流星の軌跡   作:Fiery

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レベル上げと探索に熱中しすぎてストーリーを進めないプレイヤーがここに居るぞー(Re:HF


そのじゅうはち:『殺意』

 桜川涼と言う少年は少々特異と言える感覚を持っている。

 それは俗にいう第六感とも言われる超感覚的知覚で、『他者の特異な精神状態を知覚する』という彼自身よくわかっていないものだ。日常生活において全く意味を為さないこの感覚だが、特異な精神状態だったりする人間を見た時に『どのように特異なのか』を直感的に把握できる。

 この感覚を知ったのは父親に連れられて海外に出た時で、戦場帰りで不安定になっている兵士を見た時だった。最初は自分が感じるそれが何かわからずに泣き出した記憶が彼にはあるが、それに向き合う事を決めた時に自然とそれを理解する事が出来た。

 

 明確に役に立ったのは忘れもしない、初めて詩乃と出会った時。周りが恐怖に染まっていく中で特異だった存在が2人居た。1人があの時の強盗犯で平たく言えば狂っていた状態だが、それとはまったく違う状態だったのが銃を握った詩乃だった。出会いと言う意味でならこの感覚があればこそなのだが、そう思うのは複雑な所である。

 

 この感覚が磨かれたのはSAOに囚われた時だろう。感じた特異性の殆どはマイナス方面で振り切れた物ばかりだったが、故にそういう物には敏感になれたし、システム的には見つける事が困難なはずだったレッドプレイヤーの筆頭である男を見つけられたのはこのおかげでもある。攻略組が使ってた《超感覚(ハイパーセンス)》とも違う感覚は2年のデスゲームで磨かれて日常に戻った後もある種の直感として働くようになり、胡散臭そうな人間などを見破るのに役には立っている。

 

 ちょうど自分の視線の先で座っている、まるで幽霊のような容貌の黒ずくめのプレイヤーのような存在を見つけるのに非常に役立っていた。

 

 彼我の距離は10メートルほどで、そのプレイヤーは時計をしきりに気にしている。今居る『SBCグロッケン』内ではPKは出来ないはずだが、そいつの狙いはそれではなく、時計以外でしきりに気にしているモニターに映し出されているプレイヤーの誰かなのだろう。今モニターの向こうでは、第二回『BoB』で優勝したゼクシードや準優勝の闇風が生放送でインタビューを受けている。大会後に闇風から聞いた話では、ゼクシードは噂を利用して偽情報を広め、乗せられた相手に対してメタを張り、レア銃まで持ち込んで盛大にやらかしたらしい。

 それだけならリョウゲツは『野郎やらかしやがった』と笑いながら言う所ではあるが、撒いた偽情報と言うのが気に入らない。『AGI最強説』というその説だが、押しはしないまでもリョウゲツ自身がAGI先行のバランス型であり、ある意味自分も馬鹿にされているようで気に入らなかったのだ。ちなみにこれをAGI型であるコットンに教えたら『機会があったら風穴開けてやる』と何ともGGOに染まった発言をしてくれた。

 

(……殺意か)

 

 黒いフード付きマントで全身を覆ったアバターから感じるのは、SAOで馴染んでしまったものの1つ。そして奴の視線の先を追えば、誰を殺す気なのがリョウゲツには理解できてしまった。

 

「どうしたの?」

「あぁ、いや……このままゼクシードの奴の話を聞いてるのもなと思っただけ」

「あぁ……もうログアウトする?」

「そうだな。拠点に戻ってログアウトするか」

 

 横にいたウタの問いかけに返事を返して凭れ掛かっていた壁から背を離して、すぐ傍の出入り口から2人は建物を出る。

 

「AGI型の時代は終わりだって言ってたけど、どう思うの?」

「ビルドなんてのは自分の好きにやればいいんだよ。昔のMMORPGは職業(クラス)によっちゃ鉄板のビルドは確かにあるし、今のフルダイブにも確かにある。ただ昔と違って今は自分がそのキャラとして動く。ならキャラビルドよりも重要なのは自分をどれだけ知っているかになると、俺は思うよ」

「私が〈スナイパー〉ビルドをしているように?」

「そうそう。それにウタのビルドはウタ以外には扱いきれるもんじゃない」

 

 あまり気にしていない様子の彼を見て、ウタは自身の中に渦巻いた蟠りを些細な物として切り捨てた。ゼクシードが話していた優勝した方法は彼女が眉を顰めるのに十分な代物だった。自分が強くなるわけではなく、相手を陥れて勝つというのは彼女の好みからは外れる代物である。正道を好むというわけではないが、自分がそうした事で今恋人の隣に立てているのだという自負がある。こういう戦闘が絡むゲームと恋愛は違うかもしれないが、それでも自分がやってきた事を否定されると感じてしまったのは事実であった。

 

「ま、気にしたって仕方ないさ。ゲームって気分でもないし、ログアウトしたらリアルでゆっくりしよう」

「そうね。こういうのはゆっくりして忘れるに限るわ」

 

互いに手を取り合って、ゆったりと拠点に向かって歩いていく。2人の耳に、建物から響いた銃声が届く事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 あくる日の休日は、自分の母親に会いに行った詩乃とは別行動を取って涼は都内の喫茶店に来ていた。と言うのも、父親から少し話があると指定された場所がこの喫茶店であり、店内にはマスターの他には父親ともう一人が居るだけ。

 

「おぉ、去年見舞いに行った時よりでかく……なりすぎじゃないか?」

「流石に10cm近く伸びて怖いんですよ。お久しぶりです、(たかし)叔父さん」

 

 喫茶店に入った涼に声をかけたのは、父親の弟である桜川崖だ。鋭い目付きと纏う雰囲気で堅気には見えないが、れっきとした警察官である彼はノンキャリアの中では最速で警視にまで上り詰め、警視庁に勤務している。見た目とは裏腹に気さくな人物でもあり、涼も何度か年末年始には会ってお年玉も貰った事があった。

 

「というか、おじさんが何で来てるの。会いやすくなったのはわかるんだけど」

「あー、ちょっと兄貴に知恵を借りようと思ったんだが、お前の方が適任だと言われてな」

「涼。フルダイブゲーム中にゲーム内で攻撃されて、現実のプレイヤーが死ぬと思うか?」

 

 いつになく真剣な父親の声に、涼は思わず姿勢を正した。それは父親の隣に座っていた叔父も同じようで、口を真一文字に結んで涼を見ている。

 

「問いが穏やかじゃ無さ過ぎる……でも、基本的にはNoだと思うよ俺は」

「というと?」

「それが可能なら、今頃俺も死んでると思うんだよ。父さん」

「あぁ……なるほど、そういう事か」

 

 父親が思い浮かべるのは、自身が涼に与えた教材とフルダイブ技術の全ての発端と言える《ソードアート・オンライン》だ。前者はペインアブソーバーを切り、現実と同じような痛みを与える事が出来る。後者は単純な話、二年間で涼の容体が急変したという事が一切なかった。

 

「フルダイブ中にゲーム内で得た信号は、基本的には肉体に反映されない。余程の事がない限りは、だけど。だからゲーム内でダメージを受けたからと言って現実でも死ぬのは現実的じゃない。それにゲームじゃ基本痛みも感じないから、可能性としてはもっと低くなると思うよ」

 

 その余程の事を体感している涼だが、今の所身体の方に異常はない。最近では送られた教材で痛みを伴う方にも挑戦しているが、殴られたところが現実で痣になっているという事も無かった。

 

「……最近、VRゲームのプレイヤーが衰弱死している問題は知ってっか?」

「まぁそりゃねぇ。そうならないように遊んでる身としては、思う所もあるよ」

「基本的にそう言うのは事故で処理されるんだが……少し引っかかる件があってな」

「引っかかるって言うと?」

 

 涼の疑問に叔父は頭を掻きながら溜息を一つ吐いて、意を決したように口を開いた。

 

「こいつはあくまで都市伝説並みの噂だが……そいつに攻撃されてゲームで死ぬと、現実でも死ぬって奴だ。そういう話が、あるゲームから出て来てんだよ」

「何のゲームです?」

「――…ガンゲイル・オンライン」

 

 告げられた名前に、涼は目を見開いた。つい先日もプレイしていたゲームの名前が出るとは思っていなかったからだ。

 

「……いや、なら尚の事おかしい。GGOは俺もプレイしてるし、何なら撃ったり撃たれたりもしてるけど、そんな事は一切ないよ」

 

 そう言いながらも、涼の脳裏にはあの時に見たアバターが思い浮かんでいる。ただ、それならばもっと不可能なのだ。あの時奴が殺意を向けていたのはモニターに映っていた誰か。あそこは圏内である為、あそこにいるプレイヤーを撃ってもダメージは与えられない。アバターを殺す事で条件を満たせるなら、あそこでは絶対に条件を満たせない。それにあの時映っていたモニターの向こうは()()()()()()()()()()()()。理屈は通らないが、奴が殺意を向けていたという一点から、誰が死んだかは何となく想像がついた。

 

「……ゼクシード?」

 

 思わず、と言った体で涼が呟けば、叔父の気配が少しだけ揺らいだ。そういえばあのインタビュー以降、知り合いは誰も彼の姿を見ていない。確かに彼は情報操作などを駆使していたが、それだけで勝てる程BoBに出場したプレイヤーは温くない。その点でいえば間違いなくゼクシードはGGOのトッププレイヤーと言え、ダイブする頻度も多い。そんな男を一週間以上誰も見ていないのは、違和感があった。

 

「涼坊。お前が知ってる事、考えた事を聞かせてくれや」

「……今から言う事はただの想像だし、俺は直接その光景を見たわけじゃないよ」

「それでもだ。オレの勘に引っかかる気持ち悪さの正体を知る為に生の意見が聴きてぇ」

「わかった」

 

 叔父に促されて、涼は脳裏に浮かんだ考えを話す。

 まず、その被害者の事。ゼクシードと言うプレイヤーについて自分が知っている事を話し、おそらく他殺であるという考えも話す。自然死や衰弱死に見せかけるならば毒物か何かが用いられている可能性が高いだろう。次に、犯人は複数である可能性が高い事。ゲーム内の影響が現実の肉体に変化をもたらす可能性が限りなく低いのなら、現実で殺すしかない。故にゲーム内で攻撃する係と現実で殺す係の2人が最低でも必要になる。

 

「いや、移動手段なんかを考えると3人以上……?」

「現実で殺すとなれば、標的の個人情報はどうやって知る?」

「前に大会があったんだけど、賞品が出るんだ。賞品の中にはモデルガンを自宅に送ってくれるって言うのもあって、それだと住所や本名を入れる必要が出てくる。で、それはやりようによっては盗み見る事が出来たよ」

「――…標的を選んで調べたんじゃなくて、調べた中から標的を選んだ、か」

 

 ふむ、と叔父が腕を組んで目を閉じ、思考の海の中へと潜っていく。涼の話を自分の中の違和感と照らし合わせているのだろう。彼の中の整理が終わるまで、2人は静かに飲み物を口に運んでいる。

 

「……なるほど、だいぶスッキリした。聞いて正解だったぜ」

 

 ニヤリ、と叔父が笑う。その顔は明らかに警察官には見えないが、この場に居る二人は特に気にしない。彼は意外と自分の悪人面を気にしているので、突っ込むと面倒なのだ。

 

「後はこっちの仕事か。悪かったな兄貴、涼坊。呼び出しちまって」

「何、私は息子に話を振っただけだしな」

「俺は何となく思った事を言っただけだし……ただの想像だよ?」

「オレにはその想像は出来なかった。詳しいのはうちの若いのにも居るが、どうしてもこっち側の視点になりがちだ。だからまったくの第三者の目ってのは貴重なんだよ」

 

 しみじみと呟く叔父の言葉には、長い年月に裏打ちされた実感が籠っていた。彼は涼には武勇伝などを語りたがらず、自身の失敗談をよく話してくれた。それは自分のような失敗をしてほしくないという思いもあれば、自分自身がそれを忘れていないかという確認の意味もあったのだろうと、涼は思っている。

 

 それから仕事の話が終わって、近況報告がてらの雑談をしていれば叔父が目を細めながら言う。

 

「涼坊はもう嫁さん貰うのか……」

「はい。18になったら籍は入れようかなと」

「お相手ってのは、オレが見舞いに行った時に病室に居た娘か?」

「そうですよ。朝田詩乃です」

 

 叔父は今まで結婚を一度もしないまま仕事一筋で生きている。何故かと問われれば『自分が警察官だから』と彼は答えるだろう。犯罪捜査の過程で犯人やその家族に恨まれる事もあれば、危険な現場に向かう事もある彼は、自分が家族を作って、残して逝ってしまう事を恐れているから。

 

「危ねぇことには首突っ込むな……って言っても聞かねぇからなぁお前」

「SAOについては首を突っ込んだというか、引き摺りこまれたというか……」

「それでも、だ……嫁さんを泣かせるような、ろくでなしにだけはなるなよ」

 

 からん、とグラスの中の氷が音を立てる。叔父の言葉に父親とも違う重さを感じて、涼は息を飲んだ。

 

「悪い事をすりゃ、兄貴やオレが叱ってやる。悲しかったら、嫁さんにでも慰めてもらえ。

 でもな……死んじまったらもう、何もしてやれねぇんだ」

 

 叔父の表情には後悔があった。自分の手をすり抜けて、失われてしまった命に対しての自責の念があった。彼らにもっと自分が何か出来たのではないかと思い続けている顔だった。

 

「お前は嫁さんに、そんな思いを絶対させるんじゃねぇぞ」

「――…わかってる。守ると決めた。幸せにすると、誓ったんだ」

 

 目の前の男の重い重い言葉を、涼は自身の身体の内に力を込めて真っ直ぐに受け止める。そうしなければまともに言葉を紡げない程の重圧を、叔父は放っている。それを涼にだけ向けている。その鋭い眼光は真っ直ぐに涼を見据えて、押し潰さんばかりに圧力が増していく。

 

「だから、叔父さんも心配しないでよ」

 

 涼が叔父に向かって笑いかければ、感じていた重圧はすべて消えていく。父親の弟だけあって、叔父も今の涼では太刀打ちできない程度には武闘派だ。デスクワークの合間に現場に立ったりもしているのがその証拠で、そうやって部下を育てているのだと聞いている。

 

「涼坊……本気で威圧したのに笑うとか覚悟極まりすぎだろ。オレがその歳の頃なんてそんな事されたらちびってんぞ」

「いや、まぁ……それくらいじゃないと詩乃を好きになる資格はないとは思ってるんで」

「極まってるんじゃなくてガンギマリだったか……そんな所まで兄貴に似なくていいのに」

「失敬な奴だな」

 

 心外だと言わんばかりの表情の父親に対して、父親の逸話をその目で目撃している叔父はそっと視線を逸らした。自分の妻の為に『ハリウッド映画のヒーロー役』みたいな事をした人間がそんな事ないと言っても、何の説得力も持たないのだ。

 

 

 

 

 

 

 父親らと別れた後は、私用での買い物を終えて詩乃を迎えに行く。横に並んで、手を繋いで歩く。そんないつもの帰り道では、沈みかけた夕日が二人を照らしていた。

 

「ねぇ、涼」

「どうした?」

「貴方が目覚めてから、一年経ったわね」

 

 詩乃の言葉にそう言えばそうだと思い至る。《ソードアート・オンライン》に囚われ、その世界では神にも等しかった『魔王』との最終決戦から、もう一年。振りかえれば、様々な事が変わった一年だったとしか言いようの無いほど変わった事ばかりだ。

 

「東京に来たし、あっちの仲間と現実でも会って、妹も出来て、PCには居候まで居て」

 

 詩乃と心を通わせる事が出来たと涼が照れ笑いを浮かべれば、詩乃も頬を赤く染める。そんな姿も愛おしく思うが、ここはまだ外で道路上なのだから抱きしめる事はしない。逆に詩乃はいつでもウェルカムで、何ならここで深い方のキスをしても良いとすら思っている。

 

「……夢の中にいるみたい、か」

 

 涼がぽつりと言った言葉に、詩乃はその頬を可愛く膨らませる。

 

「何それ、私に色々しておいて夢とか許さないけど」

「そちらについては未来永劫、責任を全うし続ける所存であります」

「よろしい。でも夢みたいに感じるって言うのは、私も同意ね」

 

 くすり、と詩乃が笑えば涼も笑みを零す。

 

「涼と出会う前なら、こんな生活は想像も出来なかった。毎日が、何でもない光景が輝いて見えるなんて知らなかったと思う。都合のいい夢を見せられていると思えるくらいに」

 

 詩乃が涼の手を握る力が少し強くなる。今自分は何処に居るのか確かめるように。それを握り返して、隣に居るんだと涼は答えを返す。

 

「俺達、一緒だな」

「そうね、一緒ね」

 

 大切な人と同じことを考えていた。それだけの事に幸せを感じて2人は笑いあう。何でもない日常を、大切な人と共に過ごすだけで満たされていると感じている。

 

『でも、忘れるな』

 

 誰も居ないマンションのエレベーターに2人が乗りこめば、彼の脳裏に『彼』の声が聞こえてくる。彼の視界に映る鏡の中に、もう1人の自分が居た。顔に返り血を浴びて、その血で纏っている鎧も濡らして、まるで泣いているような自分が居た。

 

『その幸せを、愛を、友を、家族を、大事な人を――…お前の中の罪も』

 

(あぁ、忘れない。それも、俺だ)

 

 その答えを聞いて『彼』は目を閉じ、彼の中に溶け込んでいく。邂逅は一瞬にも満たない刹那で、『逢魔が時』に見た幻かもしれない。それでも構わない。自分の中の『自分』がこうして問いかけてくる限り、自分はまだ人生と言う旅の途中なのだから。

 

「涼?」

「……ん、ごめん。ぼーっとしてた」

「へぇ、私が横に居てぼーっとできると?」

「ごめんて。や、まって詩乃。まだ家の中じゃない――」

 

 拗ねた彼女が襟元を引っ張ってキスをしてくる。その光景は同じマンションの子供連れにばっちり見られた。

 

 

 

 




「ままー、きのうチューしてたひと―」
「あらあらまぁまぁ」

((羞恥で死ぬ……))
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