流星の軌跡   作:Fiery

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幕間いち:黒と蒼

 

ALO内の開けた草原は今、静寂に包まれていた。

多くの人影が大きな円を作り、その開いた空間の中央には二人の妖精が立っている。

一人は黒い髪に黒ずくめの服を纏い、二刀を携えたスプリガン。

もう一人は蒼い髪に猫の耳を生やし、ライトアーマーを来て槍を担いだケット・シー。

二人は周囲の空気に反して互いを見て薄い笑みを浮かべていた。

 

「やっとだなぁ、キリト」

「そうだな。こう言っちゃなんだがわくわくしてるよ、オーリ」

 

ALOに置いて、この二人のプレイヤーの名前は幅広く知られている。

共にALO最強格と言われるプレイヤーであり、SAOの英雄。

 

そんな二人が決闘をするという。

 

仲間として肩を並べて戦った事はあった。ライバルとして競い合った事もあった。

しかし、相手の前に立ち塞がる敵として現れる事は終ぞなかった。

最初は互いだけで決闘をするつもりだったが、互いのパートナーが見届けるという話になり。

そこから芋づる式に話が広まってしまって何とも締まらない話になってしまったが……

 

要はここに集まった彼、彼女達はどっちが強いのか、興味があるという事。

 

片や戦闘には不利とされるスプリガンでありながら、卓越した剣技と反応速度を持つキリト。

片やケット・シーの俊敏性を極限まで使い熟し、数多の武器を自在に操る技量を持つオーリ。

 

共にアタッカー。攻撃を耐えるのではなく回避するタイプ。

所謂回避型アタッカーの最強決定戦と言われても遜色無いものだ。

 

「ところで何で各種族の領主様が来てんの?」

「そこは俺も知らないんだよなぁ……」

「諦めたら? 有名人のお二人さん」

「うっかり喋っちゃったわたし達にも責任はあるから邪魔はさせないけど、ねぇ」

 

二人に歩み寄ってきたのは、互いのパートナー二人。

ウンディーネのアスナと、ケット・シーのシノン。

騒動の発端としては彼女達二人が話をしているのを聞かれたというのが原因らしい。

 

「まぁ邪魔しないならいいさ」

 

そう言ってキリトが笑い、応えるようにオーリも笑う。

 

「それじゃあ、デュエル『完全決着モード』!」

 

アスナの声と共に、オーリがコンソールを操作。

表示されたデュエルの項目より『完全決着モード』を選択してキリトへと申請。キリトはそれを承諾して、カウントダウンが始まる。

 

「オーリ」

「ん? 何だシノン」

「始まったら、私は応援しない……ただ、信じてる」

「……あぁ」

 

数秒の間手を握って、シノンは離れていく。

キリトの方も似たような感じで、アスナが彼から離れていった。

 

オーリが槍を構え、キリトが二刀を構える。

 

 

カウントが刻まれ、やがてゼロになり――

 

 

 

互いの全霊の初撃がぶつかり合い、衝撃波が観客たちに叩き付けられた。

 

 

 

 

 

 

はじけた初撃の勢いそのままに、二人は後ろへと飛ぶ。

一瞬の滞空の後、地に足が付いた瞬間に再び互いが走り寄る。

凡その予想としては、槍の間合いを生かしてオーリが立ち回り、キリトがそれをどう攻略するか――…と言われていた。

が、二人の戦いはそれを裏切る。

 

「あれ、剣の間合いで……!?」

「槍と剣で打ち合ってる……?」

 

観衆が見たのは長物であり、至近での取り回しが難しい槍を持って、オーリはキリトの間合いに飛び込む姿。

確かに剣の間合いの外から槍と機動力を使えば、相手がキリトと言えど勝つ可能性は上がるはずだ。

 

だが違う。目の前の男に勝つというのはそんな事ではないのだ。

互いが互いに、何の言い訳もできない程に完全な決着を。

二人が今求めているのは、ただそれだけの単純な事実。

 

「これは……証拠提出?」

「剣の間合いに持ち込まれてもここまで戦える事を示すため…って事?」

 

アスナの疑問に、シノンは首を縦に振る。

息つく暇も無いほどの二刀と槍の乱舞。

まるで示し合わせたかのような優雅な舞踏にも見えるそれは数十秒で旋律を変える。

 

「今度は離れた!」

「……二人とも、本当に馬鹿なのね」

 

アスナの声とは対照的に、シノンは呆れたように呟いた。

先程はオーリが示した事を、今度はキリトがやろうとしているのだ。

基本的な槍の突きと引きの動作を仮想世界の中で完全に適応させ、弾丸の雨のようにも見えるそれ。

大半の相手なら穴だらけになってしまうそれを、キリトは二刀と最小限の体捌きのみで攻略していく。

 

「はっ!」

「ははっ!!」

 

同時に、戦っている二人が笑った。

互いの全力を繰り出しているのに、底だと思っていた所がまだ途中であるような感覚。

模擬戦の時にも感じていた、自分の力が深まり進化していくような高揚感。

 

オーリの突きが速くなれば、キリトの体捌きのキレが増す。

キリトの剣閃の威力が上がれば、オーリの受け流す技が冴えわたる。

 

たまらなく楽しく、それでも真剣に、互いを打倒するために動く。

終わるなと願いながら、絶対に倒すために武器が振るわれる。

 

数十秒毎に、交互に切り替わっていた戦いの旋律が、ここでまったく違う物へと変わった。

 

「「……ッ!?」」

 

アスナとシノンだからこそ、互いのパートナーの意識の切り替わりが察知できた。

合図は、地面が爆ぜたとも思えるほどの轟音を伴ったオーリの踏み込み。

全体重とその速度を乗せた一閃が、先ほどの突きよりも速くキリトへと襲い掛かる。

それをキリトは戦い始めよりも洗練された体捌きと、相手から見取った技で対応する。

 

二刀を交差させて、その突きの威力を受け流す。

 

「「はははっ!」」

 

必殺の意を込めた突きを凌がれて

 

受け流してもなお残る手の痺れに

 

獰猛に二人は笑う。

そうでなくてはならないと。

俺が認めたお前ならばこそ、そうでなければ倒し甲斐が無いと。

 

「二人は飛ばないの?」

「飛んでもメリットが無いのよ。オーリは種族特性の俊敏さが失われる」

「キリト君の方は、踏み込みが利かないから剣の威力と二刀の回転率が半減するの」

 

誰かがぽつりと呟いた問いは、シノンとアスナが答えた。

仕切り直しに飛ぶという選択肢はあるだろうが、そこに意識を割かれた瞬間に食い破られる可能性は高い。

眼前の相手に意識の全てを集中させ、思考の全てを倒す事に費やさなければ倒せない。

 

だからこそ遊びではなく、何処までも真剣になれる。

 

数瞬の呼吸の後で、再び動いたのはオーリ。

先程と同等の突きが繰り出され、キリトもそれを先程の様に迎撃する構えを見せ。

 

「ぐっ!?」

 

直前で槍の軌道が変わった。

キリトの肩が裂かれ、ダメージエフェクトが散るが()()

違和感を察知したキリトが、極限の集中と先鋭化した思考により強化された反射速度によって致命を避けるガードを間に合わせた。

 

そして今、キリトの視界では自分以外の全ての動きがスローで動いている。

あくびが出るくらい遅くなった時間の中で観察すれば、針の穴のような隙を見つける事も今のキリトなら可能だ。

そこに剣による刺突を繰り出す。倒せはしないまでも、現状最善の致命を与えられる隙。

 

「っだぁっ!」

 

回避不可の致命の突きを、オーリは身を捻って避けた。

わき腹を切り裂かれたが、致命には程遠い傷で。

キリトが見たのは、剣の突きがオーリの身に達する直前で、彼が自分と同じ速度で動く瞬間。

 

極限の集中と先鋭化した思考が開く、時間感覚の延長の領域に互いが足を踏み込んだと確信する。

相手が限界を一つ越えれば、自分も超えて見せるという、強烈な意思。

一つ上の次元に至った二人の戦いは苛烈さを増していく。

 

「っ……」

 

傷ついていくパートナーを見ているアスナとシノンの反応は対照的だった。

手を合わせてキリトの勝利を祈るアスナに対して、シノンは氷の眼差しでオーリを見ている。

ただ、隠すように握られた手は強く強く握りしめられ、現実であれば爪が手に食い込んでいるだろう。

鬼気迫る英雄同士の戦いは、これがゲームの決闘である事を忘れさせるほどの熱量で観衆すら飲み込む。

 

「「おぉぉぉぉぉ!!」」

 

二人の叫びと共に、数十を超える回数打ち合わされた互いの武器が砕ける。

互いに技を放った勢いのまま、支えを無くして彼らは草原を転がった。

 

「え、武器が壊れた?」

「これどうなるんだ……?」

 

観衆のざわめき。

武器が壊れた以上、決闘は続けられるのかという疑問の声。

公平を期すために互いに武器の質は同等であり、防具も同じレギュレーション。

普通なら、意図的に武器破壊を狙わなければ起きないような状況に、観客の空気が緩む。

 

「――まだよ!」

 

それを切り裂いたのは、シノンの声だった。

 

「キリト君!」

「オーリ!」

 

二人の声を合図に、倒れていたキリトとオーリがゆっくりと立ち上がる。

 

「まだ、だな……ッ!」

「あぁ、まだ、だッ!」

 

武器はない。それでも攻撃する手段はある。

だからこそ、これは邪魔だと、二人は防具を捨てながら歩み寄っていく。

完全決着は、相手を倒さなければ終わらない。

 

互いの拳が、互いの顔を真横に撃ち抜く。

仮想世界という現実ではない場所のシステムを十全に使い切った先程とは違う、どこまでも原始的な殴り合い。

アバターの身長がほぼ同じ彼らにとって、条件は何処までもフェアだ。

 

殴りもする、蹴りもする、組み付きに噛みつきまでも駆使して、二人は既に満身創痍だった。

ただ、それを哂うプレイヤーはこの場には存在しない。

 

目の前の相手に勝ちたいという、純粋なまでの欲求を哂う事など出来ない。

 

それがなければ、この戦いを見に来る事などなかったのだから。

 

「……凄いネ。二人とも」

「えぇ……あそこまで純粋に、互いを認め合って戦う」

 

先の事件で縁の有ったケット・シーの領主とシルフの領主が二人を見ていた。

種族など関係なく、互いを互いと認め合い、それでもなお勝つのは自分だと吼える。

確かに野蛮かもしれないが、そこにあるのは確かな絆だ。

どんな自分を曝け出しても相手は必ず応えてくれるという、信頼。

 

「キリトォォォォッ!!!」

「オォリィィィィッ!!!」

 

最後に、互いの顔に互いの拳が突き刺さる。

アバターの身体から力が抜けていくのは、決着の条件である『HPの全損』

それに伴って集中が途切れた二人の意識は落ちる。

「お疲れ様」という優しい声を、最後の記憶として。

 

 

 

 

 

 

「……頭いてぇ」

 

呻き声を上げながら、現実で涼の意識は覚醒した。

集中のし過ぎで時間の感覚が無くなっている事を自覚した彼は、時間を確認するべくアミュスフィアを外す。

 

「おはよ」

「……おはよう、詩乃」

 

外せば目の前には愛しい人の顔があったが、その表情は不機嫌そのものである。痛む頭でどう宥めようかを考え始めるが、答えが出るはずもない。

 

「別に怒ってるわけじゃないわ。男の子の身勝手さに呆れてるだけだから」

「えーと、その、ごめんなさい……」

 

痛む頭を押さえながら謝れば、詩乃の胸へと優しく抱き締められる。

 

「あんなに命を削るようなことをして……ホント、バカなんだから」

「し、詩乃……?」

「頭が痛いんでしょ? 説明するから休んでなさい」

 

詩乃の言葉に、自分の身体が強張っていた事を自覚した涼はゆっくりと力を抜いた。それを確認した彼女はゆっくりと話を始める。

 

二人の戦いの結果としては、引き分けで決着つかずだった事。

互いのリメインライトの消失を確認した後、ケット・シーの領地のセーブポイントでオチているオーリのアバターを見つけたので消えるまで待っていた事。

決着からは30分ほども経っていない事。

 

「今頃は皆、貴方達の熱に当てられてデュエルしてるんじゃないかしら」

「そう、か……」

「涼……どうしてあそこまでしたの?」

 

それは当然の疑問だった。

ただ決着をつけるだけならあそこまで白熱する必要を、詩乃は感じない。

勝つだけなら、武器は一つだけなんて事もする必要はないのだ。

 

「……あいつと俺自身の、ガス抜きでもあるさ」

「ガス抜き?」

「俺もあいつも、遊びのゲームじゃ何処か、本気になりきれて無かった」

「……どういう事?」

 

ぽつぽつと話し始める彼の言葉に詩乃は疑問をぶつける。

 

「ゲームであっても遊びじゃない……これは茅場晶彦の言葉だったか、そんな環境に2年間居た。

 SAOの中で、人が死ぬ瞬間に立ち会ってきた。 嬉々としてPKをした奴を殺した事だって、ある」

「でもそれは」

「別にこれは誰の許しを得る話でもないさ……でも、抱えたままだといつか、潰れてしまう」

 

自分の中から何かを追い出すように、涼は深く息を吐いた。

詩乃は何故か、その息に不吉な何かが含まれているように感じる。

 

「あいつは弱音は絶対吐かない。吐くとしたら極限まで弱り切って周りにアスナしかいない状況位だ。

 そんな状況早々無いからな……なら後は、他の何も考えず本気を出して暴れることくらいしか、俺には思いつかなかった」

「……だから、完全決着でデュエルを?」

「自惚れじゃなければ、あいつと同じ経験をして、あいつが一切気兼ねせずに戦える相手は俺だけだ。

 アスナじゃ想いがある。クラインさんやエギルさんじゃ足りない。リズやシリカじゃ言わずもがなだ」

「……やっぱりバカ」

「……愛想が尽きたか?」

「そんな事ないわよ。私の旦那は、やっばりバカなんだって再認識しただけだもの」

 

頭を抱きしめる力を少しだけ強くすれば、涼は少し笑う。

キリトに向けた彼の言葉は、そのまま自分に返ってきていると詩乃は思う。

 

こんな時じゃなければ涼だって弱音を言えないではないか。

自分の事も背負って、他の娘の事も背負って、親友の事まで背負う。

貴方だって弱ってしまえば、潰れてしまうのよ。

 

「……私は、頼りない?」

「……そんな事は無いけど、俺は詩乃の前でこそ、格好つけたかったんだよ。男は好きな人の前では格好良く居たいからさ」

 

言う気の無かった事がどんどん口からこぼれていく。

意地や見栄、自分の犯した罪まで口に出してしまった。

今の自分は限りなく剥き出しの、素の桜川涼である自覚が、彼にはある。

そんな彼に向けて、詩乃は自身の慈愛の有らん限りを表情に浮かべて、彼へと口付ける。

唇を重ね合うだけのキスは、互いに永遠と感じるだけの十数秒を過ぎて離れた。

 

「涼、お疲れ様」

 

愛しい人の言葉を受けて、彼は今までの人生で最も安らかな眠りへと落ちて行った。

 

 

 




作者はスクライド大好きです。
当時のビデオ擦り切れるくらい見たんだよなぁ……
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