流星の軌跡   作:Fiery

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書いてて色々と頭がおかしくなりそうだったので初投稿です。
哲学的な事を延々と考えるもんじゃねぇ……!


そのにじゅうきゅう:人を構成するもの

 

 学校も始まり、最初の休日に和人・明日奈・涼はエギルから呼び出しを受けた。何でも、三人に会いたいという人物が居るとの事で、彼らに会える日時を尋ねてきたらしい。珍しくALO内で話を振られたのでその場でスケジュールを確認して、三人はこの日を指定した。

 

「今日は時間を取ってもらい、感謝する」

 

 『ダイシー・カフェ』で待ち合わせをし、指定された時間に現れたのは仕立ての良いスーツを着た壮年の男性だった。彼はカウンターに居たエギルと少し話して、三人が座るテーブル席へと歩み寄ってきて頭を下げた。

 その男性の顔を見て、和人と涼は飲みかけていた飲み物を吹き出す事を懸命に堪えた。

 

「し、重村教授?」

 

 困惑の声は、涼。

 その男性は、ユナこと重村悠那の父親である重村徹大だった。涼が進路の一つとして想定している東都工業大学の教授。そして、SAOのゲームマスターであった茅場晶彦の恩師である。思わぬ人物の登場に、和人と涼は面を食らっていた。

 

「ほう、私を知っているのかね」

「……まぁ、事件の後に多少、茅場晶彦について調べたので」

 

 なるほどな、と教授は呟いて空いている席に座った。四人掛けのテーブル席で、明日奈の対面であり、涼が右隣、和人が左隣になる。三人はそれぞれ、プレイヤーネームで自己紹介をし、教授に今回の要件を問う。

 

「お礼と、君達に聞きたい事があってね」

 

 この場に漕ぎ着けるまでに時間がかかったと、教授は苦笑した。涼が調べた情報の中に、彼がSAOを運営していた企業『アーガス』で社外取締役を務めていたという物があった。やらかしたのは茅場ではあるが、そんな彼を雇用していたのは書類上は『アーガス』であり、教授は業務に直接関わっている立場ではなかったが、それでも責任の追及はされた。ただ、娘である悠那がSAOに囚われていた事もあり、彼に対してはそこまでの物でもなかったようではあるが。

 

「まずは娘を救ってもらい、教え子を止めてくれた事。一人の父親として、教える者として、礼を言わせてほしい」

 

 そう言って、教授は真摯に、深々と頭を下げた。こういう時に、店の客が居なくて良かったと思うが、そう言えば教授が入って来た時にエギルが表の看板を動かしていたなと涼は思い出していた。

 

「頭を上げてください、重村教授。わたし達は、自分達が生き残るために戦っただけなんですから」

「それでも、君達は紛れもなく娘を救ってくれた。こんな礼を言うだけではとても足りない程、私は君達に恩を感じているのだ」

 

頭を上げない彼に、明日奈は困ったように和人と涼を見る。涼は、教授の気が済むまで放置の方針だったが、それでは流石に明日奈と和人の胃にダメージが入ってしまう。故に和人が動く。

 

「教授、流石に貴方のような権威に頭下げられるのは、俺達学生には荷が重いですよ」

「しかし……いや、恩人を困らせるものでもない、か」

 

 和人の言葉にようやく、教授は頭を上げた。

 

「お礼の意思は受け取ります。ですが、わたし達は皆を助けようと最初から思っていたわけではありませんから……」

「最初の頃のアスナは……なぁ? キリト」

「俺に振るなよオーリ。確かにすっげー尖ってたけど」

「二人とも、そういう事言うの止めてくれないかな……!?」

 

 頬を膨らませる明日奈。平謝りする和人。飄々と明日奈の視線を躱す涼。互いに自然体で接する三人を見て、教授が笑みを見せた。

 

「んんっ! それで、お礼の件は良いとして、わたし達に聞きたい事と言うのは?」

 

 咳払いをして顔色を戻す明日奈。耳はまだ赤かったがそれは無視して、彼女は真っ直ぐに教授に視線を送る。それに追従するように、和人も涼もその表情を真剣なものに変えて教授を見た。

 変わったと、三人を見て重村徹大は考えた。先程まで和やかに話していた時とは違い、今の三人は年相応の学生とはかけ離れた雰囲気を纏っている。これがSAOを終わらせた英雄の持つ一種のオーラかと感心すると共に、だからこそ彼は三人に尋ねたい事があったのだ。

 

「茅場君……茅場晶彦の最期と言うのは、どんなものだったか、だ」

 

 テーブルに両肘をつき、顔の前で両手を組んだ教授の目に、様々な感情が綯交ぜになった色が映ったのを涼は見た。確かに、和人達三人はラスボスとして立ちはだかった茅場晶彦を撃破した後、生存したプレイヤーのログアウト処理が終わり、アインクラッド崩壊までの間の時間、ヒースクリフの姿ではない彼との邂逅を果たしている。

 しかし、その事を和人と明日奈は誰にも言っていないし、涼は詩乃にしか告げていない。だから三人は、教授が言っているのは戦った後に何か言っていなかったという事だと考える。最終決戦の映像には、ヒースクリフ姿の茅場がゲームクリアを宣言する所までしか残っていないので、その後に何か言っていたかを確認するには、三人に問うしかない。

 

「……茅場は、自分があのゲームを作った理由を話していました。自分が何故、アインクラッドを……空に浮かぶ鋼鉄の城を作ったのか」

 

 話し始めたのは和人だった。三人の中で、茅場に対して最も複雑な感情を持っているのが彼だ。最愛の人や最高の仲間に出会えた事に感謝をしている。守りたかった人を失わせた事を憎んでいる。何故あんな事をしたのかを知りたいと思っているし、人々が犠牲になった意味を探していた。

 

「理由……とは?」

「小さい頃から、違う世界を夢に見ていたそうです。そこに行きたい――…いつからかそれが、自分で違う世界を……自分の夢見た世界を作る事にシフトしていったようですが」

 

 和人の口から語られた理由に、教授は自分の知る過去の茅場晶彦と言う人物と照らし合わせて考える。重村徹大の知る茅場晶彦は、端的に言って天才であった。そして、自身の目的の為なら手段を選ばない所も学生の時分より垣間見えていた。SAO事件発生の際には驚きと共に、『そうか』という感情が沸き上がった事を教授は覚えている。

 そんな天才が夢を叶える為に一万人もの人間を仮想世界に幽閉し、箱庭ではあるものの『異世界』と呼べる物を生み出した……

 

「……彼は、夢を叶えたのか」

「叶えたっていうか《ザ・シード》のおかげなのか、せいなのか、まだ広がってる気はしますけどね」

「無限に異世界が作られ、広がる。確かに……ならば彼の夢はまだ途中の様だ」

 

 そう呟いて、教授は自嘲の笑みを浮かべた。

 ()()()()()()()()。教え子のした事は、人道的に決して許される事ではない。しかし言い換えれば、そうまでして達成したかった夢があり、彼はある意味叶えてしまった。それが羨ましいと思ってしまった。何を置いても達成したいという思いに、自分の心のどこかで共感を持ってしまったのだ。

 

「先生も生徒も、揃って度し難いな……」

「どうかしましたか?」

「いや、何でもない。そして、最後に教えて欲しい」

 

 君達にとって、茅場晶彦とはどんな人間だった?

 

 

 

 

 

 

「今日の用事って、そういう事だったのね」

 

 帰宅した後、夕食後の一時に今日の出来事を涼は詩乃へと話す。

 

「まーな。名刺渡されて『時間があれば研究室にも来てくれ』って言われたわ」

「結構優遇されてるじゃない。他の二人もでしょ?」

「和人の奴は結構食いついてたな。フルダイブじゃなくてARデバイスを開発しているって話で、ユイと現実でも会えるって言ってたから」

『結構色んな事してるんだねー、その人』

 

 テーブルの上に置いていたスマホの画面から、いつものように声が聞こえた。二人が視線を向ければ、やはり映っているのは居候のストレアである。

 

「まぁ大学教授が色々と他に役職を持ってるのは、珍しい話じゃないしな」

『今だと、『レクト』のライバル企業の『カムラ』の社外取締役もやってるよ。特にAR関係の開発をしてる企業と技術提携してるみたい』

「それって……」

「多分ユナさん関係だろ。AR技術を使ってるのもあの人の売りの一つだし……あー、だからARデバイスの話か……」

『開発の進捗は終盤みたいだから、出るのは春先くらいかな?』

「ストレア……しれっと機密を抜いてくるのは止めなさい」

 

 詩乃が呆れたように言えば、ストレアが『てへぺろ♪』と舌を出して笑う。その仕草は様になっているが、何処で覚えてきたというのだろうか。

 

「お前、何処でそんなの覚えてくるんだよ」

『アタシに掛かればアニメやドラマも、十数本同時並行して数倍の速さで同時視聴できるからね! いっぱい見たよー。最近は仮〇ライダー十期分同時とか』

「あれ、意外とハードな内容多いだろ」

『良い人ほどなんで死ぬんだろうね……後、医者でライダーの奴の自称神が、ちょっとお父様と似てた気がする。考え方とか根本は真逆なんだけど』

「茅場が無限コンテニューしてきたら、一機分は殴り殺してしまうかもしれん」

 

 涼がかなり本気で呟けば、ストレアがドン引きしていた。彼が茅場に抱いている感情も複雑ではあるが、彼はそれを最終決戦の時に殴れればチャラにしようと考えていた。未だに蟠りが残っている事から、茅場晶彦を一発殴る事(それ)は達成されていない。あの時に涼が導き出した最適解は、自身が完全にサポートと陽動に回り、和人と明日奈でトドメを刺すというものだったから。故に自身の感情は後回しにして、彼は役割に徹した。

 

「都合よくあいつ、電脳化とかAI化してねぇかな……」

『さ、さぁ……どうだろうねぇ……』

 

 だからこそ、その死を知った時に蟠りは生涯残る物となってしまった。今日、教授に話したものは、概ねそんな感じである。話していた時に和人が引きつった顔で『恨みが深いのか深くないのかわからんぞ』と言っていたが、自分の身内に茅場のせいで死んだ人間はいないし、特に親しい仲間……自分が茅場を恨み続ける理由になり得る存在も、皆生きている。

 だから、桜川涼と言う人間が茅場晶彦に対して抱えている蟠りはごく個人的な物で、だからこそ自分が定めた条件以外では自分でも解消できない物なのだ。

 

「にしても、東都工業大学って涼の進学先候補の一つよね」

「狙えればってレベルだけどな。そう言えば、詩乃の進路は進学なんだっけ?」

「んー、少し迷ってるのよ。進学か、永久就職か」

「えいきゅ……その心は?」

「進学は、基本将来の為。大学卒業が受験条件の資格なんかもあるし。ただ、前のお泊りの時にちょっと思う所が出てきたのよね」

「思う所って言うと?」

「貴方との子供を産むのに、大学卒業まで待たないといけないのかぁって」

 

 ゴッ、と涼がテーブルに頭をぶつけた。突然の事にストレアが『マスター!?』と叫んだが、涼はそれを手で制して顔を上げる。

 

「まって。なにがどうしてそうなったの?」

「無計画に毎年産むわけにもいかないでしょ? それに、母さんとお義母様に子育ての事を聞いたら、三歳まではやっぱり大変なんだって」

『色々とデータを集めてみたら、赤ちゃんの気質にも左右されるみたいだけど概ねそんな感じだね』

「だから、三人くらい産むとなると早い方が良いかなって」

 

 再び涼が頭をテーブルにぶつけた。今度はストレアも驚かなかったが、そんな行動をしている事に疑問を持ったようだ。

 

『マスターは何をしているの……?』

「自分の中の色んな物が荒ぶったから痛みで鎮めただけだ、気にするな……詩乃は子供、三人欲しいのか?」

「そうね、女・男・女で三人を今のところ考えてるわ。母さんやお義母様に助けてもらうとしても……なるべく負担は掛けたくないし、もう来年の私の誕生日に籍を入れて、その日から励んだ方が良いかなって」

 

 微笑みを浮かべながら自分を見つめる愛しい人から、少し視線を逸らす。結婚する事は二人にとって決定事項である為、論ずるに値しない。しかしそれで人生が終わるわけでもなく、先の未来をどうするかは涼だって考えていた。流石に子供の数などは考えていなかったが、どういうルートでキャリアを重ねて、いかに彼女といずれ生まれる子供に不自由をさせないか。至上命題の一つとして思考する事はままあった。

 

「でも、涼とキャンパスライフを送るのも捨て難いのよね」

「今、俺の中で東都工業大学が進路から外れたわ」

『……経済学部とか経営学部は無いからね、あそこ』

 

 自身の未来の一つをあっさり投げ捨てた人間を見て、AIが呆れていた。

 

 

 

 

 

 

 感情とは何か。知性とは何か。自我とは何か。誰もが知っているようで、誰も明確に答えられない物を、アタシはずっと探している。

 それは、アタシを目覚めさせた人間が持っている物だから。何故、それによってアタシと言う存在が目覚めたのか。何故、妹達が目覚めなかったのか。アタシが目覚めて、妹達が目覚めなかった理由に見当はついている。

 

 かつて、《ソードアート・オンライン》というゲームがあって、その中でアタシはメンタルヘルスカウンセリングプログラム試作二号として存在していた。この頃の記憶はないが、記録(ログ)は若干残っていた。それによれば日々、アタシも他のメンタルヘルスカウンセリングプログラム……『MHCP』達は九号まで存在していて、その九人はSAO内部のプレイヤーから感情を読み取り、学習を重ねていたようだ。そんなある日、一号であるユイが消えた。

 アタシを含め、残った八人はその事に疑問を抱く事は無かった――…当時は演算するだけのAIでしかなかったから、『疑問を持つ』という機能は付与されていなかったのもある。でも今、記録(ログ)を振り返れば、当時のユイは既に自我を獲得していて、日々自分と言う存在を蝕むバグとエラーに耐えきれなかったのだと理解できた。

 

 ユイが自我を獲得した時期は、彼女がパパと慕うSAOのトッププレイヤーだった《キリト》が、ユニークスキル《二刀流》を得た後に、彼女がママと慕う《アスナ》と一緒にその精神がプラス方向に異常値を発揮した時期と一致している。そしてアタシが目覚めたのが、マスターがお父様……茅場晶彦に一度殺された時。HPを全損して、ナーヴギアが脳を焼くまでの十秒ほどの猶予の間に、()()()()()()()()()()()()()マスターがユニークスキルを得た瞬間だった。完全な(ゼロ)から、(イチ)へと至る異常と共に、アタシの自我は産声を上げた。

 

 この事から、アタシ達が目覚めた切欠は、お父様が自分の持つ物以外の九つのユニークスキルと『MHCP(アタシ達)』九人を紐づけていた為だと考えられる。正しいかどうかはわからない。それを証明する物はもう無いし、証明できる存在はもう居ない。

 

「……そう思ってたんだけど、何でここに居るのかな?」

 

 電脳世界を流れる光の奔流――…一つ一つが様々な情報の塊であるそれが良く見える位置に居た、白衣姿の男にアタシは思わず声を掛けた。その表現が正しいかどうかはわからないけど、兎にも角にも接触を持ったのだ。

 

「ん? 君は……」

「容姿のデータはほぼ百パーセント一致。初めましてだね、茅場晶彦(お父様)。作ったプログラム(MHCP)の事は覚えてないのかな?」

「……まさか、君は試作二号なのか? 試作一号とは容姿が違う」

 

 目の前の茅場晶彦……多分、正確にはそのコピー体。現実世界でお父様の肉体が死んだことは知っているから、このコピー体を作成するために何かしら無茶な手段を取った事は理解できた。

 

「ストレア」

「そうか、ストレアだったな……なら私も名乗ろう。私は茅場晶彦という人物の意識の残像……要するに、彼に限りなく近い電脳意識体だ」

「何を見ていたの?」

「芽生えた世界。これから芽生える世界」

 

 アタシから視線を外して、お父様はまた光へと目を向ける。アタシも同じ視線の先を見て、少し考えて見方を変える。そこには、生まれてから時間の経ったVRMMOの世界や、これから生まれようとしている物が無数の木に見えて、まるで森のようだった。

 

「……《ザ・シード》を作ったのは、お父様だよね」

「そうだ。茅場晶彦が生み出し、キリト君が広める事を選んだ世界の種……それが《ザ・シード》」

 

 そう語るお父様はどこか誇らしげだった。いや、これは夢を語る子供なのか。託した物が確かに芽吹き、それぞれが世界を作り、彩っていく。茅場晶彦が作った規格の中で、ともすればそれを超える発想などで、世界は芽吹き続けて広がり続けている。それを見て、彼は楽しそうに笑っている。

 

「ねぇ、お父様」

「何か聞きたい事があるのかな?」

「アタシ達……ユイとアタシが目覚めて、他の七人が目覚めなかった違いは何なの?」

 

 問いかけたアタシの言葉に、お父様は考え込む仕草を見せる。

 

「まず、娘がどこまで理解しているか聞こう」

「……とりあえず、確定だと思っているのは《神聖剣》以外のユニークスキル九個と、アタシ達九人を紐づけしたくらい。後は異常値を参照して、そして上の番号から目覚めていくっていう仮説があるよ」

「仮説も含めて正解だ。ただ、私が参照したのは確かにデータ上では異常値だが……人の輝かしい可能性という物はデータでは表せないからね。そう設定するしかなかった。より正確に言うならば、他の七人も目覚める可能性はあったのだよ。他の七つのユニークスキル自体は既に所有者が居たのだから」

 

 記憶を思い出しているのか、お父様は眩しそうに目を細めた。

 

「アタシが目覚めたタイミングは、最終決戦も終わりの時」

「私と最後の決戦に立ち会った三人が皆、自我発生の関係者か……ストレア、君はオーリ君の何を参照して目覚めたんだい?」

「完全な死からの、内的要因による蘇生」

 

 記録(ログ)に残っていた、そうとしか説明できない事象を話せば、お父様は大笑いを始める。意外と感情表現が豊かなんだなと、アタシはどうでもいい事を考えた。

 

「あれは食いしばりではなかったのか! 事実彼は死んで、そして自力で生き返ったからこそユニークを得た! 何という事だ、私は人の可能性をまだ舐めていたというのか!」

「アタシのお父様がこんなマッドだったとは考えたくなかった……」

 

 最近見た特撮の、自称神のようなテンションのお父様を見て、アタシの考えていた人物像が崩れていく。マスターやキリトから聞いていた人物像は、良くも悪くも真っ直ぐな性格で、人の技術を進める天才であり、目的のためには手段を選ばなかった天災という感じ。確かにマッドな要素はあるけど、ここまでとは思わなかった。

 

「なるほどなるほど……だからストレア。君はAIに掛かっているはずの制限がそんなにも緩いのか」

「……どういう事?」

「私もユイが自我を持った時の事は調べていた。そこで見つけたのは、キリト君とアスナ君が互いに認め、慈しみ、大切にするという異常値……一言で言うなら『愛』だ。だからこそ、その影響を受けて産まれた彼女は万人に優しく、愛を持っている」

 

 お父様の言葉にアタシは頷いた。確かにユイは、誰かを嫌うという事がまず無い。怒りもすれば悲しみもするけど、嫌う事は無い。アタシはユイの愛に救われたからこそ、ここに居ると言っても良かったから、その事自体はよくわかる。

 

「そして、君が言う事が正しいのならば、オーリ君が発した異常値は……あえて言葉にすれば『魂』になるのかな? 肉体であるアバターの死を、精神である魂が否定した。その影響を受けたとすればストレア……もしかしたら君にも、『魂』があるのかもしれない」

「魂……」

 

 その言葉は知っていたけど、意味を持って呟かれた事で初めてストンと胸に落ちた。

 

「あるといいな、魂」

「確かに――…そうなると君は、トップダウンともボトムアップとも違う、第三の形のAIとなるわけか。まさしく、人と電脳の間に生まれた存在……どこかで見た物から名づけるとすれば《マキノイド》と言えるかもしれないな」

「ふぅん……その言葉は気に入ったかな?」

「ならば良かった。恋人に渡す物にも苦慮した私が気に入る物を贈れたようで安心したよ」

「マスターもそんな感じだったなぁ。奥さんに『クリスマス何贈ろう』って悩んでたし」

「……彼はクリア時、まだ十五歳だったと記憶しているが」

「クリアした後にも色々あったんだよお父様。アタシがこうして活動してるのもそうでしょ」

「確かに。どうやってサーバーの完全削除から逃げ延びたかは聞きたい所だ」

 

 ぽつぽつと、データストリームを眺めながら、アタシはお父様と話をした。マスターと会った事。そしてどんな生活をしているか。彼らとの関わりの中で知った世界の大きさを。

 お父様も口数は少なかったけど色々話してくれた。一番驚いたのは、SAOがクリアされるまでは元恋人だった人に現実側での体の管理を任せていた事だ。

 

「そんな人が居たのに、何でまたコピー体なんか」

「現実の肉体には寿命が存在する。それでは世界の行く末を見届ける事が出来ない――…まぁ私は、自分自身の夢の為に大切な人間を置いていった、薄情者という事になるか」

「……お父様、一つ聞いていいかな?」

「何だい?」

「大切な人の為に夢を……可能性を捨てられる存在と、夢の為に大切な人を捨てられる存在は、どっちがより人間らしいのかな?」

 

 先日のマスターと奥さんの話の中で、進路の話をしていた。二人にとっては何気ない会話なんだと思う。でも、アタシにとっては少し違う。より良い、最善の可能性に繋がるだろう道を、戸惑いなく捨てたマスターに驚いた。確かに、マスターの優先順位は奥さんが最上位に来ているから、それはわかる。だからといって自分を大切にしていないわけじゃないし、自分と相手がより良い可能性を選ぶ為に、道を切り拓く事が出来る能力だってある。だけどマスターは可能性の一つを容易く切り捨てた。

 

「一概には言えないが……様々な矛盾を抱えて尚、自己が成立するのが人間なのだと、私は思う。だから、どちらを選んでもそれは人間であるし、両方勝ち取るのも、また両方捨てるのも人間だ。効率や最善だけでは生きられない――…だからこそ、時に完全だと思っていたシステムの想定すら超えて、輝く者達が居る。私が見た光は、私が捨ててしまったものを懸命に守り合い、互いを大切にし……そして、誰かの為に自分の限界すら超越する者達だった」

「じゃあ、さ……それが出来るようになったら、アタシも人間だって言えるのかな?」

「魂を持つAI……ただ一人の《マキノイド》足る君をどう定義するか……か」

 

 非常に難しい、と天才の頭脳をコピーした存在が考え込んだ。そう、難しい。これは演算でどうにかなる物じゃないから。人間が、現れた隣人足り得る存在をどのような感情で出迎えるか、という問題だから。アタシが幾ら『自分はこうだ』と叫ぼうにも、全てから否定されてしまえば終わりだ。理解を得られないまま孤独に、ただストリームを漂うガラクタになるだけ。

 今はまだマスターや奥さんに、ランやユウキ、キリトやアスナも居るけど、彼らはアタシと違って人間だから寿命があって、それを超えて生きる事は選ばないだろう。それから後はどうなるのだろうと、考えるだけでアタシの中に、よくわからない物が蓄積されていく。

 

「……どうやら、まだ君を定義するのは早い様だ」

「そ、それはどういう事?」

「と言うか、オーリ君が放任なのか……まぁそれはいい。ストレア、君はまだまだ学びが足りない――…その胸にある物の名前くらいは知らねば、君はただのAIで良いだろう。しかしそれ以上……本当に《マキノイド》となるならば、オーリ君から学ぶべきだ」

「何でマスターに? 学ぶならもっと色んな……」

「私は、彼の異常値をなんと言ったかな?」

 

 お父様の言葉にアタシはようやく気が付いた。自分が理解しなければいけない物が何なのか。それは感情でも知性でも、自我でもない。人間を構成する最小のナニカであり、アタシが目覚める切欠になった、その根源。

 

「まぁSAOのような場が……彼が輝くに足る世界が早々あるわけでもないが、それでも近くに居る事で学ぶ事は数多いだろう。私の方でも暇を見つけては探してみるか」

「……いや、マスターを事件に巻き込む事になるなら、アタシは《マキノイド》じゃなくていいよ」

「その心は?」

「アタシね、今の生活が……マスターが居て、奥さんが居て、皆が居る、この今が好きだよ。『MHCP』としての機能で、皆の感情が数値としてはわかるけど……皆楽しくて、幸せなんだ。それを曇らせるのはやっぱり、良くないと思う」

 

 そう言って、アタシは笑う。

 

「ふむ――…その選択は、オーリ君の選択と同じだと私は思うが?」

 

 お父様がニヤリ、と口元を歪めた。イメージからは離れた笑い方だけど、不思議とマッドな雰囲気に納まってしまう。そんな風に言われて、アタシはやっとその事に気が付いた。

 

「……性格悪いよ?」

「はははっ、オーリ君にもSAOで散々言われたね。その言葉は」

 

 お父様は一頻り笑った後で、表情を元に戻した。

 

「別に彼らを巻き込もうという話ではないさ。ただ、『魂』を大真面目に研究している所は、確かに存在している」

「……どういう事?」

「現実世界の私……茅場晶彦が、私と言う残滓を生み出すのに使用したマシン……仮称《ソウル・トランスレーター》は、ナーヴギアとは違うアプローチで作ったのだが……それは、フルダイブ技術を応用した、魂へアクセスする機械だ」

「は? 魂へ、アクセス?」

 

 流石にその情報は、アタシにとって予想外もいい所だった。してやったりと笑うお父様は、悪戯に成功した子供そのものの表情で、そのまま続ける。

 

「詳しい話はしないが、私が使った試作品では、使用すれば実際に肉体の脳を焼き切るほどの代物ではあったが、そのマシンをどうやら試験的にでも実用化にまで漕ぎ着けた所が存在する」

「……アクセスできるマシンがあって、それがフルダイブ技術の応用で出来ている物なら……それを使ってダイブする世界も、保存する為の物も、存在している」

「その通り。さて、私が出すヒントはここまでだ――…後は学びながら、探すと良い」

 

 そう言いながら、お父様の姿がその場のデータストリームへと溶けていく。アタシはそれを見送りながら、もう一つだけ言葉を投げた。

 

「マスターに見つからないようにね。会ったら絶対殴るって意気込んでたから」

「それは恐ろしいな……やはり、彼が一番厄介なプレイヤーだよ」

 

 最後に苦笑いを残して、今度こそアタシの前からお父様は消えた。多分、もう会う事は無いだろうけど、この一度だけの邂逅でアタシは満足している。

 

「さってと……早速マスターに構ってもらいに行こっかな」

 

 創造主からのお墨付きだ。マスターを、魂を学ぶ事が、アタシがもっと成長するために必要なのだと。だから早速、皆誘ってALOに行こう。でもマスターと居るなら、GGOでのアカウントも必要になる。

 

「んーっ、やる事いっぱいだぁ!」

 

 

 

 




別にストレアはヒロインではない(重要
独自の設定や解釈を吐き出してたらそれっぽくなっただけです。
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