書き溜めたいから待ってね……!
●バレンタイン特別対策室
※あすな さんが しの さんを招待しました
※あすな さんが りずべっと さんを招待しました
※あすな さんが しりか さんを招待しました
※あすな さんが すぐは さんを招待しました
※あすな さんが らん さんを招待しました
※あすな さんが ゆうき さんを招待しました
あすな:はーい、という事でバレンタインに向けてどうするか考えます
しの:え? 普通に各自で作ると思ってたけど
らん:わたし達は義姉さんに教えてもらおうかな、と思ってました
ゆうき:ついでに自分達で食べる分も作ろうと思ってた
あすな:いいなー。一緒に作るの良いなー。楽しそうだなー
しの:一緒に作りたいって言うなら来ても良いわよ
しの:材料はこっちで基本的なのは用意するけど、多少は持ち込みね
すぐは:あ、それ楽しそう
しりか:多めに作って皆で交換しても良いですね
りずべっと:義理チョコとかも手作りするの? あたし買う気だったけど
しの:そもそもそんなに義理チョコ渡す相手居るの? 私達
りずべっと:学校の友達と、仲間内の男どもくらいね……
らん:学校の友達は良いとして、クラインさんとエギルさんくらいですよね?
らん:兄さんとキリトさんは確定してるので除外するとして
しりか:あたしはパパにも渡さないと……
すぐは:こっちもお父さん用には作っとかないと
あすな:わたしも父と兄に作らないとなー
ゆうき:意外と皆、家族にも作るんだね
しの:ユウキも旦那とお義父様に作るのよね? 二人は家族よね?
ゆうき:……
ゆうき:ホントだ!
りずべっと:何でユウキがボケてんのよ
らん:初めてですからね。兄さん達にバレンタインチョコを作るのは
しりか:そうなんですね。オーリさん、ランちゃん達の初めて貰えるのかぁ……
すぐは:シリカちゃん言い方!?
りずべっと:シリカ言い方ァ!?
しりか:へっ?
しりか:あ
しりか:あばばばばばばば
しりか:あー! あー! あー!
しりか:これはちがっ、ちがうんです!
しの:で? 皆来るの? 場所はお泊りした方の家で、建国記念日を予定してるけど
しの:後ストレアから、義妹達が急に真っ赤になって悶えてるって情報が入ったわ
りずべっと:この詩乃のスルーっぷりってスルーしてなかった!?
りずべっと:まぁあたしも一人じゃちょっとって思ってたし、参加したいわね
あすな:もちろん行くよー
すぐは:練習も無いし、あたしも参加で
しりか:あ、あたしも参加します……
りずべっと:復活したわね
らん:兄さんに渡すのすっごく恥ずかしくなってきたんですけど!
らん:シリカさんのせいで!
ゆうき:お兄ちゃんに色んな初めてあげちゃうのかぁ……
すぐは:おっとユウキちゃんそれ以上いけない
あすな:オーリ君にはもっといろんなお話が必要みたいだねぇ……
しの:その件は決着がついてるから大丈夫よ、アスナ
りずべっと:まさかの奥さん公認だった!?
◇
二〇二六年二月十一日の建国記念日。詩乃達は一月ぶりに藍子達が住む家に集まっていた。キッチンのテーブルに並べられているのは各自が持ち寄ったバレンタインの為の材料であり、チョコは勿論お菓子ならほぼ何でも出来そうなくらいに様々な種類が揃っている。
「皆、何作るか決めてきたの?」
詩乃の問いかけに、里香と珪子、直葉が首を横に振った。候補は絞っているようだが、結局何を作るかは来てから相談したかったらしい。
「候補は?」
「んー、無難に溶かしたのを型で固めてトッピングにするか、チョコクッキーって感じ」
「あたしはケーキ系かなって。でもどういうケーキにするか迷っちゃって……」
「あたしの場合はお父さんにも渡すから、日持ちする焼き菓子が良いんだよね」
詩乃が尋ねて、答えた順は里香・珪子・直葉だ。当人の考えを聞いて、七人であーでもないこーでもないと相談を重ねる。渡す本命は決まっているのだから、被らないように調整も兼ねているがそれはわかっていても皆言わない。
「明日奈達はどうなのよ?」
「わたしはガトーショコラかな。カップケーキサイズの」
「わたしとユウはバウムクーヘンに挑戦します」
「旦那用は当日か前日作るけど、配る用はパウンドケーキを作ってみようかなって」
「そこは桜川君と一緒に住んでる詩乃ちゃんならではだよね」
来たるバレンタインは土曜日……休日である為、学校で渡すという手段が取れない。渡す相手と一緒に住んでいる詩乃と直葉は良いとして、他は渡す為には約束を取り付けなければならないが。
「『土曜日にダイシー・カフェ集合』ってグループメッセージ入れたのはその為、か」
「まーね。これくらいはしないと渡せそうにないし」
「でもその後は、お兄ちゃんも和人さんもデートコースだよね?」
「明日奈は知らないけど、私はしないわよ? 行くのもデートみたいなものだし」
「本当に、義姉さん無敵ですよね……」
「詩乃さんですからね……」
「わたしは帰ってからALOで、かなぁ」
「あー、そう言えばALOでも期間限定のモンスター出てるよね」
バレンタインに向けた話もそこそこに、やはりゲームの話になるのは全員の共通事項だからだろう。お菓子の下準備をしながら話題に上ったのは、先日ALOに期間限定で追加されたモンスターの事だ。バレンタイン系のイベントによくある、倒せばバレンタインにちなんだアイテムをドロップする。そのアイテムが《義理チョコ》で、集めれば《本命チョコ》を始めとした様々なアイテムやアクセサリーと交換できる。
ちなみに、このモンスターは女性プレイヤーなら別に問題なく、何ならワンパンで狩れるのだが、男性プレイヤーに攻撃された途端に一定時間超強化されてレイドボスなど目じゃないという状態になって、男性プレイヤー絶対殺すモンスターと化する。時間経過か一定範囲の男性プレイヤーが死ぬと解除されるのだが。
「どっかの馬鹿二人が挑んでギリギリ負けてた奴ね」
「あの二人が同時に《
「運営の『絶対に男には倒させない』という強い意志を感じましたね……」
「運営の闇を感じる……」
片や期間限定の(女性にとっては)雑魚モンスター。片やALOの最強格プレイヤー二人……流石に《聖剣》も抜いていないし、全力の装備と言うわけではなかったが、それでもその二人をして敗北と言うのは中々に驚いたものだったと考える。
「いやー……涼君が小突いた瞬間にHPバーが十本になったのは驚いたよ」
「で、その後にバフのエフェクトが凄い事になってモンスターの体が見えなくなって、エフェクトが治まったら強化完了でしょ?」
「あたしも斬りかかってみたけど、ダメージ通らなかった事に驚きだったよ」
「ソードスキルを使って、攻撃の正確性なんかも一定以上じゃないとダメージ通らないってホントあり得ないわよね……」
そんなモンスター相手に、HPバーを九本減らして残りの八割を削った馬鹿二人が居るらしい。敗因は残り二割になった時にモンスターがHP全快のスキルを使った事で、その時の二人の台詞が『ふざけんなくそ運営ィィィィッ!!』だった。
そんな話をしながら、七人はお菓子作りの手を止めない。藍子と木綿季は詩乃に指示を仰いで拙いながらも懸命に作り、里香と珪子と直葉は作るものを決めれば明日奈も含めてワイワイと作り始めている。
「二人はオーブンを使わないけど、火は使うから気を付けて」
「その辺りは義母さんにも厳しく言われてるので大丈夫……だと思います」
「作った生地を弱火で……強火で時短?」
「出来ないわよ木綿季。横着しないでちゃんとしましょう」
「あ、里香は結構大きめにチョコ切るんだ」
「あたしの好みなんだけどね。こっちの方が食べた気になるでしょ」
「へー、あたしも真似してみようかな……食感も変わりそうだし。珪子ちゃんは?」
「あたしはナッツを入れたマフィンを焼きますよっ」
「それも美味しそうだなぁ……」
色々と迷う直葉に詩乃が『トッピングで変えれば?』と言えば、それが天啓であるように『それだ!』と叫んだ。猛然とトッピングを作り始める彼女を見届けて、詩乃は自分の作業に入る事にした。
「詩乃のんのパウンドケーキはどんな感じにするの?」
「普通の生地とチョコレート生地を混ぜたマーブルね」
「ほうほう」
明日奈が感心したように頷くが、何てことは無いと詩乃は言う。
「途中までは普通のパウンドケーキよ?」
話しながら、詩乃の手が常人の倍程度速く動いているのに明日奈は苦笑いをしていたが、お泊りの時に見ていたので驚きはない。作り方もいたって普通であり、中々力の要る作業もテキパキとこなしていく。
「普段もお菓子って作るの?」
「たまにね。気分が向いた時にしか作らないけど」
「夏に食べたコーヒーゼリーは美味しかったなぁ……」
「あー、そう言えば夏休みに作ったわね。甘めにしたやつでしょ?」
「ありましたありました。ユウがアイス乗せ過ぎた奴ですよね」
「あ、あれはアイスの余りを食べ切ろうと思って……」
「そう言いながらお腹壊してたじゃない」
藍子の容赦無い指摘に木綿季が沈んだ。その横では直葉が『コーヒー、そう言うのもあるのか』と唸っているが、あまり増やし過ぎると収拾がつかないと里香と珪子に止められている。そうこうしていればオーブンを使う組の生地がそれぞれ出来上がり始めたので、焼く温度と時間が似通っているペアで焼いていく。まずはクッキーの里香と、焼きドーナツの直葉だ。
「焼くと良い匂いがするわよねぇ……」
「ですねぇ。というか、藍子ちゃん達のバウムクーヘンの匂いもさっきから気になってるんですけど」
「中々大変ですよこれ……」
フライパンの上で、割り箸とアルミホイルで作った心棒に巻き付けた生地を弱火ず焼きながら藍子が苦笑する。木綿季も手伝いながらだが、匂いに空腹を刺激されているのか隙有らば摘まみ食いを狙っている野獣の眼光が恐ろしい。
「ユウ、よだれ」
「はぅっ!? な、ナンノコトカナー?」
「まったく……兄さんと義父さんに渡す分は残すんだよ?」
「流石に食べつくさないよ!?」
『ホントかなぁ』と笑いながら藍子が言うので、そこで揶揄われたと木綿季が理解した。むーっと頬を膨らませて怒る彼女に対して『ごめんごめん』と謝る。
「木綿季、余ってるチョコレート食べる?」
「食べるー」
詩乃がひらひらと余っていた板チョコを見せれば、彼女はすぐさまそれに食いついた。藍子もその姿に苦笑はしながら、特に何か言う事も無い。そんな三人の様子を見て、明日奈は余っている材料を見て唸りながらどうしたものかと考えていた。
「どうしたのよ明日奈」
「あー、うん。二人を餌付けするにはどうしたらいいかなって」
「直葉さーん。お姉ちゃんが拗らせてますよー」
「えぇぇ……それあたしの仕事になるの……?」
◇
女性陣が菓子作りに勤しんでいる中、涼はクラインこと遼太郎に呼び出されて『ダイシー・カフェ』に来ていた。事ある毎に待ち合わせに使っているのは、仲間内で売り上げに貢献しようという暗黙の了解なんかもあるが、単に都内で会うのに一番都合が良い場所がここだというだけだったりする。
「おーう、来たなオーリ」
「どーもっと。クラインさんから呼び出すなんて珍しいじゃないですか」
カウンターにいたクラインの横に座り、エギルにホットコーヒーを注文してオーリは用件を尋ねた。
「まぁ待て。キリの字も呼んでんだよ」
「……ならALOでも良かったんじゃ?」
「あっちだとお前ら、また馬鹿みたいな事して話になんねぇだろうが」
クラインの言葉に身に覚えがありすぎたので、オーリは黙った。先日はバレンタイン期間限定モンスターにキリトと共に挑んで、諸共に死んでいる。その他にも、思い立った事があれば実験だのなんだので限界スレスレの事をしでかすのだから、クラインの言う事は誠に正論であるのだ。
「うぃーっす」
ドアベルの音が響いて、今度はキリトが入店してきた。気の抜けた緩い空気をまき散らしながら、オーリの横に座る。
「眠そうだな」
「寝たのが三時くらいだったんだよ……」
「おめーも不規則な生活してんなぁ。妹ちゃんに怒られんぞ?」
「既に怒鳴られてるよ……で、何の用なんだ? クライン」
眠気覚ましにコーヒーを、ついでにミートパスタも注文してキリトがクラインを見る。オーリも彼に視線を向けたのでクラインは一つ、咳払いをした後。
「当然、来たるバレンタインの話でな」
「「解散」」
「ちょっと待てェイ!?」
席を立って自身から距離を離そうとする二人を、クラインは慌てて引き留める。
「良いか、まず座れ。落ち着いて聞くんだ」
「いや、クラインさんが一番落ち着いてないし……」
「バレンタインって言っても、土曜に皆でここに集合するって話だろ?」
「あぁそうだ。だが基本的に俺が貰えるのは義理しかないだろう?」
クラインの自虐にも似た言葉に二人……いや、カウンターで料理中のエギルすら内心で同意した。集まる仲間の中で、女性陣の本命はキリトかオーリなのが丸分かりであるためだ。土曜日に集まるのも、学校が無い為に仲間で会える機会を設定した……要はクラインやらはおまけと言っても差し支えない。
「それはひっじょーに寂しいと俺は思うわけだ!」
「ほら、コーヒーとミートパスタだ」
「来た来た。いただきます」
「あ、エギルさんすんません。俺もミートソース」
「聞けよ!?」
吼えるクラインに、三人がうんざりしたような視線を向ける。しかしそこは歴戦の猛者であるギルド《風林火山》のリーダーである男、まったく気にしない。
「という事でお前ら、俺に誰か紹介してくださいお願いします」
気にせずに、年下へ渾身の土下座である。その光景を見て三人は別に恥を知れなどと言う感想は抱かない。いつもの事ではないが、まぁあり得るだろうとは思っていた事が起こっただけである。
「……とは言っても、俺らに紹介できるのってクラインも知ってる、SAOでの面子くらいだろ?」
「今でも連絡取ってる奴なら、フィリア、レイン、サーシャ先生にヨルコさんは……」
「カインズと結婚したって言ってたな。というかオーリ、フィリアの奴と連絡取ってるのか」
「あいつ、ALOでスプリガンのトレジャーハンターやってますよ。たまにお宝融通してもらうくらいで、フレンドメッセージくらいでしか連絡取りませんけど」
「なるほど。帰還者学校にも来てないんだったな」
「あいつ、最終決戦前に挨拶したっきりで俺とは会わずにオーリとは連絡取ってるのか」
キリトが愚痴るように言うが、それは純粋に心配していたからだと分かる。フィリアと言うのは、SAOの中でキリト達と親しかったプレイヤーの一人だ。性別は女性で、本人の弁を信じるならばキリトの一つ年上であり、アスナと同い年だ。トレジャーハンターを自称し、スキル的にも罠の察知や隠れた宝箱やアイテムを見つける事が上手く、単体での戦闘力も高めと言う逸材だった。
(《
当時を思い出して、オーリのキリトを見る目が温くなる。自分の事は棚の上に置いておくにしても、オーリから見たキリトは結構な数の女性プレイヤーを惚れさせている。大体はアスナとの関係を見て身を引いているので問題にならないが、リズベットやシリカのような手合いが居る事には居るのだ。
「レインってのは?」
「SAOで俺が一時組んでた女性プレイヤーですよ。キリトと同い年らしいんですけど、リアルの事はほとんど聞いてないんで……それが何の因果か今、ユナさんの所で付き人をしているという情報がノーチラスから……」
「本当に何の因果なんだよそれ……」
「アイドル志望だっていうから、ユナさん紹介したら何か色々と化学反応が?」
「お前のせいじゃねーか。というか年下と言っても限度があるだろ! 流石に十近く下なのは難しいだろうが!?」
クラインが再び吼えるが、オーリの両親は父親が母親より干支一回り年上なので、オーリにとっては別に問題ないんじゃ? という感想しか出てこない。自身に置き換えてみれば、流石に四~五歳の子供に惚れられても困ると思うが、クラインは今二十六で今年二十七のはずだ。だったら十七や十八の相手は許容範囲ではないのかと、割と本気で思っている。
「……社会人に女子高生を紹介する、と考えるとなんか危ない感じだな」
「そう考えると犯罪の臭いしかしねぇ」
「はっ倒すぞお前ら。真面目にお願いするから! エギルゥッ!」
「とは言っても、俺の方も紹介できそうな相手がな……サーシャの奴は大学で忙しいというし、ALOでの知り合いもお前、大体声かけて玉砕してるからなぁ」
崩れ落ちるクラインを余所に、三人は割と真剣に考えこむ。オーリとしては、妹の伝手で《スリーピング・ナイツ》と言う手が無いわけではない。ただ、彼彼女らは元々難しい病を患っていたので、気安く紹介するとは言えない。ゲーム仲間としてならば問題無いのだが、例え軽いノリでも『ちょっと会ってみない?』とは言えないし言いたくはなかった。
「詰みだな」
「詰んでるな」
「詰みっすねぇ……」
「俺、もうスクルドさん追いかけます」
二次元に逃避し始めたクラインを宥めるのに一時間かかった。
◇
という事でバレンタインの当日である。
「し、死んでる……」
「いきてるぞー」
「ボクら、この状態に追い打ちをかけるの……?」
「さ、流石に良心が咎めるんですけど」
「二人とも、追い打ちする前提なのね」
詩乃のツッコミに藍子と木綿季は視線を逸らした。例のグループメッセージの発言が頭に残っている二人にとって、このタイミングを逃すと恥ずかしさで渡せなくなる可能性が高いのだから、ここで渡しておきたいという思いが強い。詩乃は既に今日の夜渡すと言う宣言を涼にしているし、義父には義母経由で渡してもらうように頼んでいる為に、ここで渡すのは義理だけである。
「とりあえず飲み物は頼んでいけよ? 持ち込み自体は今日は構わんから」
「んじゃ俺はブラックコーヒーで」
「私も同じのを」
「わたし達は紅茶でお願いします」
「はいよ。ミルクは付けとくが砂糖は必要ないな?」
「ですでーす」
エギルへと注文を終え、四人は和人達が居る席の近くへと移動する。
「やっと来たか、涼」
「おめーらが早いんだよ。俺らは時間通りだわ」
和人はカップケーキサイズのガトーショコラを口に入れながら、ジト目で涼を見ている。テーブルの上には、明らかに彼一人では食べ切れない量のケーキと、クッキーと、ドーナツがあるわけで。
「……四人とも、追加で作った?」
「「「「あはは……」」」」
詩乃の問いに明日奈達が曖昧に笑った。先日作ったのは本命も義理も色々考えて決めた量だったはずだが、それよりも明らかに多い。詩乃にとってそれは別に構わないのだが、追加で作る理由が思いつかないのも事実だ。
「深い理由は無いんだけど……」
「あの後、帰ってる時に色々と浮かんじゃって……」
「材料もありましたし……」
「それで出来たのが会心の出来だったもんで……」
「持ってきた、と」
四人が頷くのを見て、なるほどと詩乃が呟く。
「という事だから、涼君だけじゃなくて皆で食べてもらっても全然良いの」
「そういう事なら後で皆でいただくとするか」
和人達とは違うテーブル席に涼達は座り、緊張した面持ちの妹二人へと視線を向けた。二人が涼に渡す物を作ったというのは詩乃からも、何なら本人達からも聞いている。二人が家族になっての初のバレンタインである為、涼も柄にもなく楽しみにしていた。
「お兄ちゃんの口に合うと良いんだけど……」
「わ、わたし達の初めて(のバレンタインチョコ)を食べてください!」
ゴッ、と涼はテーブルに頭をぶつけた。あまりの一言にツッコミの言葉すら思いつなかったのだ。近くのテーブルに居た和人は珈琲を口から零し、エギルは目を見開いて涼を見て、遼太郎は呪詛を唱えている。そして明日奈達の中では珪子だけ顔を真っ赤にして、両手で顔を覆って俯いていた。控えめに言ってカオスである。
「お、お姉ちゃん言葉! 言葉足りてない!?」
「えっ!? あっ、いやっ、えあぁぁぁぁぁぁぁ……!?」
「藍子、深呼吸しなさい。ゆっくりと、大きく息を吸って」
混乱する藍子を木綿季と詩乃が宥めて、珪子の様子に気が付いた涼が明日奈達へと視線を送った。『どういう事だ』と視線で問えば、珪子を除く三人が笑って誤魔化した。
「涼、お前って奴は……」
「俺は無実やっちゅーねん」
「犯人は皆そう言うんだ」
「犯人扱い!? それだと既に何かしたみたいになるんですけど!?」
「毎日タンスの角に足の小指ぶつけろ」
「陰湿で地味に痛い呪詛止めてくれません!?」
彼ら以外の客が居ないために店主のエギルすら加わり、店内はにわかに騒がしくなる。そんなパニックの中にあって、涼達が居るテーブル席の窓が控えめにノックされる音。気が付いたのは木綿季で、窓の外を見れば先日会った女性の顔があった。女性は店の入り口を指さして手を振り、直後ドアベルが鳴る。
「沖田さん!」
「沖田さんですよー。先週振りですね木綿季さん」
入って来たのは、先週意味深な台詞を残して去って行った女性……沖田桜だ。先週見た服装とは違ってフォーマルなスーツ姿で竹刀袋を背負い、キャリーケースを引いている。彼女は木綿季と『いぇーい』とハイタッチを交わした後、涼達へとお辞儀を一つ。
「何でここに?」
「あー、今週は東京でお仕事だったんですよ。その為に前乗りした時に先週の話がありまして。今日は観光して、明日には地元に戻ります」
皆さんは? と沖田が聞き返せば、ゲーム仲間とのバレンタインの集まりだと木綿季が話す。その間に、遼太郎が涼の横に立って声をかけてきた。
「あの美人さんは誰だ?」
「俺の父親の知り合いで、先週会ったんですよ」
「彼氏居るのか?」
「聞いてないっすねぇ。こんなすぐに再会するとも思ってなかったし」
相も変わらぬ調子の彼に涼は内心苦笑する。綺麗な薔薇には棘がある、ではないが彼女は本物の達人であり、現実での実力は疑いようもない。それを言うべきか言わざるべきか悩んでいれば、ガタンッ! と音を立てて誰かが立ち上がった。
「お、沖田さん……!? ま、まさか七代目沖田総司さん……!?」
「おや、その私を知っている方がいらっしゃいましたか」
沖田が視線を向けた先に居るのは、剣道少女の直葉だった。
「知ってるも何も、去年史上最年少で剣道六段になった女性剣士じゃないですか! それに色んな所で演武を披露して……あ、去年の年末の演武も見ました!」
「アッハイ」
達人が生返事を返すほどの勢いで直葉が喋りだす。その話を総合すれば、沖田は幼少の頃から剣道界……いや、武術界全般から注目されていた天才であり、まさしく幕末の天才剣士である沖田総司の再来とまで言われていたほどの剣士らしい。成人してからはその見目麗しい姿と、伸び続けるその腕前でテレビや宣伝媒体で演武を披露したり、神事として奉納もしたと言う。年末に直葉が見たというのは、テレビで中継されていたその事だろう。
「あたし憧れてるんです! サインください!」
「こ、こうして剣の事でサインって言われるのは初めてなんですけど……」
流石に困惑しているのか、沖田の視線が知った顔である木綿季や藍子、涼へと彷徨う。
「直葉さーん。沖田さんも困ってるから落ち着こう?」
「あ……す、すみません。あたしったらつい……」
「いえいえ、そこまで言って頂けるならこちらもやり甲斐があるというものなので」
木綿季の言葉で我に返り、頭を下げる直葉に沖田は優しく声をかける。それから少しだけ会話をした後で、さて、と彼女は仕切り直した。
「何やら賑やかでしたけど、お邪魔でしたか?」
「いや、別に貸し切りにしてるわけでもないし、お客様は大歓迎だ」
「でしたら、少しだけ」
「メニューはこちらに。注文が決まったら申し付けてくれ」
店主であるエギルがメニューを渡し、涼達から近いカウンター席へと案内する。少しして沖田が注文をした後に、彼女は涼達へと向き直った。
「バレンタインでの集まりとの事でしたが、木綿季さん達は涼君に?」
「うん。そうなんだけどお姉ちゃんが渡す時にちょっと」
「恥ずかしさで死にそうです……」
テーブルに突っ伏す藍子を見て、皆が苦笑する。
「沖田さんは彼氏とかいないの?」
「その相手の急所を狙う鋭さは、剣だけで良いと思いますよ木綿季さん」
血を吐きそうな彼女の言葉に、木綿季は視線を逸らした。約一名、その言葉にテンションが上がっているが皆無視し、沖田は涼の隣に居る詩乃へと視線を向ける。
「涼君。そちらの方が噂の?」
「噂のって言うか、彼女が朝田詩乃です」
「どうも……って、噂?」
「沖田桜です。噂と言うか、まぁ全部桜川さんから聞いた物ばかりなのですが」
「お義父様から……?」
「せっかくご本人がいらっしゃいますし、少しお話しませんか?」
にこり、と微笑みかけた沖田を見て、詩乃は涼へと視線を送る。そんな彼女の肩を叩いて見つめ返せば、詩乃は『しょうがないわね』と一息吐いて彼女の隣の席へと座った。
「俺も声かけていいよな?」
「詩乃との話の後にしてくださいよ?」
「わーってるって」
「クラインお前なぁ……まぁ年齢的には釣り合ってんだろうけど」
「あー、お兄ちゃん。ひそひそ話してる所あれなんだけど、もうワンテイク良いかなぁ?」
男三人の中に割って入った木綿季の言葉で、涼は改めて座り直す。ようやく顔を上げた藍子と、木綿季が一緒に差し出してきたのは小ぶりな、少し大きめのドーナツサイズの、チョコレート色をしたバウムクーヘンだ。
「は、初めてのバレンタインチョコなので、ユウと一緒に頑張りました」
「お義姉ちゃんから色々教わって作ったから、味は大丈夫だと思うけど」
「ん、有難うな。二人とも」
礼を言って受け取り、早速一口食べる。チョコレートの甘さとしっとりとした生地の具合も良く、初めて作ったにしては十分に美味しいと言えるそれを、涼は三口ほどで完食する。
「ど、どうですか……?」
「うん、美味しいよ二人とも」
「良かったぁ……」
涼は胸を撫で下ろす妹二人の頭を撫でて、『有難う』とまた礼を言った。
「二人は食べたのか?」
「わたしとユウとで三つ分くらい味見しては作ってをしてたので」
「正直太りそう」
「逆に俺は肉付けろって、父さんからも母さんからも言われるんだよなぁ……」
「そんなお前におすそ分けをしてやろう。クッキーもドーナツもマフィンも選り取り見取りだぞ」
「肉付けなきゃならんのはおめぇもだろうが和人クゥーン!?」
メンチを切り合いながら、お互いの口に次々とクッキーやドーナツ、マフィンを突っ込んで、口の中がいっぱいになったら停戦してコーヒーをゆっくり飲む和人と涼。食べ物を粗末にしないようにしつつ、その中で精いっぱい互いを殴り合う光景を、仲間達は何とも温い表情で見ていた。
「美味いかーやろうどもー」
里香の言葉に、二人は親指を立てて答えた。
「クッキーはチョコチップ二種類使ってて普通に美味い」
「ほほう」
「ドーナツはチョコとナッツ、後これコーヒーか。意外といける」
「それあたしー」
「マフィンは甘めにしてないのが意外だったけど美味かった」
「あれだけ適当に食べてる感じだったのに味分かるんですね、涼さん」
「うるせぇ。という事はガトーショコラは明日奈か。ならコメントするまでも無いよな」
「ちょっと涼君、それはひどくないかな? 和人君にはもうコメント貰ってるよ」
「明日奈の腕は知ってるから、コメントが美味い以外ないんだよ……」
「詩乃のんの料理は?」
「無限に褒めれる」
真顔で言い切る涼の後頭部が軽く叩かれ、後を見れば顔を赤くした詩乃が立っている。どうやら話は終わったらしい。
「心の準備が出来てない時にそういう事言わないでって、いつも言ってるじゃないっ」
「いや、詩乃さんちょっと聞いてください。これにはちゃんとしたわけが」
「問答無用。そういうのは帰ってから私だけに言って」
「アッハイ」
「痴話喧嘩は終ったか?」
この一年で涼と詩乃の惚気の対応にもすっかり慣れてしまった和人が口を挟み、二人が並んで席に座る。
「で、クラインが速攻で口説きに行ったんだが」
「そっとしておこう」
この後、オリ主と詩乃は家に帰った後[見せられないよ]状態になったのでシーンはカットです(ぉぃ