新学期が始まる前に、涼達にVR教材ソフトが届いた。
基本的に涼が実家に置いていた物を送ってもらっただけだが、中には新しいバージョンの物なども入っている。他にも、先日涼が父親に苦情を言って逆に煽られた専用ソフトは例外としても、『詩乃ちゃんにオススメ』だの『藍子が始めるならこれ』だの『木綿季の長所を伸ばすならこれ』と言った付箋が張られたソフトが多数ある。
「VR総合格闘」
「わたしはVR合気道教室でした」
「剣豪・極VRって凄い名前だよね」
最初は三人とも自分に宛てられたソフトのタイトルに首を傾げていたが、涼にとりあえずやってみればいいと説得されてやってみれば、三人とも理由は様々だが『確かに自分に必要な物だった』と少し顔を引き攣らせながら答えた。
「気持ちはわかる。俺もそうだった」
遠い目をして答えた彼に、三人は何も言えなかったという。
離れて暮らして尚且つ仮想世界の事を知る由もないのに、自分達の成長率やら何やらを把握している涼の両親は何者だろうかと考えてしまうが、息子が遠い目をしているのを見れば何とも言えなくなるのは当たり前と言えるかもしれないが。
そんなわけで今、桜川家ではVR教材によるスキルブートキャンプが行われている。
「何でオープンフィンガーグローブとミットがあるのよ」
「絶対使うからって送られてきた。まぁ現実でも動いてみないといかんしな」
「手をこうして、こう」
「藍子さん
「木綿季は桐ケ谷妹に声をかけたので、土曜にあいつん家な」
「いえーい」
詩乃は元から涼の両親の教育を受けていた事もあり、VR教材上では高難易度もクリアして現実でも軽くミット打ちをして動きを確認する段階になっている。
藍子は投げについてはまだ確認できていないが、護身程度の術については基礎はほぼ習得していた。彼女は学習能力が高く、要点を掴むのも上手いので投げも時間の問題だろう。
木綿季については現実で試す場所は確保しただけだが、ALOでは何度も剣を交えて確認した。元々我流であっても剣なら涼に勝ち、キリト相手に互角の彼女だったがその冴えに磨きがかかっている。
「皆、俺の時より攻略すんの早いな……」
「涼の場合は一日何個も並行してやってたからでしょう。SAO前でも休みに一日中ダイブしてたの知ってるのよ」
「SAO前でも、ですか?」
「目を開けたら横に詩乃が居てビビったなあの時は」
「詩乃おねーちゃんはその頃から隣で寝るのが好きだったんだね」
「めっちゃ顔に落書きされてたけどな」
「目の周りを真っ黒にしてパンダみたいにしてやったわ」
「んぶぅ」
想像したのか、藍子が笑いをこらえて崩れ落ちた。
「まーた藍子のツボにはまったよ……」
「おねーちゃん、沸点低すぎない……?」
「パンダ……兄さんがパンダ……っ」
「涼のせいね」
「そうだね、おにーちゃんだね」
「うっそだろ理不尽過ぎない?」
◇
10月のある日、学校が終わって4人はいつものようにリビングで過ごす。
基本的にはその日あった事を話しあったり、他愛もない世間話や何ならALOでどこに行くか等もこの時に話したりする。
「へー、BoBってもう第2回やったんだ」
「2カ月に1回ペースですと、次やるなら12月ですか……」
「あら、藍子は大会に興味あるの?」
女性陣の会話を聞きながら、少し離れた所で涼は父親からの電話を受けている。
『そろそろ、家の方が準備できるぞ』
「あー……そっか。もう言ってた時期か」
父親の言葉に、元々は涼の両親と詩乃の母親がこちらに来るまで藍子と木綿季を預かるという話だったと涼は思い出す。忘れていたというより、この半年ほどの間で4人で過ごすことが当たり前になっていたために、失念していたというのが正しい。
『その様子だと、上手く行っているようだな』
「まぁ、悪いって事は無いよ。それは自信がある」
少しだけ誇らしげに答える息子の声に、父親は大らかに笑う。
「詩乃のお母さんも近くに来るのか?」
『あぁ、私達の家の近くのマンションだよ。こっちでの職も見つかった』
そりゃ朗報だ、と涼は安堵の息を吐く。最初に会った頃は詩乃が常に気を張っていた理由が分かった気がするほどに心を壊していた様子だったが、主に涼の母親が彼女を気にかけて涼も詩乃と一緒に彼女と話をしたり家事を手伝ったりもした。その甲斐あってかSAOにダイブする直前くらいには、詩乃と和解して二人はちゃんと母娘に戻れたように思う。
『まぁいい加減、私達も子供達と暮らしたいからな』
「それは仕方ないなぁ……」
『家は二世帯にしたから、お前と詩乃ちゃんも入ってるんだぞ。涼』
「あるぇー? 俺その話聞いてないんだけど」
『その話は言ってないが、そこにお前達がずっと住むとも言ってないはずだ』
その言葉に涼は自身の記憶を探るが、確かにずっとここに住むという話は無かった。東京で暮らす部屋として、提示された候補の中から涼と詩乃で選んだのがここと言うだけで、二人でずっとここに住むという話も高校卒業までという期限も無いのだ。
『何だ、詩乃ちゃんと二人で暮らせることに浮かれてたか? もう少し相手の言葉をちゃんと聞いて吟味した方が良いぞ』
「何も言えねぇ……まぁ、その辺りは詩乃と相談するよ」
『それが良い。まだそこで二人きりになるというのも悪い話ではないしな』
「はは、具体的な日程が決まったらまた教えてくれよ父さん。藍子と木綿季にはこの事話しておくから」
『一週間前には連絡しよう』
通話が切れて、涼は息を一つ吐く。視線を感じてそちらを見れば、木綿季が彼を見ていた。
「どうしたのおにーちゃん」
「あぁ、父さんからだよ。そろそろこっちに越してくるって」
「おー! おじさま来るんだ」
「ま、その関係で色々話すからいくぞー」
木綿季に戻るようにジェスチャーして、詩乃と藍子の居るリビングへと戻っていく。
「お義父様?」
「あぁ、近々こっちに越してくるから準備しとけって」
「「あー……」」
涼の言葉に姉妹が揃って声を上げた。どうやら二人も同じように失念していたらしい。
「で、俺と詩乃もどうするかを聞いてきた」
「え? 私達はここでって話じゃなかったの?」
「俺も自分の記憶探ったけど、期限なんかの話は一切しなかったんだよなぁ……」
詩乃も涼と同じように自身の記憶を探っていくが、同じ結論に達したようで彼を見た。彼は苦笑を返していつもの自分の席に座り、三人をそれぞれ見る。
「父さんから聞いた話によれば、新居は二世帯住宅にしたそうだ」
「二世帯? 母さんも住むの?」
「いや、
「……えっ?」
珍しく、詩乃がフリーズした。涼としてもこのまま同棲が続くと思っていたため、突然の同居の打診は驚いた。とは言っても二世帯住宅なのでそこまでキッチリとした同居という事でもない。
「あ、じゃあこれからも一緒に住めるんですね」
「それを話し合うんだよ。俺にはしばらく二人で過ごしたいって気持ちもあるんだからな?」
涼の言葉に姉妹は考え込む様子を見せた。姉妹としては皆で暮らしたいが二人きりになりたいという気持ちもわかる。涼と詩乃が二人きりの所に来たのは自分達だから、それを邪魔してしまうというのは気が引けた。
「……おじさま達の家も遠いわけじゃないんだよね?」
「聞いた話じゃ学校からの距離はこの家よりは遠いけど、この家から遠いってわけじゃないから会いに来るのも行くのも全然問題ない」
「……まぁ、私も母さんと会ったりしたいから、頻繁に行き来する事になりそうね」
「学校でも会いますし、ねぇ……」
話していけば、確かに離れる寂しさはあるだろうが会う頻度が減るだけで全く会えなくなるわけでもない。今生の別れでもないのだからそこまで深刻になる話でもないのだという結論になる。
「うん、ボクら深刻になりすぎだよね。ユナさんの時もそうだったけど」
「返す言葉が見当たらねぇ」
「面目ないわ……」
「ま、まぁそれだけわたし達を大事に思ってくれたという事で」
その日は、今までの思い出話に華が咲いたという。
◇
「よくよく考えれば、
「何の話だ?」
いつものようにALOへとダイブして、涼はそんな簡単な事実に気が付いた。
「自分の頭の固さに今気づいた話」
「はぁ? まぁいいけど、家族と一緒じゃないのは珍しいな」
「俺は息抜きで、三人はVR教材中」
「あー、言ってた奴か……お前のだけイマイチ要領得なかったけど」
うるせー、と言いながらオーリはキリトと一緒にのんびりとアインクラッドが浮いている空を眺めた。今の二人は央都近くの草原で横になっており、完全に冒険に出る気の無いのんびりとした空気を纏っている。
「よいしょっと」
そんな二人とは違う声が、キリトの服のポケットから聞こえる。現れたのは、小さい体躯のナビゲーションピクシー……ユイという名前の、キリトとアスナの子だった。
「……俺、ユイと会うのすげー久しぶりだわ」
「そうですね。会わないようにしてましたし」
「あれ? 俺嫌われてんの? 割とダメージでかいんですけど」
SAO時代からオーリとユイは面識がある。特に嫌われてないはずだが、ユイの言葉は些か以上にオーリに突き刺さった。昔詩乃に食らった平手打ちくらいのダメージである。
「ち、違いますよ。少しオーリさんの事で気になる事があって調べてたんです」
「気になる事?」
「オーリの居る時に限っていなかったのと関係があるのか? ユイ」
「大有りです。というより、オーリさんの居る時に感じていた何かの正体を掴みに行ってたんです」
「オーリ、うちの娘に何をした。言え!」
「二本抜くんじゃねぇよ親馬鹿! 目が笑ってないから!? 後俺とバッティングしてないってお前言ったばかりだろうが!?」
二刀流で襲い掛かろうとするキリトの腕を掴んで、二人は至近距離でメンチを切りあう。
「ユイさん早く続き話して! このままだと殺されそうなんだけど!?」
「あー、えーと……簡潔に言えば、オーリさんはずっと『カーディナル』に観察されてます」
「「はぁっ!?」」
睨みあっていた二人の驚きの声が重なって響いた。
『カーディナル』と言えば、SAOにも使われていたシステムの名前だったはずだとオーリは記憶している。何故知っているかと言えば、茅場から聞いたとしか言いようがないが、それがALOに流用されているとは知らなかった。
「『カーディナル』はゲーム全体の情報を集積しますが、特定の個人を見たりはしません。でも明らかにオーリさんに対してのみ、リソースを割いているのを確認しました」
「なにそれこわい」
「えぇー……オーリはシステムにすら目を付けられてるって事か?」
「とも言い難いんですよね……何というか、本当に見ているとしか言いようがなくて」
「なにそれこわい……とも言ってられないよなぁ」
オーリの言葉にユイは苦笑し、キリトは同意する。どんな意図で見られているのかはわからないが、ただ見られているだけと言うのも何となく座りが良くない。
「おーい、カーディナルさーん。用事があるなら返事してくれねーかなー?」
ただ、システムへのアクセス権など無いので、オーリはダメ元で呼びかけてみる。見た目は空に話しかけている危ない青年であるが、二人は呆れはしてもそれを止めることはない。
「流石に呼びかけただけで反応しないだろ……」
「オーリさんを観察してると言っても答えたりは……」
「あ、メッセージ来た」
「「うそぉっ!?」」
「ガチなんだよなぁ……差出人が『Cardinal』だし」
三人ともドン引きの結果だが、来てしまったものはしょうがないのでオーリはメッセージを開く。書かれていたのはたった一言だけ。
「『浮遊城の最も深き場所にて我ら、英雄を待つ』……おい、キリト」
「ある意味、俺達にとっては懐かしの場所だな」
二人には心当たりがあった。かつての最終決戦前に二人が最後の追い込みとして訪れた、下手をすれば第100層よりも高レベルのモンスター達がひしめき合い、死神すら複数体うろつく、攻略組の大多数がその攻略を諦めた地獄。
「アインクラッド地下迷宮第9層『コキュートス』」
「地獄への招待状……か。今から行くのか?」
「当然。何か文面も気になることだらけだしな」
我ら、という事で複数の何かが待っている事は確定しているのだろう。システムに恨まれるような事をした覚えは無いし、そもそもカーディナルが複数あるのかという疑問もある。
ユイにそう言った疑問を話せば、カーディナルシステムは1つだが自分のように何かしらの切欠で自我と呼べるものに目覚めたプログラムが複数居る可能性は切り捨てられない。ただでさえ曰くのあるSAOのデータが使われているのだから、それだけであらゆる可能性は残されていると。
「じゃ、アイテムやらを整えたら地下の入口で集合でいいな?」
「お前ならそういうと思ったけど……いいのかキリト」
「あの時は入り口で追い込みかけただけだし、奥には興味はあったんだよ」
あの時に攻略するには割に合わなかったからな、というキリトの言葉にオーリは同意した。最終決戦前のレベリングとして向かっただけのあの場所は、敵の強さと迷宮の難易度ともに地獄と言っていい所だった。しかしそのおかげと言ってはあれだが、レベリングには最も時間効率のいい場所でもあった。
「じゃあ行くか。懐かしの地獄へ」
「今度は攻略してやるさ。俺とオーリと」
「私もです!」
キリトとオーリが拳を合わせて、そこにユイが両手を乗せる。
「目指せ最下層、です!」
「「おー!」」
かきためすすまない……