《スクワッド・ジャム》翌日の月曜日。その放課後、涼は明日奈と和人に両脇を抱えられて、自身の自宅に連行されていた。確かに仲間内の学生組に家の場所は知られている為、その事については疑問の余地はない。何ならたまに仲間で集まって他愛もない話をしたりもしているから、そう言う便利な立地にあるという事で諦めている節もある。
「何する気だよ?」
「昨日言ったでしょ。親同士の話し合い」
「大会の中継を見たユイが、ストレアがグレたと嘆いていたんだ」
「『グレた?』」
ストコマに宿ったストレアと涼の声がハモる。涼の首の傾げ具合と、ストコマの体の傾き具合も完璧に一致した。そのシンクロっぷりに、明日奈と和人にお茶を出して涼の隣に座った詩乃も思わず笑う。
「似てる似てる」
「そうか?」
『わかんない』
「早速脱線させるの止めようねー。涼君、詩乃のん」
「ストレアについては、ユイが話したいって言ってるんだ」
そう言って和人は持ってきていたハードケースを開けてユイコマを取り出し、ネットに接続する。
『スートーレーアー!』
『え、何何何何!?』
マニュピレーターを天高く掲げ、一目で荒ぶっていると分かる挙動でユイコマがストコマに突撃。ガチャーン! と、涼にとっては壊れてないか心配になる音を立ててぶつかり合う。
『あんな楽しそうに銃を撃って! 不良になっちゃったんですか!?』
『いや待って。あれは別に不良になったとかじゃなくてって、こっち乗りこんできた痛い痛い痛い!?』
「ストコマの挙動がバグっとる」
「……と言うわけで、どういう風にストレアと接してるのか、一度話そうという事だ」
和人の言葉に、涼は嫌そうな顔をした。『うちの教育に文句あるんかい』という事ではなく、純粋に『面倒くさい』という顔であるのは、詩乃も明日奈も和人ですらわかっているので彼の願いが届く事は無いのだが。
「涼君は当然強制参加という事で……単刀直入に聞くけど、どう接してるの?」
「どうってなぁ……別にALOとかで接してる感じと変わらんぞ? そんな場面ごとに扱い変えられるほど器用でもねーし」
「詩乃のん?」
「本当の事よ。家でも話したり話しかけたりして、特別なやり取りなんかはしてない」
アスナと和人が色々と質問をしていき、涼と詩乃が答える。その内容に不審な所は何一つない。和人も明日奈も、他の仲間も知っている桜川涼の対応であり、別にストレアを理不尽に扱っていたり変な方向に誘導するようなものでもない。という事になれば、結論は一つだった。
「……涼君の性格がベースになった?」
「え? 俺そんなヒャッハー系に見られてんの?」
「お前の場合、基本がノリのいい感じだからなぁ。そういう所が反映されてる可能性は高いよな」
『どうなんですか? ストレア』
『アタシに聞かれても……参照したプレイヤーの影響はあると思うけど、どう影響するかはそれこそ
「プレイヤーを参照って……あまり詳しく聞いてなかったけど、どういう事なの?」
詩乃の疑問にストレアはSAOのユニークスキルと、自分達《メンタルヘルスカウンセリングプログラム》の関係をざっくりと説明する。そして、その中でユイが参照したのが和人とその近くに居た明日奈であり、自分が参照したのが涼である事を話した。
『正確に言えば、参照したのはユニークスキルを得たプレイヤーの《異常値》……マイナスの方じゃなくてプラスの方ね。
「人間の可能性……」
詩乃の呟きは意外と大きく、部屋の中に響く。最後に魔王として立ちはだかった茅場晶彦を倒した三人は、ストレアが言った言葉を自分の中で吟味する為に黙っていたから。何故そんな事をしたのか等の疑問は尽きない。しかし、彼がそうしたからこそ和人と明日奈は、ユイという掛け替えの無い自分達の娘と出会えた。涼はストレアと出会い、SAO最後の未知を知る事が出来て、賑やかな居候として……仲間として彼女を受け入れた。
『だから、アタシがマスターに似る事は有り得るし、マスターも知らない一面が反映された可能性は否定できないよね』
「そうね。少なくとも、色々と勝手な引きをしてそうな辺りは旦那そのものね」
『だとするとストレアがこうなったのは涼さんのせい……?』
「やっぱりお前のせいじゃないか」
「話し合い延長だね、涼君」
「おっと形勢が悪くなってきた上に、自宅なのに味方が一人も居ないぞどういう事だ」
結局話し合いは夕食前にお開きになったが、夕食後に明日奈からメッセージが届いた。
『ALOで追加の話し合い』
「都合悪いって送り返したら……」
「明日も来るんじゃない?」
「ですよねぇ……」
『風呂とか諸々終らせてダイブするから十時な』と送り返し、明日奈から了解の返事が来たのを確認して、涼は溜息を一つ吐いた。
◇
ALOにダイブして集まるのはやはりと言うか、キリトとアスナの家である《森の家》だ。オーリとシノンが顔を出した時には、もう既にキリトとアスナは勿論のこと、ユイにストレアも居る。ただ、仲間内の溜まり場になっている関係でリズやシリカにリーファ、ランにユウキまで居るが。
「この状況で話し合いすんの?」
「ストレアさんの事なので、わたし達も無関係では無いのかな、と……」
あはは、とランが頬を掻きながら笑う。確かに、ストレアと居る時間の長さで言えばランとユウキの方が長いかもしれないとオーリは思う。なら二人がこの場に居る事に異存はないが。
「リズとシリカとリーファは何でや」
「えー、オーリ君流石にそれはないんじゃないかなー」
「そーそー。あたし達だってストレアと冒険してるんだから、無関係とは言わせないわよ」
「そうですよオーリさん。ひょっとしたら関係あるかもしれません!」
「この流れで聞くがクラインさんは?」
「明日早いからすまんが寝るってさ」
「社会人の悲哀か……」
影響度が怪しい三人娘はともかくとして、この件に関してクラインはほぼ関わりが無い。それに仕事が早いのも事実だろうから、オーリもそれに納得して席に着いた。三人掛けのソファで真ん中にストレアが座り、両サイドにオーリとシノン。対面のソファはキリト、アスナ、ユイという組み合わせだ。
「話の続きだけど、オーリ君。ストレアの事はどう思ってるの?」
「俺個人が、か?」
「だな。お前のスタンスが聞きたい」
「まぁ……身内、ではあるかな」
思考を回しながら、オーリは自身の考えを並べていく。彼にとってストレアと言う存在が何なのか。最初は居候であった事は間違いがない。彼女の発生原因を知り、自分のPCの中に匿い、新しいマシンまで与えたが、それは特別な感情に起因するものでは決してない。精々が『せっかく家に居るなら快適な方が良い』くらいの感覚だ。マシンについては個人の貯金から出しているし、シノンとも相談して許可を貰っているから問題にはなり得ない。
その考えが変わる切欠になったのは、ストレアが《ナビゲーション・ピクシー》として活動するようになってから。自分やシノンと、ランやユウキと、そしてキリトやアスナ達と過ごす時間に彼女が入ってきて、それがどことなくしっくり来ていると感じてから。だからこそ、オーリは彼女を仲間と同じように……自身と対等と定めて扱うようにした。
それからは共に過ごす時間の長さ次第だ。キリトとアスナとユイのような関係にはなれないと、彼自身が感じている。自身のパートナーであるシノンが、その成り立ちに関わっていないから。それでも、オーリと言うプレイヤーを構成する要素から彼女が生まれたという事は事実だ。だから、自分とストレアの関係をあえて言うならば。
「……表現的に言うなら、双子の妹ってのが一番近い、のか?」
「兄貴ィッ!」
「「「ぶふぉっ!?」」」
突然のストレアのドスの効いた兄貴呼びに、オーリ、ラン、ユウキが吹き出して突っ伏した。シノンだけは口元を押さえて何とか耐えた。ちなみに他の女性陣は呆気にとられた顔をして、キリトだけが耐えきれていない。
「ストレアァッ!? おまっ、なんつータイミングで言ってんだァッ!?」
「アタシの呼び方は、ランとユウキの被りを除けば後九種類あるぶふぅ」
オーリに両頬を手で挟まれて、間の抜けた音がストレアの口から漏れる。
「わたし達の被りって何ですかぁ!?」
「『兄さん』と『お兄ちゃん』以外。『兄貴』は言ったから後九種」
「そんなに呼び方ある方が驚きだよ!?」
オーリの中で妹の括りに入っている三人がきゃーきゃーと騒ぎだす。
「……まぁオーリ君のスタンスはわかったんだけど」
「あ、この状況でも続けるのね。アスナ」
「そりゃ続けるよシノノンっ! だってこう、ストレアが銃撃ってる時の顔凄かったんだよ!? どういう事させてるの!」
「どういう事って……あいつ、俺の動画見放題のアカウント使って色々見てるぞ。履歴覗いたら凄い事になってたが……」
「どんなの見てるんですか?」
「アニメに特撮、ドラマに映画……見放題の中にある奴ならほとんど網羅してんじゃねぇか?」
ストレアが何を見るかについては、オーリもシノンも一切タッチしていない。アカウントを勝手に使っている事も、ストレアに『別に使ってない時なら良いぞ』と許可を出したのは自分だ。それに月額見放題なので見過ぎたと言っても懐が痛む事は無い。
「……うん。オーリ」
「何だよ?」
「放任過ぎるぞそれ」
キリトの言葉にオーリは『そうかぁ?』と顔を歪めた。やって良い事と悪い事の分別さえついているなら、後は自分のやりたい事を自分の責任の範囲ですれば良いというのはオーリの主張だ。ストレアの代わりに責任を取るにしても、自分の取れるモノは今はたかが知れている。だから最初にその辺りは徹底したつもりではあるので、今現在明確な問題が浮かんできていないから、彼には何が悪いかイマイチわからない。
「兄妹ってそんなにベッタリするか……?」
「ベッタリ、とまでは言わないにしても、ストレアは言うなら生後一年の赤ん坊だろ? まだまだ触れ合いとかが必要ではあるんじゃないか?」
「あー、そう考えるとそうかもしれん……」
予想以上に正論を突き付けられたので、オーリは考え込んだ。見た目は完全に自分達と同年代の、発育の良すぎる美少女なのでその辺りは失念していたと言っていい。後はAIとしての学習能力のおかげもあり、情緒に関してはもう人間と遜色ないものになっていた。知識量については言わずもがなだ。しかし、他者と触れ合う経験はまだ一年しかない。オーリだって今まで生きて来て十六年の経験はある。その中で海外にも行って、違う価値観にも触れてきたのだから、そういう経験の重要性は理解していた。
「……その辺は前向きに検討しよう」
「はいはーい、じゃあそれに合わせて呼び方どうしようかな? お兄様にあにぃ、お兄ちゃま、兄上様に兄さま、兄くん兄君様兄チャマ兄やと色々あるよ!」
「その辺から離れろや。つか別に名前で良くねぇ?」
「アタシのおすすめは兄貴だよ?」
「それ、適用するとシノンが姉貴になるから却下な。普通に名前で呼べよ」
「姉貴って呼ばれるなら名前の方が良いわね……」
ぶー、と頬を膨らませて愚図るストレアに、オーリとシノンのタッグが両サイドから彼女の頬を挟むと『ぷひゅー』と抜けた呼気を漏れた。そんな扱いに両手をバタつかせて抗議するも、二人はどこ吹く風で笑っている。
「……ストレア、楽しそうですね」
「何か、心配なさそうだな」
「うん。わたし達みたいに親子じゃないけど」
キリト達の視線の先ではオーリとストレアがコントのような光景を繰り広げ、シノンが冷静にツッコミを入れる。その中にランとユウキが入り、何ならリーファ達まで巻き込んで、ピナですら『くきゅー!』と嬉しそうに鳴くほどに賑やかなもの。
それは確かに、ストレアにも仲間が居て、家族が居るという証明だった。
「あ、でもオーリ君。トリガーハッピーだったりの件はギルティだから」
「やべぇ、アスナの目が本気だ……ってえ、何で取り押さえられってやめっ、ヤメロォーッ」
◇
その週の土曜日。両親の家に呼び出された涼が顔を出すと、見知らぬ女性が庭で木綿季と対峙していた。二人の手には竹刀があるが、木綿季が正眼で構えているのに対して、女性は構えを見せていない。
女性の容姿は白髪のショートボブの髪に目付きは鋭いが、口元は優し気に笑みが湛えられている。和装をカジュアルに着こなし、身長はおそらく女性の平均値で、美人であった。
「どうしましたかー? 構えが固いですよー?」
「どうやっても返されるのが分かるってこういう事かぁ……」
二人の声めっちゃ似てんな、と涼は思ったがそれは置いといて。庭の良く見える共用スペースに、藍子と一緒に腰かけていた父親に視線を送る。
「兄さん」
「あぁ、来たか」
「呼ばれてきたけど、どうしたのさ。お客さんなら外すけど」
「その必要はない。元々お前に会わせるつもりだったんだ」
「俺に?」
父親は頷くと、見ていなさいと二人の立会を見るように促す。
「ふむ、私の筋はわかると……では傷をつけないように、こう言うのはどうでしょう?」
ゆらり、と女性が体をゆっくりと動かす。それに対する木綿季の反応は劇的であり、後ろに全力で飛び退いて、勢いを殺しきれずに芝生に転がる。何が起こったのか、藍子は疑問符を浮かべ、涼も何となくでしかわからない。
「な、何が?」
「……右の袈裟斬りを避けた?」
「そうだな。ただ、それを木綿季は避けられたわけではない」
「う、腕あるよね……」
「斬ってはいませんからありますって」
女性が苦笑して、竹刀を腰に差す。これで終わりという合図に、木綿季は慌てて立ち上がって礼をする。二人はそのまま三人の所に歩いてきた。
「ゆ、ユウ。何があったの?」
「えーっとね……お姉さんが動いた瞬間に、こう斬られた」
木綿季は自分の左肩に指を当てて、すーっと右脇腹までをなぞる。その事に女性は『良く見えましたね』と木綿季の頭を撫でた。
「娘さん凄いですね、桜川さん。彼女、剣を始めてどれくらいなんです?」
「剣自体は……去年の十月くらいだったか?」
父親が涼へと視線を向けるので、涼は首肯しておく。
「VRでは二年くらい、だったよな。ユウ」
「うん、それくらいだよ」
「本当ですか? 恐ろしい才能ですね……」
女性は少し考え込むが、すぐに切り替えたようで今度は涼の方を見る。すぅ、と細められた目には、まるで戦う相手を見るような剣呑な光がある。
「それで、私に会わせたいというのが?」
「あぁ、息子の涼だ」
「ど、どうも……桜川涼です」
「ふむふむ……確かに、どちらの面影もありますが……」
頭の天辺から、足のつま先までをじっくりと観察するような視線に、涼は思わず父親を見る。父親も流石にそれはダメだと理解しているので、女性の肩に手を置いた。
「まぁ、あまりいじめないでやってくれ」
「へっ? いじめてませんよ!? よく練られてるなぁと思っただけです」
「いや、そろそろどういう人か教えて欲しいんだけど……」
「あぁ、そうでしたね。娘さんが凄かったので忘れてました」
こほん、と咳払いを一つして女性は頭を下げる。
「
にっこりと笑う、沖田と名乗った女性を見て、涼は顎が外れんばかりに口を開けて驚愕を示す。言われて見れば確かに、シルエットの輪郭と似ている所は多々あると気が付く。その上、彼女が名乗った別の名前は昨今色々な媒体で取り上げられている、日本における剣士でも有名な名前だ。
「教材って言うと……」
「兄さんだけの特別製って言う、あれですか?」
「彼女の父親とは古い馴染みでね。教材を作るのに彼に打診したんだが、『なら娘の方が適任だろう』という事で協力してもらった」
「元々は『達人の動きを再現できるAI』の開発でしたが、完全再現とは行かなかったので凍結した物が使われているんでしたよね」
「なにそれぼくきいてない」
さらっとバラされた《教材》の経緯に思わず幼児退行しかける。今更ながら父親の人脈やら何の仕事をしているのかが激しく気になってくるが、涼の勘が『突っ込むとやばい』と警鐘を鳴らしているので追及するのは止めた。
「で、とうさん。おれとおきたさんのかおあわせしてなにかするの?」
「その件だが、まぁ私とお前がやった事を彼女ともしてもらおうと思っただけだよ。どうせお前の事だ、『指導』の方は既に全部そこそこ出来ている頃だろう?」
「いっその事、教材に進捗把握のためのプログラム仕込まれてるとか言ってくれないかなぁ……」
「安心しろ、勘と経験則だ」
「何一つ安心できる要素がねぇ!? 沖田さんと手合わせしろって言うならまぁ良いけど」
「あ、これについては私の申し出です。教材のお話を聞いた時に『私のトレースAI相手にA評価を出せるのなら戦ってみたい』と言ったので」
美女が照れながらいう内容としては、非常に物騒な物だった。ちなみに《教材》の評価は相手のHP残量や戦闘時間で決まり、A評価になるには撃破が最低条件である。涼は知る由も無いだろうが、
「息子さんは、現実での剣術の心得は?」
「ほぼ無いです。竹刀を数回握ったくらい……? 後、涼で良いですよ」
「わかりました。では涼君と……VRの方は長いと聞いていますが、ちゃんと体が練られてますねー」
立ち上がった涼の体を見ながら沖田が唸った。彼女が涼について知っている事は多くない。精々が彼の父親から伝え聞く自慢話や、SAO事件の被害者である事くらいだ。二年の歳月で衰えた体を、成長期であると言えど一年ほどで、武芸者の顔も持つ彼女をして『よく練られている』と判断できるレベルまで鍛えられているのは見事と言う他ない。何よりも、それだけの特訓を一年やり通した意志力に感服した。
「まぁ、何から何までサポートしてもらって『出来ませんでした』は格好悪いんで」
「同棲されてる婚約者さんの事ですか? 桜川さんが自慢してましたよ」
「父さん……」
息子のジト目の視線を受けて、父親は笑う。実際、詩乃は涼の両親にとって理想の息子の嫁と言っていい。少なくとも小学校六年生の頃から知っているし、家が隣りだった事もあって彼女の家の事……母親や祖父母の事も知っている事もある。しかし、最も大きいのは彼女がSAOに囚われ、明日も知れなかった息子を『本気で愛し続けてくれた』事だ。その事実だけで、彼らは無条件で詩乃になら息子を任せても良いと思っているし、詩乃が息子を見捨てた時は息子を本気で再教育せねばならないと考えている。だからこそ、自慢と言う形で語るのは仕方ないと言えなくもない。
息子にとっては、聞いてしまうと複雑な気分になってしまうが。
「まぁ気を取り直して、貴方がどれほどか――…見せて頂きます」
す、と自然に開かれた眼が鋭いものへと変わり、涼の背筋が冷たくなる。妹達も彼女の雰囲気の変化を感じ取ったようで、びくりと身を震わせた。
沖田の構えは『霞の構え』と言う、顔の横に竹刀を持ってくるもの。それでやや前傾姿勢を取り、持ち手は交差せず、顔の左側に構えた竹刀の柄を右手で握り、柄尻に左手を添えている。対する涼は正眼の構えで持って、彼女と相対した。
「ダメですよ」
涼が彼女の踏み込みを認識した瞬間、眼前に竹刀の切っ先が迫っていた。咄嗟に竹刀と首を動かしてその突きを逸らすが、彼の頬に一筋の擦過跡を残した。
「反応は上々。私の踏み込みも見えていたようですから眼も良い。しかし、その構えは貴方の動きを殺しますよ、涼君」
「……《教材》じゃこんなに速くなかったんですけど」
「言ったでしょう? 完全再現は出来なかった、と。再現できなかった物……生身の私達に届かなかった要素は多くあります。技然り、攻撃の取捨選択然り、駆け引きの思考然り。そして、私の物で最も再現されていないのは――」
涼の視界の中で、沖田の姿がブレた。パン、と軽く腕に竹刀が当てられ、続けて肩に、胴に、足に、痣にならない程度の強さで打ち込まれていく。
「この『疾さ』です」
「体感であれより倍近く速いんですけど……」
少なくともAI相手ではこの構えで対応できていた。それが今は出来ないというのはどういうことか……ならば、と涼は自分が動きやすい……無構えへと移行する。
それを見た沖田は仕切り直しと言うようにまた距離を取り、構え、踏み込む。
次は繰り出された沖田の突きに合わせて下から切り上げ、同時に横にスライドして胴を狙う。それを彼女は柄で受け、そのまま涼の竹刀をレールに見立てて滑らせて首を狙う。しかし、涼は彼女の腕を掴んでその動きを止める。
「なるほど。剣の心得は無くとも術理は染みついている……そういう強さですか」
流石に真っ当な力比べでは、沖田は女性の平均より少し強い程度に対して涼は男性の平均を超えている。数瞬の力比べの後で彼女が竹刀を持つ手から力を抜いた事で、その立ち合いの終了の合図とした。
「……何してたかわかった? ユウ」
「全然わかんない。お義父さんは?」
「ん? 沖田君は最初に試しとして突きを見せた。涼は反応出来たが、構えが良くないと軽く竹刀で叩かれたのさ。だから攻防一体などは考えず自分が動きやすいように構えを変え、同じ突きを今度は凌ぎ切ったんだよ」
「「ほぇ~……」」
ハッキリ言えばよくわかっていないが、姉妹は感嘆の声を上げた。目の前で振るわれたのは間違いなく本物の達人の剣であり、兄はそれを凌いで見せたのだから。
「凌がれるまでは予想してましたが、腕を取られるとは思いませんでした」
「あー、すみません。思わずと言うか、そうしないと止められないと思ったもので」
「おかげで、涼君の方向性は見えましたので、良かったと言えば良かったのですが」
「俺の方向性、ですか?」
えぇ、と沖田は頷いて生徒に教える教師の様に話し始めた。
「貴方は色んな武器を使いますね。そして、それは自分自身も例外ではない。己の五体も武器として扱う事に躊躇いは無く……他の武器と同じように使い潰す事が出来る」
沖田は涼だけでなく、藍子と木綿季にも聞こえるような声で話す。桜川涼と言う人間が、どのような一端を持っているのかを教えるように。
「仮にこの竹刀が真剣だったとしても、貴方は先程の行動が出来てしまう」
「いや、それは流石に……怖いでしょ」
「それはそうでしょう。でも、怖いと思っていても結局出来てしまうでしょうね。特に
確信を持っている沖田の声に、涼は何も言えなくなってしまう。彼にはそれに関する前科が多いのだから。詩乃を助けた時も、強盗の前に出るのが怖いと思っていた。でも彼は強盗の前に立った。当時は名前も知らなかった、赤の他人の少女を助ける為に自分の命を危険に晒した。SAOの時も何度最前線に立ってモンスターの、フロアボスのヘイトを一人で受け持ったかわからない。デスゲームである事も、HPを全損すれば死ぬ事も理解していたはずなのに、キリトの、アスナの、クラインの、エギルの、他の仲間達や見知らぬ誰かの危険を少しでも減らせるならばと前に出続けた。
「まぁそんなわけで、私のとっておきを一つ見せてあげましょう!」
動かないでくださいねー、と涼に告げて沖田は竹刀を構える。何をするのだろう、と涼も姉妹も疑問に思い、涼の父親だけが『ほう』と感心していた。
「ひょっとすれば、涼君より妹さん向きかもしれませんが」
にこり、と沖田が笑うと同時に、
◇
「いやはや、良い息子さんと娘さん達ですね」
「はは、自慢の子供達だよ。詩乃ちゃんにも会って欲しかったがね」
「息子さんの婚約者の方ですか。確かに興味はありますが……桜川さん」
「何かな?」
「単刀直入にお聞きします。息子さんは――」
オリ主の闇深くしていこうぜ!(一狩り行こうぜのノリで