流星の軌跡   作:Fiery

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書き溜めが上手い事出来たので


そのにじゅう:剣の世界より来たれり

 

 

 何とか駆け込みでエントリーを終えたキリトはFブロックになり、リョウゲツはBブロックに配置され、次に彼と会うのは勝った後の待機エリアか負けた後のこの総督府かの二択となる。そして予選開始時刻はエントリー完了後から三十分後。

 

「早いな」

「前と変わらんけど、本戦が翌日なだけマシか」

「第一回は過密スケジュールでしたよね。その日の内に予選と本戦の両方しましたし」

 

 予選が始まるまでの間は待機エリアまで移動できるエレベーター付近で時間を潰す。インディが付いてきているのはあくまで見送りと言う体だが、リョウゲツはそれが自分を心配している事から来ている行動だと理解しているので彼女の好きにさせる事にした。それに進んでキリトへの説明役を買って出てくれ、彼がこのゲームへの理解度が深めるのに一役買ってくれたので兄として言う事は何もない。

 

「ありがとう、助かったよ」

「いえ、間違えてしまったお詫びという事で」

「女子に女子と間違えられたのホント、録画しとけばよかったな」

「お前本戦では覚えてろよ?」

 

 いつものように弄りいじられの会話を繰り広げる二人に、インディは思わず苦笑いを浮かべた。キリトにこのゲームに来た理由が『GGOの調査』であるとは聞いたが、兄の事情を知っている身としては彼の事情も似たようなものであるのだろうと推測は出来る。それなら彼の性格からしてコンバートしてきている事の意味が通る。誰かの為や何かの為とはいえ、自分から危険に飛び込もうという二人はそういう意味ではよく似ていた。

 

「そろそろ行くぞー」

「あいよ」

 

 危険なはずの場所に行くのに、軽い調子の声がする。彼女には理解できないメンタリティではあるが、窮地にあってはそれが頼もしく感じられるというのはわかっている。それでも、大切な人には危険な所に行ってほしくないと思っている。自分だって、義姉だって、妹だって同じ気持ちだ。何なら、推察したキリトの本当の目的をアスナに言えば、アスナだって彼を心配してGGO(この世界)に来る事だってあるだろう。

 

(でも、それをしたら……わたしはわたしのもう一つの気持ちを裏切る事になるんですね)

 

 インディ(紺野藍子)リョウゲツ(桜川涼)の事を信用も信頼もしている。ひょっとしたら、自分の知る世界の中でも最上位に置いているかもしれない。同じ境遇だった仲間達とは今も連絡を取り合ったりはしているけれど、仮想世界の中で会えるのはもうほんの一握りになってしまった。『眠りにつく騎士達(スリーピング・ナイツ)』は忍び寄っていた死の気配に脅かされる事がなくなり、今は現実を生きている。自分達を救ってくれたのは彼の父親だったけれど、自分と妹が現実で生きる為にその手を取って歩いてくれたのは、兄と義姉だった。そんな敬愛する兄を一番心配している尊敬する義姉が、いつものように泰然として動かないのであれば自分もそれに倣うだけ。

 

(心配だけど、それ以上に兄さんを信頼してます。それでも……)

 

「兄さん」

「ん?」

 

 妹の声に、兄はちゃんと立ち止まって振り向いてくれた。いつものように笑っている顔に、危険など無いと錯覚してしまいそうになるが、その錯覚は自分の甘えだと首を振る。

 

「……頑張ってくださいね。キリトさんも」

「おう」

「こりゃ負けらんないなぁ」

「本戦は、みんなで応援しますからね!」

 

 インディの激励に二人は片手を上げて拳を握る。その背中が見えなくなるまで、彼女は泣く事だけは堪えていた。

 

 

 

「向こうでちゃんと話はしたの?」

「ふぇっ!?」

 

 新居にある、自分に割り当てられた部屋で目を覚ます藍子に声が掛けられる。アミュスフィアを外して視線を向ければ、詩乃がベッドの脇に腰かけて彼女を見ていた。自分がやった事が御見通しだったのは、別に藍子にとっては問題ではない。自分がしなければ義姉が行っていたかもしれないし、ひょっとしたら妹がしたかもしれないのだから。

 

「少しだけ、です。キリトさんが居たので」

「……何で彼が?」

「ご本人は『GGOの調査』だと言ってましたけど、おそらくそれが全てではないでしょう。多分、目的としている相手は同じだと思います」

「彼も《死銃(デス・ガン)》を追ってる?」

 

 詩乃の言葉に藍子は同意を返す。何故キリトが《死銃(デス・ガン)》追っているのか、という理由を追求するのは既に無意味だ。想定は可能ではあるが、藍子が考えた所でそれをアスナに伝える事は出来ない。伝えれば彼女は恋人の為に動くだろう。その動きで兄にも影響があればそれだけ危険が増してしまう可能性があり、それは看過できるものではない。

 ならば伝えた後で説得する事も考えたが、水面下で動かれた場合のリスクもある為、伝えないというのがベターであると思えた。

 

「アスナに言ってると思う?」

「いえ、言ってないでしょう。大事な人に心配を掛けたくないと思うのは普通の事です」

「まぁそうね……涼に言わせた私が言う事でもないけど」

「ただ、わたしもアスナさんに言うのは賛成できません。もうタイミングが遅いですから」

 

 兄の事情を加味すれば、仮想世界側からの介入はまだ許容範囲内だ。兄と彼のコンビなら仮想世界側の大体の事はどうにかなってしまうし、どうにかしてしまうだろう。今回の件に関してもそれが変わる事は無いと藍子は考えている。しかし、現実ではそうはいかない。現実では兄も彼も今は力なく横たわる人間でしかないし、その時に狙われてしまえばどうしようもない。目の前の詩乃も数秒で義妹と同じ結論に至ったのか、目を伏せて深く息を吐く。

 

「バレたら私達もアスナに怒られるかしら?」

「全部兄さんとキリトさんが悪いので、二人に怒られてもらいましょう」

 

 一瞬の迷いも無く、藍子は兄とその友人を売り飛ばす。流石に自分達が怒られる事は無いと思うが、それでも言い訳は十数通りくらい考えておこうと考えながら。

 

 

 

 

 

 

 急なコンバートなので、キリトはこの公式大会の予選がGGOでの初戦闘という事になる。ただ、エントリー前に行ったギャンブルゲームで銃の弾速については凡そ把握しているし、『弾道予測線』という要素についても肌で感じる事が出来た。次に対人戦の経験はSAO時代より頻度は下がったものの、継続してやり合う相手がいるので『同一の相手』と言う偏りはあるがGGOプレイヤーと比べてもそこまで劣っているわけではない。

 

(そうなるとオーリの奴、PvEもPvPも多様な相手とやり慣れてる事になるな)

 

 毎日のように何かしらでやり合う相手の事を思い出して首を微かに傾ければ、頬のすぐ傍を赤い『弾道予測線』が表示されてそれに沿うように弾丸が走り抜けていく。弾丸の速度と自分が知る『最速』の剣閃は、比べるまでも無く弾丸の方が速い。それでも避けられる理由は弾丸は真っ直ぐ飛ぶものであるからと、距離があるなら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からである。ただ、それに任せて馬鹿正直に突っ走っても穴だらけになる事は確定しているので、キリトはその選択肢をすぐさま却下して自分の腰に下げられた二つのユニットの内の一つを手に取る。

 

 自分がライバルと思っている男に出来て、自分に出来ない道理は存在しない。そんな馬鹿みたいな事を一部の隙無く、彼は信じている。特にこの仮想現実での剣に関する事ならば、絶対に負けたくない相手なのだから。

 

(七時の方向――…数秒ごとに茂みの中をほふく前進で移動中か)

 

 一対一であるならば、神経を集中させて不要なゲーム内の音を意識的にカット。規則的な音にのみ焦点を絞ってその中から『不規則な音』を探し出して、相手プレイヤーの位置を割り出す。相手は二、三秒移動してからキリトの動きを探り、また移動して回りこもうとしている所らしい。遠距離ではその超人的な反応速度で避けられてしまう為、近づいて一気に仕留める算段なのだろう。近づいてくるなら都合がいいと、キリトは動き出しやすい体勢を整えて一番仕留めやすい位置に相手が来るのを待つ。待つのは性に合わなかったが、以前それで不用意に飛び出した時にさっくり不意打ちで一方的に負けてから待つ時は待つようにした。

 その結果として千日手になりかけた事があったので、それを破る戦法を恋人と相談したのは良い思い出だ。

 

「……ここだっ」

 

 最も早く駆けだせる角度に相手が差し掛かり、キリトの気配を探って移動を始めようとした瞬間を狙って彼が遮蔽物から飛び出した。彼我の距離は約三十メートルほどあったが、意識の隙間を狙われた相手は迎撃態勢を整えるのに一秒ほど手間取ってしまい、十数本の『弾道予測線』がキリトへと伸びた時にはその距離は十メートルまで縮まっていた。

 ブォン、とキリトの握ったユニットから音が響き、青紫色の光の刀身を作り出す。いつも仮想現実で振るっている物よりも些か軽すぎるが、それでも剣には変わりない。

 

「やり方は見たからな……!」

 

 致命傷になる予測線だけを瞬時に選別、大半を避ける形で予測線の密度の低い方へと体を滑りこませて、それでも当たる物だけを光の剣が打払い、無へと還していく。

 

「はぁっ!?」

 

 相手の驚愕の声がうるさく聞こえる距離にまで接近すれば、もう弾丸を避ける必要はない。撃つ前に、何千何万と放ってきた一閃が繰り出される。つい先日も、ALOでモンスター相手にぶつけたばかりの自身の十八番。最近は彼の妹も使いだした《ヴォーパル・ストライク》が、相手の胸の中心を貫いて、その勢いそのままに相手のアバターがポリゴンとなって爆散する中を彼が駆け抜ける。

 

「勢いつけ過ぎたァーッ!?」

 

 冷静に光剣をオフにして刀身を消し、顔の前で腕をクロスして顔面ダイブを回避。腕が着地した瞬間に足を上に跳ね上げて前に進む勢いも殺さないまま前方に一回転して着地する。十点満点と内心で呟けども、すぐに脳内のライバルが『顔でダイブしてないから零点な』と言ってきたので殴っておいた。そういうネタは自分ではなくて、三枚目枠に収まったそっちの仕事だろうとキリトは思っている。

 

「これなら何とか予選の間は持つ、かな?」

 

 集中しすぎた神経や意識を平時に戻しながら、今の自分の状態を確認していく。銃がメインの世界で銃を操るプレイヤーと初めて相対した為に、加減が分からずにいきなりフルスロットルで行ったが、二段ほど過剰だったと判断する。次からは上手くペース配分が出来そうだと収穫を確認していれば、転送エフェクトである青い光がキリトの身体を包んだ。

 

 転送されてきたのは待機エリアで、予選開始前にキリトがリョウゲツと一緒に座っていたボックス席の近辺だ。左右を見回しても彼の姿は無く、待機エリアにはまばらにプレイヤーの姿が見えるだけ。天井を見上げれば、予選開始時にはカウントダウンを映し出していたマルチモニタにいくつもの戦場が映し出され、その中に見慣れた蒼い髪を見つけた。トーナメント表を確認してみれば、既に一回戦を終えて二回戦を始めており、曲芸のような動きで銃撃を見舞っている。

 キリトはその画面から視線を外して、他の戦闘に目を移す。彼の目的である《死銃(デス・ガン)》と名乗ったプレイヤーが映っていないか確認する為で、姿としてはリョウゲツから画像を既に貰っている。ボロボロのダークグレーのマントで全身を覆い、目深にかぶったフードから覗くのは顔全体を覆うメカニカルな黒いゴーグルで、目の部分は赤いそのアバターは今はモニターには映し出されていない。

 

(実力者なら、既に終わらせて待機している可能性もある……か?)

 

「おまえ、本物、か?」

 

「……ッ!?」

 

 思考に入ろうとしていた所に掛けられた声。いきなり右耳の近くで聞こえたそれに、驚き以上に不吉な物を感じて、キリトは飛び退いた。

 

 

 

 

 

 

 二回戦より戻ったリョウゲツが待機エリアで見たのは、ボックス席で膝を抱え、額を膝に付けているキリトの姿だった。カツン、とわざと靴音を立ててやれば彼はその顔を上げて、リョウゲツの顔を見て安堵したように息を吐く。

 

「幽霊にでも会ったか?」

「……幽霊の方が、まだ良かったよ」

 

 少しだけ憔悴したようなキリトの声に、リョウゲツはボックス席の対面に座って続きを話せと視線で訴える。

 

「――…奴に会った」

「マジかよ」

 

 シンプルな回答に思わず天を仰ぎ、またキリトに視線を向けようとして、リョウゲツは違う方向に据わった目を向ける。キリトもそれにつられて視線の先を見るが、何かが居るようには見えない。

 

隠れ(ハイドし)て近寄ってきてんじゃねーよ。何ならここで始めるか?」

「え?」

 

 疑問の声と同時に、先ほどまで誰も立っていなかった場所に黒ずくめ――…ボロボロのダークグレーのマントを纏い、フードで顔を隠したアバターが現れる。

 

「何故、わかった?」

「勘。で、お前さんは誰よ?」

「……リョウゲツ、今回はお前も、標的だ」

「無視か」

 

 問いかけを無視して続けるプレイヤーの一挙手一投足に注意を払いながら、リョウゲツは目の前の存在を観察し続ける。特に注意したのは、声。どこかで聞いた覚えがあって、視界の隅に映るキリトの挙動から、答えを示すヒントがそういう反応を示す記憶にあると推察する。自分達に共通するそんな記憶は、残念ながら一つしかない。

 

「標的、ね……理由は?」

「おまえは、本物の強者だ。だから、殺す」

「そんな理由で《死銃(デス・ガン)》が狙ってくるとは、泣けてくるな」

「本戦で、待っているぞ」

 

 それだけを告げて、男は一瞬にしてその姿を消した。マントがどうにも怪しいな、とリョウゲツは思考しながら辺りを探るが、男はどうやら離れて行っているようで警戒は続けたまま視線をキリトに戻す。

 

「あれか」

「……あぁ」

 

 声量を絞ったリョウゲツの問いかけに、キリトも同じようにして応じる。実際に会って、リョウゲツはいくつかの確信を得た。先程遭遇した《死銃(デス・ガン)》らしきプレイヤーが自分達と同じSAO帰還者である事。かつてあの浮遊城で戦った事がある事。()()()()()()()()()()()()。そして

 

「不思議な力は、どうやら無いのか」

「どういう、事だ?」

「どうもこうも、不思議な力で殺せるならここでやっても良いんだ。何なら野郎、GGOにログインしてなかったプレイヤーだってヤってんだぞ?」

「いや、待て。お前、何処まで知ってるんだ……?」

「その辺は、予選をこなしてから現実(むこう)で話してやるよ」

 

 それで? とリョウゲツはキリトに視線を向けた。怯えていた理由に検討はついているが、それについては確証が無い。

 

「――…あいつの腕に、エンブレムが刻まれていた。笑う、棺桶の」

 

 告げられた事実は、リョウゲツの目を見開かせるには十分な衝撃を持っていた。そのエンブレムはSAO帰還者の中にも一等忌まわしい記憶と共に刻まれている。殺人(レッド)ギルド《ラフィン・コフィン(笑う棺桶)》の名前と共に。

 

 そのギルドを討伐した時に二人は討伐隊に参加して、相手プレイヤーを殺している。オーリ(リョウゲツ)は一人、キリトは二人。その事を馬鹿みたいに震えながら話していた事を思い出し、その時に『自分が殺した人数だけ目の前の友を殴る』なんて事をした。一発と二発でオーリ(リョウゲツ)としては割に合わなかったが、仮にも親友とまで呼んだ男を殴った事を忘れる事は無いだろう。受け止められるかどうかは別だが、殴った程度は受け止めていたはずだった。

 

「キリト」

「……なんだよ」

「無理なら明日来るな。奴は俺一人でやる」

 

 突き放すような友の言葉に、キリトは激怒した。言葉通りに突き放されたからではなく、対等であるはずの友に気遣われたから。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、目の前の友に言われた気がしたから。

 そんな彼の怒りを受けて、リョウゲツは一切揺るがない。鉄のように硬く、真剣な目で彼はキリトを見ている。

 

「ふざけんなッ!! お前に、お前だけにやらせるなんて、出来る訳が無いだろうが!?」

「だったら、その剣で示せ。俺達はそうやって、あの世界を生き抜いた」

 

 その言葉が合図だったかのように、二人を青い転送エフェクトが包む。数瞬だけ睨みあって、どちらからともなくその表情が苦い笑いに変わった。

 

「……そんなにひどい顔してたか?」

「俺が柄にもない発破をかけるくらいにはな」

 

 それから言葉も無く、互いの拳をぶつけあって二人は戦場へと消えていく。その表情は『魔王(茅場晶彦)』すら手放しで称賛して見せた、英雄の顔だった。

 

 

 

 

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