流星の軌跡   作:Fiery

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こっちが伸びないので初投稿です(何


幕間よん:生誕協奏

 

夕食後、四人でテーブルに座って勉強を熟していれば詩乃がノートから顔を上げる。

 

「そういえば、涼」

「んー?」

「もうすぐ誕生日だけど、どうするの?」

「えー……」

 

詩乃の言葉に涼が顔を上げて、壁に掛けたカレンダーを確認。

今月は確かに彼の誕生月の六月で、その日は近いというか来週である。

 

「……そういや、来週の金曜だったな」

「「はぁっ!?」」

 

その言葉に、藍子と木綿季が大声を上げて立ち上がった。

 

「兄さん、わたし達聞いてないです!?」

「そうだよおにーちゃん! プレゼントとか用意したいのに!」

「あー、すまん。SAOじゃ祝う事なんてなかったから忘れてた…」

 

デスゲーム中は不謹慎と思っていたので、仲間内にも誕生日は言っていない。

そう考えれば、この中で彼の誕生日を祝ったことがあるのは詩乃だけになる。

 

「それは、そうかもしれませんが……」

「というか、詩乃おねーちゃん……わかってて今まで?」

「いや、流石に私も忘れてるとは思ってなかったのよ?」

 

予想外だ、というように詩乃も困ったように考え込む。

ついでに言えば詩乃は、藍子と木綿季も彼の誕生日を知っていると思っていた。

 

「わたし達の誕生日は知ってて、自分の誕生日を言わないなんて……」

「おにーちゃん、そういう所が抜けてるというか……」

「いや、ホントごめん。これは自分でも流石になぁ」

 

手を合わせて謝る兄を見て、妹二人もこれ以上は責めても仕方ないと一息つく。

 

「とりあえず、金曜日はボクらが料理をしよう!」

「料理する時は私が監督するけど、メニューは今のうちに考えましょう?」

「プレゼントもどうしましょう……」

「いや、飯作ってくれるだけで十分だよ」

 

自分の為にあれこれ考える三人の様子に、胸の奥が暖かくなる感覚がある。

SAOに巻き込まれて以来、色々な事がありすぎてどこかがおかしかったかもしれない。

仲間からの信頼とも、愛する人からの慈愛とも違う、日常の温もり。

感じていたと思っていたのに、まるで今そこにある事に気づいたように思う。

 

「ほんと、そうやって祝ってくれるだけで、有り難いよ」

 

この何でもない日常が尊い事を、心が思い出した。

 

 

 

 

 

 

●緊急の相談ですっ!

 

※らん さんが しりか さんを招待しました

※らん さんが あすな さんを招待しました

※らん さんが りずべっと さんを招待しました

 

らん:ご相談がありますっ!

しりか:何ですか! お姉さんが張り切りますよ!

りずべっと:シリカがテンション高いわねぇ

あすな:頼られて嬉しいのは、正直分かるなー

ゆうき:おにーちゃん、来週金曜日が誕生日なの!

しりか:へ?

りずべっと:はぁっ!?

あすな:……へぇぇ……

らん:という事でプレゼントをどうしようと思いまして……

らん:皆さんにご相談させてほしいなと

 

※あすな さんが きりと さんを招待しました

 

あすな:キリトくーん

きりと:へ? 何この集まり。どうしたんだ?

あすな:オーリ君、来週金曜日誕生日なんだってー

あすな:わたし初めて知ったよー

きりと:あすながこわい

りずべっと:あたしもこわい

しりか:ま、まぁ、言う機会もなかったですし……?

ゆうき:おにーちゃん、自分の誕生日忘れてたんだよ

ゆうき:詩乃おねーちゃんに言われてやっと思い出してた

きりと:あぁ、SAOじゃそんな余裕無かったもんな

きりと:アスナ、流石にあいつを責めるのは酷だよ

あすな:わかってるけど、なんか悔しいの!

きりと:二年以上友達やってて知らなかったのは、流石に俺でも思う所はある

らん:あの、プレゼントの相談……

りずべっと:あぁ、ごめんごめん

しりか:オーリさんの欲しい物とか知ってますか?

らん:兄さんはあんまり、あれこれ欲しいって言わないんですよね

ゆうき:ボク達が何か欲しい言うとしょうがないなぁって感じだけど

りずべっと:めっちゃ良いお兄ちゃんしてるじゃないあいつ

あすな:でも、渡すプレゼントに困る相手ね

きりと:誕生日当日は何する予定なんだ?

ゆうき:家でボクらが料理作りまーす

らん:メニューは来週考えますけど

きりと:なら、特別に何かしなくても十分じゃないか?

きりと:あいつの嫁さんも味方みたいだし、あいつの好物でも作れば喜ぶだろ

らん:わたし達の誕生日にはプレゼント貰ってて、お返しもしたいんです

りずべっと:律儀ねー。義理と言っても似た者兄妹だわ

ゆうき:似てきたならちょっと嬉しいなー

あすな:本当に二人みたいな妹欲しい

しりか:あたしがお姉ちゃんなんです! アスナさんでもこれは譲れません!

あすな:なら、シリカちゃんも妹にしてしまえば……?

りずべっと:ズレてるズレてる。でも、あいつの欲しい物ってのはちょっとわかんないわね

きりと:前にバカ話の延長なら『車の免許と車』とか言ってた

らん:中学生には買えないですよ……

きりと:真に受けなくていいよ。でもあいつ、機械系好きだからそっち系かな?

ゆうき:そうなの?

きりと:あいつの将来の夢って、確か機械工学で義手とか義足作るって話だぞ

らん:それも初耳です!

ゆうき:うー、おにーちゃんの事で知らない事多すぎるよぉ

りずべっと:家族にも仲間にも言わない事が多いあいつがまるっと悪い

しりか:それは同感です

あすな:わたしもそう思う

きりと:いや、聞かれてもない事答えるの難しいだろ……?

らん:そこはその、わたし達の事を話す事が多くて……

ゆうき:それに一緒に居るだけで面白いから、聞かなくてもいいかーって思うんだよね

りずべっと:とりあえずここで話しても埒あかないし、明日集まらない?

しりか:明日の放課後に作戦会議ですね!

あすな:なら、詩乃のんも呼ぶ?

らん:はい、声をかけておきます!

ゆうき:じゃー明日の放課後、学校の食堂でー!

あすな:おー

きりと:あれ? これ俺も行く流れ?

らん:男性のご意見もほしいです!

きりと:あ、うん。頑張ります

 

 

 

 

 

 

そんな相談があった週の土曜日。

オーリがALOに入れば早速リズベットにつかまった。

シノンも手伝って簀巻きにされた後で、いつもの面々に囲まれている。

 

「それはそれとして、一言言わないと気が済まないわね!」

「メイスを振り回しながらキレるのは止めろぉっ!?」

 

「機会が無かったとはいえ、こうされるのも仕方ないですよね!」

「すげぇいい笑顔で言うけど、ピナの口からちらちらブレス漏れててこっち笑えない」

 

「オーリくーん、わたし達に言う事あるでしょー?」

「待って、その背後に般若を背負ってそうな笑顔久しぶりに見たんだけど」

 

「それだけ怒ってるって事だよ。 俺もなぁっ!」

「キリトが二本抜く事態なの? え、何この殺意しかない構成」

 

簀巻きで横倒しにされたオーリを囲むように立つのはリズベット、シリカ、アスナ、キリトの四人である。 絵面はオーリが生贄にしか見えない。

目の前の死線の原因を、彼は必死に考える。

四人の怒り具合は、覚えている限りのトップ3には入る。

考えながら視線を巡らせていれば、シノンが苦笑しているのが目に入った。

 

「えーと……誕生日の話でしょうか……?」

「正解。死ね!」

「理不尽!?」

 

顔に向かって振り下ろされたメイスの一撃を、首を曲げて何とか回避する。

言わなかっただけで命の危機とは実に理不尽だと、彼は思う。

 

「友達甲斐の無い奴は、死ぬくらいでわからせるのがちょうどいいんだ」

「暴論!?」

「大事な仲間だと思ってたのに、誕生日すら知らなかったわたし達の気持ちわかる?」

「ご、ごめんなさい?」

「やっちゃえ、ピナ!」

「アッツゥイ!?」

 

四人四様の八つ当たりは、オーリのHP回復を数回挟んでようやく収まる。

しかし続いて、簀巻きは続行のまま質問タイムだ。

 

「逃げも隠れもしないから流石にほどいて?」

「ダメです」

「これくらいで済ませたんだから今日はそのままな」

「この体勢だと質問じゃなくて尋問だよ? え、正気?」

「思考回路が正気じゃなかった奴に言われたくないわね」

「あたしの妹達を泣かせた悪いお兄さんにはそのままがお似合いです!」

「いつもはそんなにボケない奴が一番暴走してるからツッコミが追い付かねぇ!?」

 

この後、オーリの喉とツッコミを犠牲にして、根掘り葉掘り吐かされた。

 

Q:誕生日は?

A:6月の27日です覚えてます

 

Q:何で言わなかったの?

A:SAOの時は不謹慎かなって……戻ってからは誕生日自体忘れてました

 

Q:プレゼントは何が良いですか

A:ド直球!? ……ぱっと思いつかん

 

Q:今欲しい物って?

A:普通二輪免許を夏休み中に取りたい

 

Q:好きな食べ物は?

A:えー……カレーかオムライスになるか……?

 

Q:嫌いな食べ物は?

A:あー、小5の時に中ってから生牡蠣がダメです

 

Q:好きな音楽は?

A:基本はJ-POP。曲が気に入れば何でも聞いてる

 

Q:今何か足りないものは?

A:仲間からの配慮、かな……

 

Q:将来の夢は?

A:機械工学系の大学に行って機械の義手とか義足を作りたい

 

Q:理由は?

A:そういうのは自分だけ知ってりゃいいんです。親にもシノンにも言ってねーぞ

 

Q:教えて?

A:ここでシノン出てくるの卑怯じゃないですかねー!? ダメです言いません

 

Q:あたしの誕生日は何処で知ったの?

A:おめーの誕生日どうするってメッセージが回ってきたからだよ

 

Q:そこで自分の誕生日思い出さなかったの?

A:ランとユウキの誕生日も近かったから頭ん中一杯だよ!

 

Q:何で二人の誕生日知ってたんですか?

A:話変わってない? 一緒に暮らす前に簡単なプロフィールは父さんから貰っとるわ

 

「そろそろいいかなぁー!? 話変わってきた気がするんだけど!」

「確かに、もういいとは思うけどなぁ」

 

オーリの言葉に彼を見張っていたキリトが同調すれば、女性陣がメモを見て唸っている。

まだ情報が足りない気もするし、大丈夫な気もするのがもどかしい様だ。

 

「まぁこれで許してあげましょう」

「よっしゃァーッ!」

 

簀巻きのままジタバタして、オーリはやっと解放されることを喜んでいる。

キリトが縄をほどくと、一瞬で簀巻き状態から脱して体をほぐし始めた。

 

「お疲れ様」

 

シノンが声を掛ければ、オーリは苦笑いを浮かべる。

今回の事は確かに、自分に非があるとはわかっているからだろう。

そのまま二人が何も言わずに寄り添っていたら、視線を感じて振り返る。

 

『( ゚∀゚)゚∀゚)゚∀゚)』←キリト以外がこんな感じで見ている

 

「あのじんm……質問の後でよくそんな甘い雰囲気が出せるな」

「お前にだけは言われたくねぇ……」

「ぁぅぅ……」

 

二人して、顔は真っ赤だった。

 

 

 

 

 

 

翌週の金曜日である、誕生日の当日。

涼の自宅のリビングで、彼は和人と一緒にテレビを見ていた。

今日は詩乃や藍子、木綿季だけではなく、明日奈に里香、珪子まで居る。

テレビから視線を外して後ろを見れば、女性陣は楽しそうに料理の真っ最中。

 

「そうそう、ゆっくりでいいから」

「う~、向こうだとスパスパ行けるのにぃ~」

 

明日奈は木綿季に包丁の使い方を教えていたり

 

「えーと、こっちがこれくらい……?」

「目分量は慣れてから。大丈夫よ、きっちり量れば失敗しないから」

 

里香は藍子と調味料や材料の分量を量り

 

「へー、これ入れるのって意外ですね」

「お義母様から習ったの。うちの秘伝だって」

 

詩乃は珪子と味付けなどを熟している。

その光景を少しだけ眺めて、二人は視線をテレビに戻す。

 

「SAOだったら俺らにヘイトが集中する光景だな」

「だなぁ……」

 

ゲーム脳の二人は苦笑しながら言う。

だが正しい事もある。この光景を見たらクラインは確実にキレるだろう。

ただ、彼には誕生日を知らせていないし、今日は残業である。

 

「しかし俺は有り難いが、よかったのか?」

「お前なぁ……俺も明日奈達も、お前を仲間で友達だと思ってるんだ。

 なら、祝うくらい当然だろう」

 

和人にジト目で見られて、涼は困ったように笑う。

 

「お前は自分以外を優先しすぎるんだよ」

「そんな事は無い……とは思うんだけどな」

「そう思われてるから、今回のような状況になるんだよ」

「言い返せないけど、それを和人に言われるのがすげぇムカつく……」

「良い事言ったんだからそこは流せ」

「わかってるよ。有難うな」

「俺の方が一つだけ年上なんだから、たまには言わせろよ。 親友」

「……敵わないねぇ、親友」

 

口元を笑みの形に歪めながら、拳を合わせる。

 

「何男同士でいちゃついてんのよ」

「ま、まさかキリトさんとオーリさんは……」

 

自分の手持ちが終わったのだろう、里香と珪子がテレビの方にやってくる。

 

「「俺はノーマルだし、詩乃/明日奈一筋だよ!」」

 

珪子の失礼な反応に、涼と和人が同時に否定すれば、呼ばれたパートナーの顔が一瞬で真っ赤になった。 彼女達はどうにも不意打ちに弱いらしく、その叫びは違う所にも飛び火する。

 

「……ここまではっきりと言われると、あたしもどう反応していいかわかんないわ」

「はぇー……」

「あれ? 明日奈さーん?」

「義姉さん? 大丈夫ですかー?」

 

藍子と木綿季がそれぞれ声を掛ければ、二人がプルプルと震えだす。

 

「「……い」」

「「い?」」

「「いきなり言うな、バカーッ!!」」

「「あ、はい、すみません……」」

 

恥ずかしさに爆発したパートナー二人に、彼らはとりあえず謝るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、涼の誕生日を祝って……かんぱーい!」

「「「「「「かんぱーい!」」」」」」

「か、かんぱーい」

 

和人が音頭を取って乾杯すれば、当の涼は照れながら手に持った紙コップを掲げた。

立食形式でのパーティで、テーブルに様々な料理が並ぶ。

 

「おにーちゃん! はい、あーんして―!」

「あ、うん。あーん」

「兄さん、こちらもどうぞ」

「珍しく藍子がぐいぐい来るな……」

「あたし達もです!」

「まさか食べられないとは言わないわよねぇ?」

「おひ、まひゃか――」

「まぁまぁ、遠慮するなよ」

「そうそう、たくさん食べてね?」

ほはへは(おまえら)ー!?」

 

それぞれが一口ずつ食べさせて――里香と珪子、和人と明日奈は捻じ込んできたが――リスみたいに膨らんだ頬の涼を爆笑で見たり。

 

「それを言うなら、和人は細いからもっと食えばいいんじゃないかな?」

「へっ? ま、まて涼。あ、明日奈? 里香と珪子まで」

「なら、私達も改善に協力してあげましょう」

「詩乃達まで!? ちょ、やめ――アーッ!?」

 

感謝を込めて、和人の体形改善に協力(建前)をしたり。

 

「じゃー次はおにーちゃんからボク達に! あーん」

「うっそだろ木綿季って藍子と詩乃まであーんして待つの!?」

「涼、恥ずかしいから早くして」

「あ、うん、あーん……」

 

「和人君!」「和人!」「和人さん!」

「涼お前こっちに飛び火したぞ!?」

「知らん! そんな事は俺の管轄外だ!」

 

親友と一緒に恥ずかしさで自爆してみたり。

 

そんな和やかで楽しい時間はすぐに過ぎていく。

食事が終われば会話に華を咲かせ、騒ぎながらゲームをして。

後片付けは流石にと思った涼は、明日奈に笑顔で止められた。

代わりに和人が後片付けを買って出てくれ、明日奈はそれに付いて行く。

 

「あぁ……夫婦の共同作業か」

「「ぶっ!?」」

「お客様に後片付けさせるのもどうかと思うけど、邪魔しちゃ悪いわね」

 

揶揄うように詩乃が言えば、二人の動きが途端にギクシャクしだす。

そんな反応を見せる二人に思わず涼の口から笑いが零れて、睨まれるまでが流れだ。

二人の眼光から逃げるように視線をテレビへと向ければ、他の四人がゲーム中だった。

 

「しかし、綾野……」

「い、言っちゃだめですよ? それ以上言っちゃダメですからね!?」

「珪子よっわいわねー」

「あぁぁぁぁ、里香さん言っちゃった! 言っちゃだめって言ったのに!!」

「よーし、じゃあボクら里香さんに集中しちゃうぞー」

「へっ? ちょ、まっ」

「戦いとは非情なんですごめんなさいっ!」

「藍子ちゃん!? 満面の笑顔で言ってもダメだからね!?」

 

里香のキャラが大乱闘的に吹き飛ばされ、彼女が叫ぶ。

言動だけ見れば、藍子も木綿季も仲間にだいぶ馴染んできた。

……藍子については、最初の印象よりだいぶ逞しくなったと涼と詩乃は思う。

 

「最初は大人しかったのに、今じゃすっかり涼君の影響を受けて……」

「俺が諸悪の根源みたいに言うの止めてくれません?」

 

 

 

 

 

 

楽しい時間はすぐに過ぎ去り、和人・明日奈・里香・珪子が帰る時間になる。

 

「今日は皆、有難うな」

「良いって良いって」

「そうそう、涼」

「ん?」

「プレゼント、この後で渡されると思うけど」

「藍子ちゃんや木綿季ちゃん詩乃さん、あたし達みんなで選んだ物なので!」

「心して受け取るように」

「お前ら……有難う」

 

マンションのエントランスで四人を見送って、涼は部屋へと戻る。

戻るまでの少しの間一人になり、彼が思考するのは問いかけだった。

 

『こんなに幸せで、良いのだろうか』

 

そんな哲学的な問いかけ。

答えの出ない、一生かけて問い続ける命題。

 

かつてデスゲームで、自分はただ一度だけ、殺意だけを持って人を殺した事がある。

相手は『PoH』というプレイヤー。

『ラフィンコフィン』という犯罪ギルドの討伐戦において、隠れていたそいつを見つけた。

 

一目見ただけで吐き気を催す悪意という物を、初めて彼は知った。

そんな奴が、自分が親友と思っている男を狙っていると聞いて、殺意が溢れた。

戦いの過程は覚えていない。覚えているのは、奴が持っていた武器を取り上げ、奴に馬乗りになって奴の心臓に、その武器を突き立てた瞬間。

 

『てめぇの末路を、地獄で楽しみに見ててやる』

 

そう言って、自分の顔を見て、奴は高笑いを上げながら光となって消えていった。

そいつが殺人ギルドのトップだと聞いたのは、だいぶ後になってから。

英雄だと言われた。大殊勲だとも言われた。

 

やった事は、奴らと何も変わらないのに。

 

それは和人についても言えるが、彼は自分のせいで無くした命を知っている。

あいつは幸せになるべきだと、涼は何の根拠もなく思う。

そして自分は、ただ殺意だけで人を殺しただけの存在ならば。

 

『だからこそ、涼。お前は幸せを知らなければならない』

 

父親に罪を告白した時に、彼はそういった。

まだ入院している時、自分と父親しか病室に居ないとき。

 

『そいつが他人から何を奪ったのか、お前は知らなければならない。

 悩むのは大いに結構で、後悔もして構わない。ただ、潰れるな。

 お前の問いは、如何なる賢人も答えの出せない命題だ。

 愛を知り、友を知り、日常を知り、幸せを知って、最期に自分を知る。

 その果てで自分にしか出せないものなのだ。私も未だに答えは得られていない』

 

ただの言葉ではない、まるで齢数千年を超えた大樹のような重厚な言葉。

そこから、涼は自分なりにそこに折り合いをつけていく。

たどり着いたやり方の一つが、この問いかけだ。

エレベーターについている鏡を見れば、SAOでの自分がそこに居る。

 

『幸せか?』

 

鏡の中からの問いかけ。

 

『幸せで、いいんだな?』

「それで皆、笑ってくれるんだよ」

 

今はまだ、そこまでしかわからないけど、と苦笑する。

鏡の中の自分も、同じように笑った。

 

『これからも、問い続けろ』

 

鏡の中の自分が現実の自分に変われば、エレベーターは皆の居る部屋への階へと到着する。

 

「おにーちゃん!」

「兄さん」

「涼」

 

部屋へと戻れば、家族が出迎えてくれる。

 

「プレゼント渡すから、早く早く!」

「逃げないから、そんなに引っ張らなくていいって」

 

木綿季と藍子に手を引かれて、詩乃には背を押されて、リビングへと歩いていく。

部屋に入れば、テーブルの上には丁寧にラッピングされた小さな箱が一つ。

 

「皆さんと相談して、選んだ物です」

「ボク達からのプレゼントだよ!」

「……開けても良いか?」

「えぇ、気に入ってくれるといいんだけど」

 

少しだけ震える手で、そのラッピングを開けていけば知っているロゴのある箱が目に入った。

これは確か……と考えながら箱を開ける。

 

「腕時計……」

 

そこにあったのは、青いメタリックな文字盤に白が踊る腕時計。

ベルトはウレタンゴムで、他の機能も付いているだろうカジュアルな物だ。

 

「高かったんじゃ……」

「皆で出し合ったからそうでもないの。

 それに、お義父様とお義母様にも相談したら『私達の気持ちも足してくれ』って」

「父さんと母さんも?」

「だから『皆さんと』って言いましたよ。兄さん」

「電話をすればすぐだからね」

「詩乃、藍子、木綿季……」

「「「誕生日おめでとう」」」

 

「涼」「兄さん」「おにーちゃん」

 

「……有難う、皆。有難う」

 

生まれてきた事を祝福されて、初めて彼は泣いた。

 

 

 


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