Bブロック決勝を終え、予選をトップで通過したリョウゲツはキリトの結果が出るまで待機エリアで試合を映し出すモニターと共にトーナメント表を確認する。勝ち進んでいるプレイヤーの中で彼が知らないプレイヤーは数名いるが、モニターを見ていれば消去法で一人だけ絞り込めた。
「プレイヤー名《Sterben》……『
絞り込む間にFブロックの決勝が終わり、リョウゲツの席の近くにキリトが転送されてくる。ここに送られたという事は勝利したという事なので、手を開いて上に挙げればパァン、とキリトが手を打ち合わせてくる。
「それで?」
「俺が奴とやる理由は、ちょいとした頼まれ事で囮になってんだよ」
「囮って……お前まさかやられるつもりか?」
「そんなつもりはない。
トーナメント表を消した後で席から立ち上がってキリトの方へと体を向ける。
「で、お前は何か思い出したか?」
「いや……あの時会ってるのは確実で、剣を交えてるのは確かなはずなんだけど」
「ならそれでいい。これ以上は
「りょーかい」
待機エリアを出て、普段使わない宿屋でログアウトを済ませれば意識が現実へと戻っていく。一瞬の暗転の後に感じる体の重さが、現実への帰還を教えてくれた。
何とか無事に山場を終えた彼は、アミュスフィアを外しながら横たえていた身体を起こして一つ息を吐く。脇机に置いていて温くなったスポーツドリンクで喉を潤せば、存外渇いていた事に気が付いた。
「一先ずの仕事は終わりか……」
横になっていたベッドの上で胡坐をかき、集めた情報を元に思考を開始する。まずはプレイヤーネームについて打ち込んで確認すれば由来であろう結果が表示された。
「ドイツ語で『ステルベン』って読むのか。意味は死亡する、死ぬ……『死』か」
物騒ではあるが、そういう意味ならと納得もある。仮想世界での銃撃と共に現実でも殺す事を考える手合いの考えそうな事だと。ついで目についたのは医療用語と言う文字。専門用語をプレイヤー名にするというのは無い話ではない。『Sterben』という単語自体はドイツ語なので、言葉の響きが気に入ったと意味を深く考えずに付ける事だってあるだろう。偶然なのか、あるいは始めからそういう事を思考して付けたのか、それは後で考えれば済む話だと思考を打ち切る。
次に《死銃》が姿を隠せていた理由について。少なくともスキルではない事は確定している。何故ならその手の検証などは他のプレイヤーによって既に行われており、隠密に特化したプレイヤーでさえスキルにあの手の『完全に目に見えなくなる』ものは無いと結論を出している。残る可能性としては装備しかなく、故に普段は見ないGGOのオークションサイトへと接続する。過去の取引結果に対してとにかく姿を消せる意味の単語を入れ、読み込んでいる時に携帯が着信を知らせた。
「おう、かけてきたな」
『まぁ、正直こんな事になるとは思わなかったけどな』
電話の相手である和人は、ため息交じりで苦笑いの表情がありありと想像できる調子で呟く。彼も依頼人から《死銃》との接触を依頼されたが、その際にプレイヤーが不審な死を遂げている事を聞いていた。その際に仮想世界の銃撃で心臓を止める事が可能かどうかの問いを投げかけられ、『否』と答えている。ただ、涼とは違って仮想世界側からのアプローチの可能性のみを考えただけで話は終わっていた。
まぁそこから踏み込んでいれば、流石のキリトと言えどこうして調査に来る事は無かったであろう。
「先にこっちの事情について説明するぞ」
軽口もそこそこに本題へと切りこむ。涼が話すのは依頼元である叔父の事を除いた大体の事だ。自分が《死銃》を追う理由。予想される《死銃》の手口と
『お前、そんな情報どこから引っ張り出したんだ?』
「俺にも伝手はあるんだよ。後は分析と推測ってだけだが、的外れって事も無いだろう」
『――…色々と考えないといけない事とかクリアすべき課題はあるけど、それを満たしてしまえば確かにそれが一番現実的か』
「課題云々は例えばの話、奴が医者だったり医療関係者……もしくは医者の家族なら比較的楽にクリアできるな」
『えらい具体的だな。つか医者って話は何処から出てきたんだ?』
「奴のプレイヤー名を検索かけたら医療用語としても使われてるらしくて、そっからの想像」
ただの例え話だよと涼は言いながら、それなりに筋が通っていると考えた。それならば最難関とも言える筋弛緩剤の調達と、普及が推し進められた電子錠の開錠については説明できてしまうからだ。病院には筋弛緩剤もそれを注入するための高圧注射器も、緊急時に患者の家の電子錠を開錠する為の合法マスターキーもある。通話をしながら思いついた事をメモに書き出して、記憶の底から必要な情報をサルベージし続ける。
『そういや涼。本戦に進んだ他のプレイヤーは強いのか?』
「誰一人弱い奴は居ない。例えば第一回で優勝した闇風はAGI型の極地と言っていいし、二位の銃士Χは大型ライフルとグレネード使い。他に目ぼしいって言えばダインって奴が追い詰められると力を発揮するし、ペイルライダーは三次元機動が厄介な手合いだ」
『なるほどな……』
「個人戦だから徒党を組んで……って事は多分ないと思うが、即席チームはあるだろうな」
第一回で頭を下げて即席チームを組んだ涼としては、そう言うのが自分を狙ってくる可能性が高いと思っている。これでも涼には第一回で大暴れしたという自覚はある為、半ばそれは必然だろう。自業自得とも言うが。
◇
涼が仮想世界にて予選を戦い抜いている頃、現実では詩乃が台所で一心不乱に食材を刻み続けていた。その手元は正確に、素早く動いてみじん切りにされた食材を量産しているが、隣で見ている涼の母は彼女の様子を見て苦笑していた。
母は息子が仮想世界で義弟からの依頼をこなしているのは知っている。それが、万が一の危険を伴う物であるという事も説明を受けているが、そんな依頼した義弟も義弟なりに筋を通したし葛藤もしただろう事も理解している。ただそれは義弟の事を良く知っているからこその感想なので、義弟の事を良く知らない詩乃からすれば彼が『自分の旦那を危険に誘う悪人』に見えている事だろう。彼は彼で優秀ではあるけれど、昔から色々と損な役回りをしたり兄である涼の父親のやる事に巻き込まれたりして苦労人の宿命を背負ってしまっているので、そう考えると不憫で仕方ない。
「今日はお好み焼きにでもしようかしら」
「えっ? ……あ」
義母の呟きにようやく、詩乃は自分が刻んだ食材が山になっているのに気付いた。それだけ集中していた……というより、何も考えないように目の前の作業に没頭していたという方が正しい。
「心配?」
「……はい」
何についてかはわかりきっているので二人は省いた。詩乃は待つと決めて彼を信頼しているが、それでも心配はある。それは得体の知れない相手に対しての不安でもあるし、かつて自分も彼もその肌で感じ取った狂気への不安だ。
「私も昔はそうだったわ。あの人、世界中を飛び回って帰ってこない事も多かったし、息子が生まれてようやく一年の半分程度を日本で過ごすようになるくらいだったのよ」
「大恋愛……だったんですよね?」
「そうね。でまぁ、ある時思ったのよ。『何で私だけ我慢しなきゃいけないんだー』って。それである時電話で問い詰めたらあの人、どうしたと思う?」
「そりゃまぁ……会いに来てくれた、んですよね?」
「考え得る最短時間で、ね。それで『一週間待ってくれ』って言ってその日は晩ご飯を一緒に食べてから帰ったんだけど、一週間で仕事終わらせて『一カ月は余裕が出来たから一緒に居よう』って帰ってきた時は呆れて笑うしかなかったんだけどね」
「うわぁ……」
「まぁ何が言いたいかって言えば、そういう我儘も言ってお互いへの理解を積み上げるしかないのよ。息子も詩乃ちゃんも、相手の全てを知ってるかって言われればそうじゃないでしょ?」
その言葉に詩乃は頷く。自分が彼の一番であるという自負はあっても、全部知っているかと聞かれれば首を傾げざる得ないのは事実で、それが不安になる原因なのだと義母は言う。
「好きなだけじゃ限界はあって、相手の知らない事を知る度にその想いを更新し続けるって言うのが、私が実際にやってきた秘訣ね。普段言わない我儘でも言ってみたら?」
「普段言わない我儘……」
人生の先輩でもある義母の話について考えながら、詩乃は晩ご飯の準備を進めていく。今日護衛についてもらっている警官の分も必要なので食材については無駄にならないだろう、との義母の言葉に少しだけ申し訳なさを感じながらも手が止まる事は無い。生地の準備が終わった辺りで藍子と木綿季がダイニングへと姿を現した。
「今日はお好み焼きだけど焼いてみる?」
「焼く焼くー」
「あれ、おじ様は……?」
「日課のランニングついでに買い物頼んだからもうすぐね」
「日課って……こんな時ですよ?」
「こんな時だからよ? それに詩乃ちゃんには以前言ったけど、早々死なないわよあの子は」
『母親』として確信を持って答える義母の顔は、三年前に詩乃が見たものと同じ。息子の生存を疑いもしない、強い『母』のもの。
「それでも不安なら、紛らわせるついでに色々お話してあげましょうか」
◇
「なるほど、母さんのせいか」
「貴方の日頃の行いじゃないの?」
仮想世界から戻ってきた涼も一緒に夕食を取った後、彼は母親と軽く言葉を交わす。彼がジト目で見ても全く堪えた様子の無い母親は、逆に今現在愉快な状況になっている息子を見て笑っているくらいだ。父親は母親の隣で微笑ましそうに見ているだけで手出ししてくる気配は一切ない。
そんな彼がどんな状況であるかと端的に言えば、左右を妹二人に挟まれて膝の上に詩乃を乗せている状態である。妹二人はそれぞれ左右の腕に抱き着いて、詩乃に至っては彼の膝の上に乗り凭れ掛かって全体重を預けた状態で、クラインが見たら血の涙を流して呪詛を振りまくような光景だった。
「涼は不満なの?」
「不満は一切ないし、心配かけてるから俺のできる限りはするけど、この状況はちょっと予想してなかった」
「兄さんって心配かけてる自覚あったんですね」
「俺はそこまで鈍くもないし、恥知らずじゃないぞ……?」
「でもお兄ちゃん、わかっててそれでもやってるから性質悪いよね」
「返す言葉が見つからねぇ……!」
三人に口で勝てるはずもなく、夕食後からはこんな調子でされるがままになっている。心配を掛けられたという事で、三人が自分にくっついてくるという事は別段おかしいと涼は思わない。それぞれが魅力的な美少女である為に傍から見ればハーレムなのだが、涼にとっては妹達がじゃれついてて恋人が悪ノリしているという感覚だ。尚、体に当たっている柔らかい感触は努めて無視しているものとする。
(ま、前より大きくなってたんですけど、兄さん反応しませんね……)
(うー……おば様、誘惑の仕方ってこれで合ってるの……?)
(改めて家族の前でこうするって、結構恥ずかしいんだけど……!)
そして三人は三人で結構テンパっていた。姉妹は義母から教わった異性の誘惑の仕方を試しに涼に対してやっているのだが反応が無いため困惑している上、顔には出さないが羞恥心で心臓はドキドキしている。詩乃はこの手の誘惑は慣れたものだが、二人きりの時にしかしない為、今の状況では羞恥心が強くてそれ以上動けないでいた。
「微笑ましいのもいいが、涼。依頼の方はどうだ?」
「え、あー、とりあえず本戦には出れるよ。相手も食いついてきたし、依頼としては九割方達成できてるかな」
「後の一割って何なの? それだけ出来てるならもう出なくてもいいじゃない」
そう言って涼を見る詩乃の眼差しは、もう危ない事をするなと言う思いがありありと現れていた。彼女の思いを有り難く感じながらも、涼は首を横に振る。
「残り一割は俺が本戦に出て奴と戦う事だ。奴を釘付けに出来れば、現実での被害者を減らせるかもしれない」
「……彼も出るなら、彼に任せていいじゃない」
「今回の件は一人より二人の方が確実だ。俺がやらない理由にならない」
優しくも、意志が込められた彼の言葉に詩乃はそれ以上何も言わない。元より待つと言ったのは自分なのだから、さっきの言葉も偽らざる本心ではあるが『言いたかったから言った』という感じだ。
「今回はそれでいいわ。埋め合わせはちゃんとしてもらうし」
「兄さん、わたしと木綿季の分もですよ? わかってますか」
「ちゃーんと我儘、聞いてもらうからね!」
「お手柔らかにお願いします……」
まいった、と降参するような涼の言葉に三人は一応満足したようで、くすくすと笑いが零れる。そんな仲の良い四人を見る両親の視線は生暖かい物で、それに真っ先に気付いた涼がジト目で見るが両親は一向に堪える様子もない。
「お兄ちゃんはモテモテですねぇ~?」
「その猫撫で声は止めてくれよ母さん……」
「藍子! 木綿季! 詩乃ちゃん! 私が教えた技で息子の名前を呼ぶ事を許す!」
「待って、何教えたんだよ母さァん!?」
母親が何故かキレ顔で不穏な事を言いだしたので、流石に危機を感じ取った涼が抜け出そうにも両腕は姉妹が完全にロックしているし、膝の上で涼の方に体の正面を向けた詩乃が首に抱き着いて完全に動けなくされる。姉妹は顔を真っ赤にしながら、詩乃も頬を赤く染めて、彼の顔に吐息が触れる距離まで顔を近づける。
「「「……涼」」」
それぞれ違う声でありながら、込められたのは熱っぽいような、誘惑するような、妖艶なもので、涼は耳が幸せだなぁと現実から逃避するように考えて意識を飛ばすのであった。
あまりの効果に、母親は正座させられ三人にしこたま怒られてるという珍しい光景が繰り広げられ、何とも締まらないまま、第三回BoBの初日の夜は更けていくのであった。
母親は詩乃推しだが、その気なら藍子にも木綿季にもちゃんと助力する。
教えてる手練手管は全部自分の夫で試して効果のあった物で、彼女達に合わせて改良までしている。
父親は中立。というか余計な事はしないように自分の妻に念押しされているので基本的には息子を鍛えて強く生きれるようにしている。