流星の軌跡   作:Fiery

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アリシ編のラスト的なサムシング。


これがホントの後日談

 

 主観の時間で十五年経ち、現実世界へと戻ってきたストレアは、オーパーツというかオーバーテクノロジーである機械の身体を得て、兄や家族の居る場所へと帰ってきた。ヘリから降りたストレアはそのまま涼と詩乃に抱きつき、涙が出ない事を除けば泣いて再会を喜んだ。

 二人は穏やかな笑みを浮かべて、涼はその頭を撫で、詩乃はあやすように背を優しく叩く。純粋に家族が戻ってきた事を喜び、労うように。

 

「今日はこのまま、家まで送りましょう」

 

 加藤の言葉に、アリス達の事を知っている涼は大丈夫かと疑問を浮かべる。アリス達は今、海洋資源探査研究機構の預かりとなっていて、ラースのあるビルを生活の拠点としている。涼も何度か会いにも行き、VRワールド……一番アンダーワールドとの差異が少なそうなALOにて邂逅も果たしているが、基本的に機構の預かりという身分である為に自由はそれほどない。

 それを知っているからこそ、ストレアに対する扱いに違和感を覚えたのだ。

 

「疑問はご尤もですが、彼女は現状我々も扱いを決めかねているのです」

「……というと?」

「発生原因が通常の人工フラクトライトと違うからさ」

 

 そう言ったストレアが、名残惜しそうに二人から離れながら述べた。

 確かにストレアは元々SAOのメンタルヘルスカウンセリングプログラムのAIであり、それをソウル・アーキタイプに焼き付けてライトキューブへと保存した、いわば《ハイブリット・フラクトライト》とでも言うべき存在である。

 それが人工フラクトライト達と変わらぬ人間性を有し、それでいて彼らに無い高度な処理能力を持っている。()()()()()()()()と言っていい存在が、今のストレアだ。

 アリスとユージオだけでも物議が醸し出されている現状、ストレアの事を公表すればどうなるか誰も予想が出来ない。

 

「だからこそ、桜川君と朝田さんに白羽の矢が立ちました。誤解を恐れずに言うなら、あなた達二人には彼女の防波堤になってくれる事を望みます」

「防波堤、ねぇ……」

 

 加藤が言わんとしている事を、涼は正確に察していた。とは言っても、自分がやろうと思っていた事と特に変化はない。家族を守るのは当然の事だ。父と母が自分を守ってくれたように。義妹達を守ったように。自分が詩乃を守る様に、ストレアも守るだけ。

 

「とりあえず、ストレアはうちに帰るという事でいいんですね?」

「はい。今後の事は決まり次第連絡しますが、それまでは好きに過ごしていただければ結構です」

「アリス達と同じという事は……食べたりは出来るのね?」

「……この身体の仕様には目を通したけどさ、マジなの?」

 

 信じられない物を見るような目で自分の身体を見て、ストレアは二人へと視線を彷徨わせる。機械の身体が食物を食べてエネルギーを得る。サイエンス・フィクション(SF)というよりスゴイ・フシギ(SF)である。得体が知れないというレベルではない。何故今の科学レベルで出来るのだという話だ。

 

「前に『我輩の造ったのは何処なのォォォォッ!?』って家に来たの居たけど」

「来たなぁ……クッソハイテンションで、叔父さんに気絶させられて連れて行かれたの」

「待って。既に聞きたくない」

「思い出したくないけど聞きたいなら言うしかないよなぁ」

「おい、待てクソ兄貴。満面の笑みで言ってんじゃねぇぞ」

「あれはだな」

「聞きたくないっつったろーがコラァァァァァッ!!」

 

 胸倉を掴んで兄をガクガク揺さぶる妹。それを見て仕方ないと笑う兄の婚約者。良い話のようにまとめてしまえば、三人はどことなく家族として既に完成していると言っていい。

 相手が何であろうと関係なく、家族であるとその魂で理解できている。三人の間には血の絆などよりも強い、魂の絆があった。

 

「正気度!? 正気度が削れる音がする!?」

「あぁそれ、ちょっと向こうで色々やった時の要領で集中しろ。治るから」

「無限地獄じゃねぇかちくしょうっ!? ……という事は詩乃は?」

「旦那が居れば私の正気は無敵よ?」

無敵モード(別方面で狂気)かー……」

 

 加藤はこの三人を会わせた事を早速後悔しそうになっていた。

 

 

 

 

 

 

 家に帰れば、藍子と木綿季が顔を出した。

 二人はストレアの顔を見て『あぁ』と納得したように一度視線を外し、『!?』と頭の上に浮かべてもう一度見るという、理想的な二度見をしていた。

 その後は二人でフライングアタックを敢行し、あわれストレアは辺りの家具を巻き込んで盛大に床に倒れた。

 

「おっぱいが大きい!?」

「第一声がそれェッ!?」

 

 木綿季の第一声に、流石にストレアが突っ込みを入れた。ちなみにアリス達もそうだが、アンダーワールド内での体型が完全再現されており、違和感は殆どない。ストレアの身体は髪の長さを除いたものが再現されており、当然スタイルもそれに倣う。

 

「わたしよりも大きい……だと……」

「藍子ってこんなキャラだっけ!? 兄貴ー!? 兄貴ー!?」

「呼ばれても困るんだが」

 

 妹達が乳繰り合っているのに入る趣味はない、と兄は逃亡した。今のストレアの身体のパワー上限は平均的な成人男性レベルだが、藍子の位置取りが巧みでパワーが発揮できずに迫りくる手を迎撃するに留まっていた。

 

「ストレアー、食べられない物ってあった?」

「食べてッ! みない! ことには! わかん! ないかなっ!?」

 

 少し遅いが昼時である為、詩乃と涼は一緒に台所に入っている。答えたストレアの言葉は確かに道理であり、アンダーワールドと現実は似ている食材もあるが全く同じと言う物は意外とない。

 アリス達も支部で食べる物に関しては目新しいものが多く、こちらに来てから食べる事が意外と娯楽になっているそうだ。

 

「お兄ちゃんが台所に立っていると言う事はカレーかな?」

「残念。俺は手伝いでメインは詩乃だぞ」

 

 仕込んでないしな、と言いながら、ストレアが居る内に食べさせてもいいかと涼は考えた。加藤の口ぶりでは、ストレアの処遇を決めるのに数日の猶予はある様子だったし、その間になら作ろうと思えば作れる。

 アリス達も味はわかる様子だったため、ストレアも同じだろうと考えつつ涼は詩乃の手伝いをこなしていった。

 

 そんなこんなで、『これが現実の味……!』と感激しながら料理を食べるストレアの姿があった昼食後、彼女を囲むように女性陣が陣取っている。唯一の男は洗い物中だったりするが、聞き耳は立てているので無関心ではない。

 

「あっちでは名実ともに最高指導者だったと」

「今は違うけどねー。もう会議が機能する事を見届けて、それから来たし」

「へぇー、すっごい」

「意外な才能……ってほどでもないか。それまでは貴族様として過ごしてたわけだし」

 

 女性陣は主に、アンダーワールドでストレアが過ごした日々を肴に盛り上がっている。特に言えば、誰それが結婚したなどという話題の受けが良かったのは女性だからだろうか、と涼は考える。

 

「そーだ。兄貴ー」

「なんぞ?」

「リネルとフィゼルって覚えてる?」

 

 ストレアの口から出た名前に反応したのは藍子と木綿季。むっ、と表情を歪めたのは、彼女達が誰よりもあの二人の兄への想いを知っているからだろう。

 疑問を向けられた涼は水道を止めて数秒、考え込む仕草を見せる。

 

「……あぁ、カセドラルで拳骨食らわせた双子か」

「その二人、《ディープ・フリーズ》でカセドラルに眠ったままだよ」

「ディープフリーズ……?」

 

 聞いた事のない単語に、涼は疑問の声を上げた。疑問に思ったのは詩乃達も同じで、何だそれはという表情をしている。

 

「平たく言えばコールドスリープ状態なの」

「何でまた」

「お兄ちゃんに、もう一度会う為かな?」

 

 木綿季の言葉にストレアが同意するように頷くが、当の本人である涼にはピンと来ていない。彼の記憶では拳骨をしたり平手打ちをしたり、自分も刺されたりはしたが女児にするような事では無い仕打ちをした覚えしかないのだ。その中で双子の心を感じた事も、話した事も覚えてはいるが、あの時は必死だった事もあって相手の反応を伺えていない。

 そんな自分にもう一度会う為……と言われても、彼には正直ピンとこない。殴った事の逆恨みと言われた方がしっくりくる。

 

「ピンとこない?」

「まぁなぁ……俺の視点だと殴った記憶しかないし、アイとユウの二人に重ねたような記憶もない事はないが……」

「兄さん」

「それはどう言う事かなぁ~?」

 

 にっこりと笑う妹達の声に、兄は洗い物に再度逃げた。力関係がよくわかる一幕であるが、二人の追撃は止まらずに洗い物をする兄へと近寄って行った。

 

「どういう事ですか? あの二人を見てわたし達を思い出したって」

「思い出したわけで無くてですね……あの時は記憶をロックされておりまして……」

「でも最後お兄ちゃん自力で突破してたよね? なんで?」

 

 自分達があの二人に重ねられていた事が気に入らないのかはわからないが、詰め寄る二人に詩乃とストレアは苦笑した。

 

「で、会わせるの?」

「兄貴次第。というより、アンダーワールドの処遇自体今不透明でしょ? それを考えると会わせたくもあるし……というか、その処置をしたの他にも居るんだよね」

「他にも? 誰に?」

「キリトとユージオの傍付き練士だった二人と、アリスの妹」

「それはそれは……」

 

 アリスの妹については、詩乃は何となくわかる。離れてしまった家族にもう一度会いたい……その考えを想像するのは難しくないから。ただ、キリトとユージオの方については気持ちを想像する前にその想いに苦笑するしかない。

 そこまでするほどに相手の事を好いていると言う事は、ちょっとやそっとでは諦めないだろうなという事が理解できるからだ。リネルとフィゼルについては、話していて想いのベクトルが恋慕というよりも信仰に近い為、詩乃としては扱いに困っているが。

 

「という事は、キリトやアリス達に話を通さないといけないわけね」

「まーね。接続できるラインはユイが確保してるから、六本木のSTLでダイブできる。ただまぁ……ダイブできる頃には向こうじゃ数百年は経ってるかな」

「時間の流れを加速させているから、か」

 

 そう呟いて、詩乃は気が付いた事がある。それだとストレアは、もう二度と彼女の事を知る彼らに会えなくなる事を承知の上で、現実世界に帰ってきたのだろうか?

 

「アタシは別に後悔してないよ。寂しくはあるけれど……」

 

 そう言って笑うストレアの表情は、何処か泣いて見えた。だからこそ、詩乃は彼女の顔を自分の胸に抱き寄せる。

 

「なるべく早く、会いに行かないとね」

「……うん、そうだね」

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 ALOおいては非常に珍しいオーリからの招集に、仲間達は央都アルンへと集合していた。

 

「あいつの招集か……何させられんだろ」

「させられる事決定なんだ……」

 

 一時期よりは閑散としたが、それでも活気づいている央都の中でキリトは何やら不安そうに溜息をついた。以前、鬼畜難易度のクエストへ情報収集の為に投げ込んだ事か? などと考えていれば、横に居るアスナも苦笑せざるを得ない。オーリなら報復に何をやらかすのやら……と考えると、不安になるのも理解できるからだ。

 

「あれはあたしもどうかと思ったよ……それでもきっちり情報集めたのは流石としか言えないけど」

 

 リーファのジト目にキリトが視線を逸らした。

 

「あいつに対するそういう信頼感は凄いわよ。まぁその分キリトに色々返ってくるんだけど」

「前だと……『テイムに良さそうなドラゴンちょっと見繕え』って竜の巣に蹴落とされたんでしたっけ」

 

 あったあった、とシリカの言葉にリズベットが同意した。アンダーワールドダイブ前にあった一悶着で、キリトに無茶振りをされたオーリがその報復というか報酬に『ちょっと行ってこい』と手伝いをさせたのがそれである。

 結局ドラゴンはテイムしないまま、竜の巣は二人を始めとした仲間達のスキル養分になってしまったが、それでも相当にギリギリの戦いであった。

 

「あれで相手が死なないラインを見極めてるのが、こいつらのヤベー所なんだけどな」

「ついでに巻き込まれる俺達も大変だがな」

 

 面白くはあった、とエギルが笑う。そんなSAOからの仲間達の中に新たに加わったのは、アリスとユージオだ。

 

 二人は現実世界に来て少し経った頃……具体的にはオーリがダイブできるようになった頃から、新規アカウントを手配してアンダーワールドの世界観に近いこのALOにダイブするようになった。

 アリスはこの世界でも竜に乗る為にテイムが可能な猫妖精族(ケットシー)を、ユージオは何にしようか悩んでいたようだったが、青薔薇の剣の事が脳裏を過ぎったためその属性の適性が高い水妖精族(ウンディーネ)を選択した。容姿としてはアリスは猫耳と尻尾が生えた程度。ユージオは髪色が鮮やかな水色になったこと以外はアンダーワールドの時とほとんど変わらない。

 装備もアリスは多少形状は違うが青いドレスに黄金の鎧という、あちらの整合騎士時代から慣れ親しんだ物。ユージオは深めの青色に白いラインが入った魔法布製の、これは修剣学院の制服に近いものを着用している。流石に武器は金木犀の剣や青薔薇の剣には及ばないが、リズベット謹製の金色の剣と青色の剣を渡されている。材料は何故かオーリが取りに行かされた。

 

「オーリが呼び出してくるって、珍しいの?」

「呼び出し自体は別に珍しくはないけど、それは大体ALOに入って暇してそうならって感じだしな」

「現実で『ALO集合』って感じの呼び出しは珍しいかな」

「そうなのですか」

 

 だからこそ、何かがあったと言う事なのだろう。そうキリト達は感づいている。火急の要件であればそのまま現実で伝えているはずで、こうしてALOに集めるという事は何かしらの報告なんだろうと当たりもつけてはいたが。

 

「やっほー」

「お待たせしました」

 

 そこに続いて、ランとユウキが加わる。通常ならばそこにオーリとシノンもいるはずなのだが、今回は何故か居ない。

 

「オーリとシノンは?」

「ちょっと準備してくるって」

「準備……?」

「あ、後キリトさん、兄さんからのとりあえず伝えといてと言われた伝言です」

「伝言?」

 

 聞き返すキリトの前でランがこほん、と咳払いを一つ。

 

「『お前後日GGOでキリ子ちゃんの刑な』との事です」

「急用が今出来たんで帰ります」

「『逃がさん……お前だけは……!』とも言ってたよー」

 

 『とってもド畜生!?』と叫んで、キリトが四つん這いに崩れ落ちた。

 

「キリ子ちゃんって……」

「キリトさん、GGOにコンバートしたら見た目完璧な女の子になるんです」

「あー、観戦した時に見たけど……確かにねぇ」

 

 それで色々弄られて煽られるのかぁ、とアスナは理解した。嫌がらせの気持ちもあれば、純粋に面白いからと言う面もあるのだろう。キリト自身も、開き直ってノリノリでやりそうだなと考える。

 

「その時はわたしもGGOに見に行くね! キリト君!」

「アスナさんそこは助けていただくところではないのでしょうか!?」

「ここでキリの字助けても面白くないしなぁ……」

「あそこに突撃させられた報復としちゃ、安いもんだろ」

「味方が居ないぞどういう事だ……!?」

 

 頭を抱え込んでしまったキリトの状況に置いてけぼりのアリスとユージオには、ユウキから説明があった。

 

「世界を跨ぐと、姿が変わるのですか……」

「それでその違う世界に行くと、キリトの見た目が殆ど女の子になる、という事?」

「大体合ってる」

「摩訶不思議なのですね……」

「ボクらの中だと、一番見た目が変わるのはお兄ちゃんだけどねー」

「あー、そう言えばあっちで見たオーリと、こっちで見たオーリは全然違うね」

 

 そう言う事もあるんだなぁと納得する辺り、二人は純粋であった。横でクラインがその純粋さに浄化されかかっているのは、皆無視した。

 

「おー、集まってるなぁ」

「あんたが呼び出したんでしょーが」

 

 そんな中、シノンを伴って顔を出したオーリに早速リズからツッコミが入った。『まぁ落ち着け』と彼女にジェスチャーで示しながら、オーリは全員を見渡す。

 

「それで、オーリ君。今回わたし達を呼んだ理由は?」

「本人希望のちょっと過激な紹介」

 

 過激な紹介? と桜川家以外が疑問符を浮かべ、()()に気付いたのはアリスとユージオだった。

 ギィンッ! と金属同士の衝突音を響かせ、アリスとユージオは自分達に向かっていた紫色の大剣を、それぞれの剣で受け止めていた。大剣を持つのは、フードを目深にかぶった全身を覆う黒い外套を纏った人物。

 

「何者です!?」

 

 その光景にキリト達がそれぞれ武器を構えたが、彼らの前にオーリ達四人(桜川家)が背を向けて立った。視線で『まぁ見てろ』という彼に免じ、キリト達は武器は構えたまま成り行きを見守る。

 

 強い、とアリスは考える。この相手はわざわざ攻撃する前に、自分達二人にだけ気配を漏らしてそれを教えた。それでも受ける事で精一杯であり、しかし()()()()()()()()()

 それどころか、安心したという思いが自分の中に広がっていくのか。ユージオも似たような事を感じているのだろう、困惑の表情を浮かべている。

 

 大剣が困惑する二人を弾き飛ばし、件の人物はアリスへと駆ける。それに立ちはだかるようにユージオが間に滑り込み、構えた。再び剣同士がぶつかり合う音が響いて、その一撃にまた目を見開いた。

 受けた事があると、直感的に思った。自分はこの一撃を……更に言えばこの相手と、戦った事があると。

 

「――…こっちの一月で鈍るとは思ってなかったけど、確認出来て安心したよ」

「「――ッ!?」」

 

 二人にだけ聞こえる声でそう呟かれて、息を呑んだ。

 

「ま、まさ、か……」

 

 声が震えているユージオと、声すら発する事が出来ないアリスを横目に、件の人物はフードを取り去った。

 現れるのは、あの時に別れたはずの面影を持った少女。薄紫色の髪に、真紅の瞳。髪の長さは別れた時とは違うものの、目の前にいる彼女は間違いないと二人に突き付けるには十分な物。

 アリスとユージオ、そしてキリト達も目を見開く。現れた彼女を、自分達は知っているから。

 

「ストレア……なのかい……?」

「アタシ以外の誰かに見えるんなら、教えてほしいんだけどねぇ」

 

 そう言って微笑む彼女の姿に、ユージオは腰が抜けたかのようにその場に座り込んだ。恩人とあのまま別れる事になったのは、彼の心に蟠りとして残っていた。自分は何も返せていないままに、もう二度と会えないのではないかと。

 

 そしてそう思っていたのは、もう一人いる。

 

「ストレアァァァァァァァ!!」

 

 抱き着こうと飛びついてきたアリスを、ストレアは無情にも避けた。

 

 

 

「さて、オーリ君」

「さて、じゃねぇ。何かあったら俺を吊し上げるのやめませんかねぇ?」

 

 あれから避けられてガチ泣きを開始したアリスを引っ張って、仲間全員が最寄りのオーリとシノンの拠点に避難した。そして何故かオーリは簀巻きにされて吊るされた。

 甘んじて受けている辺り、サプライズが過ぎたと反省はあるようだが、腕を組んで立っているアスナへ文句を言うのは止めない。

 

「す~と~れ~あぁ~」

「こいつこんなに面倒くさかったっけ……? 十五年も経ってるから記憶が曖昧なんだけど」

「いや、凄い心配してたんだよ。ちゃんと食べてるかだとか、寝てるかだとか」

「こいつアタシのオカンか何かなの? その内容で心配されるのおかしくない?」

 

 アンダーワールド組はストレアがアリスにしがみ付かれ、ユージオが優しくそんな二人を見ている。アリスは猫耳と尻尾が大歓喜レベルでパタパタ動いている為、ストレアが劇画調でしょっぱい顔をしていても微笑ましい光景である。

 

「説明」

「今日の昼前に新木場のヘリポートに連れていかれて、そこでストレアと再会。で、家に一緒に帰った後でとりあえずALOで顔合わせしようという話になったから実行した」

「ざっくりしすぎでしょ!? 帰ってきた時点でメール送るとかしなかったの!?」

「お前らだって同じ状況になったらとりあえず状況把握に努めるだろうが。それに連絡してうちに集合よりも、こうした方が色々嗅ぎつかれる可能性は低いぞ?」

 

 家族の安全がかかっている為、オーリはその辺りガチである。そんな事情の説明があり、仲間達も納得を示した。

 

「という事で降ろして」

「アリス達の収拾を付けたらね」

「ストレアーッ! 早く降ろせるようにするんだーッ!」

「いやどす」

 

 似非京都弁で拒否するストレアの手は、アリスの顔を握り込んでいる。土妖精族(ノーム)のパワーで握り込まれ、距離を離されればアリスとて抗えるものではなく、腕を振ってあうあうと言っていた。

 

「いやお前、キリト達に伝える事があるからセッティングしたんだぞ。俺は理不尽に吊られてるけれども。理不尽に!」

「「「「ちょっと黙ってて」」」」

「アッハイ」

 

 アスナ・リズ・シリカ・リーファに言われてオーリは黙った。シノン達は苦笑しているが、オーリを助けようとはしない。別に助けてもいいが、今彼が動き回れば余計に状況が混沌とするからである。

 

「す~と~れ~あぁ~」

「抱き着こうとすんな。しなければ放してやる」

「やぁだぁ~」

「我儘過ぎィッ!? ユージオどんだけ甘やかしたの!?」

「そんなつもりはないんだけど……」

 

 あはは、と笑うユージオの頬に一筋の汗が見えたような気がする。彼としては甘やかしているつもりはないが、愛しい人に頼まれれば強くNoとは言えない。この辺りはキリトやオーリも似たようなもので、ストレアとしてもその辺りをどうこう言うつもりはない。

 しかしアスナやシノンはお相手以外にここまでべったりというのは見た事がなく、互いを親友と呼んでいてもここまでしない。以前から自身に対して距離感がバグっているとストレアは思っていたが、会わなきゃマシになるだろうと思っていたのが甘かったようだ。

 

「これ、セルカに会わせていいもんかな……」

「何故そこでセルカが出てくるのです」

 

 ぴたり、と駄々をこねていた動きが止まった。そういやこいつも妹大好き(シスコン)だったっけ、と思い出して、ストレアは手を離す。

 

「お前が駄々こねるから伝えるの遅くなったけど、アンダーワールドの事で伝える事がある」

 

 じゃれていた時の声音は完全に消え、ストレアの言葉に圧倒的なカリスマ……アンダーワールドという、一つの世界を統べていた存在としての威厳が宿る。それに知らずの内にアリスもユージオも……その場に居た全員が背筋を正した。

 

「セルカ・ツーベルク、ロニエ・アラベル、ティーゼ・シュトリーネン、リネル・()()()()()()()、フィゼル・()()()()()()()の五名を、本人の希望により《ディープ・フリーズ》処置を行った後、セントラル・カセドラル八十階《空中庭園》で安置している。今日はそれを伝える為に兄貴に皆を集めてもらった」

 

 伝えられた内容にアリスとユージオが目を見開くのは当然として、キリトとアスナ、リーファも目を見開いた。

 

「それ、は……何故?」

「それぞれ『もう一度会いたい』という人が現実に居るから。時間軸が現実世界とアンダーワールドではズレているのは知ってると思うけど、アタシがこちらに来た時点で()()()()()()()()()()()()()()()になるような倍率に変更されている」

「い、今、向こうでは何年経っているんだい……?」

「アタシが現実に来てから大体一週間……向こうだと約百年だね」

「ひゃく……っ」

 

 その言葉に、今度はオーリ達も目を見開いた。ライトキューブが排出されて即日、こちらに来たと思い込んでいたから。

 

「ストレア、どうやったらもう一度アンダーワールドに行けるんだ? あそこは衛星回線が封鎖されているだろ?」

「ユイが別口のラインを構築して、今はママさんが維持してる。そのラインで入れるのはライトキューブ規格に入っているフラクトライトと、許可された人間がSTLを使用した場合のみ」

 

 行く? と聞いてきた彼女への返答は聞くまでもなく――

 

 

 

 

 

 

 その日の内にラース六本木支部へ和人が連絡を取り、同じ内容を飛び起きたアリスとユージオから伝えられた神代博士が慌ただしく準備をし、距離的に一番不利な涼達が支部にタクシーで到着したのは、ALOでの集会後から二時間後だった。

 

「遅かったな」

「お前は明日奈とバイクで来れるからな? 俺ら三人で無理だからな? タクシー呼ぶ事になったんだからな?」

 

 今日来る事になると思ってなかった涼が半眼で見れば、和人はどこ吹く風と言った体でさっさと明日奈と一緒にビルへと入っていく。涼は呆れたように溜息を一つついて、詩乃とストレアを伴ってビルの中へと駆けこんだ。

 

「遅いですよストレア!」

「お前の現住所ここ。アタシの現住所兄貴達と一緒。タクシー呼んでここに来るまでの時間もちゃんと考えて?」

 

 STL室の前に待ち構えていたアリスに対し、ストレアがツッコむ。そのやり取りは先程男共がやったものとよく似ていて、明日奈と詩乃としては笑うしかない。

 男共はすぐに更衣室へと入り、STLダイブ用の滅菌衣に着替えているために二人も言い合いをするアリス達を置いて女子用の更衣室へと入った。

 

「えーと、ストレアさん?」

「はい。接続先はケーブルで繋いだ後こっちで調整するので、博士はオペレートをお願いします」

「変わり身が凄い」

 

 凛子が声を掛ければすぐに丁寧な対応が返ってくる。先程までやいのやいのとアリスと掛け合いをしていた人物とは思えず、思わず思った事が口に出たが、ストレアはそれに対して真顔を返す。

 

「アリスに払う敬意とかが無いだけなので」

「酷い!?」

「酷くないからさっさと入んぞ。ユージオも準備ー」

 

 アリスの顔を鷲掴みにしながら、ストレアは着替える事も無くSTL室へと入っていく。彼女達はケーブル一本で接続可能な為、ジェルベッドに入る必要もなく滅菌衣も必要ないからだ。そんな二人の後を、ユージオは苦笑しながら続く。

 

(本当に、人間にしか見えないわね)

 

 そんな三人を見送った凛子は、この一月の間ずっと思っていた事を改めて認識した。仮想世界で育まれた、人の魂を電子上に再現した存在である《人工フラクトライト》達。今の彼らの身体は機械ではあるが、アンダーワールドではそこにダイブした人間と何ら変わる事のない存在。

 いや、現実であっても機械の身体であると言う事も忘れそうなほど、三人は完全に人間だった。些細な事で言い合い、笑いあい、そして共に歩く事が出来る。

 

 新しく、その軌跡を刻んでゆく事が出来る。

 

「博士?」

「え……あぁ、今行くわ」

 

 STL室から顔を出したユージオの声で我に返り、凛子も中へと入っていく。そこではもう、和人達もアリス達もアンダーワールドへ向かう準備が出来ている状態だ。

 

「百年後のアンダーワールド……か」

「どうなってるんだろうね」

「アドミニストレータが人界を支配していたのが三百年ほどだったが、あれは進歩とは無縁のものだからな……」

 

 和人達と話ながら、涼は内心に好奇心と責任感を感じていた。

 停滞していたあの世界を知っている。そして、停滞の原因を打ち砕いたのは自分達で、そこから百年後のあの世界がどうなっているのだろうか――…そういう好奇心と、見届ける責任を胸に抱いて、目を閉じる。

 

「それじゃ……行くわよ」

『はい!』

 

 凛子の言葉に異口同音の返答。その直後にサイズダウンされたと言っても巨大なマシンが、低く唸りを上げた。意識を構成する光量子ネットワーク……フラクトライトが肉体から切り離され、電気的信号へと翻訳されていく。

 その過程で五感と重力感覚が喪失し、次に魂は大容量の光回線の中を超高速で飛翔していく。目指すのは、あの異世界。

 

 

 

 

 

 

 もう、自身には幾ばくの命数も残されていない。天蓋付きの寝台の上から動けなくなって、わしはその数少ない命数を数えている。二代目最高司祭がこの世界を去ってから百年。二代目に調律を施されたこの身体は思いの外長く生きた。

 

 彼女が開いた学府《統一修剣学術院》……今は《五界統一学院》に名を変えた、この()()()()()()()()()()の最高学府で生まれた才人達は、約五十年ほど前にこの《ストレア大陸》の縁である《終わりの壁》を超える術を生み出した。

 《機竜》と名付けられたそれは、生身では超える事の叶わなかった壁を越え、その結果を基に編成された調査部隊はそれぞれ東西南北へと飛び、まず見つけたのは一面の大海原であり、その後にそれぞれが大陸を発見し、真っ直ぐ飛び続けてやがて合流を果たした。

 

 この大地と海は丸い球状である事を証明した後は、その他の四つの大陸……それぞれにアドミニストレータが齎した停滞を打ち破った英雄の名前である《キリト》、《ユージオ》、《アリス》、《オーリ》の名を付けたものへと、ゴブリンやオーク、オーガやジャイアントは移住していった。

 それぞれの大陸でそこの先住民である神獣達と対話し、時には決闘で解り合い、移住から五十年経てばどの種族も割り当てられた大陸に馴染み、今では無限の宇宙へとその手を伸ばしておる。

 既にこの星と対となるもう一つの《惑星クィネラ》には移民都市が建設中であり、定期的に星間航行用の大型機竜も就航している。しばらくは……まぁ後百年くらいはその惑星の開拓で忙しいじゃろう。

 

「一旦、我々の歩みも小休止じゃな……」

 

 掠れた自身の声が、僅かに部屋の空気を揺らす。

 二代目直々に世界を見守る事を頼まれたわしじゃが、十年ほど前までは統一院の学長と統一会議の議長を兼務しておった。まぁもうどちらも辞して、今はもう死ぬのを待つ身ではある。

 その場所に選んだのは、今はもう八十階以降は誰も近寄る事のないセントラル・カセドラルの最上階。世話役も居らず、濃密な空間神聖力から食物を生み出しては食べ、瞑想で世界の流れを知る日々。

 

 この場所に居ればいずれ戻ってくるであろうあやつらと会えると思って、わしはここを自分の終の棲家に選んだ。ついぞ結婚せずに子供も産む事もわしは無かったが、天命凍結を解除したかつての整合騎士達がよく自身の子を抱かせに来てくれたり、教え子は本当の子のように接してきた。

 

 だから、この今わの際になって孤独を感じるのは、わしが幸せだったと言う事の証明なのじゃろう。アドミニストレータのバックアップとして生まれ、殺し合い、奴が死ねばそのまま消えるはずだったわしがこうして、人としての天寿を全うできる。自身の子や孫はいないが、そう言っても過言ではない者達はたくさん居る。

 それは幸福である。かつての自分に言えば信じられんという顔をするじゃろうが……あの二百年の孤独を埋めて余りある、幸福な百十五年であった。大変でもあったが、充実した物であったと断言できる。

 

「心残りがあるとすれば……」

 

 あの馬鹿どもと、もう一度会いたかった。

 わしにこの幸福を教え、この世界の未来を拓いて異世界へと去っていったあやつらに今の世界を見せてやりたかった。皺だらけの自分の手を見て、もうそれが叶う事はないと理解はしておる。そして今になって、不倶戴天の女の想いが理解できるとはなんという皮肉であろうか。

 

 死にたくない。死ぬのが恐ろしい。

 

 幸福だったからこそ、それを失う事が恐ろしい。全てを失ってしまう死という終焉が、とても恐ろしい。わしが何度、天命減少を停止するコマンドを唱えようと思ったかはわからん。それほどまでに、死ぬ事は恐ろしかった。

 あの二百年の孤独にいた時とは大違いに、わしの心はそう思うようになっていた。生涯で知る事はないと思っていたアドミニストレータの……我が母とも言えるクィネラの心の一端を知るようになるまでに。

 

「しかしな、クィネラよ……」

 

 わしは、お主とは違う。もう何かを手にしたいとは思わぬ。ただ、もう一度あやつらと会えればそれでいい。自身の天命がその前に尽きようと、恨む事もない。

 ふと窓の外を見れば、(ルナリア)が浮かんでいる。震える手でわしのステイシアの窓を開けば、次に太陽(ソルス)が昇る前に尽きてしまいそうな数値が見えた。

 

 窓を閉じ、目も閉じる。せめて眠りの中でその時を迎えようと考えた。

 

 光が、瞼を閉じた目にも届いたのはその時。思わず手で目元を覆い隠して、瞼を開いた。光の色は七つあり、それぞれが何故かとても懐かしさを感じさせる色をしている。

 

「ここは?」

「カセドラルの最上階なんだけど――」

 

 耳に届いた声を、わしは知っている。最後の心残りだった者の声を、聞き間違えるはずはない。ただ、それと同じくらいに今わの際の夢なのではないかとも思っておる。

 

「……随分待たせたかな、カーディナル」

 

 光で眩んでいた目に視力が戻り、その姿を捉えた。

 

「……もうすぐ死ぬところじゃ。遅すぎるわ戯け」

 

 悪態をつく言葉とは裏腹に、すっかり出なくなったと思っていた涙が溢れ出してきた。

 

 

 

 




すとれあ「現実世界滞在、実質一週間でとんぼ返りした件について」
おり主「アンダーワールドじゃ百年だけどな……何という浦島太郎」
きりと「それよりもだ」
ゆーじお「僕らの名前が何か大陸名に使われてるんだけど……」
ありす「市井も見て回りたかったのですが、恥ずかしいという次元ではないのですけど……」
すとれあ「それ、アタシの顔見て言ってくんない? 現在地やぞ」

あすな「わたし達は安牌……圧倒的安牌……!」
しのん「神話の神様だから既にアウトよ」



この後のカーディナルとの会話や、他の人達との再会は想像にお任せ。

後日談で見たいの

  • キリ子ちゃんのGGO珍道中
  • ユナ主演、劇場版SAO!(過去語り)
  • ALOでストレア・アリス・ユージオの話
  • 初心に帰って詩乃とラブラブせい
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