんな人間が必ず近くに居るという保証もない。
金が無いと言っても今日食う飯に困る程金が無いという訳でもない。無駄遣いが出来ない程度だ。
「と言う訳で、今日はおとなしく街でスイーツでも食べに行きましょう!」
「あのぉ、だから金が無いんだってば……」
話を聞いていたんですかねぇ、この娘は。
「しょうがないからそれくらい出してあげるわよ」
あ、まじで? それならリンの言葉に甘えちゃおうかな?
男としてそれはどうなのかって? 知らんな、そんな事は。
☆
街へと繰り出した俺とリンは彼女が行きたがっていた最近話題のスイーツ屋とやらへと来ていた。
「んー! 流石に話題になるだけあってこのパンケーキは美味しいわね!」
「むぐむぐ……このパフェも中々いけるぞ」
リンはパンケーキ、俺はパフェを注文してその甘味の激流に舌鼓を打っていた。
パンケーキは味だけでなくふっくらとした見た目は食欲をそそり、溶けたバターの香りはさらなる食欲をそそる。パフェも負けじとクリームとフルーツで盛りに盛られたその威容は見ているだけで人によっては胸焼けを起こしそうだ。
「一口ちょーだい!」
そう言うや否や、リンは俺が食べているパフェを手に持ったフォークでえぐり取る。普段なら「勝手に人のモノを盗るな」と言っていた所だが、ここの支払いはリンが持つため俺に拒否権は無い。
「うーん!! パフェも良いわね!」
パフェを口に含んだ時に口の周りについたクリームを舌で舐めとりながら感想を述べる。この歳になってもその所作はどうかと思うが、なんとなく子供の頃にも似たような事があった気がしてほほえましくなる。
「ほら、アイもパンケーキ食べてみなよ」
リンはフォークで一口大に切ったパンケーキをフォークに刺してこちらに向けてくる、が……
「うむ、すでに頂いたぞ。パンケーキは久しぶりに食ったが、やはり美味いな」
リンが俺のパフェに手を付けた段階で彼女のパンケーキをスプーンで切り取って食べていたのである。どうせ彼女の事だから後で交換しようという事になっただろうと思い、さっさと手を付けてしまっていた。
「なっ! ちょっと! 勝手に食べないでよ!」
「え? でも今俺にくれようとしてたし、別に良いんじゃないのか?」
「……別に良いけど」
なんだ、やっぱり良かったんじゃないか。
実はリンが俺に分けてくれるというのは勘違いで全部一人で食べる気だったのかと一瞬思ったが、そういう訳では無かったようだ。
少し不機嫌そうな表情をしたリンだが、皿の上のパンケーキを全て食べ終わるころには何もなかったかのようにケロっとしていた。
残りのお茶をしばきつつリンと世間話をしていると、賑やかで楽しげな街には場違いな声が聞こえてきた。
「……であるからして、マジン様は近く顕現なされるのです!!」
そこにはいかにも怪しげな黒いフードを被った不審者……ではなく、組織の物であろうエンブレムを象ったペンダント首に掛けてる以外は普通の人が演説を行っていた。
「なんだありゃ……?」
「最近噂になってる変な宗教勧誘よ」
訳の分からない事を街のど真ん中でどうどうと宣うその胆力は認めるが、煩くてかなわないからああ言うのは勘弁してもらいたいものだ。
「マジン様ねぇ。どんなものか知らないけど、碌なもんじゃなさそうだなリンは知らない人について行ったら駄目だぞ?」
「ちょっと、私があんなのに引っかかるとでも?」
「はは、冗談さ」
とは言え、あんな意味不明な言説にも一定数の人間は惹かれてしまうのだ。それも、不思議なことにああ言うのはインテリ程嵌まるらしい。
多くの人はあの言説に耳も傾けないだろう。頭が悪ければ話は聞いても深くは考えない。しかし、知恵ある者の中の1%にも満たない人はついこう考えてしまうのだ。
『否定できない』、と。
否定できなければ起こりうる。それがどんなに馬鹿げた事柄であろうと。
俺から言わしてもらえばそんな事は「考え過ぎだ」の一言で終わってしまうのだが、当の本人たちは至極真面目にそうやって考えているものだから困ったものだ。
「どうやら誰かが衛兵を呼んだようだな」
騒ぎを収めるためにやって来た衛兵にビビったのか、さっきまで威勢よく演説をしていた集団はそそくさと逃げて行ったようだ。
「とんだ邪魔があったけど、食べたものは全部美味しかったから満足だわ」
「そうだな。俺も久しぶりの糖分で満足できたわ。ご馳走様」
「今度はアイが奢りなさいよね」
「おう、金が入ったらまたどっか行くか」
リンとはそこで別れ、帰路に就いた俺だったが、途中の路地から見覚えのある”流れ”が目に入った。いや、この台風のような勢いは目を背けようと自ずと目に入るというものだ。俺の見えている景色をあえて言葉にするなら、狭い路地に向かって凄い勢いで風が吹き込んでいる様に見えるているのだから異様と言う他ない。
「はぁ……」
とは言え、一応顔見知りの少女がこんな路地で何をしているのか。気になると言えば気になるし、心配だと言えば心配だ。
経験上あんなとんでも女に関わるという事は厄介ごとに関わるという事に他ならないのだが、この時の俺は何故か引き込まれるようにしてその路地へと足を踏み入れた。