「っ!?」
びくり、と体を震わせて目を覚ます。目の前にあるのは愛しい人の横顔で、彼はちょっと苦しそうな顔で寝息を立てている。そこは普段寝ている部屋ではなく、四月から私と彼が住む事になる家の、まだ家具は置いていないリビングスペース。そこに布団を敷いて、昨日は
旦那を挟んだ私の向かい側には藍子が寝ていて、旦那の上には木綿季が乗っている……いや、藍子の隣で寝ていたのにどうやって移動したのだろうか? 寝ぼけて旦那の上に乗ってしまったのだろうけど……まぁ、今回は目を瞑ろう。
こうして四人で寝ている理由としては、藍子と木綿季にお願いされてしまったからだ。なんでも私が母さんの所に顔を出している間に、お義父様のお客さんと一悶着……というか、お義父様との手合わせのような事があったらしい。その際にそのお客さんが『誰かの為ならば自分自身も他の武器の様に使い潰せる』と旦那の事を評したそうだ。そして、旦那は言い返せなかった。前科もあるから当然だけど……二人にはそれが怖かったらしい。何せ二人が直面した《死銃》の事件からまだ二カ月も経っていないのだから、その時の恐怖がまだ残っていると考えれば仕方ない話だ。まぁ、それで不安になった二人のケアのためにこうして四人で寝る事にしたのだが……
(今の声は、涼……?)
目覚める前に聞こえた言葉が頭から離れない。それは確かに旦那の声だった。旦那の声なのに、そこには何もない……とても空虚な問いかけだった。私も私で、不安になっているのかもしれない。正直に言えば、そのお客さんが旦那を評した言葉はまったくもって正しいのだ。
私との出会いは、旦那が私を守る為に強盗の前に出た。SAOでは、キリトやアスナからの話でしか聞いていないが、それでもそこに囚われた様々な人の為に東奔西走し、最終決戦の時には二人を庇って致命傷を受けている。旧ALOはアスナを救う為にキリトに手を貸して、極めつけが《死銃》事件。手口を見破り、対策を万全にしていたとは言え、殺人者と相対した事に変わりはない。それが現実なのか仮想世界での話なのかは関係無い。誰かのために、旦那は自分を使い潰せる。
そんな旦那に救われて、そんな所も全部ひっくるめて愛していると言えるけど、不安にならないわけじゃない。SAOの時も、GGOの時も彼は帰ってきてくれたけど、だからと言って無条件で信じられるかと言えばNOだ。
「……そういう、事なの?」
だから、お義父様とお義母様は私に色々と仕込んでくれたのかもしれない。自分の大事な人を、何時までも捕まえ続けられるように。必ず自分の所に戻ってこられるような、
あの二人が、自分の子供の性質に関して知らないはずなんてない、という信頼がある。旦那の両親はちゃんと旦那を愛し、心を痛めて育ててきた事を、私は少しだけだけど知っているから。SAOの時だって、私は自分の事しか見えていなかったけど、お義母様もお義父様も心配しなかったはずは無いのだ。『自分達が持てるものをありったけ注いだ息子ならば大丈夫』と言う思いと同時に、『
私の前ではそんな表情を全く見せなかったけれど、今こうして考えてみて、思い出してみれば気付けることはたくさんある。お義母様が願掛けの様に毎日同じ行動をしていた事も、お義父様が家族写真を見て自分を奮い立たせていた事も。私には見せないようにしていたのだろうけど、自分の子が明日も知れない二年間と言う時間の中では、どんな超人でも心は弱ってしまうだろう。
そんな二人が、私に対するケアも含めてしてくれた事は確かに私の糧となっている。だから多分、今まで見えなかった物がその言葉を切欠に見えるようになった……のだと思う。今まで気付けなかった自分に呆れながらも、これからどうするべきか考えて、止めた。
(やる事なんて、決まりきってるし)
今までしてきた事を、これからも続けていくだけだ。その中で新しくすべき事を考え続けていくだけだ。私達二人が居て、家族が居て、仲間も友達も居る。そんな人生の旅路を続けていく事に全力で。そうと決めれば、今はこの時間を堪能しようと私は寝ている旦那に擦り寄ってまた目を閉じる。
(……そういえば、涼が自分の事を『僕』って言った事、シャレ以外であったっけ……?)
◇
「何がどうなってんだよ……」
涼が多少の息苦しさで目を覚ませば、自分の胸の上に愛しい人の頭が乗っていた。そして他に感じる感触が二つあり、視線を動かしてみれば彼の腹部に覆いかぶさるようにして木綿季が、何故か足に抱きついて太腿を枕にしている藍子が居た。四人並んで寝ていたのにどうしてこうなったのか、と寝起きの頭で考えていれば頭の上に『ストコマ』が止まった。
『おはよー、兄貴ー』
「おはようさん……何でこうなったか知らねぇ?」
例の面談から、自分に対する呼び方が変わったストレアと挨拶を交わして、問いかける。
『いや、アタシもわかんないよ? アタシだって
「そうかー……今何時?」
『朝の六時。ママさんが朝御飯作ってるのとパパさんがランニング行った』
ストレアと涼の両親とは、既に顔合わせが済んでいたりする。四月にこちらに来るにあたって隠しきれないと言うのもそうだが、母親が『ちょっと居候紹介してよ』と、ストレアが来た翌日に涼に言ってきたのだ。この時点で涼の母親のサトリ疑惑がより深まったのは言うまでもない。なのでストレアが復調した時節に顔合わせをして、両親はその存在を認知している。
「……動くと起こすよな。確実に」
『そりゃね? でも、普段起きる時間がそろそろだよ』
「なら起こすか……特に藍子の位置がヤバい」
『詩乃に見られたら修羅場る位置だね!』
「おい、どこで覚えたそんな知識」
ストレアにツッコミを入れながら足を動かして藍子を、手で木綿季の背を叩いて起こす。詩乃については一番後回しだ。
「ふぁぁ……おはようございましゅ……」
「にゅうぅ……後一時間……ぐぅ」
「おはようアイ。んで寝るなユウ。せめて腹の上からどいてくれ」
「うへへ、おにーちゃんのおなかあったかーい」
「ほんとだー……ぐぅ」
「待って、アイまで寝ないで。俺動けないから」
べしべしと二人の背を叩くが、反応を見せないので体を揺する。それも気持ちいいのか、幸せそうに笑ってまた眠りに落ちていく二人に涼は諦めたように溜息を吐いた。
「むー……」
「あ、詩乃」
その時に丁度、薄目を開けた詩乃と目が合う。起きたら一緒にこの状況をどうにかしてくれないかなと期待を込めれば、彼女はゆっくり体を起こした。
「涼、うるさい」
そのまま彼女の両手が涼の顔を挟んで、唇を重ねられた。
「!?!?!?!?」
『oh……うるさいからキスで塞ぐとか、だいたーん』
呑気なストレアの声も、今の涼には聞こえない。寝ぼけた詩乃を見た事はあるが、そのままキスまでされた事は無いのだから頭の中は大パニックだ。
(詩乃さぁーん!? 流石に今はまずいです詩乃さぁーん!? 二人きりじゃないから舌入れてくるのはまずいです詩乃さぁーん!?)
『通報しました』
(誰に!?)
深い方のキスをされ出している頭で、ストレアの言葉にツッコミを入れる。意識を何かに逸らしていないと本当にマズいと分かっているから、全力で余計な事を考える。そう言えば来週バレンタインだわ、とかその後くらいにALOで『九種族統一デュエル・トーナメント』があったなとかを思い出していれば、バターン! とドアが開く音が響いた。
「子供達が禁断の扉を開け始めたと聞いて!」
(どんな通報の仕方しやがったストレアァッ!?)
『兄貴が詩乃達とくんずほぐれつしてる現場はここだよー、ママさん』
「朝から元気なのは良いけど流石に場所は考えなさーい!」
乱入してきたのは母親で、その手にはフライパンとおたまと言う、古き良き
◇
「「ひどい目に遭った……」」
それぞれの朝の日課も、朝食も終えた後の一時で、涼と詩乃は既に燃え尽きていた。両親は『デート』と言い張って外出したため、今はストレアも含めた五人でリビングに居る。
「ひどい目って、自業自得ですよ?」
「お義姉ちゃんが寝惚けてたのが原因だけど、お兄ちゃんもお義姉ちゃんを起こすのを躊躇ったわけで」
『起こるべくして起こった感じ?』
「いや、うん。俺にも非があるのはわかってるんだ。でも身動きできない状態にしてた要因はアイとユウだからな?」
「「記憶にございません」」
「二人がどんどんイイ性格になっていくわね……」
頭痛を堪えるように額を押さえる詩乃だが、一番の原因が自分であるという自覚はあるのでそれ以上強くは言えない。一家に溶け込んできた……と言えれば良いが、こんな溶け込み方はしてほしくなかったと、詩乃は思う。
「……とりあえず、今日はちょっとアイに話があるんだよ」
「話、ですか?」
「あぁ。ALOで今お前が唯一持ってるだろう《
気を取り直した兄の言葉に、藍子も思考を切り替えて対応する。以前にALOで自身が手に入れた武器について、彼女は兄に全て開示している。それに伴って兄とは今まで情報の公開時期などの調整をしていた。その辺りは《MMOトゥモロー》の管理人であり、SAO生還者でもあるプレイヤー《シンカー》とも連絡を取り合っていたが。
「……最近探ってくるプレイヤーが増えた件、ですね?」
「あぁ、だから今唯一判明している《
「宣伝って……もしかして、統一トーナメント?」
木綿季の解答に涼は首肯した。ALO中の注目が集まるだろう一大イベント、『九種族統一デュエル・トーナメント』。その中であまりにも特異な武器を使えば、否が応でも注目は集まるだろう。それが今まで発見されていなかった
「兄さん、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。
「涼?」
にこり、と笑った詩乃の底冷えするような声に、涼は慌てて口を噤んだ。SAOでは、デスゲーム故にリソースの奪い合いにも命がかかっていた。いつ死ぬかわからないのだから、死なないように備えたいのは全員同じであり、全員が死なないように備えられるリソースなど存在しない。
これはゲームをデザインした茅場晶彦が特別悪辣だったと言うわけではなく、昨今のVRMMOでもそうだし、オンラインゲームならば当たり前の話だ。狩れば狩るだけモンスターのPOPは渋くなり、渋くなれば素材のドロップなどの供給も減っていく。これは時間が経てば解決する事は確認されていたが、それでもレベルを上げる為や武器や防具の作成、様々な事柄に影響を与え、回復するまでの時間だけそれらが滞れば、帰還するまでの時間がそれだけ掛かるという事になる。
ならば攻略組にリソースを優先させるか……と言えばそうは行かない。死にたくないのは皆同じだから
「今回はシンカー達、SAOで情報屋経験のあるプレイヤーも手伝ってくれるから、変な事にはならないしさせないよ」
「……本当ですね? 兄さんに嘘つかれると、わたしでは見抜けないんですから」
「大丈夫よ。嘘ついてたら私がお灸をすえるから」
「それ、お義姉ちゃんが抱き込まれたらアウトな奴だよ……」
木綿季が溜息と共に呟いて、三人が笑う。
『まぁネットの掲示板なんかはアタシも監視してるし、そんな変な事にはならないよ』
「ストレアさん、兄さんもちゃんと監視しててくださいね」
「妹からの信頼が全くない。これ泣いて良い案件だよな?」
「お兄ちゃん、自業自得だよ? それに沖田さんが言ってた件もまだしっかり聞いてないし」
「まぁそれについては後でしっかり問い詰めるとして……まずは、その《
「あ、和人に声かける約束してるから、かけてからな。そうしないと俺に刺客が差し向けられる事になってしまう……」
「刺客?」
「桐ケ谷とのデュエル百本勝負」
「直葉さんもすっかりデュエル大好き人間だねぇ……」
◇
「『我は天より賜う事を望み、地に眠る誉を求める者なり』」
ALOにダイブし、ランの先導でオーリ達は氷と雪に隠された扉の前まで来ていた。メンバーは
「……開かない?」
「あれっ?
『あほう。杖の
扉から響いてきたのは、ランとユウキとストレアには聞き覚えのある声……彼女らに試練を課した戦乙女の声だ。
「え、そうなんですか?」
『まぁ教えとらんかった妾も悪いが……扉の前で杖を翳せ。それで開く』
「は、はい」
ランが扉の前まで走っていって杖を翳せば、杖が淡く輝くと同時に扉が独りでに開く。そして、その先には白いローブを着た少女が一人。
「ゲンドゥルさん!」
「久しいな、ランよ。その杖も使っているようで何よりじゃな」
この杖を手に入れる為に戦った戦乙女・ゲンドゥルがそこに立っていた。思いがけない再会にランは驚きの声を上げながらも笑った。
「ユイ」
「……あの人はAIで動いていますけど、戦闘力のないただのNPCですね。案内役……と言った所でしょうか。ランさん……このダンジョンで手に入れた武器を持っている人が再び訪れた事で、何かしらのフラグでも立ったんでしょう」
「情報がどんどん増えていくぅ……」
感動の再会を余所に、キリトとオーリはユイの分析を聞きつつも展開を見守る。女性陣も女性陣で色々と興味深そうだと見守る体勢だった。
「ここって、わたしが来ないと開かなかったんですか?」
「そんな事は無い。唱えれば開くが、既に宝の片方はお主が持っておるから、そんな好き好んで試されにだけくる輩もおるまいて。まぁ、お主以外が連れてきた輩が英雄殿の武器を取りに来たのであれば、妾も試しに加わるくらいはするがの」
((((((セーフッ!))))))
戦乙女の言葉に、オーリ達は内心でガッツポーズを取った。言葉の内容から推察するに、《
「それで? 取りに来たんじゃろ? 挑む資格があるのは
「えぇまぁ……って、一人?」
「あぁ……何が秘されてるか言っとらんかったか。ここにある《
戦乙女が視線を向けた先を、ランが追う。そこに居たのはやはりと言うか、武器の予想からするにこの中で
「えっと……兄さんだけ、で挑むんですか?」
「英雄殿の試練は基本、資格のある者だけしか受けられんよ。まぁ特異な英雄殿も居るようじゃが、妾は他の《
それでどうするんじゃ? と戦乙女はラン越しに資格のある者……オーリへと問いかける。パーティで来たが、クエストを受けるのに条件があるなら是非もない。
「当然受けるさ」
「ならば付いて来い。あぁ、ランや他の妖精共も見るだけなら出来るが?」
「あ、行きます行きます」
戦乙女の案内に続いて、オーリ達が扉の中へと入っていく。
「俺達も後で挑戦出来たりは……」
「この猫妖精以外、そもそもここの資格が無いから無理じゃ。試練を受けたいなら他を探せ」
「目印とかはないのかな?」
アスナの言葉に戦乙女の眼がすぅ、と細まる。その変化に思わず全員身構えるが、戦乙女は溜息一つと共に手をひらひらと振った。
「墓よ」
「お墓、ですか?」
「そう。ここは
戦乙女から語られるのは、このダンジョンの由来。自分達が安らかに眠る為に、自分達以外の誰かを戦乙女や英雄に仕立て上げる為にこのダンジョンを作った事。既にランは戦乙女としての使命を背負わされている事。
「ま、待ってください。それって――」
「やはり聡い。もう理解したか」
顔色を青くしたランに、戦乙女が淡々と告げていく。
「お主が連れた英雄は、ここで試練に打ち勝てば《
「ロストの可能性かよ……」
マップデータ全てをロストするよりは遥かにマシと思えるが、プレイヤーにとってはこっちの方がキツイ……下手すれば引退案件であるからだ。新規でキャラクターを組む事は出来るだろうが、それまでにかけた時間に比例してモチベーションに大ダメージを受ける事は間違いない。
「それでも、受けるか?」
問いかける戦乙女の顔には、何の表情も浮かんでいない。それは正しく英雄を選別する為の
今回の展開含め、三つほど挟んだらアリシゼーション編いけるかなと予定しつつ、変わるんだろうなぁとも思っていたり。
オリ主「永久ロストするゲームに縁がありすぎる。SAOは死んだら人生ロストする事になったけど」
シノン「ALOでキャラロストしたらGGOに集中するだけよね?」
ラン「そうなったらわたしも責任取ってそっちに……」
ユウキ「そこで別に責任取る必要ないと思うよお姉ちゃん……にしても変なクエスト作り過ぎだよねこのゲーム」
ストレア「そこはフルスペックのクオリティだよね」
キリト「大体茅場晶彦のせいなのは間違いないな」
匿名希望のゴーストさん「そこまで私は責任を取れないんだが」