逆風少女   作:ichiro_nu

4 / 5
2-1 眼帯の右眼

 まだ陽は暮れてはいないが、建物と建物の隙間のようなその路地に光はほとんど差し込まないためかやたら暗く感じた。

 

「こんなところで何をしてるんだか……」

 

 この路地は一本道では無かったようで、いくつか分かれ道があったが見えている”流れ”に沿って歩みを進める。思っていたよりも奥まった所に足を踏み入れてしまい今からでも帰りたいと思いつつ、何度目かの分かれ道で曲がった所でとうとう目的の人物を見つけることが出来た。

 

 しかし、そこに居たのは倒れて気を失ったリリルラス・フォン・スピッツだった。

 

「なっ……え!? おい! 大丈夫か!」

 

 彼女の持ち物であろうカバンがすぐそばに落ちており、特に荒らされているという事も無く、彼女自身にも怪我は無いようで少し安心できた。しかし、そうなると彼女がここで倒れている原因が分からなくなってくる。単純に病気、と言う事で良いのだろうか。

 

「おい! リリルラス! 聞こえるか! 意識はあるか!」

 

 駄目だ。何度声を掛けても反応を返さない。彼女をここに置いておくわけにはいかないし、病院へ連れて行かねばならない。

 

「意識が無い人間を運ぶのってこんなに大変なのか……」

 

 彼女を負ぶるために一度そこらに会った木箱に座らせてから背負う形にしたのだが、これが思った以上の重さを感じる。女性に対して重いなんて言うものではないのだろうが、これはそうも言ってられないな……。

 

 リリルラスを背負った俺は彼女のカバンも回収しながら行きつけの診療所へと急いだ。

 

 

 ☆

 

 

 リリルラスを診療所へと送り届けた俺は先生から彼女の容体居ついての説明を受けていた。

 

「意識混濁に可視粘膜の蒼白、発熱。心肺音は正常だしそれ以外にも目立った異常所見は無いから感染症の類の可能性も低い。典型的な魔力酔いの症状だ」

「魔力酔い……」

「詳しく調べた訳ではないから断言は出来ないけど、彼女の魔臓は少し人より大きいのかもしれないね」

 

 魔臓は心臓に付着するようにして存在する臓器だ。人間の魔臓は魔物へと変化する野生動物に比べて退化しており、それほど多くの魔力を生産する事は無いのだが、先天的に魔臓が大きかったり後天的に魔臓が肥大化する事によって一般人よりも大きな魔力を生み出すことが可能になる。しかし、後天的に魔臓が肥大化するような人達は大抵普段から魔力を使う場面が多い職業であることが多く、魔臓が肥大化するまでに魔力に耐性が付くことが多いので魔力酔いをすることは少ない。

 一方で先天的に魔臓が大きい人の魔力に対する体制は人並みなので、自分が生み出す魔力に中ってしまう事があるのだ。

 

「そうでないとしたら外からとてつもない量の魔力を正面からぶつけられた……と言う可能性もあるけど、街中で倒れていたならそれも中々考えにくいね」

 

 魔力酔いをしていたという事は純粋な魔力が中てられたという事だ。これが例えば魔物が魔法を使ったとしても、魔力は魔物の体内から外へ放出される過程で何らかの現象へと変換される。それが火なのか水なのか雷なのかは魔物に寄るが、魔力が魔力のまま放出されるという事は余程特殊な状況でもなければ起こらない。

 魔力自体の研究をしている研究者だったりするなら話は別だが。

 

「彼女は大丈夫なんですか?」

「ああ、心配は要らないよ。中和剤を投与したから魔力の酔いもすぐに醒めるだろう」

「そうですか。ありがとうございました」

 

 何はともあれ、リリルラスに問題はなさそうで安心した。まさかちょっとした気まぐれからこんなことになるとは思いもしなかったな……。

 

「ところでアイナス君。この娘は君のコレかい?」

 

 俺の緊張が解けたことを察したのか、先生は小指を立てながらとんでもない事を口にし始めた。

 

「えっ、いやいや、そんなんじゃないですから。彼女はただの知り合いですよ」

「ははは! そうだよな! 君にはリンシーちゃんが居るものな!」

「いや、別にリンともそういう関係では……」

「おや? そういう関係とは一体何の話かな? 私は別に何も言っていないが???」

 

 ……めんどくせぇ……。

 

「ま、何でも良いけどね! 私は診療に戻るから、君は彼女の様子でも見ていたまえ。目を覚ました時に知り合いが居た方が状況もよくわかるだろう」

 

 そういって先生からただの面倒くさいおじさんになった人は入院患者用の部屋から出て行った。

 俺は部屋の入り口からリリルラスへと視線を戻す。相変わらずとんでもない風の流れが彼女へと吹き付けていく。正直このまま死んでしまうんじゃないかとすら思うのだが、先生はああ言っていたのだから大丈夫なのだろう。

 

「ん?」

 

 今まで彼女の事をまじまじと眺めたことが無かったから気が付かなかったが、その荒れ狂っている”流れ”をよく見てみると魔力の流れも混じっている様だった。

 その魔力は辺り一面、そこら中から彼女の方へ、そして彼女のある一点へと流れ込んでいる。

 

「右眼?」

 

 魔力の流入先は眼帯によって隠された彼女の右眼だった。

 こんな現象は見た事が無い。環境中から魔力を吸い込む? 俺が知らない間にそういう魔道具でも出来たのだろうか? 

 彼女の眼帯の下がどうなっているのか非常に気になるが、まさか寝ている女性の眼帯を外して瞼を開かせるなんて言う暴挙をするわけにはいかない。いやでも気になるな……

 そんな事を考えながらリリルラスの顔をまじまじと見続けていたのがいけなかったのか、突然彼女の眼帯に覆われていない方の左眼が開いた。

 

「えっ……うごぁ! ……あいててて!」

 

 跳ね上がるようにして起き上がった彼女はその勢いのまま俺を押し倒した後に拘束する。

 

「まさか完全に意識を失うなんて……油断した。で、お前は?」

「俺俺!」

「詐欺か?」

「いや違う! アイナス・ランだよ! 同じ学園の!」

「……まさか学園にまで手を伸ばしてくるとは……」

「はぁ!? 何の話!?」

 

 いまいち話がかみ合わない俺とリリルラス。だが、俺達が暴れた時の物音に気が付いたのか先生が駆けつけて来てくれた。

 

「アイナス君? 大きな音がしたけど……」

 

 部屋の入り口で立ち止まった先生は今の俺達の状況を見定める事約1秒。

 

「はぁ……アイナス君。そう言う事は家でするか、せめて気づかれないようにして欲しいものだね」

「ちょ、おい! 今は冗談じゃ済まされないんですけど!!」

 

 床で仰向けになっている俺。(張り倒されただけ)

 俺の上に馬乗りになるリリルラス。(さらに俺の両腕を左手一本でまとめて拘束するおまけつき)

 

 見方によってはいかがわしい事をしている様にも見えなくないないだろうが、先生の脳内ピンク色のフィルターはさっさとどうにかして欲しいな! 

 

 

 ☆

 

 

「すまない。どうやら誤解していたみたいだ……。それに倒れていた私を病院まで運んできてくれたとか」

「あー、まあ分かってくれたならもういいよ」

 

 結局あの後先生から事情を聞かされたリリルラスは自分が誤解していたことに気が付き俺の拘束はすぐに解放された。

 

「本当に申し訳ない……」

「いいって」

 

 どうもかなり気にしているようで誤解が解けてからずっとこの調子である。普段は厳しい目つきをしている左眼もしょんぼりと目じりが落ちている。

 

「それで、君の症状は魔力酔いらしいんだけど、何か覚えは?」

「魔力酔いか……あるにはる」

 

 俺の問いに少し考えるような仕草をするリリルラスだが、その思考の時間はとても短いものだった。どうやら魔力酔いの原因に彼女は心当たりがあるらしい。

 

「それはその右眼に何か関係が?」

「ッ! ……何故そう思うの?」

 

 俺が彼女の右眼について言及した瞬間、この部屋の温度が少し下がったような気がした。氷雪系の魔法が発動したわけでもないのにも関わらず、こんなにも寒く感じるとはとんでもない威圧感だ。

 

「……俺の眼には魔力の流れが見えるんだよ。そんで、辺り一面の魔力が君の右眼に集まっていたから何かあると思ってね」

「魔力の流れが見える? もしかして異能?」

 

 異能。

 人によってはスキルや特殊能力なんて呼ぶこともある。

 現代の技術や知識で解き明かせない不思議な能力を総じて異能と呼ばれる。俺の”流れ”を見る力だって何がどうなってどうして見ることが出来るのか原理は一切分かっていないから異能に分類される。異能を持つ人間は決して多くはないが、かといってあり得ないと言うほど数が少ないわけではない。異能は発現した人によってその効果は異なり、中には何の役に立つのだと言いたくなるようなものもある。

 

「そう言う事だ」

「そう……」

 

 それだけ言うと、リリルラスは再び考え込んでしまった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。