逆風少女 作:ichiro_nu
「私の身体の魔力の流れを見てくれないか?」
しばらく何かを考えむ様な仕草をしていたリリルラスだが、突然変な事を言いだした。
「え? 何故?」
「詳しく事情を話すことは勘弁してほしいが、私は体質のせいで魔力が身体の中で滞ってしまうんだ。それで、アナタの力を借りられれば何か対処が出来るかと思って」
「ふーん」
どうやら詳しく事情を説明するつもりはないらしい。この調子だと眼帯の下がどうなっているのか、と言う事を聞くことは無理だろう。
でもまあ、体質によって魔力が滞るという事なら、確かに溜った魔力によって魔力酔いを起こす可能性も否定できない……のか?
「まあ、良いけど。あまり期待はするなよ?」
「感謝する」
そうして俺はリリルラスの体内の魔力を見ることにした。魔力を見るだけなら別にタダだし、何かが減るという訳でもないからな。
彼女の荒ぶる”風”を見ないように敢えてずらしていたピントを魔力の”流れ”だけが見えるように調節して再びリリルラスの事を見る。
「ッ!?」
なんだ……こりゃ?
通常、人間の魔力は魔臓で生成され、心臓を介して血管をなぞるようにして全身へと巡っていく。しかし、リリルラスの体内の魔力は……
「滞るなんてレベルじゃないぞ?」
「……」
まず魔力が全身に巡っていない。頭部、特に右眼を中心とした部分が一番濃く、下半身に至ってはほとんど魔力が無い。そして、魔力がある上半身部分も血管に沿った分布をしておらず、筋肉にまで浸透しているかのように見える。
一通りの観察を終え、リリルラスに結果を報告する。
「簡単に言うと、リリルラスの右眼を中心として魔力が溜っている。一方で下半身に魔力は流れてない。しかも魔力がある上半身も、魔力が異常な流れ……いや、流れずにその場に留まっているな」
「そうか……」
これほど異常な魔力の貯留があると、人の魔物化……魔人へと変化してしまう可能性もあるのではないか?
人間の魔臓は小さい。それはもうシカやウシなどの大型の動物より小さい(小型の動物と比較しても身体のサイズ比を考慮すれば人間の方が小さい)。そのため、人間が魔物化……魔人へと変化する事は無いと言われている。
では、環境中に存在する魔力によって魔物化が起こることは無いのかと言うと、皮膚という天然のバリアーによって防がれている。皮膚によって環境中の魔力が体内に吸収されない事によって肉体構造の変化が起こらないのだ。
しかし、リリルラスの場合は魔力が上半身限定とはいえ、生き物が進化の過程で手に入れた魔力への耐性がある部位(本来魔力が流れている部位)から外れて魔力が分布していることにより、肉体構造の変化が起こる可能性がある……気がする。しかも、皮膚というこの天然のバリアーは外から内への魔力の流入を防ぐという事は内から外へ魔力が流出するのを防いでいるとも言える。このこともリリルラスの状態を悪化させている一因だろう。
「なあ、これってマズイんじゃないか?」
「ああ。あとどれくらいの時間が残っているのかは分からないが、時がたてば私は魔物へと果てるだろう」
どうやらリリルラスもその可能性へと至っていたらしい。
「以前からなんとなく身体の調子は悪かったが、今回の様に魔力の影響で倒れるのは初めてだ。もしかしたら、あまり時間は残されていないのかもしれない」
「……その溜ってる魔力を魔法なりなんなりで適当に外に放出すれば良いんじゃないのか?」
魔力が不必要に溜っていて自然に流出しないのであれば、能動的に魔力を消費してしまえば良い。
「……私は昔から魔力が生成出来なくてな、魔法を使うという感覚が分からないのだ」
魔力が生成できない人間と言うのは居ない訳では無い。原因は大きく分けて二つ。
一つは先天的に魔臓が無い、ないしほとんど無いくらいに小さいため。一種の奇形によって魔力量が多い人間が生まれるように、その逆もまた起こるという訳だ。どこかの国の貴族は強い魔法が使えることがステータスの様にみられるために血を濃くしており、実際その国の王族ともなると非常に強力な魔法が使えるらしい。まあ、そのせいでまた別の問題も起こっているようだが、それはまた別の話。
そして、もう一つは後天的に魔臓を損傷して魔力を生成出来なくなったためだ。魔臓は心臓に付着するように存在している。そんな位置の臓器を損傷するという事は……かなり危ない目に合っているという事意味する。
「その上で魔法を使おうとした鍛錬したこともあったが、自分の物ではない魔力が身体の不自然な位置にあるせいで上手く現象の発現へと移行できなかった」
「なるほど……」
魔力の流れが見えない人でも、感覚的に魔力が身体を巡っているという事は分かるものだ。体外に出た魔力は余程の化け物魔力でもない限り普通の人は認識できない。そして、人は魔法によっておこった現象の規模の大きさによってその魔力の大きさを類推するのである。
今まで俺は体内の魔力は自分の物だから認識出来ていると思っていたが、もしかしたら血管もしくは血管周囲にある何かが魔力に対する感覚器官の役割を果たしているのかもしれないな。
であるならば……。
「一つ、試してみたいことがある」
「なんだ?」
リリルラスの体内に溜っている魔力を彼女が使えない理由はその魔力を認識できていないからだ、なら、その魔力を認識できるようにすればいい。では、どうやって彼女に認識させるのか?
滞っている魔力を本来の”流れ”と同じ様に流せばいいのではないだろうか?
「リリルラスの溜った魔力を正しい流れに流してみる」
「そんな事が出来るのか?」
普通の人間なら無理だろう。何故ならば人は自分の体内に流れる魔力しか認識できないのだから。認識できなければ魔力へ干渉する事は難しいし、それを操作するなんてことは出来ない。
しかし、俺は魔力をそのまま”流れ”として認識する事が出来る。認識できれば他人の魔力に干渉する事だって出来るはずだ。
「……そうだな。試すだけ試して悪いことは無いか。頼めるか?」
「分かった」
そうと決まれば即行動だ。
魔力の流れを認識出来るとは言え、その魔力に干渉するためには出来るだけ近い方が良い。
「少し身体に触れるがいいか?」
「どこをだ?」
「一番魔力に干渉できそうなのは魔力貯まりの中心の右眼かな」
「うーん……」
何やら右眼に触れられるのは相当嫌らしい。
「それ以外だと……皮膚の無い……頭部の粘膜……口の中……とか?」
自分で提案しておいてなんだが、かなり変態じみた絵面になるから俺もあまりやりたくはない……。もう一つの候補だった鼻粘膜は提案する事はやめておいた。完全に鼻フックの構えになってしまう。もうそれは彼女が女として死んでしまう。俺も人間として死んでしまう。
「…………………………右眼で頼む」
「そうしよう」
リリルラスはかなり悩んだ末、右眼からのアプローチと言う事になった。と言うか、俺が口内を触る事と真剣に悩むくらい右眼に触られたくないのか。
「ああ、眼帯は外してくれよ。それ、革製だよな?」
動物の革製品も人間の皮膚同様魔力を通過させにくくするため、念のため外してもらう。
正確に言えば彼女の眼瞼の上からアプローチする事になるが、これだけ近ければ皮膚1枚くらい何とかなるだろう。
「……ここまで来たら致し方ない」
そう言ってリリルラスは眼帯を外す。右眼は既に瞼を閉じられていたためどうなっているか確認する事は叶わなかったが、今まで隠されていた部分には右眼を縦に切るような切り傷が残っていた。
(あの傷を隠すための眼帯だったのか?)
俺はそんな事を考えたが、今は関係の無い事だと思考を切り替えた。
「準備はいいか?」
「ああ」
向き合うようにして座った俺とリリルラス。
リリルラスは両の眼を閉じて静かに待って居るが、両の手を擦り合わせたりと節々から緊張している事が伺える。
俺は右手を持ち上げ、彼女の右眼に瞼越しにゆっくりと触れる。触れた瞬間に彼女の方はピクリと跳ね上がった。
(……ん?)
俺は触れた指先から妙な違和感を覚える。
「始めるぞ」
だが、今はやるべきことに集中する。