年の瀬が目の前にまで迫った十二月二十八日。涼と詩乃は朝食を済ませてゆっくりしていれば、リビングのテレビ画面に何やら興奮した様子のストレアが映った。勢い余って一回画面外に出て行って戻る辺り、芸が細かくなったと涼は変な所で感心する。
『マースター!』
「どうした?」
『アタシ、とうとうALOでプレイヤーとして活動できるようになったよ!』
「え、マジで?」
『マジマジ! だからマスターも奥さんも一緒に冒険しよう!』
興奮気味に語るストレアを微笑ましく見ながら、涼は詩乃にどうするか問いかける。二人は今日から冬休みであるし、今日一日くらいなら差し迫った予定もない。大掃除も普段、小まめに協力して掃除をしているからそこまでのボリュームがないので、何なら明日から両親の家に顔を出しても良いと思っているくらいだった。
「いいんじゃない? 何なら藍子と木綿季も誘って皆で冒険って方がストレアもいいでしょ」
「という事でストレアはひとっ走りして声かけてこい。その間に」
『もう携帯に顔出して声かけたから大丈夫! 二人とも来るからアタシ先に行ってるね!』
やっほー! と元気よくテレビからストレアが消えると同時にその電源が切れた。本当に芸が細かくなった、と涼は苦笑して、いつものように詩乃とダイブするための準備を始めるのだった。
という事で、《イグドラシル・シティ》実装により、最盛期と比べると人が少なくなった央都《アルン》にあるオーリ達の拠点では、ALOプレイヤーとしてのストレアが初お披露目となっていた。
「じゃじゃん、と参上!」
「「おー」」
ドアを開けて現れたストレアの姿に、ランとユウキは歓声を上げて拍手を送る。彼女のアバターの身長はオーリに迫る程度であり、この五人の中では二番目に高い。薄紫色の髪に真紅の瞳を持った顔立ちは以前、オーリがキリトとユイと共にアインクラッド最下層で見たままだったが、あの時と違うのはその衣装。肩を大胆に露出し、胸元と背中が大きく開いているのが特徴で、魔法布製の紫色を基調としたもので構成されている。
「あぁ、やっぱりパーソナルカラーは紫にしたのか」
「そうでーす。どうどう? 可愛いでしょー」
「いや、その、色合いとかは可愛いんだけど、露出が凄くない……?」
シノンが渋い顔で指摘するのは、ストレアの胸元である。アスナやリーファを超える胸囲が、彼女がはしゃぐ度に揺れるのだ。彼女が選択した種族であるノームの設定に『大柄で筋骨隆々とした容姿を持つ』なんてものがあったが、ストレアは胸と女性アバターにしては身長が大柄だが、筋骨隆々とは程遠い容姿である。しかしパワーはステータス的にこの面子の中でトップだ。
「まぁゲームの女性キャラって、露出高くてなんぼの所があるからなぁ……」
「そんなアタシを見てもマスターのバイタルが一切ぶれないのが傷つくけどね!」
「馬鹿言え、その恰好をシノンがしたら俺は即死する自信しかないわ」
真顔で言い切るオーリの言葉に、ストレアは手をワキワキとさせながらシノンを見る。
「着ないわよ? 着ないからね!?」
「えー、マスターを悩殺しないのー?」
「……アバターの変更アイテムっていくらだったっけ?」
「お姉ちゃん、あれは全身をランダムだから止めとこ? ってか着る気じゃないよね?」
そんな事でわいわい盛り上がりながら、ふとオーリが思い出したようにストレージから一本の大剣を取り出した。それは、まるでストレアの為に誂えたかのように刀身が紫色となっており、鍔が無く先端に向かって広がっていく形状をしている。そして、その全長はストレアの身長と同じくらいと言う巨大な物だった。
「マスター、それは?」
「前に倒したボスのドロップ。単純な性能の両手剣だから、お前好みだろ?」
床に刺さらないようにオーリが両手に持って差し出したその剣を、ストレアはその天真爛漫さを潜めて恭しく、まるで王から剣を賜る騎士のように受け取る。そんな二人の様子を、詩乃達三人はきょとんとして見つめていた。
「銘は……《インヴァリア》か。うん、いいね。有難うマスター!」
「気に入ったようで良かったよ」
「いきなり何か王様と騎士っぽく振る舞うから何事かと思ったわよ」
「まぁ、ノリかな……剣渡すとか何かそれっぽいし、やってみたくなっただけ」
「アタシも何となくかなー。たまには空気を読んでみたって感じで」
「ストレアさんって、実はもう情緒とか人間並みだったりしません……?」
「現実で動ける体があったらどうなるんだろうねぇ……」
ランとユウキが言うように、先ほどのストレアの挙動はもう人間並と言っても過言ではないくらいに自然な物だった。空気を読みながらも『あえて読まない』という選択も出来るようで、その辺りの思考のロジックは人間と遜色無いと言えるだろう。これから彼女がどうなるのか、オーリとしては気にはなるが特に警戒などはしていない。キリトやアスナがユイに向けるような感情は持てないが、それでもこの奇妙な同居人に関しては既に仲間とも家族とも言えるカテゴリーに入っている。ならば信用と信頼を向けるのが、オーリとしては当然の帰結であった。
姉妹にワイワイとちょっかいを掛ける彼女を見ながらそんな思考をしていれば、メッセージの着信を告げるシステム音が鳴った。
「っと、キリトからメッセージ? えーと……『至急リズの店集合』ってこれだけかい」
届いたメッセージを読み上げて、オーリは疑問符を浮かべる。その疑問に回答を示すのはやはりと言うか、ストレア。
「あー……それ多分、《聖剣エクスキャリバー》関係だよ。ユイが前にパパとママとリーファと見たって言ってたし」
「どういうことなの? ストレア」
「えっと、情報サイトで聖剣が発見されたってニュースが出てから追加されたクエストがあるんだけど、それがちょっとキナ臭いんだよね」
「キナ臭い……ですか?」
ストレアの話によれば、そのクエストは特定のモンスターを全滅させる
「……北欧神話の巨人の一人、ですか。女神を攫ったとされる」
「そうそう。世界観の基盤となってる北欧神話では悪役扱いの巨人だね」
名前からすぐにその元ネタの情報が出てくる辺り、リアルタイムで検索が出来るストレアはともかく、ランのその知識量にはオーリ達も素直に感嘆の声を上げる。
「まぁ、その辺は会ってから聞くか。つかストレアのお披露目も大変な話になって来たなぁ」
「ほんと……っていうかこれ、確実にクエストへのお誘いよね」
「スローター系のクエストへのお誘いなのかな? 連絡はお兄ちゃんにだけなんでしょ?」
「だね……メンバーが多ければ多いほど良いんだから。という事は……」
「人数制限有りの本命に関わってるって事かなー」
口々に予想を話し合いながら、オーリ達は拠点を出て集合場所へと向かう。
程なくして、《リズベット武具店》に顔を出したオーリ達が集まっていたキリト一行に話を聞けば、やはりというか彼らは件の大公には会わずに別ルートで聖剣を狙うようだった。
「で、オーリ……ちょいとスルーしてたがそちらの美人さんは誰だ?」
「ストレアですよ」
「……えっ? マジで?」
案の定、プレイヤーモードのストレアにクラインが食いついたが、正体を知って流石に口説く事はしないようだった。『流石に生後一年のAIを口説いたら犯罪ってレベルじゃないもんなぁ』とオーリは思ったが、クラインはクラインで『ここで良い所を見せればワンチャンいけるんじゃねぇか?』と思考している。要は全くかみ合ってない。
「それで、時間が惜しいから七人に絞っていくって話だよな? ぶっちゃけ今の人数七人より多いけど、人選どうすんだ?」
キリトへとオーリが問いかける。この場に集まったプレイヤーはキリト・アスナ・オーリ・シノン・リズベット・シリカ・クライン・リーファ・ラン・ユウキ・ストレアの十一人。四人はあぶれる計算になる。万全を期すなら全員で行く事が望ましいが、既に違うクエストが走っている以上、僅かなロスも許されないだろう。
「呼んで集めた手前、六人はお前含めて集めたので確定するとして……あと一人か」
「まさかストレアのお披露目と被るとは思わなかった。そこは本当にすまん」
「いいよいいよ。こればっかりはアタシやユイでも予測は難しいからさ」
キリトの謝罪をストレアは笑って許していた。そもそも、この姿を見せる事が出来た時点でお披露目自体は済んでいる。後は皆で軽く冒険できればよかったが、差し迫ったクエストがあるのならそっちを優先するのは当然のことであった。
「あと一人だが、面子を考えると俺よりランの方が適役だよな」
「ほぇ?」
「……あぁ、純魔だから俺らの弱点をカバーできる逸材だな」
突然兄に名前を呼ばれて、可愛らしい抜けた声を上げる彼女を尻目に、キリトは彼の言い分を理解した。そのまま流れるように、リーファとシリカがそれぞれ笑顔でランの腕を抱える。
「えっ? えっ?」
「ランちゃん、あたし達と《エクスキャリバー》取りに行こう!」
「ランちゃんの力が必要なんです!」
「これお願いって言うより連行というか強制……に、兄さん! 義姉さん! ユウキ!」
助けを求めるようにランは家族である三人を見た。彼女だってこの面子が物理寄り……と言うか、ほぼ脳筋に近い構成が多いのは知っている。SAO帰還者であるキリト達は魔法をあまり使わず、アスナやシリカが使うにしてもそれは回復や支援系ばかりで、攻撃方法は基本物理だ。例外は兄であるオーリで、彼はSAOでも使う武器に頓着しなかった為に魔法に関しても貪欲にそのスキルを高めている。今は初級だけだがそれでも攻撃、防御、支援、回復と何でもござれと言わんばかりに揃えているのは知っていた。
そして、シノンやリーファと言ったSAO未経験者も、基本的に物理が主である。シノンは持っている武器の違いは有れど、アスナと似た構成のハイブリット型。リーファは魔法剣士であるが、覚えているのは戦闘用の
「すまん、ラン……穴を埋められる人材がお前しかいないんだ」
「ぁぅ」
「埋め合わせは後日ちゃんとするから、お願いできるかしら?」
「いや、あの」
「お姉ちゃん、これは《MMOトゥディ》の一面に載るチャンスだから!」
「別に載っても嬉しくないよ……」
その家族からも説得されて、ランは溜息一つついて同行を承諾するのだった。ちなみに彼女は別に行きたくないわけではなかったが、酷使されそうなので出来れば御免被りたかったと、後に呟いている。
◇
《ヨツンヘイム》への裏道……というか、キリトとリーファが懐かれた象水母のような邪神モンスター、リーファ命名《トンキー》が居なければ裏道とも言えない場所からその世界に入り、キリト・アスナ・リーファ・クライン・リズベット・シリカ・ランのパーティにユイとピナを加えた七人と一人と一体は《ヨツンヘイム》の上空を飛んでいた。
「クエスト自動生成、《
「キノセイキノセイ。キニシタラダメダヨー」
「アスナさん!?」
その最中、《トンキー》の同族らしき動物型邪神が、邪神狩りパーティと人間型邪神に襲われている光景を目にしたり、何なら直後に《湖の女王ウルズ》と名乗ったNPCから正式にエクスキャリバー奪取を依頼されたり、ALOに使われているシステムの裏側まで垣間見てランは既にお腹いっぱいであったが。
「まぁそれも、エクスキャリバーゲットできたら万々歳なんだ。期待してるぜラン」
「期待されても困りますよ……」
先日入手した思い入れのある杖を抱きかかえながら、ランはまた溜息を吐く。冒険については文句は無い。世界の命運を自分達が握っているという展開も、物語としては大好物なのだが唐突に巻き込まれた感が拭えないので持て余している、と言った方が良い。そんな物思いに耽っている間にも、クラインがGMに通報しようとすれば年末年始の休業で人が居ない事に気付いていたり、それをリズが冷静に突っ込んでたりした。だったら、とランはこっそり兄にメッセージを送る。内容は『スロータークエストの妨害について』だ。自分が聞いた内容をそのまま送って、頼むのは人間型邪神の討伐か《大公スィアチ》の撃破である。出来るかどうかはストレアが答えてくれるだろうから、後は意趣返しも含めて丸投げでも問題ないとランは考えた。
「そういえばランちゃん。あの女神様について何か知ってますか?」
「ウルズと言えば運命を司るという、三姉妹の女神の長女ですね。長女が過去、次女が現在、三女が未来をそれぞれ司っていると言われます」
「敵対すると思うか?」
「それはわかりませんが……今回のクエストとしては特段敵対も騙す意図も無いと思いますよ。北欧神話では基本的に神と巨人は敵対関係ですから」
「なるほどな……相手の《スリュム》ってのはどんな奴なんだ?」
「えーと……先程のユイちゃんの話で《クエスト自動生成機能》の話がありましたよね?」
「あぁ、あったな」
そこでマップの崩壊などの話を聞かされたのだから、この場の全員にとって早々忘れられる話でもないのでランとユイ以外の全員が頷いた。
「わたしの知識と符合する箇所が今の所多いので、話すと結構なネタバレになると思います。だからユイちゃんも言わないんだよね?」
「あはは……まぁそうですね」
「そういう事なので、ゲームを楽しむという観点からお答えできませんって感じですね。関係なさそうな事で言うなら、スリュムは山のように宝石や金銀財宝を持ってるらしいですから、そういう所まで再現されていたらストレージ空っぽにすればよかったなぁ、と」
「なん……ですって……」
この面子で唯一店を営んでいるリズが愕然とした顔で呟くと同時に、目的地である氷のダンジョン《スリュムヘイム》へと到着する。各自が装備を最終チェックしていく中、キリトがその背に二本目の剣を背負った所でクラインが声を上げた。
「オッシャ、今年最後の大クエストだ! ばしーんとキメてやろうぜ!!」
「「「「「「「おおー!!」」」」」」」
全員の声と共に、トンキーも『くるるーん!』と鳴く。リーファが彼? に声をかけていれば、その触手の一本がふよふよとランの前にも差し出された。その挙動にランは『握手かな?』と触手の先端を柔らかく握れば、トンキーはまた『くるるーん』と嬉しそうに鳴いた。
「ランちゃんも懐かれたの?」
「それはわかりませんけど、握手はしてくれましたね」
それが懐かれたというならそうなのだろうと、リーファに答えながらランは思う。その背後では、守護者の居ないスリュムヘイムへの扉が開き始めていた。
◇
「さて、と……ランからの話ではマップ崩壊があり得るという事なので、割とマジでスローターの進行を遅らせるか、依頼人をぶち
「カーディナルェ……」
メッセージを受け取っていたオーリは、アルンにある自分達の拠点に戻って作戦会議を開いていた。割と無理やりに妹を送り出した手前、そのメッセージは無視できないのもあるし、そもそもの内容がALOの根幹を揺るがすものである為に尚更無視も放置も出来ない。
一方でストレアは、一時期間借りしていた
「それでストレアさん、その大公は撃破可能なNPCなの? 出来たとして、依頼は止まるのかな?」
ユウキが尋ねるのは根本的な問題だ。これが出来なければ大公を狙う理由が失せる為、取る行動は確定できる。しかし対象を確実に守れるかどうかはまた別問題であり、また本来なら受ける必要のないプレイヤーからのヘイトを受ける事になる。このゲームを続ける上で、そういうものは出来るだけ排除した方が良いのは当然のリスク管理でもあった。
「えっとね……うん、確かに大公は撃破可能なNPCだよ。倒せば依頼人が居なくなるからという事でクエストも無効になる。でも、大公含め、キリト達が行った《スリュムヘイム》のボスの半数との乱戦になるみたい」
「普通に死ぬわね」
ストレアの語る撃破の難易度にシノンは真顔で返す。雑魚のモンスターとの乱戦ならまだしもボス級モンスター相手の乱戦など無理ゲーである。ただ、それを聞いて考えこんでいるのはオーリだ。
「お兄ちゃん?」
「ストレア、大公自体は強いのか?」
「央都崩壊後にアルン高原占領まで行けばラスボスになるみたい」
「おっけ、なら今しか
「……言わんとしてる事はわかったけど、上手く行くかしら?」
「えー……お兄ちゃんそれ本気で言ってる……よねぇ……」
シノンとユウキは流石に一緒に暮らした期間の長さと彼の思考を理解している為、何を思いついたか理解してそれぞれの反応を示す。
そんな中で置いてけぼりを食らった感じになっているストレアが、控えめに挙手をしながらオーリに問いかけた。
「えっと、マスター? 何を思いついたの……?」
「いや、大公を暗殺できないかなと思ってな」
「へー、暗殺……暗殺?」
言葉の衝撃に固まったストレアはたっぷり十秒かかってから、央都中に響くかと思うほどの大絶叫を上げる。暗殺と言う結論に至った過程については理解できる。正面から向かって挑めばボス達に轢き潰されるのだから、搦め手を使って挑むのは常道の類だ。
「だ、だからって暗殺? マスター正気!?」
「正気ならこんな提案してないんだよなぁ……まぁ行ける可能性はあるだろ?」
「いや、でも……確かに大公は今ボスじゃ無いみたいだけど……」
ストレアはAIの習性……いや、存在意義としてその行動について演算を始める。だからこそ確かに、全て上手く行けばキリト達が攻略しきる前に、スロータークエストを無効化する事が可能であると演算できてしまった。しかしそれは現状の人数で、全員が全力を出し尽くしてようやく届くような高難易度だ。いや、可能性がある事自体異常なのだが。
「……人間って言うよりマスターが怖い」
「ちょっと普通はしない発想よね」
「わかるわかる。ボクも予想外だよ」
「え、何それ酷くねぇ?」
「というか、二人にも言える事だよ? マスターの思考をあっさりと読むんだから」
ストレアの言葉に、シノンとユウキが視線を逸らす。普段なら好きな人の思考を読める……考え方が分かっているというのは喜ばしい事なのだが、今回はあっさり暗殺と言う解に至ってしまった事に危機感は感じていた。
「後マスター、この作戦ってマスターが一番キツいよね?」
「だろうな。
オーリの発言をランが聞いていれば笑い崩れていただろうな、とオーリ以外の三人の心境がなぜか一致したのだった。
脳筋パーティの中に居る唯一の純魔は酷使されるというか、攻略に引っ張りだこのレベルのような気がしたので面子が原作と変わりますネ