オーリの提唱した暗殺案は、シノンの溜息とユウキの呆れ顔とストレアのドン引きを経て、承認された。作戦の細部を調整し、役割を決定。メインが外れた場合のパターンを大まかに決めて、拠点の倉庫より必要な物を補充して、四人は拠点を出る。《イグドラシル・シティ》でキリト達を見送ってから時間にして二十分ほど経過していたので、猶予はもう無いと走って《ヨツンヘイム》にある大公の城へと飛ばしてくれるNPCへと接触。四人は大公が待つ玉座の間の扉の前へと降り立った。
「さて、と……ストレア、最後の確認だ」
「うん」
扉の前には今は誰もいない。故にオーリはストレアに問いかけ、シノンとユウキにも聞かせる声量で話し始める。
「大公はこちらが攻撃を仕掛ければ戦闘状態に入る。その際に今フィールドで動物型邪神を狩っている人型を召喚する――…間違いないな?」
「うん。これで粘れれば少なくとも、スロータークエスト達成の遅延にはなるはず。フィールドの様子としては、主なダメージソースが人型だっていう話だし」
「で、それが出来れば大公を撃破する為の算段を付けるんだね」
「あぁ、その辺は上手い事やる……で、通せるようになったら、シノン」
「……まぁ、任されてあげるけど。しくじったら冬休みの間、口聞かないから」
不機嫌そうなシノンの言葉に、オーリは割と本気で青褪める。
「……大公の野郎、絶対ぶっ
「あ、お兄ちゃんが検閲入るくらい本気になった」
非常にわかりやすい彼の反応にユウキは苦笑するが、シノンの心境も分かる。シノンにしか出来ないとはいえ、任された役割が不服なのだ。しかし前衛としてオーリが出る以上、その役割はシノンにしか任せられない事も理解しているので、彼女は発破をかけるためにそんな事を言ったのだろう。要は『そんな罰を私にさせないで』という反対の意味が込められているのだ。ツンデレである。
「全員、手筈通りに」
気を取り直したオーリは三人が首肯するのを確認して、扉を押し開ける。ゆっくりと、音を立てながら開く扉の先、玉座に座った存在を視認した瞬間に、彼はそれに槍を投擲した。
紅蓮の光を帯びた槍が扉の隙間を抜けて、一直線に玉座へと飛翔する。その後ろに続くようにオーリが最高速で駆けていきながら、今度は左手に盾、右手に剣を携えた。続いて駆けるのはユウキとストレア。二人はそれぞれが武器を携えてオーリに追従するように駆けていく。
飛翔する槍の先、玉座には鉛の様に鈍い青色の肌を豪奢な衣に包み、豊かに髭を蓄えた巨人。そしてそれを守護するように両脇に立つ、全身に鎧を纏い、巨大な盾と槍で武装した二体の守護者型の巨人。玉座の後ろにある壁の上には、巨大な鷹が止まっていた。
「ほう……羽虫の賊か」
玉座に座る巨人――…《大公スィアチ》の呟きと共に、彼と飛翔する槍の間に盾が差し込まれ、容易く槍は弾き飛ばされる。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……
「ぉぉぉお――ッ!!」
裂帛の気合と共にオーリが跳躍。構えられた盾を足場にして更に上に飛び、次は剣を逆手に持ってそれを大公へと投擲する。
「ふん」
青い光を湛えた剣を、大公は腕で払いのけた。その間に、空中に居るオーリを貫こうと守護者の槍が振るわれるが、彼は空中で身を捻って躱して一方の槍の側面に立ち、そのまま駆け降りる。が、また槍を振るわれて今度こそ玉座の近くから引き離されてしまった。
「随分と活きの良い虫がいたものだ」
床を削りながら勢いを殺して着地したオーリと、その左右に並び立つユウキとストレアを見て、スィアチは嘲笑うように立ち上がる。そこで改めてオーリは眼前の三体のHPバーを確認した。真ん中に居る大公が一本で、左右の巨人がそれぞれ三本ずつ。
「しかし、我に刃を向けた事は万死に値する。故に――早く失せよ」
スィアチがその腕を振るえば、その前に三つの青い靄が現れる。一つの靄の大きさとしては丁度、巨人一体分だろうそれはやがて人型に固まり、青白い肌を持つ巨人へと姿を変えた。
新たに現れた巨人たちはそれぞれの手に、その体躯に見合った巨大さの斧や剣を持って構え、玉座を守護していた二体の巨人も前に出てくる。
「ユウキ、ストレア」
「オッケーお兄ちゃん」
「今宵のインヴァリアは巨人の血に飢えている……」
「渡したばっかで飢えるも何もねぇけどな」
殺到する五体の巨人を前に、三人は不敵に笑って走り出す。大公を倒す為の第一段階をクリアしたと、内心で少し安堵しながら。
◇
それは、歌いながら舞う神楽のようだと、アスナは思った。《スリュムヘイム》突入後に遭遇した第二層のフロアボス……金色のミノタウロス型大型邪神と同型の黒色大型邪神の二体。金色が極めて高い物理耐性を有し、黒色が極めて高い魔法耐性を有する難敵である。もしも、ここに一緒に来ていたのがランではなくオーリだった場合、苦戦は免れなかっただろうと考えられる程度に、自分達の脳筋具合に刺さるボス。そんな相手との戦闘に入って数分経った時。
「パターンは理解しました」
ランがぽつりと呟いた。魔法耐性の高い黒をキリト達が追い詰め、ヘイトを無視してその救援に向かう金色を見た瞬間、その神楽が始まったとアスナは後に語る。
「《アイス・ピラー》」
駆ける為に踏み込んだ金牛の足の裏を押し返すように、巨大な氷の柱が床から突き出て転倒させる。高速で発動したそれは、ランのプレイヤースキルである《高速詠唱》の効果だろう。それは単純に詠唱が速いというだけだが、《呪文》をシステムに認証させなければ魔法は発動しない為、はっきり発音する必要がある。通常、それは相反する要素である。ある程度までなら両立できるだろうが、どうしても言葉が速ければ聴き取れなくなる。しかしはっきり発音すれば言葉はそれに応じて遅くなる。ランの場合、その両立のレベルがとても高いのだ。短文の詠唱ですら、通常の魔法使いのプレイヤーと比較しても明らかにランの方が速い場合があった。そんな彼女が今、そのスキルをフルで回し、歌うように詠唱した魔法を使って金と黒の距離を離している。
氷の柱がその体を弾き飛ばし、風の塊で吹き飛ばし、爆炎で竦ませ、土の塊で動きを封じる。プリ・キャストも駆使して、MPが切れそうなタイミングでMP回復ポーションを飲み、発動する魔法や相手の体勢を観察し、最適な位置に動く。
「すっげぇ……」
呟いたのは、完全物理型であるキリトとクラインの二人。金色の助けを借りて、瞑想か何かでHPを回復させようとしていた黒色をそのままの勢いで倒した後、六人はその神楽に見入っていた。ただ、黒が倒された今、溜まりに溜まった金色のヘイトは全てランに向いている。金色の邪神がフロア内の全てを震わせる咆哮を上げ、スーパーアーマー状態にでもなったのか、怯みも仰け反りもしないまま、発動する魔法を乗り越えてランへと襲い掛かる。
「《
超巨大なバトルアックスの初撃を避けながら、ランは光を纏う。その一瞬の光の中で、彼女が杖を手に入れた時に自身を試した戦乙女の戦装束が、身に纏われた。横薙ぎに振るわれる追撃は背より生えた光の翼を持って、上空へと退避する事で躱す。
「と!?」
「ん!?」
「で!?」
「「るぅーッ!?」」
以前のダンジョンに同行していなかったキリト・アスナ・リーファ・クラインにユイまでもが、彼女の変化と飛行不可だったはずの《ヨツンヘイム》の、しかもダンジョン内で飛行している彼女の姿に驚愕を示し。
「おぉぉ……ランちゃんのあの姿は初ですよ!」
「あの子、ノリであの魔法ぶっぱしたりしないわよね……?」
同行していたシリカとリズは、それぞれに思い当たった事を口に出した。
「知っているのシリカちゃん!? リズ!?」
「知っているも何も、あたしとシリカはあの子があれ手に入れた時一緒だったわよ」
「どこで手に入れたかちゃんと教えろください!」
「キリトさん、今エクスキャリバー取りに来てますよね?」
「か、カッコイイ……」
「なんちゅーもんを……なんちゅーもんを手に入れてんだァ……!!」
違う意味で盛り上がっているパーティメンバーを尻目に、ランが杖を上に掲げるとその先より巨大な火球が現れる。金色の邪神がバトルアックスをランへと投擲するのと同時に、ランはその火球を邪神へと撃ち放つ。
「《フレイム・ブラスト》!」
邪神の武器はその火球に拮抗する事も、抵抗になる事もなくあっさりと蒸発し、邪神も武器と同様の運命を辿っていった。
「ふぅー……《
床に降りて翼を解除し、ランは再度ワードを唱えて鎧を解く。また花弁の付いた杖の尻で床を軽く叩いて、彼女はメンバーの方を見た。
「さぁ、行きま「「「「ラン(ちゃん)!?」」」」な、何ですかぁっ!?」
「何その武器わたし何も聞いてないよ何処で手に入れたかお姉さんに言いなさい!」
「ぇぇー……アスナさん
「「あの変形が超格好いいので是非在処を教えろください!!」」
「待ってください土下座するほど!? え、土下座するほどなんですか!?」
「《ヨツンヘイム》でも飛べる……欲しい……」
「リーファさんの目が他の人よりかなり怖いんですけど……!?」
「ほらほら、その話は後にして! 先に《エクスキャリバー》でしょ!」
「リーファさん、時間はどれくらいですか?」
リーファが首に下げたメダリオン……《湖の女王ウルズ》から与えられたものであり、エクスキャリバー奪還までのタイムリミットである動物型邪神の残りを示しているそれを確認する。
「この感じだと、二時間くらい……かな。黒くなるペースが遅くなってる」
「遅くなってる? 早くなるならまだしも……」
「あぁ、兄さん達が動いてくれてるんですね」
「オーリ達が?」
リズベットが疑問の声を上げて、ランが頷く。
「スロータークエストの遅延を頼んだので」
「……あぁ、あっちにはストレアが居ますから、それで遅延……ともすれば依頼の撤回まで可能かどうか確認したんですね」
「はい、その通りです」
いち早く正答にたどり着いたユイの言葉をランは肯定した。
「えぇ……ランちゃん、この状況も読んでた?」
「読んだというより、打てる手を打っただけですよ。女王ウルズの話を聞いて、ちょっとメタを張った、と言うのもありますけど」
「メタ?」
「確かにスリュムは巨人の王ですが、
ランの言葉に他の六人と一人が首を傾げたが、『あーっ!』とその手の神話や伝承が好きなリーファが声を上げた。
「スィアチだ! スロータークエストの依頼人!」
「そうです。故にこの二体の繋がりは明白だと思い、遅延か撃破をお願いしました。なので遅くなってるという事は」
「オーリ達が動いて、その成果が上がっているって事か」
クラインの答えに肯定を示して、ランはメンバー達を見る。
「とは言っても、時間稼ぎにしかならないと思います」
「この遅延も一時の猶予だろうな……なら急ごう。ユイ、この先はどうなってる?」
「先の三層はこの二層の七割程度の面積で、四層はほぼボス部屋だけです。パパ」
「ありがとう」
「よっし、そうなりゃ全力で駆け抜けるだけだぜぇっ!」
クラインの音頭に『おぉーっ!』と全員が声を上げる。それからHPMPの全快を待って、彼らは走り出した。
◇
オーリは、仮想世界のアバターに流れてもいない汗の感覚を覚えた。勿論それは幻の感覚であり、現実の汗の感覚を今感じる事は無いし、アバターは汗をかかない。それでも尚、そう感じたという事は、今この状況がそれだけ危機だという事なのだろう。
「羽虫がよく粘る」
「高みの見物してるだけの奴に言われたくないんだよなぁ!」
「その威勢が何時まで持つかな?」
大公スィアチと戦闘状態に入って四十分。オーリ達の眼前には、件の大公を除いて十二体もの巨人達――…最低でも中ボス級で、ボス級もちらほら居るその巨人達は、数体倒した上でその数だ。そして、三分の二以上のヘイトをオーリは今現在一人で受け持ち、ユウキとストレアは隙を見て交互にHPやMPの回復を行っている。
「アタシ、この戦闘でかなりスキルレベル上がってるんだけど」
「ボクも防御系のスキルがもりもり上がった、よっ!」
ヘイトが逸れた巨人の一撃を剣で受け流し、ユウキが手の平から闇の塊を撃ち出す。次いでストレアが少しの詠唱から、先ほど木綿季の魔法を食らった巨人の上に巨大な岩石を落とす。連続で魔法を食らい、フラついた隙を逃さずに同時にソードスキルを発動。ストレアの両手剣による縦の重撃と、ユウキの片手直剣による横の連撃を見舞い、その巨人は床に倒れ伏して、その体を光へと還していく。
(隙は――…出来て無いかクソが)
オーリは妹と居候の活躍を横目に確認して本命へと視線を動かすも、未だにそのガードは固い。一矢を届かせるにはまだ分厚いその壁の厚さに辟易しながら、高速で武器を持ち替え巨人の左肩からまた別の巨人の首の後ろに回り、その頸椎に向かって片刃が自身の体のサイズと同程度の両刃の両手斧を振り下ろす。兜と鎧の隙間に差し込まれた一撃は
そうやって立ち回る三人を見ながら、シノンはずっと部屋の端を隠密やハイディングを駆使して移動し続けていた。彼女が戦闘に参加しないのは当然、彼女が大公を暗殺する為の狙撃手の役割を担っているからだ。移動は主に自分が巻き込まれないようにするためと、戦況で刻一刻と変わる最適な狙撃地点を見極める為だ。
(見てるだけって、本当に嫌になるわね)
これがただ、コントローラーを握ってやるゲームだったら、見てるだけでも楽しかっただろう。しかしここはVRMMOの仮想世界であり、何と言っても最前線で自分の恋人が戦っている場所だ。それを指を咥えてみている事しかできないのは、シノンには思った以上にストレスだった。それでも、彼が最も大変な役目を引き受けて、自分が最も重要な役割を任せられたのだから、今はケット・シーの弓手であるシノンとしての意識を前面に押し出す。
「埒が明かんか。思った以上に粘る――」
そんな時に、大公が苛立たし気に指を鳴らした。現れるのは、巨人が十体以上居ようと広かった玉座の間の壁を全て覆うほどの青い靄。それは特有の召喚エフェクトである事はわかりきっているが、これだけの――…五十を超えるような召喚数は全員にとって想定外である。そして、その戦力が向けられるとすれば――
「マスター!」
「全員自分の身を守れ!」
「圧殺せよ」
スィアチの号令と共に、靄から実体化した巨人――…これはHPバーが一本の通常の巨人モンスターになるが、オーリに殺到する。武器も持たず、殴り掛かる事もなく、ただその巨体で押し潰す為に殺到する。
「人気者は辛すぎるな!」
巨人の津波から逃げる為に、オーリはあえて大公の方へと突っ込む。当然、大公を守るボス達がその武器を振るって妨害してくるが、津波よりは避けるルートが多い。床に突き立った巨人の槍を駆け登り、振るわれる巨人の剣の腹に乗り、巨人の斧の刃の横で体勢を整える。そうして、津波として襲い掛かってきた巨人モンスターが、大公を守るボス級巨人に殺されるという光景を作り出しながら、オーリは再び武器を変えて槍を握った。モーションは握った時点で既に完成している為、そのままシステムの動きに任せて僅かに生まれている大公へのルートに投擲し、それを隙と見て襲い掛かる相手には《体術》のソードスキルで自分を無理に動かして一旦空へと距離を取る。
「羽虫が、我が身に傷をつけるかァッ!」
投擲した槍がその身に届いたのだろう。HPを半分ほど減らした大公が怒りの声を上げた。それはそれで、今までの留飲が少しは下がるものだったが、すぐに構っていられなくなる。
「大人げねぇぞカーディナルゥッ!」
そうして叫ぶのも仕方ない――…オーリの眼前には今、今の自身の状態では到底避けきれないほど
「ハッハハハッ! 巨人が妖精に傷つけられて大人げなく怒るか!」
そんな時に、スィアチとも、オーリ達とも違う第三者の声が部屋中に響き渡った。瞬間、オーリの体が何者かに掴まれてそのまま、巨人達が降ってきた領域から離脱させられる。
「な、なんだぁっ!?」
「壁の上に居た鷹!?」
ユウキの叫びの通り、玉座の後ろにある壁に止まっていた巨大な鷹がオーリを掴んで運んでいたのだ。鷹は床のスレスレまで高度を下げるとオーリを離して、自身も床に着陸する。
「助けてもらった……でいいのか?」
「最初はただの馬鹿だと思ってたんだが、あれだけの数の巨人を翻弄する様は中々に楽しませてもらったよ。なら駄賃くらいは支払わないとな」
鷹の声音はとても愉快そうなものだった。そんな鷹へと今、巨人たち全員の視線が注がれている。その中でも大公の反応は劇的だ。
「
スィアチが叫んだ名は、神話にはあまり詳しくないオーリでも知っている、北欧神話に於けるビッグネーム。そして、ここに来る前に自分でも役割として例えた神の名前。
「いや別に? 向こうには《トール》が行くって言うから、オレはこっちに来ただけだよ」
鷹が光に包まれて姿を変える。現れたのは、ALOの世界観とは少し離れたエキゾチックな衣装に身を包んだ、黒髪で褐色の肌を持つ美青年。その身長はオーリの倍ほどある巨人で、顔はスィアチに対して嘲りを浮かべている。
「お前らの企みで本格的にマズくなったらちょっかい掛けようかと思ってたけど、いやはや妖精相手に翻弄されてイラつくさまは、本当に楽しかったよ!」
「キ、サマァ……!」
「でもいいのかい? オレにばかり集中して」
ロキの言葉に全てが一瞬静止した玉座の間を、一条の閃光が走る。その正体は紅蓮の光を湛えた矢であり、それは吸い込まれるようにして大公の額へと突き刺さる。
「人の旦那を殺そうとしたなら、自分が殺される覚悟くらいあるんでしょうね」
弓であってもその射撃精度に翳りを見せない狙撃手が、射られて倒れた大公を冷たく見下ろしていた。
◇
シノンが大公を撃った後、玉座の間に居た巨人達も消え去った。それから十分ほど経った後で《ヨツンヘイム》のフィールドに変化が起きて、雪と氷の世界が一面花と緑が溢れる世界へと変貌。それを見てオーリ達四人はその場でへたり込んだ。最後の一撃を持って行ったシノンは役割としてそれほどの疲労は無かったが、それでも一撃で決めなければならない狙撃を試みるのは精神的にキツかったようだ。
最後に現れたロキは、その光景を見届けて『オーディンには目を付けられないように』と四人に意味深な事を言って去って行った。変化が起きるまでの間にした話としては、彼がスィアチの城に居た理由は、スィアチの企みが成就しそうな瞬間に邪魔してご破算にさせるつもりだった、という事だった。逸話に違わずイイ性格をしているとオーリは苦笑したが、『巨人族相手に散々ひっかきまわしたお前もイイ線行ってるぞ』と有り難くない後押しを貰って凹んでいた。
「さて、と……涼、頼んでた奴は持って来たか?」
場所は変わって現実の《ダイシー・カフェ》で、和人は涼と会っていた。彼らだけではなく、今日《聖剣エクスキャリバー》クエストに関わった仲間全員が来る予定であり、その理由は無事に《エクスキャリバー》とついでに何故か手に入っていた《雷槌ミョルニル》の獲得を祝った打ち上げ兼、忘年会である。集合については親に送ってもらった涼達四人が最速で、次に来たのが和人と直葉だ。男二人は早速、と言った体で話し始め、女性陣はカウンターでエギルの準備を手伝っている。
「まーな。出来には文句言うなよ? こっちだって色々あるんだから」
ノートPCを広げたキリトの前に、涼は持ってきていたハードケースを置いた。それは精密機器を運ぶためのプロテクターケースであり、ロックを外して開けば中に収められていたのは薄紫でカラーリングされた多脚型のプラモデルのような見た目のものだ。土台があり、上部には半球状のユニットと長方形のユニットが乗っており、土台の前面には先端に三本の爪が付いた小さい手のようなものが二本、そして真ん中と後部には先端にローラーが付いた大き目の足が二本ずつついている。
「これ、ガワは何使ってるんだ?」
「あぁ、アニメに出てきた『多脚思考戦車』が可愛いってストレアが言うから、それのプラモを使った。半球のユニットはカメラとマイクで、長方形のはスピーカーとバッテリー。で、お掃除ロボット程度の速度で動ける。手は強度の問題があってティッシュくらいしか掴めんけど」
「マジで!? すげぇじゃん」
「ハードは俺だけどソフトの中身組んだのストレアだからなぁ。これをあいつにも使わせるって条件で協力させてるから、ユイ用に欲しいならもう一台作る必要があるけど」
そのミニチュア……と言っても三十センチほどの全長で全高があるためかなりでかいそれは、和人が組んだ仮称『視聴覚双方向通信プローブ』システムにおける現実側のユニットだ。帰還者学校で専攻しているコースが同じメカトロニクスである二人は、同じコースの友人を巻き込んでシステムを構築してきた。それに興味を持ったストレアが首を突っ込み、現実側のユニット製作については涼が一任されている状態である。
キリトは素早く現実のユニットとノートPCをネットワーク上で接続し、ついで自身の自宅にあるユイの本体が居る据え置きPCにインターネット上に接続する。
「どうだ? ユイ」
『……す、凄い。見えますし聞こえますし、
驚いたようなユイの声がユニット……涼の付けた仮称は元から引用してアレンジした『ストコマ』である、から響いて、その足に付いたローラーを使用してゆっくりとテーブルの上を移動していく。慣れないためか、その動きはまだぎこちないがすぐにスムーズに走り出す。
『凄い! 凄いですパパ! オーリさん!』
「これ、バッテリーの駆動時間はどうなんだ?」
「最大で三時間。走り回りゃ一時間って所だな。ノートPCにUSBで繋いどけば充電できるし、会話するだけならその状態で問題ない」
『動く』を省いてカメラとマイクを小型化すればもっと長く出来る、と説明を付け加える。なら今回は何故こっちを持ってきたかと言えば、和人の要請もそうだが。
『はいどーん!』
『きゃっ!? ス、ストレア!?』
スピーカーから二種類の音声が響いて、『ストコマ』の挙動が狂う。下手人はユイが叫んだようにストレアだ。こうして姉と相乗りするのを彼女が望んだから、今回は試作機とも言えるこれを持ってきた。
「おー、何か挙動不審になってる。混在するとこうなるのか」
「ストレアー。それ壊したらお前、ALOで無限採掘の刑にするぞ」
涼の言葉を聞いてピタリ、と『ストコマ』の動きが正常に戻った。
『じ、冗談だよねマスター?』
「冗談も何も、壊せば色々迷惑掛かるんだからやめろっての」
涼のスマホに移動したストレアが涙目になって訴えかける。彼はそれに対して諭せば、はぁい、と少々落ち込んだような彼女の声が響いた。
『オーリさん、何だかストレアのパパみたいですね』
「居候に色々教えるのも家主の務めだからなぁ」
「娘と言うより、歳の離れた親戚みたいな感じになってるわよね」
配膳を手伝っていた詩乃が顔を出せば、『ストコマ』に乗ったユイがスーッとそちらへ移動する。
『そうなんですか?』
「娘と言うには遠慮が無いし、そこまで親馬鹿でもないでしょ?」
「そうなのか? オーリ」
「大体そんな距離感が近いな。後は近所の子供を相手にしてる感覚」
「お兄ちゃんはユイちゃんの為に毎月、バイト代入る度に色々やってる親馬鹿だもんね」
苦笑しながら言うのは直葉である。その辺りの事は彼女から何度も聞いている涼と詩乃としては、同じように苦笑いするしかない。涼はPCの増設等はしていない。ストレアがナビゲーション・ピクシーとして活動を始めた頃に、本体用に一つPCを組んでそれっきりである。普段のダイブで使う物に常駐されても困ると、それより高性能な物を組んだ。そのスペックはストレアも満足の代物だ。
「和人君達もう来てたんだ。それは?」
『あ、ママ!』
次いでやってきた明日奈に『ストコマ』の手が掲げられ、ユイが返事をする。その声を聴いて彼女がフリーズした。十秒固まって、その後プルプルと震えだし、次の瞬間には『ストコマ』に抱き着いた。
「ユイちゃんがこっちで動いて応えてくれてるぅっ!?」
「明日奈さんちょっとやめて。それ試作だから壊れちゃう。そんなに抱きしめたら壊れちゃうのォッ!?」
足の関節から少し嫌な音が響いてきたので、慌てて涼が制止する。はっとして正気に戻ったのか、明日奈は丁寧に『ストコマ』をテーブルに置いた。
「大丈夫ユイちゃん? 怪我はない?」
『駆動関係には問題ないので大丈夫ですよママ』
「これ、壊しかけたの明日奈じゃんってツッコミ入れた方が良い奴?」
「止めときましょう。明日奈も完全に親馬鹿モードに入ったから」
「お兄ちゃんも凄い優しい顔で見てるから完全に親子だよね……」
親子三人の空間が出来上がってしまったテーブルから少し離れ、同い年である三人が話をしていれば残りのメンバーも揃ってきたので、今度は涼がエギルの手伝いに回る。それと入れ替わるように藍子と木綿季が席に着いた。
「そう言えば藍子、大活躍だったって?」
「うぇっ!? い、いえ、そんな事は」
「そうそう。藍子ちゃんが居なかったら多分《エクスキャリバー》は《ニブルヘイム》に落ちてたかな」
「へぇ、そっちはどんな感じだったの?」
目を輝かせる木綿季と、話を促す詩乃の視線を受けて直葉は冒険の顛末を話し始める。三層を突破した後、ボス部屋の前で《フレイヤ》という美女NPCを助けた事。この際にはクラインが最初に助けたそうにしていたのだが、キリトやアスナやリズが罠だと言って一悶着あった。
「で、何故か皆、藍子ちゃんに意見を求めたんだよね」
「びっくりしましたよ……まぁ元ネタから見れば罠ではないので良いんじゃないですか、と言えばクラインさんが嬉しそうに解放してましたけど」
「……うん、そのせいで先の展開が読めた気がするわ」
詩乃の言葉に直葉と藍子が苦笑した。木綿季は疑問符を浮かべていたので、直葉は続きを話す。フレイヤを連れてスリュムとの決戦に臨んだ彼らだが、流石に巨人の王と言われただけの力を有していたようであり、終始劣勢だったようだ。藍子の指示や各々の奮戦もあって戦線崩壊はしなかったが、それでも尚逆転には一手足りないという状況でフレイヤがある物を探してくれとお願いしてきたのだ。
「やっぱり?」
「やっぱりだったね」
「やっぱりでした」
「どういう事?」
「探し物を見つけてフレイヤに渡したらね、変身しちゃったの。トールってオッサンに」
「何で?」
直葉の説明で理解が追い付かない木綿季に、藍子が補足する。神話では雷神トールがスリュムに盗まれたミョルニルを取り返すために、相手の要求であるフレイヤと言う女神に変装して相手の所にまで行き、奪い返すという逸話があるのだと。
「あー……何か皆のリアクションが読めた気がする」
「藍子ちゃんは『やっぱり……』みたいなリアクションで、あたしは探し物でピンと来て思い出しちゃったからそこまで驚かなかったんだけど、他の皆の……特にお兄ちゃんとクラインさんのリアクションは凄かったよ」
顎がガクーン! って感じだったと語る直葉に同意する藍子。嫋やかで美しい美女がガチムチのオッサンになったら、そんな感じのリアクションをしそうだとありありと想像できる光景に、詩乃と木綿季も苦笑いを隠せない。
そしてトールと協力してスリュムを倒した後、奥にあった《聖剣》を抜いておしまいかと思えば、最後はお約束と言っても良いダンジョン崩壊という展開が待っていた。その時に、藍子が一定時間内だけと言えど《ヨツンヘイム》でも飛べる事が幸いして、無事に《エクスキャリバー》と共に彼らは生還を遂げたのだった。
「最後に美味しい所を持っていくとか、詩乃お義姉ちゃんみたいだね」
「その言い方、何か悪意が無い? 木綿季」
「そんな事は無いよ。役割的にはボクらの場合あれしかないんだし、お義姉ちゃんだって何度も飛び出そうとしたの堪えてたの知ってるもん」
「そっちはどんな感じだったんですか?」
今度は藍子が詩乃と木綿季に尋ねた。
「こっちはそっちみたいに冒険してたわけじゃないけど、終始涼が前衛。木綿季とストレアがカバーと撃ち漏らし掃討。私は最後に大公を狙撃するって役目で動いてたわ」
「でまぁ長期戦だったんだけど、最後の最後でそっちみたいにNPCに助けられたんだ」
「NPC……もしかして、ロキですか?」
「正解」
「へぇー……神話ではどっちにもロキが関わってたけど、登場はそっちかぁ」
頷く直葉に続けて話すのはその後のロキとの話や、戦利品の話だ。『オーディンに目を付けられないように』と言う話は神話視点から見れば、やはり彼の大神は戦力として《
「こっちはスリュムが『アース神族には気を付けろ』的な事を言ってましたね」
「よく覚えてるね……」
「何となく印象に残ってたんです。北欧神話は明確に善悪が定められていないので、ある種全方位が敵の可能性もなくは無いのかな、と」
「巨人だけでも厄介だったのに神様まで相手とか、恐ろしすぎない?」
詩乃の冗談めかした口調の言葉に、三人は力強く頷いて同意した。
「それで、何を手に入れたの?」
「ラストアタックは《鷲の羽衣》ってマント? だったわ。撃破報酬が《偽剣カリバーン》で、最後に旦那がロキから《グレイプニル》ってアイテムを貰ってたわね」
「おぉ……名前からしたら錚々たるものが並んでる」
「性能についてはまだ検めてないけどね」
話し込んでいればメンバーが揃ったのか、四人の前にもノンアルコールのシャンパンが入ったグラスが置かれる。
「ほら、最後はこいつだ」
エギルが見事な照りをまとったスペアリブの乗った大皿を持ってきて、涼が残りのグラスにシャンパンを注いでいけば、全ての準備が完了した。それを確認して、和人がグラスを持って立ち上がる。
「さて、皆集まってくれてありがとう。まぁ前置きなんてないんで早速――…祝! 《聖剣エクスキャリバー》《雷槌ミョルニル》ゲット! それとお疲れ、二〇二五年に――乾杯!」
彼の音頭に続いて、全員の唱和が店内に大きく響き渡った。
えくすきゃりばー「ぱぱ?」
きりと「へ?」
えくすきゃりばー「まま?」
らん「済みませんちょっとカメラ止めてください。ヤバいですそれ衝撃映像です待ってください」
あすな「きりとくーん?」
おーり「きりとくぅーん。ちょっと世界樹の地下まで来いや」
きりと「俺は無実だぁーっ!?」
※この掛け合いはフィクションです。