流星の軌跡   作:Fiery

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これでファントムバレット編は終わり。さて、展開考えなきゃ……


そのにじゅうよん:終わりの後で

 

 

 

 第三回『BoB』本戦の翌日。憂鬱な月曜日の授業が終わって、和人と涼はそれぞれのパートナーに引きずられながら『ダイシー・カフェ』に連行されていった。その間に涼は叔父から事件の顛末を電話で聞いている。

 《死銃》こと《Sterben(ステルベン)》……SAO時代の名前は《XaXa(ザザ)》は、彼の自宅で確保された。それと同時に共犯である二人の男も違う場所にて逮捕されている。一人は和人と涼がゲームで戦った《死銃》の弟で、ダミーの住所(警察の網)に飛び込んだところで拘束され、物証である凶器の所持も確認されたため逮捕された。もう一人は全くの赤の他人だったが、それでも叔父が涼の繋がりで調査を進めればSAO帰還者である事が判明。プレイヤー名は《ジョニー・ブラック》という、《ザザ》とコンビを組んで殺人を行っていた《ラフコフ》の上位幹部だった男。こいつは既にマークされていた《ステルベン》の自宅から彼の弟を乗せて出発し、弟を降ろした後は自身もプレイヤー殺害の為に自宅に侵入しようとした所を確保され、ザザ弟同様の経緯で緊急逮捕となった。

 凶器は劇薬のサクシニコルリン。それを高圧注射器で標的に投与するというのが手口であり、標的の家への侵入方法も電子錠の合法マスターキーを使用した物だった。何でも《ザザ》は総合病院のオーナー院長の息子である為、それらを手に入れるのに苦労はなかっただろうとは叔父の言葉だ。

 動機について、叔父は理解不能と言った様子で話してくれた。何でもGGO内でザザ弟が『AGI最強説』に踊らされてそのビルドを行って行き詰まり、原因となった《ゼクシード》に恨みを持っていたらしい。それを聞いたザザはゼクシードの本名と住所を知っている事を思い出して教えた。そこから派生して殺人計画を練り上げて――とうとう実行に移した。GGOでは弟が、現実では兄が、標的を狙った。だから今回の『BoB』と中身が違うと思ったのか、と涼は納得した。

 

「さて、この馬鹿二人に対して尋問を始めます」

 

 《死銃》よりも数十倍恐ろしい声が聞こえてきて、涼は思考を中断せざる得なかった。それは彼の後ろに座らされている和人も同じようで、ついでに言えば二人は逃走防止の為、仲良く背中合わせで椅子に座らされ、後ろに両手を回されて紐で縛られている。

 恐ろしい声を放ったのは笑顔が怖い明日奈さんであり、隣には里香や珪子に直葉、クラインこと遼太郎やエギルまで居る。詩乃は藍子と木綿季と共に別のテーブルでこっちを見守っているが、涼達二人への助力は期待できないだろう。

 

「その前に明日奈さんちょっと面子について質問……」

「認めません。二人は聞かれた事にだけ答えればいいの。わかってるわよね?

「「アッハイ」」

 

 これ真剣と書いてマジな奴だ、と和人と涼は考えを一致させた。こうなれば逃げ場はないので、二人は大人しく黙る事にした。よくよく見れば詩乃達(桜川家)を除く女性陣は当然だが、遼太郎とエギルすら額に青筋を浮かべている。

 

「ではまず一つ目。何で二人ともわたし達に《死銃》の事を黙っていたの?」

「えーっと……俺はその、こんな大事に関わる事になるとは思わなくて……本当に調査のつもりだったし……」

「俺はそもそも依頼で守秘義務があったから、だな。和人とは別の方面からの依頼だし、こいつの内容は調査としか聞いてなかったのも事実」

 

 しどろもどろになる和人と、あっさりとした感じで話す涼。九人の視線……うち三人は内情を知っているが二人に突き刺さり、和人は少し居心地悪そうにするがそれだけだし、涼は遼太郎とエギルを見て『仕事大丈夫なんだろうか』と視線を返す始末だ。

 

「頭下げて早退したから大丈夫だよ」

「この時間帯は一人でも回せるからな」

「ナチュラルに心読むの止めてくれません?」

 

 俺の心ってそんなに読まれやすいんだろうか、と涼は考えてしまうが明日奈の視線がそろそろ物理的な圧力を伴ってきそうなので、思考を真面目なモノに切り替える。

 

「つか、二人だけで《ラフコフ》のメンバーとやりあおうなんて何考えてんだって話だよ」

 

 怒ったように遼太郎が言うが、その内心は二人を心配してのものだ。彼は自分が二人の兄貴分であると自称しているが、和人も涼もそれを否定しない。何だかんだで面倒見の良い人間であるし、女にだらしない所はあるがやる時はきっちりやる伊達男で、尊敬できる人間である。

 

「それはその……すまん」

「俺達だって悪くないとは思ってませんよ」

「そこで言い訳の一つでもしてくれりゃもっと叱れるんだけどよぉ……」

 

 遼太郎だって彼ら二人の気遣いはわかっている。彼自身、《ラフコフ》討伐戦の事は二度と思い出したくない類の記憶になるし、不確定な噂の時点では動かないだろう。ただそれでも言って欲しかったのだ。自分より年下で、まだ青春を謳歌するはずの学生二人が、自分達だけの手で因縁を一つ清算した。兄貴分を謳っているのに気づきも出来なかった自分が情けなかった。

 エギルも、終了直後だったが明日奈から事情を聴いて憤慨した。確かに同じようにダイブする事は出来ないが、それでも仲間の中では一番年長だ。だからこそ出来る事もあるはずだったが、結局二人には頼られなかった。矢面に立つ事は出来ないが、頼られればサポートはしてやると言ったのにと。

 

「……とりあえず! 俺からはお前ら一発ずつ拳骨で許してやるよ! でも二度と仲間外れにはすんなよ! わかったか!?」

「なら俺もそれに乗っておくか。という事で二発だな」

「死ぬほど痛そう……」

「そうだけど、まだマシなのが何ともな……」

 

 ゴスッ! ゴスッ! と遼太郎とエギルの鉄拳が和人と涼の頭にそれぞれ一度ずつ落とされ、遼太郎は席にドカリと座り、エギルは店の仕事に戻る。二人は目の奥が少しチカチカしているが、仲間の怒りは甘んじて受けるべきだろうと話し合って決めてはいたので文句は言わない。

 

 だが、問題は次である。

 

「男の友情は美しくてさっぱりしてるわねぇ」

「あたし達は一発で許すなんて事はしませんよ」

「お兄ちゃんとその類友の桜川君だから、まだ懲りてないだろうし」

「いや、懲りてないとかそんな事はないぞ?」

「つか類友!? 俺そんな風に見られてんの!?」

「聞かれた事だけに答えなさいってわたし、言ったよね?」

「「はいすみません……」」

 

 明日奈が笑顔ですら無くなり、完全に激怒している顔になったので二人は謝って口を閉じた。遼太郎も自分に怒りが向いてないとはいえ若干ビビっているほどに、今の彼女の怒りは危険域だ。そしてその怒りの余波を受けても引かない里香、珪子、直葉の怒りも推して知るべし、だ。

 

「二人共、わたし達に心配かけた事は理解してくれていると思います。それと、危ない事をわたし達に黙ってしていた理由もまぁ、納得はしないけど理解しました。言いたい事は今後事ある毎にチクチク言うつもりだけど、これだけは聞かせて」

 

 怒りの表情をいったん消して、明日奈は二人に問いかける。殺人を厭わない相手に向かって行って、死ぬとは考えなかったのか。死んでしまったとして、後に残される自分達の事を考えていたのか。

 明日奈にとっても他の仲間達にとっても、二人は大切な仲間で、あるいは大切な人だ。特にSAOの最初期から二人と関わってきた明日奈にとって恋人である和人は当然として、涼も手のかかる弟のような存在になっている。そんな二人が一度に居なくなってしまうと考えた時、体の震えが止まらなかった。事実、不安定になってアミュスフィアの強制ログアウトが働いてしまった。二人はその事実を知らないが、彼女の表情と言葉で感じる事はある。

 

「……正直言えば、死ぬ可能性は万が一も無いと思ってたから、考えてはいなかった」

 

 言い辛そうにしている和人の代わりに、明日奈に答えたのは涼だった。その目は真剣そのもので、虚偽を言うような態度でも誤魔化そうという雰囲気もない。

 

「相手の手口は推測出来ていたから、気を付けるのは本当にオカルト的な力だけという所にまで不確定要素を絞って対応していた」

「手口?」

「詳しくは言えないが、ある方法で《死銃》は標的の本名と住所を手に入れて、その中から殺せる相手を選別していた。その条件の中に和人は入っていないし、俺はダミーの本名と住所で対応した。入れたダミーは依頼してきた相手の指定だから、そこで《死銃》が網に掛かるのを待っていたんだと思う。俺自身は詩乃や藍子、木綿季も両親もいる所でダイブしていたし、和人はリハビリをしていた病院からだし、対応してくれた人もリハビリの時の担当だったらしいから信用は出来ると考えた」

 

 涼の説明を受けて、明日奈は詩乃を見る。本当かと言う確認の視線を受けて、詩乃は頷く。

 

「俺が和人のコンバートを知ったのは予選当日で、その時に明日奈達に言わなかったのは、言った方が不測の事態が発生すると俺が考えたからだ。既に現実側での対応も定まっているのにこれ以上の不確定要素を入れたくはなかった」

 

 『万が一』、明日奈達に言ったとしてそれが原因で《死銃》に勘付かれた場合と言うのは、涼の側からすれば避けるべき事象だ。動かないだけならまだいい。しかし《死銃》がSAO生還者ではないかという予測を立てた時、彼は明日奈には絶対に言うべきではないと判断した。何故なら彼女は生還者の中でも一等の有名人だからである。今現在、生還者の中で一番有名なのはシンガーソングライターとなっているユナではあるだろうが、それでも生還者達の記憶から明日奈が忘れられているという事は無い。SAO最強のギルド《血盟騎士団》を率いていたヒースクリフが茅場晶彦と言う正体を現して離脱した後、崩壊しかけたギルドを纏め、立て直し、率いて見せた《閃光》の名はまさにSAOにおいて道を照らす希望(ヒカリ)だったのだから。

 そんな彼女が動いてしまえば、SAOの絶望(ヤミ)である奴らが目を付けたとしても何ら不思議はなく、彼女や繋がりがあると言うだけで珪子や里香が手に落ちてしまえば二人の動きは大きく制限される。

 

「そうなった時、どうなるか……それがわからないって事は無いだろう?」

「おい、涼。それ以上は」

 

 諫めるような和人の言葉に、涼は大げさに肩を竦める。彼が言う最悪の想像は、明日奈と里香と珪子にとっては現実味があった。それくらいSAOの中で《ラフコフ》は恐怖の象徴だったのだ。実感のない直葉であっても、明日奈と里香が怒りを潜め、珪子の顔が少し青くなっているのを見て、それくらいやってのける集団であるのかと驚きを見せた。

 

「そういう考えで俺は言わなかったし和人には口止めした。怒らせたのは事実だから、拳骨も何でも甘んじて受けるさ」

 

 詩乃と藍子と木綿季については、後日それぞれに一日ずつ『涼が出来る範囲で何でも言う事を聞く』という事で今回の事を水に流してもらう事になっている。ちなみに二十四日と二十五日についてはこの約束に含められていない。ここについては涼が『詩乃と過ごすので無理』と譲らなかったというだけではあるが。

 

「……まったく、涼君は」

 

 明日奈は本当に苦い笑いを見せる。既に言わなかった事を怒るという次元の話ではなかった。本当に、言ってしまえば命の危機に陥る可能性があったからこそ言わなかったのを理解してしまったからだ。それが二人にとってもベターな選択肢である事、自分達の命にも配慮していた点もあってもう怒る理由は失せてしまっている。怒る理由があるとすれば、本当に『心配を掛けられた事』だけなのだ。

 

「でも、桜川君。それも含めて説明するって事は……」

「守秘義務も関係してるって言ったろ? こうして終わった後だからある程度ネタ晴らしが出来るんだ。終わる前だと言えないって」

 

 どう転んでも言ってもらえる状況じゃないという事を、直葉も理解した。

 

「あのー、提案があるんだけど良いかな?」

 

 少し重苦しくなった空気の中、木綿季が手を上げる。

 

「何? 木綿季ちゃん」

「多分みんな、色々ぐちゃぐちゃになってあれだと思うけど、簡単に考えたら心配掛けられたから埋め合わせしろってことだよね?」

「うーん、まぁ、簡単に言っちゃうとそうなんだけどねぇ……」

 

 木綿季の言葉はあまりにもシンプルだが、確かに突き詰めればそうなのだ。里香の肯定に近い言葉に、明日奈も珪子も直葉も異論は挟まなかった。

 

「ならしばらく、ALOで二人を連れまわす権利が皆にあるって事でいいんじゃない? どっちか片方でも二人いっぺんにでも、クエストかなんかに連れまわすって事で。それとも四人には和人さん限定にして一日デートとかの方が良いのかな?」

 

 要は木綿季達三人が涼と約束した事を、和人と明日奈達四人にさせてしまおう、という提案である。それで思う存分引きずり回せば女性陣の留飲も下がるだろうし、和人にとっても心配を掛けたという罪悪感を消す手伝いになるはずだと木綿季は考える。

 

「クラインさんは《霊刀カグヅチ》のクエストに二人を優先的に連れて行けるって事にしとけばバランスいいよね?」

「そりゃいいや。こいつら二人居れば、やっぱ安定感が違うからな」

 

 遼太郎としてはその提案に異存はない。目当ての物を手に入れるのに最上級の戦力を優先的に連れて行けるなら万々歳だ。脳筋の気が強いが、涼は現状魔法について初級の物を隙無く揃えているため、近接遠距離魔法何でもござれでパーティ内では便利屋扱いされる宿命を背負った状態だし、和人はやはりその剣技でメイン火力を担える。

 一方で明日奈達四人は自分以外の三人に視線を送りつつも考えこんでいる。順番やらを考えているのかそれはわからないが、やがて四人は頷いた。

 

「その辺りが落としどころ、か。じゃあ、涼君の方は詩乃のん達で決めてもらうとして、わたし達は和人君の方。クラインさんはALOで二人をクエストに優先的に連れ出せるって事で」

 

 明日奈がそう言った所で、藍子が二人に近づいて手首を縛っていた紐をほどかれ、解放された二人は手首の調子を確認したり伸びをしてから深く息を吐く。

 

「……マシになったと思うか?」

「スケジュール的にはやばい事になりそうだよな……」

 

 そんな会話を小声で交わして、二人はため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 和人は件の依頼人に呼び出されて、銀座の喫茶店に来ていた。《死銃》事件に関しての説明だと言うが、辿り着いた喫茶店の中は控えめに言って地獄のような光景を展開していた。黒縁眼鏡をかけたダークブルーのスーツを着た男……和人がSAOから生還した際に最初にやってきて様々な手配をしてくれた国のエージェントであり、今回の依頼人でもある菊岡誠二郎(きくおかせいじろう)が居て、その同じテーブルには黒のライダージャケットにジーンズを着て、フェレットの精巧な被り物を被った不審人物がいる。それを見ただけで和人は中身を知っているとはいえ、帰ろうとする意志を押さえつけるのに大変な苦労を必要とした。菊岡が和人を見つけて呼ぶ声の中に『助けてくれ』という色があったのでザマァと愉快な気持ちにならなければ、帰ったかもしれない。

 

「……その被り物を被った理由は?」

『嫌がらせ』

「流石に俺に対してじゃないよな?」

『百パーこの官僚さんに対して』

「僕はこんな嫌がらせを受ける何かしたかなぁ……?」

 

 菊岡の発言に対して、和人とフェレットは白けたような視線を送る。流石の彼にも心当たりは多々あったので、誤魔化す意味も込めて咳払いをした。

 

「さて、キリト君。彼がリョウゲツ氏でいいのかな?」

「あぁ、アンタがご指名のGGOプレイヤーのリョウゲツで間違いないよ」

『顔出しはNGなんで被り物をしている』

「な、何故かな? ご丁寧にボイスチェンジャーまで仕込まれてるようだけど」

『俺はキリトと言うプレイヤーは信用しているが、貴方を信用していない。今回の事について、本腰を入れて調べていなかったようだしな』

 

 リョウゲツ……涼の単刀直入な物言いに、菊岡は言葉に詰まった。和人からの報告で、彼がほぼほぼ正答に近い推測を立てていたのは知っている。だからこそ会ってみたいと和人にリクエストしたのだが、まさか会った上でここまで突拍子もない方法で拒絶を示されるとは思わなかった。よく見ればバイク用の皮手袋までしたままであり、とことんまで肌の露出を避けている。身体的な特徴から誰なのかを調べる為の手がかりを見せない気だろう。

 呼び出せたことから、彼が和人の知り合いであると推測は出来る。ただ、SAOで知り合ったのか、それ以外の知り合いなのかは全くわからないが。

 

「それについては返す言葉も無いよ……君も危険に晒してしまって申し訳ない」

『謝罪を受け取る気はない。それで、俺は何故呼ばれたんだ?』

「……事件について説明させてもらおうと思ってね。その後で君の所見を聞きたい」

 

 そういう菊岡の説明は簡潔なものだった。事件の概要については涼が叔父から聞いたものと違いはなく、何なら自分の方が詳細を知っているレベルである。ただ、叔父が意図的に伏せたであろう犯人の実名……《ザザ》こと新川昌一(しんかわしょういち)。その弟の《シュピーゲル》こと新川恭二(しんかわきょうじ)。そして《ジョニー・ブラック》こと金本敦(かなもとあつし)。涼にとっては覚えておくだけの価値はある情報もあったが、その中で聞き流せない話が一つだけあった。

 

「事情聴取に昌一氏と金本氏は素直に応じている。ただ恭二氏は完全黙秘だったんだが……一言だけ、動機のようなものを話した」

『それは?』

「『僕は、リョウゲツになりたかった』との事だ」

 

 その一言に、涼は深く息を吐いた。どのような想いで言われた言葉なのかは、又聞きであるから全くわからない。ただ、その恭二と言う人間はGGOでのビルドに悩んだからこそこの犯行に及んだ。もしかしたら、彼の理想の姿が自分だったのかもしれないと、そんな突拍子もない考えが浮かんで首を横に振る。

 実際に会った事もない。ゲームの中ですら一言も言葉を交わした事は無い。そんな相手に思う事は何もない。あるのはただ、話していれば何かが変わったのだろうか、と言うもしもの仮定だけ。

 

『……酷な話だが、例え俺のアカウントを恭二氏が使ったとしても、俺にはなれない。このアバターは言うなれば、GGO世界の俺だ。中に入っている俺の意識や経験、技量も全てひっくるめて初めて、リョウゲツという存在がある』

「ALOで俺のアバターにお前が入っても完全に俺の動きが出来ないように、か」

『そういう事だ。ある程度は出来るだろう。ただ、キリトと完全に同じ事は俺には出来ない』

「なるほどね……君はALOをやっているのかい? そこでキリト君と知り合った?」

『答える必要はないが……GGOの息抜きでALOをしている。キリトとはそこで会った』

「以前に他のゲームはやっていたのかい?」

『色々とやっていたな。《アスカ・エンパイア》なんかも齧っていた』

 

 菊岡の追及をあっさり躱して、涼は腕を組む。これ以上は言う気は無いという意思表示に、菊岡は苦笑した。どうとでも取れる彼の答えに、正体を絞り込めない。涼も涼で嘘は一切言っていない。紺野姉妹と軽く《アスカ・エンパイア》をした事はあるし、色々とゲーム(VR教材)をしているのも事実だ。言葉の順番を変えただけで一切嘘はない。言ってない事も多々あるが。

 

「まぁいいか……それでリョウゲツ君……いいかな?」

『構わない。俺の所見だが……奴らは都合の悪いものを見ていない、とは思った』

「と言うと?」

『実際に殺してもそれはゲームだと言い切り、そのくせ仮想世界ではその力を示したがる。現実と仮想の境目を見失った……いや、魂を仮想世界に置いてきたから、現実で罪に問われようと何も響かない。大人しく取り調べに答えている二人はそんな感じだな。恭二氏の方はまだ戻ってくる可能性はありそうだが』

「黙秘しているから、かい?」

『黙秘と言うよりも、抵抗しているからだ。現実に受けている取り調べに対して、黙秘と言う抵抗を示している。それは何故か……まだ現実に生きているからだと、俺は思うよ』

「……君は、どちらを生きているのかな?」

『現実に決まっている。確かに仮想世界で出会った人も居るし、得た経験もある。ひょっとしたら仮想世界に置き忘れた物もあるかもしれない。それら全部ひっくるめて、俺が生きるのは現実だ。例え今認識しているこの世界が俺達の言う仮想世界だとしても、俺が生きる唯一の現実はこの世界だ』

 

 涼の言葉に、和人は少しだけ笑った。そしてふと、涼が『仮想()()』ではなく『仮想()()』と言う言葉を使う理由に思い至る。それは彼にとっての線引きだ。彼が魂を置いているこの世界が唯一の現実で、ゲームはあくまでゲームだと理解しているからの言葉。ただ、その仮想世界と現実は確かに繋がっている事も知っている。だからこそ、現実に侵食しないように線引きをしているのだ。

 

「……VRプレイヤーとしての一つのスタイルみたいなもんだよな。現実(こっち)現実(こっち)仮想(むこう)仮想(むこう)だけど、二つは相互に補完し合って自分の世界を広げているって考え」

『まぁそういう事だ……そろそろ帰らせてもらっていいか?』

「あぁ、興味深い話も聞けた。ありがとう」

「嫁さんにもよろしくな」

 

 迷いなく喫茶店の中を歩いて出ていくフェレットの被り物をした男を見送って、残った和人と菊岡は互いを見る。

 

「……有意義な時間だったと同時に、地獄のような時間だったよ……」

「アンタの焦った顔は見ものだった。あいつには感謝しないとな」

「本当にそこまでされる覚えはないんだけどなぁ……というか、彼既婚者かい?」

「婚約者がいるよ。その一点ではアンタぶっちぎりで完敗だよな」

「ははは、今回の話し合いでもかなり負けた気分だけどね」

 

 

 

 

 

 

 フェレットの被り物をヘルメットに換えて、夏休み中に普通自動二輪免許を無事取得した涼は先日納車された中古の『HONDA フォルツァX』を駆って家路についていた。安い買い物ではなかったが、来年の夏休みはこれに乗って詩乃を後ろに乗せたツーリングを予定している彼にとっては必要経費であり、追加で積載装置であるトップボックスまで既に装着している。個人の貯金がごっそり減ったのは軽いホラーではあったが、後悔するまいと涼は一人で行動するときはこれに乗ろうと密かに決心していた。

 途中で頼まれた買い物を済ませて、住宅地を走る。中古とはいえ現行の排ガス規制を潜り抜けたこのバイクはエンジン音も意外と静かなものだ。気を使って走れば迷惑にはならないのでそのまま住んでいるマンションの駐輪場に止め、鍵をかけてマンションへと入っていく。

 

「ただいま」

「おかえりなさい」

 

 住んでいる部屋のドアを開ければ、リビングから詩乃が顔を出す。買い物袋と、銀座でお土産に買ったケーキを渡せば、彼女は嬉しそうに笑う。

 

「バイク買ったのにお土産も買って大丈夫なの?」

「貯金については問題ない。まぁ今月個人で自由に使える分は厳しいけど」

 

 ジャケットを脱ぎ、部屋着に着替えた涼は苦笑するが、別に後悔はしていない。イベントを考えて自由にできる個人の贅沢は今月はこれが最後になるけれど、その分クリスマスを詩乃と過ごせると思えば彼にとっては些細な問題だった。

 

「例の官僚さんってどんな感じだった?」

「話に聞いてた通りに胡散臭くて、話した感じその何倍も狸だよあの人」

 

 あの被り物持って行って良かった、と疲れた感じで言う彼の言葉に詩乃は僅かに目を見開く。最初は事件の事をあまり調べなかったその官僚に対する嫌がらせかと思っていたが、どうやらそれ以外にも表情を悟らせないという意味があったらしい。

 

「一応、大きな意味としては顔を見せないために持って行ったんだぞ? その人はSAOの極秘データベースにアクセスできるらしいから、そこに顔写真でも載っててバレたら面倒くさい。俺にまで和人みたいな仕事を依頼されたらたまらん」

「今回の事みたいなのもあるし……それが正解ね」

 

 詩乃から珈琲の入ったマグカップが渡され、それを一口飲んで涼はようやく人心地ついた。そして自分の分のカップを持ってきた詩乃と一緒にソファに座れば、どちらからともなく体を預けて自然と寄り添いあう格好になる。

 

「そういえば、『BoB』は結局桐ケ谷君と相打ちで三位だったけどどうして?」

 

 唐突な詩乃の疑問に対して、涼は言うかどうか少しだけ逡巡する。そう、彼とキリトは結局本戦では同率三位と言う結果に終わっている。それは別に手を抜いた結果などではなく、ある事情があったのだがそれを詩乃に言うのは流石に()()の事もあって憚られた。

 

「……言えない理由でもあるの?」

「んー……これ、本気で他言無用な?」

 

 詩乃の目を真っ直ぐ見つめる涼へと、彼女は頷く。

 

「……実は予選前にあるプレイヤーからメッセージ貰ってたんだよ」

「どんな内容?」

「『優勝して、あるプレイヤーに告白したいから協力してくれないか』って内容」

「……だから残り四人になった時にいきなり彼とデュエルしたのね」

「《死銃》の件があって、俺もあいつも優勝自体に興味はなかった。中盤に《死銃》の件が片付いたから、あとやりたい事と言えばGGOであいつとデュエルするくらいだし」

「……そのメッセージの主は、成功したの?」

()()()()()()()()()けど、結果は確認してない。まぁ近々ダイブして出歯亀してやろうかなと計画してるとこ」

 

 その話を聞いて、詩乃は携帯に第三回『BoB』の本戦結果を表示させる。

 

 

 

【第三回BoB優勝者:闇風】

 

 

 

「相手は?」

「それを知りたいから、見かけたら尾行するんだよなぁ……」

 

 

 

 




闇風は何となく使いやすい印象がある(何

さて、これでしばらくは幕間と他愛もない日常話を書ける……
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