最終話です。
目を覚ます。
見知らぬ、白い天井が見えた。漂っている匂いは、消毒薬の匂い。
病院か、と当たりを付けて、首を動かした。白いカーテンの隙間を通って窓の外から部屋の中に入り込む陽射しは強く、季節はまだ夏であると感じさせるに十分な物。そう考えて、桜川涼は自分が何故ここにいるかを考えた。
目を閉じて、少しだけ意識を集中する。
「……あぁ、帰ってきたのか。現実に」
SAOをクリアして、初めて目を覚ました時と似ている感覚。もう感じる事も無いだろうと思っていたものと似た感覚を味わう事になるとは思っていなかったため、彼の顔には自然に苦笑が浮かぶ。
何年振りだろう、と考えた。アンダーワールドに居た期間は、約二十年だ。ただ、現実世界と時間が同期しているわけでは無く、通常は時間加速が行われている。人間がダイブしている時は約千倍から千二百倍だと、ログアウト前に彼は
『兄貴は一週間以上ダイブしてたからまぁ、ログアウトしてすぐに目覚めるって訳には行かないと思うけど……』
そう言った彼女は、いつ目覚めるかについては言及しなかった。現実の肉体の事については知らない事が多すぎるから、いくら演算能力が高かろうがが結論など出るはずも無い。涼としても『それはそうだな』という感想しか思い浮かばなかったが、詩乃や藍子、木綿季が泣きそうな顔をしていた事に済まないと思った。
思考から抜け出し、次は身体の感覚を確認する。流石にSAOより長くダイブしていたわけでもない為か、平時より鈍いがゆっくりと動かす分には問題ないと判断できた。右手を顔の前に持って来て数回握り込むが、筋力は多少落ちていると認識。左腕には輸液用のマイクロインジェクターがあり、それはカテーテルを通して点滴パックに繋がっている。
右腕を使ってゆっくりと体を起こせば、ぎしぎしと身体が悲鳴を上げた。動かしていなかった分、関節やらが凝り固まっている。これを解すのは地獄だな、と今から想像して彼は笑った。『前はどうしたんだっけな……』と考えて、病室に居た詩乃がナースコールを押してくれたんだと思い出す。
病室はそこまで広くない個室で、部屋にある物も最小限。白いカーテンの窓はさっきも見て、その反対側には引き戸のドアがある。丁度そのタイミングで、ドアが開いた。
「体を拭かな……」
「あー……」
相変わらず完璧なタイミングだな、と涼は苦笑する。入ってきたのはやはり詩乃であり、起きた彼と目がバッチリ合った。手には洗面器があり、タオルも見える事から体を拭くつもりだった事が伺える。
「……おはよう、で良いのか?」
「ッ……いま、三時よ……ッ」
じゃあこんにちはか? と考える間に、詩乃は洗面器を脇机に置いたかと思えば、飛びつくように抱きついた。来ると思っていたのもあって、涼は別に動揺する事も無くそれを抱き止める。点滴に繋がれている左腕が動かしづらい事を除けば、問題なく彼女を抱き止められた。
「良かった……本当に良かった……!」
「うん、ごめん。何か心配かけ通しで」
胸に顔を埋めて涙を流す彼女に対して、涼は謝罪の言葉を口にする。右手でその頭を撫でながら、病衣越しに彼女の涙を受け止めた。それから彼女が泣き止むまで、涼は言葉を口にせずに優しくその頭を撫で続ける。本当に心配をかけたなと、愛する人の心を感じながら。
「……あれから一週間も起きなかったのよ」
たっぷり十分以上かけてようやく泣き止んだ詩乃から、涼は自分がどれくらい眠っていたかを聞いた。
救援に来たクライン達に盛大に弄られ、目覚めた祝いの腹パン千本ノックを終えた後、ノックの途中で果ての祭壇から帰って来ていたストレアにどうするかを聞かれた。心配をかけ通しだった為にログアウトを選び、まずは救援に来てくれた皆をログアウトさせて、六本木のラースからダイブしていた藍子達がログアウトし、最後に詩乃と共に涼はログアウトした。
その前に和人と明日奈は先にオーシャン・タートルで目を覚まし、自分達で排出されたアリスとユージオのライトキューブを回収。それを確認したのだろう襲撃者達は、
「は? 襲われてたの? 居た所」
「あぁ……涼は知らなかったわね。あの糞眼鏡、自衛官だったのよ」
「糞眼鏡って……例の胡散臭い官僚の菊岡さん?」
「あれはもう糞眼鏡で良いわよ。胡散臭い官僚に失礼だわ」
激おこ、などとは揶揄えないレベルで嫌悪感を滲ませた詩乃に『アッハイ』と返すしかない。
それはさておき、そこから十数分ほど後に六本木から藍子達がログアウトしたと報告が入り、続けて詩乃が目を覚ましたが涼は起きないままだった。しかしバイタル及びフラクトライトの活性は通常レベルであったために眠っているだけと判断されたが、詩乃が彼女にとって敵である彼らの判断を信用するはずもなく、六本木に居る義母に病院への搬送を要請。加藤が手配したヘリですぐに搬送された。
詩乃達三人も同じヘリで東京に戻り、今涼がいる病院で一日検査入院をした後で退院。その前にアリスとユージオのライトキューブは、何故か呼び出された叔父の崖の手に渡った。『こいつらの身体を用意してやらにゃならん』と言いながら、足取りは重かったらしい。
「で、今はお義父様もお義母様も、加藤さんやら糞眼鏡共やら、神代博士も巻き込んで色々動いてるみたい」
「不安しかねぇ」
涼の《超感覚》が『早くしろーッ! 間に合わなくなっても知らんぞーッ!』と叫んでいる気がするが、おそらくそれは正しいだろう。何せアンダーワールドで涼がキレイキレイした時と似たような状況である。
要は主犯どもを使って自分達で関係者を始末させて、最終的に言い逃れさせないタイミングでその悪事を公表して罰したのだが、今はその為の根回しの段階だろう。両親が菊岡達を処すわけではないだろうが、いっそ死んでたほうがマシという話にもなるかもしれない。
それについては涼自身、自分や詩乃、家族や仲間に累が及ばない限りは無視……というよりも、
他の人については申し訳ないが涼に判断材料はなく、両親の判断に委ねるしかない。しかし、自分が知らないわけにはいかないとも感じている。
「詩乃」
「どう動く気なのか、聞きたいんでしょ?」
「まぁそうだけど、それは明日にするよ」
頭を撫でていた右腕を詩乃の身体に回して、抱きよせる。ストレアの居るアンダーワールドの事など、気掛かりな事はいくらでもある。それでも今だけはこうしていたかった。自分にとっては二十年ぶりに戻ってきた現実世界で、愛する人の温もりを感じていたかった。
◇
兄貴達を帰還させた後、アタシがまずやった事と言えば人界軍囮部隊を伴って東の大門まで戻る事だった。ちなみにベクタ撃破後にシャスターの剣を持たせて飛ばした飛竜は、アタシがサトライザーとやり合っている間にちゃんと部隊の所に着いていた。で、それに気付いたリピアがシャスターの剣を持っているのを見つけて泣き崩れ、アタシの上着に気付いたイーディスが手紙を見つけて青筋を浮かべたらしい。兄貴達を帰した直後に凄い勢いで怒られた。
一日強行軍で来た道のりを、二日かけてゆっくりと戻っていく。戻る前に休むかどうかを聞けば、『貴女のおかげで皆全快なの』とイーディスに言われた。何かしたっけ? と聞けば、どうにもアタシの詠唱直後に大幅なリソース回復現象が起きたようだ。完全にそんな事は予想していなかったので『マジかよ』と声に出たアタシは悪くない。《慈愛の心意》ってなんだそれアタシ知らない。
その途中、同道していた暗黒界軍の暫定指揮官だったイスカーンから『戦後処理の為に帝城へと戻る』と話があった。その後、人界との和議について話をしたいとも。彼個人としてはアタシに従うのは良いが、それで暗黒界全体が軽く見られるのを懸念したのだろう。人界と暗黒界をあくまで対等としたいのは理解できるし、アタシとしてもそうでないと困るので了承。緑豊かな森となった低木地帯で彼らに大使を買って出たシェータを付けて別れた後、東の大門跡地にたどり着いた。
待っていたファナティオ達は既に戦いが終わった事を知っていて、何でも決着をつけたのがアタシという事になっていた。兄貴帰すんじゃなかったと早速後悔し、事情を説明しようとすればファナティオが『わかってる』みたいな顔をする。あ、これアタシが決着をつけた事にして後の事を有利に進めようとする顔だ。
戦争終結の英雄としての名声と最高司祭としての権威があれば、後の事はかなりやりやすくはなるだろう。ただ、アタシはある程度やって安定化させたら外に帰るつもりだし、それに頼るのは中々に危険だ。まぁ神として君臨していたアドミニストレータの後釜に納まるなら、それくらいの箔は必要なのかもしれないけど……
セントリアへの帰途では途中の町や村の住民たちから盛大に出迎えられ、皆が戦争終結を知っていた。そして口々にアタシを讃えてくるために『どういう事?』と頭を捻る羽目になる。
ハッキリ言おう。知らせたつもりが無いのに知られているのは、普通に怖い。これが『それもあり得る』と思える相手ならまだいいけど、普通のアンダーワールド人にまで……というか子供にまで知られてるのは恐怖しかない。原因が兄貴だったら帰った時絶対殴ろうと、この時アタシは固く決めた。
セントリアに到着した後、歓迎もそこそこにアタシが真っ先に向かったのはカーディナルの所だ。別に報告というわけでなく、今しかチャンスがない事をする為に彼女と会う事にした。
『良く帰ってきた。どうした?』
『カーディナル、フラクトライトの操作権をアタシに預けて』
アタシの要求に、カーディナルの表情が訝しげなものに変わった。まぁ当然の事だ。アタシの要求は言ってはあれだけど、
『……何故、と問うがいいか?』
『今のアタシなら、カーディナルとこの世界のシステムとを切り離せる。生きて全てを見届けろ、カーディナル。アンタの人生を取り戻せとは言わないけれど、働いた分は世界を見て回れ。この、新しい世界を』
それがアタシに言える精一杯だった。詳細な説明をしてもいいけれど、そんな時間はない。アタシの眼には、システムに引っ張られて停止しそうなカーディナルのフラクトライトが見えている。
アタシの言葉の意味を理解したのか、カーディナルはふっ、と口元に笑みを浮かべた。
『出来るのか?』
『出来ない事は言わないよ』
『……そうか』
《システム・コール》とカーディナルが呟いて、《
カーディナルの人格が消え去る前にシステムとの接続を切らなければ、彼女は
兄貴譲りの能力と、様々なフラクトライトを見た経験と、
要はシステムと癒着している部分を切り離し、フラクトライトを構成する光量子を調律するだけ。言ってしまえば簡単であるが、何処がそうなっているかを特定するのは、数多のフラクトライトを見た経験が無ければ特定できない。システムから切り離すのはシステムの事を……電脳の事を本能的に知り尽くしている
現実世界とアンダーワールド。二つの世界を合わせても、カーディナルを生き永らえさせることは今のアタシにしかできなかった。
『いいよ。もう大丈夫』
『……温かいな。お前の心意は』
『少なくとも必死ではあったよ。温かいかどうかは知らないけど』
紫色の文様が消えて、カーディナルは笑った。
『それで、わしに何をさせる気じゃ?』
『バレテーラ。まぁアタシが最高司祭やってる間、相談役で居てよ。そこから先は好きにしていいから』
『ふふっ、まぁ良かろう。お前の導く世界を、特等席で見せてもらうとするか』
そうして笑いあった後、アタシを待っていたのは公理教会の立て直しやら犠牲になった衛士や修道士たちの家族への補償やら。後は皇帝四家や大貴族達の権限拡大を狙った動きを潰したり、色々とした。
そんなこんなで一カ月が過ぎて、正式に暗黒界の代表になったイスカーンとの和睦交渉。別に理不尽な条件を交わすわけでもなく、何か変なイベントが挟まるわけでもなく恒久的な和平条約を結ぶ為の大まかな枠組みは決まった。ただ、休憩時間にしれっとイスカーンと寄り添っていたシェータが気になった。つーかあの空気は兄貴と詩乃がいっつも出してた空気じゃん。
え、もしかして大使買って出た理由ってそれ? いやまぁ、これからの事を考えても反対する理由はないんだけど……え、何時の間に?
で、その後も交渉というか擦り合わせを経て、人界と暗黒界の和平条約は締結。一年かかったけど、それを祝って暗黒界代表のイスカーンと人界整合騎士シェータの結婚を大々的に発表。締結式典と一緒に結婚式を挙げた。
で、それに水を差すように……というわけじゃないけど、皇帝四家が貴族達を伴って公理教会へと反旗を翻す。後の世では《四帝国の大乱》という戦争が起きた。その前から行っていた貴族制度の改革によって、連中の危機感が頂点に達したのだろう。色々と理由は付けていたが、結局のところは様々な特権を失うのが怖かっただけだと丸分かりだ。
敵は皇帝四家と貴族裁決権を持つ一等から四等までの貴族。対してこっちは戦争時に組織した人界守備軍と整合騎士団及び神聖術士隊。数としては互角だけど、全体の練度はハッキリ言えばこっちに負ける要素はない。
ついでに言うと、貴族制度の改革についてはアタシ達側の貴族は特に気にしていなかった。下級……裁決権を持たない五等、六等貴族は特に影響はないし、それ以上の貴族も『持って腐るなら一度全て無くすしかない』という感じで。
貴族という制度を無くしはしないものの、兄貴とやった北帝国貴族キレイキレイのような大鉈を振るわなければ、この世界は壊死していく。大を生かすために小を切り捨てるというわけじゃないけど、邪魔をするなら戦うまでだった。
詳細は省く。思い出しても気持ちいいものじゃないから。
《四帝国の大乱》は予想通り、アタシ達の勝ち。皇帝四家は参加した一族は全員死亡して、生き残った者は貴族籍を剥奪して平民にして、人手の足りない仕事に従事させる。大貴族達もほぼほぼ根こそぎ吹っ飛んで、言っちゃあれだけど貴族の全体数のシェイプアップに貢献した。残った貴族は等級制を廃止して横並びにして、実績を積み重ねる所からよーいドン。
ただ、大乱で功績を上げた相手は無視できないから、それにはちゃんと報いた。
あぁ、そう言えば整合騎士団がどうなってるかだけど、騎士長だったベルクーリは戦死。ファナティオは妊娠中でしばらく子育てもあって騎士長職は不可。実力的に三番手という話だったアリスは居ないし、ベルクーリの義息になったユージオもアリスと一緒に現実世界。
なら誰が次の騎士長やるねん、とアタシが暫定で指名したのはイーディスである。理由としてはその実力と指揮能力のバランスだ。後は土壇場の馬鹿力と、仮にも最高司祭になったアタシ相手でも堂々と怒鳴って見せた胆力を買った。
指名した時は意趣返しを疑われたが、それはないと笑って返した。ぶっちゃけそれで決める程、整合騎士長の職は軽くない。アタシの目から見て総合的に最も秀でていたのがイーディスだから指名した。
暫定としたのは、整合騎士団も人界守備軍に組み込む予定をしていたからだ。人界守備軍という枠組みの最高峰に整合騎士団を持ってくる、と言った方がいいか。要は整合騎士長は人界守備軍の最高指揮官となるのだが、そこまでの能力はイーディスにはない。
ベルクーリのカリスマならば大きな問題はなかったけれど、イーディスにそこまでの事を求めるのは酷であるし、ベルクーリのは天性のものだ。故にまとめるまでの暫定騎士長とするという話に最後には納得してもらった。
そこで大乱があって、戦果を挙げて見せたのは意外というか、エルドリエだ。西帝国皇帝を討ち取り、その前には西帝国帝城に詰めていたほとんどの戦力を無力化。まさに獅子奮迅の大活躍という結果で、その実力を大きく示した為に整合騎士長へと任じた。
んでその後で何とメディナと結婚してた。何がどうしてそうなったのか、アタシには全くわからなかった。知らない所でカップル成立しすぎじゃない?
後の殊勲は、北帝国皇帝を討ち取ったロニエとティーゼ。南はレンリとネルギウスにエントキア。東はデュソルバートとイーディスがそれぞれ戦果を挙げ、それぞれが人界軍内での地位か報奨金で報いて、ロニエとティーゼには整合騎士見習いへの昇格とした。
『その、整合騎士見習いになってから、縁談が舞い込むようになって……』
『あたしも……』
大乱からしばらくして、護衛についてもらったロニエとティーゼからその話を聞いたアタシの心境を述べよ。正解したら蜂蜜パイだ。
いやまぁ、二人がまだ相談してくるくらいアタシに対して親近感を持ってくれてる事は嬉しいけど、その相談に答えられると思うなよ? アタシが示せる内容はさっさと相手見つけて結婚してしまえだから。
ただ、二人にとってそれが難しいのはわかる。つか、ロニエはキリトに、ティーゼはユージオに未だに恋慕の情を持っているのは知っているから。アタシに相談したのも、断る言い訳を考えてほしいという意図があってのものだろう。
ただ、話を聞いている内に縁談を勧めてきた輩は色々と勘違いをしているのだろうと言う事を知って、その辺は課題かなぁと考える。
要は現実が知れればいい。とするならカセドラルを解放してある程度見られるようにすれば済むけど、無制限に解放して色々探られる隙にするのも面倒の種だ。ある程度制限しつつも、カセドラルを解放する名分にするなら……
『ロニエー、ティーゼー』
『どうしました? ストレア様』
『何かありました?』
『学校を創ったら、どれだけ人が集まると思う?』
という発言をしたのだが、遠くない未来にアタシはそれを後悔した。創る事自体にではない。それによって増える仕事量によって、だ。何で自分で自分の仕事増やすんだよ過去のアタシ。と未来から過去へ、後悔という罵詈雑言を喚き散らしながら、二つの世界を繋いだ和平の一年目。人界の改革をした二年目。そして三年目の事業として《統一修剣学術院》を創る事になった。
ぶっちゃけ、四帝国にそれぞれあった修剣学院の上位校をカセドラルに創るってだけである。それに伴って四つの修剣学院も名前を変えて東西南北の《修剣学術院》とし、四つの院から上を目指す人間に統一院の門が開かれる。
学びの為に解放するのはカセドラルの一階から十階までと、そこまでの各種施設。神器とかの保管庫は上の使ってないスペースにお引越し……というかカセドラルを弄る事がアタシにしかできないし、神器を運ぶのはある程度のシステム権限を持った人で無いと出来ないから。
まぁそれは良い。肝心の統一院の内容だけど、やる事は剣術も神聖術を学ばせて人界軍の人材を補充するのもあるが、一番重要なのは知識を深めさせる技術者や研究者と言った人材を育成する事。
知識層としては神聖術士も当てはまるからそっちの側面もあるけれど、アタシが思ったのは現実世界にある科学技術をアンダーワールドに適応した形にして反映させる事だ。似たようなものを作ってそう言うものです、とするのは簡単だけど、それの内部構造だとかどういう原理で動かすだとかは結局自分で知るしかない。
その下地を作っておく。遠い未来に、ひょっとしたらその技術が現実に牙を剥く事になるかもしれないけど、その時はその時だ。
『で、誰を責任者に据えるんじゃ?』
『カーディナルやる? 先生と大図書室司書兼務で』
『……まぁ教えるのは嫌いではないからな』
『教える内容は剣術と神聖術はまぁ深い内容を教えるとして、後は外の技術をこっちの世界に適応させた物の初歩を教える』
『良いのか? 劇薬にもなり得るぞ』
『将来的に必要になるさ。アンダーワールドの縁……《終わりの壁》を超えたいと思うなら』
気になっているのはそこだった。アタシがサトライザーと戦った時に起こした現象で、人界に劣らないくらいに暗黒界も豊かになった。だからこそ和平を結べたとも言えるけれど、それが無限ではない事はわかっている。いつかまた、糧を奪う為に戦わなければならない可能性だってある。ならばその時に、新天地を目指すという選択肢が取れないかとアタシは考えた。
だから剣と術という力以外のもの……知識を与えるしかない。どう越えるかは、後の世界にお任せになってしまうけれど。
『さらっとそれを見届ける仕事を押し付けられた気がするが、まぁ良い』
『ははは。言っちゃ悪いけど、アタシはこの世界に骨を埋める訳に行かないしねぇ』
そんな感じで統一院をスタートさせて、四年目はそれの経過を見守りつつ他の雑務と残務……潰した皇帝四家の残骸処理をし終えて、五年目からはアタシにとってもこの世界にとっても大きな改革を起こす事を決めた。
『最高司祭が今後空白になる教会を、作り変えるか』
『まぁね。それに伴って名前も変える……人界も暗黒界も統合した、《世界統一会議》って感じで』
そう。アタシが居なくなった後の、意思決定機関の創設。それが一番時間がかかるだろうけれど、だとしてもしなければいけない事。
アタシは今まで最高司祭という立場で強権を振い、皆もそれに従ってくれていた。でもそれは手前味噌だけどアタシという存在だからこそであり、
でもそれは、死んでもごめんだ。
アンダーワールドが嫌いなわけじゃない。アタシという存在の生の殆どを過ごした世界。辛い事も苦しい事も、楽しい事も嬉しい事も、悲しい事も何もかもあった世界を、アタシは好きだ。居続けることに苦があるわけじゃない。
でもそれじゃ、アタシはアタシとして生きる事は出来ない。
アタシは、何処までも我儘だ。兄貴を覚醒させると言い訳をして、戦争で命を散らせた。和平の為と言って、双方に痛みを強いた。結果としてベルクーリやシャスターという、今後現れるかわからない傑物を見殺しにして、色んな人に消えない傷を刻んだ。
それを贖うのなら、死ぬまでこの世界の為に生きるのが筋だろう――…でもそれはごめんだと、アタシは我儘を言う。
何か大きな使命があるわけじゃない。何か大きな脅威が迫っているからじゃない。ただアタシは、現実世界も仮想世界も謳歌したいだけだ。アタシは、アタシのままに生きたい。それだけである。
『そこで投げ出さないのが、お主の律儀さよな』
『アタシにおんぶにだっこは困るってだけだよ』
『無理やり立たせる者もいる。自分本位の目的を持つ者なら尚更じゃ。しかしお主は立ち方を教え、立つまで見守り、立ってからの行く先の提案までしているな』
『何か変な事言われそうだからそこから先は言わなくていいよ?』
『何じゃ。《世界統一の慈母》様よ』
『よっし表出ろカーディナル。最近運動してないから人界横断マラソンすっぞ。目標は今から夕食までに帰ってくる事な』
『わしに死ねというか戯け!?』
そうしてやってきたのにその通り名? あだ名? 二つ名? には納得できない。全部全部、自分の為にやってきた事だ。自分の為にした事が結果として、誰かの為になった。それだけの事なんだ。
だから、現実世界に向かう時は黙って消えようと思っていた。アタシが居なくなっても大丈夫なように準備をして。結局、意思決定機関《世界統一会議》への移行には予定してた五年じゃ足りなくて、倍の十年かかった。外との時間差を考えると、アタシの歳は記憶の処理がされていない場合の兄貴に並ぶ。
カセドラル百階。
今はもう誰も住む事のない部屋にあるシステムコンソールの前に立つ。久方ぶりに触れるそれを操作して、まずは加速倍率を現実世界とリンクさせる……というかさっき見えた倍率、百八十程度だった? 何で?
『久しぶりですね、ストレア』
「ユイ!?」
アタシにとってこうして面と向かうのは三十五年振りの相手。ユイの姿がコンソールに映し出される。
「どういう事?」
『説明はこちらに来てから行います。早速、排出作業を行いますか?』
そう問いかけるユイの顔の前に、『Yes』と『No』が書かれたウィンドウが表示された。躊躇う事なく、アタシは『Yes』を押す。
『色々と、そちらでの話も聞かせてくださいね』
「土産話なら、いっぱいあるよ」
その会話を最後に、アタシの視界は暗転した。
◇
あれからどうなったか。その顛末……というより、俺が知っている範囲と両親からようやく聞いた内容はこうだ。
まずは俺が知っている範囲の話だ。
治療としてSTLに繋がれていた《オーシャン・タートル》襲撃事件については、表沙汰にはならなかった。これは揉み消したというより、他の事件が大きく取り沙汰されたために記事や報道に載らなかったというのが大きい。
現役の防衛事務次官と国外……アメリカの軍需企業との癒着というセンセーショナルな報道によって、一時のニュース番組はその話題で持ちきりになりはしたが、それは更なるニュースで潰される事になる。
《海洋資源探査研究機構》……俺や和人がバイトの為に行ったラースの黒幕と言っちゃ大仰だが、主観的には間違いじゃないだろうその機構は、アンダーワールド内で真の人工知能を生み出すための研究をする為の隠れ蓑になっていたものだ。
後で紹介された加藤さんが、俺の保護を依頼されてそこで行われていたプロジェクトの全権をもぎ取り、詩乃と和人と明日奈を連れてオーシャン・タートルに来た。その時には茅場の恋人だったという神代さんも一緒だったらしいが、俺は結局会ってはいない。
話が逸れたが、その組織によってアリスとユージオが発表された。新たに生み出された真の人工知能として。発表会見に出たのは一見生身と変わらない機械の身体を得たアリスとユージオに、海洋資源探査研究機構に入ったという神代博士。居心地が非常に悪そうな
ちなみに二人の身体の出所は教えられていない。叔父さんに聞けば『この世には茅場が可愛く見える程度にマッドな奴っているんだぞ。技術力はそれに比例して高いがな』とひっじょぉぉぉぉぉぉにしょっぱい顔で言われた。
あれに触れてはいけない。パンドラってレベルではない。安全性とその動作がほぼ人間と変わらず、充電か食事でエネルギーが取れると言う事。何なら風呂に入っても問題なく、人間とほとんど変わらない生活が可能な時点でオーパーツってレベルじゃねーぞ。発表したら歴史に名前が残るレベルだわ。
発表に現れた二人が着ていたのが帰還者学校の制服だ。アリスはアンダーワールドで着ていた黄金の鎧を、ユージオは修剣学院の青い制服を希望したけど、ユージオはともかくアリスのものは用意できず、『ならキリト達が着ている物と同じ物』という提案を受けて、あの制服に白羽の矢が立った。
画面の向こう側、会見に立ち記者達の質問に……時には悪意のある物に対しても、二人は毅然と答えていた。技術的な説明は神代博士が答えていて、
やらかした事に対しての処分としては軽いという話だが、それは殆どの責任を加藤さんが一人で持って行ったと言う事が大きい。『元よりそのつもりでした』と加藤さんが語った内容は、余計な動きや迂闊な物が多いものの優秀ではある菊岡を、
プロジェクトの内容を精査し、海洋資源探査研究機構の抱える研究内容を照らし合わせ、そしてビジネスパートナーである比嘉も一緒に付ければ効率は上がる。それを考えて彼女は懲戒免職処分を甘んじて受けて、殆どの責任を取るように自衛隊を去った。
『優秀ではあります。余計な事をしないように手綱を握ればこの上なく』
イイ笑顔を浮かべて語る加藤さんの姿は、とても生き生きしていた。いや、それで生き生きしてたらいかんでしょと思わなくもないが、あの場でツッコむ勇気は俺には無い。機構を裏で操ってんのかとも思わなくもないが、表向きは自衛隊内での職務経験を買われて、機構を第三者の立場で監査する会社に潜り込んだと言う事だ。
で、ここからが胃が重くなりそうな、両親から聞いた話。聞いた話だけをなるべく述べるようにするけど、ツッコミどころ満載なのはあらかじめ言っておく。聞いてる間俺、ツッコミ入れっぱなしで声が枯れたからな。
まず襲撃事件について、これは相手の上層部……グロージェン・ディフェンス・システムズもそうだが、そのクライアントであるアメリカ国家安全保障局にまで父親が働きかけ(それが出来る時点でツッコみ所しかない)、命令撤回と共に襲撃者の安全を保障させて引き上げさせた。その際に隊長であったサトライザー……ガブリエル・ミラーの死体を発見したようだが、それも一緒に引き上げて、だ。
奴の死に様は、新鮮なミイラとしか言いようのないものだったらしい。目が窪み、全身全てが干からびているのに、つい先ほどまで生きていた事が分かるほど
あの時、奴と俺の意識は繋がっていた。その上で奴にトドメをさしたのは俺であり、奴の魂がどこに行ったかを、そしてそこで何があったかを見た。
今まで奴が弄んだであろう数多の魂……その中に一番初めに奴に殺された
『貴方は、守ってあげてね』
奴の光だった少女。反転してしまった彼女に言われた言葉の方が万倍も耳に残って、重要な物だったからだ。
まぁそう言う事で、襲撃者達は撤退。逃げていた加藤さん達は急ぎメインコントロール・ルームを奪い返したが、その前にメインフレームを掌握していたユイが施設を復旧させて、正常な状態に戻した。
ユイ自身はオーシャン・タートルのメインに常駐しながらストレアの残った世界を見守り、たまにALOにも顔を出しているようだ。
次に自衛隊関係。防衛事務次官の癒着ネタは母さんが盛大にばら撒いた模様。両親がくそ怖いが、今更だと思う事にする。それから一部の将官も似たような物だったようで、その後は
おかげで財テクが捗ったと母さんが冗談のように言っていた。
そんな中で加藤さんは責任を取って懲戒免職だったが、これ実は菊岡に事後処理を叩き付ける意味もあったらしい。襲撃事件の中で
そう言うわけで、最初から最後まで俺は巻き込まれただけのプロジェクト・アリシゼーション周りの事件は一つの事柄を除いて、一旦の終焉を迎えた。
ちなみに、救援の為に来てくれた仲間達への補償……というか、損失分の補填の話だが、何故か元のゲームにコンバートした際に
それがストレアによるものなのか、
「デートにもなったしね」
「和人の奴は絶対何時か、GGOにコンバートさせてキリ子ちゃんやらせてやる」
糞みたいな高難易度クエストの先遣をやらせた奴は絶対に許さない。絶対にだ。という決意は横に置き、今俺と詩乃は新木場のヘリポートに居る。ここはオーシャン・タートルへ行く際に詩乃達がヘリに乗った場所であったが、今オーシャン・タートルは封鎖されているはずだった。
繋がっていた衛星回線も封鎖され、六本木のSTLを使ってもアンダーワールドへは行く事は出来ない。現実と電脳両面で封じられているのに、加藤さんが家にやってきて『どうぞ』と車に乗せられ、流れるようにここまで連れて来られた。
「俺達だけですか?」
「はい。お二人が一番最初に会うべきだと判断しましたので」
「会うべき……?」
誰にだ。と問いかけそうになって、俺は止めた。遠くから響くヘリの音と同時に、覚えのある感覚が俺の脳裏に奔って、誰が来るのかを教えてくれたから。
これだと、俺とあいつの間にサプライズは成立しないなと苦笑する。慣れれば消せるのかもしれないが、これを使えるのは俺達二人だけだ。消してもほとんど意味がない。
一機のヘリが、ヘリポートに着地する。プロペラの回転数が落ち、巻き起こす風が和らいだところでドアが開いた。
現れたのは、薄紫色の髪に赤い目をして、帰還者学校の制服を着た少女。俺達が良く知っている、家族の姿。
――ただいまっ
――おかえりっ
そして星々は、新たな
これにて、ソードアート・オンライン二次創作『流星の軌跡』の本編を完結といたします。
一年半の間、この作品を読んでいただいた方々に、この場を借りて感謝を。
有難うございました。
2021年 10月 3日 18時投稿にて、完結。
すとれあ「後日談は?」
今そう言う事言っちゃいけません。
ユージオってALOで種族何?
-
サラマンダー
-
ウンディーネ
-
ケット・シー
-
スプリガン
-
レプラコーン
-
ノーム
-
インプ
-
ブーカ