この場を借りてお礼申し上げます。
見た時が仕事前だったので一日仕事が手に付かなかった……(不整脈
一方その頃。
涼は和人と一緒に秋葉原である。と言っても、狙いはユニット性能向上のためのパーツ探しで、あーでもないこーでもないと相談しながら二人は様々な店を巡る。
「美少女ロボットは流石に無いよなぁ」
「あったらニュースになっとるわい。でもまぁ、動かす中身はあいつらだとして、やっぱハード面の問題だよな。バッテリーに関節や駆動系……見た目に制限があるから尚更キツイぞ」
「センサー関係もな。視覚と聴覚は良いとして、触覚までは何とかしたいんだよ。味覚と嗅覚は……じっくり腰を据えて、かなぁ」
現実的な妄想話をしながら時計を確認すれば、三時を少し過ぎた所を指し示している。
「どうする?」
「エギルさんの所に寄ってくか。メッセージやらALOで新年の挨拶はしたけど、こっちでも顔出しといた方が良いだろうし」
そんな相談をして、二人はバイクを走らせた。最寄りの駐輪場にバイクを止めて少し歩けば、隠れ家的にひっそりと佇む喫茶店兼バー『ダイシー・カフェ』の看板が目に入る。『OPEN』の札が掛かっているので遠慮なく扉を開けば、ドアベルが景気良く音を立てた。
「いらっしゃい。おう、お前達か」
「明けましておめでとう、エギル」
「おめでとうございます、エギルさん。新年から顔を出しに来ましたよ」
「明けましておめでとう。なら軽く食ってくか? 珈琲はサービスしてやるよ」
「そこは食う方をサービスする所じゃないのか」
三人が笑い声をあげ、和人と涼はカウンター席へと腰を下ろす。程なくしてサービスと言う珈琲が置かれ、二人はエギルに勧められたベイクドビーンズを頼んだ。
「にしても珍しいな。お前達二人だけって言うのは」
「今日は明日奈達、女性陣だけでお泊り会なんだよ」
「だから男二人でぶらついてんのか」
「まぁ明日奈やら、詩乃を連れて回るのが難しい店とか行くのにはちょうど良かったんですけど。パーツ屋とか多分、一件目で飽きられそうだし」
和人も涼も方向性の違いは有れど理系である為、そういう話も良くするが、女性陣でその話に食いつきが良いのは木綿季だけだったりする。ちなみに詩乃は帰還者学校では商業実務系のコースを選んでおり、たまにプログラム関係をつまみ食いしている感じだった。
「涼は今年もGGOメインで行くのか?」
「んー、ストレアが入って来たからな、比重としてはALOに少し寄るかもしれん。カグツチのクエにも呼び出されるだろうし、少なくとも今月はメインがALOだろうなぁ」
仲間内でメインとされているゲームはALOであるが、涼はGGOをメインとしている。理由は単純な話として、銃と言う武器の選択肢があるか無いかだけだ。多様な武器を扱うプレイスタイルでゲームを遊ぶ彼としては、選択肢は多い方が良い。欲を言えば近接武器の種類より射撃武器の種類が多い方が好みなのだ。それに彼のパートナーである詩乃は射撃武器に高い適正……プロのスナイパーなどと比べても遜色が無いだろうものを持っているし、彼女のスキルを十全に生かすとすればGGOの方が良い。まぁ仲間との付き合いもあるのでALOを完全に切る事はしないが、それでも比重はGGOの方に置いていた。
「あぁ、そういやGGOで金属剣見つかったぞ」
「マジか。でもちょっと齧るにしては月額通信料が高いんだよなGGO……」
「ALOはパッケージ買えば通信料は無料だもんなぁ。課金要素はアバター変更とかだし」
「《アスカ・エンパイア》はどうなんだ? あれも少しやったって聞いたが」
「藍子と木綿季に誘われてやりましたね。和風の世界観は面白いし、ALOほどPKは推奨してないから、まったりやるなら一番いいと思いますよ」
難易度的にも、初心者がするならオススメだと涼が言う。そこから変わり種のVRMMOの話になっていき、レースゲームにサバイバル、果ては人間以外にもなるゲームの話が出てくる出てくる。
「基本無料の、そういう変わり種やってみると超面白いぞ」
「例えば何だよ?」
「《アニマルバトル》って奴は最初に犬か猫かでスタートして、他のゲームの《職業》みたいに他の動物に進化するゲームだった」
「……え、それって四足歩行する事にならないか?」
「獣の視点がよくわかるゲームだったぞ。あと木綿季がやった中で最悪だったって言ってた、アメリカの《インセクサイト》ってのもやってはみた」
「何故、自分の妹が最悪だと言ってたゲームに飛び込むんだお前は」
「どうせ捨てアカだからと色々やってみたかっただけなんだよなぁ。それは自分が虫になって戦う奴だった」
「オーケーそれ以上言わなくていい。言ったらお前の嫁にチクる」
「そこで詩乃出すの卑怯すぎねーか?」
「オーリ、ここは飲食店だ。虫の話題は流石にやめろ」
エギルに全くの正論を言われたので涼は黙る。ちなみにその虫ゲーでは涼はバッタになってしまい、戦闘方法に小一時間悩んだ。結局一度飛んでから空中で蹴りを繰り出す方法しか無くて『これはゲームとして成り立っているのか?』という哲学的な悩みすら抱くに至り辞めた。
余談として、木綿季はこのゲームをしたが、藍子は本気で虫がダメなので全力で拒否したという。
「ほれ、ベイクドビーンズだ」
「「待ってました!」」
湯気が立つ皿が二人の前に置かれ、食べ盛りの二人は話もそこそこに食べ始める。と言っても、それなりに量があるとはいえ、半分以上食べるのに一分程度なのはやはり高校生と言った所だった。
「和人はいつから同棲始めるんだよ」
「えー、あー、んー……四月」
「ほう、そっちの二人はやっとか」
「何か歯切れ悪いなお前。どうしたよ?」
「なんつーか、確かにSAOでも一緒に暮らしてたけど、現実となると勝手が違うだろ?」
その一言で、和人の言いたい事が涼とエギルにはわかった。その上で気にしても仕方ないぞと笑う。
「いや、真剣なんだが」
「言ったろ。気にしても仕方ない――…そもそも、明日奈にはお前の格好良い所も悪い所も全部見られてんじゃねーか」
むすっとした表情を見せた和人に、涼が笑いながら続ける。
生活習慣? 普段の生活態度? 一番格好良い所も、綺麗な所も、醜い所も、悪い所も見せた上で結ばれているのなら、そんな表層が何の障害になると言うのか。
「俺も嫁さんとは喧嘩もしたし、揉めた事もある。だが、そういう過程も楽しむのが同棲であって、そこまで緊張やら悩む必要は無いんだ」
仲間内で唯一の既婚者であるエギルの言葉は、確かな説得力を伴って和人の心の内に納まった。涼も頷いている事から、同棲についてはその通りなのだろう。
「涼は喧嘩したのか?」
「ン? したぞー。SAOをプレイするまではくっだらねぇ理由で喧嘩したわ」
「ほう、例えばどう言うのだ?」
「詩乃の取ってたプリンを俺が食ったとか、おかずの取り合いとか、そんなんばっかりですよ」
今の二人から想像も出来ない理由に、今度はエギルと和人が笑った。
「ほんっと、くだらない理由なんだな」
「今となっては笑い話でしかないよ。それに、最初の喧嘩がガチだと落としどころも見つからないからなぁ……そういう意味じゃ、お前らがSAOで喧嘩した時、このまま喧嘩別れすんのかなーとか思ったくらいだわ」
「あー、まぁ……その節は本当に申し訳ないというか、仲を取り持ってもらって済みませんでしたと言うか」
いつの間にか空になっていた皿をエギルが片して、和人はカフェモカを、涼はカフェラテを頼む。そんな時に、来客を告げるドアベルが鳴り響いた。
「いらっしゃい。これはまた珍しいお客さんだな」
「ご無沙汰してます。エギルさん」
来客の声を聞いた瞬間、涼が一瞬だけフリーズした。声の主は和人とは反対側の、彼の隣のカウンター席に腰かけ、にっこりと笑いかける。
「お久しぶりです♪ オーリ君、キリト君」
「久しぶりだな、ユナさん」
「……お久しぶりでーす」
このエンカウントの可能性を考えなかった自分自身を、涼はとりあえず脳内で殴り飛ばしておいた。
隣に座っているのは、今人気のシンガーソングライター《YuNa》こと元SAOプレイヤー《ユナ》。本名は
ただ、彼女の出自や取り巻く環境については涼も和人も、他の仲間も思う事は何もない。彼女もまた、自分達と同じSAO帰還者であり、死線を共に潜り抜けた仲間であるのだから。
「芸能人って年末年始、忙しいイメージがあるんですけど」
「昨年頑張りすぎだと、エーちゃんや父に叱られまして……」
お正月から二週間ほどお休みですよ、と彼女は笑った。去年七月のデビューから、毎月新曲リリースにライブ活動、そしてALOでも歌い続ける彼女は既に全国に数多くのファンがいる。年末に行ったライブについては、仲間内で一番のファンである珪子は抽選に落ちていたが、大規模な会場を押さえて尚満員を超えて、会場の外にもファンが居たというのだから、その人気は凄まじいの一言だ。
「ここに居るの知られたら、エギルが過労死するな」
「この店の事はバラしてないので大丈夫です。それに、印象さえ変えれば意外と気付かれませんよ?」
悪戯っぽく笑う彼女は確かに、普段編み込んでいる髪をストレートにしており、白を基調にした歌う時やテレビに出る時の装いとは違う服に身を包んでいる。今は外しているが、来店時はマスクをしていたのもあって、彼女が《YuNa》である事に気付ける人間は少ないだろう。エギルが彼女の前にホットレモネードの入ったカップを置き、ユナはそれを一口飲んでから口を開いた。
「にしても、オーリ君とここで会うのはパーティ以来ですね」
「ユナさんは忙しいんでしょう? そりゃ会わないですよ」
「確かに。彼女がここに来るのは二カ月ぶりくらいだし、オーリもパーティ以降は十二月まで顔を出さなかったしな」
「あー、それは確かに会いませんねぇ」
「ん? つー事はキリトとかは会ってんのか?」
「俺は会ってないけど、アスナはちょくちょく話してるって言ってた」
「アスナさんは連絡先を交換させていただいて、お話させていただいてますね」
ほら、とユナがスマホの画面を見せてきたので三人が覗きこめば、確かに見覚えのあるアイコンと《アスナ》の名前があり、二人が連絡を取り合っている様子が残されていた。内容としてはやはりSAO内であった出来事の話だったり、それ以外は至って普通の世間話をしている様子だ。
「あ、ようやく現実でお会いできたので、お二人にこれをお渡ししておきますね」
そう言って、ユナが持っていた鞄から取り出したのは、ダウンロードが主流となった今では廃れたと言って良い音楽CDだった。PCで読み込む分には問題ない為、和人は特に抵抗する事なく受け取る。涼は一瞬迷ったが、CDくらいは良いかと受け取った。
「これは?」
「今度発売するファーストアルバムです。CD版は限定品なので貴重品ですよ」
「へぇ、そう言えばユナさんの曲はちゃんと聞いた事ないな。今度明日奈と聞いてみるか」
「是非是非。新曲も入ってるので聞いてみてください」
歌番組などで聞く限り、彼女の歌はありふれた……というのは失礼だが、恋や愛を題材としたものが多い。それは時に聞いた人間が自身に反映できるものでもあれば、応援するために歌いたくなるものもある。
「オーリ君はどんな音楽を聴くんですか?」
「どんな……まぁ、何でもですかね。たまに洋楽も聞くし」
「傾向的には何かあります?」
「CMとかで耳に残ったら検索したりしてるんで、別に傾向は無いと思いますよ」
「雑食って言ってたっけ? 前にカラオケ行った時も、色々歌ったよな」
「例えばどんなの歌うんだ?」
「えー……マジで色々ですよ。演歌も洋楽も、アニソンだって歌うし、何ならアイドルのだってふつーに歌いますからね」
そう言って、以前学生組で行ったカラオケで歌った曲名を並べていけば、ユナが頭を抱えた。ジャンルの範囲が広すぎたのだろう。『わたしの計画が……』と言っていたのは隣に居た涼にだけ聞こえた。
「本当に共通点も傾向も、何もねぇな」
エギルはエギルで呆れたように言い、涼はでしょう? と笑った。ただ、それだけ雑食……誤解を恐れず言うなら節操無しなスタイルが、あれだけの武器を操る事に繋がっているような気はすると、エギルは思う。異質な何もかもを取り込んでいるのに、それが全部彼らしいと思えてしまう。
「それはそうと、今日はお二人だけですか?」
「今日はアスナ達がお泊りだから、別行動って感じかな」
「俺はキリトがちゃんと飯食うように、こいつの妹から監視を命じられてます」
という事で、と涼はスマホで和人とエギルのツーショットを撮ってすぐに仲間内のグループにアップした。『間食中』という一文を添えれば、『晩御飯どうするの?』と詩乃から返ってきたり、『女の敵はお兄ちゃんと桜川君だった……?』と直葉が返してきたり、『何食べたんですか?』と珪子から尋ねられたりしている。
「すげぇ通知音鳴ってるんだけど……」
「経過報告送っただけなのに反応しすぎじゃね?」
女性陣の食いつきに笑いながら、涼は詩乃に『可能なら、晩御飯はそっちで食べたいけど大丈夫か?』と送れば、少しして今度は明日奈から『じゃあキリト君も連行するように。わたしと詩乃のんで作るから』と御達しがあった。
「喜べキリト。晩飯はアスナとシノンの合作だぞ」
「なん……だと……?」
和人の目の色が変わった気がするのは、涼の勘違いではないだろう。明日奈と詩乃の料理スキルは仮想世界では勿論だが、現実でも高い。互いのパートナー曰く『プロ級』との事だが、それは贔屓目もあって当てにならないにしても、女性陣からは一目置かれる程度には、料理上手であるのは確かだ。そんな二人が共同で料理を作るというのであれば、期待しすぎてもそれを裏切る事など無いと和人も涼も思っている。
「今は……五時前か。今からバイクで行けば腹ごなしの時間くらいはあるよな?」
「お前どんだけ食うつもりなんだよキリト。気持ちは確かにわかるけども」
「……どちらでお泊りされているんです? ちょっと興味あるんですけど」
「俺の親の家ですね。ランとユウキもそこに住んでるんで」
「わたしもご相伴に預かるとか、出来ますかね?」
遠慮がちなユナの言葉に、涼は思考する。ここで断るのは簡単ではあるが、それでは彼女に『集まっている方に聞いてほしい』と言われるのは目に見えている。涼は今回の女性陣の集まりについては何一つ決定権は無いのだから、そう言われれば聞くしかない。
ただ、それによって彼女が来る事になっても、特に不都合があるかと言われれば特にない。別に家の住所が知られるわけでもなく、帰りは和人に送らせるか、ノーチラス……彼女のマネージャーの連絡先は聞いているから、呼んで迎えに来てもらえばいいだろう。
そこまで思考して、SNSでのグループにメッセージを一言打ち込む。
『ユナさんがそっちに顔出したいと言ってるんだが、どうする?』
◇
「やっぱり涼は、私が一緒にいない時に限ってとんでもない引きをするのね」
「申し開きもございません」
家に着いた涼は、出迎えた詩乃の言葉に土下座をせんばかりの勢いで頭を下げた。結局ユナの参加は賛成多数で許可が出て、先に和人と彼女は家の中に入っている。
頭を下げる彼に対して、詩乃は特に怒ってはいないと告げた。別に誰が涼を好きでいようとも、それはもう詩乃にとって問題にはならない。この小言も半分はポーズみたいなもので、涼もそれはわかっているが、それでも半分は不安にさせてしまったのだから、謝る事に抵抗などあるはずもなかった。
「詩乃のーん。イチャイチャしたいのも分かるけど手伝ってー」
「はいはい、それじゃもうすぐ出来るから」
「了解した」
明日奈に呼ばれてキッチンに向かう詩乃を見送ってリビングに入れば、そこにはテレビの前で片足立ちをして、両手にはリング状のコントローラーを握っている和人の姿。その横にあるソファにはタオルで汗を拭いている里香と、彼を応援している木綿季と、彼女に抱えられているユイコマ。
テーブルの方では、藍子と珪子に直葉とユナが会話に華を咲かせている。視線についてはキッチンに居る涼の母に向いている事から、おそらくは母親の異様な若さについていろいろ話をしているのだろうと当たりを付け、キッチンに居る母親と詩乃、そして明日奈を見る。詩乃と明日奈が共同で昼の料理をアレンジしているが、母親はどうやら新規に一品作っている様子だ。その手際を明日奈が盗み見ており、詩乃はそれに気づいて後は自分がやるからと、ちゃんと見るように勧めていた。
『あ、おかえりマスター』
「おう、ただいま」
足元を見れば、移動してきたストコマが彼を見上げている。着ていたコートを脱いで手に持ち、彼はストコマと一緒に歩き、木綿季の横に腰かけた。
「おかえり、お兄ちゃん」
「おかえりー、アンタもやる? 今キリトがボス戦してるけど」
「腕も足もやべぇ! 後腹筋もキツイんだけど!」
「これ、運動強度どうなってんの?」
『最初はリズさんが半分の強度でしていたのですが、パパが最大にしちゃって』
そりゃダメだわ。と涼は呆れた目で和人を見た。スクワットで曲げている足がプルプルと震え、額には大粒の汗を浮かべている彼は、傍目から見てもいっぱいいっぱいである。
『筋肉量的に厳しいと思うんだけど』
「あ、ストレアさんも帰って来てたんだ。憂さ晴らしはどうだったの?」
『鉱山ダンジョンでレア鉱石いっぱい拾ってきたから、リズに装備作ってもらおうかなって』
「オーリと言いストレアと言い、あたしを酷使するのは止めなさい。ちなみに何拾ってきたのよ?」
「酷使するなと言いながら自分から飛び込んでいくスタイル、ホント変わんねぇな。そういうトコだぞお前」
『えっとねー、オリハルコンやらアダマンタイトに、一番多いのはミスリルかな』
「よしユウキ、ちょっとアミュスフィア貸してダイブするから」
「「即堕ちしてる……」」
チートした? と聞きたくなるストレアの収穫だが、彼女は乱数が見えるらしいので調整しながら猛然と狩りや採掘をすると、市場クラッシャーになれる程度にはレア素材を出す事が出来る。普段はそんな事をしないのだが、余程の事があったのかと涼は木綿季に視線を向けた。
「ユイちゃんに将棋で負けたのが悔しかったんだって」
『勝ちました!』
「あぁ、なるほどな。そりゃ悔しいし憂さ晴らしもするわ」
主に自分がそんな感じだと考えてから気付く。自分とストレアは、和人とユイのような頻度で行動を共にしているわけではない。どちらかと言えば、彼女は藍子や木綿季と行動を共にする事が多く、影響を受けるとすればそちら側の方が比率としては大きいはずなのに、涼の思考が優先して学習されているように感じる。
『という事で、乱獲しつつ無料でオンラインで対戦できる将棋ソフトもPCに入れてきた!』
涼の思考を知ってか知らずか、ストレアが無邪気に報告してくる事に苦笑を返す。
「無料ならいいんだけどな……つかAIが自由な思考で将棋してくるって怖いわ」
『そこまで自由と言うわけでもないですよ? 演算の速度などが違うだけで』
「充分強いんだよねぇ……」
話をしていれば、画面でボスが倒れると同時に和人が倒れた。倒しきってから倒れる辺り彼らしいが、明日はおそらく筋肉痛だろうか。とりあえず涼は、自前で持っている汗拭きシートを彼に渡して、ストレアの事に関しての思考を破棄する。自分を優先学習対象にしていようが、彼女の扱いを変える必要性はない。保護したのは和人とユイであれど、受け入れたのは自分であり、目覚めた切欠も自分なのだから。
「オーリ、やってみてくれよ」
「飯もうすぐだろうが。後でな」
涼の言葉通り、夕食後に和人がプレイした時と同じ条件で仲間が皆プレイしたが、普段からハードに鍛えている涼と直葉を除き、全員が程度の差は有れど息を乱していたという。
「ユナさんの手足が、産まれたての小鹿みたいに震えてんぞ」
「忙しくて……ジム行ってないんですけど……行ってた方が、良かったですかね……?」
「とりあえずオーリ君、これ迎えに来てもらった方が良いと思うよ」
直葉の言葉を受けて、涼は速攻でユナのマネージャーに連絡した。
◇
ユナがマネージャーに連れられて帰宅し、和人と涼が退散した後で女性陣は入浴後、畳が敷かれている和室風の共有スペースにて用意されていた布団を思い思いの場所に敷き、皆が寝転がる。
「楽しかったねー」
「いつもよりは、だいぶ賑やかだったわね」
詩乃と隣り合うように布団を敷いた明日奈は、隣に居る彼女に語り掛ける。他の五人も二人の近くで布団を敷いている為、七人で固まっていると言った方が良いかもしれない。
「夜はまだまだ長いわよ?」
「えー……確かにまだ十時くらいですけど」
にやにやと笑う里香に、珪子が冷静につっこむ。
「まだまだ長いって、一体何を……」
「そりゃ当然、女子しかいないんだからコイバナでしょ」
「……この面子だと、相手が丸分かりな気がするんだけど」
木綿季のツッコミを里香はスルーした。別に誰々が好きとかそう言うのだけがコイバナではないと、彼女は邁進する。
「どんなシチュエーションで告白されたいとかあるでしょう!?」
「色々映画あるけど、どれ観る?」
「お泊りの定番と言えばホラーだよね」
「あーでも、見ようと思ってた映画が結構あるなぁ……」
「無視しないでよ!?」
テレビ画面でネットに繋いで検索していた詩乃と直葉、明日奈に向かって里香が吼えた。
「詩乃お義姉ちゃんは、お兄ちゃんにどんなプロポーズされたいの?」
そんな里香の話に便乗して、目を輝かせた木綿季が問いかけた。流石に義妹に聞かれれば、無視と言うわけにもいかないので、詩乃は顔をテレビから皆に向ける。
「どんな、か。私の十八歳の誕生日にプロポーズするって、宣言はされてるのよね」
詩乃がとりあえずジャブのつもりで言った発言に、時間が止まった。
「里香さん、いきなり特大の爆弾来ましたよ」
「ここで挫けてはいけないわよ……! というか予想はしてたけどね。イブの時でしょ?」
「まぁね。それで理想だけど、シチュエーションとかはあまり気にしないわ」
「その心は?」
「プロポーズするのに旦那が何も考えないわけないし、私の為に本気で悩んでくれるわけでしょ? そう思うと、それだけで特別なんだなぁって思っちゃうのよ」
それだけで満たされている、と言わんばかりに穏やかな彼女の表情に、言い出しっぺの里香が恥ずかしくなってくる。軽く進めようと思ったらヘビー級のパンチが飛んできた気分だった。しかし、明日奈は何故か大いに目を輝かせて頷いている。
「わかるなぁ……それだけ真剣なら自然とシチュエーションも選んでくれるし、相手らしさが出るよね」
「そういう物なんですか? あたしとしてはやっぱりこう、特別な感じが欲しいなぁって」
「ほうほう、例えば?」
「え? そりゃあ……イブとかに夜景の見えるレストランで、とか?」
直葉の言葉を皮切りに、それぞれが理想や望むシチュエーションを述べていく。やって欲しいという対象は固定されているようなものだが、誰もその点にはツッコミを入れない。元よりただの妄想話……一部はかなり本気の混じった物だが……である。ツッコミを入れるのは野暮という物だ。
「あー、あたしも彼氏が欲しくなってきた……」
「直葉は、あのシルフの彼はどうなの?」
「シルフの彼って……レコン君? 中学は一緒だったけど高校は別れたし、そもそも例の世界樹戦の後で、サクヤさんに領主館スタッフとして引っ張られてから、あんまり会えてないよ」
直葉の反応に詩乃は苦笑する。件のレコンに対して、直葉の中で友人以上の感情が一切なかったからだ。
「領主館って忙しいのね。旦那共々お願いされたけど、断って良かったわ」
「あー、やっぱり声は掛けられてたんだ」
「基本的に種族間の争いに興味ないもの。やられたらやり返すけど、それは同じ種族でも変わらないし」
詩乃らしい物言いに、男前すぎるなぁと直葉は笑った。
「それより、直葉はどんな彼氏が良いのよ?」
「どんな彼氏が良いか、かぁ……」
腕を組んで考え込む直葉の胸が揺れる。誰かの怒りゲージがぐーんと上がったが、彼女は気にしない。
「とりあえず、あたしを大切にしてくれるのは大前提だよね」
「大切にしてくれない人とは付き合えないもんね」
「これが一番の条件だ、っていう物はあるんですか?」
「んー……マメさ? 記念日なんかをちゃんとお祝いしてくれるのは憧れるなー」
「見た目はどうなんです?」
「そこまでのこだわりはないかな。あたしより背が高いと良いけど」
「直葉の身長だと大体は当てはまるのよねぇ……」
でも自分より強いと良い。優しくても芯が強い。言葉を尽くしてくれると尚良い。話し始めれば色んな条件が出てくる出てくる。中には明らかに彼女の兄が該当する条件もあって、それを指摘されると直葉は赤面した。
「まぁ身近な異性を重ねるって言うのは、普通にあるわよね」
「ちっちゃい頃に『お父さんと結婚するー』とか言っちゃうあれだよね」
「あたしのパパ、未だにその話してくるんですよね……」
珪子が複雑そうに言うと、他は苦笑するしかない。男親って奴は……と里香が呟いている。
「父親ってそういうものなの?」
「うちはそんな感じじゃなかったけど、ベクトルがアレだったよね」
そう言ったのは明日奈で、彼女の過去の事情を聞き及んでいる詩乃は顔を顰め、うちの旦那がそんな事をしないようにしようと決意した。詩乃自身、自分が選んだ相手以外と結婚しなければいけない状況など、ぞっとしないのだから。
「詩乃の所は?」
「うちは父親が亡くなってるからわからないわね」
「……その、ごめん」
「写真で顔くらいは知ってるけど……正直、私にとって父親と言えばお義父様なのよ」
本人に面と向かって言った事はまだ無いが、涼とそういう話はした事がある。自分の知る父親と言う存在は、実の父親ではなく涼の父親であり、イメージもそうなのだ。ちなみにその言葉が切欠で、詩乃の父親の方の実家などで写真などの記録をひっくり返して探す作業があったのだが、それは割愛する。
物心がつく前の幼い頃に亡くなり、精神年齢が後退した母が父親に関係するものは全て捨ててしまった。だからこそ、詩乃は『父親』と言う存在を知らずにいて、『父親』を持つ他者を羨む事は確かにあった。それでも涼と家族が隣りに越してきて、家族ぐるみで付き合っていく中で、その羨みは消えた。涼を通じて、自分にも父親が出来たんだと感じていたから。
「だから、私の思う父親像って言うのは、いつも後ろで見守ってくれてる安心感がある存在って言うのかしら……そういう感じなのよね」
「確かにあの父親なら、っていうか涼の両親だと、そんな感じがするかも」
明日奈達は今日初めて会った件の両親を思い出す。以前に詩乃がチラッと言っていた通り、この二人から『桜川涼』が生まれたのだと、言われれば納得できるほどに似ていた。
父親については少し話をした程度だが、仲間内で最年長のエギルとも違う、確かな年月を経て手に入れただろう重厚な存在感と、言葉の端々に宿る力強さ。そして、一瞬だけ垣間見た樹齢数千年の大樹のイメージは、当人の完成度を雄弁に物語っていた。
母親についてはまず、その驚異的な若さに目が行くだろう。父親も年齢に比べれば若い外見だったが、彼女はその比ではない。次に、話してみれば決して他者を不快にさせない話術があり、知識も多岐に渡って深い物を修めている事を感じさせた。一緒に料理をした際には、その手際の良さにも驚いた。彼女はその手際の良さで五~六人分の作業量を短時間で熟し、あっと言う間に一品完成させていたのだから。明日奈が『今仮想世界に居る訳じゃないよね……?』と考えてしまうほどの手際だった。そんな母親の薫陶を受けて、日々精進している詩乃でもまだその領域にはない。それでも明日奈よりは遥かに手際が良い。
「詩乃のんは、あの手際の良さを一から習ったんでしょ?」
「そうね。『花嫁修業よ!』ってお義母様が張り切って教えてくれたわ」
「わたしがコツとか聞いてみたら、『詩乃ちゃんと藍子達にしか教えないけど、見て盗むのは勝手よ』って言われたんだけど……」
「あぁ、それは別に意地悪とかじゃなくて単純な話、教えるのに結構な期間ほぼ付きっ切りになる必要があるからなのよ。私が学校と旦那の世話をしつつで……一年くらい?」
「一年!?」
確かにそれは、教えを乞う側も教える側も両方にモチベーションが無ければ続かない。乞う側のモチベーションが高くても、教える側に何のメリットも無ければどうしようもないだろう。だから彼女は、付きっ切りで教える事が苦にならない相手にだけ教えている。
「わたしと木綿季も、先月くらいから教わり始めましたけど……」
「二人はもう少し早いと思うわ。時間はあの時の私より取れるはずだし」
「ホントかなぁ……」
義姉の体験談を聞いて、義妹二人は先が長そうだと思う。
「ん? 詩乃ちゃんが教わるのは良いとして、桜川君は? 教えられてないの?」
「旦那は、生まれた時からお義母様のやってる事を見てるのよ?」
「……見て盗むってそういう事かー」
「あらゆる意味で、あのご両親あっての今の涼さんなんですねー……」
里香と珪子が遠い目をする。SAO時代でも確かに、何故そんなに手際よくレベリングや狩りにマッピングが出来るか疑問に思っていたが、変な所でその疑問に対する一旦の答えが出た。ただ、そういう理由があるだけまだマシなのかもしれない。そんなチートのハイブリットのような男に、才能と成長速度だけで食らいついて、現状の戦績では勝ち越している、チートのハイブリットに『ちょっと意味がわからないです』と言わしめる男が居るのだから。
「何かコイバナと違う方向に話が逸れたけど、話を戻すわよ!」
「あ、まだ続けるんですね里香さん……」
「ここまで来たら現状相手の居る二人に恥ずかしい話を……」
「「り~か~?」」
あたし、今日死ぬんだと思った。
後日お泊り会の感想を聞かれた時に、彼女はそう答えたという。
◇
●暇を見て駄弁るだけの部屋
きりと:どんな話してると思う?
おーり:女子って意外と生々しい話するっていうよな
きりと:幻想を破壊する言葉はやめろ
おーり:今更では?
きりと:まぁそうなんだけどな
きりと:でもあるだろ? 親しくても最後の一線って言うか
おーり:それはわかるけどさ
おーり:一緒に暮らしてるとそれこそ、何もかんも見る事になるんやぞ?
おーり:だから幻想はさっさと捨てとけ。全部ひっくるめて好きになるから
きりと:お前の言葉がなんか重くて引くわ
おーり:ぶっとばすぞてめー
おーり:つか課題終ったんかお前
きりと:現実に引き戻すの止めてくれよ……
おーり:女性陣はお泊りの為に昨日で終わらせたって言うし、お前も早よせい
きりと:わかってるよ。クラインのカグヅチクエストもあるしな
おーり:そういや、あの人に《追跡》のコツとか聞かれたけど何かクエストでもあったか?
きりと:エクスキャリバーの時にな
きりと:クリアして最後に出てきたNPCで《スクルド》って女神に連絡先聞いたら
きりと:何か貰ってたからそれじゃないか?
おーり:あの人の引きも大概ズルいわ
おーり:女神様に連絡先聞けるのもそうだけど、それで引き当てるのは最早オカシイ
おーり:何だNPCナンパしてクエスト引き当てるって
きりと:ってそうだ。その女神の話だけど、気になる事言ってたぞ
おーり:アース神族に気を付けろ的な話は聞いたが、別件か?
きりと:別件。ランに対して言ってた話だな
きりと:『妖精の戦乙女よ、来たるべき時の為の使命を忘れるな』って言ってた
おーり:えぇー……ランの奴、NPCに戦乙女認定受けてんの?
おーり:でも何か、変なクエストがジェネレートされてそうだな
おーり:今度聞いてみるか……
きりと:そうしてくれ。内容ちょっと気になるし
きりと:というか、あの変形する武器の内容。凄く気になります!
おーり:あれを見て《鎧の魔槍》思い出したわ。一年前の事なのに懐かしい
おーり:そしてあの武器。ランが《
おーり:女性用らしいから俺らは装備できません。残念!
きりと:かみはしんだ
おーり:普通に女神とか雷神に会ってる奴が抜かしよる
おーり:《
おーり:と言ってもおめー、エクスキャリバー持ってるからいらんよな
きりと:それはそれ! これはこれ!
おーり:そんなゲーマーらしさをここで発揮するなよ
おーり:まぁいいや。ランの話だと、杖を手に入れた場所にあるのは確定らしいし
おーり:それが手に入れられれば、仕様が分かるかもしれんな
きりと:剣引き当てたら買うよ
おーり:お前それ、カリバーンの時も買取言ってたじゃねぇか
おーり:借りるだけで我慢しとけ
きりと:ですよねー
きりと:まぁ売ってくれは冗談にしても、その情報はどうするんだ?
おーり:セミレジェがあるって情報は、どこかしらで流す必要はあるだろうな
おーり:ランの奴、二十一層のボス戦で暴れた時にも目を付けられてたらしいし
おーり:『特殊なカテゴリーの武器がある』ってのは、感じ取られてる気はする
きりと:で、現状唯一それを持っているであろうランの所に探りが入る、か
おーり:そーいう事だな
おーり:だからちょっと、俺が避雷針になる事にしようと思うんだが
おーり:現物が無いとどうにもならん
きりと:行くなら呼べよー?
おーり:呼ばなかったら?
きりと:スグがお前とデュエルしたがってた
おーり:てめー、自分の妹使って真っ正面から脅迫すんのやめろや
おーり:最近頻度上がってきてるけど何かあるん?
きりと:大会が近いらしいぞ
おーり:俺で調整すんのやめてくんねぇかな……
本編書くぞー……(おめめぐるぐる