窓の外から、セミの鳴き声が聞こえる。
陽射しも強い夏の正午、リビングでは藍子と木綿季がだれていた。
「あつい~」
「うん、わかってるから改めて言わないでね。 木綿季」
涼しさを得る手段として扇風機は回しているが、クーラーは付けていない。
別に壊れたとかそんなわけでもなく、暑いのも夏なのだからと楽しんでいる。
窓は全開にして、風が吹けばそれなりには快適だとは思える。
まぁ暑い事には変わりないのだが。
「詩乃おねーちゃん、今日のお昼はー?」
「素麺だけなら直ぐだけど、お義父様からゴーヤが届いたのよね……」
キッチンで段ボールから取り出したゴーヤ片手に、携帯を弄る詩乃が答える。
流石の詩乃もまだ野菜の目利きはまだできないが、悪い物ではないだろう。
「何でゴーヤなんです?」
「沖縄に行ったからですって。 だからレシピを検索中」
「沖縄かー。 海いいよねー」
「わたし達、学校の水着しか無いけどね」
「泳ぐなら買いに行かないとなぁ」
夏だから海かプールに行きたいよね、と木綿季は話す。
テレビの情報番組も『夏に行きたい海水浴場・プール特集』なんてのも組んでいるし。
「……わたし達、言うほど泳いだことあった?」
「あー、無いよね。 水泳の授業は見学したし……」
画面に映る楽しそうな光景を見て、二人は想像してみる。
家族や友達と行く海やプールはそれは楽しそうで、魅力的だ。
自分達もギルドの仲間と、仮想現実で行った事はある。
でも、今は現実でも行こうと思えば行けるのだ。
ならば現実で行きたくなるのは、仕方のない事だろう。
「ん? 明日奈から?」
詩乃の呟きが聞こえ、そのまま携帯で会話を始める。
二人はテレビを見ながら、会話の内容に聞き耳を立てていた。
「えぇ、その日は確かに暇なはずだけど……藍子ー、木綿季ー」
「はいっ?」
「な、なにー?」
「例のパーティーの次の日に学校のプールに行かないか、だって」
「行く行く!」「行きます!」
「はいはい、聞こえた通りよ。 それで――」
意気揚々と食い付いてきた二人に、詩乃は知ってたと言わんばかりに微笑んで通話に戻る。
二人は嬉しそうに手を合わせて、ソファの上で跳ねた。
「皆でプールだよおねーちゃん!」
「皆でプールよ、木綿季!」
「でも学校のプールだよね? 水着は学校ので良いのかな?」
「んー、でもせっかくだからちゃんとした水着が欲しいよね」
どうしよう、と考える。
普通なら学校のプールだから、学校の水着の方が良いだろう。
ただ、誘ってきたのが明日奈なので、学校の行事だという事はおそらくない。
「二人とも、お昼食べたら水着を買いに行くわよ」
「学校のじゃなくていいの?」
「話を聞けば、直葉の特訓らしいわ。
それで学校のプールの許可をもらったからついでに遊ぼう、って話ね」
「へぇー……あ、じゃあわたし達も?」
「泳げるかどうか、知っておいた方が良いでしょ」
詩乃の言葉に二人は頷く。
仮想現実でも、そこまでちゃんと泳いだわけではない。
これから海にも、プールにも行く機会は増えるはずだから、知っておく事は重要だ。
「さて、それじゃあゴーヤをさっさと料理しますか」
「手伝いますっ」
「ボクもボクもー」
「それじゃあ私が見てるから木綿季は素麺、藍子はゴーヤを行ってみましょう」
◇
「イヤッホーゥ!」
「ちょ、木綿季ー!?」
ざばーん、と音を立てて水柱が上がる。
『アインクラッド攻略記念パーティー』の翌日、約束の通りに詩乃達は学校のプールに来ていた。 本来なら直葉が来てから入るのだが、待ちきれない様子の木綿季を見かねた明日奈が先に入ってていいと言ったのだ。
「こーらー、準備体操してから入りなさーい!」
「えへへ、ごめんなさーい!」
詩乃の声に、木綿季は素直に従ってプールから上がる。
プールサイドで藍子に捕まって怒られる彼女を横目に、詩乃はストレッチを始める。
その横には、同じようにストレッチをしている里香と珪子が居た。
「詩乃さん、すっかりお母さんですね」
「旦那が今日はいないけどね」
「和人が不参加だから流石に、だっけ?」
「まぁ、彼を差し置いて明日奈の水着姿を見るのが不義理とか考えてるんでしょ」
「せっかく詩乃の水着を見る機会なのに? あぁ、家で着て見せたのね」
「私と藍子と木綿季でね」
詩乃が着ているのは黒と青のスポーツタイプのビキニで、下はショートパンツになっている。
里香はワインレッドのスカートタイプのモノキニで、珪子は黄色とピンクのフレアビキニ。 藍子は藍色に白のラインが入ったフレアワンピースで、木綿季は明るい紫色のハイネックビキニだ。
「それじゃあいつは一人、家に居る感じ?」
「んー、どうもお義父様が近くまで来てるみたいで、都内で会うって」
「涼さんのお父さんって、どんな感じの人なんです?」
「そうね……涼をそのまま大人にして、少しダンディにした感じ、かしら」
「あー、親子ってちゃんとわかる感じですか」
「そうそう。 涼はお義父様をベースに、お義母様を良い感じで組み合わせた感じ。
精悍だけど綺麗めの顔立ちでしょ?」
「わかるような気はするわね……ということは、母親は?」
「余裕で女優が出来るレベルで、見た目年齢不詳。
30代後半のはずなんだけど、下手すれば20歳ちょうどに見られる」
「ぜひお会いして、秘訣とか聞きたくなる人ですね!」
世間話に華を咲かせて、ストレッチを終えれば3人はプールに飛び込む。
遅れて藍子と木綿季が飛び込んだところで、更衣室のドアが開く。
「あー、皆もう泳いでるー」
「えぇ……皆さんも普通の水着なんですかぁ……」
現れたのは、赤と白のビキニを着た明日奈と、スクール水着を着た直葉だった。
「「「むぅ……」」」
「え、な、なに?」
プールの中から、直葉を見る珪子、藍子、木綿季の視線。
何処を見られているのか察して、直葉は自分の身体を抱きしめるようにしてそこを隠す。
「本当にあたしと一歳差なんですかね」
「二年でわたしもあんなに……? え、無理では……?」
「あれが悩殺ボディ……」
「そんなに見ないでよ~」
負のオーラを纏った三人の視線に直葉が怯むが、詩乃が三人の頭を軽く叩いて霧散させる。
「何してんの三人とも」
「だって詩乃おねーちゃん、あれはズルくない!?」
「ズルいって言われても……」
「直葉は気にする必要ないわ。 僻んだって大きくなるわけじゃないんだから」
「「「うっ」」」
詩乃の言葉がぐさりと刺さったのか、ぶくぶくとプールに沈んでいく三人。
それを見て、義妹二人は特に水に慣らす必要は無さそうだと詩乃は考えた。
「詩乃ちゃん強い……強くない?」
「相手が居る者の余裕って奴ですなー」
「詩乃のんの安定感はやっぱ凄い」
明日奈達の感想を聞きながら、自分も羨ましいとは言えない詩乃だった。
◇
泳ぎの特訓は、木綿季は教えてしまえばすぐに息継ぎも出来た。
藍子は少し時間はかかったが、それでも昼休憩前には形になっている。
そして今は昼休憩で、七人は明日奈、詩乃、直葉が作ってきたお弁当を食べていた。
「二人とも、泳げるようになるの早くないですか?」
「二人の場合は苦手意識とかないみたいだから、スタート地点が違うよ」
「仮想現実では泳いでたみたいだし、イメージがあればこの手のは早いわ」
むぅ、と直葉が唸るが、彼女も運動神経が良いので意識さえ何とかなればすぐに泳げるようになるだろうと、明日奈と詩乃は考えている。
確かに木綿季と藍子は早く泳げているが、仮想現実ですらまったくやっていなければ流石にもう少しかかっているはずなのだ。
「腕が重ーい……」
「調子に乗って泳ぐからよ。 はい、ちゃんと食べる」
「あー、んむっ」
藍子が口元に持って行ったおかずを木綿季が食べる。
しばらく味を堪能してのみ込めば、その目を輝かせた。
「んー、おいしー!」
「こうして見てると、藍子ちゃんってやっぱりお姉ちゃんなんだ」
「今は兄さんも義姉さんも居るので、自分でも忘れそうですけどね」
直葉の言葉に、藍子は苦笑して答える。
数年前の自分に、兄と姉が出来るなんて言っても信じてもらえないだろう。
今の自分がどれだけ奇跡的な可能性の先に居るのか、藍子には見当もつかない。
「おねーちゃんもっとー」
「はいはい」
妹の言葉に微笑みながら、改めて今生きてる奇跡に感謝する。
そんな二人を直葉は眩しそうに見ていた。
「好きなんだね、桜川君と詩乃ちゃんの事」
「そうですね……って本人の前で何言わせるんですか!」
「どう明日奈。 うちの義妹可愛いでしょ?」
「藍子ちゃん、わたしの事も『明日奈姉さん』って呼んでくれていいんだよ?」
「必死か」
ぺしん、と里香のツッコミが明日奈に炸裂し、笑いが生まれる。
「むぅぅ~、あたしもお姉さんなのにぃ~」
「珪子さんは正直、ボクらと同い年に感じる」
「なんですとっ!?」
「その三人の中だと、藍子ちゃんが一番上に見えるわよねぇ」
「里香さぁーん!?」
あはは、と笑い声が上がる。
「にしても……」
直葉が視線を向ける先には、昼食として持ってきたお弁当。
自分の物と明日奈や詩乃が作って来た物と見比べる。
(彩りからして全然違う……)
自分の良くも悪くも家庭的なものに比べて、二人の物は彩りにまで気を使った物に見える。
(女の子っぽくてかわいい……やっぱりお兄ちゃん、こういうのが好きなのかな)
「直葉さんのも食べていいー?」
「ふぇっ? あ、うん、食べていいよ」
やりぃ、と木綿季が直葉の弁当箱から嬉々としておにぎりを取って頬張る。
「やっぱりご飯だよねぇ。 お、鮭だー」
「あ、こっちが鮭で、こっちが昆布。 こっちは具無しだよ」
「ん~直葉さんのご飯も美味しい~」
本当に美味しそうに食べる木綿季の笑顔に、直葉も自然と笑顔になる。
これだけ美味しそうに食べてくれる彼女を見たら、さっき悩んでいた事が小さく感じた。
「……あたしも、木綿季ちゃんが妹だったらよかったなぁ」
「直葉ちゃんも!?」
「ライバルですか!?」
「へっ? あ、いや、美味しそうに食べてくれるからつい……」
明日奈と珪子の眼光を受けて、直葉がしどろもどろで弁明をする。
当の木綿季は、そんな話に我関せずで三者三様のお弁当を堪能していた。
「食べ過ぎないでよ? 木綿季」
「食べた分、もっと泳ぐから大丈夫!」
「いや、泳ぐなら食べる量抑えよう?」
本家の姉妹の間では、そんなやり取りがあった。
◇
休憩後、既に水に慣れた木綿季はそれはもう自由に泳いでいた。
対照的なのは、隣のレーンでゆっくり泳いでいる藍子。
詩乃は里香と協力して、万が一が無いように二人を監督しながら泳いでいる。
明日奈と珪子は直葉について、今はビート板を使って泳いでいた。
「ふぅー……」
100mほど泳いで、詩乃はプールサイドへと上がる。
「う、うで……おも……」
少しして、力の限り泳いでいた木綿季が転がるように詩乃の隣に上がってきた。
「そりゃそうなるよ木綿季……」
プールの中から、藍子が呆れたように声をかける。
「いやぁ……楽しくってついー」
楽しそうに笑いながら言う木綿季に、藍子も苦笑する。
気持ちはわかるが、後先考えなさすぎると少しだけ説教する。
「テントで休憩したら?」
「今気が付いたんだけど、腕だけじゃなくて足も重いんだー」
「泳ぎ過ぎよ、このお馬鹿!」
藍子が怒鳴れば、ごめーんと木綿季が笑う。
やり取りを見ていた詩乃がため息をつき、里香と一緒に木綿季を抱えてテントまで運ぶ。
藍子もプールから上がってそれに付いて行き、横になる木綿季の横に座った。
「木綿季ー?」
「ヒェッ」
にっこりと笑う姉の背に、木綿季は初めて般若を見た。
その光景を共有できていたら、涼や和人は『明日奈さんと一緒や……』と言っただろう。
視線を彷徨わせて助けを求めるが、里香は合掌している。
明日奈と珪子は直葉についているし、詩乃は今回全面的に藍子の味方だった。
「とりあえず、兄さん直伝の痛い奴するね?」
「まって! あれホント痛いし、ここ屋外だからボクの悲鳴が凄い事になるよ!?」
「わたし、今するとは言ってないよ? 木綿季」
ごきり、と手を鳴らす藍子に、木綿季は未だかつてない戦慄を覚えていた。
このまま家に帰れば、確実に餌食にされると本能が語り掛ける。
「……あの怒り具合に明日奈さんとの繋がりを感じますね」
「え、明日奈さん怒ったらあんなに怖いの?」
「珪子ちゃーん?」
「「ヒェッ」」
こっちでは、本家が降臨していた。
滅多に怒らない(叱りはする)藍子は心に般若を飼っている……(風評被害